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人生台無し、親鸞会

1 :名無しさん@3周年:2006/04/24(月) 23:50:00 ID:4IoPHSrs
このスレは、だいたい親鸞会の反社会的行為・内部問題について語りあうスレです。
会員の人もそうじゃない人も、 良識あるレスを心がけましょう!

     ______
    /|     /\
  /| ̄ ̄ ̄ ̄|\/   けんかしないでね、厨房のみなさま。
    |____|/
     ,,,,,,,,,

■ルール
・荒らしは原則「禁止」&「放置」です。                
・一般会員の個人名を出さないようにね。伏せ字でも。
・人を罵ったりする人は来ないで下さい。
・2ch議論はスレ違いなのでよそでしてください。
・AAはひかえめに。

最近とても思考停止としか思えない荒らし行為をする人がいます。
一般常識を守って、みんなが見て気持ちの良いレスを心がけましょう(^^)/

■親鸞会スレッド暫定まとめページ
http://light.kakiko.com/skaimatome/




2 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 00:19:59 ID:zD6Gc0dD
2ゲット 親鸞フォーおまんこしたい!!

3 :名無し三鳥@3周年:2006/04/25(火) 00:23:08 ID:ucP4TPqN
3取りー!!!

4 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 00:27:17 ID:KqC2MH2e
人を害し毒するのが仏教スレッドhttp://life7.2ch.net/psy/#8
の地縛霊であり
そして太刀山型の土俵入りの守護霊
それが
顔文字電波( ‘,_ゝ‘)◆ 寄生虫だらだ


)プッ

5 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 01:09:56 ID:K2gJErwA
>>1
スレ立てるの早過ぎだ。

6 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 15:31:37 ID:e+hSmw1P
台無し!!

7 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:17:04 ID:7USWJkdv
公認サイト

親子で知って頂きたい『浄土真宗親鸞会』
http://homepage2.nifty.com/shinran/
写真倶楽部 花と緑の親鸞会
http://park1.wakwak.com/%7Eshinran/
名句名言の裏側
http://meigen.ivory.ne.jp/meiku/
こすぎの森
http://imizu.main.jp/
お料理倶楽部
http://cooking.hoyu.net/
親鸞会同窓会サークル「ルボアール」
http://live.usj.to/revoir/
自殺サイト なぜ死んではいけないのですか
http://inochi.jpn.org/jisatsu/

8 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:18:19 ID:7USWJkdv
親鸞会批判の真実 「家族の絆」の正体
http://www.nurs.or.jp/%7Eracoon/
 本願寺僧侶による親鸞会批判が如何に事実に反する、信憑性に欠けた内容が検証、とのこと
親鸞会の真実 なにが息子を変えたのか
http://www.geocities.jp/ongwanji/
 会員の息子をもつ父親の見た、親鸞会の姿
真宗原理主義の台頭
http://cult.zero-yen.com/
 新宗教の風土(岩波新書 1997年)の引用
親鸞会ちゃんねる
http://tamahi.parfe.jp/
親鸞会マル秘情報局 極秘情報?
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/2372/



9 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:20:24 ID:7USWJkdv
http://shinranshonin.hp.infoseek.co.jp/
なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで
http://shinrankai.9jp.net/
続なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで
http://shinrankai.hopto.org/
なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで プラス
http://www4.pf-x.net/%7Eshinrankai/
なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで レッスン
http://mindcontrol.skystorm.net/
マインドコントロールとは何か
http://shinrankai.sytes.net/
親鸞会の本尊論を再考するを読んで


10 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:23:11 ID:7USWJkdv
>397 :名無しさん@3周年:2005/07/08(金) 21:34:31 ID:A4JkR8az
>大体、覚・不覚を論ぜずという親鸞聖人のお言葉になにがしかの反論がなされているでしょうか。
>恐らく会長は自分の味わった神秘体験を誠の信心と思いこんでいるようで、
>その揺るぎない思いこみが会員をその気にさせているのでしょうが。

ほほう、「覚・不覚を論ぜず」は、親鸞聖人のお言葉、だとおっしゃる。
この発言に同調したアンチが、

>417 :名無しさん@3周年:2005/07/08(金) 23:42:34 ID:V82rZloa
>>大体、覚・不覚を論ぜずという親鸞聖人のお言葉になにがしかの反論が
>なされているでしょうか。
>まったく同感。
>会員は後者の質問に答えてみ。 どうせ誰も答えられんだろ。

と、けしかける。
まあ待て、「覚・不覚を論ぜず」は、本当に親鸞聖人のお言葉なのか?
そう問えば、

>446 :名無しさん@3周年:2005/07/09(土) 11:32:35 ID:ee9z0oM1
>御裁断御書です。
>親鸞会の教学は高森会長の信仰にとって、都合の良いところしか教えませんから、
>ご存じないのも仕方がないかとは思いますが。

おいおい、
「御裁断御書」って、江戸時代の三業惑乱騒動の時に、本願寺法主の本如が書いたものだよ。
「親鸞会の教学は都合の良いところしか教えません」と言いいながら、自分の都合の良い言葉を、勝手に「親鸞聖人の言葉」にしているのは、誰だろうね。

釣られた人も、醜態を晒した訳です。




11 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:23:41 ID:7USWJkdv
メディアの見た親鸞会 〈書籍や新聞記事などがとらえた姿〉
http://nagoya.cool.ne.jp/ls-sg7/
 岩波講座 日本通史 第21巻 (岩波書店 平成7年初版発行)
  宗教意識の現在 3.「土着型」新教団の台頭 真宗「原理主義」の挑戦
  http://nagoya.cool.ne.jp/ls-sg7/nihontushi.htm
 真宗王国と新宗教「蓮如さん今を歩む」 (北国新聞社 平成8年初版発行)
  第一部 世は乱れ法もなく−法話に集まる若者たち
  http://nagoya.cool.ne.jp/ls-sg7/shinshuokoku.htm
 富山新聞 平成9年10月28日号 掲載記事
  「神よ仏よ」 信仰厚き北陸路を行く
  http://nagoya.cool.ne.jp/ls-sg7/shinkouatsuki.htm
 RENNYO THE SECOND FOUNDER OF SHIN BUDDHISM
  (Asian Humanities Press, 1991)
  http://nagoya.cool.ne.jp/ls-sg7/rennyo.htm



12 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:25:10 ID:7USWJkdv
親鸞会の発足である1950年代は、いわゆる“神々のラッシュアワー”、第二次宗
教ブームの時期にあたります。

 しかし注意しておきたいことは、親鸞会では宗祖はあくまでも親鸞聖人だとし
ていることです。
 会員さんから「現代の善知識」と尊敬されている会長も「親鸞学徒」を自称し、
「珍しき法」(自分で考えた新しい教え)は何一つ説かないとしています。

 このことから親鸞会は新宗教・新新宗教と呼ばれることを好みません。
 親鸞上人の教えの原点に立脚し、親鸞上人の教えを正確に、迅速に、一人でも
多くの人に伝えるための団体、と自己を位置づけています。あくまでも伝統仏教
の中の革新運動とする立場のわけです。

 また、親鸞会の特徴として注目されるのは若者が多いことです。本願寺をはじ
めとする既成の仏教が若者にそっぽを向かれているのとは対照的です。

 しかし若者たちが集まるのは、オウム真理教のような超能力やオカルトを求め
てのことではありません。
 親鸞会自身が行った参詣した若者が「どんな教えに心ひかれたのか」というア
ンケート結果を見ても、「諸行無常」「因果の道理」などがトップに挙げられて
います(『顕正新聞』第533号 平成8年4月15日)。



13 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:32:39 ID:7USWJkdv
○『宗教を現代に問う』
 横山真佳氏ら毎日新聞社特別報道部宗教取材班が編集した『宗教を現代に問う
 1』(毎日新聞社、1976年)では、「反乱……異端か、改革か」という項を設
け、新宗教団体として親鸞会を紹介しています。

 本願寺がどんなに呼びかけても振り向いてくれない若ものを親鸞会はつかまえ
ているのだ。(168頁)

と述べ、本願寺の三木照国氏のレポートの引用で文章を締めくくっています。



14 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:33:21 ID:7USWJkdv
親鸞会 特集記事一覧
http://www.shinrankai.net/
浄土真宗講座
http://www.shinrankai.info/
ブログクラブ
http://homepage2.nifty.com/scroll/
日本一周
http://shinran.jugem.jp/
真宗 Watch!
http://blog.goo.ne.jp/shinrankai/
親鸞会ちゃんねる 各地のサイト
http://advanced.gooside.com/
さやかのお部屋
http://sasayaka.exblog.jp/


15 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:35:01 ID:7USWJkdv
岐阜・長良ふぉーらむ
http://nagaraforum.client.jp/
飛騨ふれあいの里
http://2shin.net/hida/
岩手法友のつどい
http://hoyuiwate.ifdef.jp/
フリーダム静岡
http://blogs.yahoo.co.jp/freesizuoka
どさんこだより
http://dosanko18.nobody.jp/
熊本県のホームページ
http://kumamotogkt.sakura.ne.jp/
広島法友のつどい
http://akishinrankai.bufsiz.jp/
滋賀のみやこ
http://sigamiyako.nsf.tc/
法の花咲く京都
http://www.hana-kyoto.net/
神奈川県 菩提 !
http://bodhi.cocolog-nifty.com/top/
岡山県
http://okayamagkt.sumomo.ne.jp/
兵庫県
http://hyogo.big-site.com/


16 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:35:46 ID:7USWJkdv
匿名の掲示板において大事なのは、情報の取捨選択です。
たとえば2ちゃんねるのスレッドにおいても、ある特定の宗教団体をことさらに「カルト」と言う一握りの人たちがいます。
しかしその内実をみると、
立証不可能な自分の体験談や、単なる印象を根拠として、カルトと断じている事が分かります。
なおかつ、自分は客観的な立場に立っているようなふりをして、内容をみると明らかにある特定団体に悪い印象を与えようと言う、
明確な意志を感じるものもあります。

しかしその団体について詳細に調べてみると、創立以来半世紀近い歴史の中で、
犯罪や訴訟とも縁がなく、他の「カルト」と言われる団体にみられるような被害者団体の存在や、
それによる集団訴訟なども皆無であり、
本部のある所に行くと、意外と地域住民からも信頼を得ている事実をみて、驚くことがあります。

また、「敗残者と罵られた」「脅迫に近い嫌がらせを受けた」などという「被害者の体験談」なるものも、
「そんな事実はなかった」といった証言も併せてなされている事が分かりますし、
そうした発言が「ネット工作員」の手によって組織的に行われているかのような印象を持たせようと、
情報操作していることにも気づくでしょう。

自分の証言に自信があるのならば、匿名の掲示板など使わないでしょう。
犯罪という確かな事実があるのなら、訴訟をするでしょう。
事実従来の「カルト」と呼ばれる団体の殆どが受けている、そうした訴訟も、この団体は受けていません。



17 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:36:22 ID:7USWJkdv
こうした一連の発言にも「名無しさん」である彼らには責任感のかけらもありません。
そして普通の人が仕事や勉強をしているはずの時間に、彼ら「アンチ」は今日もひ
どく偏った中傷文のコピペを繰り返しているのでしょう。

私は親鸞学徒としてより、同じ人間として、彼らに深い哀れみの情を感じます。

誰しも人間として過去の自分を後悔したり、やるせない感情やえもいわれぬ苦悩に
沈むことはあるでしょう。普通の人間はそれを自分自身の心の葛藤によって乗り越
えようとします。しかしそれができず匿名掲示板に悪口を書き込むことによってし
か、解決の方法を持たない人もいるのです。

もう一度、仏法を聞いて、かけがえのない人間性を取り戻してもらいたいと切に念
じています。

18 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:46:44 ID:7USWJkdv
情報操作にはまらないため、あるいははまりかけたときに
脱け出すためのアドヴァイスを記します。

1. 匿名の掲示板で、四六時中ある特定の宗教団体への非難を、ねちっこく
そこら中に貼り付ける人がいたら要注意です。正常な人間でかつ非難する
根拠があれば、名前を隠して非難はしません。

2. おかしいと思ったらはっきり無視すること。避難者者は、人間的にも社会的にも
どうしょうもない人物である場合がほとんどです。 しかし捏造情報に流されて事柄
の本質を見ないでいると、本当にすばらしいものを見失ってしまいます。

3. 「自分たちの言うことだけ心理である。親鸞会の人たちはみんなマインドコントロ
ールされており、彼らの話はみんな嘘である。」 などと言われたら、 それが悪意
のある情報操作の始まりです。情報操作を拒絶する一番よい手段が、2ちゃんねる
などの匿名掲示板での発言がいかに、無責任なものかを知ることです。



19 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 21:50:33 ID:7USWJkdv
富山青年の集い
http://sun.aea.to/shinran/
宮城県会員のページ「杜の都教室」
http://shinran-sendai.town-web.net/
秋田法友ネット
http://akita-hoyu.hustle.ne.jp/
鹿児島県・宮崎県 法友のつどい
http://www.utinti.com/%7Emiyago/
滋賀県湖南地区 (草津・守山・近江八幡・栗東・大津)
http://www.shiga-konan.net/
福井親鸞学徒の集い
http://www.fukuigakuto.com/
三河新報
http://f42.aaa.livedoor.jp/%7Emikawa/
名古屋
http://www.nagoya-hoyu.net/
三重 みえの法灯
http://shinran-mie.com/
和歌山県
http://wakayamahoyu.blog28.fc2.com/


20 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 23:30:29 ID:5vzigcm9
このスレは重複スレにつき、削除依頼が出されてます。
下記へ移動してください。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1144676240/l50

21 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 23:38:20 ID:DmBsn4zz
まぁそのスレが終わったら使いましょう。
残ってれば。

22 :名無しさん@3周年:2006/04/25(火) 23:50:14 ID:W4q080As
成功のヒント
http://user.ftth100.net/ricercare/
ちょっと一息ためになる話
http://inochi.jpn.org/hitoiki/
親鸞会 Watch!
http://cokolo.cocolog-nifty.com/
親鸞会の報恩講へ行こう
http://houonkou.ojiji.net/
ルドルフのホームページ
http://shinran3.hp.infoseek.co.jp/
親鸞会 WEBLOG Watch
http://homepage2.nifty.com/scroll/
親鸞会総合リンク集
http://cube4.fc2web.com/

23 :名無しさん@3周年:2006/04/26(水) 00:06:44 ID:NRREzMO+
親鸞フォー 尼さんとおまんこしたいフォー!!

24 :名無しさん@3周年:2006/04/26(水) 00:53:03 ID:rn/2/TXv
###私は2チャンネルの良心の力を信じています。###
今栃木リンチ殺人事件で知られていないこの事件の最悪の結果に日産自動車総務部の関与していた疑惑と県警との事件もみ消し癒着の疑惑。
それは、


日産自動車はこの件に関して黙秘し続けているようですが
隠蔽体質は三菱自工の2の舞になる可能性を暗示しているようです。
日産栃木従業員による同社従業員リンチ殺害事件について
簡単な時系列

1999.09.30 被害者の上司が異変に気がついた。
1999.10.08 被害者最後の出社日。
1999.10.13 総務部 事件の実態を知る。
1999.10.19 栃木県警 事件の実態を知る。
1999.12.02 被害者殺害される。

日産総務部は、退職願を出せと督促を執拗に繰り返すと共に、
被害者が犯人らと単に遊び呆けているかのようなレポートを警察に
提出し捜査を足止めすると共に、元警視である従業員を使い、事件にしないよう
栃木県警の動きを抑えた。
その結果、現場の警官が、犯人との電話で不用意な発言をし、
それが殺害タイミングを決めるトリガーとなった。

日産は、この事件での日産の役割についての報道に圧力をかけ、
未だにマスコミからは報道されていません。

日産株を購入される日産株株主のみなさん。
日産はこんなことをやる会社なんですよ。
今日はこの板上位200にこれをはらせていただきます。
世間にこのことが公になったら日産株はどうなるでしょうかね?
私はとても心配です。


25 :名無しさん@3周年:2006/04/26(水) 12:21:02 ID:9sRBtYMo
比較サイト
http://seaglet.sakura.ne.jp/


26 :名無しさん@3周年:2006/04/26(水) 17:46:51 ID:w28s6P4M
人生台無しどころじゃないよ
死後まで台無しだよ

27 :名無しさん@3周年:2006/04/26(水) 22:51:34 ID:Hfgd3cjU
おまんこびしょぬれ

28 :名無しさん@3周年:2006/04/28(金) 17:59:41 ID:oucYD+xe
黙って聞けよ

29 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 03:22:01 ID:sZ5yREho
親鸞会

30 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:00:57 ID:Q7g8NkJ4
(1)「信心決定はユートピア」と述べておられましたので、親鸞聖人や蓮如上人のお言葉で、「信心決定という体験は間違いなくある」と明らかにいたしました。お分かりになりましたか?

31 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:01:32 ID:Q7g8NkJ4
(2)「親鸞会の教義」と何度も繰返されますが、「親鸞会で教えられていること」と「親鸞聖人の教え」とは、どこか違いが有るのですか?

32 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:02:53 ID:Q7g8NkJ4
(3)「反証不能な因果の道理が、なぜ真理といえるか」というナンセンスな質問を繰返していますが、貴方は「反証可能なものでなければ、真理ではない」と思っておられるのですか?

33 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:06:08 ID:Q7g8NkJ4
(4)科学的な真理のすべては「反証可能な仮説である」ということは、少しでも科学を勉強した人にとっては常識ですが、貴方はご存知ですか?

34 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:08:11 ID:Q7g8NkJ4
(5)「因果の道理は錯誤相関」と述べておられますが、因果の道理を根幹として説かれた仏説を、貴方は否定するのですか?
そもそも貴方は、お釈迦様をどういうお方だと思っているのですか?
自分は釈迦以上の人間だと思っておられるのですか?

35 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:09:12 ID:Q7g8NkJ4
(6)キリスト教社会では、生まれた子供に親が洗礼を受けさせ、教会に通わせ、神の存在、善悪の価値判断、歴史の目的、罪の起源と贖罪等、これらを宗教とも言わずに教え込み、信じるか信じないかの判断力さえない子供に信じ込ませています。
彼らは、天地創造や原罪、処女降誕、キリストの昇天や復活など、およそ今日の科学と相容れない教義を、自然科学的法則や歴史的事実のように語り、クリスチャンは普遍的真理として受け入れています。
だから、その後自らの力で、教え込まれた知識体系に客観的に反駁することができないのです。
このことは、ユダヤ教でも、イスラム教でも同様です。
死んだら天国、神の国へいけると狂信して、自爆テロまでするものが、後を絶ちません。
「青春を返せ」どころか、「人生を返せ」ではありませんか。
さて、これは内心の自由に不当な影響力を行使する、許されない行為ではないでしょうか。
あなたの論法からすれば、これらの社会は、巨大なマインドコントロールをしていることになるのではないでしょうか。

36 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:10:13 ID:Q7g8NkJ4
(7) 作家の五木寛之氏は、「人生の目的」という本の「あとがきにかえて」 の中で、「悟り、来世、浄土、輪廻」などは物語だと書いています。
この五木氏を、何と本願寺は賞讃しています。淨土を物語として「死んだらお助け」と説いているという点で、同じ程度と言うことでしょう。
しかし、いかに共感して信じようとも、それが単なる物語であれば、やはりそれは、現実の苦しみから逃避するごまかしにすぎません。
いかに、死後の華降るお浄土を夢見ていようと、神の国を思い描いていようと、死ぬときには、「しまった。浄土も天国も御伽噺だった。神も仏も存在しなかった。思い込んでいただけだった」と言うことになるでしょう。
マルクスは、こんな宗教を「大衆の阿片である」といい、レーニンは、「毒酒」と言ったのです。この世の救いを説かぬ本願寺の教えは、まさに、阿片であり、毒酒といわれてもしかたありません。
親鸞聖人の教えと偽って、似ても似つかぬでたらめを教え、大衆を騙している本願寺こそ、マインドコントロールの親玉ではないでしょうか?。

37 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:11:47 ID:Q7g8NkJ4
(8)後生の一大事は自明のこと、と言いながら、まったくそれを説かず、また解決の一本道である「一向専念無量寿仏」も教えない本願寺が、もはや救いがたいほど腐敗堕落の極に達していることは、貴方も認められているとおりです。
これまで、本願寺の多くの御門徒が、だまされてきた被害者であることを、貴方はどう思われますか。
また、その本願寺被害者を何とか救おうとして、日夜、親鸞聖人の教えをお伝えしている親鸞会の活動を、貴方は阻害しているのですが、その自分の行為が、本当に「人助け」だと思いますか。

38 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:36:53 ID:Q7g8NkJ4
(9)貴方のサイトを見た、何人もの退会した方から、「私は、あんな恩知らずになりたくない」とか
「親鸞聖人の教えは、今でも信じています。あんな卑劣な人間と一緒にしないでください」というメールを数多くいただいています。貴方は、これをどう思いますか。
つまり、貴方は、いろいろな事情で退会された方々の気持ちまで踏みにじり、傷つけ、新たな被害者を生み出していることになるのですが、このことを人間としてどう思われますか?

39 :名無しさん@3周年:2006/04/29(土) 21:38:06 ID:Q7g8NkJ4
(10)この世でハッキリ救われるという「平生業成」の教えが、親鸞聖人の教え以外にありましたか?
お得意のネットで調べてみて、結果はどうでしたか?
人生の目的が、親鸞聖人の教え以外に見つかりましたか?

40 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 17:36:59 ID:KXdIvqul
>>35
聖書を文字通り読んで創造論を主張するのは聖書原理主義者ぐらいだと思う
一般的なキリスト教徒は科学と信仰のバランスを取っている
だいたい今日の科学を切り開いた西欧社会こそ、キリスト教社会じゃん

>彼らは、天地創造や原罪、処女降誕、キリストの昇天や復活など、およそ今日の科学と相容れない教義を、
>自然科学的法則や歴史的事実のように語り、クリスチャンは普遍的真理として受け入れています。

それを言い出したら親鸞会も大無量寿経を歴史的事実のように考えてそうだが…

41 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 17:40:37 ID:KXdIvqul
>>35
たとえば、西方極楽浄土というが、どこまで西方にいったら浄土はあるの?
西に進み続けたら元いたところに帰ってくるだけだよ


42 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 19:50:35 ID:kWin2nmr
背後にいる(金出してる)のは公安調査庁親鸞会が反社会的な団体と思われていないなんて、
思っているのは、親鸞会会員だけでしょ。
実際、警察や大学などの諸機関に多数の相談が寄せられているし、
国家機関からマークされているのは暗黙の了解ですよ。
統一協会と同じ勧誘しておいて、反社会性とかカルト性がないなんて片腹痛い。

会員粛清規定第3条(2)組織破壊行為  
(1) 支部長の指示に従わない。
(2) 講師部を批判する。
(3) 本会の機密を漏洩する。
(4) 本会の和を乱す。
(5) 本会の指示に対する批判的言動。
(本会の指示、方針、通達、活動目標等を批判する)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           誓約書
 浄土真宗親鸞会 
  xxxx先生
  教学講義受講に際し、以下を誓約いたします。
   (1)活動に関する不満や批判的言動は絶対にいたしません。
   (2)本会を誹謗中傷するものがあった場合は上司に直ちに報告します。
   (3)誹謗するものを知りながら黙殺した場合にはどんな処罰をもうけます。
   平成_年_月_日 ___支部 氏名_______印
  [保証人]
   上記のものは誓約通り実行し、受講者として問題ないことを保証します。
   平成_年_月_日 氏名_______印


43 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 19:53:20 ID:kWin2nmr
宗教法人浄土真宗親鸞会被害 家族の会
http://homepage2.nifty.com/nonsect/
カルト問題の複雑性
http://ww4.et.tiki.ne.jp/~sophia/pb/cult/cult2.html
≪宗教法人浄土真宗親鸞会被害≫ 家族の会
「新勧 〜 学生部・新入生の勧誘について 〜」親鸞会とは?
http://homepage2.nifty.com/nonsect/shinkan-1.html
≪宗教法人浄土真宗親鸞会被害≫ 家族の会
「新勧 〜 学生部・新入生の勧誘について 〜」親鸞会とは?
http://homepage2.nifty.com/nonsect/shinkan-1.html
なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて
http://shinrankai.mindcontrol.tonosama.jp/naze12.html
http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/haizansha.html
論説 ネット社会と謗法罪
http://shinrankai.hankyo.genin.jp/toko5.html
親鸞会は今後文化系サークルを偽って、何も知らない学生を騙して勧誘して、
学友部の人数を水増しするようなせこい真似は止めていただきたい



44 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 19:55:56 ID:kWin2nmr
>303 名前: 名無しさん@1周年 02/07/16 20:21
家族ぐるみで手紙を抜くのは事実というか有名な話。
M晴のまるまる太った豚みたいなおかかが主犯格だよ。
だって自分で「先生のところにくる手紙はみんな見てます」って
豪語してるくらいだから。
人様宛ての手紙を勝手に開封して自慢してるこの豚の神経を疑い
ますね。で、この検閲を通った手紙だけがめでたく読まれること
に。もちろんこやつらにとって都合の悪い内容のものは闇から闇
に葬られる。
しかし、すべて開封してるとキリがないため、反体制リストにあ
る会員や仔牛の名前入りから優先的にチェックしてる模様。で、
その対抗策としてノーマークの会員さんに代筆依頼して突破を試
みたりなど不毛ないたちごっこが展開されてゆくわけ。


W部さん破廉恥行為一回目
けんしん学院で女性講師に執拗に近づいたりキスを強要。
発覚後副学院長解任。東海のアニメ作戦参加後ハワイへ左遷。
W部さん破廉恥行為二回目
こうせん部ビル居住の女性講師の部屋に夜遅く侵入。被害者に速攻で報告される。
こうせん部長解任される。
明らかになっているのは以上。



45 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 20:00:56 ID:kWin2nmr
質問
「偽装サークルをもつ宗教団体の勧誘や合宿などで
精神的苦痛をうけて、うつ病などにかかった場合、
訴えることはできますか?」

答え
「不法行為に基づく損害賠償請求が可能です。根拠は次の2つ。」

民法第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される
利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条  他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は
他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定
により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、
その賠償をしなければならない。



46 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 20:01:30 ID:kWin2nmr
質問「カルト宗教団体に寄付金という形で、一度支払ってしまったお金でも
返してくださいと訴えて、返してもらえない場合額訴訟を起こせば戻って
くるでしょうか?」

答え:
既に履行された寄付(贈与)は撤回することはできません。
民法第550条(書面によらない贈与の撤回)
書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。
ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。

A錯誤(民法第95条)を理由とする返還請求については、裁判所法3条にい
う法律上の訴訟にあたらない として、これを否定するのが最高裁の立場。

B寄付が宗教団体による詐欺又は強迫による場合には、意思表示を取り消して、
寄付金の返還を求めることができます(民法第96条第1項)。

質問
「ある宗教団体から精神的苦痛を受けた場合の苦情申請というものは
存在しますか?
金銭的な面は解決しました(返金請求できました)。
せめて交通費を請求したいんですが。 」

回答
「交通費使用などの証拠はありますか。
手帳、日記、カレンダーのチェック、何でもOKです。
それをもって弁護士と相談し、簡易裁判所に少額訴訟を起こしましょう
(60万円以下・弁護士立会不要・審理1回のみ)。 」




47 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 20:03:07 ID:kWin2nmr
私は親鸞会が「なぜ生きる」や「光に向かってシリーズ」を、ブックランキングの上位にランクインさせる為に、
会の資金で購買する運動が納得できませんでした。
そんなことまでして、上位にランキングさせなければならないのか、と疑問に思いつつも、
当時は批判の声をあげられず、ただ言われるとおりにやっていました。
一万年堂出版には、出版業界のプロの人がいて、親鸞会では、ランキングに反映されるように、
個人で購入する場合にも、各県のどの店で書籍を購入すべきか、会員は指導されていました。
「全国の購買推奨店」が発表されていました。
そして、会から事前に資金をもらった時は、そのお金で「なぜ生きる」や「光にむかってシリーズ」を本屋で購入し、
自分のお金で支払ったときには、あとで購入した書籍とレシートをもって、本部会館の経理課に提出し、
お金は返金してもらっていました。 この運動は幹部にしか知らされていないのか、あまりそれらの書籍(現物)をもって、
経理課の前を うろうろしないように、との注意もありました。
こうして、ランキングが上位にあがると、会員の人たちは喜んでいましたが、私は作られたランキングを
心から喜ぶことはできませんでした。



48 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 20:05:37 ID:kWin2nmr
親鸞会では、これらの運動を、講師部や親友部員、ビデオ講師をはじめ、幹部の会員を動員し、何百人もの会員が
おこなっていましたので、親鸞会には、「なぜ生きる」や「光に向かってシリーズ」が 沢山、在庫で残っていると思います。
そのため、降誕会や報恩講のたびに、一定額以上の御報謝をおさめた人に、記念品として配っています。
本の名を宣伝するためには、そのようなことまでしなければならないものでしょうか?
私は、宗教団体で純粋に信仰を求めていた元会員として、宗教団体がこのようなことをすることに
大変、抵抗を感じていました。
上位にランキングさせるための指導は、本当に巧妙でした。 ランキングに反映されない書店で、どれだけ購入しても、
宣伝にはならないので、 必ず、「購入推奨店」で購入するように言われました。 そして、1週間あたり何冊購入すべきか、
など、しっかり決まっていました。
また、同じ人が、同じ書籍を、毎週決まった冊数購入すると、店員に覚えられるかもしれないので、
数人で、誰が何を購入するかなどを、毎週変えて、店員には覚えられないように気をつけていました。
書店に1冊しかない場合は、他の客が買いに来るかもしれないので、購入してはいけない、などの注意もありました。
このように、とても詳細な指導が行なわれていました。
こうして、ランキングは上位に入りますが、当然の結果であり、まったく作られたランキングをみては、
罪悪感を感じていました。
これらの行為は、会員にもできるだけ知られないようになされていたのではないか、と思います。
私が書籍を買いに行けないことがあり、「○○さんにしてもらってもいいですか」と講師の人に聞いたら、
「あの人は疑問に思って、いろいろ言うと思うから、させてはいけない」と言われました。 おそらく、一部の幹部しか
知らないことかもしれません。
私も最初は、別に違法行為ではないし、親鸞会以外でもけっこうされていることかもしれないから、まあいいか、と
思っていましたが、問題ないことなら、なぜこそこそ隠れながら やらねばならなかったのか、ということも疑問でした。
本当にあの頃、自分はおかしかったと思います。



49 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:14:51 ID:p46ih1av
(11)『顕正新聞』には、大学生の子供から仏法を聞いた両親の喜びの声が、しばしば掲載されています。「親には言うな」というような指導が本当になされているのなら、こんな事実はどうなるのでしょう。 
また、祖父母や親戚、友人と一緒に聞法、という話もよく聞きます。
「ご恩のある人、大切な人に、仏法を伝えよう」という気持ちの表れではないでしょうか。
事実、一人の大学生から親へ、祖父母へ、お世話になった人たちへと、どんどん法の輪がひろがっている事例が、いくつも報じられています。
「マニュアルどおりのことが組織的体系的に行われている」という貴方の主張と、まったく反しているこれらの事実を、貴方はご存知なのですか?

50 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:16:52 ID:p46ih1av
(12)「引き離し」「兼部カット」なども、仮にこれが事実としても「巧みな情報操作」などという大げさなものでしょうか。
熱心なサークルなら、どこでも「兼部するな」と言うし、それがいやなら、やめればいいだけの話です。「引き離し」など、みんなケータイのメール交換をして自由に連絡を取り合っている時代に、できるわけがありません。
それでも貴方は、「親鸞会ではマニュアルどおりのことが行われている」と強弁するつもりですか?

51 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:17:27 ID:p46ih1av
(13)あたかも仏説の全てを、「人間の智恵で、全て理解できる」と誤解を与えかねない表現を使っている、とのことですが、そんな誤解をするのは、貴方くらいではないですか。
「絶対の世界が、相対の人間の智恵で完全に理解できるはずがない」というのは、大学生程度の知性があれば、普通は常識です。
また、そのように何度も言われたはずです。
親鸞聖人も、弥陀の誓願を「難思の弘誓」「超世の悲願」「弥陀の誓願不思議」と言われ、救われた絶対の境地を「不可称不可説不可思議の信楽」と喜んでおられるとおりです。
「仏説のすべてを、人間の智恵で理解できる」などとは、普通、誰も思いもしませんが、貴方は思われたのですか?

52 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:48:25 ID:p46ih1av
(14)貴方が展開しているような、「マインドコントロール論による入信の説明」を、専門家は不毛と断じ、「宗教社会学の議論からは認めることができない」と批判していますが、それでも貴方は、「親鸞会はマインドコントロールしている」と言い張るのでしょうか。

53 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:49:13 ID:p46ih1av
(15)親鸞会のように、過去50年間、反社会的な問題がまったくなく、
地域の皆さんとも良好な関係を保ち、学生たちにしても、
「酒もタバコもやらず、ギャンブルや乱れた異性関係などもない、親鸞聖人の教えを学ぶ、
まじめな集り」に対して、「マインドコントロール」などという言葉自体が、そもそも不適
切と思われますが、どうでしょうか。

54 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 22:50:00 ID:6U8qEPSL
ぼくはこの団体にある意味殺されるところでした

55 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:00:02 ID:p46ih1av
(16)「整理整頓」「お世話になっている人に感謝しよう」「時間を守ろう」「あいさつしよう」などなど、人間として当たり前のことが、親鸞会ではいつも勧められています。
因果の道理に基づいて、このような善をすすめることが、マインドコントロールになるのでしょうか。

56 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:00:36 ID:p46ih1av
(17)人生の目的・信心決定に向かって、親鸞聖人の教えの根基「三願転入」を説ききる親鸞会を、「マインドコントロールだ」などと、貴方は本当に思っているのですか?
最も大切な部分を隠して、誤解を与える事柄だけを、針小棒大にことさら取り上げる論法は、まさに非難のための非難です。

57 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:01:49 ID:p46ih1av
(18)親鸞会では、「仏」の説明で、仏法でいう真理は、「科学的真理でもなければ、数学的真理でもない」と、必ず説明されます。
つまり、自然科学的な法則とは違う、ということですが、10年も聞いたというのが本当なら、こんな初歩的なことも、貴方は本当に知らなかったのですか?

58 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:39:52 ID:p46ih1av
(19)釈尊45年間の教えを、一度に新入生に伝え、理解してもらえる方法などあるのでしょうか。
「小出しにして、いつのまにか本人の意志で納得して選んだ形をとる」のがいけないとするなら、およそ、人間同士の交渉は、すべて成り立たないと思われますが、いかがでしょうか。
こんな悪意に基づく無意味な非難が、貴方の場合、多すぎるのではありませんか。

59 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:40:27 ID:p46ih1av
(20)結局、貴方の批判は「マインドコントロールとは何か」という本に書かれていることに、事実かどうかも分からないようなことを、ただあてはめて、「だからマインドコントロールだ」と言っているにすぎません。
こんな論法なら、どんな団体でもマインドコントロールしていることにできるのではないでしょうか。

60 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:45:58 ID:p46ih1av
(21)親鸞聖人の教えを学び、光に向かって人生を生きていくのなら、私は、素晴らしいことだと思います。
貴方は、学生時代に仏縁を結び、社会に出て、いろいろな事情で仏縁が遠ざかった方に対して、「マインドコントロールされていた、親鸞会の犠牲者だ」と思っているのですか?
そんな勝手な決めつけは、それらの方々に対して失礼であり、傷つける心無い言葉ではないでしょうか?

61 :名無しさん@3周年:2006/04/30(日) 23:47:00 ID:p46ih1av
(22)もし、それらの方々が、世の無常や自己の罪悪を知らされたことで苦しんでおられるのだとしたら、それこそ、仏教の結論であり、親鸞聖人が命がけで開顕された「一向専念無量寿仏」を説ききるしか本当の救いはないと思われますが、いかがでしょうか。

62 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 00:05:15 ID:mn7VGF+T
>>61
どうぞ、阿弥陀仏の救いをお聞かせください。
組織服従とか戦争ゴッコとかしてないで。

63 :ねこにゃ:2006/05/01(月) 02:03:07 ID:Cs4CUS9B
親鸞会って、日蓮正宗系並みに痛い教義振り回してるのに気がついてるんかね?
ヒント:大乗佛教非仏説、浄土三部経のうち一遍はサンスクリット原本がない

64 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 02:18:12 ID:/W1lGrLQ
>>63
観無量寿経
劉宋の畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)の漢訳と伝えられるが、異訳や
サンスクリット原典は知られず、中央アジアもしくは中国で作られたと
の説もある。ただ、きわめて類似した経典がウイグル語で伝えられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C


65 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 02:20:10 ID:/W1lGrLQ
>>63
さらに付言すれば、もしこの考古学的見地から、大乗教典が仏説でないと
するならば、釈迦が在世中に、法華経をはじめとする大乗教典のなかに
含まれているような教えを説かなかったという有力な証拠を、他に見いだ
さなければならないでしょう。(「創価学会入門」創価学会教学部編)
 
法華経とは、釈迦が説いたものだと主張しているのが創価学会なのだから、
釈迦が説いたと証明する責任があるのは、創価学会の側である。
「説明責任」とは、常に主張した側にある。
 
それは釈迦が説いたから偉大だというのではないのです。すべての人間の
現実生活を力強く革命していく、根本の生命の法則性を看破した教えで
あるがゆえに最高なのです。(「創価学会入門」創価学会教学部編)
 
ここでは、法華経が釈迦の説法ではないという事を、半分、認めてしまって
いる。法華経が、釈迦の説法でなくても、法華経の思想そのものが最高だから、
法華経が最高の経典なのだ、という主張をしている。
だが、「内容が尊いから最高」というのでは、客観的説得力に欠けてしまう。
なぜならば、法華経を読んで、尊いと感じる人もいれば、そう感じない人間も
いるからである。
http://blog.goo.ne.jp/kim_jung_nam/m/200601


66 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 02:23:02 ID:/W1lGrLQ
>>65
浄土経典とは、釈迦が説いたものだと主張しているのが親鸞会なのだから、
釈迦が説いたと証明する責任があるのは、親鸞会の側である。
「説明責任」とは、常に主張した側にある。
 
ここでは、浄土経典が釈迦の説法ではないという事を、半分、認めてしまって
いる。浄土経典が、釈迦の説法でなくても、浄土経典の思想そのものが最高だから、
浄土経典が最高の経典なのだ、という主張をしている。
だが、「内容が尊いから最高」というのでは、客観的説得力に欠けてしまう。
なぜならば、浄土経典を読んで、尊いと感じる人もいれば、そう感じない人間も
いるからである。

67 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 02:25:55 ID:/W1lGrLQ
>>63
大乗非仏説(だいじょうひぶっせつ)とは、大乗仏教が釈尊の説いた教えでは
ないとする思想。
大乗思想が説かれた当初からインドや中国においても大乗は非仏説であるという
批判は常にあった。
非仏説と言う場合の仏とは、釈尊を指すのが普通である。

http://yougo.pasopro.jp/index.php/%E5%A4%A7%E4%B9%97%E9%9D%9E%E4%BB%8F%E8%AA%AC

68 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 03:15:47 ID:Om6AbyI0
ショックだったよな・・・・会長センセぇ・・・

浄土真宗親鸞会会長 高森顕徹氏の著書のルーツ

http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/pkr1.html

69 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 07:17:22 ID:sE+XjZuw
              -ー=-‐ 、__
          , r '"        ヽ,
          l             ' ,
         /   三ニ=ー-'`=ニiiiiiiiiiiil
        /  ニ'"       `ヾiiiiiiii|
        /  ニ'           'liiiiii|
       ,l   |,r=-;.,_   _,、-=-、|iiiiil
       l  .il .,rェェ、_" :;"ェェ j  |iiiiiil
       | . i| ,,     :;   ,,  iiiiiiil
       ,|   il,    , :: ,    liiiiiill
       l   iil,    ` '      ,|iiiiiiii|
      /     l、  ー- -,ー   イiiiiiiiiill
      /      iゝ、  ̄  /|iiiiiiiiiiiil
     /      i| `ー- ' " ,liiiiiiiiiiii|

    クソスレータ・テルナー[Qtosleata Telnault]
         (1946〜1992 イタリア)

70 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 07:56:49 ID:cevt9dRm
1.W部さんは、会長の指示に反して10分間説法を覚えていない
2.W部さんは、会長の金言を無視して、会員ザイセで自宅を建てた
3.W部さんは、破廉恥行為を複数回犯したのに反省していない
4.W部さんは、阿弥陀仏の本願を捻じ曲げて、「聞法の敗残者」という
  造語をつくった。これは報復記事である
5.W部さんは、こうせん部員にネット対策を指示しているがかえって
  親鸞会のおかしな姿勢と、反社会性を浮き彫りにしてしまい、余計
  会を謗らせてしまっている
6.W部さんのネット対策には、自分の破廉恥行為を晒されないように
  したい、というひそかなタクラミがある
7.W部さんはM晴問題を知っており当初はM晴を批判していたが、
  自分の罪をもみ消してもらうために魂を売った



71 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 07:58:26 ID:cevt9dRm
1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。



72 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:00:11 ID:cevt9dRm
「善をしなさい」と頭だけで聞いているうちは「いい教えだ」と思えるが
実際は組織のメンバーを増やして、高給取りの幹部らを食わすための方便と
わかってくる。さらには意味なくでかい建造物を立てるのが生きがい♪、
という人に振り回されていたことがわかってくる。

具体的に「家を売ってでも御報謝しなさい。家に住めないなら
アパート住まいすればよい」といわれ生活費を切り詰めて御報謝励んだら
幹部はマイホームを建ててのうのうと暮らしているのを知って茫然自失する。

「何人に話しなさい」と言われ、目標達成しないと合宿で指摘されてついでに
人格批判もされて激しく欝になる。

毎日毎日勧誘とかつまらんネット対策にほとんどの時間を使っていて
損得や愛欲にどっぷり浸かっているくせに 、
そして会員の中で一番がんばっている専任講師がだれ一人絶対の幸福を
達成できていないのに、「モレはいつか絶対の幸福を達成できる」という
呑気さ、というかバカさ加減。

「善の勧め」というのは聞こえはいいが
「会長を崇拝します」という信仰も「否定はしない」と来たもんだ。
バカさ加減もここに極まれり。

ひとのことを敗残者云々言っているが
自分たちがどんなバカを言っているか、わかってるのかい?


