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【宗教】信仰問答【哲学】part3

1 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/24(日) 22:17:02 ID:nWVDl+uP
知識としての宗教史から、個人の信仰のあり方まで、幅広く議論するスレ。
雑談、議論、喧嘩、自己宣伝、何でもあり。
ただし聖人ぶるのと悟りを開くのはほどほどにしましょう。

前スレ:http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1165985432/l50

2 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/24(日) 22:17:43 ID:cgY52jgW
2☆

3 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 22:17:44 ID:VdMGgaJ2
2

4 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:19:57 ID:Bzj4n/h6
>>1

メリークリスマス!!

5 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:23:11 ID:uWfE786Q
無はそんなに難しい概念かナァ〜

てすと氏どう?
私の解釈は間違ってないですよね。

6 :慈風:2006/12/24(日) 22:23:19 ID:zdcdacGF
乙です。

7 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:25:13 ID:Bzj4n/h6
>>5

「無」というと誤解されません?有でないのでは?

赤ワインは神の雫〜♪煩悩万歳!!

8 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:26:15 ID:uWfE786Q
>>1


>ただし聖人ぶるのと悟りを開くのはほどほどにしましょう。

ワロスw
肝に銘じます(笑

9 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:29:06 ID:uWfE786Q
>>7
確かに、そっちのほうですね。

でも、ムータン氏は無=神としたいのかなぁ〜

10 :慈風:2006/12/24(日) 22:30:48 ID:zdcdacGF
解釈ですね。
無はない。
なぜなら、無は認識できるものではない。

それがわかるとすれば、「認識している存在」がいる。
それが「在る」です。

11 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:31:02 ID:Bzj4n/h6
>>9

神を求めるから、神や無を経験できないんですよ。彼は。

12 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:34:03 ID:uWfE786Q
確かに、この方向はドツボにハマってるナァ〜
無が在るというのは、言葉遊びにしか過ぎませんからね。

どんなにワインでも酔えるというほうが真実です。
しかも、その安さは翌日に実感する。

13 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:34:34 ID:Bzj4n/h6
どっかのモスクは数学的に作れられているそうです。
数学こそが神の言語だと思われていたみたいですよ。

14 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/24(日) 22:35:14 ID:nWVDl+uP
>>4
クリスマスはもうqあwせdrftgyふじこlp

15 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:36:50 ID:Bzj4n/h6
>>12

遊びの中に真実はあるのです。ホモ・ルーデンス〜。

16 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:38:32 ID:uWfE786Q
>>13
イスラムはかなり数学を尊重するでしょう。
その理由はイマイチよくわかってませんが。

曼荼羅も数学的らしいですしね。

17 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:40:28 ID:Bzj4n/h6
>>16

物理や数学をやると、この世には本当に神がいるのでは、と思うときがあります。

教会へ行くより効果的です。

18 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:45:16 ID:uWfE786Q
もう、そんな感覚は遠ざかってますネェ〜

私は、自然観察で感じますね。
まあ、その経験も少なくなってますが。
それは、自然を観察しなくなったと言うことだけなんですけどね。

19 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:49:35 ID:uWfE786Q
自然において、無はあり得ないナァ〜
空は実感できますけど。

20 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 22:52:03 ID:Bzj4n/h6
>>19

ダーク・マターが残っていますし、無が重要な位置をしめるかもしれませんよ。

21 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:53:54 ID:uWfE786Q
>>20
さっきから、カタカナ頻発しますけど、それどういう意味?

といっても、答える義務はありませんけど。

22 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 22:58:42 ID:uWfE786Q
私は、個人的に常に新しい発見があればいいんですよ。
といっても、結構、新しい発見はありますけど。

23 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:00:24 ID:Bzj4n/h6
>>21

観察した宇宙の質量と、計算した質量が合わないんですよ。
だから無の空間の質量の事をダークマターと呼んでいます。



24 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:01:54 ID:Bzj4n/h6
>>22

人生80年で全ての発見はできないでしょうから、問題なさそうですね。

25 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:05:52 ID:uWfE786Q
>>23
あっ、それ聞いたことありますね。
エネルギーがこの空間から漏れているとか。

だから、この空間は多次元空間なんですよね。
それは、経験的になんとなく感じることが多いんですよ。
多分、時間軸がネックになるんだと勝手に夢想してますけど、まあ、科学的には全く無理ですね。

26 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:07:03 ID:uWfE786Q
>>24
まあ、1万年でも無理でしょうね。
でも、結構な境地には至るでしょうね。

27 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:09:38 ID:Bzj4n/h6
>>26

私は大王ドンには一生追いつけない・・。才能が違いすぎる。

28 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:10:44 ID:sSml+A/o
http://live23.2ch.net/test/read.cgi/livecx/1166962054/

29 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/24(日) 23:12:20 ID:nWVDl+uP
>>911
>サロメについていえば、私の信仰はなんでもありではなく、元には明確な理が
>ありその理に向かうことが信仰ですから、宗教家が静かに自己と神との関係性を
>追求するべきなのです。それに対してエゴを押し付け、私の質問には逃げるに
>関わらず後からこっそりとレッテルだけ貼って中傷する卑怯な人間ですよ。
>フーテン氏の言うように混濁したなんでもありの露天商の信仰でよければそれで
>いいのではないでしょうか?私のはあくまで名称には拘らず一は一であるという
>むしろ他の信仰を排斥するようなキリスト教よりもストイックな一神教ですよ。

>私は宗教、宗派にこだわらず、真理を求め、善に生きようとする人は皆
>尊重し、尊敬します。罵倒、中傷、レッテル貼りに終始するサロメは信仰者
> としても歯牙にもかからない存在ですね。彼女に善も愛も見られません。
>単に個人的嗜好だけですよ。カトリックというブランドを身にまとっていれば
>なんで赦されると思ってるんですかね。

俺は何でもあり派ではないし、サロメと意見が共通している訳でもない。
昔散々異端呼ばわりされたし。ですが、腹を立てるようなことでしょうか?
あなたがサロメにレッテルを貼り返しているだけだと思うのですが。


30 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/24(日) 23:19:59 ID:nWVDl+uP
>宗教家が静かに自己と神との関係性を追求するべきなのです

それは、サロメに茶々を入れられたぐらいで出来なくなるような事ですか?
また、サロメを受け入れたら崩れ去るようなものが信仰なんですか?

>私は宗教、宗派にこだわらず、真理を求め、善に生きようとする人は皆
>尊重し、尊敬します。

その、あなたの基準に当て嵌まらない人間は排斥するんですか?




31 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:33:29 ID:uWfE786Q
フーテン氏の言うことは正しいんですよね。

ただし、まあ、そのやり取りはどっちもどっちにしかならないんですけどね。

うーん、なんか腑に落ちないことばかりだなぁ〜

ムータン氏の一ってなんだろう・・・・・・・

32 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:33:33 ID:Bzj4n/h6
>>30

まぁまぁ、彼は宗教家じゃありませんから。

それより、今日も一日無事に過ごせたので、神によろしく言っておいてください。サンクス。

33 :慈風:2006/12/24(日) 23:34:16 ID:zdcdacGF
フーテンさん、やめませんか?
同じことをしていますよ。

34 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:34:36 ID:uWfE786Q
>>32
感謝ぐらい、自分の口で言えば?

悪口は、フーテン氏から言ってもらってさァ〜

35 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:35:50 ID:Bzj4n/h6
>>31

人間は部分しか認知できないのに一を語るから、それはエセなんですよ。有るも無いも部分なんです。

36 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:36:01 ID:uWfE786Q
>>33
わかっててやってんですよ。
ここの人たちはみんなバリバリですから(笑

個人的には、フーテン氏の喧嘩も見て見たいですけどねヽ(^。^)ノ

37 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:38:09 ID:uWfE786Q
>>35
ありゃw

いつのまにそんな達観を\(^o^)/
その通り過ぎて、何もいえません(^^♪

38 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/24(日) 23:39:03 ID:nWVDl+uP
>>33
あなたが言うと説得力がありすぎるwww

だってのらりくらりやってたらmutant氏が切れるんだもの。。。

39 :慈風:2006/12/24(日) 23:42:21 ID:zdcdacGF
ついさっき、不思議な感覚がありました。

「私は愛を知っている。誰に教えられたものでもない。
遠い過去に於いて、学び、気付いた姿が、今ここにある」と。

「我々は善を知っている。
親から子へ伝えられたものも確かにある。
しかし、それだけではない。本能とも言うべき愛の姿を知っている」

だからこそ、愛でないものがわかるのだ。と。

40 :大王:2006/12/24(日) 23:43:39 ID:nZSfC6BH
:慈風 殿の知性開発と仏教解説は昆布殿に、まかせた、、
昆布殿がおいらの分身に最近思えてきた、、、
出力不足のおいらを超えて、、素敵な出力昆布殿、、おまかせした、、、



41 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/24(日) 23:48:27 ID:uWfE786Q
>>40
私の師匠が大王ドンですよ。
勝手に、去られても困りますです(-_-;)・・・・・・・・・・

それに、慈風殿は私を必要としてないでしょう(^_^;)

まあ、早く、身体を治してくださいませ(^^♪

42 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/24(日) 23:49:28 ID:Bzj4n/h6
>>40

私の師匠なんですけど・・



43 :大王:2006/12/24(日) 23:51:00 ID:nZSfC6BH
昆布殿のmutant氏評は、見事だ、、
最近、神秘主義、ただし仏教瞑想型を除く、、がどうやら、脳内ホルモン、脳内麻薬ベータエンドルフィン増加的な物かもな、、
悪く言えば、シャブを打って、最初のうちだけ、怖いものが無くらるらしいが、、
洞察、分析を前提としない、神秘主義、、、慈風 殿とmutant氏の宗教観かもね、、
仏教でも浄土宗は、自己分析は無く、外部的な救いを前提とし、人格的で、霊魂を想定する部分がある、
浄土宗の反動の日蓮宗も、同じ傾向だな、、
日蓮宗は、さろめさんぐらいの激しさがある、御書を読んで、、よくやりまくるなあ、、、と思う、、、

44 :慈風:2006/12/24(日) 23:55:21 ID:zdcdacGF
そういえば、以前に自分の過去生に興味をもったことがあります。
事実を知りたくて、毎日願いました。

そしたらある日、こんなことを言われたのです。
「過去生は確かにある。しかし、それを知ってどうする?
私はおまえをずっと観てきた。遠い昔、おまえ自身が行なってきた行為を私は知っている。
望むなら、体験させてあげよう。
しかし、それを体験すれば、おまえは生きてはいけなくなる。それだけの行為をしてきたのだ」

45 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:00:38 ID:uWfE786Q
>>43
そんな批評なんてものではなくて、疑問点があるだけなんですよ。
ムータン氏は理系ですし、私が考えてることのヒントも教えてくれると思ってるんですよね。

てすと氏も結構、教えてくれるんですけど、なんせ、暴れん坊ですからヽ(^。^)ノ
大王ドンはいつも、知りたいことのポイントを示してくれてるので助かります。

46 :慈風:2006/12/25(月) 00:00:48 ID:zdcdacGF
「ある時は自らの欲のために人を殺し、ほしいと思うままに奪い、時に女を犯し、自ら争いの因となって、多くの人を傷つけてきたのだ。
それを知ってどうする?

なぜ知らせないか。おまえを守るためだ」
こんなことを言われました。
血なまぐさい感覚と、吐き気。一部の映像もみせられました。
それ以上は知りたいという気持ちすらなくなってしまいましたが。

47 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:02:47 ID:uWfE786Q
>>44>>46
それは、幻覚。

48 :慈風:2006/12/25(月) 00:04:34 ID:MjRmpQJ4
こんぶさん、あなたも同じ。

49 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:07:51 ID:uWfE786Q
私は、ご隠居の指摘どおり、かなりいかれてますよ(^^♪

過去生だか未来生だか知りませんけど、私も結構、感じますから\(^o^)/
でも、幻覚です。
それで、現在が変わるわけでもありません。
まあ、自分は変わりますけどね。

うふふふっ(^^♪

50 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 00:08:10 ID:Bzj4n/h6
>>45

私は宗教板ではかなりおとなしい部類だと思っているんですが・・・

51 :慈風:2006/12/25(月) 00:09:13 ID:MjRmpQJ4
判断とは、自分の主観でしかない。

それがすべてでないと知りながらなお、幻覚といいますか?


52 :大王:2006/12/25(月) 00:10:41 ID:McURsrGy
過去生ね、、ヒンズー的だなあ、、やはり、アートマン、、
:慈風さんが、仏教批判をする時、、ヒンズーの仏教批判という、かんじがするし、思想は、やはり、ヒンズー、、、
ヒンズー的立場だと、、キリスト教批判となり、さろめさんとの論争になるわな、、

53 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 00:11:56 ID:vrl3OvOy
>>44
誰に言われたの?

54 :慈風:2006/12/25(月) 00:11:59 ID:MjRmpQJ4
ま、いいか。人それぞれですからね。
評価や判断など興味ないですし。

55 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 00:12:15 ID:qL2/JOls
サロメ氏って有名人だったんだね。初めて知った。会話したことないからなぁ〜。

56 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:12:43 ID:p+zugsgq
>>50
暴れる方向がねヽ(^。^)ノ

って、おとなしいの?ほんと?(^^♪

57 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 00:14:40 ID:qL2/JOls
>>56

粘着がつかないことがおとなしい証拠。私も修行が足りないなぁ・。

つきたん来ないかなぁ・・。

58 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:18:25 ID:p+zugsgq
>>55
一度、絡んでみたら?
タイプ的には一緒ですよ。
ただし、彼女はオールマイティーに何でも知ってますよ。

だからこそ、レッテル貼りを楽しんでる。

でも、問題は、知ってるってことではないんですよね。
その辺が、彼女の賢明なところでもあると私思ってるんですけどね。

59 :大王:2006/12/25(月) 00:19:45 ID:McURsrGy
ムータン氏の一は、たぶん、神人合一だろうね、、
神秘的状態、脳内ホルモン、脳内麻薬ベータエンドルフィン増加的状態にて、、
神秘的融合の至福にて、物事に苦痛を感じるのが低減される方向性だろうね、、
イスラム神秘主義のスーフィズム、ヒンズー、神道の神秘派、ギリシャ正教の一部の流れにあるらしい、、
たぶん、それをいいたいし、諸宗教を統一したい願望があるのか、、どうだかわからないが、、

60 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:19:53 ID:p+zugsgq
>>57
結構、来てるよ(^O^)/
たぶん、>>53がつきたん。
でも、粘着に変化するのは近頃飽きたみたいですけどね。

61 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 00:21:32 ID:vrl3OvOy
なんでやねん

62 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:22:54 ID:p+zugsgq
>>59
でも、瞑想して、そんな境地になるもんですか?
仮になったとしても、それでは、浅いでしょw

瞑想が目的になっては、ミイラ取りがミイラみたいなものですし。
断食が目的になっては、意味がないのと同じですよね。
それなら、ダイエットしたほうがいいし、いっそ、飽食にしたほうが早い。

63 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:23:32 ID:p+zugsgq
>>61
ありゃ( ̄□ ̄;)!!

64 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 00:32:49 ID:qL2/JOls
>>59

とりあえず、瞑想はゲルグ派からはじめようと思っています。

65 :大王:2006/12/25(月) 00:35:30 ID:McURsrGy
たぶん、仏教を除く神秘主義者の方向性は、今、感じている苦痛からの離脱なのでしょう。
仏教を除く神秘主義は、ある意味、現実逃避的要素があり、現実の苦痛から自由になれるわけで、
苦痛が大きければ大きいほど、やはり、はまるものでしょう。
瞑想が目的になっては、ミイラ取りがミイラになることで、現実の苦痛から、逃避できる要素があるわけで、、
陶酔、至福にによって、浄土宗では極楽浄土を見、キリスト教では、天国を感じるのでしょうね、、、
京都本願寺へ、行くと、南無阿弥陀仏以外何もいらない、、陶酔にはまりましたから、、
当然、現実と日常生活と直接関係が無い、、精神安定で、他人との軋轢が減る可能性はあるかもね、、
でも、、慈風対サロメの戦いが、起きると、あやしいと、おもえるかもね、、

66 :大王:2006/12/25(月) 00:43:16 ID:McURsrGy
現実逃避の方法では、ギャンブル、酒、麻薬と、あるわけで、、、、
これに病的に、はまると依存症という、、
ある意味、仏教を除く神秘主義は大なり小なり、依存症的要素があるかもな、、


67 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:45:53 ID:p+zugsgq
>>66
これは、結構、深いのかも。
まあ、瞑想はしてないのでわかりませんけどね。

うーん、眠くなってきた・・・・・・・・・

オチノシ

68 :大王:2006/12/25(月) 00:46:03 ID:McURsrGy
宗教に嵌まって、ヤバイ時は、やはり、現在の時点で教祖が概念的強制力を持ったときでしょうな、、

69 :大王:2006/12/25(月) 00:47:21 ID:McURsrGy
わいも、ねるか、、、みなさん、おやすみ、、、、、、

70 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 00:54:40 ID:qL2/JOls
>>66

あ、すみません。2ch宗教板依存症です。もうすぐ抜けそうですがw

私も寝ます。ノシ

71 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 01:19:07 ID:ypYXADGg
大ちゃんが繰り返す「仏教を除く」も、結構そこに嵌りこんでるように見えるぞ。。。
それと、キリスト教についても、とんでもない教会にも勇ましく乗り込む割りには、
へっぴり腰だから、それじゃ、上っ面しか分らないだろうと思うんだけど。
>>57
てすとさんは、おとなしいというか、本当に粘着しようがないw

72 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 01:35:07 ID:31VcyO3Q
フーテン氏には、
しっかりとした覚悟と諦観が垣間見えるんだよなぁ・・・。

73 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 01:37:44 ID:mVDBalab
ご隠居にもあちこちに乗り込んで欲しいな。

74 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 01:54:43 ID:P1TI0/vC
>>59
いまいちよくわかっていません。
現世でそれが可能なのかもわかりませんが、私が拘っているのはあくまで創造論
であり、創造の方向性です。
キリスト教的神が目的を持って創造したならば、それは神人合一に必然に向かう
と思っています。しかし、これは信仰あっての理であって、神は無しとした瞬間に
崩れ去るものです。

ただ、創造が意思された人格神をベースにしてますから、神人合一に向かっただけなんですね。
まだ、体験云々まではいってませんよ。

75 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 01:57:11 ID:P1TI0/vC
>>30
サロメを受け入れるとはどういうことでしょう?
あなたはどう受け入れてるんですか?
私にはせいぜい「ふーん」と受け流すことくらいですが。

>>その、あなたの基準に当て嵌まらない人間は排斥するんですか?

