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原始佛教 その20

1 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/06(水) 13:17:16 ID:l04t/bAK
900越えたので建てておきます。テンプレは以下に。

2 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/06(水) 13:24:35 ID:l04t/bAK
何だかんだといってる内に早20スレ目です。
ここで篩に掛け、下記のの板や某SNSへの誘導ロビーにすればいいかと思います。
http://jbbs.livedoor.jp/study/6782/

ここではアーガマ(漢訳阿含經典など)やニカーヤ(パーリ佛典)に説かれている教法や教理
を中心に、様々な議論を重ねて行けたらと思います。佛教の原点を闡明できる良スレにな
る こと期待しております。引き続きよろしくお引き立てのほどを。

 自説の主張に際しては、最低限の論拠や根拠を併せて提示されるようお願い申し上
げます。原始佛教関連以外の話題は当該スレッドか新たなスレッドを建ててお願いいたしま
す。 スレ違いの妄想デムパ発言には終始黙殺・完全無視が吉と思われます。
http://etc3.2ch.net/denpa/あたりへ誘導して指し上げれば宜しいかと存じます。立論議
論に際しては首尾一貫・理路整然を心がけて頂きたく存じます。
【前スレ】http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1132482980/l50

【参照資料】
独り言 ◆ZZW30U26joさんのご厚意による過去ログ保管サイト(多謝深謝です)。
http://www.geocities.jp/jfcps873/index1.html

追記:スレに出没寄生しては無意味有害有毒な病的朦朧言説を排泄し続ける外道「机龍之介」、
同じく病的粘着を続ける「栗花 馨」ならびに「カラスの唄」という、スレ荒し外道は一切
出入厳禁。カキコがあっても無視・スルーでお願いいたします。尚、これらにレスを与える
ことも荒し行為と認定いたします。

外 道 壁 蝨 ど も へ の 撒 き 餌 行 為 厳 禁 ! !


3 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/06(水) 13:27:09 ID:l04t/bAK
参考サイト その1
web上で読める原始佛典の和訳として、
『スッタニパータ』では
http://sugano.web.infoseek.co.jp/butu/buuta0.htm
『ダンマパダ』ならば
http://sugano.web.infoseek.co.jp/butu/sinri-0.htm
がありますが、誤字誤写が多いので、原本の岩波文庫のものを註釈共々参照検討する必要があります。

他に、「ブッダのまなざし 翻訳編」というページもありますが、
http://www.j-theravada.net/sakhi/buddha_manazashi-0.html
「日本テーラワーダ仏教協会」という、部派佛教の一派である南方分別説部の流れを汲む一団体のサイ
ト内のものであることに留意し、念頭に置く必要があります。

インド思想史における佛教の成立やその展開を把握するには
http://lapc01.ippan.numazu-ct.ac.jp/b/bukkyou1.htm
が非常に有益で参考になります。

佛教思想の特徴を明快に説明したものとしては
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/index.html
が参考になると思います。

漢訳阿含經典等は以下で閲覧出来ます。語句検索も出来て非常に便利です。
http://w3.cbeta.org/


4 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/06(水) 13:28:16 ID:l04t/bAK
参考サイト その2
web上で読めるパーリ文献としては、原語なら、
http://www.sub.uni-goettingen.de/ebene_1/fiindolo/gretil.htm#Pali
http://www.metta.lk/tipitaka/
http://www.tipitaka.org/tipitaka/booklistframe2.html *アッタカター&ティーカー註釈つき
などがあります。フォントのダウンロードとインストールをお忘れなきよう。

パーリ文献協会版のパーリ語辞典。
http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/

パーリ三藏の英訳です。
http://www.accesstoinsight.org/canon/index.html

サンスクリット語関連サイトなら、
Monier-Williamsのサンスクリット語辞典。
http://webapps.uni-koeln.de/tamil/

Apteのサンスクリット語辞典。
http://www3.aa.tufs.ac.jp/%7Etjun/sktdic/index.html

サンスクリット文法等。
http://www.manduuka.net/sanskrit/index.htm
などがあります。


5 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/08(金) 11:26:32 ID:9hU5pCzr
参考サイト その3

http://depts.washington.edu/ebmp/index.php?PHPSESSID=f3427b60964f4e88531d5e0507ae57c1
大英博物館とシアトル・ワシントン大学の協同による
“Early Buddhist Manuscripts Project”。
近年アフガニスタンで出土したガンダーラ語の『ダルマパダ(法句經)』や『スッタニパータ』「犀角經」などの古写本、
いわゆる「最古の佛典」の写本画像と研究報告の一部が閲覧できます。

http://www.bukkyosho.gr.jp/
「仏教書総目録」

http://www.inbuds.net/jpn/index.html
「インド学仏教学論文データベース」


6 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 16:11:17 ID:pD4KDzz/
前スレが満杯になりましたので此方でどうぞ。
尚、スレ違いの下衆話は持ち込まないように願います。

7 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 16:28:00 ID:pD4KDzz/
一応前スレです。末尾の方で歯無し窮鼠の暴れる癲狂院見物が出来ます。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1160400642/

8 :名無しさん@3周年:2006/12/10(日) 16:34:01 ID:wfjT2NtC
>前971 (前スレに書こうと思っていたんですが、埋まってしまった(; ;))
先ず、一番重要な問題である『唯識二十論』は外界を認めるか、否定するのか。
つまり、電波説は明らかな誤読であることは認めますか? 『唯識二十論』を読めば明らかですよね。

次に「外界の存在そのものが直接そのまま認識されるわけではない」という記述が『唯識二十論』に
あるというのも電波男の誤読であることは認めますか? 

du rnam par gzhag で du が iti 相当する例などありません。論証は別に書きます。長いです。

>>vijJapti の t は ppt. の接辞 ta の t が残存したものとは考えられないですか?

考えられません。ヴィヤーカラナを勉強してください。とりあえず辻文法の名詞造語法を読んでください。

>前971-973 >前982
>前982さんと>前969 リンク先の電波男の批判者さんが大体同じ考えのようですが、もう一歩です。
1.vi+√jJA+Nic+ktin  vi+√jJA+使役接辞+名詞接辞 
√知る+ 使役接辞>「知らせる」+名詞接辞>「知らせること」
rnam par √ rig pa+r byed(使役接辞)pa(名詞接辞)
「知らせること」から漢訳「教」(教える)「表」(示す)

2.vi+√jJap+ktin   vi+√jJap+ +名詞接辞  √jJap は『ダーツパータ』による
「知る」+名詞接辞>「知ること」
rnam par rig+pa(名詞接辞)
「知ること」から漢訳「識」(知る、分かる)「了」(分かる、さとる)

以上、蔵漢からvijJapti-mAtra のvijJapti は2.の「知覚、了解」を意味するのです。納得できましたか?
リンク先でも完全に論破されてましたが、自演による誤魔化しで電波男が正しいなんて思っている人もいるかも、
ですがあらためて電波男説は完全な誤読で、サンスクリット初級に達してないことが明らかになったと思います。


9 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/10(日) 17:04:38 ID:1F7ckCxG
なるほど。
唯識(ゆいしき)だから「知覚、了解」ですよね。
これは中観と対比すると非常に面白い。

葦束の喩え、ってのは私は違うふうに解釈していました。
中観にはピッタシな喩えかと思うておりましたけど、
唯識でも、この喩えを参考にするのですね?

10 :名無しさん@3周年:2006/12/10(日) 17:18:38 ID:qrfWNZOV
良家妻女

手籠め金ヅル

出禁バカ

見渡せば

辺りは無人

出禁バカwww

11 :名無しさん@3周年:2006/12/10(日) 17:37:18 ID:wfjT2NtC
間に合わせようと思ったんですが、今から外出しなくてはならなくて。
また、今度、書きますよ。たいした問題でもないし、
でも、論証するには結構時間かかるんです。(/_;)

12 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 21:55:34 ID:pD4KDzz/
直接関係なかろうが・・・。

 動詞     形容詞化
 
 ゆく      ゆかし
 なまめく    なまめかし

13 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/10(日) 21:59:34 ID:gijFhGPe
ラストサムライつまんね

14 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 22:10:42 ID:pD4KDzz/
おまけ(笑)。
 動詞     形容詞化
えず(づ)く   えず(づ)くろしい

ルサンチマンチンピラを眺める心地(苦笑)。

15 :名無しさん@3周年:2006/12/10(日) 23:03:36 ID:/niPYSLc
前スレ「稲竿經」の件、ありがとうございました。これから少し読みます。

16 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 23:38:45 ID:pD4KDzz/
>>15
「稻竿經」類に加えて、前スレで少しく言及しました「分別?起初勝法門經」類にも興味深い論点を
見出せるように思います。

17 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/10(日) 23:40:15 ID:pD4KDzz/
文字化けしました。
『分別縁起初勝法門經』類でした。

18 :名無しさん@3周年:2006/12/11(月) 00:19:41 ID:HY++zyPJ
>>13
お前の精神がつまんねーんだよ。
自称どうりの>「莫迦」 !!! だな。
長州藩的思考で彩られた明治維新〜第二次大戦の終戦までの権力歴史を
俺は否定する。戦前の日本の姿は吐き気がするぐらいに大嫌いだ。
 仏教徒・団体なんてアホ餓鬼ばかりだったじゃねーか!
 国家神道?靖国神社?英霊? アホか!
大乗坊主どもは何をした?


19 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/11(月) 08:01:12 ID:aXKVAGJ6
始めに識ありき(第一義識)であるから、「知覚、了解」というのは上手い言い方ですね。
知覚が了解しなくも識である。とも言える。
時間系列として識は相続されて逝く。
ここが中観と根本的な違いかと思います。

中観の特徴としましては、この時間系列の概念が突如として変化する。
哲学的に言いますと直覚とかいう。
佛教では現観とも言いますネ。
龍樹の文脈はこれを説明しておる訳ですが、
そもそもこういう話には関心はないのですか?

20 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/11(月) 08:40:16 ID:DQmap3MB
龍樹も羅什も女性関係は豊富だったようで、
わしも見習いたいと思っております。

21 :名無しさん@3周年:2006/12/11(月) 08:51:11 ID:S3oHofQK
不義堕胎

悪事のスクツ

出禁バカ


皆露見

野垂れ死ぬだけ

出禁バカwww

22 :名無しさん@3周年:2006/12/11(月) 19:22:13 ID:hhhPoqDI
>>8
2のvi+√jJap+ktin の語根部が引っかかっていたのですが、だいぶ見通しがよくなりました。ありがとうございます。
“dhAtupATha”というパーニニに帰せられる語根表に√jJapという動詞語根が載っている、ということですね。
しかしそうすると、同じ「知る」の√jJAとの差異が何なのか気になるし、pが付く理由など疑問が湧いてきますね。

それにしても、1の語形分析の方で解釈しているのは見たことがありますが、2の方は
日本の唯識書の著者は触れているんでしょうか。ほんのわずかしか知りませんが他に見たことがありません。
また、2の意味とすれば、なぜもっと単純に vijJAti という語形にしないのだろうか、という気もします。

>「知覚、了解」を意味する
つぎに、Tib. pa がrig+paのように動詞語根に付いた場合は、「知ること」にしかならず
「知るもの」とはならない、ということでしょうか。
theg-paでは「乗せること」「乗り物」の両義あるので、これから類比して、
rnam-par rig-paが心作用(こと)か認識主体(もの)かの微妙な差異が生じるように思います。

というのは、Skt. -ti では下記の例のように、
「こと」(行為名詞)だけでなく「もの」(具体的名詞)にもなるので概念の範囲が違ってくると思いますので。
例、kSi-(住む) -> kSiti-(住居)、jJA-(知る) -> jJAti-(近親)

唯識二十論の現代語訳はちょうど半分まで読みました。前半だけでもいろいろ気になったことはありますが、
全編読み終ったら、数日内になると思いますが、唯識無境についての見解を書き込みたいと思います。

23 :名無しさん@3周年:2006/12/11(月) 23:14:04 ID:YjkKtI6y
No. 709《佛説稻[?/干]經》摘録
[空]種、[不作障礙]。又假於[時]、[節氣和變]。(季節がおだやかに変化する)
[空]亦不言我[能不作障礙]。[時]亦不言我[能令生]。(種子から発芽等々の成育をさせる)
/空間・時間について、どういう捉え方をしていたか。/

當知[不斷]、亦[非常]、亦[不從此至彼]。
云何不斷。從種、牙根莖、次第相續故、不斷。
云何非常。牙莖華果、各自別故、非常。亦不種滅、而後牙生。亦非不滅、而牙便生。而因縁法、牙起種謝。次第生故、非常。
種牙名相、各異故。不從此至彼。/種少果多故、當知不一。是名[種少果多]。/如種子不生異果故。名[相似相續]。/断見・常見の否定etc./

何謂為[識]。四陰五識、亦言為[名]、亦名為[識]。/●[有漏心]名為[識]。/[識]亦不念我[能生長]。
隨著一切假名法、名為[識]。/識/

能生嫉熱故、名[憂悲苦惱]。五情違害、名為[身苦]。/意不和適、名為[心苦]。
造集諸業、名為[行]。分別諸法、名為[識]。
起造諸業、故名為[有]。後陰始起、故名為[生]。住世衰變故、名為[老]。最後敗壞、故名為[死]。
追感往事、言聲哀?、名為[憂苦]。事來逼身、是名[苦惱]。追思相續、故名為[悲]。煩惱纏縛、故名為[惱]。
邪見妄解、名為[無明]。
以此邪解、起於三業、故名為行、善惡等業、能受果報、故名為[識]。
/十二支の解説/

而[眼識]亦不作念我[能作體想]。[色]亦不作念我[能作境界]。[明]亦不作念我[能照了]。[空]亦不作念我[能無礙]。
[作意]亦不作念我[能發起眼識]。[眼識]亦不作念我[從數?生]。如此[眼識]實假。??和合而生。/眼識の縁生のさま/

譬如明鏡、能現面像。鏡面、各在異所。而無往來、物見同處。
如月麗天去地四萬二千由旬。水流在下月曜於上。玄象雖一影現?水。月體不降水質不昇。/水月などの譬喩/
如是、[業]結生[識]、周遍諸趣。能起[名色]果。
如幻如夢、無有實法。而其善惡、因縁果報、隨業不亡。/夢幻の如くなるも、なお因果応報あり/
云何不來不去、無有子去、而至於牙。亦無牙來、而趣子所。以是?故。無有從此至彼。/中論の不來不去/

24 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/12(火) 08:39:37 ID:o7BzCOCU
縁起は不去不来でありますから(三時不成)現在は本性としては成立たない。
しかしながら、日常というのは意味連関の継続であり、
あたかもそれは識が継続として相続するやに錯覚する。
それは、日常が目的意識を継続するからに他ならない。

禅定は、この日常というベクトルを離れた非日常という刹那を実体験する意を有する。
静中禅も動中禅も意味は同じです。

まあそれは兎も角、人は最初から悟っている訳じゃないので、
錯覚(無明)というのはありますね。

中観においては、業とか応報とか、そういう意味も勿論違ってきます。
それは第一義空より導きだされますから、
やはり彼岸へは逝くべきかと思います。



25 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 12:44:21 ID:t/QXBNoK
叩く程

旧悪の埃

出禁バカwww

シカバネを

虫も食わない

出禁バカwww

26 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 15:48:21 ID:7It/R+DO
どうもいろいろと難しい言葉を使って巧みに説明してるが、ピンと来るものがないなぁ。
それもこれも見性の実体験がないことからくるのだろう。
みんな学習だけの他人様の借り物だからなぁ。

27 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 16:08:28 ID:1SVn5/9m
>>26
>どうもいろいろと難しい言葉を使って巧みに説明してるが、ピンと来るものがないなぁ。
>それもこれも見性の実体験がないことからくるのだろう。
>みんな学習だけの他人様の借り物だからなぁ。

戯論だからね。
原始仏教はもっと平易な言葉で相手相応に説かれたもんなのに。

28 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 17:59:37 ID:dYp9w5yF
結局、
「どうだ自分はこれだけ難解な言葉を知ってるぞ」
・・・・なんて自己満足の世界か。
そんなものいくら頭に詰め込んでも下らないもんだということに気がつかない。

未だ証拠せざるものは看よ看よ!!!

29 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/12(火) 18:12:49 ID:OaGysXk1
学習も悟るうえでは貴重な材料である。
ま、その材料も“経験の省略”に過ぎないわけだが。
さて飲み行くべ=3

30 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/12(火) 18:51:39 ID:o7BzCOCU
ほらほら、だから意味連関をするでしょ?
連関するから日常というのは時系列的系列において成立つわけです。
ですから私は、この論理構築こそが無明の因なんじゃないですか?
というておるんです。

これは十二支縁起でも連関して逝くのが無明というておるじゃないですか?
文体をそのまま解釈するのが学習能力がある訳じゃない。
論理構成のポイントだけ抽出せば、語義にさしたる意はなきに候。

まあ唯識というのは、簡単にいうたら、識こそ普遍的である。
ってことですが、
果たしてそげなことを釈尊が悟ったのか?ってことです。


31 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 19:06:53 ID:t/QXBNoK
邪淫詐欺

カルト教祖の

出禁バカwww


笑い物

晒し物だよ

出禁バカwww

32 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 20:28:32 ID:dYp9w5yF
>>30

baka


33 :名無しさん@3周年:2006/12/12(火) 23:23:44 ID:M30TaPI+
電波男、完全に終わったな。

34 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/13(水) 03:20:37 ID:79Nq6snv
イライラする夜だぜ。世の中馬鹿が多い。馬鹿ばっかりだ。

よぉ、釈迦の悟りは、単なるこの世の意識革命ということにして、悦に入ってる馬鹿仏教徒さん達、元気かい?


35 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/13(水) 04:02:47 ID:79Nq6snv
二元世界であるこの世には、善と悪は無いんですか〜〜〜。

馬鹿につける薬はねぇんだよ。はぁ〜アホくさ。

36 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/13(水) 06:40:48 ID:zpLuRPuF
>>35
>善と悪は無いんですか〜〜〜。

今は、そういうことも含めて私は書き込みしておらんうーたん。
>>30の書き込みがそうです。
社会通念上における論理的整合性の構築に依りて善悪を判断する。
このベクトルにおいて龍樹は不去不来である。と言うておる訳で、
ここは非常に難解なとこではあるけど・・・

まあ、こういう話題には誰も関心はないんだろうね?
意味が通じんのなら、私が書き込みしても意味はない。

人間というのは、飯さえ食うておれば生きていける訳だし、
何も難解な佛教に心を奪われることもあるまい。

37 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 09:00:43 ID:M8kmK2gg
バカラスは

性懲りもなく

バカ晒しwww


タレ込まれ

メシの食い上げ

出禁バカwww


寒空に

野垂れ死ぬだけ

出禁バカwww

38 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 10:02:50 ID:S82zrq35
>>35>>36
>二元世界であるこの世には、善と悪は無いんですか〜〜〜。

さて、本日12月14日は四十七士討ち入りの日,忠臣蔵の日。
1702(元禄15)年、赤穂浪士47人が本所の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げた。

執着の塊、大石らの行動は善なのか悪なのか、グラデーションを含めて
原始仏教的に日本人を哲学す。

39 :38:2006/12/13(水) 10:05:01 ID:S82zrq35
すまぬ、1日早すぎた。

40 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/13(水) 12:21:48 ID:zpLuRPuF
>>38
武士道は忠義を本分とするのが規範ですから、武士道に生きるのであれば主君のあだ討ちは善となりますよね。
普通に考えて。

極道に生きるのであれば任侠道がいいんじゃないでしょうか?
佛教でしたら菩薩道になりますが、
その道その道で善悪というのもグラデーションがありますね。
つまり第一義はそれぞれ違います。

ちなみに武士道は葉隠れの思想がありますから、死で成就することは美学とされます。
「武士とは死ぬこととみたり」。




41 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 13:23:24 ID:/VRNVBIH
議論のための議論
メタ議論であり形而上学的議論

42 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 13:31:31 ID:M8kmK2gg
出禁バカ

ナマスに斬られ

放置されwww

43 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 14:00:01 ID:S82zrq35
赤穂浪士のあだ討ちは、トンチンカンな逆恨みの集団テロであって武士道とは無関係。
吉良に殺された訳ではないからだ。
世間知らずなアホ殿様の逆恨みの思いを遂げさせた集団テロにしかすぎない。
あだを討つなら柳沢吉保=幕藩体制だろう。
大石はわかっていたと思う。
なんで日本人がこの物語を好きなのか理解に苦しむ。

44 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 14:33:51 ID:S82zrq35
この世(世俗)の善悪は相対的なものだ。


45 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/13(水) 15:05:15 ID:zpLuRPuF
>なんで日本人がこの物語を好きなのか理解に苦しむ。

忠義といふ大義があって、それに向き合う浪士それぞれの人生模様を
自分に置き換えることが出来るのが魅力なのかと思います。

仮名手本忠臣蔵には、見逃せない名場面がいくつもある。
そのうちで、天野屋利兵衛が登場するとこがあるのですが、
利兵衛も商道にかけてはイイカッコしますねw
それぞれに美学があったわけです。

ちなみに利休も、負けず劣らずの茶道に生きておったのですが、
最期は見事だったですね。

ここでROMっておられる御仁たちは、商道でもなく茶道でもなく
もしや仏道に生きておるんでしょうか?
それぞれの美学などを語ちりたいもんですね)^o^(


46 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 16:15:27 ID:M8kmK2gg
シッタカに

ヘソで茶が沸く

出禁バカwww

47 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 20:07:11 ID:sWaHuzjK
唯識二十論の梵本の出版には以下のものがある。

1925:シルヴァン・レヴィ、Vijnaptimatratasiddhi, Paris.
1932:シルヴァン・レヴィ、Materiaux pour l'etude du systeme Vijnaptimatra. Paris.
1940:シルヴァン・レヴィ、Vijnaptimatratasiddhi, Reprint, Shanghai.
1984:ステファン・アナッカー、Seven works of Vasubandhu, Delhi.
1989:御牧克己 他、Three works of Vasubandhu in Sanskrit manuscript, Tokyo.
1993:T. R. シャルマ、Vijnaptimatratasiddhi (Vimsatika) , Delhi.