73 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:07:31 ID:cevt9dRm
アメリカでは講師がうそ勧誘で身柄を拘束されたそうです。
日本のうそ勧誘も当局に通報ししかるべき処置をとってもらいましょう
大学生や院生、講師などとと身分を詐称して宗教団体の職員が多数キャ
ンパス内で布教活動をおこなっています

178 :名無しさん :04/07/18 16:13 ID:58PaB2R0
この仏教団体の本館はエルカミーノの近くにあるんだよね。
パシフィック スクエアーの近くにね。
179 :名無しさん :04/07/18 17:42 ID:cm1czauO
でも勧誘しているのはエルカミだけじゃないからね。
それにUCLAとかでも活動しているみたいだからね。
180 :名無しさん :04/07/19 00:26 ID:DaKhMa8R
>>177
いや、三浦は2002年になって戻ってきたはずだ。なぜかって、オレ、彼を見た。
カフェテリアで毎日12時ごろになるとメシを食ってた。しかししばらくして、
見なくなった。なぜかってキャンパスポリスに身柄を拘束されたからさ。

http://life7.2ch.net/test/read.cgi/northa/1024574833/


74 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:21:33 ID:Om6AbyI0
>>73
アチャー
懲りてないのね、s会・・・。
はじめはまさかと思ったが、
229あたりから

75 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:56:44 ID:ZmH+no29
ちゃらら、ちゃっちゃ〜〜♪
ちゃらりらりん、ちゃらりらりん♪


76 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:58:25 ID:ZmH+no29
ちゃらら、ちゃっちゃ〜〜♪
ちゃらりらりん、ちゃらりらりん♪
たらりらりんりん、たらりらり〜ん♪

77 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 08:59:05 ID:ZmH+no29
とまあ、こんな具合ですわ〜。

皆さんも、お悩みのようですね。

78 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 09:01:13 ID:Ktreg9nd
あなたが一番お悩みのようですね。

79 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 09:03:15 ID:qgUEZv7g
どうでもいいけど、テンプレに前スレのスレタイとURL位は書いてください。

80 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:23:49 ID:/RJAV6cf
7.「往生浄土の問題」


1 はじめに

 今日仏教の用語が、日常生活の中で語られる場合、本来の意味が歪
められていることがしばしばある。例えば「他力本願」は、みずから
は努力をしないで、他人の力をあてにするという意味の「依存心」を
表す言葉として否定的に使われている。また「往生」にしても、行き
詰まってどうにもならず、困り果てている状態を示したり、人が亡く
なったりした場合に用いられている。この他にも、「縁起」「成仏」
等々、多くの仏教語が、本来の意味とは異なった趣意で用いられてい
る。
 このような状況の中で、間違った使い方を正そうとすることへの努
力は、常になされているようである。だが、なぜ誤った理解が一般化
したのか。その問題を解明することについては、関心度が低いように
感じられる。思うに、その理由はおそらく今まで説いてきた事柄を自
明の理としているからに相違ない。それ故、説き方自体は正しいのだ
が、その意のごとくに受け止めることのできない方に責任がある、と
みなしてしまう。だが、はたしてそうなのであろうか。従来の説き方
の中には、人々に誤解を抱かせてしまうような舌足らずの表現はなか
ったのであろうか。ここでは、その点に着目して考えてみることにし
たい。
 例えば先に挙げた「他力本願」について。一般に「他力の他は阿弥
陀仏、他力の力は本眼力」と説明されている。そうすると、自分に力
のないことを自覚する者は、当然のことながら、「他者」である阿弥
陀仏に頼り、依存することになる。その意味において「他をあてにす
ること」を世間において「他力本願」と言うのは、あながち間違いと
はいえなくなる。ところで、親鸞は「他力本願」という言葉を二種の
意味に使っている。一は『教行信証』「行巻」に見られる、
 他力といふは、如来の本願力なり。

81 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:24:28 ID:/RJAV6cf
二は、『末灯鈔』に見られる、
 第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力とまふすなり。
 一では、この言葉のあとに本願力の詳細な確かめを行い、そのこと
を通して「他力」とは「阿弥陀仏が、他(衆生)を救うはたらき」で
あることを示している。つまり「他」とは、私から見た他(阿弥陀
仏)の意ではなく、阿弥陀仏から見た他(この私自身)を指し示す言
葉なのである。また本願力とは、私が願うに先立って、私の心に来た
って、私を救済し続けている力であるといわれている。そうすると、
二では、私が本願力を信じる心を他力というのであるが、すでに私の
心に来たっている、その力を私の心の全体で信じることができたとす
れば、私の心は、完全に本願力と一体になっていることになる。本願
力が他力である以上、その他力と一体となっている信心もまた、他力
であることはいうまでもない。
 さて、今は一の解釈を中心に述べると、世間一般でなされている言
い方は、成り立たなくなる。他力の他が、私から見た他者ではなく、
この私自身を指す言葉であるからで、必然的にそこからは依存心的な
意味は見出せなくなってしまう。このように、従来の説き方を検証し、
本来的意味を解明して初めて誤解を根本的に覆し得る場合があったり
する。
 同様に「往生」という言葉についても、同質の問題があるように思
われる。以下、往生理解が歪められた経緯と、親鸞の語る往生理解に
ついて尋ねてみることにしたい。
2 浄土教の課題

 始めに、「往生」という言葉を『新・仏教辞典』では、次のように
説明している。
 極楽往生・浄土往生などというように、極楽浄土に生まれることを
いう。

82 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:25:58 ID:/RJAV6cf
 それが必ず死後であるところから、死ぬことを往生というようにも
用い、どうにも身のおき所なく閉口したことをも、往生する、と使う。
 これによれば、世間一般で往生が死ぬという言葉と同義語として用
いられるのも当然のこと、という感を否めない。だが、はたして往生
とはそのような意味の言葉なのであろうか。また、もしそうでないと
するならば、なぜそのような誤解を受けることになったのであろうか。
浄土教の歴史を繙きながら、考えてみることにしたい。
 さて、浄土教はその興起以来、覚道の宗教である仏教の中にあって、
浄土という観念的世界に僥倖を期待し、阿弥陀仏なる人格的他者の救
済を俟つといった、非仏教的要素を多分に含んでいるかのような疑念
を持たれていた。それ故に、浄土教においては、それが一種の負い目
であり、また必ずや解明されるべき重要課題ともなっていた。したが
って、法然による浄土宗の独立とその宣言がなされるまでは、一宗と
して独立することはなく、常に聖道成就の方便教として、寓宗的位置
に甘んじることをを余儀なくされていた。差に、浄土そのものも、
『五会法事讃』に
 西方は道に進むこと娑婆勝れたり。五欲及び邪魔無きに縁てなり。
 成仏に諸の善業を労せず。
 華台に端座座して弥陀を念じたてまつる。
 五濁の修行は多く退転す。
 念仏して西方に往くにはとかず。
 彼に到れば、自然に正覚を成る。
と示されるように、修道成就の場としてとらえられていた。それ故、
聖道諸師の熾烈な浄土願生も、自力修行における時代社会の混乱荒廃
と、自身の劣機性の発見によってやむを得ず発せられたものであり、
みずからが宗としている自力得証のための方便道として認識されてい
たにすぎなかった。このような意味において、゙浄土教が法然によって
一宗として独立せしめられたということは、きわめて意義深い出来事
であったといいうる。
 

83 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:44:49 ID:/RJAV6cf
 とはいうものの、依然として証果という点では『和語灯録』に
 阿弥陀ほとけの本願は、名号をもて罪悪の衆生をみちびかんとちか
ひ給ひたればただ一向だに念仏申ぜは、仏の来迎は法爾道  理にて
そなはるべきなり。
と見られるように、念仏による滅罪と臨終時の来迎が期待されていた。
このように、肉体の死の彼方に浄土が欣求される以上、
 念仏の衆生を摂取して捨てたまはず
という救済の理念は、一種の神秘的体験として理解されるほかはなか
った。また、その限りにおいて、聖道教の自証教に対して、救済教と
される浄土教の中心をなす阿弥陀仏と衆生との関係は、功利的な偶像
崇拝へと頽落していく要素と可能性を多分にとどめていた。したがっ
て、如来と衆生との関係が、知的関心事として観念化されると、
 浄土宗の義みなかはりておはしましあふて候。
 ひとびとも、聖人の御弟子にてさふらへどもやうやうに義もいひか
へなどして、身もまどひひとをもまどはかしあふてさふらふめり。
 と伝えられるように、法然の教説も門弟間では、変質していくこと
となった。具体的には、聖道仏教からの批判に対して、一念義系では
法然の教示を聖道仏教の理論によって理論付けて煩瑣な教理仏教に退
転し、多念義系では法然が廃捨した諸行と称名念仏との会通を試み、
ついには諸行との妥協により専修という純粋性を汚濁してしまうとい
う結果を招いた。
 まさに、未来往生という形で肉体の彼方に往生浄土が期待される限
り、浄土宗の独立は、未だ単なる現象的な事柄として終わらざるを得
ないおそれがあったのである。


3 親鸞の往生理解

まず、親鸞の語る独自の往生理解をその著述等から尋ねてみることに
したい。

84 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:45:35 ID:/RJAV6cf
 即得往生は、信心をうればすなわち往生すといふ、すなわち往生す
といふは不退転に住するをいふ、不退転に住すといふはすなはち正定
聚のくらゐにさだまるとのたまふ御のりなり、これを即得往生とはま
ふすなり。即はすなはちといふ、すなはちといふはときをへず日をへ
だてぬをいふなり。 (唯信鈔文意)
 願力摂取往生といふは、大願業力摂取して往生をえしむといへるこ
ころ也。すでに尋常のとき信楽をうたる人といふ也。臨終のときはじ
めて信楽決定して摂取にあづかるものにはあらず。ひごろかの心光に
摂護せられまいらせたるゆへに、金剛心をえたる人は正定聚に住する
ゆへに臨終のときにあらず。かねて尋常のときよりつねに摂護してす
てたまはざれば摂取往生とまふす也。 (尊号真像銘文)
 即得往生といふは、即は、すなはちといふ、ときをへず日をもへだ
てぬなり。また、即はつくといふ、そのくらゐにさだまりつくといふ
ことばなり。得は、うべきことをえたりといふ、真実信心をうれば、
すなはち無碍光仏の御こころのうちに摂取して、捨てた間はざるなり。
摂はおさめたまふ、取はむかへとるとまふすなり。おさめとりたまふ
とき、すなわちとき日をもへだてず、正定聚のくらゐにつきさだまる
を、往生をうとはのたまへるなり。 (一念多念文意)
 これらの諸文によって明らかなことは、親鸞の語る往生とは、肉体
の死の彼方に夢想されてきた伝統的な未来往生ではなく、信心を得た
その時に直ちに得られる、現生往生とでも称すべき独創的理解に基づ
いているということである。もちろん、このような往生理解において
は、もはや臨終時の来迎が期待されることなどありえない。まさに死
後ではなくこの現生のただ中において「信心をうればすなはち往生
す」るのである。
 ここで着目すべきは、親鸞が往生という言葉を用いていながら、も
はや伝統的理解の制約を受けることなく、そこに新しい生の意味を見
出しているということである。いまその新しい生の意味については、
次のような明かされている。

85 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 14:48:47 ID:/RJAV6cf
 断と言ふは、往相の一心を発起するが故に、生としてまさに受くべ
き生なし、趣としてまた到べき趣なし。すでに六道・四生・因亡じ果
滅す、かるがゆへに即ち頓に三有の生死を断絶す。かるがゆへに断と
曰ふなり。死流とは即ち四暴流なり、また生・老・病・死なり。(教
行信証・信巻)
 すなはち、往生とは流転の生を超越した、新たなる生をいきる身と
なることだというのである。換言するならば、親鸞における往生とは、
かつて「厭離穢土欣求浄土」の言葉を以て切実に願求されながら、あ
くまでも臨終時の来迎を証果として、現生の彼方に期待された往生と
は全く異質のものであり、
 ひとすぢに具縛の凡夫・屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の誓願、
広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら無上大涅槃にいた
るなり。 (唯信鈔文意)
と著されるごとく、信心を得たその時に流転の生を終えて、凡夫の身
のまま無上大涅槃の到るべき身へと転成せしめられることに外ならな
かったのである。
 だが、一方で親鸞は明らかに未来往生を語る場合があることもまた
事実である。それが顕著に見られるのは、親鸞が晩年に門弟との間で
交わした信仰の対話を法語として記録した『歎異抄』においてである。
第九条には
 なごりおしくおもへども、娑婆の縁つきて、ちからなくしてをはる
ときに、かの土へはまいるべきなり。
また後序においては、
 源空がまいらんずる浄土へは、よもやまひらせたまひさふらはじ。
と伝えられている。いわゆる未来往生、すなわちこの世の命を終えて、
かの土としての浄土に往生するというような往生観が語られているの
である。また、『歎異抄』は語録であり、直接親鸞の手になるもので
はないが、未来往生的表現は親鸞の書簡集である『末灯鈔』において
も、

86 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 15:21:11 ID:/RJAV6cf
 この身は、いまは、としきはまりてさらへば、さだめてさきだちて
往生し候はんずれば、浄土にてかならずかならずまちまいらせさふら
ふべし。あるいはおなじく
 浄土へ往生するまでは不退のくらゐにておはしましさふらへば、正
定聚のくらゐとなづけておはしますことにてさふらふなり。(略)そ
ののちは正定聚のくらゐにて、まことに浄土へむまるるまでは候べし
とみえ候なり。
と、肉体の死と共に実現するような理解の仕方で、確かに語られてい
る。では、この矛盾をどのように理解すべきであろうか。そこで着目
したいのは、親鸞が『歎異抄』に記された法語を門弟との間で語り、
あるいは『末灯鈔』の書簡を認めたのは晩年に当たる八十歳代のこと
と推察されるが、同時期に精力的に著した『唯信鈔文意』『一念多念
文意』等のいわゆる仮名聖教には、一貫して証大涅槃が主題として語
られているという事実である。思うに、同一人物において、語ってい
る言葉と書かれている文章とが、全く別の思索のもとにあるというこ
とは不自然なことである。したがって、『歎異抄』で語られる往生と、
仮名聖教で著される証大涅槃とは、思想的には一致しているとみなさ
なければならない。その場合、考慮すべきは、『歎異抄』は語録、
『末灯鈔』は書簡、他方『唯信鈔文意』をはじめとする仮名聖教は著
作であるという点である。つまり親鸞は、対話・書簡では伝統的な意
味での未来往生と解されるような形で往生を語り、独自の思索を著作
として示す場合は必ず現生不退あるいは現生正定聚を以て往生を内容
付けしたものと思われるのである。言い換えると、感情的な立場から
は、伝統的往生理解を語り、思想的な立場からは己証といわれる独自
の理解を示したといえよう。しかし、親鸞の往生理解という場合は、
やはり独自の理解を挙げるべきであり、たとえ法然までの未来往生を
内容とする往生極楽の教えを語ることがあったとしても、それは門弟
との対話の中で、伝承の教えとして語られたとみなすべきではなかろ
うか。それは親鸞が積極的に理解した往生は、現生におけるものであ
ることが、書簡においても次のように明言されていることからも推し
量ることができる。

87 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 15:28:39 ID:/RJAV6cf
 来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆへに、臨終といふこと
は諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をゑざるがゆへなり。
また十悪・五逆の在任のはじめて善知識にあふて、すすめられるとき
にいふことばなり。真実信心の行人は、摂取不捨のゆへに正定聚のく
らゐに住す。このゆへに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信
心さだまるとき往生またさだまるなり。
 まさに往生とは、この現生において、信心さだまるときまたさだま
るのである。


4 往生浄土の意義

 これまで見てきたように、往生が死後のこととして受容されてきた
のは、臨終来迎の思想が色濃く影を落としていたからであった。また
これまでは触れなかったが、現在でもいわゆる「往生即成仏」という
理解が公式となって、往生は主として死後に語られている。なぜなら、
現生で往生を語ろうとするならば同時に「即成仏」の問題が絡んでく
るからである。もちろん「煩悩成就の凡夫」が、現生において成仏す
ることなどあり得ない。畢竟、往生は「臨終一念の夕」に期待される
こととなる。だがそこに止まる限り、依然として往生という言葉は、
死ぬことや閉口することの代名詞として使われ続けるに違いない。
 しかし既に見てきたように、親鸞が繰り返し語る往生とは、この現
生のただ中において、流転の生を終えて浄土へと連なる新しい生を生
きる身となった事実を物語る言葉に外ならなかった。それは、また善
導によって詩的に
 帰去来、魔郷には停まるべからず。
 曠劫よりこのかた六道に流転して、ことごとく皆逕たり。
 到る処に余の楽なし。ただ生死の声を聞く。
 この生平を畢えて後、かの涅槃の城に入らん。

88 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 15:45:56 ID:/RJAV6cf
と明かされるように、流転の生を重ねて来た身を悲痛する者が、よう
やくにして「往き生まれる」べき本来の世界を見出し、その世界すな
わち浄土への一道にいま立ち得たという事実を物語ろうとする言葉な
のであった。
 ときに、いま人間をひとつの言葉で表現しようとするならば、「願
いに生きる存在」とでも言い表すことができるのではなかろうか。現
に誰もが、漠然とした形ではあっても、「不幸にはなりたくない。幸
福になりたい。」と願っている。中でも、自分が悪い状態にあると感
じている人は、それを良い状態に改めるために宗教に救いを求めよう
とする。一方、良い状態にあると感じている人は、さほど宗教には関
心を示さない。そしてその中間層にいる人々は、その時々の状況に応
じて、宗教に救いを求めたり、無関心であったりする。あえていうな
らば「苦しい時の神頼み」という言葉がその有り様を象徴的に物語っ
ているように思われる。
 では、このような状況の中で、往生浄土の意義をどこに見出せば良
いのであろうか。先に述べた良い状態になることを人々は「救い」と
言い、あるいは幸福とよんでいる。だがいかなる人間も等しく、最悪
の不幸である死と出会う時が来る。そしてその時には、それまでの救
いとか幸福といったものはすべて粉々に砕け散ってしまう。つまり、
どれ程幸福の絶頂にあろうと、それは永遠なるものではなく、必ず最
悪の場が訪れるのである。したがって、一般的に考えられている健
康・財産・平穏・享楽といった世俗的幸福は、所詮は砂上の楼閣のご
とく、儚く崩れされものでしかない。それは、六道輪廻における
「天」の生活が、やはり迷いとして説かれていることからも窺い知ら
れる。
天とは、人間の理想をより高めた世界である。そこは、一切が平等で
豊かであり、苦悩も貧困もない、楽しみと喜びに満ちた世界であると
いわれる。にもかかわらず、なぜそこが迷界であるといわれるのか。

89 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 15:55:19 ID:/RJAV6cf
天もまた「無常」の理の中にあるからである。それは、天人にも命に
限りがあるということによる。すなわち、天は清浄なる世界であるた
め、穢れを宿さない。したがって、天人は肉体の破滅である死を迎え
た時に、天を去らねばならない。だが、天には苦悩の原因となる一切
が除かれているため、死の直前まで天人は自らの死を予測し得ない。
しかも、突然にして死の奈落へと突き落とされ、その刹那に喜びと楽
しみのすべてを奪われ、耐え難い無限の苦悩と恐怖を味わう。この苦
の故に、天は迷界だとされるのである。
 そうすると、誰もが漠然と抱いている救いとか、幸福についても根
本的に見直す必要が生じる。少なくとも、無常という理の中にあって
は、最悪の場に落ち込んだ時に、すでに死によっても砕かれない確か
さに満ちあふれていることを、救いとか幸福とよぶべきであろう。で
は、それはいかなることを言うのか。
 私たちは、生きていく中で、常に目に見えない事柄に畏れを抱いて
いる。ひとつは霊(鬼)の祟りや神の怒りである。日時や方角の吉凶
に迷い、鬼神の言葉に惑う姿が現代でもしばしば見られる。いまひと
つは、自身の未来の姿である。私たちは朧気ながらも自らが死ぬであ
ろうことは知っている。だが、それがいつのことか、また死後にこの
いのちが何処に往くのかということを知り得ないでいる。そのことが、
しばしば生の中に暗い影を落とす。それ故、除災招福を願っての祈り
が現代に至るまで、各地で連綿として続けられている。だが、どれほ
ど熱心な祈りを捧げても、無常という理の中にある以上、結局それは
最悪の場である死が訪れることを以て悲惨な終焉を迎えることとなる。
まさに、現実のこの一点に、無限の生を見出し得ない限り、ただ一度
の人生を空過せざるを得ないのである。
 人生は、しばしば旅をすることに例えられる。だが、誰もがその途
上において、何処に向かって進めば良いのかを知り得ないでいる。ま
たその道は「無明」なるが故に、人は多く道に迷い、どの方向に進む
べきか惑う。そして、耳に心地よく響く世俗的な欲望の充足を説く教
えに心惹かれ、かえってより深い苦悩に陥る。これが動かし難い、私
の身の現事実である。

90 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:27:59 ID:/RJAV6cf
 そのような私達にとって、往生浄土の教えは、「あなたのいのちの
帰って来るのは、ここだ!」と、私の進むべき道を明らかに示し真実
の世界へと導いてくれる。先に尋ねたように、親鸞は「信心さだまる
とき往生またさだまるなり」という。信心とは、いのちの帰るべき世
界を待たず、流転を重ねる私に対して、阿弥陀仏が「我が国に生まれ
たいと欲え」という願いを建て、それが「彼の国に生まれたいと願
う」という相で、私の心に成就した心であった。それは親鸞が、本願
成就文を二つに分かち、衆生の信心成就とは如来の欲生心の成就と同
一事であると開示していることからみ窺い知られる。『歎異抄』が伝
える、「如来よりたまはりたる信心」という言葉もこのような信心理
解に基づくものであるに相違ない。かくして私達は、自らが願うに先
立って建てられた願いの声に喚び醒まされて、初めてこのいのちの帰
っていく世界を知ることができる。
それは、最悪の場である死によって砕かれないばかりか、むしろこの
肉体の終わりを以て完成するような無限の生を見出したということで
ある。そこには、常に無限の喜びが感じられ、その心は何ものにも破
られることはない。往生浄土とは、そのような心とともに日々を歩む
生活そのものを言い表した言葉であると思われる。
 このような意味において、往生浄土とは、死後にではなくこの現生
のただ中において語るべきであり、その一点においてこそ、人々に説
く意義があると思われる。まさに往生とは、現生のただ中に無限の生
を見出した者の日々の生活そのものであり、浄土とはこのいのちの帰
るべきふるさとであるといえよう。思うに、このように浄土を真の帰
依処として生きる在り方を足下に見出すことができたが故に、親鸞は
その仏道を浄土真宗という言葉で以て高らかに顕揚したのではなかろ
うか。

91 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:42:13 ID:/RJAV6cf
 親鸞の浄土観


 謹んで化身土を顕さば、仏は無量仏観経の説のごとし。真身観仏こ
れなり。土は観経の浄土これなり。また菩薩処胎経等の説のごとし。
即ち、懈慢界これなり。また大無量寿経の説のごとし。即ち疑城胎宮
これなり。
『教行信証』「化身土巻」冒頭の文である。『正信偈』には親鸞は源
信の功績を讃嘆して、源信は「報化二土正しく弁立せり」と述べる。
報土である阿弥陀仏の浄土に、なぜ「化土」が存在するのか。その理
由を源信が『往生要集』で、疑心の者は「胎宮」に生まれ、懈慢の者
は、「懈慢界」に生まれると、明かされたというのである。そしてこ
のような考え方は、中国浄土教からの伝統的解釈だといえる。そこで
親鸞もまたこれらの解釈を受けて、『菩薩処胎経』に説かれる「懈慢
界」や『大経』の「疑城胎宮」を「化身土」と捉える。
 ところが源信が「報土」と見た阿弥陀仏の浄土は、まさに『観無量
寿経』に説かれている浄土である。だが親鸞は、この『観経』に説く
阿弥陀仏の相好とその浄土の荘厳を「化身土巻」でまず第一に、化仏
であり化土だと見る。このような浄土のとらえ方は、純正浄土経の流
れにおいては、親鸞以外誰もいない。中国及び日本の浄土経では、
『観経』の教えを通して阿弥陀仏の浄土を見、その「真身観」に出現
する阿弥陀仏を礼拝し、西方の浄土に往生することを願っているから
である。したがって浄土経一般では、『観経』が方便の経典だという
ことはありえず、この経に説く阿弥陀仏とその浄土こそを、報仏報土
だと見ていたと考えられる。

92 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:42:51 ID:/RJAV6cf
 ではなぜ親鸞は『観経』に説かれる仏見仏土を化身化土としたので
あろうか。その理由は「真仏土巻」で明確に証されるところであるが、
端的にはこの巻の次の冒頭の一言に尽きるのではないかと思われる。
 謹んで真仏土を案ずれば、仏は即ちこれ不可思議光如来なり、土は
またこれ無量光明土となり。しかれば即ち、大悲の誓願に酬報するが
故に、真の報仏報土といふなり。
すなわち親鸞にとっての真仏真土とは、光明無量・寿命無量の誓願に
酬報して成就された「不可思議光」そのものであったからにほかなら
ない。そしてその「不可思議光」の本性を『涅槃経りの、真解脱・虚
無・如来・仏性・涅槃等の語によって解釈する。 
 これは親鸞が真の仏身仏土を、存在論的に捉えていなかったという
ことを意味する。『無量寿経』によれば、阿弥陀仏は十劫の昔に成仏
し、その国土はここを去ること十万億刹の西方にあり、安楽と呼ばれ、
自然の七宝によって荘厳されていると説示されているが、そのような
浄土の存在論的解釈の一切を、親鸞は方便化土と解していたことにな
る。もちろん『教行信証』において、真実を語る巻でも「西方」「十
劫」といった言葉は見られるが、浄土の本質を締めか箇所では、この
ような考えは見出せない。
 では和語の聖教はどうであろうか。例えば、親鸞の手紙「有弥陀仏
へのご返事」という一通には、
 この身はいまはとしきはまりてさふらへば、さだめてさきだちて往
生し候はんずれば、浄土にてかならずかならでまちまいらせさふらふ
べし。
という言葉が見られ「浄土で必ずあなたをお待ち申し上げます」と、
ここでは浄土が場所的存在として捉えられている。また浄土の荘厳を
讃歌している『浄土和讃』において、その第一首に「弥陀成仏のこの
かたは、いまに十劫をへたまへり」と述べ、『無量寿経』の説にした
がって、阿弥陀仏を時間的存在として解しているように見られる。だ
がそれ以後に展開される讃歌においては、阿弥陀仏自体を「法身の光
輪」「智慧の光明」「解脱の光輪」「光雲無碍如虚空」「清浄光明」
等と表現し、その実態的な相好を破るとともに、浄土の衆生の全体を

93 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:51:51 ID:/RJAV6cf
 顔容端正たぐひなし 精微妙躯非人天 虚無之身無極令軆 平等力を
帰命せよ
として、「虚無之身無極令軆」という、真如の相とする。では、浄土
の荘厳が、存在論的な相好として述べられる場合はどうであろうか。
 七宝講堂道場樹 方便化身の浄土なり 十方衆生きはもなし 講堂道場
礼すべし
阿弥陀仏とその浄土が、場所的実態的存在として捉えられる場合は、
やはり『教行信証』と同様、明確に「方便の浄土」と示しているので
ある。そしてさらに時間的存在としての、阿弥陀仏の十劫成道に関し
ても、
 弥陀成仏のこのかたは、いまに十劫とときたれど、塵点久遠劫より
もひさしき仏とみへたもふ
 無明の大夜をあはれみて 法身の光輪きはもなく 無碍光仏としめ
してぞ 安養界に影現する
 久遠実成阿弥陀仏 五濁の凡愚をあはれみて 釈迦牟尼仏としめし
てぞ 迦耶城には応現する
と『無量寿経』に説かれる「十劫成仏』の阿弥陀仏の本性を、塵点久
遠劫よりもさらに久しい「久遠実成阿弥陀仏」と解して、その時間的
有限性が完全に除かれている。加えて、親鸞は和語の聖教では、浄土
の方向を「西方」という場で捉えているところは一カ所も存在しない。
 このように見れば、親鸞の浄土観は、和語聖教においても『教行信
証』の思想と、まったく同一の基盤にあるというべきで、むしろ行信
証』を通して、その理念が確立されていたがゆえに、和語において、
浄土の本質をより平易な言葉で表現できたのではないかと思われる。
だとすれば、和語の聖教を通して、逆に難解な「真仏土巻」の思想を
垣間見られるのではなかろうか。そこで和語聖教において、浄土の本
質を問題にしている箇所について、考察してみたいと思う。

94 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:53:12 ID:/RJAV6cf
 では親鸞にとって、真の浄土とは何であったか。『唯信鈔文意』で、
善導の「極楽無為涅槃界」の文を、次のように解釈している。
 極楽とまうすは、かの安楽浄土なり。よろづのたのしみつねにして、
くるしみまじはらざるなり。かのくにをば安養といへり。曇鸞和尚は
ほめたてまつりて、安養とまうすとのたまへり。また論には、蓮華蔵
世界ともいへり。無為ともいへり。
「極楽」とは、かの安楽浄土だという。「かの」とは、阿弥陀仏を指
していることは明らかである。「安楽」とは、心が安らかで、楽しみ
が極まりない状態を意味している。そこで、「よろづのたのしみつね
にして、くるしみまじはらぬ」世界だと解され、曇鸞の教えによって、
「安養」ともいうと述べる。安養もまた、心身とも安らかに生かされ
ている姿を示している。さらに天親の「一心に専念し作願して、彼に
生じて奢摩他寂静三昧の行を修するをもっての故に、蓮華蔵世界に入
ることを得」の言葉を承けて、本来、華厳教の本尊、毘盧遮那仏の浄
土である「蓮華蔵世界」を、阿弥陀仏の浄土だと解する。
 このような言葉をみれば、阿弥陀仏の浄土は、ここでは場所的に、
相好的に、感覚的に捉えられていると言えなくもない。だがその結び
で、「無為ともいへり」という。そうすると「極楽・安楽・安養・蓮
華蔵世界」の意は、「無為」の意において捉え直さなくてはならない。
これらの語きすべて、無為の意の形容になっているからである。では
「無為」とはどのような意味か。「真仏土巻」で『涅槃経』引文によ
ってこの「無為」を
 一切有為は、皆これ無常なり。虚空は無為なり。この故に常と為す。
仏性は無為なり。この故に常と為す。虚空は即ちこれ仏性なり。仏性
は即ちこれ如来なり。如来は即ちこれ無為なり。無為は即ちこれ無為
なり。無為は即ちこれ常なり。常は即ちこれ法なり。法は即ちこれ僧
なり。僧は即ちこれ無為なり。無為は即ちこれ常なり。

95 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 16:56:42 ID:/RJAV6cf
と説く。「無為」とは、虚空であり、常であり、仏性であり、如来で
あり、法であり、僧だというのである。この場合「僧」とは、仏の法
を伝達するはたらきを意味している。したがって無為は、真如・真涅
槃の同義語となる。このように見れば、「よろづのたのしみつねにし
て、くるしみまじはらぬ」心は、仏の悟りの内実として捉えなくては
ならない。では「よろづのたのしみ」とはどのような意味か。『涅槃
経』で続いて、「大楽有るが故に大涅槃と名づく」と語られているが、
この大涅槃としての「大楽」が、この「よろづのたのしみつね」の意
になるのではないかと思われる。では大楽とは何か。
 涅槃は無楽なり。四楽をもっての故に、大涅槃と名づく。何等かを
四と為す。一は、諸楽を断ずるが故に。楽を断ぜざるは、則ち名づけ
て苦と為す。もし苦有らば、大楽と名づけず。楽を断ずるをもっての
故に、則ち苦有ること無けむ。無苦無楽いまし大楽と名づく。涅槃の
性は無苦無楽なり。この故に涅槃を名づけて大楽と為す。
 まず、諸楽を断ずることを大楽とする。なぜか。この世の、世俗的
な場における楽しみの一切は、やがて必ず破れてしまう。楽の破綻は
苦でしかない。その楽しみが、大きければ大きいほど、破れた時に味
わう苦は大きいといわなくてはならない。したがって破れるべき楽を
断じない限り、その楽は苦でしかないのである。
では苦は楽か。苦が楽であるはずはない。では苦しみでもなく楽しみ
でもない状態が「楽」であるのか。もちろんそのような状態が楽だと
もいえない。人生において、これほど退屈で活気のない姿はないから
である。そこに真実、楽しみなどあるはずはない。では、「楽を断ず
るをもっての故に、則ち苦有ることなけむ。無苦無楽いまし大楽と名
づく。」とは、どのような意味なのであろうか。その答えは「涅槃の
性は無苦無楽なり」であろう。世俗的な場での「楽」の求めを、完全
に断つということは、生の執着によってに生じる暗くの心を超越する
ことにほかならない。この心がいま、「無苦無楽いまし大楽と名づ
く」と結ばれている。だからこそ、涅槃が大楽なのであり、「よろづ
のたのしみつね」といわれるのである。

96 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 17:00:36 ID:/RJAV6cf
 この故に「極楽無為」は、楽の究極としての「無楽」の意となる。
ではその無楽の涅槃界とは、どのような浄土なのであろうか。『唯信
鈔文意』の次の文に注意してみたい。
 涅槃界といふは、無明のまどひをひるがへして無上覚をさとるなり。
界はさかひといふ。さとりをひらくさかひなりとしるべし。涅槃とま
うすにその名無量なり、くはしくまうすにあたはず。おろおろその名
をあらはすべし。涅槃をば滅度といふ。無為といふ。安楽といふ。実
相といふ。法身といふ。法性といふ。真如といふ。一如といふ。仏性
といふ。仏性すなはち如来なり。
 界とはさかい、境界の意である。「無明の惑いを翻して、無上覚を
さとる」と述べられているから、覚りと迷いを分けている境目が、い
ま「界」と呼ばれている。そして、無明の惑いの境界を越えて、覚り
に至った場が、無上覚であり涅槃となる。ではその「涅槃」とは、い
かなる場なのであろうか。涅槃の義は深遠であって、その義を詳細に
述べることはできないが、不十分ではあるが、涅槃の同義語をいくつ
か拾ってみると、「滅度・無為・安楽・実相・法身・法性・真如・一
如・仏性・如来」といった語を涅槃に重ねることができるという。こ
の中「無為・安楽・常楽」の語意については、すでに検討を終えてい
る。いずれも、世俗の執着の場における感覚的・快楽的な楽を意味す
るのではなく、この語の内実がそのまま「実相・法性・真如・仏性」
等の同義語とみなされるのである。そうすると、涅槃界としての阿弥
陀仏の浄土は、固定的な場所ではありえなくなる。
 そこで「涅槃界」はさらに、
 この如来微塵世界にみちみちてまします。すなはち一切群生海の心
にみちたまへるなり。草木国土ことごとくみな成仏すととけり。
と解釈される。法身であり一如である如来は、無限の国土の微塵の世
界に満ち満ちている。したがって一切の群生海、生きとし生ける衆生
は、心のすべてが常に、何時いかなる場においても、如来で満たされ
ているといわなくてはならない。ではこの群生海は迷っていないのか。
ところで親鸞は、この群生海の心について、『教行信証』「信巻」の
三一問答で、

97 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 17:01:21 ID:/RJAV6cf
 一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで穢悪汚染
にして清浄の心無し、虚仮諂偽にして真実の心無し。
無始よりこのかた、一切の群生海、無明海に流転し、諸有輪に沈没し、
衆苦輪に繋縛せられて、清浄の信楽無し、法爾として真実の信楽無し。
微塵世界の有情、煩悩海に流転し、生死海に漂没して、真実の回向心
無し、清浄の回向心無し。
と述べている。一方では、微塵世界の一切の群生海の心には、常に真
如法性、真実清浄の如来が満ち満ちているといい、他方ではまったく
逆に、微塵世界の一切の群生海の心は、今日今時に至るまで、穢悪汚
染にして、一片の真実清浄の心もなく、煩悩界を流転し続けていると
いう。これをどう理解すればよいのであろうか。
 涅槃界と煩悩界の関係がここで問題になる。界は境である。涅槃と
煩悩の境はどこにあるのであろうか。これをもし場所的に捉えようと
するならば、この疑問には絶対に答えられない。同一の心の全体が、
常に清浄真実であり、同時に穢悪汚染であるということは成り立たな
いからである。また心の状態として、それを考えることもできない。
ある状況で真実になり、ある環境では不実になるとすれば、「常」と
か「一切」の語は使えないからである。宇宙全体の微塵世界の一切の
群生海の心には、常に清浄なる如来が満ち満ちている。同時に、その
一切の群生海の心の全体は、常に、穢悪汚染・虚仮諂偽でしかない。
この真理を示しているのが、「縁起の法」だと思われる。
 仏教では、宇宙の一切が「縁起」だと説く。したがって、この世で
縁起でないものは存在しない。衆生の心は、覚りと迷いに二分される。
その境目が「界」である。前者が涅槃界であり、後者が煩悩界である。
だがこの両者は共に、縁起の中にあるのであって、決して縁起の外に
あるのではない。涅槃界の衆生も煩悩界の衆生も、すべて同じく縁起
的に生かされている。では涅槃と煩悩、覚りと迷いの「界」はどこに
あるのか。両者とも縁起の中にあって、縁起の真理を覚知するか否か
によって、その差が生じる。縁起を見るものは仏を見るといわれるが、
まさに自らの全人格的な場で、縁起の法を覚知したものが、仏陀・如
来・仏性であり、覚知しえない者が迷える凡夫である。

98 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 17:05:50 ID:0wug8ins
タイトルが気に入らないと荒らしですか・・・・
こんなことしてるより聴聞したらどうですか?
親鸞学徒じゃまったくありませんね。

99 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 17:07:51 ID:cllAho6K
本人はこれで聖人の御教えを一人でも多くの人に伝えているつもりではw

100 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:08:30 ID:D85btalS
荒らし=シンパってのは短絡的過ぎると思う。
やっぱり荒らしはただの荒らしだよ

101 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:15:28 ID:34X5GPgt
荒らしの内容如何ですよ

102 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:16:40 ID:D85btalS
アンチの自演の可能性も無い訳ではありませんが?

103 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:36:28 ID:34X5GPgt
それじゃぁこのスレの全部が
私も含めてシンパの自演の可能性もありますね。



104 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:54:29 ID:cevt9dRm
>70 , 71
なぜ親鸞会もW部さんも数多くの批判に対し非を認めてあらためられないのか
退会者のいうことには一切耳をかさないが、本質的に馬鹿にしているんだろうな

会は、激しい人集め目標に反して、参詣者も学友部の行事参加者も
書籍販売も、ザイセも、アニメ販売も減少をつづけているというのに
自分たちのやりかただけが正しい、自分たちは間違っていないと
頑なになっているが、なぜもっと批判を受け入れて、多くの人に
教えを伝えようとできないのだろうか

>80-97
くだらないネット対策ごくろうさん、親鸞会もここまで落ちたか
会長はこんなばかげたことをやっているものがいることを知っている
のだろうか、
仮にこれがこうせん部長などの指示でなされているとすれば
異常な団体といわざるを得ないな

105 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:56:55 ID:/RJAV6cf
 だからこそ、如来・仏性はこの縁起の法と共にあって、未だ煩悩界
の中にある衆生に対して、縁起を覚知せしめるために、種々の方便を
とおして、この法の真実を説き続けている。煩悩界の衆生は、その一
切が穢悪汚染でしかないが、それ故に。その煩悩界の一切に。真実清
浄の如来が満ち満ちてましますのである。「草木国土ことごとくみな
成仏すととけり」といわれているが、その一切が如来に満たされてい
るのであれば、如来でない草木国土はありえないとみなければならな
い。
 いまここで、『一念多念文意』の「真実功徳」の説示に注意したい。
 真実功徳とまふすは名号なり。一実真如の妙理円満せるがゆへに、
大宝海にたとえたまふなり。一実真如とまふすは、無上大涅槃なり。
涅槃すなはち法性なり。法性すなわち如来なり。宝海とまふすは、よ
ろづの衆生をきらはず、さわりなく、へだてず、みちびきたまふを、
大海のみづのへだてなきにたとへたまへるなり。この一如宝海よりか
たちをあらわして、法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のさかひをおこ
したまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆへに、報身如来と
まふすなり。
「真実功徳とは、名号のことである。その名号は、一実真如の妙理を
円満している。それ故に、この名号は大宝海に喩えられる。一実真如
とは、無上大涅槃であり、涅槃とは法性であり、如来である。宝海と
は、如来の真実功徳は、一切の衆生をまったく差別することなく、平
等に、その無上大涅槃に導きたもうている。そこでこの功徳を、大海
の水に喩えている。」引文前半の大意は、ほぼこのように理解するこ
とができる。この「名号」を「自然法爾章」の文に重ねてみたい。そ
こでは、弥陀の誓願は「南無阿弥陀仏とたのませて」一切の衆生を無
上仏にならしめようと誓われている、という。南無阿弥陀仏こそ、真
実功徳、一実真如の妙理を円満している名号にほかならないからであ
る。まさにこの名号が、大宝海だとされ、この大宝海が、一切の衆生
を平等に、無上仏に導いているのである。そうすると、一声一声の称
名には、大宝海の功徳が満ち満ちている。その称名に差別はありえな
い。

106 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:58:11 ID:/RJAV6cf
一切の衆生は念仏とともに、平等に大宝海に摂取されている。こ
の真理を衆生に知らしめるために、真如が阿弥陀仏という仏となって、
この世ら出現したのである。
 引文の後半は、この阿弥陀仏出現の原理を語っている。名号が「一
実真如の妙理」を円満しているのは、真如が仏の法蔵の一切を菩薩の
相に示し、無碍の誓いを起こして、光明無量・寿命無量の功徳を成就
した。その相が南無阿弥陀仏である。したがって称名するということ
は、阿弥陀仏の大悲心が「南無阿弥陀仏」という大行となって、衆生
の心に来たっていることにほかならない。念仏が念仏者を「きらはず、
さわりなく、へだてず」平等に救うのは、必然の道理である。この救
いの構造が「極楽無為涅槃界」の文の結びで、より詳細に次のように
説かれる。
 この一切有情の心に方便法身の誓願を信楽するがゆへに、この信心
すなはち仏性なり。この仏性すなはち法性なり。法性すなはち法身な
り。
なぜ一切の有情は、やがて必ず、阿弥陀仏の誓願を信楽するのか。こ
の論理構造は「信巻」の三一問答に明らかである。まず字訓釈におい
て、本願の「至心信楽欲生」の三心は、本来、真実清浄の信楽の一心
であって、この心にはいかなる虚仮も邪偽も雑わらないとされ、次い
で法義釈で、その信楽の一心が、至心信楽欲生の功徳のすべてを名号
におさめて、衆生に回向される。この大悲心の躍動が、この『和語』
で「南無阿弥陀仏とたのませたまひてむかへんと、はからせたまひた
る」であり、そしてその「はからい」が、阿弥陀仏の衆生に「自然の
やうをしらせんれう」であったのである。このように弥陀は常に、名
号を通して、本願の信楽を二心なく信ぜよ、と勅命されているが故に、
衆生はやがて必ず、阿弥陀仏の信楽を信知するに至る。この自然の道
理を親鸞は『尊号真像銘文』で「如来の本願真実にましますを、ふた
ごころなくふかく信じてうたがはざれば信楽とまふすなり。」と説く。
衆生が「誓願を信楽する」すべてが、阿弥陀仏の信楽の「はからい」
による。この信心を「信心すなはち仏性」だというのである。

107 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 19:58:53 ID:/RJAV6cf
 しかれば仏について二種の法身まします。ひとつには法性法身とま
うす。ふたつには方便法身とまうす。法性法身とまうすは、いろもな
し、かたちもましまさず。しかればこころもおよばず、ことばもたえ
たり。この一如よりかたちをあらはして方便法身とまうす。その御す
がた法蔵比丘となのりたまひて不可思議の四十八の大誓願をおこしあ
らはしたまふなり。
 では「信心すなはち仏性」とは、どういうことか。仏性とは、法性
であり法身である。したがって如来の心は、本来無上仏であって、
「かたち」はましまさない。ところでこの仏性が、衆生の心に信心を
生起せしめる。そうすると、「法身」には二種の相がなければならな
い。一は衆生にとって、いろもなく、心もおよばず、言葉では表現で
きない、一切を超越している、法性としての法身であり、二はその衆
生の心に信心生起せしめる、一如よりかたちを現した、方便法身とし
ての法身であり、二はその衆生の心に信心を生起せしめる、一如より
かたちを現した、方便としての法身である。その「御すがた」が、法
蔵という菩薩の相を示して、不可思議の大誓願を起こし、光明無量・
寿命無量の功徳を成就して、この世に出現した。この「御かたち」を、
天親菩薩は「十方無碍光如来」と名づけられ、自らこの如来の浄土に
生まれるべく、天親自身、一心に帰命している。
 さてこの阿弥陀仏は、誓願の業因にむくいて成就した仏であるから、
報身如来である。「報といふはたねにむくいたる」という意味だから
である。そこで天親の「尽十方無碍光如来」の意を受けて、親鸞は
「極楽無為涅槃界」の教示を、次のように結ぶ。
 この報身より応化等の無量無数の身をあらはして、微塵世界に無碍
の智慧光をはなたしめたまふゆへに尽十方無碍光仏とまうすひかりの
御かたちにて、いろもましまさず、かたちもましまさず。すなはち法
性法身におなじくして、無明のやみをはらひ、悪業にさへられず、こ
のゆへに無碍光仏とまうすなり。無碍は有情の悪業煩悩にさへられず
となり。しかれば阿弥陀仏は光明なり。光明は智慧のかたちなりとし
るべし。

108 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:03:56 ID:D85btalS
また始まった・・・(呆

109 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:05:39 ID:D85btalS
>>103
ええ、それも否定しませんよ。
まあそれだったら、もっと上手くやってると思いますが・・・

110 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:06:56 ID:cevt9dRm
親鸞会は、いわゆるオウムとか創価学会と比較すれば一見安全そうに思えます。
しかし、ねこにゃ管理人さんがおっしゃっているように、内部事情や教義内容に
詳しくなればなるほど、「果たして本当に安全な団体なのか?」と疑問符がつか
ざるを得ないのです。今回は教義面について少し考察します。
親鸞会ではおおむね、以下の教義を徹底的に叩き込まれます。
「人類はすべて、口で話すことも、行うことも、心に思うこと
も、すべて悪業しか為すことができない。そして、善を行えば
よい結果が帰ってくるし、悪を行えば悪い結果が帰ってくる、
自分の蒔いた種はかならず自分に帰ってくるのであり、自分で
刈り取らなければならない。現在生きている間に帰ってこない
種まきは、死後に必ず現出する。人類はすべて、悪業しかでき
ないのであり、一息切れたら無間地獄というところに一人の例
外もなく、必ず堕ちる。これを後生の一大事といい、釈迦はこ
れひとつを教え、その解決をして絶対の幸福になることを説く
ために地球上に現れたのである。そしてその解決は真実の仏法
を聞き求める以外にない。
”後生の一大事の解決”こそが人生の目的なのである。現在真実
の仏法を説いているのは世界広しといえども、浄土真宗親鸞会を
主催されている高森顕徹先生以外にはない。それゆえ、火の中を
かき分ける命がけの覚悟をもって高森先生の説かれる教えの聴聞
に励まなければならない。聴聞のできない時間は破邪顕正という
法施にあたる善や、会に献金するという財施にあたる善をすること
が強く勧められる。」
概して、こんなところでしょうか。
この教義を自分のものとして、それを人生の目的と掲げて、個人で
信仰を喜んでいる分には、一見なんら問題がないように思われます。
しかし、このなかにはさまざまな、注意すべき重大な問題点を含んで
います。


111 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:07:58 ID:HKQq46Mh
前のスレでも荒らしの人書き込んでるし・・・・・
何がしたいのか。
タイトル気に入らないから早く次のスレに行きたいのか。
なんのメリットがあるのか。

わからない。

112 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:10:05 ID:cevt9dRm
1)真実を説く団体は親鸞会以外にないとしています。
→親鸞会の発行する顕正新聞という新聞では、「真実開
顕に全力を傾注する世界唯一の幸せな集まりである本会
に対する中傷も、謗法罪である。」などといっています。
このため排他的、独善的、自是他非とする顕著な特徴があ
るといわざるをえません。特に本願寺を敵視しているようです。
2)仏教をききはじめて1〜2年程度に過ぎない初学の者に対
して破邪顕正(法施=勧誘活動)を強く勧めていること
→学生は若いので性急な傾向があります。自分ならばすぐに
でも絶対の幸福になれると思ってしまうのです。時間を学業
よりも法施(=勧誘活動)に費やすほうが早く絶対の幸福に
なると短絡的に考える危険があります。
特に問題なのは、親鸞会では「真実を知らされた喜びを他人
に伝えるのは人類の為しうる最大の善であり、聖使命であり、
報恩である」のような説き方をされている点です。この独特の
論理によって、新入生は2年生になるとダミーサークルによる
勧誘行為を開始することが多く、被害者の立場であったはずが、
加害者の立場となってしまいます。そして、この勧誘の実績が
優れているものほど会の幹部に抜擢されやすく、会の上層部に
上がっていくようなシステムになっています。
名誉心に燃えた有能な若者ほど、この罠にはまっていきます。
気がついたら、会と一生を共にすることを選択せざるをえない
ような、後戻りできないところにまで自身を追いやってしまう
のです。この時点で退会した場合、一般的には立ち直るのに時
間がかかる、大きな心の傷を負うことが多いようです。