なぜですか?

76 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 01:58:29 ID:P1TI0/vC
まぁ、問題はサロメが勝手に噛み付いてくることですよ。
私は狂犬には近寄りたくもない。
フーテン氏はどう受け入れてるのかな〜?

77 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 02:23:55 ID:P1TI0/vC
>>43
>>洞察、分析を前提としない、神秘主義、、、慈風 殿とmutant氏の宗教観かもね

例の自己と他者との関係性でしょうか?
全く分析をしないまで飛躍してないと思ってるんですけどね。。。

あと、諸宗教を統一したい願望なんかありませんよ。
なんかここは勝手な批評家が多くて辟易してしまうのですが、私はあくまで
創造主と被造物である我との関係性のみを考えてるんです。あとは枝葉の問題ですから。

って、自薦批評家達相手になにやってんだろ・・・
あほらしくなってきた・・・


78 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 02:27:49 ID:rhs+28Bi
>>77
じゃぁ創造の話いい?
墜落は創造以前にわかっていたのに、なおなぜそれでも創造したの?>創造の目的
なぜ神は解りきったことに対して後悔という言葉がでてくるの?

噛み付いてるんじゃなくて素朴な疑問。w





79 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 02:32:34 ID:31VcyO3Q
>>76
聖書と第二バチカン公会議文書以外は
きっちりしたものに触れていない外野が横槍入れるのは申し訳ないが、
(深い)対話・会話はともかく、
そのような人もこの世に居てもいい、(彼女(第三者でも同)もまた神の被造物である)
と見ることじゃないかな?
おそらく貴方は、そのように対していると言うかもしれないが、
噛み付き返す姿勢が余分だということじゃないのかな・・・。

勿論、一人一人、個々人が教会であり、布教の責務を負っているならば、
神の御心からズレている(と、むーたんが見做す)彼女(第三者でも同)の軌道修正も、
彼女(第三者でも同)と関係を持った者の義務かもしれない。
けれども、神(或いは精霊)との関係が究極に於いて一対一であるなら、
審判の日のことは、それこそ神のみぞ知ることであり、
できることは、少しでも彼女(第三者でも同)の心が神に近付くよう
祈りを捧げることなんじゃないのかな?

フーテンさんがそういう他者のためにも祈ってるかどうかは知らないが・・・(爆

80 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 02:35:17 ID:P1TI0/vC
>>78
ようやく普通の対話ができそうな人がw

でも、ここでの討論って結局観察されてるだけなんですよ。
性格悪いの多すぎ。自分では参加せずに観察批評だけの人間って嫌いなんですよね。
別に批評なんか必要ないですし、私は弁証的に論を積み上げたいだけなので。
別でやりませんか?

81 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 02:38:57 ID:P1TI0/vC
>>79
噛み付き返す姿勢が余分だということじゃないのかな・・・。

ここですね。
私も自己批判的に「私自身が彼女を相手しなければよいのですが・・・」
っと入れた文章はフーテン氏によって省かれています。
それほど振り子は振り切ってはいないですよ。単に、そのように
像を作り上げたいのでしょう。批評家達は。



82 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 02:59:09 ID:rhs+28Bi
>>80
おkです。
別スレ空いてるとこ見つかったらそっちで?
 
信仰へのレッテルは結構きついものあるとおも、生き方そのものであったりするから。

まぁとりあえず今日はおやすみです ノ 





83 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 03:09:17 ID:31VcyO3Q
>>81
そうですか。
詳細を知らないのでこれ以上は踏み込みませんが、
敢えて一言添えるならば、
貴方と初期の風はどこか似ている。
辿り着きたいスタンスを目指しているのだが、聞こえてくる音を振り払えない・・・。
初期の風は、耳を塞ぐことでそれを回避しようとするが、
耳をふさぐという行為(≒「とらわれません」「気にしません」というレス)を繰り返すことで、
聞こえてくる音に縛られていた・・・。(今はどうか知らない・・。)

勿論、彼女(第三者でも同)の言動が、本質を(自分の拠って立つ根幹を)
揺るがす、或いは誤解を流布するようなものであるなら、
逆に、徹底抗戦すべきなのかもしれない・・。
(今私は、とりあえず自分のことを棚上げしている。
 が、戦うべき時は戦わねばならないと思っている。)
もし貴方が、譲れない部分を侵されたと感じるならば、
外野からどんな批判を受けようとも、戦わねばならないのでは?

もしかすると、戦って護るべき何かが御自身で見えていない、
或いはぼやけている、そんな状況なのかもしれませんが・・・。
それでも、僅かでも、自身の中に譲れない部分が見えていて、
それを護らねばならないなら、外野がどうこうじゃない。
>自己批判的に「私自身が彼女を相手しなければよいのですが・・・」
などと一歩下がることはない。 知識を剣にし、信仰を盾にし、断固戦うべきであろう。
貴方が、貴方の神(信仰)を護らずに誰が護るというのか?


と、酔っ払いが書き込んでみるテスツ
う〜む・・・  批評家の台詞だなwww すまん   ノシ

84 :慈風:2006/12/25(月) 05:58:36 ID:MjRmpQJ4
初期の私??
それより、おとなしくありませんか?
私はガキでしたよ。
批評など大嫌いでしたから。そのくせ、自分が批評していることになかなか気付きもしなかった。

今はちょっと(ほんのちょっと??)だけマシになったのかな??

結局、人は同じに見える。宗教は関係ないし、価値観なんてだれもがもっています。
要は「乱れないこと」だと思います。


85 :慈風:2006/12/25(月) 06:15:03 ID:MjRmpQJ4
過去生は、我々に過去があるように、あります。

さくらが毎年花を咲かせるように、何度も転生しています。その点は、自然の一部であることに変わりはないと思うのです。

ただ、過ぎ去ったものにしがみついてしまうと、そこから先、つまり「精神的な成長」はゆっくりとなる気がします。いい悪いではありませんが。

こんぶさんに言わせれば、それすら幻覚ということになるのでしょうが、「人生は一度きり」という見方をすれば、そう見えるのでしょうね。

私にはこの物質世界も、神の王国に見えます。


86 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 08:55:19 ID:k7vOzrYT
>>83
観察だけなら良いのです。それを反駁し自己処理するならば。
私はここで批評されるほどに私を出し切っていませんし、出すつもりもありません。

ここ数日間、たった数レスで一体私の何がわかるのでしょう?
全く見当違いも含め、批評家達のレスはゴシップ紙のそれとほぼ同じでしたね。

要は、相手が何を考え、どのような歴史を持ち、歩んできたか。
対人格とどれだけ向き合えるのかが問われるのであり、相手の歴史を知ろうとする
謙遜と観察眼はエネルギーを要するものです。大壇上から観察される
悪趣味に辟易し、私とは異であると思っているだけです。もちろんコンブ氏は
細心注意を払っていましたけどね。

的確な批評ならばまだ良いでしょうが、誰も好き好んでゴシップネタにはなりたくないですよね?

>>82
後ほどレスします。とりあえず仕事落ち

87 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/12/25(月) 11:51:40 ID:lGNwG0Bi
2ちゃん向きじゃないだけでは?w

88 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 12:08:06 ID:qL2/JOls
>>86

相手にこうして欲しいとかいうのが甘えなんですよ。
世の中というのは自分の思い通りにはならないのです。環境がないからできないのだと言う人は結構多いんですよね。

多くの宗教家はいままでゴシップどころが、暴力に対しても耐えてきました。そして相手の考えすら変えてしまいました。

宗教学者をやりたいなら、宗教者を名乗るべきじゃないと思いますよ。

最初から宗教学者だと言ってくれればこちらもそのように対応するのに。
宗教家だと思って相手して損した。

89 :名無しさん@3周年 :2006/12/25(月) 12:49:09 ID:W3jrM60p


          ,へ             
        。 \/  ヽ    (  )   .   。  .  .゚o 。 *. 。 .. ☆ . +. .  .
  。 .  . . _/*+*`、    ( )  .    .  。 ゚。, ☆ ゚.  + 。 ゚  ,。 . 。  , .。
     ゚ 。 <_______フ    )  ゚  . 愛のミーム増殖中 (厳しさあり)  。  ゚.  .  .
  .   。  ゚  从*・ 。.・)   〜 。, .。o ☆  +   。   。 .    。 *
   ゚ .゚ ゚  。゚ / ゙゙゙lll`y─┛+ 。. +。 * 。゚。゚., ,+    。゚.    .   ,    
  ゚。゚+゚`,    ノ.  ノノ |゚*  。゚   。 ☆+。。 ♪ 世 界 と 繋 が っ て 行 こ う ♪   。  .   ,   
    ゚. o * `〜rrrrー′゚。 ゚。+ ゚ 。 ゚。  ゚ 。  ゚
      ゚     ._i|_(_  .  ゚   ,   。* .
  _,,..-―'"⌒"~ ̄"~⌒゙゙"'''ョ
 ゙~,,,....-=-‐√"゙゙T"~ ̄Y"゙=ミ 
 T  |   l,_,,/\ ,,/l  |
 ,.-r '"l\,,j  /  |/  L,,,/
 ,,/|,/\,/ _,|\_,i_,,,/ / http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1164579319/150
 _V\ ,,/\,|  ,,∧,,|_/




90 :大王:2006/12/25(月) 15:56:09 ID:McURsrGy
ムータンは観察されていたと、思っているらしい、、、
おいらの霊的感覚で、ムータン氏を想像したのだが、、、
ムータン氏はただの論理的宗教者だったのね、、つまんない、、、、


91 :まい:2006/12/25(月) 16:02:59 ID:B9w5kb7t
ムータンさんも来られるようになったんですねぇ。期待ス!

92 :フーテン氏へ大王:2006/12/25(月) 16:07:24 ID:McURsrGy
仏教を除く、、と言ったのは、、
相当、仏教の発想が特異性がある、、、
特に、中央アジアの如来蔵の仏教思想が流入した仏教にはね、、
大乗仏教、竜樹において、既に難解になっているのに、、
中央アジアの如来蔵の仏教思想が流入した、禅、チベット密教、真言宗、天台宗、華厳宗に至っては、、、
普通の人が寄せ付けない、理論と瞑想体系が出来上がっている、、、
中国の瞑想仏教は、もはや、ただの神秘主義ではすまない、、現実世界の存在の最解釈まで、含んでいるし、理論認識で完成されない厄介さを持っている。
瞑想の実践と体験に寄らなければ何も理解できない、、、
原始仏教、南方仏教だと、批評もしやすいが、、
慈風氏、ムータン氏が、仏教を批評しても、、、結局、的外れな批評になってしまう、、
仏教自体が、瞑想を求める者だけが知りうる構造になっているから、、、、

キリスト教の神秘体験の方向性は単純で、親切な構造である、、、

93 :フーテン氏へ大王:2006/12/25(月) 16:15:54 ID:McURsrGy
日本仏教において、平安時代から加速した神仏習合した仏教は、中国で生まれた瞑想系仏教と異なり、、
やや、ヒンズー的になっている、、
日本に来て、解りやすい仏教になった、、
神仏習合密教の熊野信仰から、、浄土宗、日蓮宗、
そして、観音信仰、高野聖からの弘法大師信仰(空海が考えた真言密教と異なり日本化した浄土信仰がある、お遍路さんが代表)
ま、真言宗において、すで、チベット密教に比べて、ヒンズーに近いから、、
真言密教以前にすでに山岳信仰、雑密があり、修験道的神仏習合密教があるわけで、、、



94 :フーテン氏へ大王:2006/12/25(月) 16:21:22 ID:McURsrGy
中央アジアの如来蔵の仏教思想が流入した仏教とは、一切のものに仏の性質があるという思想。
草木、石、人間、動物にある、、
当然、「一」になる思想もあるわけだが、、
そこで終わらない、、外部の対象っと、自己の存在の並在があり、
外部の存在のみの時があり、
自己だけの時があり、
自己も外部も存在しない、無である時がある、、
この時点で、、、
慈風氏、ムータン氏の仏教批評が的外れとなり、、
すでに、この時点で意味不明なわけで、、、

95 :フーテン氏へ、大王:2006/12/25(月) 16:24:09 ID:McURsrGy
フーテン殿、この時点で、意味不明でしょ、、
これを書いても読んでくれないし、読んでも意味不明だから、、関心もわかないでしょ、、、

96 :大王:2006/12/25(月) 16:28:44 ID:McURsrGy
慈風さんの過去生は、肯定も否定もしない、、
あるかもしれないし、ないかもしれない、、、
仮にあったとしても、自分にとって、今の人生に重要な問題とは思わないし、
自分の取り巻く現実の有効な回答になりえない、、
ゆえに、関心が無い、、、、、


97 :大王:2006/12/25(月) 16:35:41 ID:McURsrGy
まいちゃん、おひさ、、、
ついつい、、フーテン殿が、、ややこしい、話を知りたそうだから、、、


98 :まい:2006/12/25(月) 16:44:34 ID:B9w5kb7t
>>92
>慈風氏、ムータン氏が、仏教を批評しても、、、結局、的外れな批評になってしまう、、
>仏教自体が、瞑想を求める者だけが知りうる構造になっているから、、、、

なるほど・・w


99 :大王:2006/12/25(月) 16:50:01 ID:McURsrGy
ちくま書房の空海コレクションの空海の書物を現代語訳しているのが、あるけど、、
それ時点で、すでに、、厄介な理論で、、瞑想で体験しないと理解できない構造になっているからな、、、

100 :慈風:2006/12/25(月) 16:50:26 ID:MjRmpQJ4
大王さん、過去生が大切なわけじゃないんです。
過去なんぞ、どうでもいい。
今回、その先の気付きがえられたので、そっちの方が重要です。

101 :まい:2006/12/25(月) 16:51:01 ID:B9w5kb7t
>ま、真言宗において、すで、チベット密教に比べて、ヒンズーに近いから、、
>真言密教以前にすでに山岳信仰、雑密があり、修験道的神仏習合密教があるわけで、、、

>中央アジアの如来蔵の仏教思想が流入した仏教とは、一切のものに仏の性質があるという思想。
>草木、石、人間、動物にある、、
>当然、「一」になる思想もあるわけだが、、

仏教批判といっても、どこの部分を批判するのか、人によっても違うわけですね。
葬式仏教を安定剤として認める人も居るし、葬式仏教を軽蔑する人も居る。
ワタシとしては、日本において、柔軟に変化してきた事実こそが面白いと思うのですが。






102 :大王:2006/12/25(月) 16:57:33 ID:McURsrGy
たぶん、仏教批判で有効なのは、、宗教団体を指定したほうが有効打になるんだよね、、

ま、キリスト教では、アメリカ系新興系がろくなものじゃないだろうね、、
アメリカではクリスマスに、スーパで、
メリークリスマスと言うべきか、ハッピィーホリデーと言うべきか、論争になっている、、
それは、たぶん、キリスト教を否定したくなるほど、キリスト教の精神の抑圧要素が、アメリカであるからだろうね、、、
ご隠居さんも激しいのは、きっと、、、

103 :大王:2006/12/25(月) 16:59:59 ID:McURsrGy
ムータン氏よりも、慈風さんの方が、、宗教的神秘体験と精神安定の至福を持っていそうだな、、

104 :慈風:2006/12/25(月) 17:03:59 ID:MjRmpQJ4
そうですか?
私にはわかりません。

105 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 17:05:20 ID:W2/4tf1+
>>101

↓ポタラカレッジHPより

日本の仏教の歴史を顧みれば、そもそも仏教自体が外国−中国大陸や朝鮮半島−から入って来たものです。
それも一度だけではなく、いろいろな時代に様々な教えを外国から取り入れています。
その結果、今では「伝統仏教」として知られるような各宗派が成立したわけです。
つまり、いろいろな時代に外国から教えを導入したことによって、日本の仏教の全体がだんだん充実し、日本人に適した教えの体系が出来あがったといえるでしょう。
このように、中国などから教えを導入することは、主に飛鳥時代から鎌倉時代にかけて盛んに行なわれましたが、もっと後の江戸時代にも少しはありました。

ですから、今度は平成の時代にチベットから仏教を取り入れても、ちっともおかしいことではありません。
江戸時代までは、外国といっても中国や朝鮮しか念頭になかったわけですが、今はもちろんそんな時代ではありません。
それだからこそ、もっと視野を広げて、今まで取り入れることのできなかったチベットの仏教を導入するチャンスなのです。
それによって、日本の仏教の全体が一層充実し、日本の人々のためになることは間違いないと思います。
いま私たちが、チベット仏教を紹介する活動を行なっているのも、こうした枠組みを念頭に置いてのことです。

106 :まい:2006/12/25(月) 17:06:16 ID:B9w5kb7t
49 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 00:07:51 ID:uWfE786Q
私は、ご隠居の指摘どおり、かなりいかれてますよ(^^♪

過去生だか未来生だか知りませんけど、私も結構、感じますから\(^o^)/
でも、幻覚です。
それで、現在が変わるわけでもありません。
まあ、自分は変わりますけどね。

うふふふっ(^^♪


>>39
同意。

昆布さんの言葉も意味深ですねw

107 :大王:2006/12/25(月) 17:06:58 ID:McURsrGy
あと、日本の陽明学、儒教を読んでいると、、
やはり、日本の陽明学、儒教は、、中国にある、「天」という霊的存在を取り入れずに、
日本の神道と融合してしまうようだ、、江戸時代、、、
神道と儒教の相互融合が、江戸時代に始まり、明治政府の国家神道へ、向かっていったんだなあ、やはり、、
仏教の葬式仏教の感覚も、、儒教、神道の融合だし、、、

108 :大王:2006/12/25(月) 17:10:53 ID:McURsrGy
:慈風 さんに、最初、儒教なの??と聞いたのは、、心の本質、実体的に想定しているだな、朱子学と陽明学は、
そういう要素を見て取れば、、ムータン氏の構想もありえないわけでもない、、

109 :大王:2006/12/25(月) 17:11:46 ID:McURsrGy
朱子学と陽明学の仏教批判も慈風 さんに近い感覚があるんだな、、

110 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 17:12:41 ID:31VcyO3Q
2chらしいと言えば2chらしいわけだが、
どうしてこう両極端なのかな・・・。
理に偏り、理のみをその核とする
感応(≒頷き)に偏り、感応(≒頷き)のみをその核とする。

むーたんは、それを両輪として持とうとしているのではないか?