御牧は、貝葉写本と、そのナーガリーによる筆写の印影出版である。
レヴィ1925のp.XVII の印影見本と御牧のp.15、p.16との一致を確認。
同一写本である。御牧が、以上全ての梵本の直系祖本である。まず、全梵本が、
    mahAyAne traidhAtukaM vijJapti-mAtraM vyavasthApyate /
であることを確認した。当然、御牧には欠いている。レヴィ1925の還梵を皆踏襲している。

レヴィ1940はレヴィ1925の再版で全く同じ。 
レヴィ1932はレヴィ1925訂正表が p.175以下に記されるが、上に関しては訂正されていない。
以上の他に宇井伯寿などの版本があるが参照できなかった。
だが、祖本はレヴィ1925の還梵であることに変わりはない。


48 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 20:08:57 ID:sWaHuzjK
つまり、電波男は、勝手に iti を挿入したか、
蔵漢訳などによってテクストを訂正したかの何れかになるわけだが、

  大乗では「〔われわれが経験している〕三界とは認識された〔その内容〕に過ぎない」と言っている。

という訳は、還梵や蔵訳からは思いもよらない訳なのですが、1923:寺本婉雅、西藏文世親造唯識論(p. 20)の

  経に依れば、「嗚呼勝者の子等よ、是の如し、この三界は唯心なり」と言へることの出づればなり。

を見ると和訳で電波男のように「と言っている」のように訳す系統があったことが分かった。
つまり電波男は、なにがしかの和訳を参照して還梵や蔵訳などを適当に参照して、
適当に訳していたということになる。これによって長い論証手続きを行わないことにした。

そんな男にテクストを訂正する作業などはできる訳もなく、例によって単なるハッタリであることが
ハッキリした。以上で彼の唯識有境などの珍説が妄想から湧きだしたことも簡単に予想できる。

49 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 20:45:33 ID:sFGmqwSu
>>48
というあなた。梵本もチベット訳も読んでいないことがみえみえの
誤解をなさっていますよ。
レビ本でいうと、一行目と二行目を混同していらっしゃる。

50 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/13(水) 20:53:05 ID:2aLBBkLZ
>>37
おもえも相当な馬鹿だな。
同じことばかり書き込んでらぁ。
オウムだよ、オウム。自分の頭では考えられないから、
同じこと鹿かけない。これからおまえのことをオウム男と呼ぼう。

よぉオウム男。おまえ、もう少し身のあること書いて見れば〜〜。
頭悪そうだから、無理だと思うけど。はぁ〜ぁ、可愛そうに。南無。。

51 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:01:48 ID:M8kmK2gg
アタマなき

身で鳴き喚く

バカカラスwww

52 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/13(水) 21:04:28 ID:2aLBBkLZ
>>51
おや、オウム返しでちゅか?

53 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:13:28 ID:M8kmK2gg
テンプレも

読めぬメクラの

おバカラスwww

54 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/13(水) 21:21:04 ID:2aLBBkLZ
>>53
オモエモナー
わはは はははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははは 。

55 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:25:38 ID:UOniFCf3
前スレで引用された『倶舎論』の梵蔵両文を見比べると、Skt. iti に対応するのは
Tib. pas (具格)で、「(〜という)ことの結果として(〜)」という意味になっていますね。
「安立大乘 三界唯識」の文脈とは異なりますが。

下文は梵語経典中に引用された梵文断片だそうですが、シュローカ第一行の長短規則には合っていました。
vijJapti-mAtram evaitad;
これは、まさに vijJapti 以外のなにものでもない。
'di(etad)-dag(pl.) rnam-par(vi) rig-pa(jJapti)-tsam(mAtram)-nyid(eva) /
(他にも単数を複数と蔵訳した例があったけどなぜだろう。)
【唯識】無境界、以無塵妄見(菩提流支訳、唯識論)
  妄見の妄は三界虚妄の虚妄、見は耳識などの場合も考慮すると、現の字の意味での使用だと思われます。

tsam(mAtra)、nyid(eva)
この対応は他にも出てくるので、覚えておくとよいでしょうね。

56 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:31:41 ID:sWaHuzjK
>>49
ああ、その通り。失礼しました。
寺元本見た時は、ただ対照してるだけだったから、間違いました。
寺元本は、手元にないから、訂正はできません。

いや、お恥ずかしい。蛇足でした。

57 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:32:49 ID:yvtPJKl0
vijJapti における使役の意味の有無について

『倶舎論』
vijJA【paya】ti / avijJa【p】ti
【令】他知 / 無【教】
表示【令】他了知 / 無【表】
rnam par rig par 【byed】 pa / rnam par rig 【byed】

『中辺分別論』
vi【jJap】ti / vi【jJA】na
似【識】者 / 六種【識】
變似【了】者 / 餘六【識】
rnam par 【rig】 par snang ba / rnam par 【shes】 pa

『倶舎論』の方は、iti で結ばれて語義を説明する形になっているので、
漢訳・蔵訳の助けを待たずとも、avijJa【p】ti の【p】は使役の意味と取ってもいいでしょうね。

『中辺分別論』の方は、名詞文ですが、vijJapti と vijJAna が直ちに同義だというのではなく、
間に入った pratibhAsa が vijJAna だ、となっているので、この文で vijJAna から vijJapti の
意味を直接うかがうのは少し難しいですね。ただ、vijJAna を唯識の意味で使うこともまれにある
そうなので、vijJAna と vijJapti の関係もほとんど同義と見ているのかも知れません。

漢文では動詞を自動詞・他動詞・受動態・使役・名詞に読むことがありますが、ここでは自動詞の
名詞化のようです。「識(ること)に似たる者」。蔵訳の rnam par rig pa には使役の意味はないですね。
以上の梵漢蔵4種の文自体からは、使役の意味がないことが明かなのは蔵訳のみだ、と思われます。
蔵訳者は、そう解釈していた、ということでしょう。

58 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:46:57 ID:sFGmqwSu
>>56
iti の有無を問題とする議論で、こういった間違いは致命的です。
あなた自身の論拠を自分で否定しているわけですから。

寺本本が手元に無いから訂正できない?なにが訂正できないんですか?
あなた自身、チベット訳も読んでいないし、還元梵本も読んでいない。
和訳と照らし合わせてどっちがどうだといっているだけの話じゃないんですか?


59 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 21:51:44 ID:HIb5aIBL
「外境は実在する(●)」
「外境は実在しない(○)」の否定

これら二つはまったく同じことを述べているのでしょうか。ベン図を使って比べてみましょう。

 ※※※※※
 ※○※●※
 ※※※※※

単に「○ではない」というだけでは、「○」の外側を指しているだけになります。
つまり、「※」の範囲と「●」の部分の両方ですね。

このように、「○」を否定しただけでは、「※」と「●」のどちらであるかは指定されていない、と言えるでしょう。
このような立場は「無記」とも言えるでしょう。「記別・記述しない、述べない」ということですね。

さて、「外境は実在する(●)」の否定は、「※」と「○」の両方を指し、
そのどちらであるかは指定されていない、ということはもうお分かりですね。

唯識二十論が「●」を述べている、と言う人はいないでしょうから、
〔唯識哲学スレの880で> だれが外界を認めるといいました?、と述べられていましたが〕

あとは、「○」なのか、「※」(「○」も「●」も共に否定されているので)なのか、
に見解が分かれる、ということでしょう。

「唯識無境」の無境の原語に相当するかと思われる artha-pratiSedha や anartha の pratiSedha や an- だけでは、
「○」と「※」のいずれを指しているのか決めかねるので、本文内容の検討が必要と思われます。

この際には、仏教の教義上のことですので、もちろん「有見・無見・有無中道」というキーワードも参照されるべきでしょう。

60 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:10:37 ID:fZw7FCA4
これは論証形式になっています。

No. 1589《大乘唯識論》真諦譯
因 實無有外塵
宗 似塵識生故
喩 猶如翳眼人 見毛二月等

61 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:12:19 ID:mECzC9H+
宗 實無有外塵
因 似塵識生故
喩 猶如翳眼人 見毛二月等

62 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:27:39 ID:sWaHuzjK
>>55
> 前スレで引用された『倶舎論』の梵蔵両文を見比べると、Skt. iti に対応するのは
> Tib. pas (具格)で、「(?という)ことの結果として(?)」という意味になっていますね。

何んでそうなるの? じゃやっぱ用意しといたやつあげとくよん。
>>58 おいおい、論拠が崩れるのは、>48後半で、>47は全く生きてますけどね。
ついでに和訳みたら「と言へることの」を読んで、これから「と言っている」なんて訳したんだと、
思ってしまった訳。ケアレスだよ。いや寺元先生すいません。
梵蔵を読んでないってんなら、以下をどうぞ。梵蔵で反論してきてね。まあ、誰だか想像つくけど。
いっときますが私は和訳なんかあてにしてないよん。梵は初級だけど、蔵は結構自信あるもんね(^_^)


63 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:29:01 ID:sWaHuzjK
1.問題の還梵と蔵訳

theg pa chen po la khams gsum pa rnam par rig pa tsam du rnam par bzhag ste / (佐々木11、寺本7)
mahAyAne traidhAtukaM vijJapti-mAtraM vyavasthApyate / /(レヴィ1925: p.3)

2.問題の蔵訳 rnam par rig pa tsam du rnam par gzhag pas に対応する梵本 vijJaptimAtra-vyavasthApanayA

de ltar rnam par rig pa tsam yang rnam par rig pa gzhan gyis kun brtags pa'i bdag nyid kyis bdag med par
rtog pa'i phyir / rnam par rig pa tsam du rnam par gzhag pas chos thams cad la chos la bdag med par 'jug
pa yin gyi / yod pa de la yang rnam pa thams cad du skur pas ni ma yin no / / (佐々木51、寺本16)
evaM vijJaptimAtrasyApi vijJaptyantaraparikalpitenAtmanA nairAtmyapravezAt vijJaptimAtra-
vyavasthApanayA sarvadharmANAM nairAtmyapravezo bhavati na tu tad astitvApavAdAt / (レヴィ1925: p.3, 御牧: p.11/fol.4a/p.142)

3.梵本が vijJaptimAtraM nAstIti と iti を用いる箇所の蔵訳は rnam par rig pa tsam zhes bya ba

gal te chos rnam pa thams cad du med na rnam par rig pa tsam zhes bya ba de yang med pas de ji ltar
rnam par gzhag ce na /(佐々木49-50、寺本16)
yadi tarhi sarvathA dharmo nAsti tad api vijJaptimAtraM nAstIti kathaM tarhi vyavasthApyate /
(レヴィ1925: p.6, 御牧: p.11/fol.4a/p.142)

iti に対応する 蔵訳は一般的に zhes bya ba。これは全く直接話法、引用を意味する「〜と」です。
そして、khams gsum pa rnam par rig pa tsam du rnam par bzhag は
A は B と設定される/A を B に設定する。(bzhag : tha dad pa, 'das pa)といった意味になります。


64 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:42:42 ID:sWaHuzjK
>>22
そんなとこですね。
1の語形分析は、宇井先生ですね。2の方は この方です。
http://www.inbuds.net/search/ib.cgi?0052-085

また、以下の一連の論考も非常に参考になりました。
http://www.inbuds.net/search/ib.cgi?0104-053

> つぎに、Tib. pa がrig+paのように動詞語根に付いた場合は、「知ること」にしかならず
> 「知るもの」とはならない、ということでしょうか。
> theg-paでは「乗せること」「乗り物」の両義あるので、これから類比して、
> rnam-par rig-paが心作用(こと)か認識主体(もの)かの微妙な差異が生じるように思います。

チベット語だけでしたら<「こと」(行為名詞)だけでなく「もの」(具体的名詞)>の両方の意味が
ありますね。ただし rig-pa とした場合、不定で能動でも受動でもありません。
能動: rig byed 受動: rig bya 行為名詞の場合は特に rig pa po と言ったりします。


65 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 22:49:43 ID:sWaHuzjK
>>26  >>27  >>34
その通り。実にくだらない内容ですいません。
本当は、もっと実のある内容を話し合いたいのですが、
あまりに珍説を述べる方が、のさばっていて優しく言っても通じないので、
露払いをしているわけです。露払いは、どうにもテクニカルにならざる得ません。

私の限界でもあるのですが。


66 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 23:04:48 ID:sWaHuzjK
>>55
> 'di(etad)-dag(pl.) rnam-par(vi) rig-pa(jJapti)-tsam(mAtram)-nyid(eva) /

細かいことですが、違和感があるのでチベット語だと

'di-dag rnam-par rig-pa-tsam-nyid(これらは相として唯識性)

とするのは変ですね。eva なら、やっぱ以下じゃないですか、

'di dag rnam-par-rig-pa-tsam nyid(これらは他ならぬ唯識)

チベット語だけだと以下はどう切るかは文脈から判断するしかありません。
rnam par rig pa tsam nyid

どこまでが単語か、それが結構チベット語の難しさ、サンスクリットや漢訳があると助かります。
また、チベット選述書は、すんなりチベット語だけで読めるように書かれているものが多いので、
意外に読みやすいです。


67 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/13(水) 23:17:35 ID:dHgJSnXl
>>59
いつの世も、「悪魔の証明」に永劫憂き身をやつそうと足掻く憐れな御仁が後を絶たぬようですな(苦笑)。

68 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 23:36:27 ID:eFIB/al9
>>64 >>65
参考になりました、ありがとうございます。

>チベット選述書は、すんなりチベット語だけで読めるように書かれているものが多いので、
>意外に読みやすいです。
じつは工巧明関連の或る蔵語文献を読みたいとかねがね思っていたんですが、
阿含経の蔵訳はあまりないというのを読んでからサボッておりました。
今回のことで、すこし蔵語にも力瘤を入れてみようという気になりました。

69 :名無しさん@3周年:2006/12/13(水) 23:49:41 ID:5VUAEy2C
>>67
いちおう論点を絞って、
唯識論の「無境界」の「無」がどういう意味かを(絶対否定か相対否定かを含めて)
〔有か無かという方面の追究ではなく、世親の真意を理解しようということで〕
本文から探ろうということなんですが、これももともと証明不可能ですかね。

70 :名無しさん@3周年:2006/12/14(木) 02:39:06 ID:RcIi8lW8
証明できないから自分はこれを信じる、
と言ってほかの意見を罵倒するだけなら
ここに書き込みする意味もないな。

あーばかばかしい。

71 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/14(木) 07:09:15 ID:1HPJO6fb
自己同一性を証明しようとしても、言語においては根本的な矛盾が生じる。
部派佛教にいたっては、刹那滅の繰り返しを時間軸に設定して説明しようとしたのだろうけど、
これにしてもやはり無理はある。
唯識においては、阿頼耶識とか設定することにおいて、この矛盾を何とか説明したかったのだろう。
そこには必ず説明しようとする「観察者」がいる。

自己同一性とは、観察者において成されるわけではない。
龍樹も、クリシュナムルティーも、アインシュタインも、つまりはこのことに関しては同一見解である。

72 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/14(木) 08:29:39 ID:eHymklH2
>>69
> 本文から探ろうということなんですが、これももともと証明不可能ですかね。
後学のため、ご見解を拝読いたしたく存じます。

ただ、「実在としての外界」を前提する議論は、その有無のいずれを主張するせよ、前述の
「悪魔の証明」の如きアポリアに陥ってしまうものと考えます。

73 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/14(木) 08:37:08 ID:glohjEYK
今日も黙ってトイレ掃除してろ!って事である。

74 :名無しさん@3周年:2006/12/14(木) 08:43:05 ID:iFrdAj7O
出禁バカ

ウソ詐りで

失脚しwww

75 :名無しさん@3周年:2006/12/14(木) 09:21:41 ID:ZnBTwT3D
フォイエルバッハ・テーゼ 11

 哲学者たちは世界を単にさまざまに解釈しただけである。
 問題なのは世界を変えることなのだ。



76 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/14(木) 09:36:21 ID:eHymklH2
佛教思想の発達展開は原始佛教の段階から既に、不当前提や誤謬命題を剔抉して破棄却下する営みと
不可分であったと考えます。

77 :名無しさん@3周年:2006/12/14(木) 14:46:14 ID:ZnBTwT3D
>>74
おまいはまさに貧瞋痴の三毒の代表者だな。

 反面教師としてずっと居座っておれ。

 いーかこのレスを寝ずに監視していろ wwwwww(哀れ・・

78 :77:2006/12/14(木) 14:47:50 ID:ZnBTwT3D
× レス
〇 スレ

79 :名無しさん@3周年:2006/12/14(木) 15:04:39 ID:iFrdAj7O
ウスノロは

死ぬど治らず

おバカラスwww

80 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/14(木) 15:46:49 ID:xCqGWoS/
>>78
TwT←お前のID

81 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 06:48:44 ID:OAuxgYOe
ここまでで明らかな電波男の珍説、誤読、妄想。

1.『唯識二十論』は外界(artha, don, 外境)を認める(=否定しない)という珍説

2.『唯識二十論』に「外界の存在そのものが直接そのまま認識されるわけではない」という記述があるという誤読

3.『唯識二十論』に勝手に iti を挿入して珍説補強妄想展開

4. vijJapti=「認識された」という誤読(しかも形容詞化という珍説を展開して言い訳)

5. vyavasthApyate=「言っている」という誤読

82 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 09:26:46 ID:9eEY9uTU
http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/vaada/newsletter05.html

↑こんなHP発見

83 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/15(金) 09:38:40 ID:b5XMJNce
>なんだい言語学で「形容詞化」(笑)なんて用語聞いたことない。全く言語学的ではない。

日本語の、それも一般向き辞書レヴェル。「受動ニュアンス」に注意(笑)。
ゆく(動詞)      ゆかし(形容詞化)    ゆかしさ(名詞化)
なまめく(動詞)   なまめかし(形容詞化) なまめかしさ(名詞化)
わずらふ(動詞)  わずらはし(形容詞化) わずらはしさ(名詞化)

以下ビリーバータルチュフに相応しい語彙(笑)。
ゑづく(動詞)    ゑづくろし(形容詞化)  ゑづくろしさ(名詞化)
けがる(動詞)    けがらはし(形容詞化) けがらはしさ(名詞化)

84 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/15(金) 10:03:51 ID:b5XMJNce
命題Aの否定≠対立命題Bの肯定

もはや論理学以前の問題。

85 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 10:21:36 ID:3onsl+Sq
アホダラケイさんは普通に書けないの?
それアホだら語?

86 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 10:30:29 ID:7fIOIGIY
ごちゃごちゃ言ってないで、先ず悟っちゃえば?

大死一番、肉体が滅してしまった境地から、

肉体があった当時の自分の言動を省みれば、馬鹿に思えるよ。

あー、すっきりした。

87 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 10:46:58 ID:7fIOIGIY
>>85
阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ は仏教知識収集がナルシズム的趣味の頭でっかちだけであって、
まともな菩提心なんかない奴だから、悟りなんて無理。手段と目的の逆転、これを趣味という。
妨害電波男も同類。
 仏教ナルシズム的趣味者の、方言ならぬ「阿呆言」ですわ。
だから>>86なんて絶対無理。

88 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 10:58:41 ID:NYnqRWM+
ラクガキの

壊れ具合は

おバカラスwww

89 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/15(金) 11:54:13 ID:IrkBtcCr
http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/vaada/newsletter05.html
いや、実際、京都大学の修士課程まで逝ってまで、倶舎論とか成業論とか研究することもないかと思うけどね。
国費の無駄か?