113 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:10:58 ID:/RJAV6cf
 では、阿弥陀仏の「極楽無為涅槃界」とは、どのような浄土なのか。
極楽といい安楽といい安養という。けれどもこれらはすべて「無為」
の語の形容であって、無為とは、虚無であり実相であり真如であり法
性であり法身である。したがってこの土は、法性法身に同じであって、
楽の究極、無苦無楽の涅槃界である。一実真如功徳大宝海の浄土は、
宇宙の全体を覆い、十方の微塵世界のすみずみまで、満ち満ちている。
ただし一如であり法性である浄土は、いろもなくかちもましまさない。
この浄土の本性は、迷える凡夫の思議を超えている。ただし浄土の存
在は、その迷える凡夫を救う場として、ましますのである。そのため
に、浄土は真如のままで、衆生の現前に相をあらわさなくてはならな
い。それが真如の智慧、尽十方無碍光という光明である。それ故に親
鸞は、「真仏土巻」で、「真仏・真土」について、仏は不可思議光如
来であり、土は無量光明土なりと説かれる。だが、このように無量光
明土といっても、その光明もまた、衆生の思議を超えており、凡夫が
その光明に出遇うことは不可能である。 
 そこで真如の尽十方無碍光如来が、一切の衆生を、無上仏にならし
めんがために、音声となって相を現わした。それが南無阿弥陀仏とい
う言葉である。とすれば、南無阿弥陀仏を離れて、阿弥陀仏がましま
さないのと同じく、南無阿弥陀仏を離れて、その浄土も存在しなくな
る。つまり浄土は、存在論的にあるいは時間論的に、宇宙のどこかに
存在するのではなくて、常に、愚かな凡夫を救うための場として、十
方の微塵世界にある。その救いのはたらきが南無阿弥陀仏である。阿
弥陀仏と同様、浄土もまた、南無阿弥陀仏を除いてはありえない、と
いわなくてはならない。

114 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:11:31 ID:cevt9dRm
4)絶対の幸福になるには、”命がけの覚悟”が必要としています。
→若者特有の性急さから、勧誘活動で無理をして体をこわしたり、
あるいは過労死を起こす危険があります。
5)「後生の一大事の解決こそが人生の目的なのである。」
→親鸞会は、人生の目的としては、「絶対の幸福=後生の一大事
の解決」以外のあらゆる価値観を「相対の幸福」として否定します。
親鸞会の場合、笑って「私は親鸞会を卒業します」と会員とサヨナラ
することはありえません。なぜなら、親鸞会の論理では、人生の目的を
知らされて求め始めたものが途中で挫折することは、人生の目的の達成
を放棄した敗残者ということになるからです。会の発行している顕正新聞
には「聞法の敗残者も、愚痴を言い散らして去っていくのみ。だが、恐ろ
しい結果は、必ずその身に現出するであろう。」という脅し文句さえ出ているのです。
http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/haizansha.html
このため、落伍者意識、挫折感を強く持ってしまい自信喪失のために学業や社会に
復帰できなくなる可能性があります。
また、私見では、もとより親鸞会のいう人生の目的を達成する力量
のない精神・心身障害者や、あるいは人生の途上で脳卒中の後遺
症のために寝たきりになってしまったような弱者たちは、親鸞会
の論理によれば、生きている意味がない、ということになるのではな
いかと思いますがいかがでしょうか。
もしそうならば、私はそのような非情な考え方には到底ついていけま
せん。

115 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:11:58 ID:/RJAV6cf
 では、いったい親鸞にとって西方の浄土とは何であったのだろうか。
第十九願の自力念仏者は、懈慢界に生まれ、第二十願の自力念仏者は、
疑城胎宮に往生するといわれる。だが、第十九願と第二十願の教えだ
とされる『観無量寿経』と「阿弥陀経』には、懈慢界も疑城胎宮も何
ら説かれていない。そこに明かされる浄土の教えは、『無量寿経』に
説く西方の゛浄土と全く重なっている。そしてその浄土を、浄土教一
般では、真の報仏報土だと解している。
ところで親鸞は、金・銀・瑠璃等の自然の七宝で荘厳される、その西
方十万億土の浄土を、方便化身土と捉えるのである。ただし親鸞には
『文類聚鈔』に「西方不可思議尊」という帰依の表白があり、また
『教行信証』でも随所で、阿弥陀仏の浄土を「西方」と、存在論的に
捉える。またすでに述べたように「さだめてさきだちて往生し候はん
ずれば、浄土にてかならずまちまいらせさふらふべし。」と手紙に認
め、死後に生まれる浄土が実体的に語られている。懈慢界や疑城胎宮
の問題とは別に、一方では「仏は無量寿観経の説のごとし。土は観経
の浄土なり。」と、その浄土を方便化身土としながら、他方において、
このような西方の浄土に心から帰依している親鸞の姿が見られる。こ
れをどのように理解すればよいのか。
 もは真仏・真土という観点から、阿弥陀仏とその浄土を捉えようと
すれば、仏は不可思議光如来であり、土は無量光明土であるから、時
間論的にあるいは存在論的に、方向・時間・形・量等が存在する仏身
仏土はすべて、方便化身土だといわなくてはならない。その意味から
すれば、すでに見てきたように、私たち凡夫に触れることのできる真
仏・真土は、真如からの音声として出現した「南無阿弥陀仏」しかな
い。光明無量・寿命無量の、ただ一つの相としての一声の称名が、唯
一の真仏真土になってしまう。したがって親鸞思想からすれば、西方
の十劫成仏の阿弥陀仏と、真如法性・無為法身としての南無阿弥陀仏
を、ともに真仏真土だとする義は、同時には成り立たない。

116 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:12:10 ID:cevt9dRm
勇気を出して書き込みをいたします。
私は今から20年近く前に大学に入って親鸞会に勧誘され
10年程前に脱会した者です。
私は脱会後、大谷派の僧侶に師事しており、
最近その方が発行されている
刊行物に二河白道と三定死の話が出ていたのをきっかけに
長いこと封印していた親鸞会での記憶が心の奥底から
噴き上がって来て、今までまったく見なかった親鸞会関連の
ホームページを見るようになりました。
親御さんがお子さんの親鸞会での活動に反対する際に、
頭ごなしに反対するのはむしろ逆効果で、ある程度親鸞会の教義
を知った方が対処がしやすいと思います。
親鸞会の問題点は、高森会長が「本会の活動は戦争だ」と断言
するまでの過激さが社会と摩擦を生じている点にあると思います。
長くなりますし、教学上の専門的な話は控えようかと思いますが
今私がご指導いただいている御僧侶は親鸞聖人の仏法についてより穏健な解釈をされています。
親鸞会はそれは異安心だ、生ぬるいと批判するでしょうが、
私にとって脱会後精神的に立ち直り社会復帰する際にこの御僧侶が
本当に心の支えになりました。
かつての私のように精神的に苦しんでいる脱会者の心のケアに、
少しでも役立ちたいと思っておりますので
皆様どうかよろしくお願いいたします。



117 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:12:47 ID:/RJAV6cf
やはり前
者は方便化身土であり、後者が真仏真土だとしなければならない。親
鸞は決して、西方に荘厳される阿弥陀仏の浄土を、一方で方便化身土
だと信じながら、他方において、その浄土を真仏土だと信じたのでは
ない。二心がないとされる真実信心には、そのようなことは起こりえ
ないのであって、同一の「信」で、もしそのような心を同時に成立せ
しめようとすれば、それこそ自己分裂を起こし、かえって疑惑心に堕
してしまう。
 親鸞ににとっての真実は、南無阿弥陀仏がすべてであって、この一
声の称名が、阿弥陀如来の清浄願心によって回向成就された、行であ
り信であり証であり真仏土であったのである。だがこの真理が親鸞に
信知せしめられた時、その時同時に、このような獲心を親鸞に生起せ
しめた、阿弥陀仏の方便の一切が、親鸞にとってまさに、阿弥陀仏の
大悲心そのものだと領解されたのである。だからこそ、阿弥陀仏方便
変化の所作として、浄土三部経に説かれる説示の通り、真の仏身仏土
として、親鸞は受け入れたのである。
 私たち愚かな凡夫にとって浄土とは何か。科学的な知識教育を受け
た、今日の我々にとっては、素直に、存在論的な浄土を信じることは
出来難い。西方十万億の浄土。十劫の昔の阿弥陀仏の成道。いかに信
じようとしても、そのような浄土や仏の存在を信じることは、現代人
には不可能となっている。だからといって、無為・法性・実相・真如
を浄土だということもできない。人間の知性と関わりえない虚無の世
界をいかに浄土だといっても、そのような浄土は凡夫にとっては無意
味でしかないからである。なぜわれわれ凡夫の社会に、いま浄土が必
要なのか。今日の我々凡夫は、現実の世を虚無として、真に生き抜く
力はなく、死後に生まれる西方の極楽も信じられない。だからこそ、
凡夫が、この世を真に生きる無限の力強さと、限りない暖かさが、い
ま必要とされているのである。
 親鸞の浄土の思想は、そのための永遠の「生」を我々に教えている。
「南無阿弥陀仏」に一切の真実を見た上で、その念仏が暖かい言葉と
なって、真実の道を語りかけているのである。

118 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:13:18 ID:/RJAV6cf
私たちの感覚において、
西方は、太陽が沈み一切が流れ行く寂滅の世界である。そこには例外
は許されない。自分もまたそこに流れ往く。したがって、永遠の念仏
の輝きの中で、従容として、この流れ往く自分を見ることができる。
この念仏の輝きを具体的に表現すれば、結局、浄土の経典や『浄土
論』に見られる、浄土の荘厳になってしまう。その結果、一声の南無
阿弥陀仏が無限の浄土の輝きになる。この念仏の真理に生かされる者
は、すでにはからいが完全に破られている。このような者の集いでは、
現代であってもお互い念仏を称えつつ、「浄土でお待ちしています」
と言ったとしても、そこに何ら違和感は感じられない。念仏をとおし
てねその浄土が「極楽無為涅槃界」であると信知されていからである。
 

119 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:14:32 ID:cevt9dRm
勇気を出して書き込みをいたします。
私は今から20年近く前に大学に入って親鸞会に勧誘され
10年程前に脱会した者です。
私は脱会後、大谷派の僧侶に師事しており、
最近その方が発行されている
刊行物に二河白道と三定死の話が出ていたのをきっかけに
長いこと封印していた親鸞会での記憶が心の奥底から
噴き上がって来て、今までまったく見なかった親鸞会関連の
ホームページを見るようになりました。
親御さんがお子さんの親鸞会での活動に反対する際に、
頭ごなしに反対するのはむしろ逆効果で、ある程度親鸞会の教義
を知った方が対処がしやすいと思います。
親鸞会の問題点は、高森会長が「本会の活動は戦争だ」と断言
するまでの過激さが社会と摩擦を生じている点にあると思います。
長くなりますし、教学上の専門的な話は控えようかと思いますが
今私がご指導いただいている御僧侶は親鸞聖人の仏法についてより穏健な解釈をされています。
親鸞会はそれは異安心だ、生ぬるいと批判するでしょうが、
私にとって脱会後精神的に立ち直り社会復帰する際にこの御僧侶が
本当に心の支えになりました。
かつての私のように精神的に苦しんでいる脱会者の心のケアに、
少しでも役立ちたいと思っておりますので
皆様どうかよろしくお願いいたします。



120 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:15:18 ID:/RJAV6cf
 親鸞会四つの、質問を、確認する。

[第一問]
 仏教で諸善万行といわれるものの中に、破邪顕正や、財施は、入るのか、入らないのか。

[第二問]
「宿善は、あくまでも、他力に、なさしめられるもの」ならば、なぜ、信前の人に、教えすすめる、必要が、あるのか。

[第三問]
 二種一具の他力信心の罪悪深重、地獄一定の自覚と、自力信心の罪悪深重、地獄一定の自覚の相異点は、なにか。何によって、それを、判定するのか。

[第四問]
 親鸞聖人が、「いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」と言われたのは、ウソか、マコトか。
 蓮如上人の「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」の『御文章』は、ウソか、マコトか。

 以上、四つの質問に、このたび初めて、二問だけ、満足できる回答が、よせられたのだ。

121 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:16:11 ID:cevt9dRm
私が言いたいのは、親鸞会の人は、「喜ばずにおれない」とか「受けし御恩におこたえするしかない」とか、
けっこう簡単にいうけど、本当にそんなこと思っているのかな〜ってことです。
毎日、キャンパスでATしている人なんて、講師部員にも幹部にもいないし。
「喜ばずにおれない」っていっても、その程度の喜びなんだなぁ、と。
だから、本音を無理に言葉で飾っているので、無理が生じて疲れているように見えます。
分かりやすくいうと、
会員はそんなに幸せそうじゃないのに、口では幸せだと言わなきゃいけない



122 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 20:17:32 ID:cevt9dRm
私も親鸞会をやめてしばらく経つ社会人ですが、
親鸞会の人って、他の人が言っているように、
喜ばずにおれないとか、感謝せずにおれないとか、一生懸命言っているけど、
口だけっていう感じがします。
御報謝と勧誘活動で疲れきっていて、
その疑問を奥に押しやろうとして無理矢理そういう言葉を口に出しているように思います。

私も親鸞会にいたときは、そんな自分の気持ちを押しやろうと、
心にもない喜びの言葉や感動の言葉を口にしていました。
高森先生のお話も、何の感動もないのにいかにも感動したように人に話していました。
親鸞会に入って幸せなんだと無理矢理自分に思い聞かせていました

123 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 21:21:22 ID:UiKTqOjL
こちらにボラ夫は来てませんかー。
「山科木像本尊について西本願寺僧侶を自称するボラ夫からは
反論なし」とアップしてよろしいかー。

124 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 21:44:57 ID:cevt9dRm
自分は勧誘された当時、下宿にネットを引いてなくて会の情報を全く調べられなかった。
それが一番痛かったんだと思う。ネットさえ引いていればズルズル続けずに済んだのに。
夏合宿で入会してその足で帰郷、実家のパソコンでネットやったら出るわ出るわ…。
やっと会の現実を知れたね。
自分が勧誘されたときと同じような道程や金の徴収なんかが詳しく書かれてて、
こりゃヤバいって思えた。

というわけで、私は2ちゃんねるに救われました。ありがとう、2ちゃん!!




125 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 21:46:28 ID:JWKEjjxa
これもテンプレの一種のつもりなのか?


126 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 21:53:26 ID:D85btalS
テンプレにしては些か長すぎるがな・・・

127 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 23:13:47 ID:cevt9dRm
偽装サークル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%BD%E8%A3%85%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AB#.E5.A4.96.E9.83.A8.E3.83.AA.E3.83.B3.E3.82.AF



128 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 23:35:11 ID:cevt9dRm
>親鸞会は、親の恩や親の顕正をすすめているといって
>いますが、実際は口でいっているだけで実際はほとんど
>は家族の反対の嵐ではないでしょうか。

そうですね。親鸞会では親御さんを部会に誘っているとか、親の顕正を推進し
ているという宣伝が大変よくなされます。
機関誌でも両親と一緒に会員になった人の話題をよく見ますが、実際は同じ人が
何度も載っていたり、一年経つと親子共々退会していたりします。勿論、最初か
ら親に内緒にしていたり、話した結果反対している親御さんの方が圧倒的に多いの
は言うまでもありません。
また、親御さんを部会に誘っていると言っても、新勧のウソ勧誘を見せるわけではあ
りませんし、ましてや指摘会合や反省会合を見せるわけではありません。親御さん
用に用意された部会に参加して貰うだけです。親鸞会が閉鎖的だと言われないが為に
オープンに出来るところだけオープンにしているだけです。
そもそも両親や家族の顕正というのは、創価学会でも顕正会でもエホバの証人、今では
統一教会でも行われている事です。これを持って親鸞会を「オープンで問題のない宗教
団体」というのはかなり無理があるように思います。
ただ、幹部講師にも学友部員にも、両親を顕正したいという思いがあるのは事実です。
ですからプロパガンダとは早急に言い切れない気もします…。いずれにせよ、親鸞会の
上層部の講師の殆どが、両親を顕正出来ていないというのはなかなか象徴的な事だと
思います。


129 :名無しさん@3周年:2006/05/01(月) 23:46:07 ID:HzCxUC9g
このスレにやってくるシンパ(ネット対策員の親鸞会員)って
出所(ソース)不明の長文をわざとコピペしてスレを早く消費させ
うやむやのうちにスレを終わらせようと(潰そうと)毎日一生懸命なんだな。

130 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 00:10:04 ID:H7jVXCDp
>>129
長文を書きまくるのはアンチの得意技
スレ終わらせたってすぐに次スレが立つから意味無いし

131 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 00:12:38 ID:K/lC8LdS
たぶんこの書き込みも仏法なのでしょうw
親鸞会ってすばらしいですねW部さん♪(苦笑

132 :◇マルチ詐欺フルフィルメント瞑想☆阿部将英どりーむろっじ:2006/05/02(火) 00:42:25 ID:L2InpYvk
◆マルチ詐欺フルフィルメント瞑想★阿部将英どりーむろっじ
雑誌スターピープルに詐欺で稼いだ金で掲載した
阿部将英(覚せい剤中毒者)の顔写真 http://d-lodge.com/d-lodge.pdf
http://d-lodge.com/dream1-a.html 顔写真入りHP
★2ちゃんねる従業員宗教板運営担当阿部将英(覚せい剤中毒)
<瞑想マルチ詐欺商法どりーむ・ろっじとは?>
上記のの阿部将英はお金を振り込みすれば、何倍何十倍になって帰ってくると新規のビジネス
(神命水)や海外への投資を煽り他人の財産をネコババトンヅラする詐欺師です。
瞑想すればなんども願望が叶うとインチキな瞑想法を5万で伝授し洗脳しながら
詐欺同然のねずみ講(キングスレー・アンカーポート)などの名前でねずみ講
トンヅラ詐欺を繰り返す常習犯です。知ってる方は警察へ通報しましょう。
阿部将英の住所〒242-0021神奈川県大和市中央4−14−24−806在住
マピオン http://www.mapion.co.jp/c/f 金を騙し取られた方は決して暴力や
嫌がらせなどに使用しないでください。紳士的に説得を繰り返しましょう。
阿部将英の詐欺マルチ商法(=利殖商法とは?警察HP)
http://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mesd2009.htm

133 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 03:25:16 ID:UGvhIN+p
>131
会員です。70、71の書き込みは的を得ていますね
S会側もかなりあせって読めないようにしているんでしょう
反論のしようもないみたいだし、つつかれたら否定もできないし
みんないわれてみれば、その通りということばかり

134 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 06:02:52 ID:6mHQvWj9
おもしろいサイトみつけました。

http://raifuku.cocolog-nifty.com/rikaitusin/2006/03/post_df99.html

管理人は浄土真宗の教えに精通しているとは考えませんが浄土真宗において
一番重要なのは阿弥陀仏の慈悲を信じるではありますが阿弥陀如来の慈悲とは
信じる者しかすくわない偏狭な慈悲なのでしょうか。
浄土真宗の教えの立場からするならば阿弥陀如来の側からの積極的な慈悲の
働きかけがあると考えるべきではないでしょうか。

つまりすべてを阿弥陀如来の慈悲に委ねることで安心を得るのであって安心を
得るために阿弥陀如来の慈悲を信じなければならないと考えるのは本末転倒では
ないかと考えてしまいます。

135 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 10:32:38 ID:5zSN4p+O
親鸞会の教義で最も分からないのは、
1. なぜ遍く救う阿弥陀仏が信心決定する者を選択するのか
2. なぜ他力の教えなのに自力での求道を求めるのか
3. 三業で信心は計れないとよく言うが、親鸞聖人、蓮如上人、
  高森氏が信心決定していると何で分かるのか?

俺はこの3点が理解できず辞めた。
親鸞会の教えをまとめると、
「自力の求道で信心決定すれば、他力によって救われる」
といってるようにしか理解できないんだよな。

136 :嘘も方便親鸞会:2006/05/02(火) 11:12:39 ID:+OmyACQN
>>135
>親鸞会の教義で最も分からないのは、
     親鸞会の教義は、嘘も方便だからです。

>俺はこの3点が理解できず辞めた。

 正解です。高森親鸞会の教義はデタラメです。
 大きな箱物をつくること。高森一族が、息子、孫、ひ孫にわたって末永く安楽に暮らせるシステ
ムを作ること。このような正しいご立派な目的のためには、高森親鸞には阿弥陀仏から嘘をつく
ように命令されているのです。

 高森さんが死んだ後も、高森一族の安定を図るのが、高森さんの後生の一大事です。
後生の一大事のためには、会員はしっかり努力をしなければなりません。


137 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 12:48:25 ID:UWHwEywP
>>135
俺はこの3点が理解できず辞めた。
親鸞会の教えをまとめると、
「自力の求道で信心決定すれば、他力によって救われる」
といってるようにしか理解できないんだよな。


教えがよく理解できないから辞めたということですか?

138 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 12:50:11 ID:5zSN4p+O
>>137
>>135で書いたとおりの理由で辞めた。

139 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 12:57:26 ID:UWHwEywP
>>138
辞める理由にはならないと思いますが。
後生の一大事はどうしますか?

140 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 12:59:06 ID:5zSN4p+O
>>139
解決してますよ。

141 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:04:45 ID:s7/gzwBI
>>135の三点すら合点が行かないのに、
後生の一大事が解決したなどということは有り得ませんな。

142 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:08:12 ID:5zSN4p+O
>>141
なにしろ仏智不思議ですから。
こんな自分でも阿弥陀仏は見捨てません。

143 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:10:30 ID:UWHwEywP
後生の一大事が解決できたら、一切の疑問も氷解するのですよ?

3点が理解できないなどということはありえません。

144 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:12:23 ID:5zSN4p+O
>>143
ええ、既に氷解してますよ。
なぜ理解できなかったのかも十分に理解できています。

145 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:14:39 ID:gxxJNuov
後生の一大事が解決して、
高森会長が間違いだとはっきりしました。

146 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:20:55 ID:UWHwEywP
>>144
理解できなかった点が理解できたということは辞める必要がなくなった
ということではないですか?

147 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/02(火) 13:48:29 ID:0LS2sEmO
相変わらず非本質的議論が続く。
本質的議論とは、信の一念の有無。これだけ。

有無に応じて、以下のように結論が分かれる。

有→高森氏は善知識、財施は善行、嘘は方便、ダミサOK、合宿は聞法求道、脱会者は敗残者。

無→高森氏は詐欺師、財施は集金、嘘は卑怯、ダミサNG、合宿はマイコン、脱会者は成功者。

148 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:55:56 ID:MOIlS/5s
>>147
講師を始め親鸞会員のほぼすべてに信の一念が無い
故にその分類は不成立

149 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 13:57:26 ID:5zSN4p+O
>>146
時系列というものがあるわけで、もうその時点では辞めてましたから。
今更あえて親鸞会に限定して戻るつもりもありません。

親鸞会の「全て」を否定するつもりはありませんが、理解できた今から
思い起こすと、さまざまな人に法を説くための方便が多岐にわたりすぎ
ていて、会員の中にはそれを誤解して受け止めていたの人が多かった
というのが辞めた当時の実情というべきでしょうか。もちろんそうなると
「誤り」も生じることになります。当時の自分はその誤りに耐えられなかっ
たのでしょう。もしかしたらその誤りは今でも残っているのかもしれま
せんが。

そもそも親鸞会を辞めることと、後生の一大事の解決は直接的には無
関係です。他の人のことは計れませんから断定はしませんが、親鸞会
が起こる前から信の一念を体験した人は恐らくいたことでしょう。現に
私も縁が無かったのか親鸞会自体は3年程度で辞めましたが、おかげ
様で解決できています。阿弥陀様の力は本当に不思議なものです。

その後も不思議な縁で今は不肖ながら僧籍にあり、感謝の念仏と、本
当に微力ではありますがそれを伝える日々を過ごしています。

150 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/02(火) 14:16:39 ID:0LS2sEmO
>>148
個人的体験の有無という意味ではなく、その体験が本当に「有るか無いか」ということです。

つまり、信の一念という異常な体験が本当にあるのか、あるいは、新入生に分かり易い言葉で言うと、
絶対の幸福は「有るか無いか」という話です。舌足らずですいませんでした。

151 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/02(火) 14:29:26 ID:0LS2sEmO
>>149
>親鸞会自体は3年程度で辞めましたが、おかげ様で解決できています。

信の一念を体験したという意味ですか?
もしそうであれば、親鸞会でいう信心と同じと解してよいですか?

152 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 14:32:07 ID:+OmyACQN
>>139
>後生の一大事はどうしますか?

 相手の懐を狙う大嘘つきの軽薄者のペテン師に、口先だけ心配されるほど、
そこまでは落ちぶれてなかったことに気がついたんだろう。

 他人の心配をする前に、顔洗ってきたらどう?。
 

153 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 14:35:10 ID:+OmyACQN
>>151

>もしそうであれば、親鸞会でいう信心と同じと解してよいですか?

 ペテン師にでも心配されなけりゃならん後生の一大事と、
 ペテン師なぞには心配してもらう必要のない後生の一大事とがあるんだろう。

 ペテン師に心配してもらわなけりゃならん後生の一大事は、解決でき
たということだろう。

154 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/02(火) 14:41:02 ID:0LS2sEmO
>>153
あなたに聞いていません。

ではあなたに聞いて差し上げましょう。

>>152
>相手の懐を狙う大嘘つきの軽薄者のペテン師

もしも後生の一大事があるとして、同時に、信の一念があるとして、その上で高森氏
そ上のように描写することは妥当と考えますか?間違わないでください。「もしも」と
仮定の上で、です。この仮定を無視して回答した場合、「無の証明」をお願いすること
になりますので宜しく。

155 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:00:38 ID:UGvhIN+p
>154
>相手の懐を狙う大嘘つきの軽薄者のペテン師
とは、M晴、W部ら信心決定していない、幹部講師です

156 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:04:56 ID:s7/gzwBI
>>155
何で信心決定していないって言い切れるの?

157 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:11:26 ID:UGvhIN+p
>>155
じゃあ、してるといいきれるの

158 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:12:13 ID:UGvhIN+p
>>156
ちなみに、お前は信心決定してるの?

159 :157:2006/05/02(火) 17:13:24 ID:UGvhIN+p
>155 -→156だすまん


160 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:14:44 ID:2I+VtYAX
>>157
してると言い切れなければ、していない事になるのか。
ふーん、そうかそうか。

161 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 17:32:34 ID:fxoSU9kA
仏法聞いてないオレでも
信心決定してるかもしれないしな。

162 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:06:19 ID:UGvhIN+p
>>160
もしかして、またお得意の、信心決定したことにする、という
やつか、
今年も大分新入生をだましたそうだね
ちなみに君は信心決定したの?


163 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:09:05 ID:UGvhIN+p
>160
ていうか、信心決定しているということにしたの?あるいは正直に
事実を新入生にいったかな?
まさか、ついていい嘘もあるから、とかいわないでね

164 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:24:47 ID:sfeBtp0h
前スレ消化してからこっちに書けよ

165 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:52:17 ID:pLMQsNbs
>>135

理解ができずやめたと言うことですが、

>「自力の求道で信心決定すれば、他力によって救われる」

これは真宗の教義ではありません。
なんにもしなくても救われると言うことでもありません。

本願寺なぜ答えぬの中でも、取り上げられている
宿善ということがわからねば、これはそのようにしか理解できないのではないかと思います。


166 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:53:34 ID:pLMQsNbs
(二)第一の非難―――宿善の語義から―――

   過去の強調

 最初の非難を、みてみよう。

「高森親鸞会では、未信の者は、信心決定をめざして、今生において、善根を積み宿善を厚くせよ、と勧める。これは、宿善の語義そのものから逸脱しており、当流相承の上にはない所談である」(回答書(A) P・142)

 まず、語義からの、非難である。
 宿善とは、宿世(過去世)の善根という意味だから、ふりかえって喜ぶ、過去のできごと。
 それを、未来に向かって、使用するのは、「語義からの逸脱」と、いうのである。

――――――――――――――――――――――――――――――
「宿善とは、宿世の善根という意味で、現在から過去をふりかえっていう言葉である」(回答書(A) P・137)

「宿善とは、現在から過去をふり返っているのであって、これから獲信のために修することを宿善といっているのではない」(回答書(B) P・15)

「宿善とは、遇法獲信の現在から、過去にさかのぼって、その縁由を喜ぶものであって……」(回答書(A) P・144)

「宿善は、将来の獲信のために積まねばならないという方向で語られるものではなく、遇法獲信の現在から過去にさかのぼって、宿善のお蔭である、と、その縁由を喜ぶ方向で語られるものである」(回答書(A) P・141)
――――――――――――――――――――――――――――――

167 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 18:56:02 ID:pLMQsNbs
 同趣旨のことが、外にも強調されているが、もうよかろう。
 要するに、
「宿善とは、ふりかえって喜ぶ、過去の善根をいうのに、未来に向かって使うのが、間違い」
と、いうのだ。
 まさに、学問ではそこまで、とでも言おうか。
 それにしても、バカに、過去に力を入れなさる。
 青年は、常に未来を語り、老人は、つねに過去をなつかしむ、と、いわれる。
 ここにも、本願寺の、老化現象を、みる人もあるだろう。
 未来に向かっての、提言がみられぬのは、未来のない本願寺を、象徴しているかのようである。

   言葉遣いに、ナンクセ

 さて、本願寺の、言い分から、検証しよう。
「宿善とは、過去にやった善根をいうのだから、未来に向かって求めよ、というのは、語義からの逸脱」
という。
 過去をあらわす言葉を、未来に使う、言葉遣いが、まず間違い、と指摘したい、のだろう。
 宿善は、過去の善根だから、当然、
「宿善を求めよ」
といえば、
「宿善になるものを求めよ」
の意味であることは、言うまでもない。
こんな言い方は、いくらでもある。
 一、二、例をあげておこう。
「想い出になるものをつくろう」を、「想い出をつくろう」と、いわないか。
「想い出」は過去のことだが、「いまからつくろう」と、言われる。
「悔いを残さぬように」と言っても、「悔いになることを残さぬように」と、バカ丁寧なことは、言わない。
「宿善になるものを求めよ」を、「宿善を求めよ」と、言って、なぜ、いけないのか、と、おかしく思われる。
意味が変わったり、誤解を招く、言葉の省略は、勿論、悪いに、きまっている。
「風呂に入ってねよ」と言われても、誰も、風呂の中で、グーグー、ねはしない。
「台所の魚を見ていてくれ」と、頼まれて、見ているだけで、猫に食われる者があったら、バカであろう。


168 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:13:40 ID:a+1TLywl
>>160
アンチの超論理に真面目に付き合っても無駄ではないでしょうか。
まあ、すべてのアンチを無視すべきとは思いませんが。

169 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:19:55 ID:UGvhIN+p
>168
ba-ka

170 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:21:11 ID:5SwkB2Qp
親鸞聖人「T森ケンテツが死ねば世界は救われるであろう」

171 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:26:19 ID:pLMQsNbs
 それとも、今まで、使ったことのない言葉は、禁句なのか。
使われたことのない言い方で、仏法を伝えては、ならないのか。
 現代人に、お聖教にある言葉だけで、仏法を伝えられる人が、いるのか。
意味が、正しく伝えられたら、よいのではなかろうか。
 こんな、無意味な非難をなさるから、批判のための批判と、評せざるを得ないのだ。

   過去を前世に限るのか

 それとも、また、本願寺さんは、過去を、過去世に、限定なさる、おつもりだろうか。この世のことは一切、過去世に定まっている
 という宿作外道ならいざしらず、仏教で、過去とは、生まれる前、去年、昨日、前の一時間、出る息をいう。
 現在とは、この世、今年、今時、今の一息。
未来とは、死後、未来、明日、一時間先、入る息と説く。
 現在といっても、未来からは、過去であり、過去からは、未来である。
今日といっても、明日からみれば、過去であり、昨日からみれば、未来となる。
 過去だ、未来だ、といっても、どこに視点をおくか、で変わる。
固定したものでは、ないのだ。
「宿善とは、ふりかえって喜ぶもので、未来に向かって、求めるものではない」
との非難にも、過去や、未来を、いかに、固定的に考えているか、が窺える。
 過去にやった善根を、ふりかえって宿善と喜ぶのは、救われたとき(獲信のとき)のことである。
 それでは、救われていないとき(信前)の善根と、獲信の関係は、あるのか、ないのか。あれば、どんな関係か。
 それとも、宿善を、獲信した人の喜びに、かぎるのか。
宿善問題の、重要課題は、そこにある。


172 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:28:06 ID:pLMQsNbs
   宿善問題のポイント

 その点を、推察できる、本願寺の反論を、きいてみよう。

――――――――――――――――――――――――――――――
「宿善とは、遇法獲信の現在から、過去にさかのぼって、その縁由を喜ぶものであって、その縁由となった過去の善根については、これを自己の修する善である(宿善自力説)」(回答書(A) P・144)
――――――――――――――――――――――――――――――

 獲信の現在から、過去とは、まさに、信前のことであり、未信のときである。
その信前の善根は、獲信すると、宿善と喜ばれる、と、本願寺は、いうのである。
 善をすすめる親鸞会を打つ、本願寺も、信前の修善と、獲信の、密接な関係を、否定することは、できないのだ。
 もし、修善が、信前の人に、無関係のものならば、救いに宿善は、関係ないことになる。
 言うまでもなく、仏法求める目的は、阿弥陀仏の救済以外、なにもない。その阿弥陀仏の救いに、関係のないものが、宿善ならば、
「いづれの経釈に依るとも、既に宿善に限れりと見えたり」(『御文章』三帖十二通)

と、説かれる、はずがない。
 宿善問題の本質は、単なる言葉遣いや、過去や、未来の、方向にあるのではないことが、分かる。
 正しく、問われているのは、宿善の物体(獲信の因縁になるもの)と、宿善開発までの、道程なのである。
 本願寺の回答は、問われている問題点を、間違えた。
気づかない、その誤りを、親鸞会の質問が、直撃したのだ。(親鸞会公開質問七カ条は、第二部に掲載)
 いまだに、回答できないのは、そのためである。
本願寺を、絶句させた質問の一つを、次に紹介しておこう。


173 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:36:42 ID:UGvhIN+p
本願寺を絶句させた、とは
会員粛清規定第3条(2)組織破壊行為  
(1) 支部長の指示に従わない。
(2) 講師部を批判する。
(3) 本会の機密を漏洩する。
(4) 本会の和を乱す。
(5) 本会の指示に対する批判的言動。
(本会の指示、方針、通達、活動目標等を批判する)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           誓約書
 浄土真宗親鸞会 
  xxxx先生
  教学講義受講に際し、以下を誓約いたします。
   (1)活動に関する不満や批判的言動は絶対にいたしません。
   (2)本会を誹謗中傷するものがあった場合は上司に直ちに報告します。
   (3)誹謗するものを知りながら黙殺した場合にはどんな処罰をもうけます。
   平成_年_月_日 ___支部 氏名_______印
  [保証人]
   上記のものは誓約通り実行し、受講者として問題ないことを保証します。
   平成_年_月_日 氏名_______印





174 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:39:14 ID:pLMQsNbs
――――――――――――――――――――――――――――――
「宿善とは、遇法獲信の現在から、過去にさかのぼって、その縁由を、喜ぶものであって、その縁由となった、過去の善根については、これを自己の修する善である(宿善自力説)」(回答書(A) P・144)
 このように、過去をふりかえって、喜ぶものが、宿善なのに、親鸞会は、未来に向かって、求めよ、と修善をすすめるから、間違いだ、といわれています。
 ならば、おたずねいたします。
 今年、阿弥陀仏に救われた人(獲信者)は、昨年、自己の修した善を、ふりかえり、宿善と、喜ぶことになる。
 獲信と、よい関係にある、修善をすすめる親鸞会を、非難する本願寺は、間違いにならないか。
――――――――――――――――――――――――――――――

 一撃で、ダウンしたほど、本願寺の反論は、ひどいものだった、ということだ。
 あえて、
「読むだけ、時間のムダ」
と、酷評した次第。
 しかし、もう読まない、などといっていたら、真実開顕の使命は、果たせない。
 自ら、シリを叩いて、先へ、進まなければならぬ。


(三)第二の非難―――諸善は、獲信の因縁ならず―――

 (1)真実の歪曲は、許されぬ

 次に、本願寺が、親鸞会を非難する、第二条は、こうである。

175 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:40:00 ID:pLMQsNbs
「親鸞会は、宿善として自力諸善を積むように勧めているが、当流では他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」(回答書(A)P・142)

 先述の、一条にも、
「高森親鸞会では、未信の者は、信心決定をめざして、今生において、善根を積み、宿善を厚くせよ、と勧める」
と、いやに、力説なさる。
「諸善さえやれば、信心決定できる。まず、自力で善を励め」
これが親鸞会の主張だ≠ニ、印象づけたい思惑が、みえみえである。
 しかし、真実の歪曲は、許すわけにはゆかない。
どこをどう、本願寺が、ネジ曲げているか≠、指摘する前に、親鸞会の主張を、ここで、明示しておく必要がある、と思われる。

   親鸞会の主張

 首尾一貫、宿善について、親鸞会は、次のように、説き続けてきた。
言うまでもなく、仏法求める目的は、唯一つ、後生の一大事の解決、以外にない。

「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」(御伝鈔)

 しかも、親鸞聖人のご金言通り、生死の一大事の解決は、阿弥陀仏しか、できないことなのだ。
 その、阿弥陀仏の救済に、絶対不可欠のもの、それが、宿善なのである。
このことは『慕帰絵詞』にも出ているし、宿善往生を唱えた覚恵法師と、信心往生を立てられた如信上人との、諍論によっても明らかだ。

176 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:41:22 ID:pLMQsNbs
 お聖教の明文も、歴々として、指し示す。

「十方衆生のなかに、浄土教を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんと
ならば、『大経』のなかに説くが如く、過去の宿善厚き者は今生にこの教に値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教に遇ふといへども、念持せざればまた遇
はざるが如し。『欲知過去因』の文の如く、今生の有様にて宿善の有無あきらかに知りぬべし」(口伝鈔)

『御文章』には、

「弥陀に帰命すといふも、信心獲得すといふも、宿善にあらずといふことなし」(四帖一通)

「無宿善の機に至りては力及ばず」(四帖八通)

「いづれの経釈に依るとも、既に宿善に限れりと見えたり」(三帖十二通)

 ご臨末には、

「あはれあはれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思ひはんべり。まことに宿善まかせとはいひながら、述懐の心暫くも止むことなし」(四帖十五通)

   弥陀の救いは、宿善まかせ

 弥陀の救い(信心獲得)を、宿善まかせ、とまで、仰せになっている。

177 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 19:58:49 ID:gxxJNuov
新たな荒らしですか?

178 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 20:05:43 ID:v1A/uLIO
ウィキペディアで、妙観講が親鸞会を粉砕したとか宣伝してるんだが?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E8%A6%B3%E8%AC%9B

妙観講(みょうかんこう)は、東京都杉並区に本部を置く日蓮正宗の講中(信徒組織)。講員数は二万名を超え、
この規模は日蓮正宗内で最大である。 創価学会員への「再折伏」の他それ以外の折伏にも力を入れている。
創価学会に対する激烈な折伏活動により、創価学会からの移籍者も多く、創価学会がもっとも恐れている存在である。
(中略)
また、他宗派との法論も数多く経験し、古くは歎異抄研究会(現在の親鸞会)、最近では仏立宗をことごとく論破し、
日蓮正宗から派生した創価学会、顕正会、正信会なども法義上から粉砕している功は甚大である。
目次

179 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 20:15:30 ID:+OmyACQN
>>154
> もしも後生の一大事があるとして、同時に、信の一念があるとして、その上で高森氏
> そ上のように描写することは妥当と考えますか?

 日本語も不明確で、貴方の質問の趣旨がよく分からないのですが、少なくとも嘘つき
には、仏教も、信心も、後生の一大事も、およそその種の件について、話をする資格が
ないということです。

 おとといおいでというべきでしょう。 

180 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 20:30:29 ID:8oo+N+dB
>>70
1.W部さんは、会長の指示に反して10分間説法を覚えていない
2.W部さんは、会長の金言を無視して、会員ザイセで自宅を建てた
3.W部さんは、破廉恥行為を複数回犯したのに反省していない
4.W部さんは、阿弥陀仏の本願を捻じ曲げて、「聞法の敗残者」という
  造語をつくった。これは報復記事である
5.W部さんは、こうせん部員にネット対策を指示しているがかえって
  親鸞会のおかしな姿勢と、反社会性を浮き彫りにしてしまい、余計
  会を謗らせてしまっている
6.W部さんのネット対策には、自分の破廉恥行為を晒されないように
  したい、というひそかなタクラミがある
7.W部さんはM晴問題を知っており当初はM晴を批判していたが、
  自分の罪をもみ消してもらうために魂を売った

傑作だ!

181 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 21:28:16 ID:svrf7NkY
>>178
向こう側でも多少触れられてた

【撫斬り】日蓮正宗系の教義を徹底検証!その2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1054740898/269
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1054740898/272-273

>※バカが、(苦笑)、オレは妙観講の大草氏は若い頃から尊敬しておるのだ。
>今から30年ほど前だ。
>理境坊支部の妙観講総部長だった大草氏は早稲田の歎異抄研究会と大論戦を
>繰り広げ、妙観会きっての秀才といわれた花野師とともに臨み、大勝利を収めた。
>当時この話は宗内を駆け巡り血湧き肉躍る武勇伝として伝えられた。
>オマエたちごとき痴犬どもの及ぶものではない。バカが。(笑)、

>歎異抄研究会というのは、若しかして親○会のこと?だとしたら、20数年前じゃない?
>創価学会の学生部と、s会が論戦したりしたようです。今時、昔ながらの“法華vs念仏”の法論(呆論?)なんてやるの、
>真宗系では、s会が唯一(もしかして分派の○の会もかな?)だと思うし、日蓮系でも正宗系くらいでしょう?
>それに当時は、「歎異抄研究会」の名を学内では使ってました。
>でも花野師が相手だったら、相手にならなかったでしょうww。それともs会にも当時は、少しはまともな論客いたのかな?

>創価の関西学生部とs会学生部の法論については、当時、双方の関係者から聞いたことあります。
>s会の方は、H大院生(当時)のT氏、創価の方は、K大院生(当時)のY氏が対峙したようです。
>両方とも自分ところが、“大勝利”で相手をメタメタにやっつけたって言ってましたww。

182 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 21:34:34 ID:svrf7NkY
もう一つ


 そういえば、昭和五十三年五月、大草一男が理境坊東京支部の頃、早
稲田大学の「歎異抄研究会」と対論することになった際、花野充道に応
援を頼んだことがある。この時、大草だけでは敗北したに違いないが、
花野の応援で何とか対論を切り抜けたように、今回の浅井との対決も、
日顕は花野に泣きつくより他に手はなさそうだ。

http://www.sfken.net/easyBBS/bbs.acgi?r=room_02&BBS_MSG_050414102539.html

183 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 21:43:59 ID:svrf7NkY
どうも親鸞会って真宗内のカルトなんだけどな…


お寺についた檀徒ならば、今まで学各で折伏してきた経験者なんだから、学会以外の人をどんどん折伏してもらいたいと思います。
或る所では、こちらの信徒の団体(※妙観講)の所へ早稲田大学の歎異抄研究会≠ニいう団体が真宗の僧侶が多いんだろうけれども
四十人ばかり押し寄せてきて、論争しようと言ってきた。
それを私が聞いて、信者だけではダメだから花野充道に行けと命令しました。

向こうでは専門家も居るんですから論争してもなかなか難しい。
そこで充道が出ていったら向こうは閉ロして「お前とやっているのではないからダメだ」とか何とか言って逃げてしまった。
そういうもんです。
信者同士なら良いけれども、早稲田の歎異抄研究会≠フような、その中には僧侶も多いのですから、そういうのが出てきて、
いいかげんなことを言い出したら、こっちが敗けということにもなる。
そういう時には大いに応援してですね、しっかり守ってやる。
それだけの度胸がなくてはダメだ。
どこまでも、自分の所についた信徒を守る、そしてお寺を守ってゆく。

ttp://otarunounga.hp.infoseek.co.jp/sozoku52-03.htm

184 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 21:51:03 ID:UGvhIN+p
日蓮宗内の妙観講の立ち位置、真宗内の親鸞会と似てるな。。。

185 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 22:02:11 ID:svrf7NkY
花野充道と言う人は一角の学者らしい
論文集に何本も論文が掲載されているようだ
仏教学が相当できる人間が相手では、親鸞会も歯が立つまい

というか、きちんと相手の教義や状況を下調べしていったんだろうか?
江戸時代あたりからある日蓮宗への反論も、有効とは限らないんだよな
(観経は法華経を中座して説かれたとする説は、当時から向こうは反論してたりする)

しかし、花野充道氏は日蓮正宗の僧侶らしいが宗門とは仲が悪いのだろうか?
創価学会がなにやら色々書いている
ttp://www.nichiren.com/jp/d_tsushin/dt_107.html
ttp://www.nichiren.com/jp/d_tsushin/dt_107.html
ttp://72.14.207.104/search?q=cache:mDxDrHHl7TMJ:mkreina.gozaru.jp/hananojudo.html+%E8%8A%B1%E9%87%8E%E5%85%85%E9%81%93&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=6&lr=lang_ja&inlang=ja

186 :名無しさん@3周年:2006/05/02(火) 22:12:10 ID:svrf7NkY
>>184
日蓮宗じゃなくて日蓮正宗
日蓮宗は穏健(まれにここに顔を見せる波木という人は日蓮宗の在家者らしい)
日蓮正宗は日蓮系の中でも創価学会、顕性会、妙観講の母体になったカルトっぽい宗派

創価学会と顕性会は日蓮正宗在家の講組織みたいなのが独立
妙観講は日蓮正宗の法主側が創価学会などに対抗するため立ち上げた、らしい
日蓮正宗の子飼いらしいが、過激な正宗の中でも特に先鋭
正宗信徒が入る講は法華講の方が一般的らしい

ここで妙観講(か法華講)と創価学会の法論の様子を写した動画を閲覧できる
ttp://hokkech.com/

187 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 00:21:57 ID:C9pYjTr3
>71
1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。

図星だ!