>>87は鋭いかもしれないが・・・w)

>>88
>宗教学者をやりたいなら、宗教者を名乗るべきじゃないと思いますよ。
またそれか・・・。
学者と宗教者を(研究と護持とを)きっちりと分けるなら、
研究結果が教理(信仰)に沿っているか、教理(信仰)が研究結果を受け入れうるか、
誰が判断できるんだ?
「理」と「信」とは、その宗教者としての聖性の度合いを問わず、
誠実に教えに触れる者は併せ持つべき要素じゃないかい?
君に言わせれば、どの割合が宗教者でどの割合が学者なんだ?
3:7か?7:3か?1:9か?9:1か?5:5はありえないのか?
○○教徒と言われる時、そこには、学者か宗教者かの二者しかないのか?
聖書理解に通じた隣町のおじさんは、学者か?宗教者か?


フーテン氏にも訊きたい。 貴方は学者か?宗教者か?
(ちなみに、今の私はどっちつかずの宙ぶらりんだ。
この点を批判されれば、甘んじて受け入れるほかはない。)

111 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 17:15:07 ID:W2/4tf1+
>>110

宗教の目的はなんですか?

112 :大王:2006/12/25(月) 17:17:23 ID:McURsrGy
110 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 17:12:41 ID:31VcyO3Qさん、おもしろーーい、、

その前に、神秘の世界を語って欲しいなあ、、、
観察されてるなんていわないでえ、、、

わしはイッパイ、語っているじゃないか、、、

113 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 17:17:39 ID:31VcyO3Q
せいしろうwww

114 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 17:21:24 ID:W2/4tf1+
>>110

ゴシップや意味のない批判を恐れて避けるものは宗教者ですか?宗教者ではありませんか?
宗教者であるなら、何対何の宗教者ですか?

115 :まい:2006/12/25(月) 17:25:45 ID:B9w5kb7t
大王さん、ひとつ質問です。

神道から、○○の影響・・と言うものを取り除いていくと、神道の根本的な考え語って、
何が残るのでしょうか?

116 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 17:28:58 ID:31VcyO3Q
すまん 誤爆した m(_ _)m


>>111
捨て台詞じゃなく、マジで知らない。
推測として、
共同体維持のツール/現状を受け入れる為の理由付け/
死・死後への畏怖の緩和剤/溺れそうな時の藁/
等々言えると思われるが、
(りょん的謂いになるがw)宗教の目的も、
個々人に於いて後付けされた方がいいものかもしれない・・・。

>>114
わかりません。 が、mutant 氏は、戦うべきなのかもしれません・・・。

117 :大王:2006/12/25(月) 17:30:03 ID:McURsrGy
115のまいちゃんへの回答、
その神道には、宮崎アニメの、となりのトトロ、もののけ姫、千と千尋の神隠し、の世界観かもね、、


118 :大王:2006/12/25(月) 17:32:37 ID:McURsrGy
ま、ふーてんさんは最大地味なキリスト教だろうね、、
アガペーまみれのフーテンさんを見てみたいのだが、、

119 :まい:2006/12/25(月) 17:36:13 ID:B9w5kb7t
なるほど・・言葉では言い表せませんが、自分も自然と感じてきたことかもしれませんね。
温かさや、畏れなど・・体系的なことはわかりませんが、そんなものかもしれませんね。

120 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 18:50:10 ID:aupEYD9j
>>114
恐れではないんですよ。
一についても説明済みです。足りないのかもしれませんが。
ただ、言葉をいくら積み上げたところで誰に何のために語るのでしょうか?
私は布教の目的も、相手を説伏しようという意志もまるでありません。

私は宗教家でも学者でもありません。

ただの信仰者であり求道者です。むしろ隠遁型の求道者タイプかもしれません。
これは常々主張してきたと思いますが。あなたは何か特定宗教・教派の宗教家を
想定しているようですが。
私は創造されたことを信じる。創造の意志を信じる。
これだけで充分信仰者ですよ。その過程で理と業を併せ持ち思念してるだけです。

ここで、強弁に自己主張することに何の意味があるのでしょう?
ただ、恣意的に私のレス内容が曲げられるならば対話にすら意味もなさず
私がここに来る理由もないのです。
まぁ、あまり真面目にやるものではないのだなとは思いました。
その意味で>>87は言い得てるでしょう。

逃げと無駄を省くという取捨選択とは違いますよ。
相手は自分の鏡です。

大王さんには失礼しました。この場でお詫びします。

121 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 18:59:07 ID:aupEYD9j
>>コンブさん
無と一は同義にしてませんよ。
だって、無のことわかってないですもんw
私の中では無はあくまで有に包含された世界なんです。
やっぱり全ての根元、元・幻・言ですね。

122 :慈風:2006/12/25(月) 19:00:42 ID:MjRmpQJ4
ほんと、よく似てる。
いっていることは間違いはないのですよ、ミュータンさん。
ただね、反論しているときの心理を観てみたほうがいいかもしれませんよ。

123 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/12/25(月) 19:07:56 ID:lGNwG0Bi
>>120
すみません、そんなに悪気もないんですけどね^^;
コテハンでレスするだけでも好き勝手言われかねないのも2ちゃんだし。
大ちゃんなんかは評価好きで言い当ててたり、的外れに見えたりってしょっちゅうだしw

124 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 19:24:54 ID:W2/4tf1+
>>120

>私は布教の目的も、相手を説伏しようという意志もまるでありません。
>ただの信仰者であり求道者です。むしろ隠遁型の求道者タイプかもしれません。
ん?別にいいと思いますよ。隠遁は否定していませんよ。危険な路上に出て来いと言っている訳じゃありません。
マナーのあるドライバーだけが走っている道を行けば、近道かもしれませんね。頑張ってください。


125 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 19:30:10 ID:W2/4tf1+
創造というのは人間の分類に過ぎませんけどね。
所詮、何を採用するかにに過ぎません。

126 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 20:29:59 ID:aupEYD9j
言葉を闘わせたところで何の意味もありません。
ただ、どう生きるか、何に向かって生きるのか。
信仰は生活の方向性に相関させなければただの空念、言葉遊びになってしまいます。

その意味で、言葉とは概して人を殺すものです。
>>122
言葉に自由でありたいですね。

>>123
大王さんには失礼しました。
概して年寄りは批評好きなのだと思い出しました。

>>125
価値相対に拘泥していても何も生まれません。
私は前スレから、このスレに来たときより言ってますが、創造の理を知りたい。
生命のベクトルを知りたいのです。
禅者に言わせればそれも空なのでしょうが。

そこは理論出自の前提条件が異なるので分岐するのは当然です。
私は創造の意志を定義してるのですから。
ですから理論を闘わせても何を選択するか、選択自由がある限り
ほとんど議論に意味を見いだせませんね。
ただし、定義が一致している場合は意味がありますが。

127 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 20:37:47 ID:rhs+28Bi
>>125
人間が採用したのでもなく意図せずともあるのが生命、創造じゃないですか?

そこに神秘を感じるか、偶然と捉えるか
どれが正解かは死なないとわからないですから賭けなわけですけどね

花は咲き、意味など問わずただ在って、美しく、人の目を楽しませて、ただ散る。。

人間は生まれ、意味を問う思考が備わっている
そこに何らかの意図を感じてもまた不思議ではないと思いますけどね…

128 :慈風:2006/12/25(月) 20:38:05 ID:MjRmpQJ4
ミュータンさん、知りたいならば、持論を言わないほうがいいかもしれません。


129 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 20:52:29 ID:rhs+28Bi
>>114
単に宗教真理を追究する際いちいちチャチャ入れられてたんじゃ
話が進まないってことでしょう 恐れとは違う

批判がその内容にある場合なら同じ土俵としての討論として成り立つけど
スタンス批判されてもしょうがないって話でしょ
スタンスはそれぞれ許容した上でなお一つの命題に向かうのが討論では と思う

もちろんここは何でもありスレらしいからそうでなくても文句は言えないのもまた然りだけど


130 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 20:55:26 ID:p+zugsgq
なんか、年末なのに急にスケジュールが混んで来た(^_^;)
せっかく、ゆっくり年末年始を遊んでやろうと思ってたのに・・・・・・・

しかし、みんなこんなに釣りズキだったとはシラナンダ(笑
しかも、餌もつけずに一本釣りヽ(^。^)ノつよきぃ〜

まあ、mutantさんお気を悪くしないでくださいませw
お陰で、少しつかめてきました。

>私の中では無はあくまで有に包含された世界なんです。
>やっぱり全ての根元、元・幻・言ですね。

これは、仏教というよりも老子の道教のような考え方に近いかもしれませんね。
私は、どちらかというと、なぜそのような考えなのかというよりも、
なぜそのような考えに至ったのかの方に興味があります。
多分、ムータン氏は経験からそう考えてると思いますし。

まあ、ここが釣り針がありすぎて、自由に議論できないのなら他に移してもいいですし、
私も、ちょっと、忙しくなってきたので、そんなに長くレスできそうもないですし、ボチボチいきたいです。
まあ、私は、ここでも別に構わないと思いますけどね。
結構、面白いですよ、ホント。

131 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 21:01:11 ID:p+zugsgq
>>129
ほんとその通りなんですけど、まあ、それぞれの個性というのもありますからね。

そのノイズが2ちゃんのいいところでもありますしね。
宗教もそうだからこそ、宗教とも言えるわけですし。
そうでなかったら、逆に、宗教の面白さもないでしょう。

ああ、私もすっかり2ちゃん教の狂信者だ・・・・・・・・・・

132 :慈風:2006/12/25(月) 21:02:13 ID:MjRmpQJ4
>>129 それ、ありましたねぇ。。

でも、今はなくなりましたけど。

133 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:11:40 ID:ypYXADGg
>>81
意図的に省いたわけではないし、相手をしなければいいと
言うのもちょっと違いますね。サロメは神経が細すぎるけれど、
頭が良いし、何より勘が良い。無視出来る人ではないですよ。

134 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 21:17:30 ID:aupEYD9j
>>128
あなたもそうでしょう。
言えない部分があるはずです。
私も結構言葉を選んでるんですよ。

>>133
私にとっては劇薬すぎます。
遠目に見てる分には構いませんが。
確かに私はオーソドクスなキリスト教信仰とは離れていますが、だからといって
それを口劇されるいわれはありませんし、キリスト教神学上で意見を対立させようにも
理論立てると彼女は逃げます。
そして、後ろから石を投げつけるのです。
知識はあるが知恵はありませんね。

135 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 21:21:37 ID:aupEYD9j
>>129
こんばんわ
コンブ氏の提案もありますが、キリスト教ベースの創造論って結構ここでは
ローカルそうだから、私はやはり別スレが良いのですがどうでしょう?
まだ職場ですので後でレスしますね。

>>130
私がここに辿り着いたのは聖書をずっと探っていった結果です。
話せば長いですよ。
まぁ、別の機会か言葉の端端より読み取ってくださいw

136 :慈風:2006/12/25(月) 21:26:15 ID:MjRmpQJ4
だからね、ミュータンさん、そこから何を学ぶかってことではないですか?

あなたは、ご自分が「正しい」という論理をどういう形であれ「攻撃」されたことに対して、「反撃」していませんか?

それは愛ですか?
反撃は愛でしょうか?

持論を押しつけあっているだけではないですか?



137 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 21:28:01 ID:VeKDHJ2P
慈風て風邪の友達だろ厨房

138 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:29:17 ID:ypYXADGg
>>95
あのね、気になったのは、仏教じゃなくて、「仏教を除く」の回数だからw
それと、神秘主義だけじゃ、現世にこだわるキリスト教は掴めないぞw

139 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 21:31:43 ID:aupEYD9j
>>136
ごもっともです。
相手を裁くことで自分の心が貧しくなりますね。
フリーハンドでいられるように祈りますね。

では落ちます。

140 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 21:33:21 ID:p+zugsgq
>>135
オーケーです。
でも、私も議論できるほどの知識があるわけではありませんからね。
その点では、ここでいろいろな角度で展開されるのは、個人的にはわかりやすいことでもあります。
まあ、でも、前に進まないほうが問題ですからね。

>>137
また、えさナシで・・・・・・・ヽ(^。^)ノ

141 :慈風:2006/12/25(月) 21:33:49 ID:MjRmpQJ4
ミュータンさん、スレをみていれば、根拠のない叩きや批判などは山ほどあります。

それにいちいち反論しますか?
特定の意見に対して、心が止まるのはなぜか、見てみるとおもしろいですよ。

142 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:37:01 ID:ypYXADGg
>>134
サロメだって全然オーソドクスじゃないですよ。
ともかく、あなたがサロメに攻撃されるいわれがないように、
サロメには攻撃するいわれがあるってことです。。。

143 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 21:40:32 ID:p+zugsgq
>>138
それって、政治的ってこと?

私は三位一体の話が展開されたときに、いろいろキリスト教史調べたら、
結局、キリスト教の成立って、政治的な結論だったような気がしました。
だからこそ、三位一体が生まれたんじゃないかって。

ただ、宗教って、政治的じゃない要素を排除をするほうが難しい。
その点で大王ドンの認識って、バージンのようで、私にはとてもわかりやすい。
大王ドンサイコw

144 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:43:56 ID:ypYXADGg
>>143
全体としては、キリスト教は、瞑想してる暇があったら
他人にちょっかい出せ、ですよw

145 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 21:50:02 ID:p+zugsgq
>>144
それって、左の頬を打たれに行けってこと?

146 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:55:26 ID:ypYXADGg
>>145
いや、両頬を打ちに行くw


147 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 22:10:31 ID:qL2/JOls
>>127

生命は生命や創造をどう認識しますか?

>花は咲き、意味など問わずただ在って、美しく、人の目を楽しませて、ただ散る。。

生命や創造を語らずに散っていきますね。

>そこに何らかの意図を感じてもまた不思議ではないと思いますけどね…

だれも否定していませんよ。神も創造も生命も人間の意図だと言っているんです。
意図そのものが意図です。違いますか?早く宇宙人やってこないかな・・・

>>129

意味がないならスルーすればいいじゃないですか。反論してるのは自己責任なのに話が進まないってアホかと。

148 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 22:16:08 ID:qL2/JOls
ご隠居〜〜。クリスマス楽しんでないで、出ておいで〜。

149 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 22:31:06 ID:p+zugsgq
>>146
うひょ〜ヽ(^。^)ノ

150 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 22:33:08 ID:qL2/JOls
宇宙は神が創った。これは自明であって否定しようがない。

151 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 22:36:04 ID:p+zugsgq
>>150
んで、かわいい娘さんは誰がつくったの?

152 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 22:40:34 ID:ypYXADGg
>>110
一体何をもって宗教学者と宗教者を分けるのかも引っかかるんですけれど。
俺は学者になる気は毛頭ない、という意味では、宗教者と言うことになるわけですが。
信仰のない宗教知識には結局は命がないと思いますし。ただし、必要性と好奇心から、
重箱の隅は突き回す。だから、5:5?