そんなことを言っては失礼だけど、
哲学は金を使ってまで学ぶものではない。
実際、哲学では飯は食えんしねw
(アカポスでなら食える)


90 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 11:56:58 ID:NYnqRWM+
存在が

資源のムダの

出禁バカwww

91 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 14:01:36 ID:zYE621cZ
電波ビリーバー阿呆陀羅經さん根拠のない擁護は虚しい

ビリーバー 阿呆陀羅さんは ブリぶりばか〜  

92 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/15(金) 17:32:04 ID:/5ygPIhU
>ID:NYnqRWM+
折角やよってに、もう少し俳句風のを書き付けなはれ(笑)。

当てもなく

紙礫舞ふ

師走哉www

とか(笑)。



93 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/15(金) 18:36:04 ID:D2dz8hhW
大人げない

94 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/15(金) 18:56:18 ID:b5XMJNce
>>93
おうちは仕事と家事の合間を縫うて、あんじょう独習しときなはれや。


95 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 20:36:06 ID:RefqJSGF
「形容詞化」という語は「名詞化」という語と共に、辻文法 p.198 に出てきます。


>>84
>命題Aの否定≠対立命題Bの肯定

「ある」の否定は、「ない」ではなくて、「『ある』ではない」。
「ない」の否定は、「ある」ではなくて、「『ない』ではない」。

「外境は実在する」と「外境は実在しない」という二つの対立した見解
それは決着のつかない形而上学の論争になるから止めて
その論争の外側に居ることを指す。

96 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 20:40:26 ID:C/YY2GkV
TBSテレビで、来週の「CBSドキュメント」が、初めの20分間くらいは、
仏教国ブータンを取材した "Gross National Happiness" というのを放送する予定です。
アンコール放送かも知れない。よく聞き取れなかったので。

grossというところに「国民全体の」という他に「粗末な」って揶揄の気持ちも込められてたりして。

97 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 20:56:14 ID:P/q8DFCE
大乗と安立について

まず「大乗」について
唯識派では「大乗」という語が重視されたようです。経論の題名に大乗の付くものが多い。
大乗阿毘達磨経、大乗荘厳経論、摂大乗論、大乗阿毘達磨雑集論。
唯識二十論の異訳、大乗唯識論にも。
その他、唯識派所依の経典である大方広仏華厳経の方広も大乗のことだし。

つぎに「安立」について
安立大乗、三界唯識。==立義
以契経説、三界唯心。==その立てられた義が正しいことを立証するものとしての聖教

ということだと思われます。聖教を根拠とした場合は、譬喩の提示は不要だということなのか。

最後に、「大乗の中に於いて」の位置づけについて
>於大乘中、立三界唯有識。 theg-pa chen-po la (mahA-yAne)
これは、中観自立論証派の論証式の前提「勝義諦に於いて」とパラレルな構造なのか、
それとも、安立する中に入っているのか。つまり、
mahAyAne (traidhAtukaM vijJapti-mAtraM vyavasthApyate) / /
(mahAyAne traidhAtukaM vijJapti-mAtraM) vyavasthApyate / /
のどちらか、ということです。

98 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 21:15:23 ID:ll2ZLIUN
khams-gsum-paのpaをtraidhAtu-kaMと訳し入れたのは、>>63
vijJaptimAtra-vyavasthApanayA sarvadharmANAM
の部分に出てくる例からすると、三界に属する一切法という含意だと受け取るべきなのでしょうかね。

>>62
倶舎論からの例文では、[引用のiti]ではなく[理由のiti]になってますね、ということでした。
na vijJApayati^【iti】
不…可令他知【故】
非…令他了知【故】
rnam par rig par byed pa ma yin 【pas】


とにかく、vijJaptiとは何かの理解には、世親が心・意・識とvijJaptiは同じだ、と言っていることは重要な点ですね。

99 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/15(金) 21:39:53 ID:D2dz8hhW
>>94
人の心配しちょる暇があったらトイレ掃除しなはれ!

100 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 21:45:40 ID:3hAzpUHz
ヨーシヨシ
100ゲェーーーーーーーーーーーーーーとぅ!!

101 :名無しさん@3周年:2006/12/15(金) 23:38:21 ID:7fIOIGIY
執着はアカンのご意見なれど
あん肝と
ふぐの白子には執着す

今夜のあん肝は最高ですた。
塾女の味でした。
お悟りがちょっとくらい遅れても
納得します。


102 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 00:20:12 ID:KIOtJ3kZ
唯識派では菩薩乗という意味で大乗と称しているのだろうか。
十地経と瑜伽師地論での菩薩地と瑜伽師地という取り上げ方から見ると、そんな感じがします。

103 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 01:17:40 ID:XlwQ14Pn
>>95
広説、御礼申し上げます。


104 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/16(土) 07:20:57 ID:bu3rKu6q
>>101
あん肝は十数年前に食べたきりで、それいらい食していません。
塾女というのは、私は食べたことがないので分らんですが、珍味ですか?
というより、
私はアボガドをスライスして、ワサビ醤油で食べるとトロの風味になるので、
刺身の代用としてアボガドを食べることはありますね。
(結構うまいですよ、塾女にはかなわんかもしれんけど)
というより、
塾女というのは、もしかしたらアボガドをスライスしないで、そのまま食す熟女のことじゃないでせうか?
こういうことに関しては熟女は悟っているらしいですよ。
私はこういう件に関してはかなわんですけど。

105 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 11:48:49 ID:0R9XWnZG
シラきれど

もはや手遅れ

出禁バカwww

106 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 12:23:09 ID:0R9XWnZG
堕胎よし

孰女は手籠め

出禁バカ

107 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 13:46:33 ID:99Bxubpm
>>98
と思ったら、華厳経の「三界唯心」citta-mAtraM traidhAtukam からの利用だったみたいです。
これを見ると名詞文のようですね。韻律の関係で前後を変えたのかな。
とにかく、三界に属する一切法という含意、という見方はそのままですが。

108 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:46:21 ID:oHoQ/4sl
みおしえの きよきみたまに ふれもみで 虚しからずや ことをうつ波

穢波なぞ かぶりてうかる めしい鱈 迷い迷って 迷い言陳ぶ 


109 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:47:36 ID:oHoQ/4sl
>>95 一般的な用語として「形容詞」という言葉は広く認知されていますから、
その意味で辻先生は「形容詞化」と使っています。そういう問題ではありません。
問題とされたのは言語学で「形容詞化」ということを以下のように用いるか、です。
当該スレの「形容詞化」を主張する文章を書き出して、彼(ら?)の用いた特殊な「形容詞化」説を見てみます。

  > 879 名前: 電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY 投稿日: 03/04/20 01:09
  > そのまま読むと、「知らしめられた」だけど、こんなへんてこりんな日本語は通常、
  > 用いない。使役受動では「知られた」(あるいは認識された)で十分。

この時点で電波男は vijJapti を「知らしめられた」と訳すべき「使役受動」と解釈していました。
当然「使役」を意味する形態素は認められますが「受動」を意味する形態素は発見できません。
ですから、その部分を問われます。すると形態素の話をしているのも分からず次のような頓珍漢な答えをしています。

  > 887 名前: 電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY 投稿日: 03/04/20 17:23
  > だれが、受動と言いました?人の文章をじっくり読む訓練をしなさい。

電波男は「使役受動」と言ったのに「受動」と言われて無知なヤツめと思っているのです。
本当に無知なのは、明らかに電波男です。話してるうちに形態素の話だとやっと分かってきたのか、
言い訳として持ち出したのが次の「形容詞化」です。


110 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:48:06 ID:oHoQ/4sl
  > 891 名前: 電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY 投稿日: 03/04/20 22:54
  > 最初は受動でジャンケンポン
  > 負けたら後だし使役受動の非難でジャンケンポン。
  > 動詞派性の形容詞化について、
  > 受動ニュアンスを無視する言語学しらずの文法偏重でジャンケンポン
  > 使役形を否定していないのに「受動なら」と論点先取のジャンケンポン。

vijJapti には「受動ニュアンス」も「動詞派性の形容詞化」もなく、以下対論者が言うのように
百歩譲って<「動詞派性の形容詞化」なら vijJapta であって vijJapti ではない>ことが
貴方の示した辻文法 p.198 に 明らかでしょう。しかしながら電波男は次のように正論に対して強弁します。

  > 903 名前: 電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY 投稿日: 03/04/21 07:12
  > >>895
  > >「動詞派性の形容詞化」なら vijJapta であって vijJapti ではないでしょ。
  > 形容詞化の意味を勉強すべき。形容詞化とは形容詞にするノミに有らず。

  > 911 名前: 考える名無しさん 投稿日: 03/04/22 07:04(電波男コテハン入れ忘れ、後に自分で告知)
  > 一つだけ言ってやろう。〔動詞の〕形容詞化と言うのは形容詞にすることだけじゃないんだよ。

「形容詞化とは形容詞にするノミに有らず」明らかに強弁・詭弁です。
その無理を通すためにタイミングよく二人の自称言語学者が現れて以下の珍妙な奇説を述べました。


111 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:51:55 ID:oHoQ/4sl
  > 919 名前: 考える名無しさん 投稿日: 03/04/22 08:31(電波男自演と思われる自称言語学者)
  > 「形容詞化」について「文法屋」と「言語屋」の論争が始まりそうとの噂を聞きつけて来ました。
  >
  > 「形容詞化」の概念を形容詞という品詞にすることに限定して議論するのは高校英語で終りにすべき
  > なのです。パーニニの文法で形態論を議論したいのであれば勝手にすればいいと思う。恐らく電波氏
  > は馬鹿らしいからしないんだと思う。なぜなら、あなたの形態については「受動じゃなく、使役」だ
  > と発言して同意しているから。
  >
  > 次に、言葉を翻訳する時に文法は大切だけど言語の特性を考えたファクターを通して翻訳用の「説明
  > 的形態」を加える必要がある。私はギリシアが専門だけど、動詞が名詞に変化する過程で、動詞語根
  > から派生していくことを「形容詞化」と呼んでおり、それは言語学でも同じことなのです。そして、
  > 動詞派生で形容詞化する場合、例外を除いてほとんどが受動のニュアンスをもつのはどの言語でも同
  > なのです。またその語の中に受動の意味が含まれてくるのは周知の事実です。電波氏が「使役受動」
  > としたのは大勢いる中で、非常に親切だと考えます。

  > 923 名前: 言語2 投稿日: 03/04/22 09:34(電波男自演と思われる第二の自称言語学者)
  > ここでも形容詞化という言葉を正しく使っていますね。名詞造語接尾辞といえば
  > それで終りですが、動詞派性から名詞が作られる過程で形容詞化という用法は
  > >>920氏の示す通りです。
  >
  > 解りやすく言えば、
  >
  > 動詞 → 形容詞化 → 形容詞、名詞
  >
  > という事になるでしょう。名詞になるのは動詞由来以外にもありますから、動詞派生
  > の場合はあえて形容詞化といいます。


112 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:55:43 ID:oHoQ/4sl
二人の自称言語学者は<動詞語根から派生していくことを「形容詞化」>ということで一致しています。
そんな言語学説を私は聞いたことはありません。この意味の「形容詞化」が言語学で用いられることが問題なのです。
当然、辻文法では用いられいません。逆に以下のように述べられます。

  辻文法§57:語根+接尾辞 → 語幹+人称語尾 → 動詞
  辻文法§105:語根= 名詞
  辻文法§106-I:語根+kRt接尾辞 → 名詞/形容詞
  辻文法§106-II:名詞/形容詞 +taddhita接尾辞 → 名詞/形容詞

以上は、言語学では形態論と言われ、語形における形態素の結びつきを明らかにする学問領域で扱われます。
語構成論です。語彙的な意味を持つ形態素が語根と呼ばれ、機能的な意味を持つ形態素が接辞と呼ばれます。
活用に共通して現れる形態素を語幹と呼び、語幹以外の活用部を語尾と呼びます。
例えば風間喜代三『言語学』1993、36頁以下、及び http://en.wikipedia.org/wiki/Morphology_%28linguistics%29

つまり、辻文法で接尾辞/人称語尾が『言語学』で 接辞/語尾と呼ばれるだけで全く同じです。
また、水野弘元『パーリ文法』§63以下も同じ。なにせ語構成論は梵語のヴィヤーカラナから発見されたのですから。
なにより梵語では形容詞という品詞は用いません。

こういった基本的なことも分からない言語学者どころか、言語学の学生もいないでしょう。
全く基本が分かっていないのに何でも知ったかぶりする電波男のハッタリと自演はここでも明らかと思われます。


113 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:56:17 ID:oHoQ/4sl
> 「外境は実在する」と「外境は実在しない」という二つの対立した見解
> それは決着のつかない形而上学の論争になるから止めて
> その論争の外側に居ることを指す。

あの『唯識二十論』は外境否定論証以外のなんだというのでしょうか?

114 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 16:59:45 ID:oHoQ/4sl
>>107
既掲以下の一連の論考に詳細に論じられています。 また還梵を元に論じても意味ありません。
http://www.inbuds.net/search/ib.cgi?0104-053


115 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 17:09:52 ID:XlwQ14Pn
外境実在論の否定論証≠外境否定論証

116 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 17:13:23 ID:XlwQ14Pn
かなづかひ のりことはりに ふみまどひ やみぢはてなく まよひつるかな 

117 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 17:47:25 ID:VWUhRR5E
>>113
以下、二十論第11偈の直後の長行です。中観派からの唯識批判への論主の答論の部分です。
---------------------
愚か者たちは、主観・客観というような(ありもしない、)ものの本体(自性)を仮構(遍計)している。
この構想された形としてはものは実在しないものである。けれども、仏陀たちの(認識の)対象であるような、
表現を超えた本性としては、ものがなというわけではない。そのように、「表象のみであること」についても、
人は、それが(主観という)もう一つの表象によって仮構され(対象化された客観としての)形としては
実在しないとさとるのである。(梶山雄一訳)
---------------------
認識が成立するためには外境が実在しなければならない、という有部や経量部の
主張を論主は否定します。その論証をおこなっていますが、単純な外界実在否定論といってしまって
いいのでしょうか?上の引用部分を見ればあなたのいうような単純な話ではないとおもいますけれど。

ほかの皆さん、どうおもいますか?


118 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 18:11:11 ID:la3eMtVU
なーんかね。言語学では”形容詞化”が無いなんていってる人がいるんですね。
動詞、あるいは名詞の形容詞化なんて聞き飽きてるるんですよ。証拠にググれば沢山出てくる。
形態論と動詞の形容詞化とでは違う話だということなににな。

そんでURLで憶測なんだけどh田って電波の修士論文の経量部説をパクった奴?
そりゃ必死になるわな。

119 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 18:17:51 ID:XlwQ14Pn
>>118
何というか、沙汰の限りという眺めですな(苦笑)。

しかし、どうしてこう、泥棒・カルトタルチュフ・詐欺師・ペテン師どもの素性が株連蔓引状に
露見するんでしょうね。このスレは(笑)。

120 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/16(土) 18:23:31 ID:bu3rKu6q
>>117
>ほかの皆さん、どうおもいますか?

わたすが>>71に書いたとおりです。
唯識派というのは、そもそも部派仏教が発展していった、いわゆる大乗ですから、
中観派とは水と油です。
論理的に重なるとこはない。

あえて言うなら、中観における世俗諦にて論理矛盾において論理の構築をして逝く。
そもそも中観には主客の二項はないし(概念がない)
この論理自体を矛盾とする。

121 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 18:26:27 ID:la3eMtVU
>>109
通り過ぎようと思ったが、メタメタなので釘。

使役受働を単なる受働と言うのなら、使役要素を排除する反論であるのは明らか。
形態素の話題であると仕切らずに批判するのは順序が違う。

その後のことはかなり苦しんでいるようで。
”主語+補語(主語記述部分)”では補語の部分は広い意味での形容詞である。
これを形容詞化としてとらえることが出来ないという言語学説があるのなら教えて欲しい。

この観点で話しているのは明らかであるのに、各論で批判するのは妥当ではない。

122 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 18:28:04 ID:0R9XWnZG
カヤの外

すらも判らぬ

出禁バカwww

123 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 18:48:57 ID:aWk6nyA9
>>119
オマエモナ〜

124 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 19:33:07 ID:XlwQ14Pn
>>117
不当前提乃至誤謬命題の剔抉・破棄却下→中道の闡明・顕揚に他ならないものと考えます。

125 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 19:49:38 ID:VWUhRR5E
>>112
名詞→形容詞→名詞
なんていう経過で多樣な語義を持たせるなんていうことは
サンスクリットでは普通にあることですよね。

ものの属性を示す(したがって、名詞を修飾したり、主格補語となる働きをする)
働きを有する語(句)である、というのが形容詞という言葉の
通常の用法ですよね。

>なにより梵語では形容詞という品詞は用いません。
とあなたは言いますが、一方で辻文法を根拠に「形容詞」という言葉をつかっていますね。
梵語には形容詞という品詞を用いないのに形容詞という品詞に分類することは認めるわけですね。

チミの論は破綻していますよ。

126 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 20:12:51 ID:aWk6nyA9
>>125
おやおや、妨害電波男も相手にならって、無名でいくことにしたのかwwwww

127 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 20:17:04 ID:la3eMtVU
>>125
ppt が形容詞じゃないと言い出すかもしれませんよ。
この揶揄が彼に理解できるとは思いませんけど。(爆
主格補語には主格を記述説明する働きがあり、
言語を見る場合には形容詞としてとらえなければならないなどと話しているときに、
「形容動詞があるじゃないか!!」と横を向きながら走ってくるのが彼です。

128 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 20:36:14 ID:VWUhRR5E
>>127
笑っちゃいました。そこまでアホですか(爆。
中国語では文中に形容詞はない、定語だ、と言い出しかねない人だとは思っていましたが。

129 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 20:57:01 ID:aWk6nyA9
 中道も
 空語になりぬ
 年の暮れ

130 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:00:28 ID:oHoQ/4sl
>>118そんでURLで憶測なんだけどh田って電波の修士論文の経量部説をパクった奴?

おいおい、原田さんのように優秀な人が、電波男みたいな何も知らないヤツの修論なんかパクらないよ。
それに経量部説は、1992年にクリッツァーが発表してるよ。クリッツァーもパクったのかな? (笑)

問題の形容詞化というのは 「形容詞化とは形容詞にするノミに有らず」
<動詞語根から派生していくことを「形容詞化」>という意味だよ。
こんなことを主張する言語学があるなら証拠を出してみて。(笑)

>>121
  > 使役受働を単なる受働と言うのなら、使役要素を排除する反論であるのは明らか。
  > 形態素の話題であると仕切らずに批判するのは順序が違う。

無茶いうな。次のように対論者は始めから形態素(接辞)の話をしているだろう。それが分からないのが電波男。

  > 875 名前: 考える名無しさん 投稿日: 03/04/17 00:20
  > vi+√jJA+Ni+ktin
  > 使役辞の例外性はこれに準ずると思います。PAN.3.2.27
  > つまり、前接辞(vi)+語根+使役辞+女性抽象名詞接尾辞


131 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:02:46 ID:oHoQ/4sl
>>121
> ”主語+補語(主語記述部分)”では補語の部分は広い意味での形容詞である。
> これを形容詞化としてとらえることが出来ないという言語学説があるのなら教えて欲しい。

これまた惨いな。上の内容がどうサンスクリットの vijJapti に関わるのかな?
電波男は形態論、語形成、ヴィヤーカラナの vijJapti を形容詞化と説明しているんだけど。
何にも分かってないんだから黙ってた方がいいよ。

ちなみに<”主語+補語(主語記述部分)”>ってサンスクリットでどんな事例のことを指すわけ?

  > 主格補語には主格を記述説明する働きがあり、
  > 言語を見る場合には形容詞としてとらえなければならないなどと話しているときに、

一体、何を言ってるのかサッパリ分からないよ。普通の言語学用語を使ってくれ、学校英文法用語で
サンスクリットを説明しないでくださいよ。(笑) それができないなら サンスクリットで例を挙げて。


132 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:08:06 ID:oHoQ/4sl
>>125
>   >なにより梵語では形容詞という品詞は用いません。
>   とあなたは言いますが、一方で辻文法を根拠に「形容詞」という言葉をつかっていますね。
>   梵語には形容詞という品詞を用いないのに形容詞という品詞に分類することは認めるわけですね。

バカだな〜。梵語には形容詞という品詞あるか? じゃそのサンスクリット名を言ってみて?
破綻しているのではなく、君の知識と理解力がないだけだ。電波くん!

それより「形容詞化とは形容詞にするノミに有らず」 <動詞語根から派生していくことを「形容詞化」>
という意味の「形容詞化」ってのは誰が何処で述べてるんだい。

たぶん電波くんぐらいしかいないだろう。

133 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:15:31 ID:0R9XWnZG
空威張り

愚か加減は

おバカラスwww

134 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/16(土) 21:19:01 ID:XlwQ14Pn
フェスティンガーが標本に使用しそうな常連カルトタルチュフが粘着してますな(苦笑)。


135 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:22:53 ID:VWUhRR5E
>>132
おいおい、チミの発言がそのまままチミの発言自体を否定することに
「なってしまいますよ」、
と言っているだけですよ。


136 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:24:38 ID:la3eMtVU
>>128
な。何を揶揄られているのか理解しないだろうと言うのは当たりな。
電波の修士論文は確か1992年よりずっと前だったよな。

”主語”や”補語”が学校英文法用語だってよw

137 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:30:50 ID:oHoQ/4sl
>>136
じゃ、サンスクリットで補語ってどんな文法現象を説明するのか
例を挙げてくれ。簡単だろ。

クリッツァーもパクったってのか? 三流大学の修論を笑うよ。
内容は、知らんが例によって妄想と無知の集合と推測できるよ。

電波男は何も知らんからな

138 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:32:31 ID:la3eMtVU
>>135
こいつ、oHoQ/4slは外界の否定は外界の存在否定だと本気で思っているよ。
hを優秀だという辺り、本人じゃないのか?

139 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:36:23 ID:la3eMtVU
>>137
文法現象?なにそれ?意味わかってしゃべってる?
クリッツアー?なんのことを言ってるのかな?
三流大学?関係ないな。

140 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:37:11 ID:VWUhRR5E
>137 (oHoQ/4sl)
>117 に答えてくれ。そつちの方が本題だろ。

141 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:39:58 ID:oHoQ/4sl
>>139
まあ、大学は関係ないな。電波が無能なのはよく分かったよ。
知ったか、ハッタリ、自演ね。

補語のサンスクリットの例は挙げられないだろう。
間違いを認められず、浅い知識で誤魔化すいつものパターンですな。

142 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:42:27 ID:oHoQ/4sl
>140 補語のサンスクリットの例を挙げてくれたら答えよう。
簡単だろう。

143 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:44:06 ID:oHoQ/4sl
ま、ゆっくりやってくれ。風呂入ってくるから。

144 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:49:37 ID:VWUhRR5E
俺は>140とは別人だよ。
妄想癖があるんかい。

145 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 21:50:48 ID:VWUhRR5E
ごめん。アンカー間違えた。
俺は>136(la3eMtVU)とは別人だ。
自演妄想する癖があるようだな。

146 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 22:08:21 ID:la3eMtVU
>>142
あらゆる言語には補語がある。
文法現象ってなんだ?説明しろ。
言語現象として文法があるなんて言ってるから何も理解できないんだろうな。

質問に答えることが出来ないのか?