188 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 00:43:45 ID:Rdh0B4ch
>>187
粘着自演乙

189 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 02:58:43 ID:ofFd2U+z
高森Tシャツ作ったら売れるかな?

190 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 07:55:55 ID:C9pYjTr3
街角で100人に聞きました。
親鸞会についてどう思いますか?

それってオウム真理教ですよね?会員は全員氏んで欲しい 100人




191 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 10:01:47 ID:49txS833
オウムの事件とかで、
家族殺されたからって信者に死んで欲しいとか言う奴、
目くそ鼻くそだよな?


192 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:01:34 ID:7/VdN077
大学生だって、思考力は充分あるだろうから一時的に影響受けたとしても
成長の過程で変わっていくのだろう。

193 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:25:29 ID:Z+G5KmB8
 |      __  | | |
 |    /    `ヽ | |   「ご報謝しないと、後生の一大事が分かっていないことになるんだ」
 |    / /)-)ノ-)ノ m                   
 |ヽn _j _/-|  ・|・ |ヽノ         \     | ̄ ̄| ,−、__
 |、 /ヽ(   ` - ゝ- !/ |      \        |   | (─── 、ヽ
 | \ \( ̄ ̄/ノ | |        __     |∩_|/ノ \  | |   /
 |   \ ▽▽ヽ | | |   \ ゝ/___\ヽ /\ |(ミl l.)  |__|
 |─  |      ノ | | |     / | ノ −、−、|m\ / ⊂⊃     )    /
 |二  /___/  | | |     | __|─| ミ|≪ |__/ | <__/⌒ヽ  |ヽ
 |  /    く、  | | |___ (    U−o- l /ミ| |  \ (二) |/ )
 | (     / ̄\/)   ─  \ (⌒〜∩/)  | j__∩__──/   | )) ─
 | ノ__/  ̄ \__/ノノ       >─/\/))∈  (\/     \
 | ̄  ノ  彡/      ─   (    /∩_  ̄ / \       i
 | ̄ ̄  //          (( |   ̄ ̄|  ∋ )) ^(/U \ ___ ノ
 |   //               j   ̄ ̄| ̄    ━━━━━━ノ    \
 |  //                ( ̄ ̄ ̄ ̄| ̄\/^ヽ      / ノノ
 |//             ⌒// \─ヽ ̄ ̄ヽ/  / |      \-
 |/             (   ) ,-、人 ノ    \ノ   \__ / | ヽ\⌒ヽ
/                − ´ /   / ノノ  ☆   ⌒、   (_ノ (    )
                     !__ /         (   ) ☆      `−
                                 `−
                   「やめろ!家や財産すべて親鸞会に取られるぞ!」





194 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:26:05 ID:UJdkbnFR
スレたてるの早杉

あっちこっちで親鸞会
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/

195 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:34:38 ID:7/VdN077
2chのすさまじいアンチデマゴギーの氾濫のなかで
それに影響されないってのはけっこうたいしたもんだと思う。

196 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:37:19 ID:P92Ep6wC
このスレは重複スレにつき、削除依頼が出されてます。
下記へ移動してください。

あっちこっちで親鸞会
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50


197 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:37:48 ID:P92Ep6wC
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あっちこっちで親鸞会
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198 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:38:19 ID:P92Ep6wC
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あっちこっちで親鸞会
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50

199 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:41:41 ID:8DN0fIV9
>>194
>>196-198
「人生台無し」っていうスレタイが気に入らないのか?

200 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/03(水) 11:42:24 ID:mRcs/hmx
>>179
>日本語も不明確で、貴方の質問の趣旨がよく分からないのですが、少なくとも嘘つき
>には、仏教も、信心も、後生の一大事も、およそその種の件について、話をする資格が
>ないということです。

日本語が不正確という点につきましてはすみませんでした。高森氏「そ」ではなく、高森
氏「を」です。

質問の趣旨につきましては、こういうことです。私は本サイトにおける、頑迷固陋な親鸞会
シンパとアンチの無意味な応酬に、心底あきれております。あきれる理由があります。それは、
両者の見解の対立の決定的な水源が、「信の一念の有無」にある、と考えているからです。
>>147ご参照。(ここでいう有無は、個人の体験としての有無ではなく、そうした体験が妄想で
はなく本当に有るのか、無いのか、という意味です)。

これでは分かりにくいでしょうから、敷衍します。信の一念という体験が「かりに」有るとす
ると、高森氏の親鸞会の運営が、一般常識に鑑みていかに反社会的と映ろうが、結局方便として
肯定されるはずだ、少なくとも内部においては無矛盾的だ、ということに、アンチの方々は思い
を致すべきだといいたいのです。

私は貴方に「無の証明」を要請した意味はこのことからお分かりですか?つまり、「信の一念」
が無いという前提から、貴方が高森氏を「相手の懐を狙う大嘘つきの軽薄者のペテン師」
と評価するのは、私は「十分分かります」。私が問うのは、前提そのものです。前提そのもの
を貴方が受け入れる理由を知りたいといいたいのです。いや、さらにいいましょう。そんな理由
はありっこないだろう、独断で無批判的に貴方はその前提を受け入れたにすぎまい、といいたい
のです。もしもその理由があるならやってごらんなさい、つまり「無の証明」をしてごらんなさ
い、といいたいのです。

201 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/03(水) 11:45:45 ID:mRcs/hmx
それが証拠に、貴方は私に対する回答において、相も変わらず高森氏のことを「嘘つき」と断定
してらっしゃいますね。

今度は誤解ないように聞きます。貴方が高森氏を「嘘つき」「相手の懐を狙う大嘘つきの軽薄者
のペテン師」と呼んでいますが、

@その前提として信の一念の体験は、有るとお考えなのか、無いとお考えなのか。

A有るとお考えの場合、上のように氏を呼ぶことは妥当なのか、妥当でないのか。

B無いとお考えの場合、無いことの証明を求めます(論理的にできっこないですが)

以上です。なお分からない場合は、質問してください。ちなみに、この問題は、公理
の受け入れとその帰結という哲学上の重大問題にかかわります。少なくとも@については
返答ください。

貴方が私の質問の趣旨が分からないと仰る理由は明白です。「貴方は自分の前提に自覚
的ない」からです。自覚的でない自明性の上で貴方は議論を遂行していらっしゃるよう
です。シンパの者も、信の一念が「有ること」を前提に議論を遂行しているではないか、
と反論されましょうが、実は私は、シンパの方とアンチの方の非対称性を見ております。
それは、シンパの方は、自らが有の前提で話をすすめることに「自覚的である」のに対し
アンチの方は「無自覚的である」ことがしばしばだと考えるからです。「無自覚な自明
性」を自覚的にしてもらおうと、私はここに書き込んでいるのです。

長々すみません。返答ください。混乱が生じるのをさけるため、HNを用いて返答いただ
ければありがたいです。


202 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:46:16 ID:mg2eXAlC
>397 :名無しさん@3周年:2005/07/08(金) 21:34:31 ID:A4JkR8az
>大体、覚・不覚を論ぜずという親鸞聖人のお言葉になにがしかの反論がなされているでしょうか。
>恐らく会長は自分の味わった神秘体験を誠の信心と思いこんでいるようで、
>その揺るぎない思いこみが会員をその気にさせているのでしょうが。

ほほう、「覚・不覚を論ぜず」は、親鸞聖人のお言葉、だとおっしゃる。
この発言に同調したアンチが、

>417 :名無しさん@3周年:2005/07/08(金) 23:42:34 ID:V82rZloa
>>大体、覚・不覚を論ぜずという親鸞聖人のお言葉になにがしかの反論が
>なされているでしょうか。
>まったく同感。
>会員は後者の質問に答えてみ。 どうせ誰も答えられんだろ。

と、けしかける。
まあ待て、「覚・不覚を論ぜず」は、本当に親鸞聖人のお言葉なのか?
そう問えば、

>446 :名無しさん@3周年:2005/07/09(土) 11:32:35 ID:ee9z0oM1
>御裁断御書です。
>親鸞会の教学は高森会長の信仰にとって、都合の良いところしか教えませんから、
>ご存じないのも仕方がないかとは思いますが。

おいおい、
「御裁断御書」って、江戸時代の三業惑乱騒動の時に、本願寺法主の本如が書いたものだよ。
「親鸞会の教学は都合の良いところしか教えません」と言いいながら、自分の都合の良い言葉を、勝手に「親鸞聖人の言葉」にしているのは、誰だろうね。

釣られた人も、醜態を晒した訳です。

203 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:49:24 ID:mg2eXAlC
いつの時代もそうなんだけど、真実を説く人、また求める人は、たいへん孤独なんだよね。
人に迎合すれば、そりゃ楽ですよ。
でも、それでは真の幸福とは無縁で終わってしまいます。
一向専念無量寿仏を不惜身命、叫び続けていかれた親鸞聖人のご一生は孤独そのものでした。
世間からの非難中傷、罵倒、あざけりがたえませんでしたからね。
真実、すなわち阿弥陀如来の誓願をお伝えすることは、自利利他の菩薩行です。
たいへん勇気のある菩薩行ですよ。
阿弥陀様、善知識方の御恩にただただ感謝するばかりです。

204 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:50:24 ID:mg2eXAlC
お釈迦さまはすでに2500年前に亡くなられておりますので、
その元へ行って、導かれて仏になることは、もはや叶わないのです。
お釈迦さまは、この世で人を導き仏になる道は教えられましたが、
死後に浄土往生して、そこで仏になる道は阿弥陀如来の担当です。
私たち仏教徒は、仏になることを目標とするから、一番確実な方法、
すなわち阿弥陀仏の浄土へ往生し、そこで仏になる道を歩むわけです。
現実を見れば見るほど、今のこの娑婆世界でさとって本当に仏になることは、
時代、環境、そして何よりも自分自身を正直に見つめれば見つめるほど、
とて出来ない私自身であるとの自覚が生まれてきます。

205 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:56:09 ID:7/VdN077
こんな溜まり場スレに書き込むと、早朝であろうと真夜中であろうと
ありとあらゆる時間にワラワラと集まり粘着されるよ。

206 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 11:59:38 ID:mg2eXAlC
どのような組織であっても、完璧な組織というものはありえません。
民間の一流企業と言われるものでもそうでしょう。
親鸞聖人や蓮如上人の時代に、アンチの皆さんが生まれ法を求めていたとしても、
やはり同行や弟子たちの言動については、疑問、不満を持っただろうと思います。
あなた方が理想としているような言動、やり方と異なるからといって、それは真実ではない、間違いだと考えるのは浅はかではないでしょうか。
一般社会と同じで、弥陀の本願を求めている人達といっても、皆、逆謗の屍ですから、ケンカもするでしょうし、間違いを起こすこともあるでしょう。
しかし、弥陀の光明、本願の世界というのは、我々の頭で推し量れるような世界ではありませんので、あなた方程度の不平不満レベルのことをああだ、こうだと言ってるのはあまり感心できません。
高森先生は弥陀の御心を正確に説いておられます。
「世の中のこと、みなもってそらごと、たわごと、まことあることなし」の世の中ですが、純粋な気持ちで聴聞に望み阿弥陀さまに思いを馳せていただきたいのです。
取るに足らぬ些細なことをいたずらに誇張するのは、お互い慎みましょう。
出来るだけ他人の長所を発見してほめるようにいたしましょう。

「謗るまじ たとえ咎ある ものなりと 我が過ちは それに優れり」です。

207 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:30:32 ID:c+J7i90l
冬が終わり

208 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:31:30 ID:c+J7i90l
春が来て

209 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:32:35 ID:c+J7i90l
もうすぐ夏が来る

210 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:33:02 ID:Z+G5KmB8
    ( 嫌 生 人 こ
     ) で .き .を れ
    ( す て .騙 以
     ) ! い .し 上
    (    く  .な
     )   .の .が
    (   .は .ら
     〜、_       _
    /\__`,〜〜〜´
   /        :::\
  .|   _ノ' 'ヽ、_   .::|
  | ノ●ゝ, 、ノ●ゝ、.:::|
  .| o゚ ,ノ(、_, )、。゚   .:::|
   \  ,rニ=、   .:::/
   /`ー`⌒´-一'´\

211 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:34:31 ID:Oikz1xke
>>206
どんな一流企業でも、違法なことしてたら処分を受ける。

212 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 12:36:35 ID:P92Ep6wC
                            __
                       , ' ´ ̄´     `丶、
                     /  rヘ=,,≠==、、  ` 、
                     〃l  ハl`ヽ       )   ヽ
                     リ l l ゝ      ,,,,从 l  l
                      (l∨ ⌒ヽ   ´   〃 }  l
                       l |   r ‐ - 、⌒ヽ/ l) │ あはははははははは
                        ,'| |   l   /   / /   |
                      ,'.| | \` ー '  _ / /    !
         _          , -| | - l ` ー < / /    |
 r―――-、-''、 ` ー--‐'' ̄`ー''´  |.│∠  /  / / ヽ   !
   ̄ { `   ヾ }           { | /≠ミ/  ,'  ,'    l  |
    ヾ____ノ ノ    ` ー-____.l | l   /  / /    │ │
        ` ー----‐‐ ̄   / / | l  /   ./ /    │  .l
                     / /  ! l , '   / / {    |  ヽ
                 / /   | l_ . //  ! /|     |   ヽ
                   / /   / ̄ ` ーl   !ー− ヽ  |   ヽ
                / /  /三    i  ! }       }  ヽ ヽ
               / , '  /ーrォrォ - |   |/      l   ヽ ヽ
              /   l  /   | |│| │  !ー┬〜' ´ ヽ   ヽ ヽ
             /  │ / | .│| .| !  ! l |   ヽ    ヽ   ヽ \
            /    | ,'  l  | | | |  | l│   ヽ     ヽ   ヽ. \
           /     !/   !.  | | │|  l ! !     ヽ     ヽ   ヽ  \
          /     /   /  `'  `'   ! .l ゝ     ヽ     ヽ    \ \

213 :179:2006/05/03(水) 12:55:46 ID:OjXtbmU0
>>201
>返答ください。

 多忙のため、当分、対応不能


214 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/03(水) 13:11:31 ID:mRcs/hmx
>>213
呆れた不誠実ですね。貴方は高森氏を「嘘つき」「相手の懐を狙う大嘘つき
の軽薄者のペテン師」と罵倒して、その理由をお尋ねしたら、「忙しい」ですか?

人を罵倒するときだけは、忙しさの合間を縫ってやるのですね。

先の>>201の@だけなら、どんなに忙しくても返答できるでしょう。よろしく。

一般の皆様、私と179さんの議論の顛末をお見届け下さい。私はアンチでも
シンパでもなく、ただ知的に誠実にあろうとしている者です。

215 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 13:28:43 ID:RZvBnn8u
>>196-198
そっちにほうが後で立ててるじゃねえか
削除するのはそっちのほう

216 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 13:39:19 ID:7/VdN077
このスレにお越しの方は情報の信憑性を確かめながらご覧下さい。
怪しいと少しでも思った場合、発言者に質問してみることをお勧めします。
常に一歩距離をおいて情報の取捨選択を行ってください。
もちろん、このレス自体にも距離をおいてで結構です。

217 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 14:00:47 ID:JR/Hhads
アホが多いのう、あっオレも?

218 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 14:09:56 ID:JR/Hhads
気を取り直して頑張りましょう。

219 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 14:11:23 ID:JR/Hhads
あーねむ。

220 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 16:55:06 ID:9mRHoHB1
空いてる


221 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 17:33:04 ID:7/VdN077


222 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 17:46:34 ID:mg2eXAlC
■■サクロンミスチルシランカイ■■さんの質問に答えてね。


223 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 18:33:10 ID:7/VdN077
しらんかい

224 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 18:38:29 ID:mg2eXAlC
>>>213
>呆れた不誠実ですね。貴方は高森氏を「嘘つき」「相手の懐を狙う大嘘つき
>の軽薄者のペテン師」と罵倒して、その理由をお尋ねしたら、「忙しい」ですか?

>人を罵倒するときだけは、忙しさの合間を縫ってやるのですね

■■サクロンミスチルシランカイ■■さんの言うことが正しい気がする。

浮き世話にゃ気が長いってか

225 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 19:19:05 ID:C9pYjTr3
>214
■■サクロンミスチルシランカイ■■へ
まず、そのきもいHNなんとかしなよ
まるでカルトだよ
誰もお前みたいな基地外と「知的」な議論しようとおもわないって

>222、224
こうせんぶ 対策乙

226 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 19:24:22 ID:C9pYjTr3
>206
>どのような組織であっても、完璧な組織というものはありえません。
>民間の一流企業と言われるものでもそうでしょう。

親鸞会は帝国陸軍のぱくり組織ですよね
一流企業の組織はいろんな意味で親鸞会のような異様な組織とは違いますがね

227 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 19:38:18 ID:9mRHoHB1
なんだかいい感じなの?



228 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 20:01:54 ID:Z+G5KmB8
                      ,,,;;;;;;;;彡彡;;之 ヽ
        ,,,,,,,,,,,,,;;;;;ll;;;;;;;;;;;;;;| l;;;;;;;リ)リ;;;;;;|l;;;;(ミ彡/、 Z
l|ヽ= 从;;l |l|;;ll;;;;;l|;;;;;l;;;イl;;;;;;;;;;;;;| l|;;;;;;-〈、|;;;;;;;;;;;;;;,,三∠ノ フ    な 地 顕
ヽミ三从;;从|;(;;;;|l;;;;l|;;;((;;;;;(ヽ乂;;;;;;/ノ人、从;;;;;;;;ヽ ∠ |     ま 獄 徹
ミ二ミミ从 ; ;;;;;;゙;;;;゙;;;;;L{{ミ|Y;;";;;;;rテ'';''i゙''ミ゙   イ;;;;{ミヽ∠ノ     ぬ す に
゙ヽ乏゙゙从゙ ;;ヽ、、_;;;;;;;;;;;;;{≧Y;ノノ=-゙'''"´彡   ';;;;;;ヾ,,', ヽ      る ら は
 <彡l|;;;;;;;l、;}:/;r't;;;)>| 彡 ̄""´         |;;;;;;〈 |.| }     い.   
  ノノイ;;;;;;之"゙"''"´  |、  _,,、:::::        |;;;;;ノノリ;∠     //
   イ彡l|;;;;ヽ ゙::::::::   j _,、 -)゙ヽ::...       |;;/- /;;/ミヽ   ・・
   l|//l|;;;l~、'、 ::::   ゙''::ヽ,/          |(,,ノ;;;ヽ〉ミ/
    リノイ;ヽヽ'、     `゙'、l__,,、、、,,_,,     / l||;;;;;;;;|∠_
    "´ノ|;;;;`'-;',     (t -'''ヘヘ)}}    リ  リ;;;;;;;/从ミ | / ̄\/\/ ̄\
      |/l|;;;;;;;;ヽ    レ- '''""´     /:::" {;;;从;;;;;;;;)"
      l|l||;;l|;;;;;;;;'、   ,,、;;''";; ̄::   ,/:::::"  ヽl|リ;;;r''、リ
       ヽl |;;;;;;;;;\    "  `゙   /::::::"    レ',、-ー゙''""゙''ー、    ,,、- ''
        //|;;;;;;;', \  〈     / :::::::   ,、 '´        ゙'> ''"
          (从l|;;', ヽ, ヽ:::ノ/   :::::: ,、 '´        ,、 '´
           `゙゙゙''',   ゙'' ー '''"    ::::/         /



229 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 21:16:08 ID:NR/RHj0q
人生の、あまりにも巨大で不合理な現実の前に、哲学の無力さを嘆き、絶望感
にうちひしがれた彼の深い苦悩が文中にありありと現れている。
しかし、暗黒の底に沈みきったような彼の心に、新たな希望の光を与えたのが
、ほかならぬ、親鸞聖人の主著『教行信証』だったのである。


230 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 21:18:13 ID:NR/RHj0q
「今や私は自ら懺悔道として哲学を他力的に踏み直す機会に、教行信証を精読
して、始めてそれに対する理解の途を開かれたことを感じ、偉大なる先達とし
て親鸞に対する感謝と仰慕とを新たにせられるに至った」(田辺元)


231 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 21:19:34 ID:NR/RHj0q
「わたくしは、何ということなく、親鸞がすきだ。蓮如がすきだ。すき、嫌い
でいうのはへんだけれど、正直な表現でいえば、そうなる」(吉川英治)

232 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 21:30:43 ID:9mRHoHB1
泣けない



233 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 21:53:16 ID:QnrVKcYb
      ,.ィ , - 、._     、
.      ,イ/ l/       ̄ ̄`ヽ!__
     ト/ |' {              `ヽ.            ,ヘ
    N│ ヽ. `                 ヽ         /ヽ /  ∨
   N.ヽ.ヽ、            ,        }    l\/  `′
.  ヽヽ.\         ,.ィイハ       |   _|
   ヾニー __ _ -=_彡ソノ u_\ヽ、   |  \   大便を漏らしたのでティッシュを下さい
.      ゙̄r=<‐モミ、ニr;==ェ;ュ<_ゞ-=7´ヽ   >
.       l    ̄リーh ` ー‐‐' l‐''´冫)'./ ∠__
       ゙iー- イ'__ ヽ、..___ノ   トr‐'    /  
       l   `___,.、     u ./│    /_
.        ヽ.  }z‐r--|     /  ト,        |  ,、
           >、`ー-- '  ./  / |ヽ     l/ ヽ   ,ヘ
      _,./| ヽ`ー--‐ _´.. ‐''´   ./  \、       \/ ヽ/
-‐ '''"  ̄ /  :|   ,ゝ=<      /    | `'''‐- 、.._
     /   !./l;';';';';';';\    ./    │   _
      _,> '´|l. ミ:ゝ、;';';_/,´\  ./|._ , --、 | i´!⌒!l  r:,=i
.     |     |:.l. /';';';';';|=  ヽ/:.| .|l⌒l lニ._ | ゙ー=':| |. L._」 ))
      l.    |:.:.l./';';';';';';'!    /:.:.| i´|.ー‐' | / |    |. !   l
.     l.   |:.:.:.!';';';';';';';'|  /:.:.:.:!.|"'|.   l'  │-==:|. ! ==l   ,. -‐;
     l   |:.:.:.:l;';';';';';';';| /:.:.:.:.:| i=!ー=;: l   |    l. |   | /   //
       l  |:.:.:.:.:l;';';';';';';'|/:.:.:.:.:.:.!│ l    l、 :|    | } _|,.{::  7 ))
        l  |:.:.:.:.:.:l;';';';';'/:.:.:.:.:.:.:.:| |__,.ヽ、__,. ヽ._」 ー=:::レ'  ::::::|;   7
.      l |:.:.:.:.:.:.l;';';'/:.:.:.:.:.:.:.:.:.|. \:::::\::::: ヽ  ::::::!′ :::|   .:/
.       l |:.:.:.:.:.:.:∨:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.!   /ヽ::: `:::    ::::  ....::..../

234 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:15:37 ID:9mRHoHB1
いっそう進めるかな。



235 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:17:02 ID:9mRHoHB1
出来ないことない。


236 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:40:27 ID:9mRHoHB1
変わる。

237 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:40:55 ID:6e0ypz7/
>>179
信の一念の体験が有るならば、
おかしなAA漫画やいかがわしい画像貼りも善行になるのでしょうか?

信の一念の体験が有るという前提ならば、
すべてがOKとなるわけではないと思いますが、
どこまでがOKといえるのでしょうか?
その境界線はどこに引くのでしょうか?



238 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:44:42 ID:C9pYjTr3
              ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   /  君たち無の証明をしてみたまへ
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \   
        l ,`-=-'\     `l ι';/       \  
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     / /  
     ____ヽ::::...   / ::::|   <−−−■■サクロンミスチルシランカイ■■
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|




239 :アンフィニー:2006/05/03(水) 22:54:54 ID:xKpGZZUt
http://72.14.207.104/search?q=cache:Pfv6Rs-anHAJ:www.kyoto-u.com/lounge/lifestyle/html/200604/06040017.html+%E9%AB%98%E6%A3%AE%E6%95%99%E6%98%AD&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=4
お悔やみ申し上げます 2006/01/20(金) 01:34:10
高森会長のお兄さんが亡くなりました [ 親鸞会情報 ]
最初にこのような記事をアップしなければならないのは残念なことですが、高森会長のお兄さん(氷見市遠景寺元住職 高森蓮昭様)が亡くなられました。

氷見市大浦五四0高倉山 遠景寺

喪主 住職 高森教昭 門徒一同 親戚一同

当寺十八世住職 楽聴院釈蓮昭
高森蓮昭は、病気療養中のところ一月八日、入寂いたしました。

通夜
十一日午後七時
荼毘式
十二日午前十時、自坊遠景寺 とあります。

http://plaza.rakuten.co.jp/nazeyameta/diary/200601110000/

先日のエントリで報じた、高森会長のお兄さん(氷見市遠景寺元住職 高森蓮昭様)の葬儀ですが、少なくとも葬儀当日は、高森会長自身は参列されていないようです。

240 :アンフィニー:2006/05/03(水) 22:56:33 ID:xKpGZZUt
「高森」「遠景寺」をキーワードにぐぐってみて興味深いことを発見しました。
高森顕徹氏の兄高森蓮昭氏が亡き後遠景寺住職を継いだ
高森教昭氏は地元選出の萩山衆議院議員
(自民党)の秘書で弟のようです。
http://homepage3.nifty.com/gjns/kokkai/hisho040610.htm#ha
萩山教嚴議員も本願寺派の僧籍を持っており、去年の選挙では神主の綿貫さんと
争って宗教戦争だとも言われました。
現在の遠景寺住職高森教昭氏は萩山家から高森家に養子に行ったのでしょうか?


241 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 22:57:12 ID:6e0ypz7/
>>179
信の一念が有だとするならば、ダミサ勧誘も善といえなくもないと思いますが、
その場合、そこまでして勧誘した被勧誘者が続けて求められる環境づくりがまだ不足して
いるように思います。(あるいは不足していた)
 
かつては仏教の名を出し、宗教という偏見を乗り越えてサークルに入っていた人達中心
でしたが、現在はそうではないので、そういった人達が求め続けていける環境づくり
がもっとあってしかるべきではないかと思うのです。(あるいはあってしかるべきだった)

242 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 23:16:49 ID:QnrVKcYb
「サクロン」と「ミスチル」と言えば、思い当たる節があるのは俺だけか?

243 :名無しさん@3周年:2006/05/03(水) 23:29:01 ID:Z+G5KmB8
タイーホしたぞ!/              \ 謝ってもダメ!
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄  ゴメンナサイ ヤラナキャヨカッタ  ̄∨ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧       ∧_∧   ∧_∧   ∧_∧
 ( ´∀`)      (・∀・ :) (・∀・ :)  (´∀` )
 (つ ☆ つ ―――⊂-⊂―)-⊂-⊂―)―⊂ ☆ ⊂)
  | 警察 |       | | |   | | |    |.警察 |
 (__)_)     (_(__)  (_(__)  (_(__)

244 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:01:34 ID:C9pYjTr3
大学への不法侵入でタイーホ!/       \会職員 謝ってもダメ!
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄  ゴメンナサイ uso勧誘ヤラナキャヨカッタ  ̄∨ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧          ∧_∧     ∧_∧   ∧_∧
 ( ´∀`)      (・∀・ :) (・∀・ :)  (´∀` )
 (つ ☆ つ ―――⊂-⊂―)-⊂-⊂―)―⊂ ☆ ⊂)
  | 警察 |       | | |   | | |    |.警察 |
 (__)_)     (_(__)  (_(__)  (_(__)




245 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:06:44 ID:3pai89Eb
>>244
耳ずれてるぞ

246 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:11:00 ID:kL3VKxV4
そもそも、「反証不能の因果の道理が、なぜいつでもどこでも成り立つ真理なのか」などと頓珍漢な非難をしている貴方です。「まぎれもなく、自因自果だと思います」と、なぜ言い切れるのでしょう。

247 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:24:30 ID:kL3VKxV4
>伝統にあぐらをかき、親鸞聖人の教えを説かない本願寺のふがいなさは、
>私も十分感じていますよ。
>
>建物や儀式ばかりに力を入れて、僧侶に本職たる教えを尋ねても
>何も知らないような人が少なくないのも事実でしょう。


248 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:31:19 ID:Spp9ZbAF
絵がこってるね!

249 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:32:00 ID:Spp9ZbAF
箱の中の猫はいずこへ?

250 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:33:39 ID:Spp9ZbAF
教えを伝えよ、教えを伝えよ。

251 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:38:07 ID:kL3VKxV4
貴方の認識は、その程度なのでしょう。
仏法の重さが分かって言っている、とはとても思えません。

本願寺の間違った布教によって、これまで、どれだけ多くの大衆がだまされ、苦しみに突き落とされてきたか、その認識が貴方にはあまりないようです。
あっても非常に浅いのです。

252 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:53:22 ID:Spp9ZbAF
ほーん、そうなのかあ、真実を伝えんのはいかんのうー

253 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 00:57:51 ID:+DzS+cbt
>>251
本願寺の布教が間違っているなんて断定するからには、
s会の方々はどこに出しても恥ずかしくない立派な布教をしているのでしょうなあ。



プ

254 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:20:48 ID:kL3VKxV4
「後生の一大事は自明のことだ」と言いながら、実際にはまったく説かず、仏教の結論である「一向専念無量寿仏」も教えない。
そんなものが仏法ですか。

親鸞聖人が、「一向専念無量寿仏」一つを強調されたために、35歳のときに、流刑にまであわれたことを、貴方はご存知ですか。

「一向専念無量寿仏」一つを守るために、長子・善鸞を義絶までなされたことを、貴方は知っていますか。

あまりにも厳しいので、浄土真宗が「一向宗」とまで言われることを、貴方は聞いたことがないのですか。

この、すべての人が本当の幸福になれるたった一本の道「一向専念無量寿仏」を、法主自ら破壊してきたのが、現今の本願寺ではありませんか。

255 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:21:19 ID:kL3VKxV4
釈尊が80年の生涯かけて説かれた仏教を破壊し、親鸞聖人や蓮如上人の命がけのご苦労を水泡に帰させる、この本願寺の実態を、貴方はどう思われますか。

その罪の重さがどの程度のものだと、貴方は認識しているのですか。

256 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:33:51 ID:Spp9ZbAF
絵がこってるね。

257 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:34:54 ID:Spp9ZbAF
sightseeing

258 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:46:42 ID:OvTAHTag
>>255
この罪の重さはどの程度でしょうか

1.W部さんは、会長の指示に反して10分間説法を覚えていない
2.W部さんは、会長の金言を無視して、会員ザイセで自宅を建てた
3.W部さんは、破廉恥行為を複数回犯したのに反省していない
4.W部さんは、阿弥陀仏の本願を捻じ曲げて、「聞法の敗残者」という
  造語をつくった。これは報復記事である
5.W部さんは、こうせん部員にネット対策を指示しているがかえって
  親鸞会のおかしな姿勢と、反社会性を浮き彫りにしてしまい、余計
  会を謗らせてしまっている
6.W部さんのネット対策には、自分の破廉恥行為を晒されないように
  したい、というひそかなタクラミがある
7.W部さんはM晴問題を知っており当初はM晴を批判していたが、
  自分の罪をもみ消してもらうために魂を売った

259 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:49:07 ID:OvTAHTag
>>253
これはどこに出しても恥ずかしくない立派布教だな

1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。



260 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:50:51 ID:OvTAHTag
>>251
この方はどれくらい仏法の重さがわかられているのでしょうか

1.W部さんは、会長の指示に反して10分間説法を覚えていない
2.W部さんは、会長の金言を無視して、会員ザイセで自宅を建てた
3.W部さんは、破廉恥行為を複数回犯したのに反省していない
4.W部さんは、阿弥陀仏の本願を捻じ曲げて、「聞法の敗残者」という
  造語をつくった。これは報復記事である
5.W部さんは、こうせん部員にネット対策を指示しているがかえって
  親鸞会のおかしな姿勢と、反社会性を浮き彫りにしてしまい、余計
  会を謗らせてしまっている
6.W部さんのネット対策には、自分の破廉恥行為を晒されないように
  したい、というひそかなタクラミがある
7.W部さんはM晴問題を知っており当初はM晴を批判していたが、
  自分の罪をもみ消してもらうために魂を売った


261 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 01:52:38 ID:OvTAHTag
>>254
親鸞聖人と一緒ですね

1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。




262 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 02:00:29 ID:CMjTOUO6
OvTAHTagへ

スレをムダに使うな!

自分のメッセージを発信せよ!

263 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 02:21:53 ID:S8c7OP3V
>>206
>親鸞聖人や蓮如上人の時代に、アンチの皆さんが生まれ法を求めていたとしても、
やはり同行や弟子たちの言動については、疑問、不満を持っただろうと思います。

思わねえだろな。
だいたいs会のような軍隊を模した組織じゃなかったし、無条件絶対服従なんて
いいっこないだろうし善知識を賛美させるようなことを同行に強いた証拠もないから。

264 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 03:28:53 ID:aUFwNiNb
あれだけ、人がいるんだから、細かいところでは、色々あるんだろね。
とりあえず、教えはほんとうにすばらしいけど。

265 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 03:34:28 ID:aUFwNiNb
現今の本願寺なんてなんも期待できないよ。
非難すら、最近ではあんまりされなくなったほど、ダメダメになってる。

廃立すらとかなくなったもんね。

266 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 03:35:42 ID:aUFwNiNb
嘘だと思うんだったら、龍谷大学の真宗学科でもいけばいいよ。
俺なんか、入学したときから、全員ぶち殺そうかと思ったよ。

267 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 03:42:33 ID:aUFwNiNb
人集めの何が悪いの?
広く人を集めるのは当たり前の話でしょう。
人集めしなかったら正しい宗教になるのかよ。

金集めだって、人聞き悪いこと言わないでほしい。
仏教で、財施はとても大切なことなんだよ。

俺から見たら、変な石に何十万したり、変な文字列みたいなもんで
何十万もするほうがよっぽど詐欺だよ。

268 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 03:45:17 ID:aUFwNiNb
「あいつは仏縁がない」なんて言い方にもよるけど、あまり良い発言ではないな。

親鸞会では、上司がとても偉いです。誰も逆らえません。
良く言えば、統制が取れてる。悪く言えば、不気味なのかもしれません。

これは、宗教的正しさとはおおよそ関係のない、運営のやり方の話だよ。

269 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 03:46:17 ID:aUFwNiNb
嘘つき勧誘というけど、じゃあ、正直勧誘って何?

私から見たら、テニスサークルのほうがよっぽど、嘘つきサークルじゃないの。

270 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 03:51:47 ID:xwk9hL/S
>>269
http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/data/ikuseihou.pdf
こんなマニュアルで勧誘してるテニサーあったら教えてね。

271 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 03:56:53 ID:S8c7OP3V
またゴキブリのように現われましたね。ウソつきの通行人さん。

>>264
>とりあえず、教えはほんとうにすばらしいけど。
組織は教えを反映していますよね。

>>265
>廃立すらとかなくなったもんね。
あなたのいう廃立って、自分に向けるものですか、他人に向けるものですか?

>>266
>俺なんか、入学したときから、全員ぶち殺そうかと思ったよ。
さすが、本願寺に火をつけようとした犯罪行為を武勇伝のように語るバカの賛美者だけ
ありますね。

>>267
>仏教で、財施はとても大切なことなんだよ。
もっと大切なのはどこに財施するかてことですよね。
身分詐称したり平気でウソをつく団体に財施せよと釈迦は教えていない。

>金集めだって、人聞き悪いこと言わないでほしい。
だって実態がそうですよね。

>>269
テニスサークルと自称「真実を伝えている団体」を同列に思ってるの?
もう末期症状ですね、ご愁傷さま。





272 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:01:05 ID:S8c7OP3V
>>267
>人集めの何が悪いの?
>広く人を集めるのは当たり前の話でしょう。
>人集めしなかったら正しい宗教になるのかよ。

一宗の繁昌と申すは人の多く集まり 威の大いなる 事にてはなく候、
一人なりとも人の信を取るが 一宗の繁昌に候。 (蓮如上人)

273 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:02:06 ID:75k3xmWv

何年前の資料だよって言いたくなるけど、なかなかにためになる資料だね。

これぐらいのマニュアルあっても別に問題ないよ。
これがあったら、なんか親鸞会が宗教的に問題があることになるの?

274 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:03:24 ID:75k3xmWv
>>272
無意味に人を集めるのはよくないよ。
ましてや、金儲けのためはダメ。

でも、信を獲ってほしいからという理由なら無問題。

275 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:05:50 ID:S8c7OP3V
>>273
通行人が出てくると、いよいよ親鸞会が正真正銘の破壊的カルトに
おもえてくるから結構いい役割果たしているとおもうよ、いや、ホント。
実は練りに練ったアンチの偽装だったりして。
応援しているよ、通行人。

276 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:06:43 ID:75k3xmWv
>>272
それはね。布教をするな。人を集めるな。っていう意味じゃないんだよ。
誤解をするなって意味なんだよ。

人が集まることは、通過点みたいなものであって、目的じゃないんだよ。

277 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:06:50 ID:xwk9hL/S
>>273
問題ないのね?
s会理解のために種々の方面に知らせてますからご心配なく。
会の公式HPにも載せりゃいいのに。「宗教的に」問題ないらしいんだから。

278 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:09:17 ID:S8c7OP3V
>>274
>でも、信を獲ってほしいからという理由なら無問題。

「信を獲ってほしいから」、便利な言葉だね。
以下の贅沢がすべて免罪される。

あの多額の財施を募って建立された「正本堂」の7階は会長のフロア。
豪華で広い車入れから、説法に立つ演壇、控え室、専用のエレベーター、
さらには7階の会長のフロアまで全て一般の区画とは完全に隔たれています。
会長の食事を作るための専用の大きな厨房があり、大勢の人達が会長の接待
に携わっています。

そして高森顕徹会長が東の端にあるレストランに行くために、専用の渡り廊下まで、
一般会員が通る通路とは別に作られています。本部の隣町にある親鸞会の「弘宣部ビル」
でも、会長専用の玄関に会長専用のエレベータ、7階は会長のフロアになっています。
そして、これらの事実は一般の会員には、通常知らされることはありません。

279 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:14:33 ID:Tv/F1aiO
高森先生は、ガチで本願寺燃やそうとしたよね。

俺はしなかったけど。

廃立は自分に向けるもの。仏教は自分ひとりすくわんがため。
でも、真宗の教えって何?って聞かれたら、廃立ですと答えるのも事実。

親鸞会に財施するのが一番良いよ。

あ、そういえば、親鸞会の建物は立派ですよね。びっくりですね。
会長先生専用の通路があるのは、別の理由からだと思うよ。
もし、そこらへん歩いてたら、大騒ぎになるからね。
それこそ、メディアスクラム状態になる。

280 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:14:59 ID:S8c7OP3V
>>276
>それはね。布教をするな。人を集めるな。っていう意味じゃないんだよ。
誤解をするなって意味なんだよ。
>人が集まることは、通過点みたいなものであって、目的じゃないんだよ。

それは高森会長の受け売り?
それとも君の勝手な解釈?
蓮如はウソをついたり身分を偽装してでも、どんどん勧誘して教団に人を集めることを
推奨していると解釈していいの?

281 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:17:32 ID:Tv/F1aiO
本部会館とか建設のとき、真っ先に削りなさいと会長先生が命令したのは、
会長先生の控え室だと聞いたね。

自分が使うところを先に削りなさいって事だろうけど、周りが止めたのでしょうね。

282 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:23:25 ID:S8c7OP3V
本願寺でも廃立は説いているようだけどね。
どの根拠をもって本願寺は廃立を説いてない、といっているのか
教えてくれないか。

いま3分間でぐぐった一例だけど
http://www02.so-net.ne.jp/~ikudo-u/renk-gusho.htm
http://shinshu-gakkai.omiya.ryukoku.ac.jp/kyoju/fugen/prof.html
http://www.gyousin.com/gakuhou.html
http://www.ccv.ne.jp/home/rmk/r-nagato-2005.htm
http://d.hatena.ne.jp/akinetto/


283 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:26:27 ID:S8c7OP3V
>>281
>会長の移動用には、改造した2台の高級外車と会長専属の運転手、
さらに会長専用のバスもありました。さらに法話会場での控え室として使う、
ベッドルームまで備えた2階建てバスがあり、更に会長の食事を作る料理人
と専用の厨房車まで同行しました。
http://shinrankai.mondai.nukenin.jp/naze5.html

このあたりも先に削りなさいって事だろうけど、周りが止めたというのか?
ウソつけ!!!

284 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:27:42 ID:Tv/F1aiO
>>282
単純に、「キリスト教は外道です」と言ってくれないから。
それどころか、中外日報に宗教の相互理解だとか言ってみたり、
ローマ法王に握手してる画像とか貼ってあったから。

285 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:32:21 ID:S8c7OP3V
>>284
>単純に、「キリスト教は外道です」と言ってくれないから。
>それどころか、中外日報に宗教の相互理解だとか言ってみたり、
>ローマ法王に握手してる画像とか貼ってあったから。

我田引水、唯我独尊、自是他非が君の「廃立」の理解なのか。
君がどれ程度しかキリスト教を理解しているのかもよくわかる意見だ。
真宗教団の指導者ならローマ法王と握手せずにテロ行為でもしろってかw

286 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:36:40 ID:Tv/F1aiO
親鸞会の講師なら100人中100人が、キリスト教は外道ですと言ってくれるけど、
本願寺の先生は100人中何人が言ってくれるのかな?

改造した二台の高級車ですか。すごいね。
専用の厨房者って言うのも正直うらやましいかも・・・。
でも、まぁ、善知識だしね。年も年だし、学生と同じような扱いはまずいよ。
あと、会長先生の料理人って会員じゃないの?

287 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:41:26 ID:Tv/F1aiO
>>285
テロ行為をする必要はないけど、ニコニコ握手しに行くのは論外。

自力修善の仏教は間に合わないとか、
浄土宗は間違いだと言ってくれる人も滅多にいないしね。

本願寺もめちゃくちゃだよ。

288 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:44:40 ID:S8c7OP3V
>>286
>でも、まぁ、善知識だしね。年も年だし、学生と同じような扱いはまずいよ。

ものには限度ってものがあるだろが?
改造した高級外車だって末端会員の血のにじむような浄財から出してるんだろ?

【私も決して、高森顕徹会長が金銭欲のために親鸞会を立ち上げたとは思って
いません。ただ、その生き方を垣間見るときに、「祖師は紙衣の九十年」と
たたえられた親鸞聖人の質素な姿とは、どうしても重ね合わすことは出来ません。】

まったくだな。

289 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:47:32 ID:Tv/F1aiO
>>288
限度ってどこまでなのか?基準がわからないよね。

例えば、善知識と思ってる人を、軽に乗せられるか?
クラウンぐらい乗せるでしょ。
まがりなりにも、善知識と思ってる人に、コンビに弁当食わすか?

290 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:49:48 ID:S8c7OP3V
>>287
>本願寺もめちゃくちゃだよ。

s会の連中は勘違いヤローの集まりか?
本願寺の非難中傷さえしていれば、s会の犯罪的勧誘行為が免罪される
と思ったら大間違いだと思うよ。

http://www.glo.gr.jp/hanketu01.html
「その勧誘等の手段方法について指摘すべき特徴的なことは,第1に,その
勧誘等の方法が,長年の組織的勧誘等の経験に基づいた手法に基づき,
組織的体系的目的的に行われているという点である。
すなわち,毎月の動員,献金,販売等の目標を定め,その達成のため,
宗教教義の勧誘であることを厳に秘匿して行う」

291 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 04:53:48 ID:S8c7OP3V
>>289
改造した高級外車ですでに限度を超えている、と思えないらしいところで
既に君はカルト信者のカテゴリー内だろうね。
コンビニ弁当など誰もいってないだろ。
まともな神経しているなら説法に料理人と専用の厨房車まで同行させたりは
しねーだろが。
で、そろそろ本性明かしたら?
本当は偽装アンチなんだろ?

292 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:54:38 ID:FOHKOrkM
それに、君たちは、今の会長先生しか見てない。
昔から、高級車なんて乗ってなかったと思うよ。

俺が聞いた話だと、拡声器だけでがんばってたと聞くね。
おまえら、おなじことできるか?
声が遠くまで聞こえるようにと、石を口に入れて血が出てもまた石を入れて
発声練習したって聞いたよ。
そこまでする人を、周りがほっとかないんだよ。

ところで、本願寺の非難中傷すればS会が正しいなんて誰が言ったの?

293 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 04:59:19 ID:FOHKOrkM
今の、高森先生の影響力、社会的地位を考えると、
高級車どころか、自家用ジェットでいいぐらいじゃないですか?

もちろん、一流ホテルの専属シェフでね。

294 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 05:31:55 ID:S8c7OP3V
>>293
で、さらに強力な財施が募られ、末端会員が「泣く子と支部長には勝てぬ」と
泣く泣く虎の子を叩き、ついていけない会員はさらに脱会、さらに会の財政は
火の車で経営は先細り。そういう破綻路線もわかりやすくていいのかもな。

>>292
>昔から、高級車なんて乗ってなかったと思うよ

根拠のないことを軽々しくいうとぼろが出るよ。
20年以上前には既にメルセデスベンツ500SELを運転していただったと思う。

>おまえら、おなじことできるか?

専任講師の誰が同じことやってるんだよ。
身分偽装して違法的勧誘の指導するのが関の山じゃないのか?

>ところで、本願寺の非難中傷すればS会が正しいなんて誰が言ったの?

お前がそういう趣旨でいってるんじゃないの?
では何故本願寺の非難中傷を定期的に親鸞会スレッドに書き込むのか
話してくれないか?

>そこまでする人を、周りがほっとかないんだよ。

熱意がある人の語る言葉が真実というのなら、○山ミキだって○鮮明だって
真実になっちゃうんですが。

295 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 05:55:25 ID:UCO3svcX
所詮、親鸞会なんてそのうち破綻するわなぁ

296 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 08:37:36 ID:Spp9ZbAF
はいはい、みんなご苦労ね。

297 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 08:39:00 ID:Spp9ZbAF
さあね。

298 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 08:57:53 ID:Spp9ZbAF
色々だのう。

299 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:15:41 ID:8eu0c71U
みんな親鸞会が大好きなんだな!