153 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 22:40:36 ID:qL2/JOls
>>151

父なる神と、私のむすこ。

あ、父とむすこが生命をつくるのか。なるほど。

154 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 22:49:03 ID:rhs+28Bi
>>147
スルーの件に関しては同意ですよ、私はスルーしちゃうのが早いと思うし
ただ恐れとは違うと思ったので横槍でした

>生命は生命や創造をどう認識しますか?

生命の認識能力は種により異なると思うので一括りには言えないです

>だれも否定していませんよ。神も創造も生命も人間の意図だと言っているんです。
意図そのものが意図です。違いますか?早く宇宙人やってこないかな・・・

人間側、主観の域を脱しないのはわかってるんです
神の意図を人間が語った時点で神の意図そのものとは言えないかもだけど
(カントの言葉拝借して物自体は知り得なくても物を知るっていう感じです)
聖書の啓示とかを通して神の意図だと信じるって話です 信じることしかできないから

なんか支離滅裂になった  

155 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 22:58:33 ID:qL2/JOls
>>154

信じるって言ったって、少しぐらい影を見をみないと信じようがないでしょう。
言い聞かせることと信じることは違うでしょ。

まぁ、私は信じてますけどねw 

156 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 23:10:49 ID:ypYXADGg
>>78
罪を犯すのは人の能力。
反逆してタブーを破ってみることが、人間の成長の第一歩であり、
それは自らの自由な意思によるものであるべきでしょう。



157 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 23:13:19 ID:aupEYD9j
やー仕事終わり。
帰宅前に質問です。

>>156
罪を犯すことによって人は成長するとお考えですか?

158 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:15:20 ID:qL2/JOls
宇宙は神が創造した。

159 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 23:17:30 ID:p+zugsgq
>>153
母なる大地はどこにいったの?

とりあえず、むすこは生命だとおも。
父なる神はなんだろう?


しかし、なんか荒れてるナァ〜

なんで?

160 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 23:17:35 ID:aupEYD9j
>>130
遅レスですが道に近いです。
ただ、無為とはちと違いますね。
意志を知りたがってる時点でw

狂信タオイストに言わせると老子がインドにいって仏教徒に教えたとか
老子は釈尊の生まれ変わりだとかなんとか・・・

漢字は韓国で生まれたらしいし、あっちの人はよくわかりません。

161 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:20:49 ID:qL2/JOls
「あなたがたは心のなかでなにを論じているのか」 (ルカ5−22)

162 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 23:21:25 ID:ypYXADGg
>>157
人が罪を犯すことが出来るのは、自分のしていることが
悪いと自覚している時だけだから、それは成長する機会です。


163 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 23:22:37 ID:31VcyO3Q
>>152
返答謝謝。

ちなみに私は、きっちりした線引きはできないと考えていますし
(→1:9の学者も居れば1:9の宗教者もありうるでしょう)、
また、学者と宗教者以外にも名札の貼りようがあるのでは・・と思っています。
(その名札を、誰が貼るか?(→自分で貼るか他人が貼るか)は別にして・・・)

164 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 23:22:38 ID:aupEYD9j
>>162
自覚無しに罪はありえない?
無自覚な殺人は罪ではないのでしょうか?

つまり罪は人間の観念が産み出すもの?

165 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/25(月) 23:24:14 ID:p+zugsgq
>>160
老荘の思想は夢物語ですからね。
ただ、その志向する過程は面白いと思ってます。

また、道って、かなり難しい概念ですからね。
でも、ムータン氏の一って、それに近い気がしています。

といっても、それでわかったとは思いませんけどね。

166 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:26:13 ID:qL2/JOls
「おとなですから、あれに聞いてください」(ヨハネ9−23)

167 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 23:27:12 ID:aupEYD9j
>>165
道って非常に抽象的だし、抽象だからこそ道なんですよね。
でも、私は時間に、あらゆるエネルギーに方向性があるように
創造にも方向性があると考えてるんです。
その方向性が創造の意志。

いろいろ調べると世の中ワンダーランド
おもろいもんです。ってコンブ氏だってまだまだ引き出しあるくせに
出し惜しみするんだよな〜w

168 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/25(月) 23:28:27 ID:aupEYD9j
帰宅落ち

169 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 23:32:42 ID:FaI6Tmyr
>>126
>ただ、どう生きるか、何に向かって生きるのか。
>信仰は生活の方向性に相関させなければただの空念、言葉遊びになってし
>まいます。

生存(生命)そのものが自己目的だよ。何かに向かって生きているのではない。
信仰に生存を従属させるなど、本末転倒も甚だしい。それこそ言葉遊び。

> 創造の理を知りたい。

創造の理は創造主しかわからない。君は人間なのにまだ神になりたいの。
それほどの思い上がりと傲慢不遜はないよ。

宗教者は、神を信じているというよりも、自分が神に成り変りたいだけ。
その意味で、無神論者が最も敬虔な宗教者である。



170 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:34:00 ID:qL2/JOls
なぜ、今の時代はしるしを求めるのだろう。よく言い聞かせておくが、しるしは今の時代には決して与えられない。
(マルコ8−12)

171 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 23:37:47 ID:ypYXADGg
>>164
罪の自覚がなければ、悔い改めることも出来ない、と言う意味であって、
無自覚だったら罪にならないという意味じゃないですよ。


172 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 23:41:24 ID:ypYXADGg
>>163
俺も、自分自身の中では線引きはないです。知識も含めて信仰。
まあ、別の名札を貼るのは、またひとつ面倒が増えるだけだと思いますがw

173 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:42:31 ID:qL2/JOls
あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。多くのものがわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時がちかづいたとか、言うであろう。

(ルカ21−8)

174 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 23:49:10 ID:FaI6Tmyr
>>171
「罪」とは何?誰に対して「悔い改める」?

それが「神」に対してなら、神は空想上の存在だから、罪も悔い改めも空想上
の行為。

人間界において「罪」や「悔い改め」が成立するのは、あくまで人間である
他者に対してだけ。

いい年して妄想するのは、いい加減で止めてください。

罪悪感を抱き、悔い改めるのは、あなた自身だけの問題(それはまた、精神医学
の問題でもある)。

あなたが勝手に他者を罪人視することほどの大きな「罪」はないことを、自覚
されたし。

175 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 23:49:20 ID:31VcyO3Q
>>172
>面倒が増えるだけ

www

けど、名札を見て(確認して)から話しかけるというのもまた
人の世の習いでもあるわけで・・・(^^;
もう少しバリエーションがあってもいいんじゃないかな・・と・・・w

176 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:53:41 ID:qL2/JOls
医者よ、自分自身を癒せ。

(ルカ4−23)

177 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/25(月) 23:55:07 ID:rhs+28Bi
>>155
影とは?あなたは何を信じてると?

まぁ確かに信じるというより
言い聞かせてきた感じなのは否めないかも 
てか以前も貴方に言われたような… 全然信じてないねって。w

>>156
反逆するのわかっていながら後悔という言葉はしらじらしいと思いませんか??

>>171
罪の自覚のできない悔い改めの出来ない胎児や亡くなった赤ちゃんは救われませんか?







178 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/25(月) 23:58:42 ID:qL2/JOls
>>177

影とは神のしるし。私が信じているのは創造主たる神です、

179 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 00:00:07 ID:FaI6Tmyr
>>178
また、神になりたがる人間が一人いるな。

180 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 00:03:53 ID:IN9J7/LN
まだ、自分だけはまともだと思ってる奴がいるナァ〜

181 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 00:04:22 ID:llBQ3hBn
>>177

胎児やあかちゃんとあなたは関係あるのですか?

182 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 00:05:09 ID:IN9J7/LN
ただ、ニセ牧師がまた増えたのには、賛成ヽ(^。^)ノ

現在なんにいるのかは不明w

183 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 00:11:14 ID:llBQ3hBn
>>182

いや〜今、聖書読んでますけど、合わないですね〜。文化が全く違います。
大人になってからじゃ、無理っぽい。

184 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 00:11:52 ID:Tk192FUj
>>177
>罪の自覚のできない悔い改めの出来ない胎児や亡くなった赤ちゃんは
>救われませんか?

キリスト教のいう「罪」とは、「人間」である聖書の著者が勝手に
でっち上げただけ。従って、人間が聖書を信じれば自動的に「罪人」
となるが、信じない者には、罪など初めからありません。

胎児は赤ちゃんは、まだ聖書を読んで信じていないから、罪などなく、
従って悔い改めも救いも必要ありません。聖書を信じない者は、「罪人」
などにはなりえないのです。



185 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 00:14:08 ID:+gGo2gpU
>>177
>反逆するのわかっていながら後悔という言葉はしらじらしいと思いませんか??

後悔するのも、白々しいと思うのも、勝手でしょ?俺はどうでもいいけど。

>罪の自覚のできない悔い改めの出来ない胎児や亡くなった赤ちゃんは救われませんか?

>>171>>164
>無自覚な殺人は罪ではないのでしょうか?
に対するレス。
あなたが原罪で何でもかんでも処理するつもりなら救われないだろうし、
そうじゃないと思うならそんなことはどうでもいいでしょう。



186 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 00:16:08 ID:IN9J7/LN
>>183
いえいえ、なかなかサマになってます。
なかなか、いい感じでしたので、是非、続けてほしい(^O^)/

そのうちきっと、自然に出てきますよ。

187 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 00:18:44 ID:+gGo2gpU
>>183
聖書は旧約から、上巻から読まないとw


188 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 00:20:14 ID:llBQ3hBn
>>187

名前がたくさん出てきたので挫折w

そういえば、なんとかネームをもらうときって自分で選べるんですか?

189 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 00:23:43 ID:IN9J7/LN
さぁ〜て、今日も、オチノシ

明日も忙しいw
なんで、年末に集中するんだろう・・・・・・・・
これも人の心理だナァ〜

190 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 00:23:54 ID:Tk192FUj
12月10日に発行されたばかりの「乗っ取られた聖書」(秦剛平著、
京都大学学術出版会発行、定価¥1800))を読んでいるが、聖書ほ
ど「信用できない」書物は珍しいようだね。著者は、聖書は、「誤りに
よる誤りの拡大再生産の書」と言っている。まあ、聖書が「全能の神の
言葉」などではないことは、間違いない。

191 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 00:26:42 ID:llBQ3hBn
>>190

めぐりめぐって、正しくなったのさ。

192 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 00:30:09 ID:+gGo2gpU
>>188
旧約読まずに新約読んでも何の役にも立たないよw

クリスチャンネームだったら、自分で選べる。プロテスタントだと付けないことが多いけど。

193 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 00:39:02 ID:llBQ3hBn
>>192

そうみたいですね。面倒だけど旧約読むかぁ〜。少しずつ。

洗礼名は今調べてますけど、聖人からとるのが多いそうですね。カインとかノアとかにしようと思ったのに。
さすがにイエスとはつけられないか。ミカエルとかにするとホストクラブみたいだなぁ。

う〜む。

194 :慈風:2006/12/26(火) 00:52:16 ID:OPE7X081
やってますね

195 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 00:55:29 ID:+gGo2gpU
>>193
教会へ行く前から洗礼名ってw
ナンニチツヅクノカナ…ミッカモツカナ…

196 ::2006/12/26(火) 01:10:20 ID:SXag2ZrM ?2BP(333)
グロリア!
ちょっとしばらくコテでうざいことになるかも
P2のポップアップスペースの宣伝効果の調査も兼ねてコテでいきます
まちがいなくうざいことになるので、あらかじめ板の住人全員に謝っておきます
スマソ

197 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 01:30:02 ID:llBQ3hBn
>>195

キット モタナイナ・・

198 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/26(火) 01:30:57 ID:dUw9ffGA
>>185
どうでもいいっていう感受性は思いつかなかった そんな気もしてきた…
なんか反論する気一気に冷めた。。

お前はまた私にケチつけやがってとか神様も怒ってそうだし

ただ原罪にしろ何にしろ私が決めることじゃなくて神様だし
私がどうでもいいいとしたってしなくたって真実はあると思うから
それに合わせたかっただけ


199 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 02:15:42 ID:u4FTgh2K
神がいるから罪ができる。
神がいなければ罪も救いもないという意味で、無神論も強力な信仰なのだよな〜

でもなんでニーチェは発狂しちゃったんだろうね。
古来より生命への畏怖が信仰へ体現していったわけだし、この不自由さからの
解放への憧れも手伝ったんだよね。

まぁ、いずれにしても賭けなわけだが。
私は神様と一緒の方が楽しいので信仰採用w

200 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 02:23:37 ID:u4FTgh2K
>>78
創造はね〜
なんで神様人間を創ったんだろうね〜
なんでこんな不出来なもん創って生かしてるんだろうね〜

神様は人間が堕罪することは知ってたよ。知ってて善悪の知識の樹を植樹したんだもの。
神が堕罪させたの。

じゃ、罪ってなに?
何が罪を罪たらしめるの?

って考えていくとすこーしづつ見えてくる。。。。

そこに意思がなければイエスの十字架はマッチポンプ。

慈風さん指摘どおり全部は語れんので、こんくらいで。

201 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/26(火) 02:28:02 ID:dUw9ffGA
自由意志の鍛錬の場としか思えない

202 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 02:36:10 ID:u4FTgh2K
>>171
そこらへんのイディオムがさすがオーソドクス

>>184
なんか私のレスってそんなに影薄いのかな・・・

前スレで
961 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/24(日) 21:48:18 ID:N1WXznOE
>>957
その通りですね。
私のちっぽけな脳みそで古来より先達達が追い求めてきたものを知ることが
できるなど到底思ってもいません。
ただ、創られた理を知りたいだけなんです。

「理も糞もあるか。ただ在るだけだ。日常をしっかり生きなさい。」
に落ち着くには人生暇すぎるw

着地点は知っていて敢えて川の流域に足を踏み入れてるんですよ。
もしかしたら何か見つかるかもって。もちろん徒労かもしれませんがね。

結構世の中おもしろいもんです。

って隠居にレスしてるんですよ。
個人的におもろいからやってるんですよ。理なんてもんがどれだけ価値があるのかも
わからないけど、ただ、リビドーに身を委ねてるだけです。
無機質な日常を死ぬまで続けるのは性にあわない。
明日死んでもいいように今日を満足して生きるですね。


203 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/26(火) 02:36:21 ID:dUw9ffGA
創世記と黙示録の対応で

地と闇の区別⇔闇がない
地と海の区別⇔もはや海はない
太陽と月との支配⇔太陽も月もいらない
設けられた園にいる人⇔設けられた都にいる人
エデンから出ている川⇔神の御座から出ている川
地にある金⇔都にある金
園の中央にある命の木⇔都にある命の木
園を歩き回られる神⇔彼らとともに住まわれる神
エデンの園からの追放⇔都に自由に入る
約束された贖い主⇔完成された贖い

ないんだよね 黙示録には試験の実 善悪の実
それと誘惑するサタンも硫黄に投げ込まれたとなってるから
自由意志を行使する離反する機会がない
最初から黙示録の園でもよかったけど敢えて離反して自由意志の鍛錬は必要だったのね

とか思って終わってみる どうでもいいからそれで納得しちゃおう  

204 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 02:42:21 ID:u4FTgh2K
>>201
そう。そしてその説だとキリスト教ではペラギウス異端になっちゃうパラドクスw

多数決でごり押しした神学
数は力なりw

神は人間の自由意志を尊重するが故に、救いも滅びも選択権を委ねた。
それほどに尊重される自由意志も天国ではどうなるんだろ?
自由意志がある限り、堕罪の機会は永久に付きまとうよ。

自由意志の鍛錬を深く追求すると・・・・

205 :慈風:2006/12/26(火) 07:50:39 ID:OPE7X081
>>200 そうですか?

私はそうは思いませんが。

206 :名無しさん@3周年 :2006/12/26(火) 07:55:10 ID:8odDCkw1

>>聖書ほ ど「信用できない」書物は珍しいようだね。著者は、聖書は、
>>「誤りによる誤りの拡大再生産の書」と言っている。
>>まあ、聖書が「全能の神の言葉」などではないことは、間違いない。(>>190

【聖書における神の殺人命令 】
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/yomikata.html

↑ も、恐ろしくて読むのが困難な程・・・・・宗教は恐ろしい!神とは何?サタン?

キリスト教の聖書を、最初から全て読んで信徒になる人は少ないのでは?・・・牧師の
説教や、心に響いた箇所だけ頭に焼き付けて【聖絶】等、知らない信徒が殆どでしょう。

いつからか(キリスト教は安心で信頼が於ける宗教)というのが脳内にインプットされていた。
この【無知】を減らし、上のHP・著書等で隠れた教義・誤りを広く流布しなければいけないと思う。

キリスト教は、このように宣伝、策略、洗脳、カムフラージュに長けていて人の心理操作が非常に
上手い。超一級カルト宗教の大ボスと言ったら過言だろうか・・・・・w。危険!!( ̄□ ̄;)!!