145さん。こいつはダメだ。使えない。

147 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 22:24:08 ID:la3eMtVU
>>143
本気で、主語や形容詞、主格補語、補語、修飾関係などの語句が学校英語文法であって、
言語学用語ではないと思ってる?特に比較言語学や生成文法では沢山目にするけど、
ソシュール系の言語学では補語について深い考察があるね。

勿論、特定言語限定でないのはあんたも理解できるね?主格補語や結果補語という文法概念が
サンスクリットでは存在しないとしても、言語学的分析では適用される。

"iyam atra dharmatA"ではiyam が主語で dharmatA が補語であると分析される。

ここまで説明させるな。サンスクリット文法じゃないぞ。生成文法で一時言われていた普遍文法といわれる概念だ。
もっとも言語学界で、補語についての決着がどうなったのかは私は知らない。

148 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 22:42:17 ID:la3eMtVU
oHoQ/4slの主張

補語となる語句がサンスクリットには存在しない。
なぜならサンスクリット文典には補語と言う概念が存在しないから。
だからサンスクリットには補語が存在しない。

註)「補語」を「形容詞」に置き換えても同じ

このように分解したら、流石のoHoQ/4slも赤面するであろう。
これでもわからないのなら、サンスクリットや言語学を語ることはやめたほうがいい。
笑われるだけだから。

149 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:09:20 ID:oHoQ/4sl
>   認識が成立するためには外境が実在しなければならない、という有部や経量部の
>   主張を論主は否定します。

これで十分『二十論』の目的は法無我へ至るための方便としての唯識でしょう。
つまり知覚以外にない。ブッダの領域はあくまで表現不可能であって最後に説かれるように
『二十論』の記述対象とはなってない。それは世俗の外界とは全く別のものなのだから。
そんなことも分からないの?

150 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:10:47 ID:oHoQ/4sl
ありゃ〜、逆になっちゃった。まあ、いいや。いや、風呂はいいね〜。
別に他人でもいいよ。電波本人かどうかしらんが、擁護してることには変わらないだろう。
電波擁護派で一括りだよ。

なんだ生成文法で説明すれば「あらゆる言語には補語がある」か、厳しいな。
確かに生成文法では Comp を用いて文法を説明する。
日本語にも用いている、それが生成文法の欠点だと思われる。
つまり統語解析する時に、英文法の概念をあらゆる言語に押しつけること。
日本語、サンスクリット、チベット語などに補語なんて文法概念導入しなくていいでしょ。
オッカムの剃刀を適応すべきである。

ところで生成文法では普遍文法という概念を何時、誰が放棄したんだい?
MP でもチョムスキーは放棄してないけどね。
ベイカーとかは言語の周期表とか言って、P&Pで突っ走ってるけど?
ラドフォード、ジャッケンドフ、福井、黒田、一体だれよ UG 放棄したの。
オイラ、生成文法結構知ってんだけど。


151 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:17:41 ID:oHoQ/4sl
しかし、電波男は、いつもながら間違いを認めずに変な知識を使って論点を変えてくんだよな。

それで普通の人はいやんなっちゃって、論じることを止める。
するとどんなに論破されていても、勝ったことにしちゃって間違いは認めない。

別に勝敗はどっちでもいいんだ。でも問題は間違いを認めないで、人にそのまま吹聴するとこ。アホダラさんとか少数だけど信者がいるでしょ。

もっと怖いのはロムってる人が信じちゃったりすること、そのためにきっちり間違いを正そうと思ってます。時間がないから毎日書けるわけではないが、きっちりやりますよん!

152 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:19:34 ID:la3eMtVU
>>150
生成文法だけじゃないんだけどな。
そんで、補語の概念を導入しないくても好いと言う根拠は?
だれが普遍文法と言う概念をチョムスキー学派が放棄したと言ったんだい?
読解力の無さが現れているね。
「サンスクリット文典には欠点がないと君は断言したね」と言っちゃう、結果先取りと同じぐらいの屁理屈だな。

それから、何一つ答えてないね。

153 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:22:20 ID:la3eMtVU
>>151
今日の間違いだけでも認めて謝罪したらどうなんだ?
質問にも答えていなし。

私は電波ではないよ。言っておくけど。

154 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:31:29 ID:aWk6nyA9
妨害電波男、いつもの手口 wwwww・・・・
分身撹乱戦法、もちろん真+信はない。

155 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:32:17 ID:oHoQ/4sl
>>152 「補語の概念を導入しないくても好いと言う根拠は」簡単だ文法は記述できればいいからだ。
不要な概念など導入しなくてもよい。

「だれが普遍文法と言う概念をチョムスキー学派が放棄したと言ったんだい?」君だよ。
ほれ「生成文法で一時言われていた普遍文法といわれる概念だ」
ところで「普遍文法といわれる概念」で「補語であると分析される」とはどうゆうこと?
普遍文法の意味、分かってないな?

  >「サンスクリット文典には欠点がないと君は断言したね」と言っちゃう、結果先取りと同じぐらいの屁理屈だな。

何言っての? 大丈夫?

「それから、何一つ答えてないね」言うだけは只だから、とりあえず威勢よくして、いつもの印象操作ですか?


156 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:41:39 ID:la3eMtVU
>>155
補語と言う概念が不要であるということの説明がまだなんですよ。

以下、すべて逃げですね。答えられないのですか?
偉そうなことばっかりじゃなくて、答えられるよな?

ちゃんと説明しなさい。出来ないのなら、謝罪しなさい。
じゃ、これから行きましょう。

外界の否定が外界の存在の否定であることを証明してください。
出来るよな?ああ?

157 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:46:07 ID:oHoQ/4sl
>>153
おいおい、何間違ったんだ? 質問には全て根拠を挙げて答えたよ。
君は、根拠は出さず主張だけですな。いつものように。
電波男の主張は、何かなら何まで間違いだらけなのが、よく論証できたよ。

「今日の間違いだけでも認めて謝罪したらどうなんだ? 」電波男の十八番。
電波男こそ、沢山の間違いきっちり「認めて謝罪したらどうなんだ? 」

1.『唯識二十論』は外界(artha, don, 外境)を認める(=否定しない)という間違い
2.『唯識二十論』を「外界の存在そのものが直接そのまま認識されるわけではない」と間違い
3.『唯識二十論』に勝手に iti を挿入した間違い
4. vijJapti=「使役受動」「認識された」という 間違い
5. vyavasthApyate=「言っている」という 間違い
6. 「形容詞化とは形容詞にするノミに有らず」という間違い

> 私は電波ではないよ。言っておくけど。

そ え は ま っ た く と お り ま せ ん(笑)

法律電波少女バスタちゃんとかに変身してくんないかな、どうせなら

お も し ろ い か ら

158 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:50:11 ID:oHoQ/4sl
>>156
そりゃ、君が勝手に納得しないだけだ。
無理言うなよ。クレマーくん。
それでは、またな電波くん。きっちり間違いを認め、自分の能力を自覚するように。
たいした能力じゃないんだから、UG とか知らないのに言っちゃだめでちゅよ。

159 :名無しさん@3周年:2006/12/16(土) 23:57:06 ID:la3eMtVU
>>157
もう滅茶苦茶だね。自分がどれだけ馬鹿やってるのかわかってるのか?
君は論点拡張することしか知らないんだね。

その列挙部分はすべて誤読だと思うよ。

まず、「補語が形容詞となる」ことを君は否定したと言うことになっちゃうよ。それでいいのか?
私は電波ほど優しくないよ。論点拡張して逃げても追い詰めるよ。

160 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 00:18:54 ID:Y1hboUNi
>>159
じゃ、最後に。「論点拡張」したのは君でしょ。サンスクリット文法から一般文法に飛んだ。
言語学的に問題なのは<動詞語根から派生していくことを「形容詞化」>と呼ぶかどうかだ。
それについて君は全く触れず、サンスクリット文法から一般文法であるという断りもいれずに、
「”主語+補語(主語記述部分)”では補語の部分は広い意味での形容詞である」と言った。

もちろん英文法において「補語が形容詞となる」ことは認めますよ。
しかしサンスクリット文法に補語という概念は必要ないし、
例文のiyam atra dharmatAの 補語とされた dharmatAは形容詞ではない名詞だよね。
しかも問題となっている vijJapti の形態論の問題とは全く関係ない。
形態論の話ではない、統語論の話にすり替えたわけだ。

>その列挙部分はすべて誤読だと思うよ。

自称言語学者と同じだね。印象操作じゃなくきっちり、論証したらどう。1.での君の論点は分かったから、
それ以外はどうよ。証拠を挙げて論証したら答えよう。


161 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 00:29:22 ID:ZRxkkkOl
>>160
あれ?ものすごいすり替えがおこなわれているね。
では、主語を修飾する語句(補語=dharmatA)はシンタックスからみて名詞であると主張するのかな?
単語一語をとらえた場合は名詞であると言ってもよい。
しかし、シンタックスの中で意味をとらえるときに一語にとらわれ文意を外すのはおかしいな。
三界(主語)+唯識(述語=補語)を考察するときに、唯識=名詞と考えるのかな?

まだ何を揶揄られているのかわからないのかな?

162 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/17(日) 01:46:52 ID:bHaacvQx
>なんだい言語学で「形容詞化」(笑)なんて用語聞いたことない。全く言語学的ではない。
この発言における“言語学”の範疇を梵語が対象今更言い募っても、見苦しい“アドホック虚偽”の標本にしかなり得ません。
>>115
>>117
への“論駁”は不可能ってことですか。
尚、当方は如何なるものであれ、所謂“神学”には全く関心を持っておりませんし関知致しません。悪しからず。



163 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/17(日) 01:48:41 ID:bHaacvQx
訂正
梵語が対象今更言い募っても→梵語が対象であると今更言い募っても


164 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/17(日) 06:42:13 ID:kh1sHjyu
>>149
まあ簡単にいうと、そういうことになりますね。
論旨は、俗諦と空諦の二諦において解釈せにゃならん訳です。
二諦あいまって中道ですから、
偏せざれば法にあらず。
かように調うてくだされば宜しい。

165 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/17(日) 06:55:06 ID:kh1sHjyu
(つづき)
>論旨は、俗諦と空諦の二諦において解釈せにゃならん訳です。

とは言っても、ただ解釈するには凡夫には至難だから・・・
そこが”宗教”たる所以なんでしょう。
空諦へと透過していくには菩提心において成されるわけですから。
疑なくば大義もなし。

166 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 09:31:10 ID:vgrXjCTO

  看よ看よ臘月(ろうげつ)尽く

167 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 11:11:05 ID:uy4O4oJm
頭数

入れてもらえぬ

出禁バカwww


俗世にも

シカトされてる

出禁バカwww

168 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/17(日) 11:54:32 ID:bHaacvQx
“みのもんたF田”とその一味(H田もその構成員?)やらの旧悪露顕組連中が
粘着し跳梁跋扈して居るんですかね。見苦しいことこの上ない眺めですな(苦笑)。

まあ、かかる輩どもは世間からさっさと粛清排除されるべきでしょうが。

169 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/17(日) 12:15:30 ID:bHaacvQx
オイラ
なる自称。
どうゆうこと?
なる1980年代コピーライター(笑)状の言い回し。
かてて加えて素朴二諦論(笑)。

とすれば昨日のID:oHoQ/4sl&ID:Y1hboUNは
夏炉冬扇のニューアカ幇間型芸風の自称中観派チベット行者だな。
まだ生きてたのね、この人(笑)。


170 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/17(日) 15:44:15 ID:bHaacvQx
いずれにせよ、憂き世を渡っていくにあたり、タルチュフどもを一絡げに放逐排斥して行く
必要は常に発生しているものと理解します。

171 :オルゴン:2006/12/17(日) 17:12:10 ID:vgrXjCTO
>>170
 菩提心なき仏教悪趣味者の太鼓もちアホ陀羅スネオから
“タルチュフ”呼ばわりされたのでは、
モリエール先生も(苦笑)せざるをえまいぞ、アホ。

 おまいは業報輪廻を信じてんだから、アホ輪廻決定!だな wwwwww

172 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 17:25:28 ID:uy4O4oJm
遣る方も

無しにわめくか

おバカラスwww

173 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/17(日) 18:06:41 ID:kh1sHjyu
「あした待たるるその宝船」。→赤穂浪士の句
まあ、ここまで逝けば殆ど悟ってる状態なんだろうけど。>>166参照
つまり菩提心というのは生死を超越した覚悟のことだね。
生死あらずんば、もはや輪廻の迷いなどあろうはずがありゅらん。

生の歓喜こそ、逆説的な死の覚悟なんだけど、
こういうアカデミックな法門というのは、凡夫には足し難いんだろう。
「もはやこれまで」とか、そこまでの諦観がないとね、
彼岸には逝けんかとおもうよ。

ちなみに私は「除夜の鐘」を聞いてメクラが治ったけどね、
眼が開かんと、どうにもならんのだよ。


174 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 18:30:36 ID:uy4O4oJm
殺盗淫

何でも桶の

出禁バカ

175 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 21:14:01 ID:eWJ3qTvV
>>114
還梵でしたか。気づかずに失礼しました。

>>117
その引用されている部分は、>>63の2の梵文の直前の部分ですね。
ここは現代語訳を読んでいたときに、チェックしておいたところです。
唯識二十論について述べるときの例として挙げようと思っていました。
他にも印を付けてある所は多数あるのですが、原文の雰囲気を知る方を先にしてたので
所見を書くのが遅れています。

> 仏陀たちの(認識の)対象であるような、表現を超えた本性としては、ものがないというわけではない。
>>149で反論が書かれていますね。
> ブッダの領域は…『二十論』の記述対象とはなってない。

熟読していない段階なので、コメントはこれくらいで。

176 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 22:13:50 ID:1cHW1DvT
>>175
ところがその仏陀の領域を記述するのが二十論の目的なんです。
論の最後に次のように記されています。

世親が二十論でのべたこの教えについて、
「では、この教えは完全な形としてはだれの認識領域であるかというと、
仏陀たちの認識領域である。
完全な形態としては、この教えは世に尊き仏陀たちの認識能力である」

以上、梶山雄一訳です。

177 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 22:27:20 ID:bs69PUzp
仏陀の認識領域を記述するのではなく
それがなぜ記述できないかを説明するものでしょう。


178 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 23:35:49 ID:Y1hboUNi
>>161
すり替えは、君だろう。あの文脈で形態論以外の話に持ち込むのは?としか言いようがない。(/_;)
そういえば山口瑞鳳のトンデモ説「二表現位相」によって<インド系言語の「存在」にかかわる語彙>
を説明できるなんて言っていた何にも知らないのに兎に角・偉そうな自称学者がいたんだけど。
まさか電波の自演でなく本当に学者じゃないよね。何にも知らなすぎるから。

>   では、主語を修飾する語句(補語=dharmatA)はシンタックスからみて名詞であると主張するのかな?
>   単語一語をとらえた場合は名詞であると言ってもよい。
>   しかし、シンタックスの中で意味をとらえるときに一語にとらわれ文意を外すのはおかしいな。
>   三界(主語)+唯識(述語=補語)を考察するときに、唯識=名詞と考えるのかな?

あ〜あ、学校英文法の基本も知らないようだ。補語は形容詞だけじゃないよん。名詞も補語になれるんだけど。
なんにも知らないな。I'm a man. SVC/manは名詞だよ。形態論と統語論をごっちゃにしてるね。
http://www.oup.com/oald-bin/web_getald7index1a.pl
3 (grammar) a word or phrase, especially an adjective or a noun,
that is used after linking verbs such as be and become,
and describes the subject of the verb. In some descriptions of grammar it is used
to refer to any word or phrase which is governed by a verb and usually comes after the verb in a sentence:
In the sentences ‘I'm angry’ and ‘He became a politician’, ‘angry’ and ‘politician’ are complements.

dharmatAも唯識も名詞に決まってるでしょ。

「三界(主語)+唯識(述語=補語)」と統語論で解釈すると補語だから形容詞化されると言いたいのか?
そんな珍説、誰が言ってるの? とにかく君は言語学以前に学校英文法でもおさらいした方がいいよ。
本当に学者なら学生に珍説、吹き込まないでよ。で「学生はバカで何にも分からん」とか言ってたりして。(^◇^)


179 :名無しさん@3周年:2006/12/17(日) 23:45:26 ID:Y1hboUNi
>>164
賛成してくれてありがとうございます。ですが唯識では二諦をあまり言わないですね。

>>175
いえ、どういたしまして。多分、『二十論』解読できましたら所見をお聞かせください。

>>176
何んでそう読めるかな? >>177 さんが仰るようにその直前に逆のことが書いてあるでしょ。


180 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/18(月) 01:01:12 ID:ueamvEG5
『世親』(講談社学術文庫)所収の『唯識二十論』冒頭部分の和訳と訳註を参考までに。

大乗では「三種の〔現象〕世界(=三界)は唯だ識のみである」と主張される。なぜなら「ああ、勝者(ブッダ)
の子(弟子)たちよ、三種の〔現象〕世界は唯だ心のみである」と経に説かれているからである。
心と意と識と了別(*)とは同義語である

(*)了別(vijn~apti)とは、「知る」という動詞vi-jn~a~の使役形から作られた名詞形であり、「二つにわけて(vi)
知らしめること(jn~apti)」というのがその原意である。すなわち心が主観と客観とに二分化し、その対立の上
に具体的に行われる認識活動一般を意味する。瑜伽行唯識派は好んでこの語を用い、「唯識」と言われる
場合の識はほとんどvijn~Anaではなく、このvijn~aptiである。心はかならずなんらかの対象を表象としても
ち、その存在を自己自身に知らしめている。という観点からこの語を重要視したのであろう。「識別」「記識」
「表象」と和訳する例を見るが、ここでは玄奘訳の「了別」をそのまま用いたが、以下は識という訳語に統一し
た。

181 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/18(月) 01:17:36 ID:ueamvEG5
> 動詞派生で形容詞化する場合、例外を除いてほとんどが受動のニュアンスをもつのはどの言語でも同
> なのです。またその語の中に受動の意味が含まれてくるのは周知の事実です。
という言語学者さんの発言に触発されて書き出したのが、>>83の用例です。


182 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2006/12/18(月) 01:43:21 ID:clU9M7D4
ここは言語学のスレでつか?

183 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 07:49:04 ID:Z224YFIk
>>178
あんた、また同じ過ちを犯してるね。
サンスクリット文典だけで話していたときと同じ。学校英文法の話をしているのはあんただけ。
S+Vの補語が統語論的に名詞だという珍説があるのなら示してくれ。
名詞が名詞を修飾するんだな?あんたの珍説によると。

184 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 09:02:18 ID:x2JtvFsK
>>178
>>183
コテハンで書き込み汁

185 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/18(月) 09:06:20 ID:IYYK/+4I
>>179
>ですが唯識では二諦をあまり言わないですね。

なるほど、そうでしたか。
>>180
まあ、ようするに「了別」というのは色即是空の「色」のことだね。
心作用のこと。
五蘊は色であり、即空である。→五蘊皆空


186 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/18(月) 09:36:30 ID:HYS9KxvG
ちなみに>>180の和訳&訳注は横山紘一氏によるもの。
書籍本体は、三枝充悳氏名義になってますが・・・。


187 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 10:01:05 ID:CVb91Lsu
出禁バカ

訳もわからず

恥晒しwww

188 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/18(月) 11:28:50 ID:IYYK/+4I
>>186
>和訳&訳注は横山紘一氏によるもの。

そうでしたか。
どこかの大学で教鞭をとっている御仁ですか?
まあ、そういうことはどうでもいいですけど・・・

>すなわち心が主観と客観とに二分化し、その対立の上
>に具体的に行われる認識活動一般を意味する。

これは間違いですね。
というか、こんなこと考える人はいないですね。
対立はしないです。
十二処を考えたら中学生でも分る。


189 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 11:40:06 ID:CVb91Lsu
死に体で

支離滅裂の

出禁バカwww

190 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 13:13:41 ID:akXiTFpa
>>180
 >すなわち心が主観と客観とに二分化し、その対立の上
 >に具体的に行われる認識活動一般を意味する。

 おい、阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ よ、おいらみたいな無能者にも
 解るように解説してくれ。西田の純粋経験が発展してゆく過程のことを
 言っているのか?誰が「心を」主観と客観に二分割するんだ、なんのこっちゃ?
 こんなトンデモ文言を理解できる奴がいるのか?なんぼ西田でもここまで
 アホはいっとらんと思うが・・

191 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 13:31:33 ID:CVb91Lsu
基地害も

タケナワなるか

おバカラスwww

192 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 13:38:06 ID:Z224YFIk
>>190
その文章は横山先生で、元になるのは瑜伽行唯識派の中の一派の説。

193 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/18(月) 13:45:24 ID:HYS9KxvG
>>192
「安・難・陳・護、一・二・三・四」でしたか・・・。

194 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 14:11:38 ID:8VyW5UcL
>>183
まず自分で根拠を示そう。何も示してないですね。

195 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 14:30:01 ID:t6Dw/xL3
まぁ、でんなみお氏がどこでも同じやり口なのは分った。
オカ板住人としては。

196 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 18:06:38 ID:XB8mSRLw
dazabhUmizvara
梵文大方広佛華厳経十地品 近藤隆晃 校訂 中山書房 昭37
大乗の實現(梵文十地経現代語訳註) 川瀬光順 冨山房 昭17

197 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 18:37:50 ID:Za8pKSda
vizeSa

syntax 統語論。文の構造について論じる
morphology 形態論。語形の変化について論じる
phonology 音韻論

ゴンダの語彙欄から
vijJapti-, s. f. 身分の低いものの高いものに対する話しかけ。
jJA-, IX, jAnAti 知る; viと共に, 使役動詞 人に知らせる。
これを見ると、vijJA- は使役動詞の扱いのようですね。

198 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 19:04:23 ID:pzG7ZdFd
根拠は示さず罵倒だけしとけば
とりあえず何があっても絶対に論破だけはされないからなw

199 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 20:56:51 ID:6mkdzLiC
《jJAti の指すもの》
@知る対象←(A知る行為)←B知る者

kRt- 接尾辞 -ti は、行為者名詞ではないからBではない。行為名詞としてA、
さらに具体的名詞として@(近親)を指すようになる。(gati 行路・出口, kSiti 住居, etc.)