300 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:25:09 ID:OvTAHTag
>262
これはもともとおれのメッセージだよ
親鸞会の職員とおもわれる通行人はじめ、だれも回答できないんで、
全部親鸞会とW部氏に対する共通認識でいいんだよな

301 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:30:26 ID:Spp9ZbAF
こんなとこで確認すんなよ、答え聞けるわけ無いじゃん、こんなとこで!

302 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:40:35 ID:OvTAHTag
通行人氏へ
とりあえず親鸞会はそろそろ本願寺の悪口や批判を書きなぐって
存在意義を示したり、会員を鼓舞するのを控えたらどうかとおもう
教義的な論争ならまだしも、現象面(金や人格など)で他の団体
批判をくりかえすから、自分たちも同じような批判にさらされるん
だよ、
親鸞会批判の多くは事実に基づいているし、実際におれも見聞き
してきたんでいまだに親鸞会は学友部のダミサ勧誘に代表される
ように多くの組織的な問題をはらんでいるでしょ
その結果として、会員増えない、参詣者減少、ザイセ減少、本の販売減少
アニメ販売激減という結果をうけているでしょ、激しい活動に反してさ



303 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:44:55 ID:RP/wv09Q
「世のなか、安穏なれ」
 これが、西本願寺の親鸞聖人750回忌法要(平成23年予定) のスローガンという。
 聖人『御消息』のお言葉ではあるが、このあとに続く「仏法ひろまれ」は、なぜか省かれてしまっている。
「『世のなか、安穏なれ』だけでは平和運動団体のスローガンと同じでは?」。内部からも、そんな声がささやかれているらしい。
 加えて本願寺門主は、3月上旬、龍谷大学で行われたシンポジウムで、

「無理矢理に仏教徒にしようとする行動や、
 仏教以外では平和にはならないという考えは傲慢だし、他の宗教信者の反発を招く恐れがある」

と発言している。
 仏教を伝えたいという布教の熱意があるのだろうか。ひざ詰め談判でトコトン議論することを否定して、他宗教者の機嫌を損ねない、事なかれ主義になっている。

304 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 09:48:13 ID:OvTAHTag
>303
だから他の団体の悪口いうまえに自分たちの批判を受け止めて
自分たちをただしなよ
W部氏なんてまったく態度がかわらないばかりか余計傲慢になっている
みたいだしな
今みたいに偏狭な団体ではとても全人類に仏法は伝えられませんな
客観的にみてもさ

305 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 10:16:53 ID:OvTAHTag
>286
>あと、会長先生の料理人って会員じゃないの?
この一行の書き方で、あなたが誰かほぼわかりますね
早朝から(深夜まで?)、おつとめご苦労さんです

306 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 10:47:03 ID:p9EbBMJ3
「高森顕徹氏、著作ベスト」への投票について
http://seaglet.sakura.ne.jp/vote.html
ここの6chで行われてます。

307 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 10:58:53 ID:cnYNd8EE
>>294
>20年以上前には既にメルセデスベンツ500SELを運転していただったと思う。

会長先生の車はキレイなブルーメタリックの大型メルセデスだったと記憶しています。

当時の価格にして1500万円〜2000万円といったところでしょうか。
↓のような感じ。

http://www.rakuten.co.jp/garagecurrent/465127/868149/


308 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 11:10:42 ID:1VNY97oI
>>307
写真とか残ってないの?

309 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 13:24:28 ID:cnYNd8EE
通行人の書き込みを読んでいると、阿弥陀信仰というよりは、
高森信心(というより崇拝)の主観の世界に生きている人間なんだなー、
とつくづく思う。
まちがった方向につっぱしちゃったんだね。
ここまで教祖崇拝が進むと脱マイコンは短期間には困難だろうね。


310 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 13:39:45 ID:PrZknenm
因果の道理は、罪悪深重の実機に気ずかせる為のものであり、現在世を説明できるものではない。
たとえば、損害賠償は、悪果善果、おそらく、悪因善果であり、因果の道理に矛盾する。
さらに、親鸞聖人は、真実を布教していたのに、流刑にあつたのは、善因悪果であり、因果の道理に矛盾する。
縁として、説明つきますか?阿弥陀仏の大願業力でも、助からないという事になり、疑ってしまう。
回答してくれ。

311 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/04(木) 13:41:56 ID:Rw5dOGNb
相変わらず非本質的議論が続いてますね。それはアンチもシンパも同様です。

本質的議論とは、しつこくいいますが、信の一念の有無、絶対の幸福の有無、
これ以外にはありません。何度いっても分かられない方が多いですので、私の
意見を述べておきます。ご意見がある場合、どうぞ仰ってください。その場合、
混乱防止のため、HNを使用してくださることを希望いたします。

1. 信の一念が無いことの主張について
1-1. 信の一念が無いことを証明することはできない。なぜなら、無の証明は、
数学的な演繹的領野を除けば不可能であり、かつ体験は演繹的領野ではな
いからである。
1-2. したがって、無いことを断言すること、また無いと断言する他者を信ず
ることは誤りである。

312 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/04(木) 13:43:01 ID:Rw5dOGNb
2. 信の一念が有ることの主張について
信の一念が有ることを主張することは、二つの仕方で可能である。
第一は、自らそれを体験することによって。
第二は、他者が体験したことを信ずること(信憑)によって。

2-1. 第一につき、
2-1-1. この体験が実在するかは、本人以外には不明である。
2-1-2. 実在したとして、本人は信の一念が有ることを体験をもって知り、有
について断言可能となる。
2-1-3. 実在したとして、この体験を他者に証明することは絶対的に不可能で
ある。体験は個人においてあるものだからである。

2-2. 第二につき、
2-2-1. 他者の体験の信憑に基づく主張は、可能である。理由は、有はいかな
る場合でも信ずることができるからである(1-2との非対称性に注意)。
2-2-2. 他者の体験の信憑に基づく主張は正しいわけではない。理由は、他者
の体験の真偽が、2-1-3により、明らかでないからである。
2-2-3. しかし、他者の体験の信憑に基づく「親鸞会の」主張は一般の信憑と
は区別されねばならない。なぜなら、親鸞会の信憑は、将来自らも体験
し、検証するであろうという推測の上での信憑であるから、検証可能性
に基づく信憑であると言え、一般的な宗教的信仰とは決定的に異なる。



313 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/04(木) 13:43:41 ID:Rw5dOGNb
3. 結論
信の一念が有るか無いか。体験ある人には有ると言える(2-1-2)。無い人には有
ることも(2-2-2)、無いことも(1-2)断定はできない。だが、有ることについて、
断定はできずとも主張することは可能である(2-2-1)。そして親鸞会会員がその
可能性に賭ける理由がある(2-2-3)。

さらにまとめましょう。無いと断定することは誤りである。他方、有る可能性は
あるのだから、その可能性は尊重せねばならない。とすれば、親鸞会や高森氏を
頭ごなしに否定することはできなくなるはずだと考えます。

結論がシンパに近いですが、これは無と有の非対称性から導かれた帰結であり、
価値判断によるものでは全くありませんのでご注意ください。また、他にもこの
各項を補強すべき立論が必要だと思いますが、あえてシンプルにするために、
またプロヴォカティヴにするために、必要最低限の命題を載せました。


314 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 13:46:04 ID:PrZknenm
いつ地獄に堕ちてもおかしくない業を持つているのか。死の縁無量か。
それに、阿弥陀仏の本願だが、十方衆生が相手の本願なのに、聞く人が少ない。助かる人が存在しないのは、
全て、唯除されている、助からない教えなのか。阿弥陀仏は、一人も救えない能無しか?!

315 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 14:02:41 ID:pbo7qVIU
>>269
テニスサークルもS会サークルも同じように嘘つきでしょ。
てゆうかテニサーが嘘ついてるから自分達も嘘ついていいってか?

316 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 14:16:06 ID:1VNY97oI
>>315
同じ嘘でも、目的や思惑が違いすぎますね。

317 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 14:39:04 ID:Spp9ZbAF
確かに嘘ついたことの無い奴はいないわな。

318 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 14:40:04 ID:Spp9ZbAF
あまりにも嘘ばかりちているから、麻痺しちゃってるだわな。

319 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:01:36 ID:UgZ+fqsT
http://mindcontrol.podzone.net/
マインドゲーム


320 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:14:42 ID:/Qo2Pux8
>>311
本質的議論とは、しつこくいいますが、信の一念の有無、絶対の幸福の有無、
これ以外にはありません。


信の一念の有無、絶対の幸福の有無が本質的議論としたいならば、
そうしてみればいいのではないですか?
この体験が有ると仮定する、あるいは無いと仮定して議論するのが本質的議論
との主張ということですね?

信の一念の有無、絶対の幸福の有無は自分で体験する以外に
客観的に証明する手段はないので、

有ると仮定して、無いと仮定してと前置きして議論を進めていく
ことを望んでおられるということですね?

321 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:21:38 ID:RP/wv09Q
>>320

そういうことではないでしょうか


322 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:23:46 ID:Spp9ZbAF
はてなはっちゃんロボット八ちゃん。

323 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:27:28 ID:RP/wv09Q
 そんな姿勢では、本願寺に未来はないと感じてか、4月1日の『本願寺新報』は、新門(門主の長男)が結婚式の席上(3/25)で、次のように語ったと報じている。

「教団を取り巻く状況は、もはや危機的な状況です。念仏の声を子や孫へ伝え
ていけるのか、心もとない気がいたしますが、宗祖親鸞聖人をはじめ永きにわた
り浄土真宗のみ教えを伝えてこられた方に思いをはせますと、み教えがすたれる
ということは申し訳なく、また、あってはならないことです」

としたあとで新門は、

「現代の危機の中でみ教えを伝えることを最優先に全力で取り組んでいく」

と結んだ。父親とは打って変わり、布教に前向きではあるようだ。

 だが、やはり気にかかるのが【全力で伝える】と言うその「教え」である。

『教行信証』や『御文章』に書かれてあるとおりに、忠実に全力で伝えるというのなら、大賛成だが、今の本願寺に、果たしてそれが期待できるだろうか。


324 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:30:09 ID:OvTAHTag
■■サクロンミスチルシランカイ■■へ、まず君の名前だが
親鸞会でも「名は体をあらわす」と教えられているようだが、君の精神的
異常性がうかがい知れる。

それと信の一念について、有と仮定したとしても、真実信心がある人が
指導している組織だから何でも正しい、ということには
ならないのは明らか。
それは、すでに親鸞会でも会長が繰り返し、善知識と妙好人の違い
で説法されているが、君は知らないのか?
信の一念のある指導者の組織でも、組織の中間の人間が指導者の
意図を曲げたり、組織を利用して一般の信者を惑わし破門される
ことは十分ありうる。
親鸞聖人も善鸞を義絶されたではないか

よって君の論理は破綻
以上

325 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:30:35 ID:/Qo2Pux8
>>323
本願寺批判はかまいませんが、
それは本質的議論ではないようですよ?

326 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:36:59 ID:RP/wv09Q
 かつては2000万門徒といわれ、日本最大の教団を自負していた本願寺が、
なぜ、祝いの席で自ら危機的状況を訴えねばならぬほど凋落してしまったのか。
 本願寺はそれについて、

「現代は真宗の教えが伝わりにくい時代」
「農村の過疎化で、親から子、子から孫への法義相続が希薄化した」

など、時代や社会のせいにしているが本当にそうだろうか。
 真因は違う。親鸞聖人や蓮如上人の教えを、忠実に布教しなくなったからに尽きる。
 両善知識が命懸けで明らかにされたのは、「なぜ生きる」の真実だ。それは時代
や社会の有為転変とは関係なく、全人類の救われるたった一本の道である。
「なぜ生きる」一つが説かれている2000畳には、老若男女、海外からも法友が
馳せ参じている。
 ところが本願寺は、

「なぜ生きる。その答えは見つからない」

という。親鸞聖人、蓮如上人の教えに真っ向から反することを、堂々と本にまで
書いて出すような無信仰が、今の衰滅を招いたのである。


327 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:38:00 ID:Spp9ZbAF
寝ようや。

328 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 15:47:50 ID:OvTAHTag
>326
親鸞会は実質会員が一万いるかいないか、という状態から
徐々に衰退がはじまっているよね
会員減少、参詣者頭打ち(微減)、本の販売減少、ザイセ収入減少
アニメ販売減少

多くの批判を、すべて謗法罪とし、一切耳を貸さず、あらゆる意見を
もすべて粛清対象とした結果、偏狭でほんの一部の人しかついてゆけない
組織になっていまっている

本願寺のことあれこれいっている場合ではないのでは?最早さ

329 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:11:01 ID:UgZ+fqsT
ソースくれ

330 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:15:31 ID:RP/wv09Q
「み教えを伝えることを最優先に全力で」というのなら、新門にはまず親鸞聖人のみ教えのすべてをあらわした一枚看板の言葉、「平生業成」を明らかにしてもらいたい。

「平生」とは「現在」のこと。人生の目的を「業」という字であらわし、完成の「成」と合わせて「業成」といわれる。「平生業成」とは、まさしく、人生の目的が現在に完成する、ということだ。

 親鸞聖人の『教行信証』を拝読すれば、人生の目的が厳然として存在することは明らかではないか。
 人生の目的といっても本当は、一生や二生の問題ではない。多生永劫の目的を持つ生命だから、 「人命は地球よりも重い」 といわれるのである。親鸞聖人の著述が喜びで満ちているのも、この多生の大目的が成就されたからだ。
 趣味や生き甲斐の喜びは続かない、ほんのしばらくで色あせる。
「今までで、いちばんうれしかったことは?」
「どんな時が幸せ?」
と聞かれて、即答できないのは、夢や幻のような幸せしか知らないからだ。
 ところが、「『教行信証』全巻には大歓喜の声がひびきわたっている」 と文芸評論家・亀井勝一郎が驚嘆したように、天におどり地におどる喜びが、『教行信証』には一貫している。

331 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:16:53 ID:OvTAHTag
>329
販売、ザイセはT国データバンクの信用情報
参詣は、まあ驚愕講義、法話にいってみて、というところか 

332 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:27:41 ID:FfnTr4o8
おまいら連休なのに他にすること無いの?

333 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:34:52 ID:cnYNd8EE
>>332
逆だろ。
連休だからこそ心にゆとりが生まれて普段書けないことを
書きこめるんだろうが。
平日に書き込みが多いとニートとか暇人とか罵るくせに、
結局はいつ批判されたっ、反省のひとつもせずにただ罵るだけなんだろ、
ねっコーセンブさん!

334 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:39:56 ID:UgZ+fqsT
ツマンネ

335 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 16:42:13 ID:UgZ+fqsT
ヒマダカラ

336 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 17:22:14 ID:pbo7qVIU
>>332
ハラ番号は8番だ〜

337 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 17:23:15 ID:pbo7qVIU
>>336
>>322だったスマソ

338 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 17:49:33 ID:piluqr4r






何が、高森信心だよ。そんなの、この世の中に存在しません。









339 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 17:53:47 ID:piluqr4r
親鸞会の会員が減ってるのか、増えてるのか、良く知らないけど、
相変わらず人が多いわけだが・・・。

340 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 17:55:07 ID:piluqr4r
本願寺の話なんかもうするなよ。
終わっちゃってる団体の話してどうするんだよ。
親鸞会の問題点とか言ったら?

341 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 17:58:39 ID:piluqr4r
財施をここまで嫌がる奴がいるとはね。

財施を嫌がるタイプには二種類いると思う。

  *財施を要求すること自体、間違ってると思い込んでるタイプ
  *財施自体はいいんだけど、財施するところが嫌ってタイプ



342 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 18:01:19 ID:piluqr4r
嘘つき勧誘があるってことは、正直勧誘があるんでしょ?

だったら、正直勧誘の見本見せてよ。

343 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 18:03:07 ID:piluqr4r
嘘つき勧誘とか言うから、正直勧誘の見本見せてって言ったら、
極めて非現実的な事かかれた希ガス。

344 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 18:11:15 ID:piluqr4r
今の勧誘方法に変わる新しい効果的な勧誘方法を提案すれば採用されるよ。

345 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 19:08:50 ID:cnYNd8EE
>>338-344
スレッド無駄遣いするな。

>何が、高森信心だよ。そんなの、この世の中に存在しません。
君の書き込み全部読めばすぐにわかること。

>相変わらず人が多いわけだが・・・。
質の低下もよく指摘されてるな。
メンヘル的なのが相対的に急増中のようだ。

>財施を嫌がるタイプには二種類いると思う。
考察が足りないな。
※度重なる財施の要求で嫌気がさしているタイプ
※財施しても適正に使われているかどうか疑問に思っているタイプ・・・
もっとあるかな?

>正直勧誘の見本見せてよ。
>今の勧誘方法に変わる新しい効果的な勧誘方法を提案すれば採用されるよ。

「宗教でない」とか、違法的なウソ勧誘をやめて、堂々と浄土真宗親鸞会って名乗ればいいだろ。
身分を偽って騙すなど、論外だ。
あとは君らの徳次第。
徳があればついてくるし、徳がなければ新入生は去っていくだろう。
徳があれば、宗教という偏見がたとえあっても、宣伝などしなくても、
口コミで話を聞きたいという人の輪はひろがっていくものだよ。

346 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 19:09:06 ID:OvTAHTag
>341
とりあえず、本部にばっかり金使わないで、もっと各地方の
顕正室なんかに金かけるべきとおもう
俺は、それなりにザイセしてきたが、絵とか座布団ザイセ
はやるきがおこらないな、それと会費も結局地元にはつかわれ
ない。ザイセお使い道が問題
それに、W部さんはじめ幹部講師は何で自宅たてられたの?
会員は家なんか夢のまた夢でザイセしてきたのにさ

>344
それもそうだが、まずこれだけ多くの関与者に問題にされ、
違法性もかなり高い、宗教法人職員が身分を詐称しながらの
大学でのダミーサークル勧誘はやめるべきだろうな
親鸞聖人の名前をかたる資格もないよ、そんないいかげん
な団体にさ

347 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 19:12:09 ID:OvTAHTag
>>345
基本的に同意ですな

>342
親鸞聖人がされたのが正直勧誘とすれば、やはり親鸞会は
うそ勧誘でしょうな
聖人のアニメにうそ勧誘の場面はないぞ

348 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 19:35:54 ID:cnYNd8EE
>>346
>それに、W部さんはじめ幹部講師は何で自宅たてられたの?
>会員は家なんか夢のまた夢でザイセしてきたのにさ

不思議ですね。
宗教法人の専任講師の身分で長期ローンを組むことができるとは考えられません。
だからW部さんは現ナマで○千万円は用意できた、ということでしょ?

しかし、もしそうだとすれば、W部さんは会長先生の金言であるところの、
『喜捨するのに計算するな!』
『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』との金言に無条件服従
していないこと、つまり専任講師たる資格が無いことが証明されて
しまうことになります。

こういうのって世間的には「面従腹背」っていいませんでしたっけ?

349 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:25:52 ID:cnYNd8EE
>>348つづき
でも、W部さん以外にも家を建てている、
会長先生の金言『喜捨するのに計算するな!』 『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』
に背いた「面従腹背」幹部講師がまだ存在しているんですよね。

W部さんはどうしてオレだけがいつも責められなるのは公平でない、
とおもっているかもしれません。
(でも、W部さんに限ってそんな愚痴を思っているわけ無いですよね、
だって自因自果の因果の道理ですもん)

W部さん以外で、家を建てた「面従腹背」幹部講師がどのくらい存在しているのかを
知りたいところです。
(実名はダメだから、ヒントとか。)

350 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:28:57 ID:5H6Nzt9t
H谷講師は建ててます
会長のお気に入りですから

351 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:33:24 ID:5H6Nzt9t
あと、W部さんはセクハラに忙しいので
こんなとこ見てる余裕ないです

352 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:39:22 ID:OvTAHTag
>341
>財施をここまで嫌がる奴がいるとはね。
>財施を嫌がるタイプには二種類いると思う。
>  *財施を要求すること自体、間違ってると思い込んでるタイプ
>  *財施自体はいいんだけど、財施するところが嫌ってタイプ

もしおまえが、ザイセによって生かされているこうせん部などの親鸞会
職員なら、お前をたたきのめしたい

会員がどんな気持ちでザイセしてきたかしってるのかな
おまえのような2ちゃん書き込んでいて給料もらってるゴミを生かすため
じゃないね

平日の昼間書き込もうが、休日に書こうがそんなのおまえらの知った
ことかよ、みんなそれぞれなんかの仕事について、その収入の
一部でザイセしてるんだ
おまえらそのザイセで食わせてもらいながら、こんなばかげたこと
を任務とかいって嬉々としてやってるくせに、人に対してよくこん
な物言いができたものだよな

まあ、会長の指示を無視して会員のザイセで自宅たてて、学生に
威張り散らしているW部の部下だけあるよな

ネット対策職員の連中にいいたんだけど
本願寺の悪口を言う資格は、少なくともお前らだけにはないな



353 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:54:07 ID:RP/wv09Q
sage

354 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 20:58:00 ID:cnYNd8EE
>>350
>H谷講師は建ててます
>会長のお気に入りですから

もしも、「お気にいり」という理由で、ある幹部講師は家を建てることができて、
別の幹部講師は家を建てることができない、とするのならば、
会長先生の金言『喜捨するのに計算するな!』 『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』
は、会員の身分によって異なるダブルスタンダードということになってしまいますね。

つまり、自分が特別に許可した幹部の中の幹部講師には「家をたててもよい」と認め、
一般の末端会員や、非幹部専任講師には、その金言を遵守することを指示する・・・。

もしそういう構図であるとするならば、
「一部の幹部のみが会員から搾取したお金をもとに贅沢を享受する」、という
カルト団体のやり方と、s会のやり方は同類ということになりませんか?

355 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:04:52 ID:RP/wv09Q
「寺の分からん話と全く違う。最初から最後まで真実のみ教え。
 一言一言、分かるようにお話してくださる。こんな先生がおられたとはたまげた」
と今まで縁のあった人々に先生のお話を聞くようにと、勧めるようになった。

356 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:14:32 ID:0YQ4xnub
家を建てるな、という話は聞いたことないなあ。
家を建てたほうがよく聞けるなら家を建てればよろしいという
のがふつう言われることだが。

ところでボラ夫はどこへいった?

357 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:14:37 ID:UgZ+fqsT
http://securitechno.dyndns.org/
最近、更新ないね。



358 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:18:01 ID:OvTAHTag
>356
おい、ゴミネット対策職員、何度もいうけど
ぎりぎりのザイセしてきた会員にぼこぼこになぐられるぞ

お前は会長の座談会聞いたことないのかよ

359 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:23:17 ID:1VNY97oI
>>358
後悔してるの?そんなのは財施とは言わないよ。

360 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:24:02 ID:F2dEiwKH
「死に臨んで、何を思うだろう。おそらく私は、何も思うまいと努めるにちが
いない。ゆくてにたちこめる恐ろしい暗闇に目を塞ぎたいばかりに、何かつま
らないことを、しいて思い浮かべるに違いない」


361 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:25:16 ID:F2dEiwKH
「今死んだら困る」夏目漱石


362 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:28:28 ID:F2dEiwKH
「死より確実なものはなく、死期より不確実なものはない」(パスカル)

363 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:36:04 ID:907u86es
>>358
座談会で家を建てるなと言われたの?

364 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:38:32 ID:/Qo2Pux8
>>348
『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』との金言に無条件服従
していないこと、つまり専任講師たる資格が無いことが証明されてしまう
ことになります。

金が無くなれば、アパートに住めば良いということなので、
貯金、預金が1000万、2000万とあるならば貯金を切り崩せばいいだけなので、
別に持ち家を売り払う必要はないという論理も成り立つと思いますよ。


365 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 21:48:26 ID:fjeh2m8d
>>364 マリー・アントワネットを思い出しちゃった>「金がなくなればアパートにでも〜」

しかし親鸞会に献金して、報われる事なんてあったんだろうかっていう気がする

366 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:00:00 ID:907u86es
>>365
どこがマリー・アントワネット?

367 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:14:06 ID:NjD7EVPj
>>364

「火の中かきわけてきけ」と言われたら家に火をつけるのと同類。
「骨折ってきけ」と言われてわざと骨折して来るひとどう思います?
「仕事やめて聞け」と言われて「仕事やめてきた」と言ったひとは
いたそうです。聴聞もしなくなってニートでぶらぶらしてるらしい。

あくまで聴聞に極まるが前提です。

368 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:15:43 ID:RP/wv09Q
「ねえお母さん。『跡を継ぐ』って、結局この家や財産を継ぐこと?それともお墓の世話?どうすることなの」
 長女の泉さんに、跡を継いでほしいといつも言ってきた佳枝さんは、こう尋ね返され答えに窮した。15年前のことである。

369 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:20:56 ID:o+80HBVA
新入会員の入る時期が、ネット対策の旬か

370 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:27:59 ID:UgZ+fqsT
http://shinshu.fubuki.info/
真宗吹雪?



371 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:34:35 ID:/Qo2Pux8
『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』というのも、持ち家がある人
で「財施するお金がありません」と言われる人に対して言われたのではないかと
思うのですが・・・


372 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:35:55 ID:/Qo2Pux8
>>367
それは聞き違いでしょうね。

373 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:49:21 ID:TG7U/fH/
ゴールデンウイーク!

374 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:49:57 ID:/Qo2Pux8
>>367
「火の中かきわけてきけ」と「骨折ってきけ」はそれだけ仏法を真剣に聞けと
いうことで、

「仕事やめて聞け」は仕事をしている時間がもったいないから、
その時間も仏法のために費やすということで、親鸞会なら講師部員に
なって仏法だけの生活をするということになるのでしょうか?

375 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:52:15 ID:TG7U/fH/
良い天気!?

376 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 22:57:03 ID:TG7U/fH/
渋滞や事故が心配・・・

377 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:00:56 ID:xTfhxcLd
で、結局、どういう風に、勧誘すれば言い訳?

多分、今の学生さんもいっぱいいっぱいだと思うんだよね。

378 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:03:03 ID:xTfhxcLd
>>会長先生の金言『喜捨するのに計算するな!』 『金が無くなればアパートにでも住めば良い!』
に背いた「面従腹背」幹部講師がまだ存在しているんですよね。


これは、気持ちの話。
現実にする人はいない。
いたらいたで、すごいとは思う。

379 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:03:57 ID:xTfhxcLd
よく、命がけで聞けとか言われるけど、命落としたら聞けないよ。

380 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:04:57 ID:OvTAHTag
>359,363,364
おい、お前らネット対策職員どもさ、自分の書いたことを会長に報告してみなよ、
できるもんならさ

とりあえず、おれは高額のザイセするか迷ってたけど当分ザイセする気なく
なったな、お前の書き込みは会員にとっては相当な問題だよ、じゃあな

381 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:05:39 ID:xTfhxcLd
>>352
私は、一会員なんで、君らの表現で言えば、搾取されてる側ってことになるね。

382 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:07:56 ID:xwk9hL/S
>>381
そうだよ。
で、教団に対して追う自分の負担を減らすために勧誘してるってわけさ。

383 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:08:14 ID:OvTAHTag
>377,378,379
お前の浅い信仰丸出しだな
こんな程度の香具師が会の職員か
教えの理解も間違っているしな


384 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:09:34 ID:xTfhxcLd
W部って渡部っていうせんせいですよね?
まったくもって、穏やかな先生でしたけど?

どっちかって言うと、児玉様の方が怖く感じました。

385 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:10:40 ID:xTfhxcLd
>>383
会の職員じゃなくて、一会員だって言ってるだろ。

386 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:12:48 ID:4gYe6x9W
>>379
>よく、命がけで聞けとか言われるけど、命落としたら聞けないよ。

 会長先生は、嘘も方便、はったりが大好きということですな。
 はったりで極楽浄土に行ければ、親鸞様もお驚きになることでしょう。
 信心決定という話も、要するに、はったり。

 信心決定するくらいな気持ちで聞けという。
 それで信心決定する人などいるわけない。
 いれば凄い話なんだろうが、いるわけないことは、百も承知。

 要するに、はったりなんだよ。

 通行人は、ミニ高森のような人だ。
 次期会長に推挙されてもおかしくないんじゃないのか?。
 


387 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:15:45 ID:/Qo2Pux8
>>384
W部って渡部っていうせんせいですよね?
まったくもって、穏やかな先生でしたけど?
どっちかって言うと、児玉様の方が怖く感じました。

わたしもそういう印象ですね。W部さんは一度どなっているのを見たことがある
くらいです。


388 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:19:42 ID:4gYe6x9W
>>387
>わたしもそういう印象ですね。W部さんは一度どなっているのを見たことがある
>くらいです。

 みんなはったりなんですよ。本心じゃない。
 親鸞会は、狐と狸が腹芸をしている巣窟のような所ですね。

 嘘と見栄とはったり。親鸞会には、それ以外何があるんですか?。

389 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/04(木) 23:21:08 ID:xTfhxcLd
>>388
廃立肝要があります。

390 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:24:18 ID:4gYe6x9W
>>389
>廃立肝要があります。

 それは、通行人さんが大好きな「嘘も方便」ということでしょう。
 親鸞会の話をマジで聞くのは、おバカちゃんですよ。そうでしょう。次期会長さん。


391 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:31:14 ID:4gYe6x9W
>>384
> まったくもって、穏やかな先生でしたけど?

 親鸞会には、猫の皮も置いてあるんでしょう。
 実際には、それ被って人の前に出ることもあるんでしょう。
 幹部講師は、一人一人、専用の皮が用意してあるんでしょうね。
 会長先生などは、4,5枚あるかもしれませんね。

 ま。冗談ですよ。気にしなさんな。所詮。嘘も方便ですから。
 いやいや。嘘ですよ。嘘。方便ですから。 


392 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:31:51 ID:+DzS+cbt
学友部潰せば済むだろ。支部のやり方が批判されてたことはないし。
どうしても学友部残したいなら支部のやり方手本にすればいいよ。

393 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:36:15 ID:/Qo2Pux8
>>388
「ちゅうして」なんてのも、自分からちゅうしたんじゃないだろうし、
ましてレイプなんかしてないだろうし。かわいい愛嬌ととれなくもない。

嘘かほんとかしらないけど・・・

394 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:41:21 ID:7csPOSz9
学友部に関わったことあるけど、あれはひどいよな。
親鸞の教え聞いててどうして平気で嘘つくんだ?
それでいて普段は優しそうな顔してる。
そんな人間性やら人間関係に耐えられなくてやめたけど。

395 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:45:11 ID:4gYe6x9W
>>393
> ましてレイプなんかしてないだろうし。かわいい愛嬌ととれなくもない。

そうですよね。嘘と見栄とはったり。信心なんかあるわけないんで、猫か
ぶっている皮を剥げば、中身はみんな同じですよね。
 みんな、本心から会長先生、ご子息先生に右へ倣えをしているんでしょ?。


396 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:48:11 ID:4gYe6x9W
>>395
 誤解しないで下さいね。私の話はみんな、方便ですからね。
 嘘嘘、それも方便です。方便?。いや嘘。嘘です。

397 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:51:13 ID:/Qo2Pux8
>>395
個人的に近くにいたことがないからわからないですね。本当のところは…
顕正新聞でどうかと思ったことはありますが、個人的恨みを強くもっている
というわけでもないということです。

398 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:53:59 ID:4y8J6Pyw
みんな寝ようよ

399 :名無しさん@3周年:2006/05/04(木) 23:57:21 ID:4gYe6x9W
>>385
>会の職員じゃなくて、一会員だって言ってるだろ。

 あれ?。通行人はいつから会員になったの?
 確か、自分は会員じゃないと言っていたよね?

400 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 00:15:39 ID:Q2L8E8pI
>>379
> よく、命がけで聞けとか言われるけど、命落としたら聞けないよ。

 よく、後生の一大事とか言われるけど、死んだら一大事もないんだよ。


401 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 00:21:53 ID:eEpyoiN9
>384
>W部って渡部っていうせんせいですよね?
>まったくもって、穏やかな先生でしたけど?
ついにW部さん部下に自分の破廉恥行為の言い訳の指示を出されたようですな

>393
>「ちゅうして」なんてのも、自分からちゅうしたんじゃないだろうし、
相手からちゅうしてきたとでもいうのか、これは嘘だろ
酔ってW部からちゅうをせまって拒まれたんだろ

>ましてレイプなんかしてないだろうし。かわいい愛嬌ととれなくもない。
夜這いをして、強姦未遂だったんだろ、全然かわいくないぞ
これを愛嬌と本人は思っているから全然反省が見られないんだな


402 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 00:23:36 ID:eEpyoiN9
富山に自宅を建てた講師

N村、H谷、S谷、N本、K本、S水、I関など

そのほととんどが、正本堂のザイセが募られていた時期に
建てられています

403 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 00:25:25 ID:eEpyoiN9
>402
あっとW部さん忘れてた、結構素敵な、いいお宅ですよ!
みなさんのザイセも有効に布教のために使われていますね

404 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 00:43:00 ID:hQLAWN0Z
>>320
>有ると仮定して、無いと仮定してと前置きして議論を進めていく
>ことを望んでおられるということですね?

いいえ、少し違います。無いことを仮定して議論を進めることは、可能ですがその
仮定に根拠がないので、その仮定から帰結した結論も意味をなしません。

一方、有ることを仮定して議論を進めることは、検証可能性があるため、意味をなし
ます。

つまり、無いと仮定して進められる議論一般を排除するべきだといいたいのです。

ところが実際は、「無いと仮定します」と宣言して主張がなされる場合はまずありま
せん。とすると、私の議論の意義は、次の点にこそあります。

「ある主張があり、その主張の背景に、『無の仮定』があると見込まれる場合、その
主張は無意味として棄却するべし」

ということです。


405 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 00:50:54 ID:hQLAWN0Z
>>324
>■■サクロンミスチルシランカイ■■へ、まず君の名前だが
>親鸞会でも「名は体をあらわす」と教えられているようだが、君の精神的
>異常性がうかがい知れる。

非本質的議論です。

>それと信の一念について、有と仮定したとしても、真実信心がある人が
>指導している組織だから何でも正しい、ということには
>ならないのは明らか。(引用者中略)
>よって君の論理は破綻

本質的議論です。ありがとうございます。

まさしく仰るとおりで、何を批判されているのか一瞬分からないくらいでした。貴方の意見にはすっかり同意します。
しかし、貴方がこれを私の意見への批判として向けてらっしゃるということは、貴方に私の見解への誤解があるためです。
貴方の批判の矛先は私の書いた>>147だとおもわれます。

>有無に応じて、以下のように結論が分かれる。

>有→高森氏は善知識、財施は善行、嘘は方便、ダミサOK、合宿は聞法求道、脱会者は敗残者。
>無→高森氏は詐欺師、財施は集金、嘘は卑怯、ダミサNG、合宿はマイコン、脱会者は成功者。

ですね?そうだと仮定してお答えいたします。「有→高森氏は善知識云々」の矢印は、アプリオリな論理必然性を表すものではありません。
この板における一般的傾向を、無との対比で述べたものです。それが証拠に、>>201において私は「有るとお考えの場合、上のように氏を呼
ぶことは妥当なのか、妥当でないのか」という聞き方をしています。つまり、「有」を前提とするならば、あとは親鸞会の運営の「妥当性」
への問題に切り替わりまして、「有るが妥当でない」という解釈も十分にありうると思っています。しかしいうまでもなく、妥当性の問題は、
程度問題ですから、有無の決定的問題に比べ、本質的問題とはいえません。この板における親鸞会への非難も、ほとんどが無を前提した「無
意味」なものです。それゆえ、私は敢えて上の二分法をとってみたのです。


406 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 00:51:50 ID:hQLAWN0Z
しかし、妥当性の問題を決定的本質的問題と考えられないわけでもありません。しか
しそれは、有の前提を当然にクリアしている非常に珍しい人に限られます。その人と
は、

「信の一念」を親鸞会以上に巧く体験させる術を知る者

のみです。その者のみが、「有→高森氏は詐欺師」の矢印を可能にします。親鸞会の
運営問題を、本質的問題と捉えることを可能にします。なぜならば、信の一念の存在
を前提しつつ、その術を知らずに、親鸞会という信の一念を説く非常に珍しい団体を
つぶそうとすることは考えられないからです。

さて、貴方に質問です。

@貴方は「信の一念」を親鸞会以上に巧く体験させる術を知る者ですか?
Aその場合、その術とは「具体的に」何ですか?

返答ください。また、貴方の同一性を私が知るために、HNの使用を希望します。

407 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 00:57:56 ID:mhvqcteV
>いいえ、少し違います。無いことを仮定して議論を進めることは、可能ですがその
>仮定に根拠がないので、その仮定から帰結した結論も意味をなしません。

T森が信心決定しているという根拠はあるの?

つうかそもそもあんたは最初から「有」と「無」という言葉を操って
言葉遊びをしてるようにしかみえない。

408 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:04:11 ID:JO1wcXXU
数学を専攻していたんでしょうが、
もう少し読む人の立場を考えた文章にした方がよろしいでしょうね。

409 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 01:09:38 ID:hQLAWN0Z
>>407
>T森が信心決定しているという根拠はあるの?
貴方の意見には応答済みです。ありません(>>311-312を参照してください)。

>つうかそもそもあんたは最初から「有」と「無」という言葉を操って
>言葉遊びをしてるようにしかみえない
「具体的に」言葉遊びである点を指摘して下さい。そうした「印象批判」こそ
私の批判対象です。あくまでも「具体的に」お願いします。

410 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:11:46 ID:qu1xbTUU
偉そうなこと言ったって、新入生だまして勧誘してる事実は変わらないわけで

411 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 01:22:30 ID:hQLAWN0Z
>>408
>もう少し読む人の立場を考えた文章にした方がよろしいでしょうね。

ごめんなさい。読みにくさを犠牲にして正確さを選んでいます。この板は
揚げ足をとる方が多く、穴がないように武装する必要があると思っている
からです。

ちなみに専攻は数学ではありません(笑)。

412 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:22:59 ID:yk5rmuaS
象印

413 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:23:54 ID:yk5rmuaS
タイガー

414 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:24:33 ID:yk5rmuaS
なぜ、動物が多く出てくるのかなあ?

415 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:28:00 ID:mhvqcteV
>>409
つまりT森が信心決定しているという根拠は無いんでしょ。
仮定に根拠がないからその仮定から帰結した結論も意味を為さないとはあんたの言葉。
どっちであれ意味はないことになる。

あんたのやってるのが言葉遊びに過ぎないってのはそういうこと。
そもそも、T森が信心決定しているのか、と
信心決定という現象が存在するか、というのは別問題。
現象が存在するという仮定があるとして、
「だから誰其は信心決定している」という話に結びつけるのは、ただの論理の飛躍。
あんたの呈する理屈では、仮に俺が
「俺は信心決定しいる」と言っても、それを否定できないことになる。
現に俺が「信心決定」なんて体験をしたことがないのにね。

あんたの理屈は、そういう現実に対して無効なんだよ。
それが言葉遊びだといってるんだ。

416 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:28:50 ID:yk5rmuaS
そういえば、タイガーウッズのお父さん亡くなりましたね。

417 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:29:17 ID:TFE1GJiV
** 椎路 ちひろ@東京 (^-^)d **
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418 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:29:58 ID:mhvqcteV
>>411
どうせヴィトゲンシュタインあたりでしょ。

419 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 01:40:21 ID:hQLAWN0Z
>>415
貴方は少しも私と意見が違わないようですが。

どこが違うか明確にしてください。

私は高森氏が「信の一念を経験している」と主張したことも、それを匂わせた
ことも、一度もありませんが。

420 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:41:45 ID:s3n4efoQ
さむいね

421 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:43:00 ID:s3n4efoQ
どうでもいいけど

422 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 01:44:57 ID:mhvqcteV
>>419
>私は高森氏が「信の一念を経験している」と主張したことも、それを匂わせた
>ことも、一度もありませんが。

信心決定という現象がT森において有る、という仮定から
>有→高森氏は善知識、財施は善行、嘘は方便、ダミサOK、合宿は聞法求道、脱会者は敗残者。
この図式を持ち出してるんじゃないの?
プンプン匂うよ。

423 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 01:55:27 ID:hQLAWN0Z
>>422
なるほど!
ようやくわかりました。誤解です。私と貴方は異なりません。

いいですか、よく聞いてください。

>信心決定という現象がT森において有る、という仮定から

と貴方は仰いますが、この仮定を私は「しておりません」。

以下がその証拠です(私の書いたものです)。
>>150
>個人的体験の有無という意味ではなく、その体験が本当に「有るか無いか」ということです。

>>200
ここでいう有無は、個人の体験としての有無ではなく、そうした体験が妄想で
はなく本当に有るのか、無いのか、という意味です

先の「有→云々」の「有」は、高森氏の個人的経験の有という意味では全くあり
ませんので。

424 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 02:35:09 ID:50Tn6iR/
でも結局
財施は善行、嘘は方便、ダミサOK、合宿は聞法求道、脱会者は敗残者。
この図式以外の結論を導くつもりないと見る。

425 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 02:55:23 ID:mhvqcteV
>>423
大前提として「信心決定」という現象が「有る」と仮定しても、
T森が信心決定しているという根拠はないし、
していないことを仮定とする論は、「信心決定という現象がある」ということに対しての
「欠如的有」という相対無の観点において成立する。

サクロン氏の>>311-312において見受けられるのは、
単に「絶対無の証明不可能性(「信心決定という現象はない」とは論証できない)」と、
「欠如的有として論じ得る相対無(誰其が信心決定しているor not)」を混同して立論している点。

>>200の論においても、そこを曖昧にさせた上での不当敷衍が読み取れる。
>敷衍します。信の一念という体験が「かりに」有るとすると、
>高森氏の親鸞会の運営が、一般常識に鑑みていかに反社会的と映ろうが、結局方便として
>肯定されるはずだ、少なくとも内部においては無矛盾的だ
「信心決定」が仮に「有る」として、それゆえにT森の発言及び組織運営の方法論が
肯定されるべきか否か、批判を被るべきか否かというのは全く別の問題な筈。
T森において、延いては親鸞会の運営方針において、「信心決定」という言葉が用いられるとして、
そこに「個人的体験としての信心決定」がないのであれば、
嘘勧誘もダミサも財施も組織服従も、無批判に受け止めてよいものではなくなる。
s会的にいうところの、「絵に描いた餅」ってことに過ぎない。
この一文の前提はどこにあるのか。
「T森率いる親鸞会において信心決定が個人的現象としてある」ということを前提にしない限りは、
この結論は成立しないのでは?
その前提にもまた、根拠たるものは論証し得ないのだから。

ふと思ったのだけど、サクロン氏の立論に対してシンパからの批判はないの?
もし俺がシンパだったら、
「個人的体験を離れて、どこに信心決定があるのか!」と問うていたんじゃないかとも思われたり。

>>424禿同

426 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 03:04:27 ID:mhvqcteV
>>425訂正します。
その前提にもまた、根拠たるものは論証し得ないのだから。

その前提にもまた、根拠たるものは論証し得ないわけだが。

427 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 03:15:04 ID:m4OEACjg
今夜のまとめ

親鸞会の教えは「嘘も方便」でハッタリ。
次期会長に推挙されるらしい通行人さんいわく、
「親鸞会の話をマジで聞くのは、おバカちゃん」

428 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 04:17:09 ID:hQLAWN0Z
>>425
おもしろくなってきましたね。しかし、この議論につき、貴方は残念ながら
誤解と不理解をおこしています。そのまえに、

■さきの仮定が誤っていたことについて(>>422)のコメントはないようですが、
誤解していたことを認めますか?