207 :慈風:2006/12/26(火) 07:58:35 ID:OPE7X081
>>199 根本を探求しながら、根本を否定すれば、発狂しますよ。

真面目だったのでしょう。

208 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 08:57:26 ID:xtS2c1I6
>>205
定義の違いでしょう。
神があらゆる支配を受けない自由な存在であるならば神は時間からも自由ですから。

209 :慈風:2006/12/26(火) 09:16:59 ID:OPE7X081
神が制約を受けるのですか?
「もともと、制約を受けてはいないが、そう見える」のではないでしょうか。

制約は人の行為であって、それを受けるのは人ではないでしょうか。

210 :慈風:2006/12/26(火) 09:41:26 ID:OPE7X081
「体が私である」という視点に立つと、さまざまな制約を受けるし、人は自由ではなくなります。

しかし、人の本質である、「神=思考の総体、思考する者」は、制約などありません。自由そのものであり、平和であり、愛です。
それは目に見えない存在で、姿形こそわかりませんが、確かに存在します。

さまざまな場面で、神や宗教、思想や人生観を語るとき、気を付けなければならないのは
「視覚に捉えられるものと、そうでないものは『同じステージでは論ずることは難しい』という事実」
があるのではないでしょうか。

211 :慈風:2006/12/26(火) 09:47:41 ID:OPE7X081
同じ立ち位置で論ずるならば、共通も見いだせるかもしれません。
しかし、互いに違う立場で論ずることに意味はないでしょう。
主張は交差もしないし、平行線のまま。いつしか、「自分は正しい」と思うあまり、押しつけ合戦をやってしまう。
それは、「相手が間違っている」のではなく、「立ち位置が見えていないだけ」であって、それぞれが正しいのだと思います。



212 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 10:12:02 ID:W+gQoswO
>>202

>無機質な日常を死ぬまで続けるのは性にあわない。
>明日死んでもいいように今日を満足して生きるですね。

若し神が人間を造ったとしたら、その日常(生存)こそ、神が人間に与えた
唯一のもの。人間の究極は「生物学的生命」です。それ以外に何がありますか。
神概念も、人間の生命活動として、人間が作り上げたもの。聖書も、聖書書記
の生命があったからこそ、存在しているのです。その意味で、神とは、人間の
生命以外の何物でもありえません。
創造の理などを見出せるとしたら、それは現実の人間の中にしかありえません。
あなたが、「人間を離れた」架空の神など考えれば考えるほど、あなたは創造
の理から遠ざかっていることを自覚して欲しい。そのような人生は、根本を錯
誤した「酔生夢死」の人生であることを忘れてはなりません。若し神が人間の
生命を造ったのだとしたら、それはまさに創造主の意図とは逆行することであ
るとは思いませんか。
なお、当時の医師の診断では、ニーチェの発狂の原因は、売春婦から移された
梅毒という誠に人間的なものです。根本の追求などとは関係ない。発病前の
ニーチェの精神は、当時の誰よりも健康です。


213 :慈風:2006/12/26(火) 10:28:43 ID:OPE7X081
そうですか。
梅毒に感染したというのも、現象の分析ですね。

神との分離などありえない。分離しているように見えるだけだと思います。

それをどう論じようが、それすら自由ではないですか?


214 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 10:28:59 ID:W+gQoswO
>>210
>「体が私である」という視点に立つと、さまざまな制約を受けるし、
>人は自由ではなくなります。

人間の思考も、他ならぬその身体から生じるものであることを忘れては
なりません。人間は、身体として共生しなければ生存できないのですから、
思考も当然制約を受けます。制約を受けない思考を、空想、妄想と言い
ます。空想や妄想は、生存共同体では意味を持ちません。

思考の正しさとは、それが身体の生存の方向に向かっているか否かに
よって判断します。それ以外には、判断の基準は皆無なのですから。

215 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 10:43:18 ID:x5fmlcmH
>>209
神は神によってのみ制約を受けます。
人間の存在がそれを証明します。

>>212
ニーチェ梅毒説は後年否定されています。
脳腫瘍説が有力ですよ。
まぁ、それはいいとしてご隠居ってこのスレで一番無神教の布教に熱心だよねw

ところでご隠居って将来の目標とかってあるの?
人間の苦悩を全て無神のうちに享受する覚悟もあるの?


216 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 11:01:16 ID:+gGo2gpU
>>198
無自覚の「原罪」について考えることは意味がないでしょう。
人間性の一部としての罪を自覚するのでなければ、原罪は効力を発揮しない。

>>201
鍛錬の結果がどう出ようとも、それも自らの意思でしょう。

私は命と死および祝福と呪いをあなたの前に置いた。
あなたは命を選ばなければならない(申命記30:19)

何を選ぶかは、人間の自由意思に任されている。


217 :慈風:2006/12/26(火) 11:05:50 ID:OPE7X081
ミュータンさん、あなたな信頼する神は、複数いるのですか?

218 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 11:15:59 ID:x5fmlcmH
>>217
一ですよ。なぜですか?

219 :慈風:2006/12/26(火) 11:17:53 ID:OPE7X081
ああ、神自身ってことですね。わかりました。

しかし、それは疑問です。


220 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 11:18:05 ID:IN9J7/LN
>>199
結局、いままで散々皆で分析してみましたけど、
無神論も無宗教もアンチとしての立場の宗教しか形成しないんですよね。

神がいないと言うよりも、神を排斥する立場にあるのが、無神論。
現存の宗教をすべて否定して、あたらしい宗教はないと否定するのが無宗教。
まあ、それがあたらしい宗教なんですけどね・・・・・・・・

だから、ほんとうの無神論というのは、神はいるとかいないとかいう立場にない。
でも、これって、信仰持つ人ならば、常に心に抱いている意識でないでしょうか?
フーテン氏とレスを交わしていると、いつもその押し付けまいとする、中庸が伝わってきます。
ただ、それを人とのかかわりの中で、そのニュートラルの立場を保つのが難しい。

私には、ムータン氏の試みも似たものだと思ってるんですよね。
それをどちらかというと、定点観測の定点にしたいと言うところなのではないかと。
けれども、ニュートラルという定点ですので、絶対に、定点にならない。
この表現のニュアンスがとても難しい。。。。。

221 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 11:39:24 ID:IN9J7/LN
たとえば、ご隠居がキリスト教を否定して本能教を擁護する根本は、
今まで見てればわかりますが、現実肯定としての資本主義のビルトインスタビライザーにあります。
もちろん、資本主義に神の見えざる手があるのは、アダムスミスが分析した市場経済の方なので、
ご隠居がもっと、勉強すれば、キリスト教の産物である資本主義よりも、
市場経済を選択してもう少し、受入れられるという思いがするだけですけどね。
私も、この意見そのものには、なんの疑問もないのです。
ただ、私は、経済もその同じ論で、宗教であると思っていますので、ご隠居とは対立しますけどw

私は、ずっと主張してますけど、今は拝金主義の経済教で、
その意味では、ずっと中世は続いていると思ってます。
その経済を支えているのも、科学と言う教義であり、
その根本は古代のギリシア哲学からキリスト教へと変遷してずっと語り継がれている、
ロゴス中心主義なのだろうと。

結局、そのニュートラルの定点って、このロゴス中心主義の呪縛から逃れることだと思ってます。
その基本は、今なんとなく見えてるのが、瞑想にあるのかもしれないと。
結局、我々は自分に帰るしかないんじゃないかって気がするんですよね。
それは、ムータン氏の言う一につながる我で、
決して、単独の我ではない、いわば全宇宙と繋がってるような我。

だから、ムータン氏の言うことをもう少し、議論してみたいナァ〜と思うのですよ。
そして、それって、敬虔な信仰を持つ人ならば、決して、外れないことでもあると思うのです。

まあ、荒く書くとこんな感じなのです。。。。。

222 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 11:45:02 ID:x5fmlcmH
>>220
そうですね。
結局個人の信仰に帰結していくんですよね。
そして、それだからこそより一への求心が強力になるんです。
組織としての体系だった信仰というものはどうしても客観性が失われ
世俗化・マニュアル化と同時に本質とも言える神秘性が失われていくんですよね。
逆説的なんですけど。

定点の説明はさすがですw
ですから私は生涯求道者なんです。都合のいい言葉ですよねw


223 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 11:47:40 ID:+gGo2gpU
>>220
人が人であること、これは全ての人と共有することが出来る。
自己が自己であることは、誰とも分かち合うことは出来ない。
自己は自己にしか属さない。ただし、自己が他者の中に、相互に歩み入るときは別です。


224 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 11:57:37 ID:IN9J7/LN
>>222
でも、常にどことも関係しない我は意味がないのですよ。
そのネットワークを維持し続けての我が非常に難しい。
ムータン氏の言わんとするところもそこのところだろうと思ってます。

>>223
我と汝ですよね。
平易で、深いと思います。。。。。

225 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 11:58:13 ID:x5fmlcmH
>>221
おもしろそう。
でも、昼飯落ちっす。
後でレスします。

226 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:01:39 ID:llBQ3hBn
>>220 >>221

どちらにしても、真理の探究と、生死と人生の問題と、経済活動を混ぜるべきだとは思いませんけどね。

私は拝金主義ですが、だれもが経済を捨てる時代は今後こないと思っています。
贅沢はいけないといいますが、贅沢の基準を教えて欲しいですよ。

宗教って言うのは死後経済学が根幹で、人生哲学じゃないと思いますよ。

真理の探究だって知的興奮というサービスを受けるためでしかない。そのために対価として時間財と交換してるわけです。

人間は経済する生き物であり、根幹であるのだから、拝金(財)主義は永遠であると思います。

財の平等な分配や、自給自足や、物々交換も結局拝金主義から逃げられないんですよ。

227 :慈風:2006/12/26(火) 12:07:41 ID:OPE7X081
思考は体なくしても、存在できます。
なぜなら、思考そのものは、「思考する者=神」が存在すれば、それでいいからです。
思考が脳に依存するという考え方は、視覚に囚われ、その先にあるものを認めていないからではないでしょうか。

では、心臓がなぜうこくかを考えたときに、「動かすという意志をもった存在」なくしては、動きません。
しかし、それを考えずに、「筋肉の収縮運動」と捉えてしまうのは、いかがかと思うのです。

228 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:12:02 ID:llBQ3hBn
>>221

結局、人間は必ず死ぬから、限られた人生を充実したいものにしたいと思って、
真理の探究やら、心の修行やら、正義感からのアンチ宗教をするわけです。

結局充実というのは限りある時間を効率よく使いたいという事にすぎません。
人生を無駄にしたくないだけなんですよ。人生がもったいないという心理は経済なんですよ。

229 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:14:31 ID:llBQ3hBn
>>227

意識して心臓を止められますか?

230 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 12:16:45 ID:IN9J7/LN
>>226
>どちらにしても、真理の探究と、生死と人生の問題と、経済活動を混ぜるべきだとは思いませんけどね。

そうですか?
では、なぜ私達は、こんなに金に執着するのでしょう?
別に、それに意味なんかないでしょう。
それがまさしく、洗脳なんじゃないでしょうか?

今の私達の人生観では、金があるかないかは、人生を決める重要なポイントですよ。
成功哲学の根本は、拝金主義の思想があるから、説得力があるし、売れるのです。

彼らがどれだけの環境を汚染をし、生態系を破壊したのかって、論調の本はないですよね。
それは、まさに、中世そのものです。
でも、事実です。
経済そのものを否定する必要はありません。
それから、ほんの少し離れればいいだけなのです。
別に、難しいことではないと思ってます。

231 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:19:41 ID:llBQ3hBn
>>230

金も真理の探求も価値という意味では一緒なんです。

価値を追い求めるものは経済教の信者なんですよ。

232 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 12:21:12 ID:+gGo2gpU
押し付けはイクナイ!と言い張ることには、何の意味もないんですよ。
教育は全て押しつけだから、なんなら全部拒否したって良いんですが、
何も受け入れずに自己を形成してる人間はいない。介入されることが嫌なら、
自分の全てを否定しなくちゃ理屈に合いませんからね。

233 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:24:31 ID:llBQ3hBn
>>230

あ、経済というのは「貨幣」のことじゃなく「交換」の意味で使っています。

環境問題は貨幣を優先する勢力と、自然財の効率利用をとなえる勢力の均衡でしかありません。

234 :慈風:2006/12/26(火) 12:28:04 ID:OPE7X081
意識して心臓を止められるか?
死があるならば、それではないでしょうか。

235 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 12:29:23 ID:IN9J7/LN
我々の本能として、象徴主義、フェティッシュがあるんですよ。
言葉を用いるように、貨幣を使い、神を崇める。
これは、みんな一緒の信仰だと私は思います。
そして、結局、その根本は、我と汝の問題なのかもしれないのです。

確かに、
>財の平等な分配や、自給自足や、物々交換も結局拝金主義から逃げられないんですよ。
という指摘は、現実の肯定としては、正しいでしょう。
でも、これは我々が必要なものを平等に分け与えるという意識がどこかにあれば、簡単に解決することでもあります。
それが出来ないのは、金に執着し、富を所有することは正しいという意識からだと思います。
実際、人はつい最近まで、物欲は恥ずべきことだったと思います。

別に、難しいことはないと思います。
それが出来ないのは、単なる意識の問題だと思います。
まあ、今の時代で普通にそんな価値観を所有することは、間違ってますけどねw

236 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 12:36:13 ID:x5fmlcmH
>>226
テスト氏の宗教観はある意味ご隠居に近いような・・・
まあ、物質世界で精神を介入させない限り数値化可能でしょうからね。
ただ、それは数値を絶対化しているにすぎず、そこに不可知、不定点の存在を
認めないだけの、あるいみご隠居に近い主張に感じますね。
我々の世界はどのようにして生まれたのでしょう?
不可知を不可知として思考からオミットしてるだけの数値教ではないでしょうか?


237 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:37:56 ID:llBQ3hBn
>>235

富の所有に奔走するものも、真理の探究をするものも一緒なんですよ。

ただ真理の探究者の方が程度は低いと思いますよ。

富みあるものは探求者を馬鹿にしたりしませんが、探求者は富を卑下しますからね。

カルトの排他的行為と一緒で、伝統宗教も富を敵にすることで結束を強めているにすぎません。

238 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 12:39:24 ID:IN9J7/LN
>>233
>あ、経済というのは「貨幣」のことじゃなく「交換」の意味で使っています。

もちろん同じですよ。
だれも、値札以上のお金を払わないし、値札以下の価値しかないと文句いわないですから。
回転寿司で、うまいからと、1皿一万円を払う人はいないのです。
そんなことしたから、経済が破綻しますけどね(^O^)/

>環境問題は貨幣を優先する勢力と、自然財の効率利用をとなえる勢力の均衡でしかありません。

それは、現状の企業に浸透するような政治的な手練手管でしかありません。
もちろん、生態系の維持には、人類の絶滅は無きにしも非ずですが、
どちらにせよ自滅するならば、皿まで食ってやろうというのがいまの拝金主義ですからね。
それと共存しようとするなら、現状の経済学に基づいた、環境保護が必要になることは否めません。
そもそも、アメリカが京都議定書に同意しないのは、当然の話です。
自分で自分の首を絞めるようなバカな奴を相手にしないのは当然です。
でも、それが、自分で自分の首を絞めているんですけどね。
まあ、アメリカは、宇宙に新大陸を見出そうとしてるので、どうでもいいと思ってるのでしょうけど。
それか、核戦争かな・・・・・・

239 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:41:49 ID:llBQ3hBn
>>236

私はご隠居と近いですよ。ご隠居の観察が甘すぎるのでからかっているだけです。


>我々の世界はどのようにして生まれたのでしょう?

だからあなたはそれを知ること、または考える事に価値を感じて、人生の時間を費やしているんでしょ?
違いますか?

240 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 12:44:45 ID:IN9J7/LN
>>237
>富の所有に奔走するものも、真理の探究をするものも一緒なんですよ。

そうですよ。
そこに、神や仏が入るだけのことです。
別に、なんの違いもないのですよ。
てすと氏の価値を神に置き換えれば、経済活動を信仰や布教に置き換えれば、
なんも矛盾はないでしょう。

価値は見出されるものです。
どこに違いがありますか?
立派な人生哲学です。

241 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:47:24 ID:llBQ3hBn
>>238

完全循環型の社会が作れると思っているんですか?
まぁ挑戦しがいはありますけど。うーん。

化石燃料があるように、人間が環境破壊したらそれを利用した次の生物が生まれるだけのような気がしますが。
ストロマトライトが二酸化炭素を環境破壊して酸素を生み出したわけですし。

242 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 12:48:57 ID:llBQ3hBn
>>240

あ、ほんとだw

243 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 12:52:43 ID:IN9J7/LN
>>241
>完全循環型の社会が作れると思っているんですか?
>まぁ挑戦しがいはありますけど。うーん。

まず、無理でしょう。
ただ、地球は完全に閉じた系ではありませんから、
地球全体で考えれば、エントロピーの法則はあてはまりません。
時間が解決する問題は大きいと思いますけど。

でも、いまのままでは、トンデモ系の超古代文明と同じように滅亡します。
そして、生き残ったわずかな人間が、語り継ぎ、そしてその子孫が文書に遺し・・・・・・

ご隠居の子孫かも・・・・・・・

244 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 12:53:40 ID:x5fmlcmH
>>221
ロゴス中心といえばそうですが、人間の本能がロゴスになっているのではないでしょうか?
ですから、定点そのものが何かの絶対に向かうでなしに紆余曲折するロゴスです。

その個人的ロゴスからの脱却は東西を問わずに主張されてきた宗教観。
そして、相対のロゴスより絶対のロゴスへ向かうとしたのが西洋ロゴスですね。
対象としてのロゴスを設定したため、絶対でありながら相対化してしまったのですが。

慈風さんの一は存在そのものが一であるということでしょう。ただ、そこに
善悪二元論は存在するのか疑問ですが。

善悪を数値化しろと言われればできませんが、一に反するものが悪で一に是するものが善
です。
一の定義ができないのですけどね。。。

だから、信仰は向かう、求道するしかできないんです。

私の一観は意志を持ちながらも不定、変位するものです。
ロゴスと凡を融合させたものでしょうかw

245 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 12:59:19 ID:x5fmlcmH
>>富の所有に奔走するものも、真理の探究をするものも一緒なんですよ。

方向性があるというだけで、視点は全く別物ですけどね。別に富に奔走しても
馬鹿にしませんよ。個人の選択は馬鹿にしません。ただ、我と他の存在との関係性を
追求するか、現象を追求するかだけの違いではないでしょうか?