《vijJapti の場合》
@知る対象←(A知る行為)←B知る者(使役対象)←(C使役行為)←D使役者

本来はC('令他'…無表), Bを指すが、使役行為よりも
焦点が対象の方に移り、A(心意識等), @(外塵/似塵識生)を指すようになる。
同じものを指しているようだが、CDが背後に控えている点が jJAti とは違う。

いずれにせよ、知る対象と知る者の関係は、後者からは「知る」という能動、
前者からは「知られる」という受動の関係が生じる。

・・・などと考えてみました。
焦点が移る理由は、使役の意味合いが薄れることによりますが、
まとめるのに時間がかかるので(9割方は入力済み)、明日、書きます。

200 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 21:28:06 ID:+2LZ8Zxk
お話中ですが
>>4
http://www.tipitaka.org/tipitaka/booklistframe2.html
このページ皆さん文字化けしませんか?
上のフレームが駄目みたいですがソースを見ると上下のフレームのフォントの指定、矛盾していない?

201 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 23:40:28 ID:Ba32xYgf
>>183
ほいさっさ、有名なホーンビーの Guide to Patterns and Usage in English では、
1.32で主語+be+補語の文型として名詞が補語となる例として This is a book. 等が挙げられ、
1.33では形容詞が補語となる例として It was dark. が挙げられている。
また何れも修飾/被修飾関係ではなく、名指し、指示ですね。

『チョムスキー小辞典』ではGB理論の概要を述べた箇所で、78頁
+++++++++++++++++++++++++++++++
文法現象の中には、全範疇にではなく、ある特定の類の範疇のみに限って見られる現象がある。
たとえば、後に見るとおりVとPは格付与能力を持つが、AとNは持たないとか、N"とP"は分裂
文の焦点の位置に生起できるがV"とA" は生起できないといった現象がある。
It was [N" your book about the double helix] that I wanted.
It was [P" under the chair] that I think i left my coat.
*It was [V" go home early] that John did.
*It was [A" very angry at me] that John was.
+++++++++++++++++++++++++++++++
     V:動詞 P:前置詞 A:形容詞 N:名詞 *:非文
とSVC構文で明らかに名詞と形容詞を分けて扱っているし、文法現象に差異がある。
さらに補語という概念を用いない文法もある。補語なんて絶対的な文法用語ではないのである。

では、今度は君が根拠を明示する番ですよ。できないならもう無理しないように。

沈黙したとこみると君はどうやら「二表現位相存在語彙」君らしいが、その説は放棄したなら、
感謝するように

202 :名無しさん@3周年:2006/12/18(月) 23:47:24 ID:Ba32xYgf
>>180  >>197
その説は、古く宇井さんが唱えたもの。ただし表/rnam par rig byed pa しか説明できない。
識/了/rnam par rig pa に適応する説を語形成、ヴィヤーカラナに添って解説した後で、
なんでそんなゴンタとか横山さんを引用するのでしょうか?


203 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/19(火) 00:51:38 ID:HhpjCiIF
天竺の言の葉に「たとへなり」なるを無しと見ゆ烏滸を眺めて

いにしへの ふみことのはに みえぬとて などそのこころ なしと思はむ



204 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/19(火) 01:13:46 ID:HhpjCiIF
キより、ゑづくろしきゑびすを見て
辺土にて 養はれしか ことのはに 受け身の体も なしは烏滸なり

205 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/19(火) 06:58:13 ID:oPCNkHoa
>>199
>いずれにせよ、知る対象と知る者の関係は、後者からは「知る」という能動、
>前者からは「知られる」という受動の関係が生じる。

いわゆる唯識派というのは、論理的整合性を構築して逝くのが特徴かと思います。
このために心血をを注いで、一生この難題に悶絶しつつ最期を遂げる。
というのは、
私はアホダラ氏において既に感づいておったのですが、
やはり、その勘は当たっているかと思います。

これはつまりは簡単にいいますと、帰納と演繹の違いですから、
法の側面からの考究は随分勉強になりますね。

>明日、書きます。

そうですか。
じゃあ、私は貴殿の論説を楽しみにしちょります。




206 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 07:15:45 ID:z99U3Wk7
>>201
また外してるよ。
それともわざとか?

207 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 08:37:35 ID:z4cLp5rC
いいかげん形容詞化がどうこうというやりとりはうざい。

双方の言い分を聞いていたが要するに「形容詞化」をどう定義するかが
双方で違うというだけだろう。
一方は普遍言語を持ち出し、
どんな言語でも形容詞化はあると言っているようだが、
最初に言い出したほうはその意味で指摘していない。
これではどちらもその定義内では間違っていないので決着はつかない。
つまり

どっちもどっち。


208 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 08:55:09 ID:3TgPR5d3
話される

中身判らぬ

出禁バカwww

209 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 10:00:44 ID:bYlST2Zg
 これを言っちゃーおしめーかもしれんが(叩かれるだろうが)、
唯識の「識の構造」と「四分説」−主客未分世界のごちゃごちゃ説明は、
原始仏教的立場からすれば、実践的にはヴィパッサナー瞑想のsati(サティ)で
実在(事実)=ダンマに迫り、事実と妄想を峻別して清浄道を実践することで尽きている、
余計な無駄思考・知識だと思う。ブッダからは「あんたらアッフォでっか?」と言われかねん。

 同じやるんなら、日本の西田哲学や鈴木大拙のほうがオモロイで。

210 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 10:27:57 ID:ByiLX2My
>>207
一方は全然根拠を出してないよ。>>206のようにはったりだけ。




211 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 11:11:50 ID:3TgPR5d3
基地害に

加え外道か

おバカラスwww

212 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/19(火) 11:26:02 ID:eoo1EEqU
>>207
少なくとも一方は、
> 動詞派生で形容詞化する場合、例外を除いてほとんどが受動のニュアンスをもつのはどの言語でも同
> なのです。またその語の中に受動の意味が含まれてくるのは周知の事実です。
という前提で語っていますよ。

213 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 12:44:45 ID:ByiLX2My
>>212
だからそれをフォローする典拠、根拠が示されてないですけど。
それを示さなきゃ始まらないでしょ。それが反証可能性であって、
それがなければまさに誰かが言ったアドホック虚偽なんだけど。


214 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/19(火) 12:47:27 ID:eoo1EEqU
毎度の子供騙し複問虚偽に反応して貰えなくてタルチュフはおかんむりのようですな(冷笑)。

215 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/19(火) 13:14:59 ID:eoo1EEqU
タルチュフ発言。
>なんだい言語学で「形容詞化」(笑)なんて用語聞いたことない。全く言語学的ではない。
一般向け辞書レヴェルの事例は「全く言語学ではない」とでも?
そうか、日本語は「タルチュフ言語学」の対象外なのか・・・(苦笑)。

216 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 13:39:36 ID:z99U3Wk7
>>210
根拠がわからないのなら、あんたも201と同じ。

S+Vの構文をすべての英語に敷衍して、考えるところにすり替えが生じているのです。
つまり、指示代名詞や " It (be) that "などの形式主語を持ち出すのは筋違いであると見抜くべき。
二表現位相?なんの事?山口瑞鳳嫌いなのかな?

217 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 14:32:14 ID:ByiLX2My
>>216
そんなこと言ってないでここに書いてあると書けば済むんだが、出せないのはなんで

218 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 15:01:59 ID:MhzQ5o9/
腐女子ブロガーを落とそうとしてるキモヲタのブログw
http://plaza.rakuten.co.jp/snplz/

219 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 16:57:52 ID:TRJMvdO4
>>202
vijJapti のチベット語訳2種類の一つである、という限定を離れて、チベット語単独で見た場合、
rnam par rig pa の rig が、能動態なのか受動態なのかは、前後の文脈で判断せざるを得ない、
という理解でよろしいでしょうか。

220 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/19(火) 18:03:21 ID:oPCNkHoa
>>219
>能動態なのか受動態なのかは、前後の文脈で判断せざるを得ない、
>という理解でよろしいでしょうか。

能動態とか、または受動態とか、普通は考えないでしょうね。
学者というのは「飯の種」にいろんなことを言うとりますが、
まさかこんなことを本気にしとる訳じゃないでしょ?
縁起に能動態も受動態もないかと思います。

まあ、これが唯識派ということなら、私は謙虚に学びとう御座いますが・・・
なんだか、西田京都学派とか鈴木大拙なんかが妙に光ってくる気がしますが。
わたくしの思いすごしでせうか?


221 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 18:29:19 ID:3TgPR5d3
飯の種

尽きて手詰まり

出禁バカwww

222 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 20:38:12 ID:ZVwXOCnj
>>199 この【vijJapti の焦点の移動】という着想は、辻文法の次の3箇所の記述から得られました。

p.174 Caus. は…形態のみこれに属し、【使役の意味を失っ】た場合も少くない。
p.175 p-caus. と呼ぶが、これも【使役の意味を失う】ことがある。
p.120 dhAtupATha「語根集成」によれば、10類に属する語根の数は【非常に多い。しかし】
{[本来の10類動詞]すなわち【他の動詞に属することなく・使役の意味をもたないもの】}と、
[Caus. 或いは Den. ]とが【混同され】、かつ 【Caus. が使役の意味を喪失する傾向が強まった】
結果、【ますます区別があいまいとなった】ためである。
〜〜〜〜〜
次に、KRt 接尾辞(-tiが属す)の項にある、
p.210 第1次派生語は…時には動詞の語幹 (… caus. 等)を基礎とする。

これから vijJapti の vijJap- が使役形の語幹であると見てもよい、と思われます。
〜〜〜〜〜
以上、2つの点から考えると、
p.120 の記述に示唆されているように、また梵英辞典などにも採録されていないように、
使役の意味がないという語根 jJap- を想定せずとも、解釈が可能なのではないか、
いやむしろ、使役の意味をも含意する jJA- -> jJapaya- 系の語幹を背景として持たなければ、
vijJAti との差別化は不可能なのではないか、・・・という発想によるものでした。

《付記 使役と p の残留とについて》
受動、jJA-ya-te 彼は知られる
使役、jJA-p-aya-ti 彼は知らしめる;彼は教える・知らせる
使役の受動、jJA-p-ya-te 彼は知らしめられる;彼は教えられる・告げられる(使役の意味は失われていると見なせる)

のように使役形から受動形を作るときも、aya は取り去っても p は残します。
これで、単なる受動の jJAyate と区別できます。また、辻 p.196 で、
過去分詞 jJap-ta は caus. jJapayati 系からの派生とされています。

223 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 23:27:49 ID:XMIZ6UmZ
阿呆陀羅經さん、相当愚鈍なのか、不誠実なのかのどちらかですよ。
つまり彼らの言う「形容詞化」の特殊性を私が明らかに指摘したのに分かってないのか、
あるいは分かっているのに敢えて無視して一般的な「形容詞化」の意味で反論しているのか?
>>212
> 動詞派生で形容詞化する場合、例外を除いてほとんどが受動のニュアンスをもつのはどの言語でも同
> なのです。またその語の中に受動の意味が含まれてくるのは周知の事実です。
>>215
>なんだい言語学で「形容詞化」(笑)なんて用語聞いたことない。全く言語学的ではない。

両方とも根本的問題なんですけど。既に >109-112 で詳しく説いたように、
何かの派生で形容詞になることを「形容詞化」と呼ぶことを問題にしているのではないんです。
「形容詞化とは形容詞にするノミに有らず」名詞である vijJapti が
<動詞語根から派生していくことを「形容詞化」>と言語学で呼ぶことと、
「形容詞化」されるから vijJapti という「語の中に受動の意味が含まれて」いることが問題なのです。

vijJapti には「受動の意味が含まれて」いないことは使役形態の「表」、非使役形態の「識」の
どちらにしても明らかです。

そしてvijJapti のような名詞であっても<動詞語根から派生していくことを >「名詞化」と呼ばず、
「形容詞化」と言語学で呼ぶことは聞いたことがなく、私が知る限り全く言語学的ではないのです。
それを言語学的だというなら証拠を明示しなければならないでしょう。

常識的に変だと思いませんか?

224 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 23:30:15 ID:XMIZ6UmZ
>>216
へ〜、分裂文や外置構文は例外ですか。
じゃ同じくホーンビーの Guide to Patterns and Usage in English 1.32で
主語+be+補語の文型として名詞が補語となる例として His father is a lawyer. も挙げられてます。
これでいいでしょう。では、貴方の説の典拠を示してください。一週間以内に示せないならハッタリ決定ですよ。
典拠を示めさない限り、もうこの点については無視しますので、そゆことで。

「二表現位相存在語彙」君じゃなかったの、それは失礼。


225 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 23:30:50 ID:XMIZ6UmZ
>>219
「rnam par rig pa の rig が、能動態なのか受動態なのかは、前後の文脈で判断せざるを得ない」

ご質問の意図が分かりません。「rnam par rig pa の rig」では√ jJAは「能動態なのか受動態なのか」と
聞いているのと同じです。

既に>>64で言ったようにrig-pa とした場合、不定で能動でも受動でもありません。
能動/使役: rig byed 受動: rig bya 行為名詞の場合は特に rig pa po と言ったりします。


226 :ブッダ:2006/12/19(火) 23:40:07 ID:bYlST2Zg


あんたらアッフォでっか?

227 :名無しさん@3周年:2006/12/19(火) 23:54:13 ID:XMIZ6UmZ
>>222
なるほど √ jJAで使役の意味を失った形が jJapti という訳ですね。それは李さんも検討しています。

ですがそうなると次の問題が出てくると思います。
jJApaya という使役語幹で使役で用いられていない例がなければならない。
ところが一般に jJApaya は使役語幹で使われており使役の意味を失った形が jJapti という可能性は低い
と思われます。まあ、これに関しては vijJapti が同じな訳ですから、意味を蔵漢から確認して
誤らなければいいと考えます。要するに語根がどちらであるかは、さほど重要でなく、
vijJapti が表象の意味で使われているか、知覚の意味で使われているかを誤らなければいいと思います。

受動態から派生した場合は、形態の問題と、蔵漢に受動の意味が見られない
という二つの理由から、考えられないと思います。

つまり jJapti に受動の意味は求めることはできない。これは間違いないでしょう。


228 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/20(水) 02:39:59 ID:FdgUFL5w
汚穢タルチュフ言明は、
>なんだい言語学で「形容詞化」(笑)なんて用語聞いたことない。全く言語学的ではない。
ということ。言語学に対する非常に明確な言表。アドホック虚偽に変わりなし(失笑)。
ゑづくろし いと穢らはし ゑびすごと

229 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 06:20:33 ID:i4PlWLhH
>>223で意味がやっとわかった。
そりゃ阿呆陀羅經が単に言葉の揚げ足取りしてるだけだな。
子供のけんかレベル。

230 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/20(水) 06:59:43 ID:p7bswz1D
>>223
アホダラ氏は間違いを指摘されますと、一応はハッタリをかまして逃げます。
そして頃合いを見計らってコソリと訂正風な書き込みをし、
(机龍之介に同意の意思表示)
慌ててスレの流れを遮断しようとしますねw

これを私は何度もやらされてますから(ニガワラ

以後、アホダラ氏は机とは絡まんよぉになりましたよ。
( ゚∀゚)アーーッハッハッ八ッ八ノヽノヽノヽノ \ / \




231 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 08:04:56 ID:3ni6Vg+E
>>228
不誠実だとハッキリ分かった。もう誰も電波擁護派以外は貴方の言葉は信じないだろう。

232 :莫迦牟尼佛 ◆6.4oHoukEI :2006/12/20(水) 09:17:50 ID:XoIUtSa9
全員トイレ掃除でもしとれ

233 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 09:57:08 ID:reW4epgQ

 乾尿橛

 もとめもとめて

 臘月尽きる
 

234 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/20(水) 13:50:31 ID:FdgUFL5w
カテゴリーミスをさんざん侵しておいて居直るのが
汚穢タルチュフクオリティ(冷笑)。

外境の実在否定≠外境の否定
という論理以前の誤謬とか・・・。

235 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 14:07:23 ID:8OyA5k3K
盛り場の

残飯漁る

出禁バカwww


段ボール

終の棲み家の

出禁バカwww

236 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/20(水) 14:18:28 ID:FdgUFL5w
訂正
外境の実在否定=外境の否定
という論理以前の誤謬とか・・・。

烏滸どもや蟲喰ひを眺め渡して

いつはりを 問ひにしのばせ 呼び掛けど たれかその手に乗らむものかは

237 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 17:23:19 ID:pJAPRS5v
>>225
>rig-pa とした場合、不定で能動でも受動でもありません。
>能動/使役: rig byed 受動: rig bya 行為名詞の場合は特に rig pa po と言ったりします。

レスありがとうございます。paが余計でした。不定詞形でなく、rig byedのような場合に
byedが能動というふうに、文脈を離れて(術語として能動に)固定してるのか、という意味でした。
前スレ899にあったrnam par rig byed ma yin paのbyedが気になってたものですから。

238 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 20:35:51 ID:o+U2z5LY
>>114
>還梵を元に論じても意味ありません。

>>107 で引用されている『華厳経十地品』の「三界唯心」の対応梵文citta-mAtraM traidhAtukam は、
>>196 の刊本『梵文大方広佛華厳経十地品』からの引用なのでは?
『華厳経』全体はまだでも、『十地品』梵本は発見されてるということじゃないの?

それとも「三界唯心」の部分だけは欠損してて、そこはチベット語訳からの還元梵文ってこと?


239 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/20(水) 22:18:29 ID:FdgUFL5w
>>238
またいけずな・・・(笑)。
梵本『十地經』の和訳は中公文庫の大乘佛典シリーズで読めますね。
最近↓でローマナイズ版をUP作業中のようです。
http://www.uwest.edu/UWest/sanskritweb/Sutra/roman/Sutra%2014/Chapter1.html

240 :名無しさん@3周年:2006/12/20(水) 23:01:55 ID:L4sUpB5H
>>227
>√ jJAで使役の意味を失った形が jJapti という訳ですね。
 この着想では、完全に失われたわけではない、という点が重要です。使役の意味が完全に失われて
いれば、vijJAti との区別はありません。そうならば、vijJapti でなくて vijJAti でもいいわけで
す。わざわざpを入れた意味は何か、というのが、そもそもの疑問の出発点でした。そこから、視点
の移動という見方が出てきたのです。使役のニュアンスは完全には失われていない、という・・・。

>jJApaya という使役語幹で使役で用いられていない例がなければならない。
 辻文法 p.175の jJApaya-(又は jJapaya-) '知らしめる'と jJapaya- '示す'の2つの対置は、前者
が使役の例、後者が使役の意味を離れた例として提示されている、と見なせるのではないでしょうか。

 また、jJApayati などの直接の形ではありませんが、下記の例なども jJap-が使役の意味を離れて
いることの傍証になるのではないでしょうか。
 使役の受動、jJAp-yate 彼は教えられる・告げられる ⇔ 受動、jJA-yate 辻 p.170
 過去分詞、jJap-ta (from caus.) 同 p.196 ⇔ 過去分詞、jJA-ta (from jJA-) 同 p.197
後者 jJapta は使役の意味が失われているかどうか明確ではありませんが、前者 jJApyate は使役の
意味が失われた例として、菅沼・新基礎に出ていました。使役動詞は使役の意味のほかにさまざまな
意味を表す、といった記述もあったと思いますが、正確な表現は覚えていないので明日あたり調べてきます。

 しかし、逆に言えば、使役のニュアンスがまったくないなら、回りくどく vijJapti とせず、
vijJAti とすればよかったはずで、そうしなかった意味を説明しなければならないと思います。
提示された論文では、その辺のことは説明されていますか。

>vijJapti が表象の意味で使われているか、知覚の意味で使われているかを誤らなければいいと思います。
 上の方で触れられていた識の四分説のうち、難陀の二分説、見分・相分が発想されたのも、-ti が
指すのが行為名詞とみるか具体的名詞とみるか、に関わってくるのではないか、と思っています。
つまり、行為名詞なら見分・知覚、具体的名詞なら相分・表象ですね。

241 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 00:15:51 ID:ux0HlBdX
>>237
いえ、文脈に依存します。ただし、受動や使役を示す場合は必ず形態素が挿入されます。

>>238
そう『二十論』の<「三界唯心」の部分だけは欠損してて、そこはチベット語訳からの還元梵文ってこと>です。

そしてそれを巡ってはなかなか複雑な文献学が展開しております。前掲、原田<『唯識二十論』ノート>(1)(2)が詳しい。

>>240 なぜ vijJapti なのか私の見解は以下のように始めにのべました。
私の述べたことをもうちょっと読んでいただけないでしょうか? その他の疑問点も解決すると思います。
李さんの論文では触れられてません。また論文はPDFで簡単に読めますので読んでみてください。
> 898:名無しさん@3周年 ::2006/12/06(水) 09:06:24 ID: LSy4alus (5)
> <阿含経の「心・意・識」>に<唯識二十論の「了」>が何故、加えられねばならなかったか?
> それが問題でしょう。つまり、何故 citta-mAtra ではなく vijJapti-mAtra と言わねばならなかったか
> ?
> それが問題です。結論から言えば『解深密経』で vijJapti-mAtra と述べられるからでしょう。
>
> そして『摂大乗論』と違って経証に『解深密経』を引用しないのは何故か?
> それは経典の受容射程の違いからと思われます。
> 通仏教的に受容された <阿含経の「心・意・識」>に
> 通大乗的に受容された大乗経典の citta-mAtra を経証として引用する。
> 唯識派だけで受容されたであろう『解深密経』を経証として引用せず、こっそり会通させる。
> そのためには citta-mAtra ではなく vijJapti-mAtra と言わねばならかった。

それぞれ詳細に述べると面白い問題もあるのですが、時間がないので、またいずれ。マルチレスでスマソ!