それでは以下、貴方の誤解と不理解について述べます。



429 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 04:17:42 ID:hQLAWN0Z
■誤解

>単に「絶対無の証明不可能性(「信心決定という現象はない」とは論証できない)」と、
>「欠如的有として論じ得る相対無(誰其が信心決定しているor not)」を混同して立論している点。

混同していません。はっきりと分離しています。根拠は>>311

1-1. 信の一念が無いことを証明することはできない。なぜなら、無の証明は、
数学的な演繹的領野を除けば不可能であり、かつ体験は演繹的領野ではな
いからである。

2-1-1. この体験が実在するかは、本人以外には不明である。
2-1-3. 実在したとして、この体験を他者に証明することは絶対的に不可能で
ある。体験は個人においてあるものだからである。

上の二部分のうち、
前者が貴方の言葉で言う「絶対無の証明不可能性」です。
後者が貴方の言葉で言う「欠如的有として論じ得る相対無」の証明不可能です。

別個に論じているのが分かりますか?しかも、なぜそれが不可能であるのか、
別個の理由を挙げていることも分かりますか?前者は「非演繹的領野である」、
後者は「個人の体験である」ことをもって、その理由としています。

貴方は私が両者を混同していると批判されましたが、その具体的根拠が挙がっ
ていません。そこでお願いがあります。私の混同している根拠を、「スレ番号
かつ文言」を提示して示してください。



430 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 04:18:46 ID:hQLAWN0Z
■不理解

>「信心決定」が仮に「有る」として、それゆえにT森の発言及び組織運営の方法論が
>肯定されるべきか否か、批判を被るべきか否かというのは全く別の問題な筈。
>(引用者中略)この一文(高森氏の親鸞会の運営が、一般常識に鑑みていかに反社会
>的と映ろうが、結局方便として肯定されるはずだ、少なくとも内部においては無矛盾的だ)
>の前提はどこにあるのか。

はい、お答えしましょう。その前に、貴方の頭を柔軟にすることから始めます。
三角形の内角の和はいくつですか?勿論180度ですね。しかし、それはユークリッド
幾何学の体系内においてです。非ユークリッド幾何学では、180度以外の三角形を
無数に作れます。例えば90度の内角の3角形を作れます。なぜか。出発点として受け
入れるべき公理が別だからです。公理が別であってもそれぞれ別個に無矛盾の体系
を構成できるということをよく理解してください。

さて、ここで重要な点を述べます。
@出発点としての公理は、証明不可能なものとして受け入れるしかない。
A受け入れた公理から導かれる帰結は、その体系内で無矛盾である。
Bにもかかわらず、他の公理から導かれた帰結と自らの公理から導かれた
帰結は鮮明に対立する(3角形の内角の和を想起せよ)。

さて、私がいいたいのは、ある前提の受け入れが、その後、「体系内で無矛盾」
を約束するが、それ以外の前提の受け入れからは、必然的に齟齬を生じるという
事態の深刻さを描写したいのです。


431 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 04:32:01 ID:VIEsTRtK
論理的に真であると証明して何になるんだ…

432 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 04:35:30 ID:K8akBqHR
オカルト板のが、

ネタ?振れる分まだ救い有るな。。


433 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 04:36:35 ID:hQLAWN0Z
>>430続き
わかりますか?貴方の仰る「別問題」は、私も認めているとおりです。
>>405
>「有→高森氏は善知識云々」の矢印は、アプリオリな論理必然性を表すものではありません。
>この板における一般的傾向を、無との対比で述べたものです。

しかしこの別問題は、根が深いことを指摘しているのです。つまり、「有」の前提から見た
親鸞会の活動と「無」の前提から見た親鸞会の活動は、それぞれの立場から「無矛盾」に
一方では肯定され、他方では否定されます。ちょうど、3角形の内角の和が180度なのかそう
でないのかを巡って議論するあほらしさにそっくりではないですか。前提を語らずに決着
させようとするから、一方は180度を譲らず、他方は90度を譲らないのです。

端的に貴方が不理解だという点をいいましょう。「前提を無視した議論の不毛性」です。
「別問題だ」というところにそれが象徴されています。

よく分からないなら、貴方にこう聞いてあげます。自分の頭でよく考えてください。

三角形の内角は180度ですか、90度ですか?
180度と答えた場合→正しいが、君には無自覚な前提があるね
90度と答えた場合→同上
どちらともいえない→それが妥当な答え方だね

私は「どちらともいえない」と答えます。もしくは「ユークリッド幾何学を
前提を受け入れるとすれば」という留保をつけた上で180度」と答えます。
絶対にやらない答え方は

「90度は誤りです」

しかしこれは貴方の答え方です。


434 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 04:46:35 ID:hQLAWN0Z
>>431
>論理的に真であると証明して何になるんだ…

そんなこと証明してません。しようともしてません。よく読んだ上でコメント
お願いします。

435 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 04:55:44 ID:x0j1l3YH
結論として信心決定は無いということで

436 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 05:16:52 ID:hQLAWN0Z
もう一つ

ID:mhvqcteVさんは、HNの使用をお願いします。今後貴方と建設的な議論が
できればよいと考えています。

437 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 08:28:59 ID:JO1wcXXU
>>411
ちなみに専攻は数学ではありません(笑)。

哲学ですか?


438 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 09:21:09 ID:yk5rmuaS
脇士って何?

439 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 09:22:56 ID:yk5rmuaS
なんか難しいこと色々言われてるの?

440 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 09:23:55 ID:yk5rmuaS
ここに来るのもそろそろ飽きたから、他のところいくとするか!

441 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 09:38:19 ID:m4OEACjg
>>440
>ここに来るのもそろそろ飽きたから、他のところいくとするか!
>ID:yk5rmuaS
一行レス・連カキコのネット対策員はもう来なくていいよ。

442 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 10:34:49 ID:eEpyoiN9
>406
理論の前提として以下は共通認識でいいかな?
親鸞会の組織問題を明らかにするいい機会なのでね、さくろん君

1.親鸞会批判者にもいろいろな立場がある
  ちなみに、私は現会長の信心を否定したことはない
2.善知識でも判断を間違えることがありうる
  善知識は全知全能の神ではない
3.善知識の指導下の組織でも組織の構成員が組織や善知識の
  言葉を悪用することはありうる。
4.常に善知識への正しい情報の報告が必要、好い事柄だけでなく
  批判、問題などすべて報告がなされない限り善知識といえど
  正しい判断指示を行い得ない
5.善知識の継承について、血縁によってのみ決められるも
  のではない
6.君の質問について
  @貴方は「信の一念」を親鸞会以上に巧く体験させる術を知る者ですか?
  Aその場合、その術とは「具体的に」何ですか?
  とりあえずこの言葉遣いは本質的に真宗の教義に似合わないが、まあ、
  目をつぶり、ここでは、「阿弥陀仏の本願」ということで相違ないでしょう

443 :FLX:2006/05/05(金) 10:41:48 ID:1kpzsKep
■■サクロンミスチルシランカイ■■氏へ、
はっきりしないので聞いておきたいことがあります。

「本質的議論」とありますが、
議題が「信の一念の有無、絶対の幸福の有無」(>>311)だとして、
その議論は何について本質的な議論なんでしょうか。
言い換えると、それについて議論をする目的を確認したいということです。

それと、その議論を進める上で前提としていることは何でしょうか。
>>430,433で説明されていることかと思いますが、はっきりしないので
確認しておきたいのです。

って、リロードしたら>>442に書かれてるよ。
ともかくお願いします。

444 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 10:43:03 ID:eEpyoiN9
さくろん君へ
442に関して異議がなければ、すでに複数の人たちから組織問題として
あげられている、以下の項目について、親鸞会は正されるべきかどうか
こたえてみてよ

1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。


445 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 10:44:10 ID:eEpyoiN9
さくろん君へ

さらに、もっとも問題の根っこにあるとおもわれる以下について
どう正当化できるかな?

>303 名前: 名無しさん@1周年 02/07/16 20:21
家族ぐるみで手紙を抜くのは事実というか有名な話。
M晴のまるまる太った豚みたいなおかかが主犯格だよ。
だって自分で「先生のところにくる手紙はみんな見てます」って
豪語してるくらいだから。
人様宛ての手紙を勝手に開封して自慢してるこの豚の神経を疑い
ますね。で、この検閲を通った手紙だけがめでたく読まれること
に。もちろんこやつらにとって都合の悪い内容のものは闇から闇
に葬られる。
しかし、すべて開封してるとキリがないため、反体制リストにあ
る会員や仔牛の名前入りから優先的にチェックしてる模様。で、
その対抗策としてノーマークの会員さんに代筆依頼して突破を試
みたりなど不毛ないたちごっこが展開されてゆくわけ。



446 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 11:24:05 ID:Uo+QJgY8
反体制の人は先生に手紙を出すことも無いと思うが
せいぜい2chに書き込んでるのがお似合いでしょ

447 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 11:48:42 ID:1s1FY2xa
>>446
先生が2ちゃんねるや他のネット上での弘宣部のネット対策を見たら、
激怒されるでしょうね。
こんな事して遊んでおらずに、一件でも家を回って布教せよ、って。

448 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:00:24 ID:Uo+QJgY8
ネット対策も大事ですよ
アンチの書き込みをそのまま信じる人もいるでしょうから
家を回るのだけが布教じゃないし

449 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:08:34 ID:7k0N+0Oz
>>447
2ちゃんに書き込むような者が、先生の心をふりかざすのもどうかと思うがな。



450 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:12:02 ID:1VLNDIDP
>>449
(´∀`) オマエモナー

451 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:48:13 ID:JO1wcXXU
>>447
先生はご存知だと思いますよ。
中にはご存知ではない書きこみもあるかもしれませんが。

452 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:51:30 ID:VIEsTRtK
妙な流れだな。

453 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 12:52:14 ID:57J5/8Sg
>>445
人を豚呼ばわりする輩の方が、どうかしてると思うけど・・・

454 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 13:08:01 ID:UUMjNvg1
相変わらず非本質的議論が続いてますね。それはアンチもシンパも同様です。

本質的議論とは、しつこくいいますが、信の一念の有無、絶対の幸福の有無、
これ以外にはありません。何度いっても分かられない方が多いですので、私の
意見を述べておきます。ご意見がある場合、どうぞ仰ってください。その場合、
混乱防止のため、HNを使用してくださることを希望いたします。

1. 信の一念が無いことの主張について
1-1. 信の一念が無いことを証明することはできない。なぜなら、無の証明は、
数学的な演繹的領野を除けば不可能であり、かつ体験は演繹的領野ではな
いからである。
1-2. したがって、無いことを断言すること、また無いと断言する他者を信ず
ることは誤りである。

455 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 13:08:32 ID:UUMjNvg1
2. 信の一念が有ることの主張について
信の一念が有ることを主張することは、二つの仕方で可能である。
第一は、自らそれを体験することによって。
第二は、他者が体験したことを信ずること(信憑)によって。

2-1. 第一につき、
2-1-1. この体験が実在するかは、本人以外には不明である。
2-1-2. 実在したとして、本人は信の一念が有ることを体験をもって知り、有
について断言可能となる。
2-1-3. 実在したとして、この体験を他者に証明することは絶対的に不可能で
ある。体験は個人においてあるものだからである。

2-2. 第二につき、
2-2-1. 他者の体験の信憑に基づく主張は、可能である。理由は、有はいかな
る場合でも信ずることができるからである(1-2との非対称性に注意)。
2-2-2. 他者の体験の信憑に基づく主張は正しいわけではない。理由は、他者
の体験の真偽が、2-1-3により、明らかでないからである。
2-2-3. しかし、他者の体験の信憑に基づく「親鸞会の」主張は一般の信憑と
は区別されねばならない。なぜなら、親鸞会の信憑は、将来自らも体験
し、検証するであろうという推測の上での信憑であるから、検証可能性
に基づく信憑であると言え、一般的な宗教的信仰とは決定的に異なる。

456 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 13:09:07 ID:UUMjNvg1
3. 結論
信の一念が有るか無いか。体験ある人には有ると言える(2-1-2)。無い人には有
ることも(2-2-2)、無いことも(1-2)断定はできない。だが、有ることについて、
断定はできずとも主張することは可能である(2-2-1)。そして親鸞会会員がその
可能性に賭ける理由がある(2-2-3)。

さらにまとめましょう。無いと断定することは誤りである。他方、有る可能性は
あるのだから、その可能性は尊重せねばならない。とすれば、親鸞会や高森氏を
頭ごなしに否定することはできなくなるはずだと考えます。

結論がシンパに近いですが、これは無と有の非対称性から導かれた帰結であり、
価値判断によるものでは全くありませんのでご注意ください。また、他にもこの
各項を補強すべき立論が必要だと思いますが、あえてシンプルにするために、
またプロヴォカティヴにするために、必要最低限の命題を載せました。

457 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 13:26:07 ID:y1VtL3YT
どうもs会の人は、
有る可能性を相手に認めさせたらしめたもので
あとは全部有ると断定して話を進めるからやっかいなんだよ。

458 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 13:37:15 ID:XkEfYH5x
講師の中○正は信心決定さたと豪語してたがな

459 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 13:38:12 ID:VIEsTRtK
嘘も方便で本人たちは納得できるから良いが、受け取る側は方便と取るとは限らないからな。
今年もGW明けて苦しむ新入生続出かな?
入学早々災難だな。
人間関係作り直さなきゃいけないし。

460 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 13:44:42 ID:9oe7lcgl
赤さ棚は間やら花か。あかなたやまなかあたな、笠原なやは貸頭や縄等や、赤サハラや、中田は夜話谷中頭や、かさは中頭や楢葉、肴腹夜話また赤名、かさは和や中田、花玉和やら名赤玉柔な、

461 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 13:57:37 ID:va3vXmND
信心決定という体験がある、またT会長が体験したと仮定して、
それが反社会的活動をも「頭ごなしに否定」してはならないことになるんだろうか。

このスレにおいて非本質的議論と言ったら本願寺批判くらいじゃないか?
ここは親鸞会について語る場なんだから。

462 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:11:38 ID:eEpyoiN9
>456
じゃあ、とりあえず、442の前提は君も同意ということでいいんだな

>453
人を敗残者呼ばわりしている団体にそれをいう資格はないよな


463 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:11:52 ID:CvGkR9hx
大型連休もあと僅か

464 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:13:12 ID:yk5rmuaS
人生台無しにしないためにも仏法を聞こうじゃないか。

465 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:14:13 ID:CvGkR9hx
連休がない人にとっは、つまらない期間でしかない

466 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:17:23 ID:CvGkR9hx
それにしても良い天気!

467 :リポビタンこども:2006/05/05(金) 14:42:05 ID:JO1wcXXU
サクロンミスチルさんは学者さんのようなので、
難しい言葉を多用されてますが、説明を求めてもいいですか?

468 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:54:04 ID:57J5/8Sg
君のお尻に今すぐアクセス

469 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 14:54:41 ID:57J5/8Sg
ごめん、誤爆だわ

470 :リポビタンこども:2006/05/05(金) 14:59:17 ID:JO1wcXXU
アプリオリやプロヴォカティヴといったカタカナ語を使われていますが、
日本語に置きかえることはできますか?



471 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 15:01:38 ID:57J5/8Sg
>>470
辞書引けよ

472 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 15:02:41 ID:7k0N+0Oz
(´∀`) オマエモナー


473 :リポビタンこども:2006/05/05(金) 15:05:03 ID:JO1wcXXU
>>471
読む側に負担を強いる文章は苦手なのですよ。

474 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 16:00:05 ID:Q2L8E8pI
>>459
> 嘘も方便で本人たちは納得できるから良いが、受け取る側は方便と取るとは限らないからな。

 これは、普通に考えると、「詐欺」と言うんじゃないか?
 嘘をマジで受け取った側は、布施という名目で金を拠出するんだろう。
 布施という名目で金を拠出させることを予定して、嘘を付くわけだろう。
 常識では、詐欺。親鸞会はこれを方便という。

 犯罪行為だと思うがどうですか?。
 高森は、詐欺師団のボスということじゃないか?。

 詐欺は騙される側も悪いと言うが、騙すヤツはもっと悪い。
 法廷での立証は難しいが、突破口はないとも限らないね。 
 

475 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 16:13:42 ID:VIEsTRtK
>>474
その下の3行読んでくれましたか?
自分は嘘や歪んだ人間関係に耐えられなくて、加害者になる前にやめた。

476 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 16:24:21 ID:eEpyoiN9
>446
>反体制の人は先生に手紙を出すことも無いと思うが
>せいぜい2chに書き込んでるのがお似合いでしょ

必ずしもそうとは限らないと思うね、
しかし、体制側のあなたを含めて誰一人現組織に対して批判的な手紙は書けない
ということは事実でしょう

会員粛清規定ができて、M晴夫婦が実権を完全に掌握してからは、会長に対し、
現状組織の問題、批判など一切報告がなされていないようですね
この掲示板に関する報告が会長になされている、といってもM晴、W部に
都合の悪い情報は削除され、書き込みをおこなっているものを一方的に
極悪人である、と決め付けた報告になっていることでしょう

親鸞会は完全に閉じた組織になり、一層閉塞感が募っていますよね
なぜ発展しないか、教えが伝わらないか、自分たちの問題であるとはやく
気付いてほしいものです

477 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 16:26:55 ID:eEpyoiN9
さくろん君へ

善知識の指導を会員に正しく伝えるべき重職にあるものの以下のような
言動の是非さえも本質的議論でないとでもいえるのかな

1.W部さんは、会長の指示に反して10分間説法を覚えていない
2.W部さんは、会長の金言を無視して、会員ザイセで自宅を建てた
3.W部さんは、破廉恥行為を複数回犯したのに反省していない
4.W部さんは、阿弥陀仏の本願を捻じ曲げて、「聞法の敗残者」という
  造語をつくった。これは報復記事である
5.W部さんは、こうせん部員にネット対策を指示しているがかえって
  親鸞会のおかしな姿勢と、反社会性を浮き彫りにしてしまい、余計
  会を謗らせてしまっている
6.W部さんのネット対策には、自分の破廉恥行為を晒されないように
  したい、というひそかなタクラミがある
7.W部さんはM晴問題を知っており当初はM晴を批判していたが、
  自分の罪をもみ消してもらうために魂を売った




478 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/05(金) 16:40:31 ID:hQLAWN0Z
私に対してご質問されている皆様へ

すみません。これから旅行にいって参ります(笑)。7日の夜にはまとめて
お答えできます(予定)ので、今しばらく返答をお待ちください。

それと、>>454-456は私がかつてここで書いたものをどなたかが再掲されたもの
です。私が載せたものではありません。どなたかは分かりませんが、私の意図に
反しますので、おやめください。IDが私と異なることをみなさんお確かめください。

また、ID:eEpyoiN9さんは、私との議論を希望される場合、HNをご使用ください。
多くの方が私に質問されているためです。

それでは、今しばらく。

479 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 16:43:23 ID:VIEsTRtK
>>474
>犯罪行為だと思うがどうですか?。
>高森は、詐欺師団のボスということじゃないか?。

475ですが、お答えしてませんでしたね。
自分は財施をする前にやめたので金がらみの実情は知りません。
私の少ない親鸞会との関わりでは、嘘勧誘と組織隠しが嫌でした。

480 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 17:07:06 ID:/1jr96pZ
「被害者家族の会」のHPに講師と会員の家族との手紙のやり取りが晒されているな

481 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 17:58:10 ID:YRD/Sj0g
2ちゃんねるもある意味犯罪集団だと思うけどな・・・

482 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 18:53:19 ID:7k0N+0Oz
(´∀`) オマエモナー

483 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 20:27:01 ID:UUMjNvg1


484 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 21:17:47 ID:ANGTIQYk
宗教側よりアンチ側の方がカルト的なスレはここですか?

485 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 21:22:22 ID:j+AvkdSt
いまマインドコントロールの合宿中?
今年は何日間?

486 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 21:27:49 ID:ANGTIQYk
アンチは批判されても、論点ずらしするか、それができなければ思考停止するか
逃げることしか出来ない。

アンチは完全に閉じた集団になり、一層閉塞感が募っていますよね
なぜ主張が伝わらないか、自分たちの問題であるとはやく
気付いてほしいものです
間違いなく、アンチの自因自果ですよ。

まともな論客になれば自ずと人も耳を傾けることでしょうに。
例えば、ホームページを立ち上げた管理人ともなれば、それなりの責任ある主張
なんだろうと思うでしょうよ。

追及したら逃げ出し、ほとぼりが冷めたころにまた出て来るような連中の意見を
まともに取り合ってられるかという話ですわな。

487 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:08:57 ID:eEpyoiN9
>486
あんたのアンチに対する観察はある部分は正しいと思う。が、
なぜ、アンチと君たちが呼ぶ人たちがこうなってしまったか、
いろいろなアンチがいるので、一概にはいえないけど、元々
親鸞会M晴夫婦を中心とする、すさまじいまでのM晴批判者
つぶしにサカノボル。一度彼らの批判者であると特定したら
それがどんなに正論であろうと、様々な陰湿な手段でそれらの
人たちをいじめ、追い詰め、場合によっては会から追い出し
さらに退会者呼ばわりし罵った。会の弁護士を使って問い詰めた
ことも何度かあると聞いている。
こうして、前向きな意見を含めて、一切の批判が許されない
閉塞した組織醸成が加速された。
かつては、もう少し意見が汲み取られたり、会長に意見が直接
言えたり、手紙に前向きな意見を書けたものだ
「粛清」という時代錯誤な規定をつくり、まったくの言論統制
が敷かれ、M晴夫婦を中心とした組織にとって完全に無害な
人間のみ、または恭順を示したのもだけが残され、あとは次第に
排除されていった。最近、驚愕講義か何かにいくと異様な息苦しさを
感じる。会長の講義は聞きたいけど、結局驚愕講義の受講なんかも
批判者排除のネタにつかわれているんだな、とおもうと
馬鹿馬鹿しくなって、行くのやめようかなとさえおもっている
俺の周辺でも結構そういう人いるね



488 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:16:30 ID:au9rK2nd
>>487
正論を言ったのに会を追い出された人って誰?
どんな正論だったの?

489 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:20:16 ID:eEpyoiN9
>488
1. 親鸞会の活動は人集めと金集めが活動の中心。拝金主義である
     親鸞聖人の教えのどこにもは金を集めろ、金を出す人は偉いというのはない。
2. 親鸞会は上司が絶対的に偉い。組織の中間の上司が、「あいつは仏縁ない」などと判定することもある
     親鸞聖人の教えはすべての人が救われる教え、御同朋御同行
3. 親鸞会では人集めのための嘘は、ダミーサークルに代表されるように組織的に推奨される。
     親鸞聖人の教えに嘘のすすめはない。
4. 親鸞会は退会者を敗残者呼ばわりして罵る。
     親鸞聖人の教えに「聞法の敗残者」という言葉も考え方もない。
5. 親鸞会は退会者から無理やり名号を取り上げる。
     親鸞聖人は名号を持って去った弟子さえ許された。
6. 親鸞会は勧誘の時に獲信してなくてもしたかのごとく偽るべしと組織的に指導されている。
     親鸞聖人の教えのどこにこのようなすすめがあるのか。
7. 親鸞会は時代錯誤の旧日本軍をもじったような組織形態である。
     親鸞聖人の教えと組織形態があわない点が多々ある。
8. 親鸞会は親鸞聖人の血縁である本願寺を全否定し、末端会員には家族を捨てさせながら、
     結局のところ血縁のみで会の後継者を決めてしまった。
9. 親鸞会はどんな場合も自分たちの非を認めようとしないし反省もみられない。 
     仏教の教えを実践していない。
10. 親鸞会の教えに「家を売ってザイセすべし」というのがあるが、
   幹部講師は、ザイセによっていただいた金で自宅を堂々と建てている。


490 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:20:24 ID:nGu3dF6P
「たとえ全世界を征服したところで、自分自身を見失ったら、何の益があろうか」(キルケゴール)


491 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:22:12 ID:nGu3dF6P
人間存在そのものの苦しみを、「死に至る病」と名づけ、必ず死にぶち当たる人間の本質を、絶望あるのみ、と規定します。

この死を、どう克服するか。

これが、キルケゴール哲学の最大の問題でした。



492 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:22:52 ID:nGu3dF6P
死を見つめる――人生の出発点は、実に、ここにある。

493 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:25:20 ID:au9rK2nd
>>489
全然正論じゃないやん
そのコピペ見飽きたし

494 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:29:08 ID:eEpyoiN9
>493
親鸞会が教えに基づいた正論で一切返答できない、ということだよな

495 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:31:27 ID:eEpyoiN9
しかし、やっぱりM晴問題に触れるとすぐにネット対策職員
とおもわれる連中から速攻のレスがあるな
ネット対策員もM晴への盲従と擁護が自分の身を守る
ために重要と心得ているんだろう

496 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:46:01 ID:au9rK2nd
>>494>>495
何度も返答してるんだけど無視するだけだもんな
そしてまた忘れた頃にそのコピペ貼って暴れる
その繰り返し、もう飽きた
反論されるとネット対策員としか言えないみたいだし

497 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:49:59 ID:8YpZoRI/
この団体にストーカーされて
あやうく無理矢理合宿に参加させられるところでした(泣

学校はじまったらまた追いかけ回されるんだろうな・・・・
なんかいい追い払い方ないですかね?

498 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 22:50:13 ID:eEpyoiN9
>496
一部の人間がここに答え書き込んだからといってそれで分かりました
というような浅い問題じゃないだろ
なにしろ親鸞会の実態が変わってないんだから

ネット対策員じゃなきゃ誰なんだ?名乗れよ自分がさ

499 :リポビタンこども:2006/05/05(金) 23:13:20 ID:JO1wcXXU
eEpyoiN9氏は
オールシンパではないわたしからみても、少し偏った感がありますね。

500 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 23:14:05 ID:VIEsTRtK
>>497
シカトでいいんでは?
さすがに担いでまで合宿に連れて行ったりしなかったんだろ?
嫌なら何か言われても一切応じなければ良いだけ。
連絡来るのが嫌なら着拒か携帯かえれば良い。
497次第だよ。

501 :名無しさん@3周年:2006/05/05(金) 23:37:14 ID:ANGTIQYk
>なぜ、アンチと君たちが呼ぶ人たちがこうなってしまったか、
>いろいろなアンチがいるので、一概にはいえないけど、
それと論点ずらし・思考停止と何の関係があるのやら。

>>496
全くですね。
方便荒らしよりはまだマシかもしれませんけどね。

502 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:12:28 ID:+mDGdfCV
1.アンチは「敗残者」などと罵られたと言いながら、
   その百倍以上、会員を罵っている。

2.アンチは一切の批判を受け止められず、反省することができない。
   都合が悪くなると、論点ずらしか、思考停止か、逃げるだけである。 

3.アンチは他人に服従したくないがために、また親鸞会を否定したいがために、
   親鸞聖人のご教示に服従することさえも「悪」にしてしまっている。

4.アンチは、根拠も無くシンパを「工作員」「ネット対策員」と決め付けることで、
   仮想敵国を作り上げ、敵対心を奮い立たせようとしている。

5.アンチは、都合のいいときは他のアンチと結託し、都合が悪いときは切り離す。
   ふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任である。

6.アンチは、特定の個人の悪口を集中的に書き込むことで、イメージを作ろうとしている。
   根拠が無くとも、流れに乗じて親鸞会を罵ることさえ出来ればよいと思っている。

503 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:15:03 ID:pvV8ADNb
非本質的議論ですね。

504 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:23:03 ID:pvV8ADNb
5.アンチは、都合のいいときは他のアンチと結託し、都合が悪いときは切り離す。
   ふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任である。

一部のシンパは、前にアンチは別のアンチが行き過ぎた発言をしても止めようと
しないと非難していたにもかかわらず、行き過ぎと感じたから非難したら、
今度は、切り離すと、前に言っていたことと反対のことを言い出す。

一部のシンパもふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任だといえますよ。


505 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:31:15 ID:tp4fkylL
>>504
だからそれを
「都合が良ければ結託、都合が悪ければ切り離す」
と言ってるのでは?

506 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:31:17 ID:+mDGdfCV
>>504
ああそうですか。非本質的議論ですね。

誤解されたみたいだけど、「切り離す」というのは「あいつは関係ない」というやつで、
行き過ぎを非難するのは至極まともだと思う。

507 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:45:24 ID:pvV8ADNb
一部のシンパも「あいつは関係ない」といった言動をとり、「切り離す」こと
はありますよね?そうすると、やはり一部のシンパも一部のシンパも
ふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任だといえますよ。


508 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:52:18 ID:+mDGdfCV
>>507
よく分からないけど、そういうのがあったらそのつど指摘してくださいな。

509 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 00:53:09 ID:tp4fkylL
>>507
ほとんど無いと思うけど
有ったとしてもアンチより少ないのは明白

510 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 01:32:34 ID:uk/WzUHq
でも、セリーグおもしろいね。

511 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 01:33:04 ID:uk/WzUHq
何がでもか、分からんが?

512 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 01:34:02 ID:uk/WzUHq
楽天は戦力が無い中、よくやってるほうだよね。岩隈がいないのが、かなり
きついよね。あと、外国人ピッチャーか。

513 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 02:46:23 ID:GNXKxnos
中学校ぐらいまで場面緘黙だったけど段々なくなってきて、
大人になって彼氏もたまたまできたけど、大事な場面とか
言いたいことがあった時とか、小さい頃みたいに誰かに食い止められた様に黙ってしまった時が何回もあった
相手はそんな態度が嫌になっていってたみたいで結局ふられた


514 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 04:20:20 ID:uk/WzUHq
そうなん?

515 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 04:20:59 ID:uk/WzUHq
だけど、オリックス、清原とノリがいないと厳しくない?

516 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 04:21:39 ID:uk/WzUHq
ロッテはまた上がって来たよね、スゲエ!

517 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 07:51:45 ID:Cmf7ZbV/
>>454-456
って、結局何からの宗教的(超越的)境地の体験を説く宗教なら
どこにでも言えてしまう様なことなんじゃないの?
頭の「信の一念」を「題目唱えて絶対の幸福」とか「座禅における心身脱落」とか
「オウムにおける解脱体験」とかと置き換えても
それぞれの「信者の主張は有り得る」って結論しか導き出せない。

518 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 07:53:19 ID:Cmf7ZbV/
こりゃもう言ったもん勝ちの世界って感じ。
まあ、「宗教」ってのはそういうものなのかもしれんけどさ。

519 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 08:04:57 ID:Cmf7ZbV/
あと「信の一念」さえ提唱してれば何をやってもよくなるってもんなの?
Iの会みたいな、病気の人の精神的不安に付け込むような勧誘も?
彼らんとこの会長も「信の一念を体験した」というし、信者はそれを信じて
メンタルヘルス友の会なんて、法律(薬事法かなんか知らないけど)に引っかかりそうじゃない?
明らかに。
それも「信の一念を前提としているから、誰も否定し得ない。
否定するのは誤りであり、彼らの行動様態を批判するのも、前提が異なる以上は
非本質的な議論にしかならないからやめろ」

宗教どこでも好き勝手。

520 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 08:22:11 ID:uk/WzUHq
そっすね!

521 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 08:23:04 ID:uk/WzUHq
だから、阿弥陀様なのね。

522 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 09:28:29 ID:6dkyzbma
>>521
> だから、阿弥陀様なのね。

 阿弥陀様だって、嘘も方便。はったりが許されるなら、何でも言だす。
 まさに万能の神になる。高森の操り人形になって、高森の命令なら何でも言う。
 善男善女を脅迫し、地獄に落とすことだってやり出すだろう。
 宿善、宿業など、思いのままに書き直す。
 嘘も方便とは、親鸞会のために用意された言葉だ。


523 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 09:33:08 ID:TSwTY/8h
>502
1.アンチは「敗残者」などと罵られたと言いながら、
   その百倍以上、会員を罵っている。
----> 罵られている「会員」とは誰のことですか?会員全員のことは
   罵っていない。
   批判しているのは宗教法人の重責者に対して、
   親鸞会の主義主張、理念と異なっていることに対する問責が主である。
   かつて、退会者は親鸞会で散々敗残者呼ばわりされて罵られてきた。
   人間扱いさえされなかった。
   
2.アンチは一切の批判を受け止められず、反省することができない。
   都合が悪くなると、論点ずらしか、思考停止か、逃げるだけである。
--->親鸞会現幹部講師による、批判者を特定した後の陰湿ないじめ、徹底した
  個人攻撃と追い出し行為を目の当たりにしてきましたからね
  そもそも親鸞会幹部講師は一切聞く耳ないでしょう。ただその意見者を
  特定し、自分の都合にあわなくなると切り捨て、敗残者呼ばわり
  して、会の弁護士を使ってでも攻撃しますよね

3.アンチは他人に服従したくないがために、また親鸞会を否定したいがために、
   親鸞聖人のご教示に服従することさえも「悪」にしてしまっている。
--->親鸞会幹部講師が親鸞聖人の教えに反していることを指摘しています。



524 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 09:35:01 ID:TSwTY/8h
>502
4.アンチは、根拠も無くシンパを「工作員」「ネット対策員」と決め付けることで、
   仮想敵国を作り上げ、敵対心を奮い立たせようとしている。
----->自分たちがそのようにして本願寺を仮想敵にして奮い立たせてきている
   ので、そういった発想しかできなんでしょうね
   一方で「工作員」「ネット対策員」は明らかにネット対策と称して
   2ちゃんに書き込んでいますよね、事実として。
   事実を指摘されてこんなごまかした返答をしてしまうところが実に
   親鸞会的といわれても仕方ないでしょう

5.アンチは、都合のいいときは他のアンチと結託し、都合が悪いときは切り離す。
   ふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任である。
---->これは、そのままネット対策員に返してあげましょう
  ちなみに、下っ端ネット対策員には用はありません。じゃまなだけです

6.アンチは、特定の個人の悪口を集中的に書き込むことで、イメージを作ろうとしている。
   根拠が無くとも、流れに乗じて親鸞会を罵ることさえ出来ればよいと思っている。
---->特定の個人とは誰ですか?根拠がないように読者に印象付けようとして
   いるんですね。任務だから仕方ないんでしょうけど 



525 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 09:46:36 ID:KFxWiAkn
真面目な質問なんですが。
慕帰絵詞の覚如上人の臨終の場面を見ると、
そこには阿弥陀仏の絵像がかかっているんですよね。

これって覚如上人が絵像を礼拝されていた、という事にならないのでしょうか。

526 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 09:58:15 ID:5rL3HDXw
ある日釈尊が、お弟子たちを連れて湖畔を通りかかられた時、
大勢の農民(カシ・バラモン)が仕事を終えて食事にかかっ
ていました。

釈尊は彼らの前に、鉄鉢を持って黙然として立たれました。
すると仲間の頭らしい一人の農夫が、釈尊をからかうように
言いました。
「よく、あなたたちは来なさるね。どうです、そんなに大勢
の働き盛りの若者たちを連れて、ブラブラ乞食したり、わけ
の判らぬ説法などして歩かないで、ひとつ自分で田畑を耕し
て、米や野菜を生産したらどうです。私らは難しいことは言
わないが、自分で働いて、自分でちゃんと喰っていますよ」


527 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 10:00:21 ID:5rL3HDXw
釈尊は、従容として答えられました。
「私もまた、田畑を耕し、種を蒔き、実りを刈りとっている
労働者です」

「ではあなたは、何処に田畑を持ち、何処に牛を持ち、何処
に種を蒔いていられるのか」
反問する農夫に対して、

「私は、忍辱(忍耐)という牛と、精進(努力)という鋤を
持って、一切の人々の心田を耕して、絶対の幸福になる種を
蒔いている」
釈尊は、毅然として喝破なされました。


528 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 10:19:22 ID:6dkyzbma
>>526-527

 親鸞会ネット対策員による 「操り人形釈尊物語」 です。
 親鸞会は、高森の意向に沿って釈迦を操ります。いずれ、高額の布施を要求しにいきますので、お気を付け下さい。

 嘘も方便ですが、お金は嘘をつきません。 ネットでは無料ですが、ただより高いものはない。(W


529 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 10:46:58 ID:JfVVTYng
昔学友部に関わった者だが(入会はしなかった)、嘘勧誘と組織隠しされたことしか覚えてない。
嘘つきに幸福がどうとか真実がどうとか言われても全く説得力なかった。
何より嘘つきになりたくなかった。

530 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 10:55:52 ID:6dkyzbma
>>527
> 反問する農夫に対して、 〜 釈尊は、毅然として喝破なされました。

 「反問するアンチに対して、 〜 高森先生は、毅然として喝破なされました」。
 いずれ、このような話にすり変わります。

 「みなさん。高先生は、釈尊です。お布施をください。」

 ネット対策員に給与を払っているのは、現在の会員。
 1年後に、高森偽釈尊と嘘つき対策員の嘘つき活動を支えるのは、貴方かも知れません。


531 :ねこにゃん:2006/05/06(土) 11:02:31 ID:eyIuugdI
http://mindcontrol.podzone.net/
マインドコントロールについてはこちら。



532 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 11:08:14 ID:5rL3HDXw
一切の人々の盤根錯節した心の荒野を開拓し、絶対の幸福の
華を咲かせることは、並大抵のことではありません。

畑を耕している時、小さな石のように思えたから、無造作に
掘りかけると、畑一面の石であることに驚くように、仏法の
聞いて実践して行くと、少し聞けばすぐに何とかなれるよう
に思ってかかりますが、実地体験すると、聞けば聞くほど、
求めれば求めるほど、強情我慢の自力の大盤石に驚かされる
のです。


533 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 11:41:28 ID:KFxWiAkn
>>525
誰か答えて下さい…

534 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 11:53:44 ID:ylUd3joi
>>533
その絵は見たこと無いので何とも答えられない。
画像データとか見れれば有り難い。

535 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 12:13:32 ID:KFxWiAkn
>>534
http://uploaderlink.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/512kb/src/up8100.jpg
これです。
覚如上人の臨終の場面で、左にあるのが阿弥陀仏の絵像です。

536 :一向専念高森如来:2006/05/06(土) 12:14:44 ID:6dkyzbma
 一切の人々の盤根錯節した心の荒野を開拓し、絶対の幸福の華を咲かせることは、並大抵のこ
とではありません。親鸞会以外にはできません。親鸞会にもできないんだが、親鸞会以外にはで
きません。
 畑を耕している時、小さな石のように思えたから、無造作に掘りかけると、畑一面の石である
ことに驚くように、仏法の聞いて実践して行くと、少し聞けばすぐに何とかなれるように思って
かかりますが、実地体験すると、聞けば聞くほど、求めれば求めるほど、強情我慢の自力の大盤
石に驚かされるのです。

 高森親鸞会の馬鹿話を、信心が得られるようになるくらい聞きなさい。馬鹿話を聞いて信心が
得られものではありません。信心が得られるようになるくらいとは、まあ、はったりです。だ
から、死ぬまで聞きに来なさいな。死んだら信心が得られるでしょう。まあ、死ななきゃ信心が
得られない。死ねば信心が得られるのか。馬鹿も休み休み言うものだ。死んで信心が得られるわ
けないだろう。
 話は遠回りになりましたが、要するに、貴方は死ぬまで、私どもにお金をくださいな。死ぬまで
お金を持ってきなさいな。あなた方は、死ぬまでお金を持ってくればいいのです。そうすれば、
私ども高森一族は安泰です。かわいいM晴も安泰です。

 はったりに騙されてお金を持ってくるやつは馬鹿ですが、あなた方は馬鹿になりなさい。あな
た方は馬鹿でいいんです。心の荒野を開拓し、絶対の幸福の華を咲かせることは、並大抵のこ
とではありません。親鸞会にそれがあるわけないんだが、親鸞会以外にはできません。親鸞会に
仏法があるわけないんだが、本願寺にも仏法はないんだから、あなた方はだまってお金を持って
くればいいんです。

 これはマインドコントロールではありません。方便の教えです。一向専念無量寿仏、一向専念
高森如来のお話です。

537 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 12:20:45 ID:Erk7GzAb
>>535
すみません、引用元のURLも出来ればお願いしたいのですが・・・

538 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 13:03:22 ID:6dkyzbma
>>537
> すみません、引用元のURLも出来ればお願いしたいのですが・・・

http://item.furima.rakuten.co.jp/item/52141211/
 多分これだと思う。
 中古でも高額だ。大きい図書館に行けばあるだろう。
 西本願寺には重要文化財として、本物がある。


539 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 13:23:18 ID:KFxWiAkn
>>537
慕帰絵詞 十巻 第二十四紙 部分

続日本の絵巻 第9巻 慕帰絵詞 
中央公論社 1990年9月20日刊からのコピーです。

540 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 14:02:28 ID:+mDGdfCV
>>523
ご苦労様。
これで、アンチは全く反省しないということが
見ている皆さんにもお分かりいただけることでしょう。

541 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 14:10:53 ID:pvV8ADNb
どっちもどっちですね。

542 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 14:53:11 ID:uk/WzUHq
そうすか?

543 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 14:55:26 ID:Vd947Eue
アンチの方は明らかにキチガイじみているような・・・

544 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 16:41:33 ID:INQV2J3U
>>535
その時の様子を忠実に描いたものか
後の人が想像で描いたものかによって判断は違う

545 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 17:20:09 ID:Vd947Eue
>>544
確かにそうですね。
文章ソースでは残っていないようですし

以前の「弁円が刀を振りかざして斬りかかってきたかどうか」
言い争ってたときとは立場が逆ですけどね

546 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 17:31:28 ID:6dkyzbma
>>544
> その時の様子を忠実に描いたものか
> 後の人が想像で描いたものかによって判断は違う

 形像に向かえと説く宗祖肉筆の唯信抄の教示には忠実だか
ら、それでいいんじゃないの?。


547 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 17:32:45 ID:zxwUlTfa
アンチは批判されても、論点ずらしするか、それができなければ思考停止するか
逃げることしか出来ない。

アンチは完全に閉じた集団になり、一層閉塞感が募っていますよね
なぜ主張が伝わらないか、自分たちの問題であるとはやく
気付いてほしいものです
間違いなく、アンチの自因自果ですよ。

まともな論客になれば自ずと人も耳を傾けることでしょうに。
例えば、ホームページを立ち上げた管理人ともなれば、それなりの責任ある主張
なんだろうと思うでしょうよ。

追及したら逃げ出し、ほとぼりが冷めたころにまた出て来るような連中の意見を
まともに取り合ってられるかという話ですわな。

548 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 17:41:31 ID:KFxWiAkn
>>546
ではやはり覚如上人は形像本尊に向かっていたと言う事でよろしいのでしょうかね。

549 :山科に関しての議論:2006/05/06(土) 17:50:18 ID:XbsYFzE0
アンチの側から絵像について言及してこられたということは
木像本尊については一応終了ということでよろしいでしょうか?

ボラ夫も消えてしまったことでもありますし
後日「以後アンチからの反論無し」ということで
これまでの経過もあわせてアップさせていただきたいと思います。

550 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 17:58:10 ID:KFxWiAkn
>>549
その件については私はよく分からないのですが、
もしよければ慕帰絵詞の事について教えてください。

551 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 18:21:34 ID:KFxWiAkn
久しぶりに「なぜ親鸞会をやめたのか」を見たら、
こんなもんがアップされていました。
http://shinrankai.hankyo.genin.jp/mail5.html

どっちも頑張ってますよね。
いろんな意味で。

552 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 18:32:46 ID:XbsYFzE0
「覚如上人御遷化以来、御先達迄、次第に正意を取失ひしこととも
多かりし」と言われて
名号本尊だった大谷廟堂に木像本尊がいつのまにか入り
天台の流風が儀礼に取り入れられて行くわけです。
臨終仏として、ことさら絵像を用いられたということが
事実かどうかもわかりませんし、
事実だったとして誰の意志でされたのかもわかりません。
絵像自体は礼拝してはいけないものではありませんし、
とくに問題になることではないように思われます。

ここに絵像が用いられているから絵像本尊でもいいのではないか
という話ならまたゆっくりと話しないといけないでしょうね。



553 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 18:36:26 ID:KFxWiAkn
>>552
なるほど、そう言う事でしたか。
ただ、分からないのが、
「親鸞聖人も蓮如上人も名号以外礼拝されなかった」と高森先生は仰っているのに、
どうして、「絵像自体は礼拝してはいけないものではありません」と言えるのでしょうか。

554 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 18:43:10 ID:9zaDktIY
>>553
絵像でも阿弥陀仏は阿弥陀仏だから

555 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 19:16:10 ID:KFxWiAkn
>>554
親鸞聖人も蓮如上人も礼拝されなかったのなら、
私たちにとっても礼拝する理由など何一つ無いはずですよね。
それがなぜ、「絵像自体は礼拝していけないものではない」となるのでしょうか?

556 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 20:45:40 ID:CTGLuy3j
「鎌倉(時代)というのは、一人の親鸞を生んだだけでも偉大だった」(司馬遼太郎)


557 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 20:47:30 ID:CTGLuy3j
電光朝露の夢、幻がさめた時、死出の山路、三塗の大河をたった一人で渡って
ゆかねばならぬわが身の姿に泣くのです。



558 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 20:48:39 ID:CTGLuy3j
「親鸞聖人に初めから非常な信念があり、非常な力があり、非常な強い根底の
ある思想をもたなければ、あれ程の大改革はできない」(夏目漱石)


559 :ねこにゃん:2006/05/06(土) 21:15:50 ID:eyIuugdI
>>551
4月27日のメールって、これだね。
http://shinranshonin.hp.infoseek.co.jp/mail/20060427.html



560 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:20:10 ID:D5RZAFWM
>>551を読んだ。
俺が以前長期にわたって議論してた人と口ぶりが酷似している。
↑反証可能云々の話。
たたでさえ、そこの管理人と一糸違わぬ主張を展開してた彼だが、
そのときはここの管理人じゃないって言ってたけど、その言い方がそっくり。
あくまでも直観的なものに過ぎないが、強い不信感を持った。

以下はその一例。

>申し訳ありませんが、なんのことでしょうか(笑)
>いつ、私が「本願寺の僧侶と手を組んで、会員をやめるようにそそのかし」ましたか?
>お言葉ですが、あなたは私のことを、誰かと勘違いされていませんか?
>私のことを、あなたの心の中にいるある人だと思い込んでおられませんか?

あの一連の書き込みはもっと重視していいのではなかろうか。管理人同士に任せるけど。

561 :ねこにゃん:2006/05/06(土) 21:42:49 ID:eyIuugdI
考えすぎ

562 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:44:13 ID:Cmf7ZbV/
>>560
>口ぶりが酷似している。
で、同一人物?
http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/pkr1.html
口ぶりが似てても別人ってこともあるらしいが。

563 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:47:28 ID:84hVaK/L
子の母をおもふがごとくにて 衆生仏を憶すれば
     現前当来とほからず 如来を拝見うたがはず


564 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:48:08 ID:84hVaK/L
染香人のその身には 香気あるがごとくなり
     これをすなはちなづけてぞ 香光荘厳とまうすなる


565 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:49:09 ID:84hVaK/L
われもと因地にありしとき 念仏の心をもちてこそ
     無生忍にはいりしかば いまこの娑婆界にして


566 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 21:50:36 ID:6dkyzbma
>>555
>なぜ、「絵像自体は礼拝していけないものではない」となるのでしょうか?

 この質問に、シンパからは、回答がないんだね。答えられないようだ。
 嘘も方便が使えなくなると、だんまりだな(w

567 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 22:02:04 ID:UgkwnmYz
>>566
またアンチお得意の「回答が無いから勝利宣言」か。
ずっと2chに張り付いて質問に答え続けなきゃいけないのかい?

絵像は阿弥陀仏だから礼拝しても雑行にはならない。
だけど本尊ではないから礼拝しなければならないものでもない。

568 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 22:29:03 ID:Cmf7ZbV/
>>567
絵像は風呂のたびごとに燃やすんじゃないの?