っといいつつ、私も社会の枠組みの中で富はついて回るのですけどね・・・



246 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 13:02:04 ID:IN9J7/LN
>>242
そういうところが、てすと氏のスマートなところって・・・・
もしかして、単にまた、ご隠居おちょくっただけ?
まあ、私も人のことは言えないんですけど、ご隠居の粘り強さは尊敬してますm(__)m

>>244
ロゴスを否定するのもロゴスですから、これは、否定しても意味はないのですよ。
でも、
>人間の本能がロゴスになっているのではないでしょうか?
とは、私は思いません。
ラカンは無意識は言語のように構造化されているといったらしいですけど、
私には、それこそ、ロゴス中心主義だと思いますし、怪しいと思います。

我々が、ロゴスを希求すること自体が、既に、ロゴス的ではないと思います。
まあ、この辺の言い回しは、難しいですけどね。

とりあえず、静かな正月を希求して、仕事オチます(^_^;)

247 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 13:12:41 ID:W+gQoswO
>>215
>人間の苦悩を全て無神のうちに享受する覚悟もあるの?

おかしなことを言われますね。

人間の「精神的な苦悩」は、詳細に観察すると、すべてあなたの自己中心主義
から生じています。あなたの自己へのあくなき執着から離れて、家族などの
身近な他者に心を移すことにより、苦悩は軽減され、消滅します。このことの
実際的効果は絶大です。人間の生存本能から生じる共同体形成維持本能の働き
です。

宗教によって苦悩を癒そうとすることは、単なる自己欺瞞のトリックであり、
やはり自己中心主義であることには変わりなく、それでは、他者の苦悩に対す
る理解は生まれません。そして、宗教による苦悩の除去は、あなたを含む共同
体全体に対しては、何の利益ももたらしません。

人間界においては、人間の苦悩は人間である他者によってのみ癒される。宗教
による自己欺瞞では、その欺瞞に気付いたとき、さらに大きな苦悩が生じる。

この最も肝心なことに、釈迦もイエスも気付いていない。宗教が「根本的に」
誤りであるのは、それが理由です。

それから、あなたは苦悩ばかりを強調するが、苦悩があるからこそ喜びも存在
し得るのです。それが人生というものです。闇があるから光が、死があるから
生が存在し得るのです。喜びだけの、光だけの、生だけの世界を地獄と呼びま
す。事実、人間を光だけの場所に長時間おけば、必ず発狂します。

あなたが求道者なら、もっとマシな考えをすべきなのではないですか。

248 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 13:13:33 ID:x5fmlcmH
>>246
>>その経済を支えているのも、科学と言う教義であり、
その根本は古代のギリシア哲学からキリスト教へと変遷してずっと語り継がれている、
ロゴス中心主義なのだろうと。

経済はどのようなロゴスに向かっているのですか?
経済の土台たるロゴスを相対的個人的ロゴスとしたのですが。。。

何か相対を超えた絶対的なロゴスによるのでしょうか?

私も仕事落ちます。

249 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 13:20:57 ID:llBQ3hBn
>人間界においては、人間の苦悩は人間である他者によってのみ癒される。宗教 による自己欺瞞では

自己欺瞞でいやされるならいいんじゃないの?正露丸で腹痛が治るなら別にいいじゃん。高いけど・・・


250 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 13:29:33 ID:W+gQoswO
>昆布氏へ

君の言ってることはすべて陳腐でピント外れ。自分の頭で考える能力がないか
ら、すべて学者の書いた、間違いだらけの本に依存しているだけ。

「拝金教」などという陳腐な言葉を恥ずかしげも無く使うが、君は霞でも
食って生きてるのか。(生存に必要な物資の獲得手段としての)金がなければ、
君は生存できないという単純なことも判らないのか。そして、金は、社会に
対する貢献の対価だよ。人間が金を求めなければ、社会自体の維持・発展は
全く不可能になる。

経済も宗教だなどと見当外れなことを言ってるが、経済は、人間の生存の
ために不可欠な物資を得るための営み。創唱宗教は、生存とは逆行する営み。
両者は、本質的に異なる。

たまには、どの本にも書いてないことを言ったらどうか。それが出来ないの
なら、2chに書き込みなどしないでくれ。貴重なスペースを無駄にするだけ。



251 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 13:43:42 ID:IN9J7/LN
>>250
わっ、ご隠居が久しぶりに反応してくれたので、嬉しくて、記念カキコw

でも、ほんとにお相手出来ない・・・・・・・・・ゴメン(-_-;)

ご隠居に馬鹿にされないと、自信がなくなる今日この頃w
ご隠居依存症じゃぁヽ(^。^)ノ

今日はもうレスできないかもw

252 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 13:46:00 ID:W+gQoswO
>>223
>自己が自己であることは、誰とも分かち合うことは出来ない。
>自己は自己にしか属さない。ただし、自己が他者の中に、相互に歩み入ると
>きは別です。

あなたは、まだ、人間が独りで生存できるという錯覚に陥っているようだね。
あなたの自己が存在できるのは、他者があたたの身体を認めるからだよ。
他者があなたの認めなければ、いくら自分で「我あり」と思っても、単なる
ユーレイ。「自己が他者の中に相互に歩み入る」どころか、他者があなたの
自己の「成立要件」。

毎日の自分の生活を振り返ってみれば、先人を含む無数の他者のお陰がなけれ
ば、あなたの生存は一瞬たりとも不可能であることが、容易にわかるはす。

他者に対する感謝を忘れた人間を「忘恩の徒」と呼び、もはや人間界の成員
としての資格さえない。 「最低の人間」とも呼ぶ。



253 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/26(火) 13:49:38 ID:IN9J7/LN
あっ、これだけレスしておきます。

>>248
>経済はどのようなロゴスに向かっているのですか?

経済は、貨幣を軸とした、財・サービスの交換のネットワークですから、向かうのは価値です。
価値を追求するのが、経済のシステムですね。
ただし、このロゴス中心主義で、なかなかシステムにあてはまらないのが、芸術だとも思います。
美の追求は、なにかしら、破壊的な要素をもちながら、秩序だってます。

まあ、これは今のところ私の頭の中では余談ですけど・・・・・・・

ご隠居が、うまく説明してくれると思う。

254 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 14:06:50 ID:W+gQoswO
>>227
心臓の動きは、いくら念じても止めることは出来ません。いくら神様に祈っても
止めることが出来ません。しかし、身体をひどく傷つければ止まります。だから
心臓の動き(生命)を支えている身体が「神」なのです。それ以外には、心臓を
動かし、止めることの出来る「神」は、どこにも存在しません。

255 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 14:15:46 ID:W+gQoswO
>>253
>経済は、貨幣を軸とした、財・サービスの交換のネットワークですから、
>向かうのは価値です。

「価値」などという内容不明な抽象語よりも、「生存のために必要な物資と
サービス」という具体的な言葉を使ったほうがよい。「価値」などという言葉
を使うのが、君が宗教と経済とを混同する原因。

人間の生存本能(生命)から「芸術」がどう導きだされるのか、どこの本にも
書いてない、君の独創的意見を出してくれ。


256 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 14:24:02 ID:llBQ3hBn
>>255

ん?芸術はいらないの?

生存に必要ない娯楽は?

257 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 14:37:08 ID:W+gQoswO
>>249
>自己欺瞞でいやされるならいいんじゃないの?正露丸で腹痛が治るな
>ら別にいいじゃん。高いけど・・・

「精神的苦悩」のことを言ってるのだよ。病気からの苦悩は医学で治す。
金欠からの苦悩は、もっと働くか、借金で治す。しかし、借金は宗教と
同様、一時的には治るが、返済の時には苦悩がさらに大きくなる。街金
がその典型。

「精神的苦悩」でも、病気や金欠から生じる場合も多い。その場合は、
「原因」自体を治さなければ苦悩も直らない。

宗教による病気治しは最大の弊害。医学による治療を軽視・否定する
から、病気は必ず悪化し、死にいたることもある。実例は、無数にある。
宗教でよくなったと「思って」も、検査すれば少しもよくなってはいない
ばかりか、かならず悪化している。


258 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 14:55:45 ID:x5fmlcmH
>>247
佛教諦観のヒューマニズムへの焼き直しでしょうかw
家族すら執着しないのですよ。
現象は須く諸行無常、有処無処、想非非想処です。
一気に家族まで引き落としたところには脱帽しましたw

ご隠居がいかに家族を愛し、隣人を愛しても、家族はご隠居を足蹴にし
隣人は陰口を叩くかもしれません。
世の中というものは不条理に満ちているものです。
それは自分自身も含めてですね。

>>253
その価値そのものが変動するものですよ。
例えば価値を目指しながら好不況に向かうのは意志に関係しません。
だからこそ、ロゴスと現象とを切り離した現象論=経済学が存在するわけですが。
古典主義経済学ではロゴスの耐用もあり得るでしょうが、それではケインジアンは
納得しないでしょう。


259 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 15:12:14 ID:W+gQoswO
>>258
>一気に家族まで引き落としたところには脱帽しましたw

「引き落とした」だってw、家族が人間の発生と存在の最重要基盤だよ。
宗教やると、そんな自明なことにさえ盲目になってしまう。

>ご隠居がいかに家族を愛し、隣人を愛しても、家族はご隠居を足蹴にし
>隣人は陰口を叩くかもしれません

そんなことは一向構わん。精神的苦悩のための他者への想いとは、「見返りを
求めない」想いである。他者からの見返りを認める想いは、宗教と同様のエゴ
に過ぎず、苦悩の解消には、却って逆効果である。見返りを求めず、他者に与
えることのみに苦悩解消の効果がある。見返りを求めない他者への想いは、
必ずいつかは相手に通じるものである。

自分の苦悩の解消もエゴだが、それを他者への想いによって解消することに
より、共同体全体が維持される。自己の生存本能から共同体維持本能が派生する
というのはそのことである。


260 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 15:47:41 ID:x5fmlcmH
>>慈風さん
なぜ神は人間に不自由な体を与えたのでしょう。
体がなければ現象を無視して愛を感じる必要もないのです。
神が愛ならば肉体を創造したことに矛盾を感じませんか?
肉が全ての悪因ですよ。

>>259
すごいなーご隠居
見返りを求めない愛を自力で与えていくのかー
これまた愛も相対されるし
愛が自発ならご隠居自身が神になってるのだけどね。
まぁ、がんばって

261 :名無しさん@3周年 :2006/12/26(火) 15:59:50 ID:RBoFW3d7

【聖書における神の殺人命令】(http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/yomikata.htmlより抜粋)

一般に彼らは「過激主義」とか「偽宗教」あるいは「邪教」の名を与えられているが、問題の重大さは、実はこのように殺人が
神の命令となる教えが、「ある奇妙な新興宗教」だけのものではないところにあります。

ユダヤ教とキリスト教の聖典である聖書をひもとくと、聖典の教えもまた例外ではないことが明らかにされるからです。


262 :慈風:2006/12/26(火) 16:01:15 ID:OPE7X081
>>260 人が体という「限界」をもつのは、自らが「無限である」ことを証明するためです。知ると言うほうが適切かもしれません。

限界を知らずに、なぜ無限がわかるのでしょう?
愛を我々は知っています。複雑になっていくあらゆる現象、精神的な変化の中にありながら、なお、「本質を失わないこと」
これを追求しているのではないでしょうか。

神は、イエスの時代から、「無限に広がろうとする意志」であり「あらゆるものを創造しうる力=思考の総体」だと認識しています。
その本質は、愛であり、生命。
神は常に我々とともにあると考えます。

263 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:03:46 ID:W+gQoswO
>>260
あなた方の言う、「架空の神」に対する愛や「裁きを免れるため」「自分が
天国に行くため」の愛は、愛などではありませんよ。エゴの別名です。

自発的に愛の感情が生じるのは人間だけ。だからすべての人間が「神」なの
です。人間以外の神など、どこにも存在しません。徹頭徹尾、あなた方の
「妄想」です。

264 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 16:11:36 ID:x5fmlcmH
>>262
なるほど。
では、その試練に振り分けはある?
例えば善悪による振り分け。

>>263
ご隠居の台詞を拝借するなら
愛はどこにあるんですか?
愛は見えない。だから愛はない。

ってなりません?

265 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:20:06 ID:W+gQoswO
>>260
>すごいなーご隠居
>見返りを求めない愛を自力で与えていくのか

見返りを求めない愛など、すべての人間が日々の生活の中で、無意識
の中でも実行していることですよ。誰からも教えられなくても、病気で
倒れている人を見れば、可哀そうという気持ちが湧き、救急車を呼ぶ、
線路に落ちそうになっている人に気付くと、無意識に手を差し伸べて
落下を防ごうとする。このような欲動が生じるのは何故でしょうか。
自発的に生じるものですよ。だからこそ、人間社会がこれまで維持されて
いるのです。人間にあらざる架空の神には、このような感情は生じ得ま
せん。

それが出来ないのは、むしろ、宗教観念によって人間に生来ビルトイン
されているこのような本能を破壊された宗教信者だけではありませんか。

266 :慈風:2006/12/26(火) 16:21:57 ID:OPE7X081
試練?試練を神が与えると?
なぜそんなことをする必要がありますか?



267 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 16:27:37 ID:x5fmlcmH
>>265
うーん・・・なんか愛に盲目的なのね。。。
手を差し出すのは一瞬だからですよ。自分が被る苦痛が一時だから。
その病人が身よりもなく住むところもなければご隠居は引き取りますか?
心神喪失により介護が必要になったら無償の愛で看病しますか?

無償の愛で第三国の難民になにかしてやってます?
結局、人間は我が身が可愛い生き物です。

無償の愛なんて仰々しい言葉使わないでも友愛、家族愛でいいじゃないですか。

落ち

268 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:28:08 ID:W+gQoswO
>>264
>ご隠居の台詞を拝借するなら愛はどこにあるんですか?
>愛は見えない。だから愛はない。ってなりません?

あなた方宗教に嵌った人間は、「低能者」ですね。
愛による「行動」は、はっきり見えるではありませんか。「愛」とは
「行動」のことです。イエスやあなた方が「唱える」愛は、愛ではあり
ません。単なる自己満足・エゴにしか過ぎないのですよ。





269 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 16:29:43 ID:x5fmlcmH
>>266
なんのために無限を知るのですか?
有限を知らねば無限を知らないといいますが、有限にならねば無限を
知ることはできないのですか?
有限は無限に包含されるものですから、無限のままで有限を知らないということは
あり得ませんよ。


270 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 16:31:38 ID:x5fmlcmH
>>268
あらあら・・・
その行動が愛だとどう判断するんですか?
偽善と愛はどう区別するんですか?

271 :慈風:2006/12/26(火) 16:34:42 ID:OPE7X081
ミュータンさん、ならばそれでいいじゃないですか。
私は議論するつもりはありません。


272 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:46:02 ID:W+gQoswO
>>267

あなた方宗教者と話すのは馬鹿馬鹿しくなりますね。あなたは何の
ために宗教やっているの。

やりたいと思っても、自分の力には限りがあるからやれないことも
あるでしょう。それ以上のことは「愛」などという仰々しいものでは
なく、道徳の分野です。道徳も、勿論、人間の生来的な、他者への
思いやりの感情に基づくものだが、そのもの自体ではない。もっぱら
共同体維持本能に基づくものです。それは、偽善であっても構わない。
偽善だと自覚して行う行動も、立派な「愛」です。

宗教者は、偽善という自覚がないから、愛ではないのです。キリスト教
の愛(アガペー)は、愛ではありません。完全に「道徳」の分野でしょう。
しかもその基底には、道徳を成立させるための生来的な愛さえありません。
混同しないようにご注意ください。だからキリスト教徒は、愛を唱えながら、
良心の呵責なく大量殺戮が出来るのです。

273 :慈風:2006/12/26(火) 16:49:06 ID:OPE7X081
現象の分析など誰にでもできますね。

274 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 16:50:16 ID:+gGo2gpU
ご隠居がすっかり混同しちゃってるよおw

275 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:56:52 ID:W+gQoswO
>>270
>その行動が愛だとどう判断するんですか?
>偽善と愛はどう区別するんですか?