242 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 00:40:14 ID:bdTH4ET4
>>241
近藤本98ページ、註番号23のところ。
cittamAtram idaM yad idaM traidhAtukaM
とありますね。これは「三界唯心」という部分ではないのですか?

243 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/21(木) 14:49:08 ID:wdXapyye
こんなサイトがあった。
http://www.yinshun.org.tw/94thesis/94-02.htm#_ftn20



244 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 15:29:39 ID:wasOinFt
誰かジャイナ教と仏教の違いを分かりやすく教えてくれないかな?
特に教理的な部分で。

245 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 18:24:33 ID:jW8WRgji
>>241
>文脈に依存します。
なるほど、やはりそうでしたか。ありがとうございました。

>受動や使役を示す場合は必ず形態素が挿入されます。
使役・受動に関する動詞・助動詞としては、
助動詞は、byaが受動・未来・義務、byedが能動・使役、chugが使役。
行為対象を持つのが他動詞で、能動・受動に訳せる、となるようですね。

>>63のチベット語訳rnam par bzhagが「A は B と設定される/A を B に設定する」と
2様に訳されていたのですが、訳し戻された方ではvyavasthApyateと受動になっていたので、
こちらも気になっていました。
この文では、チベット語としては、受動にも能動にも訳せる、ということですね。

ところで、Aは能動文で第1主格(〜は)、また受動文で第2業格(〜を)にとっているとして、
Bの助辞duは第2業格・第4為格・第7於格にとれますが、この場合は於格で、
Aの存在場所、Aが(分けて)立てられる場所、ととっている、ということでしょうか。
「A(主格)+B(於格)+rnam par bzhag」という決まったパターンがあるようですね。

246 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 20:59:17 ID:MU+0bv0J
>>241

どうも根本的な錯覚があるようだが、
『唯識二十論』の還元梵文mahAyAne traidhAtukaM vijJapti-mAtraM vyavasthApyate のことを言ってるんじゃなくて、
『華厳経十地品』のcitta-mAtraM traidhAtukam が、還元梵文かそうでないかということなんだが・・・。

まあ>>242の『唯識二十論』の非還元でcittamAtram idaM yad idaM traidhAtukaM とあるようだから今更だが。


247 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 22:08:21 ID:u+i6LmWj
「唯識論」般若流支譯
唯識無境界 以無塵妄見
如人目有翳 見毛月等事

凡作論者、皆有三義。
  およそ論をなすに、みな三義あり。
何等為三。一者立義。二者引證。三者譬喩。
  何らをか三となす。一は立義、二は引証、三は比喩なり。
立義者。如偈言。唯識無境界故。
  立義とは、偈に言ふがごとく、ただ識のみにて境界なきが故に。
引證者。如偈言。以無塵妄見故。
  引証とは、偈に言ふがごとく、塵なくて妄(みだ)りに見(あらは)るるを以ての故に。
譬喩者。如偈言。如人目有翳、見毛月等事故。
  比喩とは、偈に言ふがごとく、もし人、目に翳(かげ)あらば、毛・月などのことを見るが故に。

中観派に関連のある方便心論や廻諍論では四量(現・比・譬喩・阿含)
唯識派の所依の経典、解深密経では三量(現・比・聖教)
陳那では二量(現・比、聖教は比量に含める)

248 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 23:14:32 ID:0kevaAN7
>>243
《攝論》真諦譯本「諸師説 此意識 隨種種依止 生起,得種種名。」

「色-識」的梵文 就是 rUpa-vijJapti,「眼識-識」梵文 是 cakSurvijJAna-vijJapti,
這裡的 兩個識 梵文不同,意義 也有差別。
vijJAna 是 主動性的動作 意味,勝呂信靜 學者 將之分成 三個内涵:
認識的主體(包括 精神主體 與 感官)、認識作用 與 認識的結果。
並且 稻津紀三 學者 從接頭詞vi 認為 認識作用 有迷妄、錯誤了別的意義。
而vijJapti,從使役過去被動分詞,可得「使被知道的」之義,
勝呂信靜 學者 認為 有 認識作用(了別) 與 認識的表象 兩種内容,並偏重 認識的表象的意義來 闡述 唯識無境。

vijJapti 並 沒有 公認固定的説法,但「表象」的意涵 是 多數學者 都有 所提及的。

陳一標(1997)<識的詮釋-vijJAna與vijJapti>《圓光佛學學報》第二期。

prajJapti と nidhyapti の検討も要するでしょう。

249 :名無しさん@3周年:2006/12/21(木) 23:25:04 ID:7aqOQCXG
>>241
PDFの論文をこれから読ませていただきます。ご紹介ありがとうございました。

250 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/22(金) 08:33:24 ID:i3Jxv5FF
>>248
上田義文 《攝大乘論講読》,東京:春秋社。
は架蔵しています。非観念論→非本体論としての唯識理解に資するところ多き
名著かと思います。

251 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/22(金) 09:59:33 ID:pMetl3ky
>>247
相対性理論と同義ですね。→広義において
佛教では「第三の眼」とか、分りやすいような言い方をする。
眉間のチャクラとか、智慧、仏眼、慧眼とか、いろんな言い方をする。


252 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 10:12:06 ID:lPC+4GVB
失脚し

犬以下のザマ

出禁バカwww

253 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/22(金) 12:21:08 ID:pMetl3ky
人間というのは、その存在が社会に必要とされておるか?
ということなんだよ。
ある意味、天皇などは存在自体に意味がある。
という象徴的なもんだ。
その対極にあるのがニートかもしれんね。

人間は社会に必要とされるためにスキルを磨く。
しかしながら、スキルが必ずしも社会に還元される訳ではない。
というのは大体わかっておっても、この呪縛に拘束されてしまう。
あたかもそれが安住であるかの如くに自らに課す。

そして、
驚くべきことは、この呪縛に雁字搦めにしつつ最期を遂げる。

          

254 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 13:25:13 ID:hmNKFDcw

劫初より造りいとなむ殿堂に、われも黄金の釘一つうつ(晶子)

 机氏、あなた亡きあとも地球は廻ります、ご安心下さい。

255 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 13:41:28 ID:lPC+4GVB
最期まで

虫ケラ以下の

出禁バカwww

256 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 14:29:11 ID:6aLMxDHN
84 名前:元八神社員・山下慶子 ◆HOZD09e0RQ [sage] 投稿日:2006/11/01(水) 21:02:15
主婦と引き合いに乃杏(菅)を出して「俺の恋人だ、文句あるか!」と高野聖を脅していた。
その当時、口説いて言いなりになった菅と主婦は恋人圏内

89 名前:元八神社員・山下慶子 ◆HOZD09e0RQ [] 投稿日:2006/11/01(水) 22:29:55
主婦は俺と似ている・正義の人だとさ
馬鹿じゃね?
だったら今になって悪口言うなよ
嫌虐という別HNで出てきてちゃんと主婦をフォローしろよ>バスター



257 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 14:30:23 ID:6aLMxDHN
458 名前:法の下の名無し[] 投稿日:2006/11/02(木) 22:02:15 ID:2itvG1FS
>>451
あのなあ、自己正当化もいい加減にしろよ
主婦とメッセして惚れていたのは事実だろう。私が「主婦は悪だよ」といったら
「そうかなー俺と似てるよ」と言っていてメッセだと情が移ると言っていたよね
その責任とれっての、主婦はただの病気でしょう。

461 名前:法の下の名無し[] 投稿日:2006/11/02(木) 22:05:02 ID:2itvG1FS
でさ。私は女として「証言してやるから体うんぬん」という発言は大嫌いなんだよ
たとえ私がドブスでも人間だからな

471 名前:法の下の名無し[] 投稿日:2006/11/02(木) 22:16:22 ID:2itvG1FS
>>466
その通り、何ならメッセ公開するよ
すごく不愉快だった
何より主婦が「悪である」というレスに対して「そうかなあ・僕とそっくり」というのには呆れました
「証言するからセックスしろ」は当たり前でしたよ

466 名前:法の下の名無し[] 投稿日:2006/11/02(木) 22:12:53 ID:wT5YyWx2
あのう、つまりバスタが擁護者という立場を利用してサルに対して
体を提供しろと?

258 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 14:31:33 ID:6aLMxDHN
このバスタって電波男の事ですよね?

259 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 14:43:23 ID:lPC+4GVB
基地害よ

木ノ芽だちまで

まだまだだwww

260 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/22(金) 14:48:31 ID:pMetl3ky
>>254
黄金の釘が昌子の総括ですね。
三島は割腹で陽明学を完結しましたし、
利休は自害において秀吉を抹殺した。

全てその時が自己完結ですし、
それなればこそ、あらゆるものは属性に過ぎぬ。
第一義空諦


261 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 16:06:47 ID:pv0k0f41
うわっ、こりゃひどい。ここまでバスタが電波だとは(絶句)

262 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 16:12:06 ID:qufYL0gB
>>259
そうそう。で沢山の誤謬を認められないので本体のデン・ナミオは登場できないのか?

263 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/22(金) 16:28:31 ID:hfhA4ui6
はいはい、汚穢撒布は巣穴のみでやるように(蔑嗤)。

264 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 16:33:55 ID:hmNKFDcw
>>255>>259
>>261&>>262

スレ汚しの糞害虫は消えな お前ら、邪魔なんだよ。

 乱闘は 場外でやれ

265 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 16:36:57 ID:qufYL0gB
>>264
お! 七誌でご登場のようです。みなさま!

266 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 16:48:11 ID:lPC+4GVB
年の瀬に

声を枯らすか

おバカラスwww

267 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 17:17:56 ID:qufYL0gB
>>266 ばかアホは ナミオたちでしょ あんただれ? 笑いもとれぬ スレ汚しつつ

268 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 17:22:35 ID:lPC+4GVB
おバカラス

字数解らず

恥晒しwww

269 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 17:41:43 ID:qufYL0gB
>>266 ばかアホよ 字数で数う 恥知らず 音のこととは 何も知らずに


270 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 18:06:46 ID:lPC+4GVB
おバカラス

哭くほど

増える恥の数www

271 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 18:24:03 ID:lPC+4GVB
死にきれず

のたうちもがく

出禁バカwww

272 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 18:33:00 ID:bAkzIXOz
>>241
>>242 が指摘している部分は「三界唯心」ではないのですか?還梵されたものなのでしょうか?


273 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 18:55:39 ID:Mw6DX9F8
>>63の3を訳読してみました。

yadi もし〜ならば tarhi それでは sarvathA 完全に dharmo ものが nAsti 存在しない,
tad その api 〜もまた vijJaptimAtraM 唯識 nAsti 存在しない ^iti 〜ので,
kathaM どうして tarhi それならば vyavasthApyate 分けて遠く立たしめられる(立てられる)〔安立される〕のか?
  それでは,もし完全にものが存在しないならば, その唯識もまた存在しないので,
  それならば,どうしてそれ(唯識)が安立されるのか?

gal-teもし chos法-rnam-paものが thams-cadすべて-duに於いて med存在しない naならば,
rnam-par-rig-pa-tsam唯識-zhes-bya-baいわゆる-deこの-yangも(=Skt. tad api) med存在しない-pasので,
deそれは ji-ltarどうして rnam-par-gzhag分けて立てられるのか ce-naと言うならば,
  もし,ものとしての法がすべてに於いて存在しないならば,このいわゆる唯識も存在しないので,
  それ(唯識)はどうして安立されるのか,と言うならば,

真諦訳:若し一切法 一向に無ならば,是(こ)の唯識も亦(ま)た応(べ)し←無なる。云何(いかん)が得ん←成立するを。
  もし一切法がまったくもって無ならば,この唯識もまた無であろう。どうして(唯識の)成立することがあろうか。


三界は唯識だ、というのが唯識派の主張なのに、iti の前の部分を引用文として解釈すると、
「どうして『その唯識もまた存在しない』と安立されるのか」、というように、意味から見て逆になってしまうので、
ここでは「原因・理由の iti」(辻 p.264 c.)を意味していると解釈すべきだと思われます。

また、チベット訳を見ても、ces/shes/zhes に対応するサンスクリット語は確かに iti ということですが、
zhes-bya-ba を辞典で見ると「いわゆる」となっているので、これが前の「唯識」にかかって
「いわゆる『唯識』」になると解釈し、「理由の iti」に対応する具格助辞 pas で理由を示している、と解釈すると、
サンスクリット文と意味が合致するように思われます。

274 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 19:08:14 ID:bAkzIXOz
>>273
この部分は、中観派からの唯識説批判です。
唯識なら、唯識ということも唯識だから唯識であるということ自体がありえなくなってしまうのではないか?
という反論です。
これに対して、唯識側は、必ずしも完全に何も無い、というわけではない、として仏陀の認識領域を引き合いに出します。

ですから、引用の部分は、お前の言うことを認めるとお前の主張(=唯識)が成り立たなくなるぞ、というわけですから
>『その唯識もまた存在しない』
と主張するように読むのが正解です。

275 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 21:36:46 ID:NuIfZLnD
>>274
> >『その唯識もまた存在しない』
> と主張する
そう主張しているのは誰ですか。世親ですか?それとも中観派?疑問文だから中観派のようだけど、
そうだと、中観派が唯識派の意見『その唯識もまた存在しない』をそのまま引用していることになりませんか?
また、「それでは,もし完全にものが存在しないならば, 」は引用文の中に入りますますか?

276 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 21:42:03 ID:knJ9tXmn
ttp://buddhism.lib.ntu.edu.tw/BDLM/index.htm 陳一標 / 「識」的詮釋

學者們 對 vij~naana 的 看法 大同小異,故 依他們 對 vij~napti 看法的 不同,將其分 為五類.
『長尾雅人』等 將vij~napti 視為「表象」,屬 於對象面,不含有 主體的意味,
 「唯識」也就 變成「一切只是表象」之意,是 一種 觀念論的形態.
『寺本婉雅』將 vij~napti 視為「創造,統一 境與識的 認識主體」,具 強烈 唯心論的傾向.
『稻津紀三』認為 vij~napti 應譯 為「表識」,與「表象」同屬 對象面的意含,他 更發現 到
 vij~napti 具「顯現為境」與「從自種子 生」的 兩個 性質; 而 vij~naana 的性質 則是「相續」與「轉變」.
『芳村博實』主張 vij~napti 原指 對象一面,但《攝大乘論》後,vij~napti 指「純粹的 識的作用」,
 是「對象顯現」與「使對象顯現之能力」 (種子) 所在的場所.
『上田義文』反對 將主體的意思 排除 在vij~napti 外,且 堅持 初期唯識思想 不能是觀念論,
 他 認為 vij~napti 是 表示「識 見 識自身」之意.

vij~naana の見方は大同小異,vij~napti の見方は同じでない,五類に分けられる
『長尾雅人』等・・「表象」。対象の面に属し,主体的な意味を含有しない,
  「唯識」も「一切は、ただ表象」の意味に変わる。一種の観念論的な形態.
『寺本婉雅』・・「境と識を創造し,統一する認識主体」,強烈な唯心論的傾向をそなえる.
『稲津紀三』・・「表識」。「表象」と同じく対象の面に属する意味を含む,
  さらに「顕現が境となる」と「種子から生ずる」という2つの性質をそなえる;
  そして vij~naana の性質は「相続」と「転変」である、と.
『芳村博実』・・もともとは対象の一面を指したが,《摂大乗論》の後では,「純粋な識の作用」を指す,
  これは「対象の顕現」と「対象を顕現させる能力」 (種子)がある場所である.
『上田義文』・・主体の意思をvij~naptiの外に排除することに反対し,また初期の唯識思想は
観念論ではあり得ないと主張する。 「識が識自身を見る」という意味を表す.

277 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 22:19:17 ID:ueacqFMR
>>275
唯識もまた存在しない、というのは中観派の言葉です。
「それでは、」云々ももちろん中観派に擬せられた発言です。
ただし、引用文ではないですよ。

278 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 22:35:24 ID:ugXUNPSY
>>274
>唯識なら、//お前の言うことを認めると
>唯識ということも唯識(sic、無カ)だから
>唯識であるということ自体がありえなくなってしまうのではないか?//お前の主張(=唯識)が成り立たなくなるぞ

>唯識ということも唯識(sic、無カ)だから
ここでは「判断」としてるのに、なぜ後で
>『その唯識もまた存在しない』と主張する
と「引用文」に変化してしまうのか。

279 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 22:39:51 ID:ueacqFMR
>>278
引用箇所を一々梵文と対照させてみてよ。
>ここでは「判断」としてるのに、なぜ後で
>>『その唯識もまた存在しない』と主張する
>と「引用文」に変化してしまうのか。
がまとはずれだとわかるからさ。


280 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 22:40:22 ID:ueacqFMR
書き忘れ。
けっして「引用文」ではありませんからね。

281 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 23:01:43 ID:jzZ1AdLM
>242 >246 >272
 近藤本は持ってないので「註番号23」と言われても困ります。中には根本的な誤解されている方もいるようで。
『唯識二十論』ネパール写本は第一葉を欠いているのです(これを知らずにこの問題に異見するのは...)ですから、
  mdo las / kye rgyal ba'i sras dag 'di lta ste / khams gsum pa 'di ni sems tsam mo zhes 'byung ba'i phyir ro/
の部分の梵文も還梵です。 これは簡単ですので多くの方は理解されていると思います。次に、これが『十地経』の
  cittamAtram idaM yad idaM traidhAtukaM
の引用かどうか? ですがこれはちょっと難しい。なぜなら、'di lta ste / khams gsum pa 'di ni sems tsam mo は、
ほぼ一致するが、kye rgyal ba'i sras dag に相当する文が『十地経』の前後に見あたらないからです。(BSS p.32)
 原田さんは『中観光明論』『中観荘厳論自注』『修習次第』に引用される『華厳経離世間品』も引用されていますが、
こちらには確かに kye rgyal ba'i sras dag はあるのですが、ピッタリというわけでもないのです。
 
では『十地経』の引用ではないのか、というと『般若灯論註』 [291b]に
  'phags pa sa bcu pa'i mdo las / kye rgyal ba'i sras 'di lta ste / khams gsum pa 'di ni sems tsam mo
東北3903にも [142b]
  'phags pa sa bcu pa'i mdor gsungs pa / kye rgyal ba'i sras rnams 'di lta ste /
  khams gsum pa 'di ni sems tsam mo zhes pa
と書かれていてインドでもそのように後代は認められていたことが分かります。
また、後魏瞿曇般若流支譯『唯識論』でも
  如十地經説。三界虚妄但是一心作故。心意與識及了別等。
と訳されており6世紀のインド人でも『十地経』の引用と考えられていた伝承もあるようです。

そうゆうわけで『十地経』のテキストの問題にも関わるわけで、現時点では私はハッキリしたことは言えません。

282 :名無しさん@3周年:2006/12/22(金) 23:06:09 ID:mt9nd9sS
菅沼・新基礎p.416
‐‐‐引用始まり‐‐‐
〔補2〕‥‥‥使役動詞があらわす意味
 使役動詞(使役活用における動詞)は‘〜させる’という意味から転じて,
さまざまな意味をあらわす。とくに,Caus. Pass. は Caus. の意味を失なって
単に Pass. の意味だけをあらわすものがある。
 √jJA‘知る’>jJapayati‘彼は教える’,jJApayati‘彼は教える,知らせる’;
jJApyate (Caus. Pass.)‘彼は教えられる,告げられる’
‐‐‐引用終わり‐‐‐

>>273
> vyavasthApyate 分けて遠く立たしめられる(立てられる)〔安立される〕
> rnam-par-gzhag分けて立てられる
これは、〔使役+受動〕から使役の意味がなくなって〔受動〕だけになっている、
とチベット語訳をした人が理解していた、という例かも知れません。

283 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 00:20:10 ID:yQG3JGHx
>>273
 gal te chos rnam pa thams cad du med na rnam par rig pa tsam zhes bya ba de yang med pas
de ji ltar rnam par gzhag ce na /
 yadi tarhi sarvathA dharmo nAsti tad api vijJaptimAtraM nAstIti kathaM tarhi vyavasthApyate /
(中観派の反論)「もし総じてものが存在しないというならば、この『表象のみであること』というものも
存在しないわけだから、どうして君はそれを主張しえようか」(梶山雄一訳)
gal te 〜ce na / 「もし〜と言うなら」で対論者の反論全体。
zhes bya ba/iti「〜と」引用を意味し、ここでは対論者の反論の中で引用される自説「知覚だけ」を意味する。

これ以外に解釈の余地はありえません。

>   zhes-bya-ba を辞典で見ると「いわゆる」となっているので、これが前の「唯識」にかかって
>   「いわゆる『唯識』」になると解釈し、「理由の iti」に対応する具格助辞 pas で理由を示している、

<辞典で見ると「いわゆる」>というのは『蔵漢』の「ces pa / ga da ba dang / da drag bcas kyi
mthar sbyar nas tshig gzhan 'dren byed kyi phrad gzhan dbang can zhig /  云、云云、所謂、称為。」
の部分なのでしょうが、蔵文の語釈の部分を読めば明らかなように「ga、da、 baや da dragに後置され、
他の言葉を引用する他律辞」なのです。<これが前の「唯識」にかかって「いわゆる『唯識』」になる>ことは
ありえません。

また<「理由の iti」に対応する具格助辞 pas で理由を示している>というようなことは、絶対ありえません。
なぜなら、rnam par rig pa tsam zhes bya ba de の de という指示代名詞が、句または節を表示するからです。
直訳すれば<「知覚だけ」という、それ(君の主張)は>です。「理由の iti」なら rnam par rig pa tsam pas
などと訳したはずです。

他ならぬ「引用文」です。>>274さんの仰るとおりです。


284 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 00:25:30 ID:yQG3JGHx
>>248
> 並且 稻津紀三 學者 從接頭詞vi 認為 認識作用 有迷妄、錯誤了別的意義。
> 而vijJapti,從使役過去被動分詞,可得「使被知道的」之義,
> 勝呂信靜 學者 認為 有 認識作用(了別) 與 認識的表象 兩種内容,

>>276

いまさら、こんな二次資料挙げても仕方ないだけど。電波男の主張がこういった二次資料に依っていることを
示唆する資料として挙げたのでしょうか?