569 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 22:41:41 ID:6dkyzbma
>>567
> 絵像は阿弥陀仏だ

 絵像の阿弥陀仏はどうやって極楽浄土を作ったの?
 親鸞会の絵像の阿弥陀仏は、絵像からどうやって本願を建てたの?
 火事で燃えたら、阿弥陀仏は死んじゃうのか(W。

 親鸞会の阿弥陀仏は、絵に描いた餅、所詮絵空事だったのね。


570 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 22:57:28 ID:PTFihB71
親鸞会は、ある意味彼岸に逝ける団体だよ。
大きな流れの中に身を任せて楽になれる。
ただ上からの命をはいはいと受け入れてさえいれば、
おまえはいい人間だと言ってくれる人がいる。

それが羨ましいと思える人は会にいればいい。


571 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:02:16 ID:6dkyzbma
>>567
> 絵像は阿弥陀仏だから礼拝しても雑行にはならない。
> だけど本尊ではないから礼拝しなければならないものでもない。

 面白いね。木像は阿弥陀仏ではないんだな。礼拝すれば雑行になる。
 だから、木像を礼拝してはいけにない。

 おもしろいね。諸善万行を進め、布施と顕正を進める親鸞会が
雑行はいけないという。
 いつから変わったの?。

572 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:03:27 ID:6dkyzbma
>>570
> それが羨ましいと思える人は会にいればいい。

 絵空事の彼岸にでも行くのかい?。


573 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:14:32 ID:KFxWiAkn
>>567
では、親鸞聖人も蓮如上人も名号以外礼拝されなかったけど、
私たちが絵像を礼拝する事は問題が無い、という事でよろしいのですね。

574 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:25:49 ID:zQvWZ2NX
>>551
ずっとアップされてなかったから「読んで」側に屈服しちゃったのかと思ってた。
よかった安心した。これからも「なぜ」を応援したいね。
しかしメールに(笑)をつけるのは頂けないな。
「読んで」はそれ以上に失礼な発言があるけどさ。

575 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:27:59 ID:m8yD8QvO
まさか退会して大学卒業したのに部室に誘われるとは思わなかった(orz

576 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:30:29 ID:4mTAezgA
>>571
>面白いね。木像は阿弥陀仏ではないんだな。礼拝すれば雑行になる。
>だから、木像を礼拝してはいけにない。

方便化身と六字名号の意味が分かってないからだろ。
絵像、六字名号で云々言ってる自体がそもそもおかしい。
真宗は信決定が何より先じゃないのか??しっかりしろ親鸞会。
それじゃ本願寺にも相手にされんぞ。

>おもしろいね。諸善万行を進め、布施と顕正を進める親鸞会が
>雑行はいけないという。

あの教義では難行になるねぇ。ある意味「易往無人」だねぇ。だが「獲り易すの信心」であることを
忘れちゃいかんねぇ。
三願転入は分かるが、今生で全ての人が三願転入できると思い込んでるなら度し難い。

>絵空事の彼岸にでも行くのかい?。

化土往生もできんなぁ。

577 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:37:23 ID:PTFihB71
>>572
人という道を越えた向こう岸という意味ですよ。

578 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:41:38 ID:KFxWiAkn
なぜ親鸞聖人も蓮如上人も名号以外は礼拝されなかったのに、
私たちが絵像を礼拝する事は「問題ない」のですか?
問題ないのならなぜ親鸞聖人も蓮如上人も、
名号以外は礼拝されなかったのでしょうか。

だれかこの問いにきちんと答えて頂けませんか?

579 :名無しさん@3周年:2006/05/06(土) 23:48:04 ID:HSVeqt1H
>>578

だって真宗は六字名号が全てだもの。その他一切の御聖教もこの六字を信じさせるためでしょ。
信決定してればそんなこと問題にもならんよ。

開山と蓮師と同じことすれば信決定できると思ってる自体が自力でござる。
諸善を往生の因にしたいのは分かるが意味無いよ。

580 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 00:01:08 ID:d50l3257
>>567
>絵像は阿弥陀仏だから礼拝しても雑行にはならない。
>だけど本尊ではないから礼拝しなければならないものでもない。

絵像の阿弥陀仏への礼拝が雑行にならないなら、木造の阿弥陀仏像への礼拝も正定業だな
五正行に含まれる礼拝の対象になるのなら、絵像や形像の阿弥陀仏を本尊にしても問題にならない

581 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 00:08:56 ID:oCXRUWRi
>>577
> 人という道を越えた向こう岸という意味ですよ。

 人道を踏み外せば人間じゃないよ。

582 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 00:52:35 ID:Zyowab1Y
>>579
>開山と蓮師と同じことすれば信決定できると思ってる自体が自力でござる。

何事も親鸞聖人、蓮如上人のなされたようにすべきであると仰ったのは高森先生じゃなかったですか?

583 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 03:47:50 ID:Z95cHCg0
相変わらず、皆さん遊んでますね。

584 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 03:48:45 ID:Z95cHCg0
オレも遊ぶか。ここで。

585 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 03:49:43 ID:Z95cHCg0
確かに人生には題名付けるの難しいよねえ、えっ、字が違う、ああそう。


586 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 06:47:36 ID:VGFhmFzz
>>578

>>567で答えている。
> 絵像は阿弥陀仏だから礼拝しても雑行にはならない。
> だけど本尊ではないから礼拝しなければならないものでもない。

絵像を礼拝することは「問題ない」が親鸞聖人も蓮如上人も
名号を礼拝することを勧めておられる。
だから私たちが積極的に礼拝しなければならないものは名号。

この日本語のニュアンスを理解できないのなら別の説明を考えますが。

587 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 07:39:54 ID:NG7e5HvU
>>582
>開山と蓮師と同じことすれば信決定できると思ってる自体が自力でござる。

>何事も親鸞聖人、蓮如上人のなされたようにすべきであると仰ったのは高森先生じゃなかったですか?

高森先生?親鸞会のか?知らんがな。開山、蓮師と同じようにすべきって原理主義は分かるが、
同じことはできんのと違うか?お前さん。できるもんならやってみぃ。
解釈間違ったら開山、蓮師の御意に深く背く事になるぞい。

588 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 08:02:30 ID:YqzYgfMn
>>586
>親鸞聖人も蓮如上人も
>名号を礼拝することを勧めておられる。

「親鸞聖人が絵像木像本尊を排斥した」とか親鸞会はいっているようですが、
根拠は無いということでいいですよね。

改めて親鸞会に問いますが、親鸞聖人が絵像木像を排斥して名号を礼拝する
ことを勧められた根拠を出してください。


589 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 08:05:58 ID:YqzYgfMn
>>568
>絵像は風呂のたびごとに燃やすんじゃないの?

蓮如が風呂のたびごとに燃やした本尊は「阿弥陀仏以外の絵像木像本尊」ということ
であって、「阿弥陀仏の木像絵像本尊を燃やしたわけではない」ということで
いいですか?>親鸞会会員


590 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 09:54:41 ID:Zyowab1Y
>>586
積極的に礼拝しなければならないのは名号で、
絵像に関しては礼拝しても「問題ない」のなら、
なぜ親鸞聖人も蓮如上人も名号しか礼拝されなかったのですか?

何事も親鸞聖人、蓮如上人のなされたようにするのでしたら、
私たちもまた、名号以外礼拝すべきではないのではありませんか?

591 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 09:56:16 ID:Zyowab1Y
名号以外の絵像や木像を礼拝する事は、
真宗で教える「正行」の中に、入るのでしょうか?入らないのでしょうか?

592 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 10:11:17 ID:xN5NNj2d
>591
絵像、木像への礼拝も正行になると以前会長の教学講義で聞きました
木像への礼拝は、してもよいと会長がいわれたこともあります
ただし、あまりはっきりといわれたのではなく、小さい声での返答
でしたね
木像礼拝についてはかつてかなり会長への質疑がありましたので
その時参加していた人に聞いてはどうでしょうか
そのときの会長の講義によると絵像、木像への礼拝は雑行にはな
らないと聞いたとおもいますので、その点は親鸞会の人も他人に
話すときに注意すべきとおもいますが

593 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 10:14:13 ID:xN5NNj2d
その際、名号と阿弥陀仏の違い、われわれの救いは名号による
だから、本尊は名号、という論理がかなり講義されたと記憶していますが

594 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 10:48:27 ID:xN5NNj2d
10日ほど前に、前スレで親鸞会講師に会いに行くとかいってた香道師
がいたな、しばらくしたら報告アップすると書いてたようにおもうが
どうなったのか

595 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 10:55:32 ID:driBXBTZ
>>574
昨日、メールが来たらしい。
http://shinranshonin.hp.infoseek.co.jp/mail/20060507.html



596 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 11:02:35 ID:oCXRUWRi
 どうも血が騒ぐ。(苦笑)
我一心は、天親菩薩の自督の詞なり。
    我一心とは、天親菩薩が自らを引き締めるための言葉である。
                   (督:監督、家督<管理>)

言うこころは、無碍光如来を念じて安楽に生まれんと願ず。
     自督の心は、無碍光如来を念じて安楽国に生まれようと願うことである。

 帰命尽十方無碍光如来」は、帰命は即ちこれ礼拝門なり、
    天親菩薩が言う、帰命尽十方無碍光如来の「帰命」、これが礼拝門である。つまり礼拝
行である。

 天親菩薩すでに往生を願ず。あに礼せざるべけんや。かるがゆえに知りぬ、帰命はすなわちこ
れ礼拝なりと。
     世親菩薩は極楽浄土の往生を願っている。世親菩薩に礼拝が無いはずはない。だから
こそ、帰命が礼拝である。

しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、必ずしも帰命ならず。帰命はこれ礼拝なり。もし
これをもって推するに、帰命は重とす。
    しかし、礼拝というのは、単に恭しく頭を下げることである。それだけでは、帰命とは言えな
い。帰命は必ず礼拝を伴う。つまり、帰命の方が礼拝より重い。帰命があれば、必ず礼拝がある。
礼拝すればいいということではない。(行の巻)

597 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 11:04:25 ID:oCXRUWRi
 本尊にむかわば、弥陀の形像にむかうべし(唯信抄<親鸞肉筆>)。
 本尊に対しては、向かうという姿勢をとる。
  むかう【向かう・対う】<広辞苑>

 親鸞は、弥陀の形像を礼拝せよとは言ってない。正面に顔やからだを向ける。向き合いなさい
と言ってくれている。つまり、本尊とは、顔・体を向ける対象であり、礼拝の対象ではない。顔
・体を向ければ自ずから手を合わせ、頭を下げるのが自然だろう。本尊に顔・体を向け、そこで
ふんぞり返るのはおかしな話だ。しかしそれは礼拝ではない。手を合わせ、頭を下げればそれで
いいという話ではないのだ。
 
 親鸞・蓮如の考えに名号を礼拝するという考えはない。親鸞・蓮如に限らず、およそ仏教には
名号を礼拝するという考えはない。名号を礼拝するという考えは、高森さんが、仏教史上最初に
提唱しだしたことだ。嘘も方便という教えの一部だ。

 天親論主の礼拝門の論文、すなわち「帰命尽十方無碍光如来」(浄土論)をもって、真宗の御
本尊とあがめましましき。(改邪抄)
 崇めるとは、礼拝するということではない。
 あがめる【崇める】 <広辞苑>
 尊いものとして扱う。寵愛する。尊いものとして扱う。寵愛するとは、礼拝するというということでは
ない。改邪抄に本尊を礼拝するという思想はない。寵愛する。尊いものとして扱い、顔・体を向け、
手を合わせ、頭を下げても、それは浄土真宗では礼拝ではない。

598 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 11:07:31 ID:oCXRUWRi
 正定の業とは、すなわちこれ仏の名を称するなり。称名は必ず生まるることを得、仏の本願に
依るがゆえに、と
  名号とは称名の対象であり、それは声に出して称えることだ。念仏を称えれば、そこには帰
命がある。南無がある。帰命があれば、それだけで礼拝がある。パン屋さんやおそば屋さんに、
改めて「礼拝行をしなさいよ」などとは言っていない。念仏すればその中に礼拝も含む。改めて
礼拝は必要ないから、称名念仏だけしなさいよと親鸞は勧めているんだ。
 名号を礼拝するのはやめよう(やりたいヤツは勝手にすればいい。それで極楽往生ができると
考えれば、迷信だ。名号を礼拝しろなどと、馬鹿をいうのは、高森さんだけだ)。
 大事なことは座禅して念仏することだ(行の巻)。


 多忙のため、しばらくカキコ不能。ROMしています。

599 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:08:19 ID:K5sEpj1r
連休も今日が最後

600 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 11:18:29 ID:oCXRUWRi
 「向かう」という意味の広辞苑からの引用が落ちていました。

 そのものの正面に顔やからだを向ける。向き合う。万葉集17「ぬばたまの月に―・
ひてほととぎす鳴く音はるけし里遠みかも」。大鏡後1条「あかくみがける鏡に―・ひ
てわが身の顔を見るに」。「机に―・う」「―・って左」 (広辞苑)

 向かう≠礼拝する、 崇める≠礼拝する、 この関係を理解して欲しい。
 崇める=礼拝するとイコールで結んだのは、高森さんの「嘘も方便」の教えです。

 名号は、礼拝の対象ではない。称える。声を出して称える対象です。
 礼拝しても、それだけでは帰命はない。帰命がなければ信心はない。

 高森さんの話をきいても信心は得られない。

601 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:20:03 ID:YqzYgfMn
>>595
>仏壇の前で、念仏を唱えていたおばあちゃんに、お孫さんが「ばあちゃん、
>何で念仏唱えているの?」と尋ねると、「こうして念仏唱えておれば、
>死んだら極楽へいけるんじゃから」と答えたというのです。

べつにおかしくないんじゃないですか?
このおばあちゃんが称える念仏はご恩報謝の念仏でしょ?

>「信心為本」「唯信独達」(他力の信心一つで、人生の目的が達成できる)
>という親鸞聖人の教え

「信心のひとにおとらじと 疑心自力の行者も
如来大悲の恩をしり 称名念仏はげむべし」
「弥陀大悲の誓願を、ふかく信 ぜんひとはみな、
ねてもさめてもへだてなく、南無阿弥陀仏をとのうべし」

>まったく伝えられていないのが、現在の本願寺の実態です。

そうでもないようですが。
http://www2.saganet.ne.jp/namo/sub9.htm
http://www2.saganet.ne.jp/saga-kk/oshie/index.html
http://www.geocities.jp/namo_amidabutu/osie.htm
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/4022/monto/yougo.html
http://www.higan.net/mt/archives/cat_aaaaaaaaeaaaea.html

602 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:31:10 ID:rroWwfI1
>>576

>あの教義では難行になるねぇ。ある意味「易往無人」だねぇ。だが「獲り易すの信心」であることを
>忘れちゃいかんねぇ。

そう思う。信心っていうと分からないけど「たのむ」というとわかるね。
南無阿弥陀仏のすがたを心得ているかが大事でしょ?

603 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:39:08 ID:rroWwfI1
>>598

>大事なことは座禅して念仏することだ(行の巻)。

面白い。二双四重から言えば座禅は頓教中の漸教である禅宗のやること。
何か独自の流れのある流派ですか?

604 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:45:43 ID:WW2sA+fL
>>597
五正行のなかに礼拝が入っている

称名も二十願の称名は自力の称名
信一念の後の称名は報恩行であり正定業である
五正行の一つであり正定業である称名も自力で行えば正定業ではなくなる
他力の信が、凡夫の口業にあがれば称名に身体にのぼれば礼拝になる

親鸞聖人真筆の十字名号も残っている

存覚、弁述名体鈔
「高祖親鸞聖人御在生のとき、末代の門弟等、安置のためにさだめおかるる本尊あまたあり、
 いわゆる六字の名号、不可思議光如来、無碍光如来、無碍光仏等なり。
 梵漢ことなれども、みな弥陀一仏の尊号なり。」

605 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:49:32 ID:WW2sA+fL
>>603
彼のは我流だ

ただ、中国においては念仏と観仏の両方をすることが普通だった
観仏は座禅をしてするものだから、浄土教の歴史にないわけではない

606 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:55:18 ID:Zyowab1Y
>>592
親鸞聖人は木像絵像を排されたんじゃないですか?
正行になるのならばなぜ排されたのですか?
親鸞聖人も蓮如上人も名号のみ礼拝されたのでしょう?
親鸞聖人も蓮如上人もなされなかった「絵像への礼拝」を、
問題ないとするのはどうしてですか?
最も大事な本尊の事なのに、

607 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 11:59:25 ID:K5sEpj1r
全国的に天気が良くないみたい

608 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:06:15 ID:driBXBTZ
渡海さんて、もう2ちゃんに来ないとか言ってなかった?



609 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:06:59 ID:WvX2k6G6
>>606

>最も大事な本尊の事なのに、

最も大事なのは信だろw本末転倒w

610 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:10:48 ID:driBXBTZ
>>601
「こうして念仏唱えておれば」だと、称名をあてにする自力があるから、報謝の念仏にならない希ガス。



611 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:15:00 ID:K5sEpj1r
渋滞はどう?

612 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:31:55 ID:UUhNjPJN
「読んで」側がついに逃げたな

613 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:57:20 ID:UUhNjPJN
なぜ親鸞会の活動が全国でマインドコントロールだと問題視されるのですか?に本願寺の僧侶など一部の方が悪意ある噂流してるって
因果の道理が一番分かってないのは「読んで」の管理人じゃん

614 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 13:16:06 ID:Vv0Uh/83
親鸞の著作のどこにも「本尊」と出てこないこと、
そのため「名号本尊」の勧め説はありえないことについて。

親鸞が十字名号を礼拝し、六字名号を拝んだのは確かなのだろう。
しかし、親鸞が「名号本尊でなければならぬ」と説いた根拠は存一切存在しない。

親鸞が阿弥陀仏の絵像も阿弥陀仏の木像も拝んだことも間違いないだろう。

「親鸞は絵像木像を排斥され、名号本尊のみを勧めた」なる親鸞会説が
間違っているのは、火を見るよりも明らかではないだろうか。

615 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 13:47:54 ID:0A6JFvFw
親鸞会って何がしたいのか分からんな。
人を救ってるわけでもなく、公共のためになにか役立ってるわけでもない。
してることって、本願寺を目の敵にしてるだけだろ?
その言い分にしても、高森のおっさんの独断専行だし
言ってることたいしたことない。
がなってるだけの単なるお騒がせ野郎じゃん。
それに、まわりが巻き込まれたくないのに巻き込まれてるという迷惑以外の何物でもない。

政権交代すればを言い続ける自民批判の民主を思い出すよ。
親鸞会が宗教離れを加速させるだろうな。


616 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 13:50:57 ID:x7HkTLa0
検索して渡部さんのホームページを見つけました。
どうして親鸞会系のホームページからリンクされてないのでしょう?
http://sendai.cool.ne.jp/tetuworld/

617 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 13:51:28 ID:oCXRUWRi
 時間がある分だけ付き合おう。
>>603
>何か独自の流れのある流派ですか?
   浄土真宗親鸞の流れです。

>>604
>他力の信が、凡夫の口業にあがれば称名に身体にのぼれば礼拝になる

 もし如来、威神を加せずは、まさに何をもってか達せん。 〜 しかるに礼拝はただこれ恭敬
にして、必ずしも帰命ならず(行の巻)。
 礼拝があっても帰命がなければ信心はない。

618 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 13:52:02 ID:oCXRUWRi
>>605
>彼のは我流だ

 文句があれば、親鸞に言ってくれ。僕は親鸞から教わった。親鸞は、法照禅師・善導禅師から
教わっているんだ。誰もおぬしに座禅しろと勧めちゃいない。座禅が嫌ならしなけれりゃいい。

 父の王に謂いて曰わく、「王いま座禅してただ当に念仏すべし」と。あに離念に同じて無念を
求めんや。生を離れて無生を求めんや(行の巻)。

>ただ、中国においては念仏と観仏の両方をすることが普通だった

 聖人のたまわく念仏は唐土の念仏か、日本の念仏かと。修行者しばらく停滯す。しかれども、
きと案じて、唐土の念仏をもとむるなりと云々。聖人のたまわく、さては善導和尚の御弟子にこ
そあるなれと。(口伝抄)

 法然親鸞の浄土教は、中国の浄土教と連動していた。

619 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:10:01 ID:n/5vV3ZE
>>617
必ずしもね

逆に言えば
信後の礼拝は正行である

>>618
教行信証のどこに座禅しろと書いているの?

 大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。
 この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。

620 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:16:53 ID:n/5vV3ZE
釈(散善義)に「専心」といへるはすなはち一心なり、二心なきことを形すなり。
「専念」といへるはすなはち一行なり、二行なきことを形すなり。
いま弥勒付属の一念はすなはちこれ一声なり。
一声すなはちこれ一念なり。一念すなはちこれ一行なり。
一行すなはちこれ正行なり。正行すなはちこれ正業なり。
正業すなはちこれ正念なり。正念すなはちこれ念仏なり。
すなはちこれ南無阿弥陀仏なり。

どこに座禅が出てくるの?
正定業は念仏だよ
御自釈や手紙で座禅を勧める文を出してみて

621 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:25:05 ID:n/5vV3ZE
>>620
法然上人が善導大師の文の中で最重要視したのは

「一心専念弥陀名号 行住座臥不問時節久近 是名正定之業順彼仏願故」

一多証文
「一心専念」(散善義)といふは、「一心」は金剛の信心なり、「専念」は一向専修なり。
一向は余の善にうつらず、余の仏を念ぜず、専修は本願のみなをふたごころなくもつぱら修するなり。
修はこころの定まらぬをつくろひなほし、おこなふなり。
専はもつぱらといふ、一といふなり、もつぱらといふは、余善・他仏にうつるこころなきをいふなり。
「行住座臥不問時節久近」といふは、「行」はあるくなり、「住」はたたるなり、「座」はゐるなり、
「臥」はふすなり。
「不問」はとはずといふなり、「時」はときなり、十二時なり、「節」はときなり、十二月、四季なり。
「久」はひさしき、「近」はちかしとなり。
ときをえらばざれば不浄のときをへだてず、よろづのことをきらはざれば不問といふなり。
「是名正定之業順彼仏願故」といふは、弘誓を信ずるを報土の業因と定まるを正定の業となづくといふ、
仏の願にしたがふがゆゑにと申す文なり。

座禅して称名せよとは解釈されていない

622 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:31:22 ID:J+0dRPQM
>>619-621の「座禅」を
「組織服従」に置き換えて味わいたいですね。

623 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:45:07 ID:Dkj1Fn4Q
念仏のひとを摂取して 浄土に帰せしむるなり
     大勢至菩薩の 大恩ふかく報ずべし


624 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:46:29 ID:Dkj1Fn4Q
南天竺に比丘あらん 龍樹菩薩となづくべし
   有無の邪見を破すべしと 世尊はかねてときたまふ


625 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 14:47:08 ID:Dkj1Fn4Q
本師龍樹菩薩は 大乗無上の法をとき
   歓喜地を証してぞ ひとへに念仏すすめける


626 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 15:07:19 ID:EnGiv18f
そろそろ合宿終わり?

627 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 15:22:19 ID:UUhNjPJN
昨日帰ってきました

628 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 15:33:58 ID:oCXRUWRi
>>619
>信後の礼拝は正行である

 五正行に対して、五種の雑行あり。 〜 また正行の中の専修専心・専修雑心・雑修雑
心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。かるがゆえに極楽に生まるといえども、
三宝を見たてまつらず、仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願、
良に由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよ明らかなり。(化身土の巻)

 五つの正行には、対称的に五種の雑行がある。 〜 正行には、広く専修専心・専修雑
心・雑修雑心がある。五正行と五種の雑行は、全て辺地・胎宮・懈慢界の業因である。極
楽に生まれても、仏と法と僧に会うことはできない。仏心の光明は、称名念仏以外の雑
業の行者などは救わない。
 高森カルトに騙されるなよ。

>教行信証のどこに座禅しろと書いているの?

 他人を家庭教師と勘違いするな。
 もう見つかったろう。見つからなかったら、もう一度よくさがせ。教行信証の核心的な議
論をしているところだ。
 親鸞会で使


629 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 15:35:27 ID:oCXRUWRi
>教行信証のどこに座禅しろと書いているの?

 他人を家庭教師と勘違いするな。
 もう見つかったろう。見つからなかったら、もう一度よくさがせ。教行信証の
核心的な議論をしているところだ。
 親鸞会で使っている教行信証は、墨を塗ってあるかも知れないな。墨が塗
ってあれば、その部分だ。

>どこに座禅が出てくるの?

 額があっても絵画は絵画。絵画を見てくれと言われたら、額を外せと言うや
つはいない。絵画を見せろと言われたら、額を付けて見せるのが正式だ。美
術館に絵画を見に行って、ガードマンさんに、「額付・絵画だという説明は一
度もなかった。絵画を見に来たんだから、額を外してくれ」と交渉するのは、
619ぐらいなものだろう。
 絵画は額をつけて見るのが作法。念仏は、座禅して行うのが正式な作法と
いうことだ。

>>620
>御自釈や手紙で座禅を勧める文を出してみて
 僕は貴方の家庭教師じゃないんだ。こういうものは、専修寺の肉筆資料集
が宝の山だ。勝手に探せ。出てくるぞ。

>>621
>座禅して称名せよとは解釈されていない

 選択本願念仏集は、禅定博陸月輪殿兼実・法名円照の教命に依って撰集
せしむるところなり(後序)
 月輪殿兼実は法然の高弟の一人だ。在家で禅定に秀でていたから「禅定」
という。座禅して念仏していなければ、禅定と言うことはない。

630 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 15:39:39 ID:oCXRUWRi
>>622
> 「組織服従」に置き換えて味わいたいですね。

 「座禅して念仏せよ」というのは、教行信証の核心的論議部分に書かれていることは、
分かって書いているか?。
 知った被りして生半可な知識をふりまわすものじゃない。
 釈迦→法照(後善導)→親鸞という法脈だ。
 法照は、中国仏教儀式の完成者。座禅して念仏せよは、そこから流れてくるんだ。

631 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:04:30 ID:JEu4p77T
渡海 難・・・
もう2chには来ないと言ってたのに・・・

632 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:15:48 ID:n/5vV3ZE
>>628
自力で行う限り称名も雑行に過ぎない
逆に他力の信が身業に顕れた場合の礼拝は正業である

>>629
キーワードを提示すればこっちで勝手に検索するよ
御消息などには残っていないね
座禅して称名しなきゃならないなら、御自釈や手紙などに残るはずだよ

>>630
教行信証のたったあれだけの引文で中心だと?

三業派ですらそんなことはいわない
なぜならそれを明示した文などないから

633 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:24:06 ID:n/5vV3ZE
>>620
法然上人を受戒の師としてみていた九条兼実がどうかした?
それより法然聖人が座禅念仏したという文はある?

法然上人は
「一心専念弥陀名号 行住座臥不問時節久近 是名正定之業順彼仏願故」
善導のこの文を中心に見た

それを受け継いだ親鸞聖人のこの文の解釈は>>621の通り
座禅して称名しろなどと書いていない


634 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:30:50 ID:AjtJTC5i
          ____               _
       / ____ヽ           /  ̄   ̄ \
       |  | /, −、, -、l           /、          ヽ
       | _| -|  ・|< ||           |・ |―-、       |
   , ―-、 (6  _ー っ-´、}         q -´ 二 ヽ      |
   | -⊂) \ ヽ_  ̄ ̄ノノ          ノ_ ー  |     |
    | ̄ ̄|/ (_ ∧ ̄ / 、 \        \. ̄`  |      /
    ヽ  ` ,.|     ̄  |  |         O===== |
      `− ´ |       | _|        /          |
         |       (t  )       /    /      |
ドラ  「のび太君、『真宗に諸善をすすめる教えはない』と言う意見が強いから、親鸞会とは関わらないほうがいいよ」
のび 「なに言ってるんだよ、ドラえもん。真実を知らされたら、諸善はせずにはいられないはずだろ」

      ,-――-、                  ___
      { , -_−_−                 /  _   _ ヽ
     .(6( /),(ヽ|                 /  ,-(〃)bヾ)、l
     /人 ー- ソヽ _             | /三 U  |~ 三|_
  /  /  |  ̄_∧/   ヽ           |(__.)―-、_|_つ_)
      | |  \/_/-、    /           /  /`ー--―-´ /
      |-\ _|_ )_|   /            |  // ̄( t ) ̄/
      ヽ-| ̄|  |_|_ /          ,− |   | ヽ二二/⌒l
    /  l―┴、|__)          |  (__> -―(_ノ
 /    `-―┘ /            `- ´
          /
のび 「普通に布施してたら、『気持ちが足りない』と言われたよ・・・」
ドラ  「だから、関わるなって言ってるのに・・・」



635 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:34:29 ID:FFU7muKL
http://www.takamagahara.com/printin/

636 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:48:52 ID:n/5vV3ZE
中国浄土教で称名念仏は観想念仏をするための助業という扱いだった
観想念仏とは定善であり、心を静め三昧に入り浄土を観ずること
つまり、禅定に入ることが必要になわけね
称名念仏はこの禅定にはいるための行という扱いだった

それを善導は逆転させ定善ではなく、散善の中の称名念仏こそが正定業であるとした

善導自身が禅を不要であるとしたわけ

637 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 17:40:44 ID:xthwEsi2
座禅による信決定か・・・。本当に面白い説だね。
五重の義で言えば、座禅が何処にくるのだろう?
異安心は幾多もあるがこれは初耳だ。

開山一流は「たのむ一念」の所が肝要じゃないのか?「座禅一念」ではないだろ。
次第相承の善知識は座禅を教えるのか?

>>632
>三業派ですらそんなことはいわない
>なぜならそれを明示した文などないから

抑止があるからだろ?

638 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 17:55:46 ID:Wor8eglJ
http://seaglet.sakura.ne.jp/
ここの4chに勧誘の際に使われる親鸞会の学生サークル名をいくつか登録しておいた。
親鸞会に入会したい人もしたくない人も参考にしてみて。

639 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 18:55:15 ID:ygnIFT18
W部のご著書をゴミばこに捨てました。

640 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 18:57:04 ID:ygnIFT18
親鸞かいって戸塚ヨットスクールみたいに想えてきましたね。

641 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 19:24:00 ID:oCXRUWRi
>>636
>善導自身が禅を不要であるとしたわけ

 親鸞が引用している五会法事儀讃は、法照禅師の著作です。
 「後善導法照禅師ともうす聖人」(唯信抄文意)。
 世世に善導いでたまい 法照少康としめしつつ 功徳蔵をひらきてぞ 諸仏の本意遂げ給う

 善導以後の中国で善導仏教を完成させた高僧です。善導の再来という意味で、後善導と呼ぶよ
うです。唐の皇帝の前で五会法事讃を挙行し、以後、仏教の法事の作法が決まりました。
 仏道修行の方式は、この法照が原点であり、親鸞は念仏の作法をそこから引用しているわけで
す。
 本願寺の勤行作法も、この五会法事讃を原点としているはずです。


642 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 19:24:34 ID:oCXRUWRi
>>637
> 座禅による信決定か・・・。本当に面白い説だね。
> 五重の義で言えば、座禅が何処にくるのだろう?
> 異安心は幾多もあるがこれは初耳だ。
> 開山一流は「たのむ一念」の所が肝要じゃないのか?「座禅一念」ではないだろ。
> 次第相承の善知識は座禅を教えるのか?

 勘違いしているようですね(苦笑)

 額で絵画の勉強か・・・。本当に面白い説だね。
 絵画の理論で言えば、額は何処にくるのだろう?
 絵画の邪流は幾多もあるが、額で絵画を学ぶというのは初耳だ。
 ゴッホなどは、ただ楽しむのが肝要じゃないのか?「額」ではないだろう。
 世界の画家は、額を教えるのか?

 全く勘違いしているようですね。


643 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 19:25:37 ID:oCXRUWRi
 絵には額を付けましょう。花は花瓶に活けましょう。他人に現金を渡すときには、剥き出しで
なく、封筒に入れましょう。
 仏様が下さった念仏は、座禅して称えさせて頂きましょう。それだけの話です。

 額で絵画を勉強するんじゃない。絵画には額が無くてもいいけれど、それなら念仏にも座禅が
なくてもいいんです。それでも、絵画は額をつけて見せて貰いましょう。それなら念仏は座禅し
て称えましょう。極楽浄土は、結跏趺坐(蓮華座)が正式な着座法だ(観無量寿経)。礼儀も作
法もない山猿が念仏を称えるんじゃないんだから、念仏は人間らしく、座禅して称えましょう。
親鸞はそういっているんですよ。

>>632
>三業派ですらそんなことはいわない

 徳川時代以降の真宗教義はめちゃくちゃだ。真宗を壊したのは、徳川幕府だろうと思う。

644 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 19:34:02 ID:CHPDhjpo
名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 12:06:15 ID:driBXBTZ
渡海さんて、もう2ちゃんに来ないとか言ってなかった?
:名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 16:04:30 ID:JEu4p77T
渡海 難・・・
もう2chには来ないと言ってたのに・・・

645 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 20:06:55 ID:FFU7muKL
>>644
匿名掲示板で言ってても仕方がない気はするけどね

646 :637:2006/05/07(日) 20:17:52 ID:UPtiyq12
>>642

>額で絵画の勉強か・・・。本当に面白い説だね。

あなたは相当の智者のようですね。素晴らしい。
おいらは頭が悪いから理解が出来んよ。すまんね。

>徳川時代以降の真宗教義はめちゃくちゃだ。真宗を壊したのは、徳川幕府だろうと思う。

ここは同意できるね。確かにもう真宗にあらず、偽宗になったね。


647 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 20:22:48 ID:85b+Gro/
>>641-643
>礼儀も作
>法もない山猿が念仏を称えるんじゃないんだから、念仏は人間らしく、座禅して称えましょう。
>親鸞はそういっているんですよ。

だからどこで?
五会法事讃の引文だけで押し通すつもり?

>「行住座臥不問時節久近」といふは、「行」はあるくなり、「住」はたたるなり、「座」はゐるなり、「臥」はふすなり。
>「不問」はとはずといふなり、「時」はときなり、十二時なり、「節」はときなり、十二月、四季なり。
>「久」はひさしき、「近」はちかしとなり。
>ときをえらばざれば不浄のときをへだてず、よろづのことをきらはざれば不問といふなり。

念仏は立っていようが、歩いていようが、座っていようが、寝ていようが、時節の久近を問わない
なぜなら称名念仏は、阿弥陀仏の招喚の勅命である名号が口業に顕れたものだからだ
阿弥陀仏の名号は常に凡夫を呼びはたらきかけている

648 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 20:27:54 ID:85b+Gro/
>>642
>徳川時代以降の真宗教義はめちゃくちゃだ。真宗を壊したのは、徳川幕府だろうと思う。

江戸幕府が勝手に教義を判決したかというとそうでもない
古義派と三業派の訴えを聞き、東派の深励の講義も受けた上で三業派が誤りであると判決している

まあ、三業惑乱以前でも座禅念仏なんて歴代は言っちゃいないんだけど
蓮如上人の文でもだしてもらえますか?

649 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 20:39:05 ID:85b+Gro/
蓮如聞書
(115)
一蓮如上人仰られ候。
信の上はたうとく思て申念仏も、又ふと申念仏も、仏恩に備る也。
他宗には親のため又何のためなんとゝ云て念仏をつかふ也。
聖人の御流には、弥陀を頼むか念仏也。
その上の祢名はなにともあれ仏恩になるもの也と仰られ候と云々。


「信の上はたうとく思て申念仏も、又ふと申念仏も、仏恩に備る也。」
蓮如上人の上でも、念仏は行住座臥を問わない

650 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 21:09:49 ID:oCXRUWRi
>>647
>だからどこで?五会法事讃の引文だけで押し通すつもり?

 額が必要だって?何?。お前は、中学校の美術の教科書だけで押し通すつもり?中学校の美術
の教科書に書いてあるって?。

 絵はね、歩きながら見てもいいんだ。立ったまま見てもいいんだ。座ったまま見てもいい。寝
たまま見てもいいんだよ。時節の久近を問わないんだ。絵を描いた人は、自分の絵を見て貰えれ
ば、もう、それだけで嬉しいんだ。絵はそういうものなんだよ。
 まあ、レンブラントでも、ピカソでも、ルノアールでも、ダビンチでもいいから、絵は額を付
けて見ろと言っている画家を一人でも紹介してくれ。証拠の文章をみせてみろ。そうしたら、額
が必要だって認識してやろう。そんな証拠の文章なんかないだろう。

 絵は、喜んで見て貰えればそれでいいんだ。額なんか必要ないんだよ。

おい、美術館のガードマン。絵から額を外せ。

 こんな頑固な馬鹿を言うヤツは、親鸞会のネット対策員?くらいなもんだろう(W)。

651 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 21:22:18 ID:85b+Gro/
>>650
なんで、こちらが画家の文を用意しなきゃいけないんだ?
そちらが座禅して念仏せよという親鸞聖人か歴代の文を用意したあと、
画家の額なしで見てくれという文を用意すべきだろ

別に座禅しながら念仏してはいけないと言わん
「行住座臥不問時節久近」だからな
しかし、座禅しながらでなければ正定業の念仏でないというなら否だ
そんなことは親鸞聖人も歴代も言わない
「行住座臥不問時節久近」だからな
言わないことを、言うのならそれは真宗ではない

652 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 21:37:20 ID:oCXRUWRi
>>651
>しかし、座禅しながらでなければ正定業の念仏でないというなら否だ
>そんなことは親鸞聖人も歴代も言わない

 座禅して念仏を称えても、座禅なしで称えても、南無阿弥陀仏は、南無阿弥陀仏。
正定の業に変わりない。
 額があっても、額がなくても、絵画は、絵画。
 ただ、人の前に出すときは、額を付けて示すのが作法。
 作法は不要という人は、額を付けずに出せばいい。

 念仏は、座禅して称えるのが、親鸞流の作法。作法など不要という人は、座禅は不要。
 極楽浄土は、結跏趺坐が正式の着座法だ。親鸞さんは、同じ念仏を称えるなら、座禅
して称えたらどうですか、と提案しているだけ。

 座禅は嫌じゃという山猿は、勝手にすればいい。

653 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 21:41:21 ID:51xzcrqF
歴代が善をしろとは一言も言ってないのに善を勧める教えがあるって公言する
親鸞会への痛烈な皮肉に聞こえる。

654 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 21:41:51 ID:n9XuKRyH
ん?

655 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 21:58:58 ID:otNdwXG2
因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず。(阿含経)

656 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:00:06 ID:otNdwXG2
煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実
あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します(歎異鈔)


657 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:02:20 ID:otNdwXG2
真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きる
に値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである。
(カミュ『シジフォスの神話』冒頭より)


658 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:07:40 ID:85b+Gro/
>>652
>念仏は、座禅して称えるのが、親鸞流の作法

で、これを証明するものは行巻の引文しかないの?
他になにか証拠となる決定的な文はない?

しかし、そもそもなんのための念仏であるかを押さえるべきだな
称名を、弥陀の名号が口業に顕れた行であるとするなら、凡夫である行者の行住座臥を簡ぶ必要は無いことになる。
報恩行で取るなら、口業で報恩の称名をするだけでなく身業にも報恩の思いを顕し礼拝をすべきである、
とするのが正式な作法になるだろう。

659 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:10:10 ID:85b+Gro/
>>653
>歴代が善をしろとは一言も言ってない

往生のための善業を積むことは否定している
しかし、善自体は否定せず、悪を肯定することはない
親鸞聖人は造悪無碍を否定し、蓮如上人は門徒に掟を守るように通達している

660 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 22:26:02 ID:oCXRUWRi
>>658
絵画には額をつけるのが美術館流の作法
で、これを証明するのは中学校の美術の本しかないの?
他になにか証拠となる決定的な文はない?
しかし、そもそもなんのための絵画であるかを押さえるべきだな
絵画を、ただ見てもらうだけのものなら、子供でも老人でも行住座臥を簡ぶ必要は無いこと
になる。額は不要だ。
風雨に耐え、落としても絵画が破損しないようにするというなら、額だけでは不足だろう。もっ
としっかりしたものを付けるのが作法となるだろう。

 まあ、理屈はどうでもいい。美術館が「額をつけてください」というなら、理屈を言わずに額
を使ったらどう? 額がいやなら、勝手にしなさいな。

 親鸞さんが、教行信証に書いているんだから、そうか念仏は座禅して称えるんだなと素直に思
えばいいんじゃないの。どうしても理屈が必要なのか?

661 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 22:35:53 ID:oCXRUWRi
>>659
>往生のための善業を積むことは否定しているしかし、善自体は否定せず、悪を肯定することは
ない

 おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御ここ
ろざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。

 親鸞会は、往生極楽のみち以外の何を親鸞に学ぼうとしているんだい?

662 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:36:16 ID:I/z7n5GO
結論?

親鸞聖人は、
一、往生のための自力の善業を積むことも、座禅も、(自力の)称名念仏も、(名号にせよ形像にせよ)本尊を礼拝することも「雑行」として否定している。

二、しかし、善自体や、座禅自体は否定してない。しても、しなくても往生の条件でも、補助でも、阻害要因でも、補助でもない。(名号にせよ形像にせよ)
本尊を礼拝することも同じ。称名念仏も、信の一念があれば、行の一念すら。無くてもよい(例:信決定の直後に頓死する場合もある)。まして、多念は言う
に及ばず。

三、(他力報恩の)称名念仏は、阿弥陀仏の招喚の勅命である名号が口業に顕れたものだからだから、行住座臥を問わない 。だから、座禅して称えてもよいし
、寝て称えてもよい。形式不問。他力念仏(帰命無量寿如来=聞其名号=)こそが、正定業であり、五正行といっても、礼拝などの助業は、正定業に付随するも
の。

四、正定業に付随する助業の礼拝の対象は、名号であっても、絵像であっても、木像であっても、阿弥陀如来であれば、礼拝「正行」である。

こんなとこでよろしいっすか?

663 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:43:03 ID:85b+Gro/
>>660
一応、丁寧な称名念仏は、礼拝とともにすることになっている
これは、おそらく称名は報恩のためにするもであるという教義からきている
丁寧に念仏するときは、報恩の想いを口業だけでなく身業にも顕すべき、という理屈になっている

だから、念仏と礼拝をセットにする現在の作法を否定したいなら、
身業に報恩の想いを表すべきとする思想的背景であるところの、称名報恩を否定する必要があると思う。

664 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:43:28 ID:I/z7n5GO
>>662訂正
結論?

親鸞聖人は、
一、往生のための自力の善業を積むことも、座禅も、(自力の)称名念仏も、
(名号にせよ形像にせよ)本尊を礼拝することも「雑行」として否定している。

二、しかし、善自体や、座禅自体は否定してない。しても、しなくても往生の条
件でも、阻害要因でも、補助でもない。(名号にせよ形像にせよ)本尊を礼拝す
ることも同じ。称名念仏も、信の一念があれば、行の一念すら無くてもよい(例
:信決定の直後に頓死する場合もある)。まして、多念は言うに及ばず。

三、(他力報恩の)称名念仏は、阿弥陀仏の招喚の勅命である名号が口業に顕
れたものだからだから、行住座臥を問わない 。だから、座禅して称えてもよい
し、寝て称えてもよい。形式不問。他力念仏(帰命無量寿如来=聞其名号=)こ
そが、正定業であり、五正行といっても、礼拝などの助業は、正定業に付随する
もの。

四、正定業に付随する助業の礼拝の対象は、名号であっても、絵像であっても、木
像であっても、阿弥陀如来であれば、礼拝「正行」である。

こんなとこでよろしいっすか?

665 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 22:45:17 ID:oCXRUWRi
>>662
> 結論?

 同じように念仏を称えるんなら、折角だから、座禅して称えるといいですよと、勧めている。
 礼拝は称名念仏の中に取り込んでいるから、称名念仏の外に礼拝という概念は建てない。
 正行は、往生極楽の手段として不要。


666 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:46:55 ID:85b+Gro/
>>662
>信の一念があれば、行の一念すら。無くてもよい

それも極限だなぁ
念仏を称える前に死んだらそうだけど、「念仏もうさんと思い立つ心の起こるとき」だから、
称名念仏にならない他力の信はないことになっているよ。

667 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 22:47:51 ID:oCXRUWRi
>>664
> 親鸞聖人は、
> 一、往生のための自力の善業を積むことも、座禅も、(自力の)称名念仏も、
> (名号にせよ形像にせよ)本尊を礼拝することも「雑行」として否定している。

 自力の座禅は否定していない。自力の念仏は真門と呼んで、極楽浄土への
大事な入口と考えている。


668 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 22:49:24 ID:oCXRUWRi
>>662

 信のない行はあるが、行のない信はない。


669 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 22:54:43 ID:I/z7n5GO
>>666

だから、その「念仏を称える前に死んだ」ような場合を例に出したんだけど。
他にも、どうしても口に出せないような事情がある時もあるだろうし、まあ、
称名念仏といっても、「念仏もうさんと思い立つ心の起こるとき」に、機械的
に口業に現れるとは、人と場合によっては限らないってこと。
まあ、口業とは違う何らかの形で他力の信が称名念仏になるのかもわからんし、
「行の一念」をそういうように広義に解釈したら、そうかもね。

670 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:08:17 ID:HiG+Gj3X
>>622

1.アンチは「敗残者」などと罵られたと言いながら、
   その百倍以上、会員を罵っている。

2.アンチは一切の批判を受け止められず、反省することができない。
   都合が悪くなると、論点ずらしか、思考停止か、逃げるだけである。 

3.アンチは他人に服従したくないがために、また親鸞会を否定したいがために、
   親鸞聖人のご教示に服従することさえも「悪」にしてしまっている。

4.アンチは、根拠も無くシンパを「工作員」「ネット対策員」と決め付けることで、
   仮想敵国を作り上げ、敵対心を奮い立たせようとしている。

5.アンチは、都合のいいときは他のアンチと結託し、都合が悪いときは切り離す。
   ふらふらしていて首尾一貫しておらず、無責任である。

6.アンチは、特定の個人の悪口を集中的に書き込むことで、イメージを作ろうとしている。
   根拠が無くとも、流れに乗じて親鸞会を罵ることさえ出来ればよいと思っている。

671 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:12:19 ID:85b+Gro/
>>665
改邪鈔
 いまの真宗においては、もつぱら自力をすてて他力に帰するをもつて宗の極致とするうへに、
 三業のなかには口業をもつて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念帰命の一念おこれば、
 身業礼拝のために、渇仰のあまり、瞻仰のために絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す。

歴代で身業の礼拝を明確にいう最古は、たぶんこの辺
座禅より、こっちの方が五正行の善導流に沿った作法になると思う
称名の助業として礼拝、読誦、讃歎供養は否定されていない

教行信証の引文
 「しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、かならずしも帰命ならず。帰命はこれ礼拝なり。」
註釈版の説明
 彼此…顕れたり偈頌で「帰命」といい、長行で「礼拝」ということによって、帰命には礼拝の意が含まれ、
 如実の礼拝は帰命からあらわれるという信心と礼拝の関係がいよいよ明らかとなる。



いかん、上で礼拝を正業と書いたけど間違い
>逆に他力の信が身業に顕れた場合の礼拝は正業である

礼拝は正行だけど、助業だ

672 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:15:14 ID:I/z7n5GO
>>668
>信のない行はあるが、行のない信はない。

名号大行と真実信(仏心)は、一体だから、たとえ、
口業に現れなくても、他力信者がいただく「信」には、
法蔵菩薩が成就された真実の「行」が具足しているでしょ。

673 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:21:51 ID:bWhv+IbB
ところで皆さん信は獲てますか?