判断の必要などない。聖書や神の命令ではなく、自然の感情から発した
行動のみが愛です。

偽善を偽善として自覚して行う行動も愛です。宗教者にはその自覚が
ないから、愛ではないのです。

愛の唯一の根源は、人間の身体から発生する他者への思いやりという
自然の感情・本能です。宗教は、人為的な観念でその本能を変容・抑制・
破壊するから、そもそも愛が存在し得ないのです。




276 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/12/26(火) 17:01:41 ID:WGQUsGvy
ふーん。
やっぱりご隠居と話ししてみたいなあ。
宗教なんて関係なく、俺が本質的に話したいところで話が出来そうな希ガス。

277 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 17:02:02 ID:W+gQoswO
>>274
イエスなどを盲信してすっかり混同しているのは、あなた方クリスチャン。
行動の根源としての愛が、人間の自然の感情・本能であることには、い
ささかの混同もないし、また混同自体が不可能です。

278 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 17:13:13 ID:W+gQoswO
>>274
イエスなどを盲信してすっかり混同しているのは、あなた方クリスチャン。
行動の根源としての愛が、人間の自然の感情・本能であることには、い
ささかの混同もないし、また混同自体が不可能です。

279 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 17:30:23 ID:+gGo2gpU
>>275
>愛の唯一の根源は、人間の身体から発生する他者への思いやりという
> 自然の感情・本能です。宗教は、人為的な観念でその本能を変容・抑制・
>破壊するから、そもそも愛が存在し得ないのです。

それはご隠居の人為的な観念じゃないの?
あ、ご隠居は人間じゃなかったかw

280 :信心深い無宗教者 ◆3BMi3AMp4Y :2006/12/26(火) 17:32:21 ID:n+g3NX5L
ご隠居は、宗教家はその信ずる本に書いてある通りにしなくてはならぬ
という責任感、あるいは神への畏れから行動しており、故に宗教家の
慈善行為は行動原理が愛ではないと申しているのか?

281 :りょん ◆Ryo/Z1n.Io :2006/12/26(火) 17:38:32 ID:WGQUsGvy
>>279
ご隠居の考え方ってやつですよねw
俺は嫌いじゃないけどw

282 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 17:39:08 ID:W+gQoswO
>>279
あなたは、病気で倒れている人を見ても、「可哀そう」と思うべきかどうかを
聖書に相談するの?クリスチャン以外は、皆可哀そうだという感情が起きる
はずだが。聖書を見ないでも起きるその自然の感情こそ、神が与えた感情では
ないの?

だから、宗教者は、神から、即ち人間から最も遠い欠陥人間なのです。

283 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 17:41:06 ID:+gGo2gpU
>>282
ご隠居は、病気で倒れている人を見たら、自分はクリスチャンじゃないから、
可哀想と思うべきだと考えてるの?

284 :ふーてんさんへ、大王:2006/12/26(火) 17:42:51 ID:UTeuCBLD
138 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/25(月) 21:29:17 ID:ypYXADGg
>>95
あのね、気になったのは、仏教じゃなくて、「仏教を除く」の回数だからw
それと、神秘主義だけじゃ、現世にこだわるキリスト教は掴めないぞw


フーテンさんは、つくづく、現在日本人的なキリスト教徒だなあ、、と思うよ。
犬ちゃんが、、仏教徒的と、言ったのは、案外、そこかもな、、
犬ちゃんは、当然、禅だから、神秘主義者ではない、浄土宗、真宗、日蓮宗、国家神道、アンチ国家神道思想、、
これらは、神秘主義的要素が、少ないんだね、、、
フーテンさんを見てて、思うのだが、日本のカルバン主義の特徴で、上記の禅を除く日本仏教の特徴なんだけども、信じるで、集約するんだな、、
聖書の福音書と使徒言行録の流れで、見れば、聖霊を受け、神の道を理解するなんだけども、、十分神秘主義で、神秘主義無ければ、ありえないように感じるわけ、、
カルバン自身でも、聖書による、神の言葉の啓示があるでしょう、、、、それは、当然聖霊によるわけけで、、
ところが、日本人のカルバンの流れは、啓示なんて、関心なさそうでしょ、、、日本キリスト教会は関心あるかもしれないが、、


285 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/26(火) 17:43:40 ID:dUw9ffGA
おはりん。。でつ

はぁ熱が冷めたけどレスには後ほどレスしつまつ では

てかフー店さんどうでもいいならなんで私の創造の話にレスしてきたの?どうでもよくないんじゃないの?とかへ理屈いてみる あー、。ちょとsまた跡で  

ただふーてんさんに言われるといい意味で冷風が入ったけど 熱を帯びてp−ちくこだわってるひつようもないのかも クーラーみたい。。w

ご隠居まとめてレス、イエスは神様は十字架に架かって人を救ってもメリットなんて
ないですから ただ純粋に人間に対する無限に注がれるアガペー愛情からでしょ 仏教では慈悲の方にあたるかな
その情動、人を愛することができる本能があるのはなぜって話はいつもすっとぼかすくせに
花は他者を愛さない けれど人間にはそうできる感情情動がそなわってる
そこ。。

286 :ふーてんさんへ、大王:2006/12/26(火) 17:53:30 ID:UTeuCBLD
中央アジアの如来蔵の仏教思想が流入した仏教とは、一切のものに仏の性質があるという思想。
草木、石、人間、動物にある、、

と以前に書いたが、、
世界と他者への解釈を変容させる面と、
この意味は、もう一つ、他人の心理操作可能性を示しているんだな、、、
大乗経典のほとんどは神秘主義的な、わけで、、そこにある意味合いは、他者の心理操作可能性がある、、当然瞑想の完成が前提で、、
信じていない奴でも、心理操作をなしうる、、、という要素があるわけ、、
これは、、社会を本当にうまく変えれる政治家にある能力でもあるわけで、、、
神秘主義的な大乗経典を否定すし、教外別伝をいう、禅を学んだ優秀な心理操作のうまい政治家たくさんあるわけで、、

ここが、仏教を除く、と言った意味かな、、
ただし、これらの仏教は職人芸なわけで、、、

当然、その信仰する宗教によって、その個人の心理的変化と生き方の変化はどの宗教でもあるわけだが、、

287 :ふーてんさんへ、大王:2006/12/26(火) 17:55:40 ID:UTeuCBLD
ええ、タイミング、ふーてんさん、お元気、、
フーテンさんにとって、、、刺激チックナ、文章、、どうでしょう、、

288 :大王:2006/12/26(火) 18:10:26 ID:UTeuCBLD
知識と信仰としての宗教は、、道徳と、生きる基準かもなあ、、
神秘主義的宗教は、、、心理変化かもなあ、、

289 :大王:2006/12/26(火) 18:13:46 ID:UTeuCBLD
アガペー、、て、、聖霊を受け、神秘主義的体験が前提のような、、気がする、、
概念でいくと、、生きる基準、道徳となる、、
これは日本の陽明学でも、起きた現象、、、
心でいけば、、、自在だったが、、、
教えを守り始めると、、道徳、生きる基準になる、、、

290 :大王:2006/12/26(火) 18:16:06 ID:UTeuCBLD
しかし、みなさん、ご隠居さんのクリスチャンへの怨念とお付き合いが、好きな人が多いね、、
これも、愛かもね、、、、

291 :大王:2006/12/26(火) 18:19:38 ID:UTeuCBLD
案外、アンチ宗教の方は、、概念的で、異常な強制力の持った道徳宗教のせいかもね、、
アメリカのキリスト教は、、アンチキリスト教がありえるほど、、道徳的で強制力あるかもなあ、、
メリークリスマス論争が、、、

292 :大王:2006/12/26(火) 18:24:52 ID:UTeuCBLD
日本仏教で、概念的側面が強いのは、、やはり、、
浄土宗、真宗、日蓮宗、神道だなあ、、、
あまり神秘主義を前提とせず、教えであり、知識である、、、

293 :大王:2006/12/26(火) 18:37:59 ID:UTeuCBLD
宗教による心理変化、道徳、生きる基準で、論争してくれないかなあ、、
これって、宗教の存在意義でもあるわけで、、、

294 :慈風:2006/12/26(火) 19:19:04 ID:OPE7X081
宗教の存在意義??
個人の価値観でしょう?

295 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 19:22:19 ID:TA54OV8c
概念主義か神秘主義かはその人が基準
宗派はあまり関係ないよなぁ
同じ禅寺の中でもいろんなやつがいるよ

296 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 20:21:13 ID:W+gQoswO
>>285
>ただ純粋に人間に対する無限に注がれるアガペー愛情からでしょ

聖書を批判的に読めば、イエスに人間全体に対する愛情など一かけらも
見当たりませんよ。口先だけのきれいごとと修辞だけで、統合失調症患者特有
の冷酷さを感じるだけ。本当の愛情があれば、宮清めも、人間を罪人視するこ
とも、「私を信じなければ裁かれる」と脅迫することも、母親マリアに対する
子にあるまじき言動も、「貧しい者は幸いである」などと富者を差別すること
も、罪の女に石を投げた者たちに体を張って抵抗せず、陰湿に「罪の意識」を
植えつけることも、そもそも愛を行動によって実行しているユダヤ教に自分の
個人的・感情的反感から反抗してキリスト教を始めることも無かったでしょう。
貧しい人々に対してさえ、本当の愛情があれば、死後の天国などで誤魔化さな
いで、生きる力を与える厳しい言葉をかけたでしょう。弱者だからと言って、
猫なで声のきれいごとで自己欺瞞させれば、彼らの生命力をさらに弱める結果
になるのは当然ではありませんか。この最後の点が、ニーチェがキリスト教を
批判する最大の理由です。

何よりも、イエスを信じた者たちが、史上そして現在も、誰よりも多くの人間
を誰よりも残虐な方法で殺してきたという事実が、イエスの人間に対する本当
の愛の欠如を如実に証明しているではありませんか。原爆を発明し、製造し、
使用した者もキリスト教徒です。マルクス主義もナチスも、明らかにキリスト
教起源です。「木は実によって知られる」。まさにイエス自身が言ったとおり
ではないですか。

世の中を見ても、本当に愛のある人間は、その言葉を絶対に口にしません。

297 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 20:22:32 ID:W+gQoswO
>>296の続き

>花は他者を愛さない けれど人間にはそうできる感情情動がそなわってる
>そこ。。

花が果たして他者を愛していないかどうかは、人間が花に成り変ってみない
限り判りません。花も、その種属をちゃんと維持しています。人間のように、
宗教で争って相手を皆殺しにしたりはしません。仏教では、草木にも仏性を
認めます。

「人間にそういう感情情動が備わっている」のは、人間の生命のみが神だから
です。宗教者が信じる人間にあらざる神には、そのような感情情動が発生する
ことは不可能です。人間が自分たちになぞらえて、人間と同様な感情があると
空想しているだけです。

298 :名無しさん@3周年 :2006/12/26(火) 20:51:13 ID:4/Eo+jqq

【生命=神=自然】・・・・誰にも普遍で争いが無い。(*・∀・)っ∠*※*

299 :名無しさん@3周年 :2006/12/26(火) 20:53:55 ID:4/Eo+jqq


【生命=神=自然】・・・・誰にも普遍で共通し、争いが無い。(*・∀・)っ∠*※*

素晴らしい!!








300 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 20:55:22 ID:TA54OV8c
明後日比叡山に行くよー大王

301 :名無しさん@3周年 :2006/12/26(火) 20:57:36 ID:4/Eo+jqq

世界平和は【生命=神=自然】から!! 。(*・∀・)っ∠*※*

誰にも普遍で共通し、争いが無い。(*・∀・)っ∠*※*

素晴らしい!! 。(*・∀・)っ∠*※*




302 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 21:00:57 ID:NPSSmd42
>>282
そのとおりだな

303 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 21:02:01 ID:NPSSmd42
自然最強だな

304 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 21:19:05 ID:llBQ3hBn
>>282

かわいそうと思うだけで何もしない人よりも、
なんとも思ってないけど治してくれる人の方が病人にとっては有益なのさ。

行動がともなわないかわいそうは、行動する偽善に劣るんだよ。
君は病人のために何をしたんだい? 2chでかわいそうと叫ぶだけでしょ?

俺の方がかわいそうと思っているからましだなんてよく言えたもんだ。
キリスト教の偽善の奉仕の方があなたの言葉より社会の役に立っている。

305 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 21:25:01 ID:llBQ3hBn
同情するなら金をやれ。

306 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 22:39:47 ID:x5fmlcmH
宗教の存在意義って、異議を唱えるまでもなく自然と備わってるものじゃないかな。。。
アニミズムか現代の体系だったものまで含めて。

でも、結局は完全個人責任での選択になりますね。
自分がどのフィールドに身を置くか。
それが道徳であっても、神秘であっても、単に組織の構成要素だったにしても
何を選択し、何を目指すか。
答えなんてもんはこの世じゃみつからないんだろうね。

道徳は共感を産みやすく賛同者を得やすいけど、神秘は個人的体験により、また
外観からその内容を判別することが難しいから、普通の人は警戒しますよね。

でも、神秘を失った宗教は私にとって社会的な意味しか見いだせないのだなぁ・・・
私の場合はいずれにしても独立独歩になっちゃうのだけど。
その意味でも大王さんの宗教観は私も観ずるところがあるのです。
日本のキリスト教観にしてもそうですね。
ただ、キリスト教は神秘に閉じこもりすぎて暴れ過ぎちゃったから、抑制が
効いちゃってるのかもね。
地下活動的にはあるんですけどね。

宗教は個人の内実に帰結し、魂の自立の上で他者との関係性。
地に生きていること。霊を目指すこと。
それらを結合する精神をバランスさせること。
そしてこれらは一つでも欠くことのできない三位一体の宗教要素だと思うのです。

307 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/26(火) 22:45:52 ID:x5fmlcmH
でも、思うのはなんでここまで死後世界観形成すんのにここまで複雑怪奇に
しなくちゃいけないんだってこと。
理論なんて死んでみてから馬鹿みちゃうかもね。
やっぱ、バランスだよなぁ・・・

でも、キリスト教怨恨ご隠居のバランス欠いたデフォルメも
流し読みする分にはクスっと笑えるかも。

308 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/26(火) 23:28:22 ID:+gGo2gpU
>>284
それを言うなら、信頼こそ何よりの神秘だけどね。聖霊によらなければ人は神と関係付けられない。
俺があんまり聖霊聖霊と言わないのは、聖霊好きに限ってこれをお化けだと思ってるからだけど。

>>296
あのねえ。。。
イエスはご隠居ほどには大洞吹いてないし、愛の大安売りもしてないぞw

309 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/26(火) 23:37:04 ID:llBQ3hBn
>>306

宗教が神秘性で自然科学に勝てるとは思えないけど。

素直に道徳性で勝負すればいいのに。

310 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 01:30:47 ID:q8ZiNyma
>>309
自然科学は大衆娯楽
神秘は詰め将棋

土俵が違います。

311 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 01:35:44 ID:xVXbfdrU
>>204
>自由意志がある限り、堕罪の機会は永久に付きまとうよ。

なら、エデンに放っておいても離反する機会が生まれるなら、
わざわざ制約を設けなければならなかったのはなぜ?
禁止事項を設けるのはなぜ?
約束なくして破るという背くという選択は存在する?

現に禁断の実食べる以外は、何してもいいよと何でも許されてた
エデン内で神が離反とみなすことが存在しないなら?
神からなんでも許されてるなら何しても離反とはみなされないじゃ?

312 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 01:39:23 ID:xVXbfdrU
>>297
>花が果たして他者を愛していないかどうかは、人間が花に成り変ってみない
限り判りません。

あなた観察できる電子が存在すれば存在すると言ったよ。。
あなたの言ってた観測装置で花を測れば一発で証明されることでしょ。。

>>296
には何も言う気力ないわ。。

313 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 01:48:51 ID:5DqEaj93
>>310

まぁ、自然科学の詰め将棋に参加するには、たくさんルールを覚えないといけませんからね。

大衆は瞑想の神秘ぐらいで丁度よいのでしょう。手っ取り早いですからね。私も瞑想しよっと。

314 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 01:55:53 ID:5DqEaj93
>>311

脳を休めないと、つらくなりますよ。考えることって思ったほどたいした事じゃない。

315 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:03:01 ID:xVXbfdrU
>>314
初めて優しい言葉かけてくれた。w でも考えるのは嫌いじゃないから

それより入信したからにはご隠居一人くらい説伏してみてくださいね。w
私にさんざんダメ営業マン言っておいて、貴方は自信満々だったから

316 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:05:20 ID:q8ZiNyma
>>311
禁忌を創るから罪が発生し、救いが発生するんです。
これは神が意図的にしたのは自明の理。なぜならば神が全知全能で時間・空間をも
創造したのならば、初めから終わりまで在るだったなら、このストーリーそのものも
偶発的に発生するのではなく、既に「在る」んです。

ただ、上記でも書きましたが神は神によってのみ制約を受ける。
神は人間に選択自由権を与えた。そこに神が無理やりに善のみを選択するような
意思を与えなかった。つまり、善として創造できたにも関わらず、「しなかった」

そこに私は、創造の目的、意思が潜むと考えてるんです。
この創造のベクトルを見出すことで、私の人生も変わってきますね。

イエスの言葉に多くの秘密が隠されてるのでしょう。
イエスは単純に愛を指令していきました。神が愛であるからあなた方も愛であるべきだ
と主張する。つまり、愛を目指すならば、そして、救いが罪の浄化であるならば
そのとき人は神と同等=神になるんです。
ここまでは自明の理なのですが、これ以上は実地に向かいます。

神は何を意図してこの不自由な肉と魂とを創造されたのか?
私がずっと主張し、求めているものはこの創造の理です。

こんなことは教会では教えてくれませんからね。どうしても独歩(実地)
するしかなくなるんです。理知より体験知に向かう分岐ですね。


317 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:08:09 ID:5DqEaj93
>>315

ご隠居はもう入ってますよ。

入信って言っても旧約読み始めたばかりだけどね。系譜を読むのがつらい・・。
教会は友人の結婚式で行ったことがあるだけですね。また2月にハワイの教会行ってきます。

朝起きるの苦手で、夕方ミサやってるのは近所のカトリックだけなんで、たぶんカトになります。

318 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:10:03 ID:xVXbfdrU
>>316
>禁忌を創るから罪が発生し

つまり禁止事項のない第二のエデンでは墜落の心配はないんじゃない?って話
自由意志の尊厳ゆえ、自由である範囲に神の方位とは反対の選択肢も含有せざるえなかったのはわかってるよ

319 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:16:45 ID:xVXbfdrU
>>317
いいやアンチじゃなくこっち側に入信させなきゃ話が違う…

系譜は別に読まなくてもなんて言ったらあれかな。w
でも旧約の神は怖くて苦手…
とりあえずオメでつ。





320 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:17:01 ID:5DqEaj93
キリスト教では説伏っていうんだ。仏教も折伏といいますね。

伏せさせるというのが、あんまりいい翻訳じゃないですね。

321 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:17:30 ID:q8ZiNyma
>>318
なんでエデンでは禁止事項を創ったの?
単なる余興で?