285 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/23(土) 12:00:56 ID:yFXc/pN9
>『寺本婉雅』將 vij~napti 視為「創造,統一 境與識的 認識主體」,具 強烈 唯心論的傾向.
ふ〜ん、なるほどね〜(笑)。

286 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/23(土) 13:09:17 ID:v2kxzGP6
ニュートン力学が、ある段階まで通用するように
唯識論も、ある段階までは有効なのかもしれませんね。

それから進んで近代物理学となりますと、
やはりニュートンも「古典」となってしまいます。

まあ、原始佛教というのも古典ではありますが・・・
>>276の典拠は、なにかしらノスタルジーを感じます。
でも、そんなことを逝ってはいけません。
先人はマジで求道していたのでしょう?
その熱意に敬意を表します。

287 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 13:47:24 ID:AJYuwnJf
氏にきれず

メクラであがく

出禁バカwww

288 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/23(土) 14:01:40 ID:yFXc/pN9
以下に所収の、表題からして刺激的な『認識主体なき認識論』など非常に面白かろう。オンデマンドにて再版とのこと。

客観的知識
K. R. Popper, Objective Knowledge, 1972
K. R. ポパー著 森博訳
A5判440頁 定価:本体5000円+税 ISBN4-8332-9001-4 C3010
1 推測的知識:帰納の問題に対する私の解決 2 常識の二つの顔 3 認識主体なき認識論 4 客観的精神の理論 5 科学の目的 6 雲と時計 
7 進化と知識の木 8 論理学,物理学および歴史 9 タルスキーの真理
■進化論的アプローチ
 ポパーの名声を決定的にした『科学的発見の論理』『推測と反駁』を経て本書に至る一連の業績は,科学における認識,事実と理論の関係,科学と
非科学の限界に関心を持つ読者に種々の刺激を与えている

289 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/23(土) 17:09:54 ID:v2kxzGP6
>A5判440頁 定価:本体5000円+税

金を払って読むほどの本でなかろうに(笑ふ
表題からして、その内容は大体わかる。
なんも刺激的にあらず。

ちなみに私は本など買うたことは、あまりない。
図書館で目ぼしい本の目次だけ見て、あとは気に入ったのだけ数十冊を速読。
これが通のやりかた。
図書館は宝の山。つまり宝探しの魅力がある。
そしてなによりゴミは溜まらん。

どうか、買うんだったら良書を吟味したらよかろう。

290 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 17:11:20 ID:dNdZHhML
>>281 大乘唯識論の「於大乘中立三界唯有識。如經言。佛子三界者唯有心。」は
佛説十地經だけでも充分、説明がつくのではないかと思います。まずは卷第一から。

爾時【金剛藏菩薩】。承佛神力。【入於菩薩妙三摩地。名大乘光明】。入此定已。
即時十方各過十?胝佛?微塵數世界之外。各有十?胝佛?微塵數諸佛如來。同名金剛藏。
皆現其面。?作是言。【善哉善哉。佛子】。汝今乃能入是【大乘光明菩薩等持】。

(1)「大乘光明」という禅定で得られた境地を述べている。つまり、真諦訳「於大乘中立」に関わるだろう。
(2)「佛子よ」と呼びかけている。真諦訳「如經言。佛子三界者唯有心。」と同じ。他にも、多数、
この呼びかけは出てくる。原語が勝者の子かどうかは分からないが、意味としては同じ。

謂【即十地安立解釋】。唯諸佛子。當知此處不可思議。謂【於諸地安立法】中自所證智。
(3) 菩薩地に於いて安立する法、という表現。これも、真諦訳「於大乘中立」に関わる。

爾時【金剛藏菩薩告?菩薩言】。【唯諸佛子】若是菩薩。…即此菩薩作是思惟。所言【三界此唯是心】。
(4) 「三界はただ心のみ」となっている。

【無明昏暗稠林。覆障三界牢獄】。我當令彼【永離三界】。住無障礙究竟涅槃。
(5) 「三界」を遠離すべきものととらえている視点。これは重要。

由無明闇纏繞意識。/ 由以欲有及無明漏所?心意意識種子。 / 無明闇にまとわれた意識、という視点。
根境與識三事和合名有漏觸?生名受。/ 謂識不斷復有扶助。識?名色者於識?性。/識滅故名色滅者。
遠離一切心意及識分別妄想無所執著。/ 識と名色との強い連関。

佛子。菩薩住此不動地時亦復如是。一切心意及識現行不復現起。又此乃至諸佛現行。
菩提現行菩薩現行。涅槃現行尚不現起。況復發起世間現行。/心意識も世間も起らない。

識為種子名色芽  三界無始恒相續 / 識を種子として名色が生じ、三界は無始から常に続いている。

291 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 17:21:47 ID:AJYuwnJf
生きている

こと即罪の

出禁バカwww


出禁バカ

本も買えずに

野垂れ氏にwww

292 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/23(土) 17:34:17 ID:v2kxzGP6
>本も買えずに

本は買えんけど、井戸茶碗は持ってるぞ(笑う
まあ、こういう話をしても通じるかどうか分らんが(爆笑
ちなみに、
私の所有の茶碗を持った瞬間に震えがきた客人もおった。
まあ、眼の肥えてる御仁なら分かるんだが。
ちなみに、
井戸茶碗は本の代金5000円+税よりは高いぞ(核爆

293 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 17:43:30 ID:vnjSLRjJ
>>283
> 他ならぬ「引用文」です。>>274さんの仰るとおりです。

> zhes bya ba/iti「〜と」引用を意味し、ここでは対論者の反論の中で引用される自説「知覚だけ」を意味する。
> 直訳すれば<「知覚だけ」という、それ(君の主張)は>です。

上の文で引用部分とされている所と次の>>274
> >『その唯識もまた存在しない』
> と主張するように読むのが正解です。

この引用部分が同じ内容とはどうしても思えません。
 『その唯識もまた存在しない』と主張する
ではなく、
 その『唯識』もまた存在しないと主張する
と変わっているように思います。

"rnam-par-rig-pa-tsam" zhes-bya-ba
こういうことなんでしょうか。どこからどこまでがzhes bya baで引用されている部分なのか
明示していただけませんでしょうか。というか、チベット文を和訳していただければ、違いが
はっきりするとは思いますが。

294 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 17:48:49 ID:AJYuwnJf
井戸茶碗

すでに質屋へ

出禁バカwww

295 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/23(土) 18:36:39 ID:v2kxzGP6
>すでに質屋へ

価値が分らんというのは怖いね(^^ゞ

あのね、人間というのは感動すると失禁まですることもあるんだよ。
そういうことは全く分らんだろ?

いろんなことに遭遇する。
それが一期一会というもんだよ。
これは他言は出来んがな・・・

平蜘蛛と心中した松永久秀という御仁もいるくらいだから、
この道は奥が深い。

296 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 18:39:56 ID:AJYuwnJf
茶道具も

詐欺の見せ金

出禁バカwww

297 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/23(土) 18:58:21 ID:v2kxzGP6
>>296
貴殿はね、机龍之介じゃなくて、茶人に憧れをもっているんだよ。
(唯識派風に言えば潜在意識での嫉妬)
その裏返しが机に纏わりついてくる。

茶道の道を歩むのであれば、幼児期からの高等教育が必要です。
またそのために授業料も莫大です。

まあ、諦めなされまし。
今からでは・・・手遅れです。



298 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 19:42:13 ID:AJYuwnJf
野垂れ氏に

誰が羨む

出禁バカwww

299 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 22:14:15 ID:/xSR7OVB
rnam par rig pa tsam zhes bya ba de
>直訳すれば<「知覚だけ」という、それ(君の主張)は>です。
この訳自体に異論はありません。ただ、zhesに対応するものとしてここで iti を使ってしまっていいものか、
つまり、後に続く yang med pas をどう取るか、とくに pas の位置づけがどうかがポイントだと思います。

>「理由の iti」なら rnam par rig pa tsam pas などと訳したはずです。
「理由の iti」が pas と訳すことがある、というのは共通点のようですが、
上のように訳した場合、 vijJaptimAtraM と iti にはさまれた nAsti の位置づけはどうなりますか。
nAsti は iti で引用されてはいないのですか。

この nAsti の後に iti が来る点が、同じ形で並ぶ med pas の pas が iti に対応していると判断した手がかりです。

最初は zhes が iti の固定的な訳語であることから、おっしゃるように解釈してみたんですが、
それではこの反論全体の構造として、どうもしっくり来ないので、iti は引用というよりも
理由を表し、pas に対応していると判断するようになったのです。

梶山訳でも、nAstIti を「存在しないわけだから、」と理由(わけだから)として訳しているように読めました。


ちなみに括弧が必ずしも引用を意味しないことについて付言すると、梶山訳の、
>『表象のみであること』というものも
の括弧は《引用》の意味ではなく、《強調》のために括弧で括っているように思います。

>>63の2にある evaM vijJaptimAtrasyApi を梶山訳では
>そのように、「表象のみであること」についても、
と括弧つきで訳していますが、原文の前後を見ても iti はありません。

300 :名無しさん@3周年:2006/12/23(土) 22:42:35 ID:IJWvSCdx
>>299
チベット訳はチベット語です。
機械的な直訳ではありません。個人個人が自由に訳す場合と比べれば格段に統一の取れた
訳出スタイルにはなっていますけれど、梵語とチベット語が一対一にきれいに対応するわけが
ないのは日本語に訳す場合を考えればおわかりになるとおもいます。

ちなみに、iti は「〜というわけで」と訳す場合もあります。

梵文の、v〜 nAstIti の iti はあなたの指摘するとおり、nAsti までをまとめています。
チベット訳の zhes bya ba と対応しているわけではありません。
チベット語の接尾辞 pa/ba には全体をまとめる働きがあります。「〜なるものすべて」という
意味となり、終辞のように訳さねばならない場合がある理由です。
したがって、今、あなたが問題とされている部分について、iti でまとめられた内容を pa でまとめ、
それに具格助辞 -s を付して理由を表していると理解するのが梵文に照らした場合、適切な
理解であろうと思います。


301 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/24(日) 08:11:32 ID:M8yvt83c
>>298
境界例の前兆です。
(もしかしたら手遅れかもしれんけど)

境界例は他人のことが気になってしょうがない。
他人の一言一句がアタマから離れない。
非常に苦しい病です。

私は、それらしき人間と複数出合ってますから直ぐわかる。
いわゆる精神的ストレスに弱い日本人の特徴です。

江戸文化の「粋」というのは、この対極にある文化です。
茶の湯は、まさにこのベクトルですね。
和敬静寂

302 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 09:46:17 ID:B5vRJMfy
>>301
机さん、瞋恚・愚痴の無明猿にはエサをやらないほうがいいよ。
唯識なんて無駄な趣味知識は糞の役にたたないが、
この無明猿は実践的な原始仏教の瞑想をやらないとダメなことは確か。

 ほとけ、ほっとけ。


303 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 09:48:14 ID:I2/hDaNs
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
残念だが(裏金で県民を無差別に殺す)事実上の
殺人テロリスト犯罪カルト教育集団は実在する。

近藤啓子(1期生)が殺人テロリストなのは間違いない。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

佐藤了は学生や卒業生を使った殺人テロ企画を多発させている。
安藤氏もこの殺害風土で消された可能性がある。
この県の殺人稼業は警察ぐるみである。
赤ん坊から老人まで年間1000人はこの殺人商売制度で消され換金されている。
殺人業態は造園業、道路工事業、除雪作業、病院などの形態を表面上は取り
集団で人を狩り、人肉や臓器に換金する。近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。
殺害対象は赤ん坊まで多数含まれ、この県では病院で赤ん坊死体が食通マニアのために販売されている。
警察や病院も当然ぐるであり、赤ん坊殺人に関わっている。近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。
こういった殺人理論を開発しているのが保全生態学(森林科学)研究室である。
その上で環境教育と称してカルト殺人教育を行い、卒業生の一部は次々と県民を殺害し
死体を解体して生計を立てている。それがこの県の実態の一面である。
近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。年間1000人以上が殺害され自然死偽装されている。
近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。この県の住民は彼女を見かければ殺人業者として
接するべきである。そうしないと騙されて喰われる。近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。
県民は全員、気をつけてほしい。年間1000人以上が理不尽に消され喰われている。
造園業者は危険だ。近藤啓子が殺人テロリストなのは間違いない。

他県へ「出稼ぎ」もする


304 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 10:26:10 ID:QYbFMEUa
出禁バカ

基地害他人へ

擦り付けwww


出禁バカ

語るに落ちて

悪事ばれwww

305 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/24(日) 11:43:59 ID:M8yvt83c
>>302
私は、フランス人的なリベラルが好きですw
元来私は独立独歩型の人生だったですから、どちらかと言うと
日本人的な粘着気質には性が合わない。
(田舎に逝くほど、この気質の人間は多い)→農耕民族の特徴。

関東でいうと、フランスリベラルに近いのは東京ですね。
正直いって、東京に逝くとホットするw
それだけ田舎ってのは他人を詮索する人間が多い、ってことです。

まあ、都会の団塊世代が、退職後に田舎に憧れ移住すると、
この田舎の粘着気質に参るようですが・・・w
私はリアルで、こういう人間達と付き合ってきたのです。

今は、ある程度そういう人間関係もなくなって、
独立独歩型の人達とテリトリーは形成しつつありますが、
近未来的には、これがポピュラーになるかとおもいますね。
今は封建社会からの過渡期。



306 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 11:50:35 ID:QYbFMEUa
行くところ

悪事が露見

出禁バカwww

307 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 11:52:55 ID:QYbFMEUa
田舎者

粘着気質

出禁バカwww

308 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/24(日) 14:00:13 ID:MqUXpLD6
唯識:
[Basic Meaning:] consciousness-only
Senses:
(vij~napti-mAtratA, vij~napti-mAtra, citta-mAtra). The view that nothing is cognized independently from the transformations occurring within
our own consciousness; in other words, everything we become aware of is 'nothing but the transformations of consciousness' .

了別: [Basic Meaning:] perceive, cognize; perception, cognition

http://www.buddhism-dict.net/ddb/search-ddb3.html


309 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 19:06:19 ID:B5vRJMfy
すかす、ほんまに極端な唯心論と誤解されても止むをえんだろう。

阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ がくたばったら、宇宙もくたばるのだ。

310 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/24(日) 19:28:47 ID:MqUXpLD6
唯心論
観念論
独我論
唯物論etc・・・。

いずれも実体乃至本体を前提したもの(→我論・我見)に他なりません
かかる不当前提を悉く棄却し、否定・排除して佛教の教理は顕示されます。

311 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 19:37:07 ID:MX7n86w/
>>302
>唯識なんて無駄な趣味知識

中観もチベット語も無駄な趣味ですか?

>実践的な原始仏教の瞑想をやらないとダメ

そんなこと言ってないで、解深密經の毘鉢舍那のことでも調べて報告してください。

T16n0676_p0697c10(00)?解深密經卷第三
T16n0676_p0697c13(00)?  分別瑜伽品第六
T16n0676_p0697c14(00)?爾時慈氏菩薩摩訶薩白佛言。世尊。
T16n0676_p0697c15(03)?菩薩何依何住於大乘中修奢摩他毘鉢舍那。

T16n0676_p0698a28(06)?諸毘鉢舍那三摩地所行影像。
T16n0676_p0698a29(10)?彼與此心當言有異當言無異。佛告慈氏菩薩曰。善男子。
T16n0676_p0698b01(03)?當言無異。何以故。由彼影像唯是識故。善男子。
T16n0676_p0698b02(00)?我説識所縁唯識所現故。世尊。

312 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/24(日) 20:13:07 ID:M8yvt83c
>>310
>かかる不当前提を悉く棄却し、否定・排除して佛教の教理は顕示されます。

顕示されたものが、もし唯識論ということならば・・・
既にそこで論理矛盾がある。

というか、そもそも論理矛盾という認識があるのか?
そこが問題。

疑なくば真はなし。
疑と真は不二です。

313 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 20:25:18 ID:QYbFMEUa
物読めぬ

虫ケラ以下の

出禁バカwww

314 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 20:25:30 ID:B5vRJMfy
>>311
またまた、ブッダ在世当時は多数の阿羅漢が出たのに

315 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 20:33:26 ID:B5vRJMfy
>>311
失礼。仏教教説が飯の種とか、仏教趣味者ならいいんですよ。
しかし、ブッダ当時でも多数の阿羅漢がでた(本来それが目的)のは事実です。
大乗の頭でっかちでどうなのかが問題ですね。
 たとえば>>313を大乗で覚者にしてごらんよ。

316 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:19:14 ID:whhJCitR
>>315
なんか根本的に勘違いしているらしいが
大乗はかなり時代が下って釈尊の教えが教条主義に陥り、
阿羅漢が出なくなってからその反省として元に戻ろう、
ということで興った、いわば原点回帰運動ですよ。


317 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:34:18 ID:+Obl6opm
>>316
それ、ほんと?

318 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:40:22 ID:whhJCitR
もちろん。

319 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:42:19 ID:+Obl6opm
>>318
うそだろ。
大乗非仏説の話をききたいんじゃないぞ。
(1)大乗はかなり時代が下って釈尊の教えが教条主義に陥り、
(2)阿羅漢が出なくなってからその反省として元に戻ろう、ということで興った、
(3)いわば原点回帰運動ですよ。
(1)〜(3)それぞれの根拠を示してください。


320 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:50:08 ID:whhJCitR
そういうことは自分で調べてね。


321 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:51:13 ID:+Obl6opm
>>320
うそだから君にたずねているわけ。

322 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 21:56:38 ID:8bN5eXjU
歴史問題はさて置くとして、現代のテーラワーダでアルハットはいっぱい出てるとは聞かないが、
それはどうなの?
大乗は、チベットでいっぱい成就者がでてるんだけど、それで西洋にも台湾、中国を始めとするアジアでも大乗教徒がたくさんいるんだけど。
例えば、フランスはキリスト教に次いで仏教徒の人口が第二なんだけど、
ほとんど大乗なんだけどね。

323 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 22:02:32 ID:sSml+A/o
いつから大乗なの?
どの地域の仏教が大乗になったの?
実践の方法はどれくらい違うの?

歴史問題を抜きにして大乗云々が語れるの?
勝曼経や法華経が大乗のルーツじゃないの?
大乗仏教は一種類なの?

教えてエロい人

324 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 22:31:05 ID:TjxodrfP
大乗云々はスレ違いだが、大乗が釈尊への原点回帰運動と言うのはその通り。
部派仏教は釈迦一仏だが釈尊は誰でも仏陀になれると説いている。
大乗は誰でも菩薩になり仏陀となれると主張する。大乗は初期般若経典群が
古層の経典であり、法華経や勝曼経や唯識などは大乗の中でも古層ではない。
大乗も部派と同様に中期・後期になると煩瑣な哲学的観念論に陥って、
釈尊の精神を忘れ、五姓各別など不本意な事を言い出すけどね。
竜樹や世親は特に釈尊の原意を理解し、回帰させようとしている。
そう言う意味では仏陀ではなく阿羅漢を目指す上座部など比にならないと考える。

325 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 22:45:40 ID:8bN5eXjU
こういった歴史的解釈では大乗はいつか必ず破綻すると思います。

>>竜樹や世親は特に釈尊の原意を理解し、回帰させようとしている。

例えば、竜樹はそういうことも可能かもしれないが、世親はありえないだろう。
世親唯識にサーンキャやニヤーヤの影響を見ないわけにはいかない。

大乗を述べる時、色身の釈尊を根拠にしていては無理があるでしょう、
必ずや法身・報身の諸仏を根拠にしなくてはならないと思う。

歴史主義あるいは素朴実在論みたいな思想に立っていては、テーラワーダさんの
批判は免れられないと思いますよ。


326 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 22:58:41 ID:sSml+A/o
>>324
大乗仏教こそが
ブッダ、或いは釈尊を
遠い存在とした張本人に見えるのは気のせいだろうか・・・?

( ̄ー ̄)ニヤリ

327 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:02:36 ID:sSml+A/o
>>324
ってか、324は
もろに歴史的語りを含んでいるが?
初期大乗は良くて後期大乗は駄目、という区分が
大乗の中でも必要なんだねw
>>322は歴史的問題は捨象して「大乗」という一色で語っているが・・・・?w

328 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:04:12 ID:B5vRJMfy
>>324
だから、ラッキーにも>>313という手頃なサンプル・モルモットがへばりついて
いるんだから、大乗でこの糞モルモットを「仏陀」とやらにしてごらんといっている。
ブッダは実存的経験主義者なんだから、経験的な実証を見せろ!は当然だろ。

 現在の今証明せよ。妄想は不要。実証しな。同じ事は、妨害電波男にも阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ にも言える。

大事な事は、当たり前だが、経典にどう書いてあるかではなく、自分がどう考えるかなんだよね。

329 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:11:06 ID:B5vRJMfy
        唯識!(爆笑 wwwwwwwwww

プギギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ ー

       プギャー!プギャー!プギャー!
    プギャー!プギャー!プギャー!プギャー!
  プギャー! m9   m9 ノ)   プギャー!
 プギャー!  川 m9 川彡'三m9  プギャー!
プギャー! m9ミm9、m9ミm9彡m9    プギャー!
プギャー!m9三ミm9(^Д^)彡三彡三m9 プギャー!
プギャー! m9彡川m9彡川ミm9     プギャー!
プギャー!m9彡川m9m9 m9川彡m9  プギャー!
 プギャー! (ノ m9  川 m9ミ)  プギャー!
  プギャー!     m9     プギャー!
    プギャー!プギャー!プギャー!
       プギャー!プギャー!


          

330 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:13:23 ID:8bN5eXjU
テーラワーダのB5vRJMfyさんは、現代にアルハットがたくさんいないなら、テーラワーダも有効ではないということになるのだが、それには答えられないの?

ちなみにテーラワーダも部派仏教であり、明らかにヴァイシェーシカの影響を受けていると思うのだがどう?

それから大乗を名のるものにたくさんろくでなしがいるのも事実ですが、
だからといって大乗がだめだというのは、明らかに詭弁ですね。

釈尊在世にも六群ビクなど、あまりよろしくない方々がいらしたのはパーリ律に明らかなので、
あなたの論法では釈尊の仏教もだめになってしまうでしょう。

それとテーラワーダさんは、そんな穢い言葉使いを推奨してるんですか?

331 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:14:43 ID:QYbFMEUa
おバカラス

出禁バカつれ

心中しwww

332 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:18:14 ID:8bN5eXjU
確かにQYbFMEUa、電波男、アホダラ等はみっともないが、彼らを大乗の代表とするのは詭弁でしょう。

333 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:18:33 ID:whhJCitR
実証してみろってw

誰かが解脱させてくれるわけじゃない

ってのが釈尊の言葉なんだが。

334 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:29:30 ID:sSml+A/o
>>332
では逆に、
貴方が代表として対話相手に選ぶ上座部は誰ですか?
或いは、どの国の上座部ですか?

335 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:37:01 ID:8bN5eXjU
私は別にテーラワーダを否定しようとは思いません。
ですがテーラワーダの一部の方が大乗を目の敵のように否定している姿勢はいただけない。
私はテーラワーダに対してたいした経験がないが、私の限られた印象では、
タイとスリランカにはあまり良い印象はありません。
ビルマにはちょっと好感を持っております。

これは私の著しく狭い所見であって一般的な見方ではないことは、いうまでもないでしょう。

336 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:41:09 ID:TjxodrfP
簡単な事じゃん。菩提心を発し六波羅蜜や十善業道を修せば個人差によって
時間はかかるが誰でも仏陀になれるよ。それが大乗、いや釈尊の真意だよ。
遅々としてでもその道を諦めずしっかりと歩む事が仏陀になる方法だし、
それ以外には無いと思う。ただし菩提心を発するのは本人に縁があるかどうかだ

337 :名無しさん@3周年:2006/12/24(日) 23:42:39 ID:sSml+A/o
>>335
了解しました。御無礼の段御容赦を・・・。

338 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/25(月) 00:14:33 ID:Y59wQaL5
現存の「大乗」を標榜するイデオロギーやドグマあるいは教団が破綻しようが滅亡しようが関知するところではありませんが・・・。

龍樹や無着・世親などの論師が阿含經典を教証・典拠として所論を展開したのは確実です。

339 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/25(月) 01:08:35 ID:Y59wQaL5
中観
http://www.shengyimaster.org/yinshun/07/yinshun07-02.html
唯識
http://www.yinshun.org.tw/94thesis/94-02.htm#_ftn20

340 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 01:31:17 ID:6mbC5ck4
時々このスレを覗いている初心者です。

どなたか解る人がいたら、無我及び縁生とその多分対極にある「あの世」を論じていただけると幸いです。

341 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/25(月) 07:23:41 ID:ucyV2H0j
>>340
対極じゃないですね。
「あの世」が縁生しとるじゃないですか。
つまり、
「あの世」がそのまま縁生。→そう想起している。

当該スレッドを貴殿がロムり(縁にふれ)、ついつい「あの世」が想起してしまった。
これを縁生という。
縁において我が生起する。
逆に言うたら、縁なくば我はない。→無我

「あの世」は縁生するが、同時に縁滅しております。


342 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 07:56:48 ID:2guZnEY1
拾い食い

反吐撒き散らす

出禁バカwww

343 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 08:12:23 ID:PemgQxAg
初心者Q:菩提心を起こしました。成仏したいと思います。
    一生懸命修業して唯識さんでは、時間はどれぐらい
    かかりますか?
高徳唯識僧侶A:三大阿僧祇劫かかるぞえ。
初心者Q:えーと、ブッダが成仏されたのが2500年前として、
    ゴータマ・シッダッダさんの初発心はビッグバンより
    遙か以前ですか。時空が存在しないのに時間概念を
    説くのはおかしいトンデモ説ではないですか。
高徳唯識僧侶A:・・・・・・、とにかく「信」の一字じゃ。
初心者:菩提心は撤回しますわ。
     ぶつぶつ・・あの坊主は妖怪か?

344 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 08:27:58 ID:PemgQxAg
>>342
サンプル・糞モルモット?!(爆笑 wwwwwwwwwww

 プギギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ ー 、もっとやれ!


345 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 10:06:04 ID:kyEaGdRT
ID:TjxodrfPって電波男?

346 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/25(月) 13:40:45 ID:Y59wQaL5
>>310
にも言及したように
唯心論
観念論
独我論
唯物論etc・・・。
の如き実体・本体論を前提とする形而上的独断(=戯論)を、佛教は言下に却下します。
そしてそのような謂わば「淘汰済み」の前提を蒸し返す企図も仔細に剔抉され、駁撃・破棄されます。

347 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 14:44:44 ID:e7d5lndy
>>328-329
> プギギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ ー
アンタこそ、その変な、ヒルデガルドもどきのモヤモヤ画で悟った気分になってんじゃないの?

> 大事な事は、当たり前だが、経典にどう書いてあるかではなく、自分がどう考えるかなんだよね。
それはだれも分かってるだろ。でも、その考えが偏見で塗り固められた勘違いだったら、どうするのさ。

348 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 15:04:59 ID:2guZnEY1
おバカラス(出禁バカ)

標本にされ

恥永劫www

349 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 15:40:24 ID:PemgQxAg
>>347
<道を知れ>
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f6/Meister_des_Hildegardis-Codex_003.jpg

何が法灯明=諸法実相か、“試行錯誤で”自己を調える=自灯明
「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」

350 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 20:00:53 ID:BcjVLzAE
成仏したとか、成仏すると確定したとか、結果論ではなく、
成仏しようと日々努力精進する過程が重要なんだね。
仏教は結果よりも動機や過程を重視してるね。
正しく修行すれば結果は自ずとついて来るよ。

351 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 20:55:28 ID:HBgp+B9V
>>345
たぶん、そう。あらゆる面でデタラメなのがここまで明かされて擁護するのは、
アホダラ以外は、本人しかいないだろう。しかしアホダラは、なんで擁護するのか?

352 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 21:11:19 ID:CPMBN37n
>>339 ttp://www.yinshun.org.tw/94thesis/94-02.htm#_ftnref18
> 識が生じるのは、自立的にでも自然発生的にでもなく、
> アシ束のたとえのように、かならず名色との相互依存の関係にある。
> 「絶対主観」といったような「識体の存在」がある、としているのではない。

雑阿含経 巻第12
> 内にこの識身あり、外に名色あり。この二つを因縁として触を生ず。この六触の
> 入りて触るるところに、愚痴にして無聞の凡夫、苦楽を受覚し、因りて種種を起こす。

> 若し 取るところの法に於いて 随ひて味著・顧念・縛心を生ずれば、
> 其の心 駆馳し、名色を追ひ逐ふ。
> 名色を縁として六入処あり。六入処を縁として触あり。触を縁として受あり。

識の理解にとって大事な視点だと思うので、訳しておきます。

353 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 21:23:46 ID:Ny5anaCS
法灯明、自灯明っていうのは、人に依らず、法に依れ、ってことでもあるでしょう。
禅語の、羅漢に逢うたら羅漢を殺し・・・、っていうのも、人に依るな、って意味だろうから。
法も無我、人も無我。法も空、人も空。
あまりの執着は苦しみの元。人にも執するなかれ、ってことでしょう。

354 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 21:43:03 ID:sZrMYKar
ナーマルーパと相互依存関係として識が生じるとして
そのもう一方の「意」との関係のありようは
どのように説明されているのでしょう?
なにやら図が書いてあるようですけど。

3つ目の図の円中の「法」→「意」が気になりますね。


355 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/25(月) 22:21:22 ID:Y59wQaL5
>>346
に述べたようなところは、卑賎なドグマタルチュフの居場所は寸毫もあり得ない(冷笑)。

356 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 22:55:41 ID:PemgQxAg
>>355
   おまいが ゆーな

  スネオよ、鏡に写った自分の姿をみろや。
 菩提心なき蝦蟇蛙が写っているだろう?
 あとは・・・
 

 

357 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/25(月) 23:13:23 ID:Y59wQaL5
>>354
『摂大乘論』に説かれる「十一識」を念頭に置かれては如何でしょう。

唯識とは畢竟、認識機能たる「識」とその対象たる「名色」−いずれも縁生−との相依関係によって成立する認識作用
が追究された帰結に他ならず、そこへ
> 「絶対主観」といったような「識体の存在」がある
などという見解が這入り込む余地は全くないものと考えます。


358 :名無しさん@3周年:2006/12/25(月) 23:30:22 ID:2guZnEY1
ボダイシン

嘴腐る

おバカラスwww


おバカラス

必要なのは

ヒライシンwww

359 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 10:25:23 ID:W4+bVmIp
へただな

360 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 11:14:56 ID:ToNh8YZc
>唯識とは畢竟、認識機能たる「識」とその対象たる「名色」

ひとつ確認したいのですが
「名色」は外界にある物質現象を指すものとして使われていますか?


361 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 11:20:03 ID:YN+8aVQu

 Ding an sich 答えてもらおうか

362 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/26(火) 11:52:51 ID:+m//PpMh
>>360
> 「名色」は外界にある物質現象を指すものとして使われていますか?
パーリや出土相応(雜)阿含には「名色は、ここなる有識の身と外なる〔対境〕とである」とあるようです。
したがって「外界にある物質現象」が前提されているわけではありません。
思うに唯識とは、かかる論点を起点に追究されていった一種の認識論でありましょう。

因みに当方年末忙事多端につき、年内は発言できないかも知れません。諒と願います。

363 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 12:36:11 ID:W4+bVmIp
>>362
すると有部や経量部との違いはどうなるのか?
一般説と全く異なるわけだが、一体何を根拠に言ってるのか?

何を「名色は、ここなる有識の身と外なる〔対境〕とである」と読んだかわからないが、
この読みから(したがって「外界にある物質現象」が前提されているわけではありません。 )にいきなり結論づけるのは無理で、全く逆にも読めると思うのだが。

原典が示されない以上、なんともいえないけど。

364 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 13:04:00 ID:YN+8aVQu
さあ、年末は、カントの純粋理性批判を再読するか。

365 :阿呆陀羅經 ◆JQPgxhpHHQ :2006/12/26(火) 13:23:22 ID:+m//PpMh
外回りの前に・・・。
>>352の訓読は
T02n0099_p0083c23(00)?   (二九四) 如是我聞。 一時。
T02n0099_p0083c24(08)?佛住王舍城迦蘭陀竹園。 爾時。世尊告諸比丘。
T02n0099_p0083c25(06)?愚癡無聞凡夫無明覆。愛??得此識身。?有此識身。
T02n0099_p0083c26(01)?外有名色。此二因?生觸。此六觸入所觸。
からのものと思われます。この漢訳から所謂「外境実在論」が発生しそれが「一般説」として流布したのかもしれませんね。
まあ、この箇所のパーリ相応部や出土相応阿含のパラレルは、研究もあることですし容易に特定出来るでしょうけど。
そして想定され得るのは、この聖典解釈を巡っての毘婆沙師と經量部→瑜伽行唯識学派との論争です。

年末業務と迎春準備に忙殺されそうです。皆様ご機嫌宜しゅう。

366 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 16:29:05 ID:YN+8aVQu
歴史的意味においてでないかぎり「哲学」を学ぶということはできない。
かえって理性に関しては、「哲学的思索をすること」を学び得るばかりである。
(カント)

367 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2006/12/26(火) 17:20:17 ID:738NYBMR
帰納法において仏教を学ぶことは至難である。
かえって論理矛盾の無限ループに陥るばかりである。
(机龍之介)

368 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 17:28:27 ID:sj5k8x6I
出禁バカ

解りもせずに

反吐を撒きwww

369 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 18:02:22 ID:j5MK4/K2
>>363
>有部や経量部との違いはどうなるのか?

有部は、諸法は、過去・未来・現在にわたり実有である、
経部は、現在は(有部と同じく)実有だが、過去・未来は実有ではない、
唯識派は、過去・未来は(経部と同じく)実有でないが、現在も実有ではない、
とするところが三者の相違点のようです。

ところで、『中論』観因縁品第一の次の偈頌の「この故に生ずることなしと知る」は、
一見「諸法は存在しない」と説いているようにも読めますが、どう考えますか?
  諸法不自生 亦不従他生
  不共不無因 是故知無生

>>365
確認してはいませんが、雑阿含経294経は、相応部 12.19 (bAlena pandito) に対応するそうです。
漢訳で見る限りでは、
無明に覆われ愛縁に繋がれて(そういう縁起から)識と身が得られ、
内つまり自己としては識と身、外は名と色があって、
これら二つを因と縁として触があり、そして苦楽の感受が色々とできてくる、
・・・、となっているようです。

370 :名無しさん@3周年:2006/12/26(火) 23:29:55 ID:eZlm3p1C
使役の意味が薄れたということはどういうことなのか、考え続けてきましたが、分かってきたのは、

内面にかかわる行為の動詞語根では、使役した結果、その行為が実際に行われたかどうかが
分かりにくい、たとえばジュニャー(知る)の使役形で言うと、相手が本当に「理解した」か否かは
確実には分からないので、「『知ら』しめる」というより「示す」というように、相手が「知る」
こと自体への使役の意味が薄れる(辻 p.269)ようになったのではないか、ということです。

このことでは、現代日本語でも同じような現象が見られます。
「作らせる、待たせる、言わせる、行かせる」などでは使役の意味が明瞭ですが、
「見せる、聞かせる、知らせる」などでは、「単に提示する」という意味合いで使われることが多いのです。
「ちょっと、一応」などをつけて言うと分かりやすいでしょう。「ちょっと聞かせた、一応知らせた」など。
外面に行動の表れない、人の内面に属する事柄(見る、聞く、知る、など)では、
そのことがほんとうに相手に行われたのか不明瞭なので、使役の意味が薄らぐのでしょう。


少年は/法を/知る。//師匠は/少年をして/法を/知らしむ。//の2文で図示しましょう。

法←―知る――少年
知るもの(対象, 法)
   知ること

少←―知らしむ――師
年………法←示す―匠
   知らしめるもの(対象, 法)
   知ら「しめる」こと(原義の使役行為)→示すこと(使役の意味が薄れて)

vijJAti と vijJapti の語義に関しても、同様な見方が可能だと思います。
vijJAti  knowledge 知るもの(知識), understanding 知ること(理解)
vijJapti  information 知らしめるもの・告げるもの(情報), report 知らしめること・告げること(報告)

371 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 00:14:32 ID:KWtBqQSX
そこから言えることは、使役形「知らしめる」jJApayati は使役の意味が薄れても「知る」
jJAnAti にはならない、ということです。あくまでも「示す、教える、告げる、表す」など
の意味であり、「知る」にはならない、と。

したがって、使役の受動でも、たとえば、「知らしめられる」jJApyate は「示される、教え
られる、告げられる、表される」などであり、単なる受動「知られる」jJAyate になる訳では
ない、ということです。

以上のことは、vi-√jJA- に名詞化の接辞 -ti が付く例でも同じで、使役形 *jJapti は
「*知ること」にはならず、「示す、教える、告げる、表す」行為(またはその対象=いわゆる
直接目的語)であって、もし「*知ること」と言いたかったならば *jJAti を使うだろう、と。


前スレの899で倶舎論から引用された無表色についての漢訳2つ、
 不如有教色可令他知。故名無教。/而非表示令他了知。故名無表。
にあっても、明確な使役と言えるのは、令他知と令他了知だけであり、
教や表示・表は使役の意味が薄れたものと解釈すべきではないかと思えます。

もっと考えてみなければ、とは思いますが、現時点での見解をまとめておきました。

372 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 00:57:56 ID:iTXEQRyy


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    {,:' , ,  ,','  l ,      ゙、   ゙、 ヽ
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   ', ',、ィ'゙ ,;'''テ、    "{(゙フヾ、 ヽ,' ,'|    |  |
    '´ ',ッ'{ー'.:}       |.:.:.:.:}  ,' ,'-'、   l  ,'
     {} ゝ-'       ゙ー" ,' ,'、) } ,'   ,'
      ゙'l    丶         ,' ,'ノ_ノ ,'  ,:'
     ノ人    ⌒       || 7   /_/
    /,:'  ゙ヽ、       , |h,ヽ、 ノ
  //     ゙ヽ、__、、- '   |、 ', ヽ
  ( (         | 〉冖7‐''" ゙、}  }     お父様、晶子は寂しいより、悔しい。
   ヾ'、       ノ/ / /彡-' "ノ ノ
     ヾ,   _, -'/ / /   ノ/ \       この世では決して知りえない、あるがままを知りたいわ。
    _ノ  /   (ノ / _,, - '' "    ゙、
                            肉体を滅されたあなたは、お知りになったの? この世の存在の神秘を。

一切行無常 一切法無我 一切皆苦 涅槃寂静            




373 :足乃 香:2006/12/27(水) 03:57:52 ID:setPt8E/
結局愛が大切なのね。理屈ばっかりこねてないで、愛を実践しなさいよ。
難しいことばっかり言ってると禿げ上がるわよ。

374 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 06:10:56 ID:ol+DU/Vc
次の解釈であってる?

一切行無常 この世に不変なものは存在しない
一切法無我 輪廻転生を繰り返す不変の「我」は存在しない
一切皆苦  (略)
涅槃寂静  死んだら終わり        


375 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 06:56:19 ID:WOsjZoHP
>374
一切行無常 この世に不変なものは存在しない

以下あってない。本来はこう。
一切法無我 あらゆる現象に「我」(本質)はない
一切皆苦  輪廻の現象一切は、苦である。
涅槃寂静  悟りは楽である。        

死んでも終わらない輪廻する。輪廻の主体はない。
なぜならあらゆる現象に我はないからである。
現在の我々が無我であっても縁起して連続して自己同一性を保っているように錯覚するように
死後も無我であっても縁起して連続して自己同一性を保っているよう現れる。

これが仏教の一貫した考えであり、ただし業がどのように縁起するかについて
解釈が分かれ、いろいろなことが言われた。だが以上は変わらない。

君の解釈は、誰が言ってたんですか? 完全な誤りです。

376 :足乃 香:2006/12/27(水) 07:24:52 ID:setPt8E/
あんたたち、本当にすきね。そんな輪廻があるかどうかなんてわからないじゃないのよ。
どんな偉い坊さんが言ったんだか知らないけど、盲信もほどほどにね。
これじゃ宇宙人や神を信じる子供と変わらないわ。

377 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 08:17:40 ID:iTXEQRyy

 「馬鹿は死んでも直らない」という格言は真理ですか?
 
 馬鹿さも輪廻するんですよね?

 しかし、業・輪廻・神・悪魔なんて経験的な実証性のない形而上概念ですよね。

 バカモン教が輪廻したヒンドゥー教では馬鹿も輪廻するんですよね。

 したければすればいいんですよね。♪ カラスの勝ってでしょ ♪

378 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 09:35:15 ID:iTXEQRyy
だから、梵我一如では
ブラフマンと馬鹿は一如だから
ブラフマンは馬鹿ということでFA?

379 :名無しさん@3周年:2006/12/27(水) 10:41:54 ID:C3ryQFRy
>>369
そんなこと聞いてませんです。阿呆陀羅經がなんで「外境実在論」に拘っているか考えてみてください。
彼はただ電波の唯識は外界を認めるという説をフォローしたいだけ、だから>>357 >>362 >>365と言ったですね。詭弁なわけですが。

認識論的に単純化するとインド仏教四大説は、以下のようになると言われてます。
      対象     知覚
有部   有       有
経量部  有       有
唯識   無       有
中観   無       無

電波や阿呆陀羅經の説をとるならインド以来のこのスキーマが否定されるけど、それでいいのかという意味ですよ。

中論については縁起として法は仮設されるが、自性・本質が実在することはないという意味だと理解してます。


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