第二エデンに禁止事項がないならば第一エデンでも禁止事項を設けなければ
よかったジャン?

322 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:20:27 ID:5DqEaj93
キリスト教は教義全くしらないんで話についていけない〜。

とんでらハウスがとんでらら〜

323 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:21:27 ID:q8ZiNyma
ご隠居はいいんだよ。
過去に教会に傷つけられたんだろ。
ここで毒はいて元気でいてくれたらいいよ。

ただ、突っ込みどころ満載だから・・・

324 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:22:28 ID:q8ZiNyma
>>322
すんませんw
ローカルルールに則りながらも現象論交えてるんでw

325 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:22:44 ID:xVXbfdrU
>>321

…だから自由意志の鍛錬が間には必要だったて結論から
離反→鍛錬→都って 成長が必要だったって話はペギラウス異端だかかもだけど
そう言ってたでしょ? もしかして違うの?

326 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:23:03 ID:5DqEaj93
>>319

ご隠居はつんデレなんですよ。本当は神様だいすきっ子です。

327 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:27:33 ID:q8ZiNyma
>>325
何のために自由意志の鍛錬が必要なのか?ってことだよ。
第二エデンで禁止事項なくなるなら自由意志の鍛錬の必要もないでしょ。
神が人間を完全に善として創造、つまり神の分霊ならば問題も起こりようがない。


328 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:29:35 ID:5DqEaj93
身近な人間の事もわからないんだから、神の意図なんてわからんでしょ。

信仰を極めると神の意図がわかるの?

329 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:30:21 ID:xVXbfdrU
>>323
違うの、ただ伝道ノウハウ自信満々で私にダメだししまくりだったから
なら有言実行してみせてって話で
別にご隠居に本気で入信して欲しいとか深い意味じゃないよ。w





330 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:31:24 ID:q8ZiNyma
>>328
そこは好奇心旺盛な年頃なんです。

331 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:32:00 ID:5DqEaj93
>>329

競争しようよ。2007年。

332 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:39:35 ID:xVXbfdrU
>>327
だから鍛錬で合格したものだけが入れるわけでしょ?

>>331
。w
でも私はご隠居の人間の性善説嫌いじゃないですけどね。




333 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:43:20 ID:q8ZiNyma
>>332
大学に合格するのが目的じゃない。
その後どう生きるかが問題なのだ。

つまり点を目指すのではなく、在り方を目指す。
そこに意思が在る。天命が在る。

334 : ◆IRhvj/Fe8s :2006/12/27(水) 02:44:36 ID:xVXbfdrU
>>333
ねぇ一になると思うの?
神様の意思と合一したら私が私じゃなくなっちゃうのに
私が私である意志を与えておいて個性はなんだったの?


335 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:46:58 ID:5DqEaj93
>>334

神が意思を与えた?条件を与えただけでしょ。



336 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:48:03 ID:q8ZiNyma
>>334
自由意志はあるよ。
エデン追放するまでに尊重された自由意志がなくなるはずもない。
イエスも磔刑を逃れることができた。
でも、神意により理に従った。

ただ、目に見える現象というものは霊の世界じゃ全く別概念になってるだろ
うけどね。


337 :mutant ◆ALzPjyFKI2 :2006/12/27(水) 02:49:37 ID:q8ZiNyma
あくまでも推論の範疇で結論はあるんだけど、確信が得られてないから
もっと、理と行を磨かないといけないんだ。。。

おやすみさない。

338 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 02:50:40 ID:Lgp0iiLb
今、仕事から帰ってきたんだけど、みんなスゴ(^_^;)
まさか、レス動いてるとは思わなかった・・・・・・・
体力あるぅ〜

339 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 02:52:01 ID:5DqEaj93
っつうかイエスにしてみたら、十字架まで背負ってやったのにお前らまだ足りんのかって怒ると思うよ。普通。

340 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 03:05:20 ID:5DqEaj93
>>338

仕事さぼってますから。やばい〜w

341 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 03:18:35 ID:Lgp0iiLb
話が、かなり飛んでいて、戻すのもなんですが、とりあえずレスしときます。

>>258
>その価値そのものが変動するものですよ。

私は、別に変動しないものとして、あるいは把握できるものとして
経済の志向の対象を価値としたわけでもありません。
価値を追い求めるのが、経済のシステムであると解釈しただけですから。
宗教が神を追い求めて循環するように、経済は価値を追い求めて循環するという意味です。

それと、ロゴスというのは、かなり広いカテゴリーで捉えていて、言葉とそのロジックという風に解釈しています。
だから、ロゴス中心主義を批判するのは、自己矛盾になります。

したがって、経済学はロゴス中心主義の典型です。
分けのワカラン神の理を背景にして、ロジックを組み立てていますから、まあ、出たとこ勝負の宗教です。
日本銀行が有能なのは、なにもしなかったからだという、笑い話まであるぐらいです。
まあ、ほとんど事実なんですけど、それぐらい、経済学はなんかわけわからんものです。
大体、いまだに政府は好景気が続いているとか喚いているんですから。
アホかって話ですけど、まあ、それでこれ以上の不況にならないのなら、いいかという感じです。
お笑いですよ。

>古典主義経済学ではロゴスの耐用もあり得るでしょうが、それではケインジアンは
>納得しないでしょう。

正直、この前後のつながりも、この文の意味もわかりませんでした。
なんとなく判断しましたので、外れていれば、教えてください。

342 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 03:24:51 ID:Lgp0iiLb
まあ、ご隠居にはいろいろ、レス返せるけど、繰り返しになるからいいですね。

あと、芸術に関して、私が思うことは、
美は誰とも共有せずに、独占することを目的とすることが違うかナァ〜と。

通常は交換することによって価値があるんですけど、
独占することによって、価値が生まれるし、美は見ることによって共有するから特殊だろうと。

まあ、いろいろな美があるとは思いますけど、交換せずに価値が生まれるのが、結構面白いと思いますよ。
この辺が、私の脳味噌のなにかしらをくすぐるんです。

エロティシズムとかなんとか・・・・・・・・
まあ、みなさん真面目なので、あまり具体的な話はしないことにします(-_-;)・・・・・・・・

343 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 03:33:56 ID:Lgp0iiLb
>>340
私も、自分の仕事のスケジュールだけ考えて、怠慢していたんですけどね。
まあ、神様は見ているものでしてね。
それをやっぱり、邪魔しに来ましたヽ(^。^)ノ

人生って、これがあるから、面白くて、止められないw

344 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 03:42:10 ID:5DqEaj93
>>342

芸術の追求は、交換とは無縁ですね。金を取る信仰よりも純粋に神に近づける行為だと思います。

デッサンは理性を止めてあるがままに見る行為なので瞑想に近いですね。

自分や大衆のためにと思ってものつくるよりも、神への捧げものだと思って作ったものの方が出来がいいです。

もちろんエンターテイメントの分野は別ですが。

345 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 03:48:04 ID:Lgp0iiLb
私は、ムータン氏の自由意志って、今風に言えば、感謝の心だと思うのですよ。
アガペーも同じかナァ〜

例えば、親に感謝するもしないも、その人の自由です。
でも、親にきちんと感謝をし、自分の存在をきちんと把握できてる人は、
社会的には、それなりの人と見られます。
別に、深い意味はないんだと思うのです。
そういうことだと思うのです。
説明できるものではないと思うのです。
まあ、私は仕事上、そのようなことを説明しなければならなくなったら、宗教ぬきで説明しますけど。
感謝スレとは誰も言いませんし、感謝しなければならないってわけでもないでしょう。
それは、親に限らず、まわりの人に拡大することでしょう。
そういうことだと思いますよ。
まあ、わからない人にはあまり伝わらないとは思いますけど・・・・・・

346 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 03:55:22 ID:Lgp0iiLb
>>344
そうですよね。

私が一番芸術で感動したのは、崖ップチに書かれた古代文字を見たときですね。
それは、絵なのか文字なのかわからない、人の形をしたものだったんですけど、その文字を書いた衝動を想像したときに、全身に電気が走ったような感覚になったのを覚えています。

たぶん、壁画でもそうなのだと思うのです。
それは、まったく、個人的な抽象だったのだと思うのです。
誰にもわからないものだったのかもしれません。
でも、なにかの衝動に駆られたのだと思うのです。

あれは、なにかの根源なんだと思うのです。
これって、なんなのでしょう・・・・・・・・・・
説明したくないし、出来ないと思うんですけど、失いたくないんですよね。

347 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 04:04:20 ID:5DqEaj93
>>346

石器も完全に機能のためではなく、デザインがされているものもありますからね。
自分の所有物であることを示すということではなく、なにかの衝動があったのでしょう。

絵画や音楽というのは古代から宗教儀式に使われ、呪術的な要素が強かったようですしね。

だから、神のプロダクトデザインである人間の意味を問うのは間違っていると思うんですよ。
単純に人間は美しいと感じるだけでいいんだと思います。

348 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 04:13:09 ID:Lgp0iiLb
あと、最後に、たぶん私が一番いいたいのは、こういうこと。

宗教も、経済もあと似たようなものもすべてそうなんですけど、結局、神や価値を追い求めていながら、一番おろそかにして、排斥するのが、その神や価値だってことなんですよ。

宗教が一番おろそかにしているのは、結局、その神なんです。
経済も、一番おろそかにしているのも、その価値なんです。
それは、システムがそうしているということです。

これは、一人で信仰している部分では大した問題にはなりません。
でも、なぜか組織で共有しようとした場合に発生します。
しかも、それが排斥されればされるほどに、より組織は強固になると言うジレンマが生じます。

それが、うざいんですよね。
それなら、個でありたい。
まあ、宗教の嫌いなところは、そんなところにもあります。
いままで、あまり言ってこなかったので、かなり突飛なことを言いますけど。
経済もそうなんですけど、まあ、仕方ないですよね。

宝くじでも当たらんかナァ〜
典型的だわwおれぇナァ〜

349 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 04:20:04 ID:Lgp0iiLb
>>347
もう、あれは、なんて言うんでしょう・・・・・・・・・・
全身に電気が走ったでいいと思うんですよ。

言葉に出来ないし、してしまうと、陳腐になっちゃう。

再度同じ体験をする時はあります。
それは、共有する必要がない。

例えば、それが異性に対してでもいいと思うんです。
興奮して、一晩中寝れない日々が続く・・・・・・・・・・・
それでいい。

ということで、寝ますw

てすと氏つきあってくれてありがとうございます(^^♪
おやすみなさい。

350 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 04:22:23 ID:5DqEaj93
>>349

私も寝ますノシ

351 :慈風:2006/12/27(水) 07:18:51 ID:anB6KK0B
イエスが民衆のために処刑された??
確かにそう伝わってはいます。
しかし、私は疑問です。

そう捉えたのはイエスではない。民衆の方がそう解釈したのだと思います。

イエスは完全を求めていた。その完全になるため、自己の本質を解放せんがため、自ら死を選んだのでしょう。

彼が幸運だったのは、トドメを刺されるまえに、天候が急変したこと。
死するまえに、十字架から下ろされ、仮死状態のままだったこと。
さらに当時は、埋葬でも、火葬でもなかったこと。

これが復活の事実だとみています。

352 :慈風:2006/12/27(水) 07:26:07 ID:anB6KK0B
彼は知っていた。「力による解放など無意味」だということに。
争えば、血が流れる。それだけでなく、それをみた人のさらなる怒りを生み、再び争うことになる」と。

それは神ではないし、愛でもない。
だからこそ、自らが十字架にかかることでそれを防ぎたかったのだと思います。
民衆のためではなく、愛ゆえに十字架を選び、自己の選択として、処刑されることを選んだのだと思います。
あくまで持論ですが。

353 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 09:12:02 ID:Lgp0iiLb
慈風さんも解釈が好きだナァ〜
私は、聖書しらないので、単純に、復活は集合無意識みたいなもんなのかナァ〜と。
復活そのものには、みんながそう思っていたと言うことと、
それを仕掛けた人間がいるってことぐらいかナァ〜

ほんとに復活したのかもしれないしw

そのものには、あまり意味はないような気がします。

354 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 09:37:55 ID:5DqEaj93
3日後に弟子たちが急変して布教を始めるようになったそうです。それが復活。ほんとかよ。

でもまぁ2000年も残ったのは事実だからなぁ。それもありか。

355 :慈風:2006/12/27(水) 10:06:34 ID:anB6KK0B
布教しろといったのですかね?

356 :てすと ◆Y5g8YZ9wkQ :2006/12/27(水) 10:30:47 ID:5DqEaj93
布教しろと言ったわけじゃないと思いますけど。



357 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 10:40:51 ID:Lgp0iiLb
あの時代って、ローマ帝国の偶像崇拝とユダヤ人の確執が大きかったから、その延長線上で、メシアがハッキリしたキリスト教というのは非常に画期的な宗教だったと思うんですよね。

ウソかホントかわからないですけど、ユダヤ教よりもわかりやすくて、病気も治し、奇跡も起きるとしたら、そんなありがたい宗教はないでしょう。
今の時代の細木や江原なんじゃないんですか?
まあ、その前に創価学会があるでしょうけど・・・・・・・・・・

大した深い意味はないンと思うんですけどね。
神は愛だw!
とかいわれたら、まあ、大概の人間は勘違いすると思うんですけど・・・・・・・・

358 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/27(水) 10:54:11 ID:Q+GO25md
>>348
宗教は全て不信仰で、偶像崇拝ですよ。
神の名をみだりに唱えてはならない。探し求めてはならない。神を語ってはならない。
これを守るために最も必要なのは何かと言えば、偶像です。
社会は常に偶像崇拝によって保たれている。偶像を共有することによって、
維持、継承することが出来る。像を持たないものを像で覆うことによって、確認し、記憶し、
伝承し続けることが宗教の役目であって、これは馬鹿に出来ないんですよ。
俺がサロメと共有できるものが、そこに、不思議にもあるんです。



359 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/27(水) 11:03:23 ID:Q+GO25md
>>311
禁止事項がなければ、破る楽しみがないから、俺的にはそれじゃアウト。
エデンの園は、そこから出ていかなければならないんだよ。
親の言うことが正しくても、それに反逆してみない子は成長しない。



360 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 11:09:10 ID:Lgp0iiLb
>>358
そう、その不信仰を敬虔な信仰者に私は感じます。
親鸞と弟子との有名な会話もそんな場面がありましたよね。

結局、組織って、個人の信仰を受入れらるシステムになってない。
これも私の結論です。
まあ、私の結論なんで、別に他人にはどうでもいいんですけど・・・・・・
私が宗教が嫌いなのも、集団組織の矛盾に目をつむることなんですけど、まあ、これは個人的なところですかね。
もちろん、会社組織も同じです。

私自身は生存そのものが自己矛盾だと思っておりますので、自己矛盾に自己同一することは非常にシンプルな人生だと思います。
そのシンプルさは嫌いではないんですが、まあ、宗教組織にその自己矛盾を委ねるほどの信頼性は、今の私にはないですね。
まあ、フーテン氏が牧師で、たまたま近所の集いかなんかで出会ったとしたら、わからないですけどね。
もしかすると、殴り合いの喧嘩してるかもしれないしヽ(^。^)ノ

361 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/27(水) 11:10:21 ID:Q+GO25md
>>319
>でも旧約の神は怖くて苦手…

・・・と言うキリスト教徒が多いのが、俺には不思議なんだよなあ。。。
旧約が読めないなら新約を読むのも止めた方が良いと言い切ってみる。
俺には新約を読む方が遙かに忍耐力を必要とすることなんだがなあ。。。


362 :フーテン ◆fun4F5xTy. :2006/12/27(水) 11:18:30 ID:Q+GO25md
>>360
>結局、組織って、個人の信仰を受入れらるシステムになってない。

組織の役割は別なところにあるんですよ。
器であって、中身ではないんです。これを忘れて、器を拒否して中身だけ追い求めると、
返って自己に引きこもる不健全な信仰になりがちです。純粋性の追求はほどほどにして
おいた方が良い。これが、カトリックの懐の深さでもありますし。

363 : ◆konbu//XQ6 :2006/12/27(水) 12:16:30 ID:Lgp0iiLb
>>362
あっ、信仰じゃないですね、意志です。
組織に関しては、会社組織も私にとっては同じですから。

それを知らない人間が布教活動を積極的にやると、必ずトラブルになります。
というか、その辺は実際の企業と同じですね。

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