674 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 23:29:08 ID:oCXRUWRi
>>671-672
 もう、付き合い切れん。明日からは多忙。おわり。
 高森さんに騙されるなよ。 先人の書き物は、注意深く読んで欲しい。


675 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/07(日) 23:31:20 ID:oCXRUWRi
>>667
 誤   自力の座禅は否定していない。
 正   自力の念仏は否定していない。

676 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:31:46 ID:J+0dRPQM
>>670
わけのわからんレスをつけるな。
組織服従は正定業か?

677 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:35:06 ID:J+0dRPQM
>>675
せっかくの念仏も自力なら否定だろ。捨自帰他。
「これだけ念仏唱えたんだもの」
「これだけ組織の言いなりになったんだもの」
どっちも同じ心だ。阿弥陀様には通じんよ。

678 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:37:09 ID:85b+Gro/
>>674
おつかれ
あたしゃ親鸞会じゃないって

>>675
三願転入の解釈?
三願を経る必要があるとするなら、真門だけでなく要門の定善も否定しないことになる
定善は禅定だから、座禅も必要と言うことになる…親鸞会は座禅しないようだが
もっとも、三願転入を経る必要があるか無いか自体が議論になるところだ

679 :名無しさん@3周年:2006/05/07(日) 23:39:31 ID:n9XuKRyH


もう、付き合い切れん。明日からは多忙。おわり。

渡海さんに騙されるなよ。



680 :高木泰三&山崎泰男投資金持逃げ詐欺マルチメンバー:2006/05/08(月) 00:07:33 ID:heeJXXp1
高木泰三&山崎泰男投資金持逃げ詐欺マルチメンバー
■高木泰三&山崎泰男(金持ち逃げ投資詐欺師)
下記のものは、儲かるからといって投資をすすめ、頃合をみて計画倒産し、
合法的に投資金を猫糞持ち逃げする「利殖商法」の常習犯です。
利殖商法(金持ち逃げ投資詐欺)とは?警察HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mesd2009.htm
■高木泰三(利殖商法詐欺マルチリーダー) 東京都目黒区鷹番2-7-19-102
計画倒産持ち逃げ未登記投資会社 さちほこ株式会社
Sachihoko. Co,.Ltd.)http://www.sachihoko.co.jp/
東京都中央区東日本橋2−14−1藤和東日本橋ビル2階
(騙し企業名)信頼獲得実践工房・神命水詐欺・ロムランド(計画倒産)
ANBSアンチネットワークビジネスシステム・シアターグループ
世界健康センター・ミトラヴィクトリープロジェクト(詐欺仲間)神命水ビジネスに注意
■山崎泰男 覚せい剤中毒投資金持ち逃げ詐欺計画倒産常習犯
東京都多摩市豊ヶ丘1−60−7YMSオフィス山崎 泰男 office@yms
E-Mail yama-yasu@mrg.biglobe.ne.jp URL http://yms.pos.to/world-1/
<スタッフ>★二村榮子★前園輝美の詐欺利殖商法のサイト
http://yms.pos.to/world-1/ http://yms.pos.to/whc/pr1.htm
■山ア 康祐市 針木の果樹園 梨のやまやす http://www.yamayasu.net/
■松本貞央2ちゃんねる武道板誹謗中傷係担当
2ch担当スレ http://sports9.2ch.net/test/read.cgi/budou/1144120516/
合氣武道研究会運営員 高知市横浜255-5 合気道四国連盟道場 合気杖剣道場
(顔写真HP) http://members.at.infoseek.co.jp/rai481f/who/sihan.html


681 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 00:29:38 ID:dL//l9K5
やっぱり渡海のアホが戻ってきたな
しかも1ヶ月弱で

(「冬は越せたか親鸞会」より)
512 名前: 渡海 難  ◆Fe19/y1.mI 投稿日: 2006/04/11(火) 23:07:24 ID:wv3E7aIZ
宗教板のみなさんへ
 本当は、もっと続けたいのですが、残念ながら、昨今の諸般の多忙な事情がそれを許してくれ
ないようです。宗教は私の専門ではありません。
 突然ですが、しばらく、2ちゃんねるから距離を置きます。1か月程度、数ヶ月、半年又は、1年以上に
なるかは分かりません。ご了解ください。

 メールは tkatasi@mail.goo.ne.jpへ送って下さい

682 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 00:31:22 ID:dL//l9K5
【羊狼】 浄土真宗 燃えスレ  二重  【鳩鷹】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1057914027/

72 名前: 渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. 投稿日: 03/07/13 19:15
2チャンネル敗北撤退宣言

 非常に自由な掲示板は魅力でしたが、これ以上は落ち着いた議論ができま
せん。2チャンネルから去ります。
 2チャンネルでは、良識ある僧侶の方々に、たびたび不快な思いを多々抱か
せてしまっていたことは、この場を借りて心からお詫びします。

 僕は、今後も外部から発言を続けます。インターネットからの発言を止める
つもりはありません。他の掲示板に向かうか、自分で掲示板を立てるか考えま
す。

 私は、仏教界、真宗界に絶望した訳ではありません。良識ある僧侶の方々には、
大いに期待をしております。良識ある僧侶の方々に訴えたい。良識ある僧侶であ
れば、現代の教団のありかた、仲間僧侶のあり方に満足している方はいないと信
じます。現在の僧侶のあり方、教団のあり方に不足のものを感じる方は、どうか勇
気をもって、真剣に改革の声を上げていただきたい。そう念じます。

 これまで、繰り返し繰り返し叫ばれてきた月並みな言葉ですが、敢えて申し上げ
たい。親鸞を敬愛し、蓮如を敬愛し、真の仏道を歩もうとする方々に申し上げたい。
 親鸞に戻ろう。蓮如に戻ろう。親鸞の法を掲げよう。蓮如の心を掲げよう。
 良識をもって真剣に宗祖を敬愛し、その念仏を継承しようと思う方々とは、僕はい
つまでも親愛なる友でありたいと念じます。



しかも、ほとぼりが冷めたと思いこんでまた荒らし回っているDQN

683 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 00:33:36 ID:dL//l9K5
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1046530644/723

トリップのキーがバレる
         ↓
723 名前: 渡海 難 ♯k5arasu 投稿日: 04/03/21 22:30
                  ↑
トリップのキーより、渡海難は荒らしであることが判明

http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1046530644/726

726 名前: 渡海 難  ◆Fe19/y1.mI 投稿日: 04/03/21 22:46

(中略)

渡海 難  ◆wd0AE5SZ4に関しては、不覚にもキャップを全角で記入して公開してしまいましたので、
今回から、キャップの記載を変えます。

684 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 00:50:46 ID:upYFnNvH
>>681
1か月程度になるかもしれんって書いてあるじゃんw
しかし渡海が現れてから思いっきり荒れてるな・・・

685 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 01:09:27 ID:efdH5qhs
忘れてた
「尊者阿難、仏の聖旨を承けてすなはち座より起ちて、ひとへに右の肩を袒ぎ、長跪合掌して、仏にまうしてまうさく」
「世自在王如来の所に詣でて仏足を稽首し、右に繞ること三匝して、長跪合掌して、頌をもつて讃めてまうさく」

仏に対するときは、両膝を地につけてひざまずいて合掌する礼法、長跪合掌をするのが正式になるんだった
「身業礼拝のために、渇仰のあまり、瞻仰のために絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す」
本尊を阿弥陀仏として対面するのなら、長跪合掌するのが正式な作法になるな

686 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 01:24:39 ID:tX2rb0Ch
>>608
少し前にも言っていた。

そういう行動をとるから、渡海難には根強い不信感を感じさせられる。

687 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 01:26:49 ID:tX2rb0Ch
>>619
>>621
渡海 難 とはこんな人物

 ●年齢は50代半ばから60歳くらい

 ●浄土真宗、真宗の僧侶、親鸞会に深く怨みを持っている

 ●来世を否定して、現世を肯定

 ●阿弥陀仏は架空の存在と主張

 ●親鸞聖人が問題を解決したから、我々は世間のことに努力すれば良いと
  「十劫安心」まがいのことを言う

 ●カウンセリング、自律訓練法など、いろいろな事を経験したらしい

 ●正規の宗教教育は受けておらず、すべて独学のようだ

 ●座禅して念仏せよと主張するが、その目的は不明
  ココロが癒されて身体に良いのかな?



688 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 03:10:12 ID:tX2rb0Ch
72 名前: 渡海 難  ◆Fe19/y1.mI 04/04/25 13:39

>>52
>51ですが、ちなみに私は学生ですが、もうすでに信心決定しています。

 なおなおよくよく念仏者達の信心は一定と候いしことは、みな御空事共にて候いけり。これほどに第十八
の本願を捨て参らせ合うて候人々の御言葉を、頼みまいらせて年頃候いけるこそ、浅間敷う候。
                                                             親鸞

 ご立派ですね。信心決定なさいましたか。ご立派なお方でいらっしゃいますね。信心決定遊ばされて、
何がどう変わりましたか。
 ほしい物は手に入るようになりましたか。愛する人と別れることはなくなりましたか。嫌な人とは合わずに
済むようになりましたか。苦の種になるようなものは、無くなりましたか。

 お若い方よ。信心決定して正義を掲げても、掲げても、掲げる正義は、所詮は絵に描いた餅。決定した
正義では腹の足しにはならんでしょう。腹の足しにならんものじゃだめなん。こう叫べば、絵に描く餅もな
くなる。あれも駄目、これもだめと、下手すりゃ未来永久に争いと破壊だけが続いていく。
 人間はね、得意絶頂の有頂天などは、三日と持たぬ。人は、いつでも地獄餓鬼畜生に転落する。けだもの
の心でけだものの行為をする者をけだものという。鬼の心で鬼の行為をする者を鬼という。欲望だけが天をも
焦がす炎となって燃えさかっても、身は微動もできないときを、地獄という。

> だから、これだけはっきりと断言できるのです。
                                   ああ、浅間敷う候。


689 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 08:12:55 ID:cd4QGio7
まさか、サクロンミスチルシランカイ=渡海難だったらどうしよう
たしか、日曜日の夜に回答するとかいってたような。。。

690 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 09:03:52 ID:eCwuGOhM
>>689
それは無いだろ
全く論調が違うように感じる

691 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 09:26:05 ID:6CmE+vpL
読んでの公開メール読んだが、あれ何なんだ?
途中からあまりに馬鹿馬鹿しくてざっとしか見てないが、
あのサイト、反論サイトじゃなくて自分の言いたいことぶちまけてるだけだろw
論点ずらしてばっかりで結局質問にもまるで答えてないし。
なぜやめたを読んで(ないけど腹立ったから粘着するサイト)ってことか?w

692 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 10:59:52 ID:pExx2zzA
>>691
>馬鹿馬鹿しくてざっとしか見てないが

おまいも、読んで(ないけど腹立ったから粘着)だな。


693 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 11:11:13 ID:z+xlXoBa
>>692
テラワロス

694 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 12:37:30 ID:JtqV2l7K
読んで管理人のメールは第三者がみれば明らかにおかしいですね。
これでは逆効果ですよと誰か教える人はいないのでしょうか?

695 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 12:42:58 ID:JtqV2l7K
私の知っている会員は、親鸞会の恥さらしだから一刻も早くあのサイトを閉鎖して欲しいと言っていました。

読んでの管理人は本当にあれがいいと思って書いているのかな?
誰の指示で、誰の責任であんなことしてるんだろ?

696 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 12:44:21 ID:6CmE+vpL
>>692
一応読んだが。肝心の、最初の論点である学友部の勧誘における問題について
全くと言っていい程触れていないとわかる程度には。

697 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 13:43:08 ID:z+B1uCHq
あのやり取りは中立に見ようとしても読んで側に分が悪いな

698 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 14:05:11 ID:2OqEtVIN
読んでサイト読みました。

残念ですが、管理人の自己満足だけが伝わってきます。

読んで管理人さん、見てますか?

このままでは親鸞会の恥さらしで、反省なき所に進歩なしです。

心の頭を垂れて一刻も早くサイトを閉鎖してください。


699 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 14:16:42 ID:2OqEtVIN
感情的になるのもいいけど、
「かたわらいたい」恫喝や悪口、心理作戦のつもりか知らんが
人格攻撃みたいなの、いいかげんやめたらどうですか?
逆効果ですよ。

例)
○謗法の報いが案じられ、貴方の今後の人生を心配する気持ちからです。
○思い込みの激しい方のようですから、念のため、確認します。
○仏説を「錯誤相関」だと言い放ち、善知識を平気で誹謗中傷する貴方は、
○大変な忘恩、背恩、逆恩の輩です。
○謗法罪を造りどおしの、大変、哀れな方だと思います。
○因果の道理を信じられないところからくる愚痴が根本でしょうが、
○心の中が、かなり乱れておられるようです。
○貴方のサイトが、もっとも悪質だと思います。
○真実を謗り続ける貴方がたの人生は、果たして、どこに向かっているのでしょうか。

恥ずかしさを感じないから、こんな文句を書き連ねることができるんでしょうね。

700 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 14:18:42 ID:2OqEtVIN
>>699
私の所属団体は「破壊的カルト」であり、
マインドコントロールやってます
って宣言しているように思えます。

701 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 15:08:55 ID:z+B1uCHq
正直他の親鸞会の人たちもあの主張に同調するとしたら怖いな

702 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 15:18:32 ID:pExx2zzA
>>700
会員向けでね?

しかし、こんなめんどくさいやり取りをしなきゃならなくなった「なぜやめた」管理人も、解放感があるとは思えないがな……。ゴクロウサン



703 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 15:36:27 ID:z+B1uCHq
何で読んで側はあんな返信急がせといていきなり打ち切るようなことしたんだろ? どんな事情があったのか?

704 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 17:34:54 ID:KwOoqDPh
>>165
真宗の教義ではないのは分かってます。だから辞めたんですよ。

705 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 17:53:23 ID:KwOoqDPh
ところがどっこいぎっちょんちょんにワラタ

706 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:05:46 ID:8NXypi0i
あの必殺育成法っていつのだよ・・・・
ところがどっこいぎっちょんちょん
やら
震えるほどヒート燃え上がるハート
やら誰が書いたのかねぇ

707 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:12:45 ID:CBvRMZ8K
人生はおもしろいという人もあれば

708 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:13:28 ID:CBvRMZ8K
人生はつまらない、という人もある

709 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:14:12 ID:CBvRMZ8K
この違いは、何処にあるのだろう?

710 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:20:40 ID:Vv/1/CrG
>>706
>あの必殺育成法っていつのだよ・・・・

平成3年に一度完成して、平成8年に加筆修正したって書いてあるけど…。

>ところがどっこいぎっちょんちょん
>やら
>震えるほどヒート燃え上がるハート
>やら誰が書いたのかねぇ

K玉さん、I藤さん、H谷さんじゃないの?
ちなみに、W部さんは著作権侵害を訴えているのだから、親鸞会がつくったって
みとめているんだよね?

711 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 18:23:40 ID:KwOoqDPh
平成3年か俺4年入学組み。

712 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 19:31:30 ID:o13L0zQv
>>698
>心の頭を垂れて一刻も早くサイトを閉鎖してください。

いや、漏れの意見では、「なぜやめたのか」「読んで」ともに、
親鸞会の続く限り、ずっと存続することを望む。
そのほうが多くの人たちに、親鸞会の問題点をよりよく訴える力をもつだろうから。

どちらが正しいかは読む人それぞれの判断に任されるだろうが、
個人的には、「読んで」サイトは、親鸞会の異常性を端的に表すいい例だと思う。

713 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 19:59:54 ID:j392jVMG
正直、本家やめたのかの今回の回答には一寸失望してる。
(相手ははなっから『語るに値せず』だけど)


714 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 20:09:29 ID:eRkFNBCu
J( 'ー`)し たけしへげんきですか。親鸞会のダミーサ−クルもほどほどにね。

(`Д)   うるさい死ね 勝手にメールすんな殺すぞ

J( 'ー`)し ごめんね。おかあさん、たけしの大学生活が心配だから、ごめんね

(`Д)   うるさいくたばれ、話しかけんな

J( 'ー`)し お金ふりこんでおきました。たいせつにつかってね 食事はしていますか?

(`Д)   死ねくそ女

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            o
__        ゚ 
 母 |
 の |
 墓 |  ∴  ('A`)カーチャン..........
──┐ ∀  << )


715 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 20:16:27 ID:Vv/1/CrG
>>713
>正直、本家やめたのかの今回の回答には一寸失望してる。
>(相手ははなっから『語るに値せず』だけど)

どのあたりに失望したの?


716 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 20:57:19 ID:9SwkZxNG
>>424
>でも結局
>財施は善行、嘘は方便、ダミサOK、合宿は聞法求道、脱会者は敗残者。
>この図式以外の結論を導くつもりないと見る。

そのような意図は全くありません。私は>>311-313で述べたように、有と無の
非対称を述べたに過ぎませんので、よく読んでコメントお願いします。



717 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 20:57:53 ID:9SwkZxNG
>>425-426
ID:mhvqcteVさんに対する二つの質問(>>428-429)と一つの反論(>>430>>433)をしましたが、結局何の返答もありません。しかも貴方にはHNの使用を重ねてお願いしましたが、それすら無視ですね。

ID:mhvqcteVさんは逃げたということで宜しいでしょうか?

異論ある場合、HNを使用の上、返答および反論をお願いします。


718 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 20:58:23 ID:9SwkZxNG
>>213
179さんも、>>200-201に対する返答がありません。貴方も高森氏に対する罵倒だけして、反論はできずに逃げたということでよろしいでしょうか。

異論ある場合、返答および反論をお願いします。


719 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:02:01 ID:9SwkZxNG
>>437
>哲学ですか?

隣接分野です。特定されると困りますので、これ以上は勘弁してください(笑)。


720 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:06:45 ID:9SwkZxNG
>>443
>「本質的議論」とありますが、
>議題が「信の一念の有無、絶対の幸福の有無」(>>311)だとして、その議論
>は何に>ついて本質的な議論なんでしょうか。言い換えると、それについて議
>論をする目的を確認したいということです。

FLX様、こんにちは。いつも的を射たご質問ありがとうございます。私が「本
質的」というのは、

「不毛な議論を終わらせる」という目的に資するという意味で本質的だ

という意味です。そして、不毛な議論とは、論理的に収束しようのない議論の
ことです。具体的にいうと、>>311-313そしてその帰結として>>404でのべまし
たように、

「無を前提とした議論一般」

のことです。本スレは、様々な対立がごった返しています。前提という観点か
ら主張者を類型化しますと、論理的に次の三つになるはずです。(以下に言う
有、無、とは、信の一念――いわゆる絶対の幸福――が個人の経験としてでは
なく、実際に有る、無い、ということを指します)

@ 有を前提する者
A 無を前提する者
B 有無につき不可知論をとる者


721 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:08:15 ID:9SwkZxNG
そしてこの掛け合わせとして、@-@/@-A/@-B/A-A/A-B/B-Bの合計
6通りが考えられます。上で述べたところに従い、「無を前提とした主張を却
下」するならば、Aが絡んだ類型が消え、事実上検討すべき組み合わせは、

@-@/@-B/B-B

の3通りとなるはずです。この3通り以外の議論は、きれいさっぱり無視する
べきだということです。

もう一つ、ご質問がありました。
>それと、その議論を進める上で前提としていることは何でしょうか。

私は何ものをも前提しない、という態度です。しかし、実践の場面においては
何らかの態度決定を迫られることがあります。その場合、態度決定する場合に

前提する以上は、前提に自覚的であるべき、という態度

が重要になると思います。ちょっと小難しい言葉でいうなら「もし〜ならば、
〜であるべき」という、いわゆる仮言命法の態度を常に貫くべきだということ
です。これで返答になりましたでしょうか?


722 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:10:38 ID:9SwkZxNG
>>442>>444-445>>477

>理論の前提として以下は共通認識でいいかな?

いいえ。まず、「理論の前提」と仰いますが、私はそのようなことを理論の前
提にしたことは一度もありません。よく本スレの私の記述項を読み直してください。

「議論の前提」と読み替えていいですか?それならば5と6を除き、共通認識と
考えて構いません。

5についてですが、親鸞会の運営の問題は、私の知るところではありません。

6についてですが、私の質問と貴方の返答を再掲しますと、

■私の質問
>@ 貴方は「信の一念」を親鸞会以上に巧く体験させる術を知る者ですか?
>A その場合、その術とは「具体的に」何ですか?

■貴方の返答
>とりあえずこの言葉遣いは本質的に真宗の教義に似合わないが、まあ、 目を
>つぶり、ここでは、「阿弥陀仏の本願」ということで相違ないでしょう

となっています。これは全く返答とはいえません。こうしたいい加減な返答で
は、私は貴方と議論するつもりはありません。


723 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:16:19 ID:9SwkZxNG
>>722続き
しかし、貴方の書いたレスを見ておりますと、背景として次のことがわかりま
した。私が質問した相手はID:eEpyoiN9さんであり、返答者がID:OvTAHTagさん
であること、そして主張も同一であることから、両人が同一人物らしいという
ことが分かりました。そして、貴方のプロファイリングをしておきますと(笑)、

@貴方は教学講義にも出席している現会員である
A貴方は親鸞、高森氏を尊敬している
B貴方は親鸞会の高森氏を除く指導部に強い不信感を持っている

ということが分かります。異論ございませんでしょうか?ないとして、その
上でお答えいたします。私の予想どおり、貴方は

@「信の一念」を親鸞会以上に巧く体験させる術を知る者ですか?

に対して、Yesと答えられる自信をお持ちの方なのでしょう(勿論、真宗の教
義に似合わないことには「目をつぶって」下さい)。そして、

Aその場合、その術とは「具体的に」何ですか?

に対しては、「組織改革」である、とお答えになるのではなかろうか、と思います。

さて、貴方にお答えいたします。よく聞いてください。別に貴方にだけこのこ
とを言うわけではないのですが、余りにも私の意見について「不理解」のまま
私に批判をされる方が多く、困っています。そして貴方もその一人です。


724 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:17:11 ID:9SwkZxNG
>>723続き
私の議論の批判先は専ら「無を前提する議論」です(>>404参照)。しかし貴方
は信の一念が「有る」ことを前提としつつ、親鸞会を攻撃していらっしゃいま
す。そして、親鸞会(貴方が望むなら高森氏)は信の一念が「有る」ことを当然
主張している団体です。

すると、>>721にあるように、@-@という構図になっていることはお分かりで
すか?私はこの議論を本質的だとは呼んでいません。不毛ではないからです。
そしてそのことは貴方への返答で明確に既に述べていることですよ。

>>406(私の書いたものです)
>妥当性の問題を決定的本質的問題と考えられないわけでもありません。しかし
>それは、有の前提を当然にクリアしている非常に珍しい人に限られます。

そして果たして貴方は「非常に珍しい人」でした。にもかかわらず、貴方は
>>477にて
>善知識の指導を会員に正しく伝えるべき重職にあるものの以下のような 言動の是
>非さえも本質的議論でないとでもいえるのかな

と的外れなことを仰っています。

どうぞ頑張って下さい。貴方にとってそれは本質的議論であることを、私は諸手
を挙げて賛同いたしましょう。私は>>721のBの立場ですから、貴方の立場を尊重
する、とのみ述べているだけです。私が親鸞会の指導部にとって、有利となるよ
うな議論は一切していませんのでよく理解の上、反論してください。


725 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:18:45 ID:9SwkZxNG
>>724続き
最後に一つだけ、貴方に申し上げます。
自分の理解に合わない相手を、全て一緒くたにするのはやめてください。繰り
返しますが、私はアンチでもシンパでもなく、ただ知的に誠実ならんとしてい
る者です。

すみません。もう一点。貴方のやるかたないご不満は、議論ができない閉塞し
た状況下、ごもっともとも察せられます。これがよいのか悪いのか。私は自分
の思想スタンスから、語るまいと思います。実は私も元会員であることを明か
すのみにします。

何かございましたら、是非HN使用の上でよろしくお願いします。私に対すると
きだけで構いません。プロファイリング、疲れました(笑)。


726 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:19:58 ID:9SwkZxNG
>>470
リポビタンこども様
>アプリオリやプロヴォカティヴといったカタカナ語を使われていますが、 日
>本語に置きかえることはできますか?

すみません。今後可能な限り置き換え可能なものはそうします。
【アプリオリ】先験的な(経験に先立つ/経験がなくても分かるような)
【プロヴォカティヴ】議論を呼び起こすような


727 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:22:26 ID:9SwkZxNG
>>517-519
>>>454-456
>って、結局何からの宗教的(超越的)境地の体験を説く宗教なら どこにでも
>言えてしまう様なことなんじゃないの?

はい、そうです。私の主張を最も理解してくださっている方のご意見だと思い
ます。私は親鸞会のシンパではありませんで、論理上当然となることだけを主張
しております。

ただ、「超越的」という体験が、親鸞会の「信の一念」と同様のものである
必要があります。それは、私が>>455の2-2-3で強調したところのものです。つ
まり、断絶したいわゆる「不退転」の経験である必要がある、ということです。
もっとも、他者には確証しようがなく、結局2-1-1(結局有るかどうか分から
ない)ということになりますが。



728 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:23:17 ID:9SwkZxNG
>>689
>まさか、サクロンミスチルシランカイ=渡海難だったらどうしよう 。たしか
>日曜日の夜に回答するとかいってたような。。。

はい、違います(笑)。覚えていただいていてありがとうございます。昨日は
眠くてすぐに寝てしまいました(笑)。


729 :eEpyoiN9:2006/05/08(月) 21:24:58 ID:cd4QGio7
>722
忙しい中返信有難うございます。442に関して1−4は共通認識とのこと

ちなみに5、6については
5.後継者問題については、過去の真宗の歴史をみても善知識は「世襲」できるもの
  ではないことは明らかですね。親鸞会は実際に親鸞聖人の血縁である本願寺を全
  否定しています。この点は同意されますか?

6.書き方が悪かったようです、失礼しました。私は阿弥陀仏の本願を信仰しているも
  のです。
  あなたの書き方「術」という表現は阿弥陀仏の本願にはふさわしくない言葉遣い
  とおもわれましたのであのように書きました。
  あなたはそうはおもいませんか?もしそうおもわれないなら、無駄な観念論に
  なるとおもいますので、あなたとの議論はやめます。

730 :eEpyoiN9:2006/05/08(月) 21:33:24 ID:cd4QGio7
>724、725
レス有難うございました
あなたの考えかたがわかりました、とりあえず十分です

731 :■■サクロンミスチルシランカイ■■:2006/05/08(月) 21:43:01 ID:9SwkZxNG
>>729
eEpyoiN9様、返信ありがとうございます。

5.後継者問題等、私は敢えて返答しないことをお許しください。
それは「有」を前提にした妥当性の問題だからです。ただし、仰るとおり、
それが「歴史的また現在の事実」であることは「同意」致します。その事
実を前提にした当為の問題(妥当性)は、私の態度からはお答えし兼ねます。

6.はい。「術」という表現は不当でした。失礼致しました。

732 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 21:47:44 ID:A3CoON0i
http://live.usj.to/revoir/

同窓会って、あるのでしょうか?

733 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:39:45 ID:YQB0Ym1Z
現代の医学をはじめとする生命科学は、どのようにして「生きているのか」を
問うているが、なぜ「生きるのか」を問うことを忘れている。ただ生きようと
する方向のみの医学、科学であって、何のために生きるのかを内省していない
。(田沼靖一著『死の起源 遺伝子からの問いかけ』朝日選書)


734 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:41:14 ID:YQB0Ym1Z
「なぜ死ぬか。だれもが一度は取りつかれる疑問だが、やがてまた忘れられる。
答えが出せないからだ。しかし、死の恐怖は、忘れることでしか解決できない
のだろうか」(渡辺格)


735 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:43:19 ID:YQB0Ym1Z
「大半の学者は、何が本質的に重要か、見分けがつかないから、どうでもいい
ことで一生を終わっている」(利根川進)


736 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:50:16 ID:DzCTSbSo
2chは殆どROM専だったのですが、いろいろ言いたいかなあと思うことも出てきたので、
少しずつ書き込もうかなと思います。
ようやくネト環境も再開したし。

737 :736:2006/05/08(月) 22:53:10 ID:DzCTSbSo
ページを「戻る」と名前が消えるんだな。知らなかったw

浅川進です。(おそらく忘れられているだらう)

738 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:54:27 ID:RO0ne7q7
次スレ
どうするアイフル親鸞会

739 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:56:06 ID:z+B1uCHq
「氏ぬのは怖くないが親鸞会が潰れるのは怖い」(T森K徹)

740 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 22:56:46 ID:A3CoON0i
次スレって、これでね?
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50

741 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 23:06:15 ID:eyl0t9G2
>>720
「信一念という体験の有無」の前提条件である「信一念という体験」について

宗学では信一念は非意業であるとされているよ
「それ真実の信楽を案ずるに、信楽に一念あり。一念とはこれ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を顕すなり」

時剋の極促は人間の感覚では捉えられないほどの瞬間、時のつづまりであると解釈されている。
人間の感覚では捉えられない瞬間の出来事だから、体験ではないということにされている。

一念覚知の異安心への反論として強調される教義ですね
体験できるとすれば、一念覚知の異安心を許すことになります

742 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 23:09:46 ID:bz5sYTTW
感情的になって強引に言いたい事を押しとおす人が多い中、
サクロン氏のように冷静に議論できる人がいることはいいことだと思います。
ただ一般人にはやや理解しにくい文章だと思いますが…。


743 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 23:12:10 ID:pykCZ5pa
>>710
>K玉、I藤、H谷、W部

改めて、伏せ字の意味のなさそうな名字ばっかだなと思った・・・

744 :名無しさん@3周年:2006/05/08(月) 23:30:29 ID:j392jVMG
>715
今までの丁寧さが無くなった。
アンタまでレベルを落としてどうすんの?って言いたい。

745 :FLX:2006/05/08(月) 23:40:16 ID:V4zlZtZt
>>720-721
丁寧な返信ありがとうございます。

「本質的」ということについて
>私が「本質的」というのは、
>「不毛な議論を終わらせる」という目的に資するという意味で本質的だ
>という意味です。
ということは、今されている議論はそのための議論ということで宜しいのでしょうか。

前提について
>私は何ものをも前提しない、という態度です。
なるほど、了解しました。
「何ものも前提しない」という上での考えは、
前提が多くある人(自分みたいな)には逆に理解しづらいのかも知れませんね。
議論も慎重に行う必要がある様に思います。

今の所、自分の主張は無いです。確認しておきたかっただけなので。
ありがとうございました。


ちなみに、自分の立場を述べさせてもらうと、
信仰問題に関しては「有を前提」とし、
組織問題に関しては「有無を問題としないことを前提とする」
そして、現在の親鸞会には組織上問題があるとする立場です。

746 :浅川進:2006/05/09(火) 00:00:57 ID:DzCTSbSo
以前ブログを作った際「匿名で云々」と、講師部員より指摘がありましたので、私が誰であるかを
ある程度明らかにしておきます。と言っても、匿名掲示板に実名を晒すつもりはありませんが。

・除名となったU氏と出身大学は同じ
・今年大学院を修了し、現在は会社員
・東京都に在住

該当する会員は一人しかいませんので、分かる方にはおわかりになると思います。
匿名で無責任なことを書き込んでもどうかと思いましたので、以後コテハンで
やっていこうかと思います。

747 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 00:20:27 ID:36RPfGjf
↑だいじょうぶか、おい。

748 :ねこにゃ ◆1KAwi07cG. :2006/05/09(火) 00:24:42 ID:zMKmVUaz
名前の後に#(任意の文字列)でトリップが付けれます。
これで偽物がでても区別できます。

749 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 00:32:55 ID:euJW/NJC
信一念には二義ある

 信心を獲得したそのはじめ、つまり阿弥陀仏の本願のいわれを聞きひらいた最初の時をいう(時剋の一念)。
 また、一心に阿弥陀仏をたのんで二心のないことを指していう(信相の一念)。

信相の一念であれば、体験としてもたぶん問題はない
「疑心のない信心」の有無について論義したいの?

しかし、これが本質的な論義になるかどうか疑問
「疑心のない信心」は自力ではなく、他力によって起こるものとされる。
では、その他力とは何か?
この問題、真宗にとっての本質論は他力とは何かであると思う。

750 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 08:47:45 ID:NfLIImpv
K玉のせいでホント人生台無しだ!
氏ね

751 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 08:58:16 ID:cwLy5uNU
浅川さん

会員続けられなくなるかもしれませんよ。

752 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 09:14:47 ID:Ux6LaqDL
>>751
>>746の書き込みをもってしても、たとえトリップつけたとしても
浅川進氏が当該会員本人であることの同一性を保障されるものは
なにもありません。
(第三者が詐称している可能性を否定できる材料がない)

ですから浅川さんは、
>会員続けられなくなるかもしれませんよ。
という脅しに屈する必要はないでしょう。

753 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 09:33:19 ID:cwLy5uNU
浅川さん

なぜブログを閉鎖したのですか?

U氏を中心とした会員、脱会者のネットワークにあなたも参加しているのですか?

U氏がマスコミや国家権力やカルト対策団体のバックアップを受けているというのは本当ですか?

答えて下さい。

754 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 10:24:11 ID:84J+ZdAJ
龍樹大士世にいでて 難行易行のみちをしへ
   流転輪廻のわれらをば 弘誓のふねにのせたまふ


755 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 10:24:41 ID:84J+ZdAJ
本師龍樹菩薩の をしへをつたへきかんひと
   本願こころにかけしめて つねに弥陀を称すべし


756 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 10:25:14 ID:84J+ZdAJ
不退のくらゐすみやかに えんとおもはんひとはみな
   恭敬の心に執持して 弥陀の名号称すべし


757 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 11:08:39 ID:Ux6LaqDL
>>753
>U氏を中心とした会員、脱会者のネットワークにあなたも参加しているのですか?

s会はついに類推のみに基づく誘導尋問するようになったの?

答える必要ないと思うよ。余計なお世話でしょうけど。

758 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 11:23:33 ID:bwqWtc6Q
昔、印度に、摩訶密という富豪がありました。
その娘は絶世の美女ともてはやされるだけあって、
見るからに美しかったといいます。
摩訶密も、この美貌の娘が何よりのご自慢で、いつも
娘を同伴し、
「この娘を、美しくないという者があれば、金子千両
を出してやろう」とまで放言する始末。
摩訶密が誇るように、実際、娘の顔や姿態が美しかっ
たので、男といわず女といわず、一目惚れせぬ者はい
なかった。


759 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 11:24:36 ID:cwLy5uNU
私は単に興味があって聞いているだけです。

760 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 11:43:19 ID:bwqWtc6Q
得意な摩訶密は、途方もないことを考えた。
俺の娘は、誰に見せても感心せぬものはいない。一つ、
出家の釈尊に見せてやりたいものだ」
摩訶密は娘を同伴して、釈尊の所へ出かけてゆきました。
娘をごらんになった釈尊は、静かにこう仰せになられた。
「この女を私は、少しも美しいとは思わない。成程、
容貌は如何にも美しい。しかし人間には、もっともっと
美しいものがある。それは心の美しさだ。心の端正こそ
真実の美である」


761 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 11:59:31 ID:Ux6LaqDL
>>759

単に興味だけっていうけどね・・・

あなたの発した質問の内容をみれば、その意図から、
あなたがどういう立場におられる人かぐらいかは容易に類推できますよ。

U氏とそのバックが怖いんですか?

あと、>>751は誰がどう読んだって「恫喝」でしょ?


762 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 12:04:15 ID:bwqWtc6Q
容貌が美しくなりたいというのが、総ての女性の念願であ
りましょう。
けれども真の美しさは、顔や姿態にあるのではありません。
釈尊の仰せられる通り、
「まことに人の美しさは、その人の心にあります。」
秋空のごとく澄み切った清浄な心こそ、まことの美人の
必須条件であり、男女を問わず養うべきは心の美です。
さすがの富豪も、さとるところがあった。



763 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 15:46:57 ID:tjpshz5k
>>759
> 私は単に興味があって聞いているだけです。

 方便力を使ってきいたんでちゅか


764 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 15:57:09 ID:hElxeTvQ
>>763
おまえばかだろ

765 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 21:06:45 ID:cpBsKIvN
「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは『仏教』です。」(アインシュタイン)


766 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 21:08:36 ID:cpBsKIvN
「科学的探求は特殊な宗教的感情をひき起こしますが、これは、愚かな狂信的
宗教感情とはまったく違ったものです」(アインシュタイン)


767 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 21:15:56 ID:cpBsKIvN
「世の中には生きながら心の死んでいる者がいる」(吉田松陰)

768 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 21:18:53 ID:dB6PgWQa
生きながら心の死んでいる者がいる親鸞会

769 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 22:38:53 ID:+F+W7EaN
六根は、関係性においてあるなり。
生死は一如なれど、また無常にして関係性もこの理にそうらえ。
関係はいつか消えるも世界の理。
これを世俗では死といふ。

つまりは、生死はあらざるにして、あるは関係性ひとつにそうらえ。
これを名づくは不一不二。

770 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:07:47 ID:tjpshz5k
>>765
> 「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは『仏教』です。」(アインシュタイン)

 名号を礼拝する仏教からはどんな信心が得られますか。
 嘘も方便という信心が得られます(W


771 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:10:13 ID:+TBCsn+n
>>770
おまえばかだろ

772 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:16:23 ID:+F+W7EaN
お釈迦様の時代なら、王の生活を捨て、森の中で生きる事も同じ価値
だったんだろう。
そう思うが、今は森の中で生きることは無理なんだよね。

仏教の流れとして森には所有者が居る事が間違いだろうとて、
森には所有者が居てる。

なんでこんな世の中になったのかと言えば、当然そうなると、
お釈迦様も言ってる。


773 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:19:41 ID:Y1kZDEm1
親鸞会の部室は、駒場キャンパスの、渋谷側の門から出てすぐの踏み切り
こえてすぐのマンションの4階だよ。

俺はS会に人生狂わされたよ畜生ーーーーーーーーーーー
俺はあそこに入って、毎週のように各地にS会会長の講演会に行き、金はなくなる。
それに、活動が忙しくて、遊ぶ暇など全くない。
そして、S会に引き込むために、友人を勧誘した結果、かつての友人を失った。
大学院にいっても、研究そっちのけで活動した。
それだけ頑張ってきたけど、ちょっと後輩いじめただけで、あっさりと首になった。
そのことが心の重荷となって仕事も手がつかず、とうとう会社から退職勧奨を受けた




774 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:22:36 ID:Y1kZDEm1
私が幹部として会にいたときに、ある会員が会の幹部講師の乗っている車
をみて、「この車400万円以上しますよ。僕たちはお金がない中一生懸命御
報謝しているのに、こんな事が許されるのですか?」と言っていました。

本部会館にあるレストラン「祇園」で、机一杯に皿を並べて自分たちだけ豪華
な食事をしている幹部講師も見た事があります。その裏では、沢山の御報謝を
している会員さんが、ロッカールームの横で自分で作って来た質素なおにぎり
とパンを食べていました。その講師は夫婦ででっぷり太っていました。

会の一部の幹部講師が家を建てているというのは本当です。本来なら会員の浄財
で建てられた家なのですから、会員さんに家を建てた事を報告して、お礼するべ
きでしょう。しかし、講師が家を建てた事を会員さんに報告した事など聞いた事
がありません。自分自身も後ろめたい思いをしているのではないでしょうか。

末端の講師部員の中には、家を建てるどころか、車を買う事すら夢のまた夢だ
という人もいます。たとえお金があっても、会員さんがどんなに無理をして御報
謝をしているのか最も知っている人たちですから、そんな事は出来ないと思います。

「みなひとに 欲をすてよとすすめつつ 後よりひろう寺の上人」
という言葉があります。現在の親鸞会の姿を見ていると、つくづくこの言葉が思い
出されます。実に、浅ましい事だと思います。

775 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:24:23 ID:Y1kZDEm1
ここの掲示板に現れた新人太郎氏が高森会長かについてです。
これは会員の中では自明のことです。

つまり質問の中に、高森会長が新人太郎氏だったのかを聞いてみる
べきです。

http://www.geocities.jp/shinran0826/index.htm


776 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:28:16 ID:+F+W7EaN
六道の天人になろうとする様な仏教を誤解した方法があまりに多い。
地味な実践をしたら気が狂うほど世界の現実と直面しなければならない。
誓願を唱えつつ思考も心も身体も仏に捧げて帰依はしていない。
こう言う世界だよ!と見せようとしても目を瞑ってしまう。
真面目に一つでも実行したらそれこそ凄い法の力は働く。
肝心な事には不思議の助力はなく、末梢の事には働く。

777 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:28:56 ID:+F+W7EaN
ゴータマ・ブッダは常に自分の教えを「諸々のブッダの教え」と言った。
「ゴータマ教」とも「ゴータマの真理」とも言わなかった。
「悟った人(=ブッダ)なら誰でもそれを見出すであろう真理」
逆に言えば「教えどうりやれば誰でも理解し体得できる真理」=普遍の法を説いた。
ゴータマ個人を崇拝することを許さなかった。
それゆえゴータマ像、ゴータマ肖像、ゴータマ・レリーフ、ゴータマ・ペンダント
など造られることはなく、ただ「悟り」の象徴として菩提樹、仏足蹟が
造られた。

ゴータマ・ブッダが亡くなる直前、とつぜん沙羅双樹の花が満開になり、
天から天人が華をふりそそぎ、香水をふりそそぎ、音楽を奏でてブッダを供養した。
しかしブッダはただこう言われるだけだった。

「如来はこのような仕方で敬われ、尊ばれ、供養されるのではない。
どんな在家の男女、出家の男女も、法を正しく実践し、法にそって生きている者
こそ、本当に如来を敬い、尊び、供養しているのだ。そのことを理解しなさい」



778 :名無しさん@3周年:2006/05/09(火) 23:55:45 ID:F7BA56xN
>>775
会長も身分詐称してたのでしょうか?

779 :& ◆ATf83ZwHgk :2006/05/09(火) 23:59:21 ID:ICQ8ZGjS
んじゃ、ちょっと鳥付けの試し。

通勤に往復三時間以上かかるので、あまり夜更かしできません。すいませんが今日はさっさと報告書書いて寝ます。

脱会者ネットワークとか面白いこと仰ってますねw
ま、なぜブログを閉じたのか、とかは後日機会があればお話しします。

ちなみにこのスレタイは人生台無し、ですが、私は親鸞会と関わったからと言って台無しだとは思ってませんよ。むしろ良かったと思ってます。
ただ、もっといろんな経験もしておけば良かったとは思ってます。ではほんじつはこれくらいに。

780 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 00:03:16 ID:AcSa1A5N
>>773

訴訟してみてはいかがですか?


781 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 00:12:50 ID:5/3i0oHB
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、
あたしのところに来なさい。以上」。

782 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 00:24:22 ID:gFGxYAY6
 もし如来、威神を加せずは、まさに何をもってか達せん。
 しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、必ずしも帰命ならず。


 外道梵士尼乾志に こころはかわらぬものとして  如来の法衣をつねにきて  一切鬼神をあがむめり

 かなしきかなやこのごろの 和国の道俗みなともに 仏教の威儀をもととして 天地の鬼神を尊敬す

 名号を本尊として礼拝するというT森さんはどんなふうに信心決定したんだろう。

783 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 00:36:48 ID:Fy+4u86J
>>773
お前みたいな卑屈な奴は親鸞会に入って無くても
ろくな人生送ってないだろうな

784 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 01:09:22 ID:47kLoelC
>ちょっと後輩いじめただけで、あっさりと首になった。

故意にいじめる幹部がいるなんて信じられんよ。
こういうことに組織を利用しちゃいかんね。

785 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 01:14:23 ID:AcSa1A5N
○さんがおやめになった理由については、私が詳しく申し上げることでは
ありませんので、ここでは省略させて頂きます。
ただ、支部長のおっしゃっていた、「○君は上司に相談もなしにいきなり
皆の前でやめると言いいだしてやめた」
「○君は親鸞聖人の教えに善の勧めはないと言っている」
「○君はネット上で親鸞会の非難をしている」
というのは、でたらめだということがわかりました。    
きちんと、上司の講師の方に挨拶して手続きを踏んでおやめになったと
いうことでした。
また、○さんは、「親鸞会を続けるのもやめるのも君の自由だし、その信仰は
否定できるものではない。ただ私自身は、親鸞会では救われないと思ったからやめるんだ。」
とおっしゃいました。これは、私自身、予想外のことでした。

支部長が、おっしゃっていたことで事実だったのは、「○さんが、自分からやめていったこと」
この一つだけでした。あとは、全部嘘でした。

何故、やめていった人をそんなにも悪くいうのか理解できません。確かに、
「今まで世話になっておりながら、裏切り者が」という気持ちはあるのかも
しれませんがわざわざ悪口・嘘を私に言うことが信じられません。

私が学生のころ、退会していった先輩に対して、部会で話がありましたが、
その時もやはり悪口でした。 おそらく、私に対してもなんらかの悪口が
どこかで言われているのだろうと想像しています。
http://hpcgi1.nifty.com/you/bbs/wforum.cgi?no=3713&reno=3712&oya=3712&mode=msgview

786 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 01:29:28 ID:Prmtt+cX
ID:Y1kZDEm1はどうせ被害者の会事務局(ねこにゃ)を貶める目的のカタリだろ。

787 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 01:30:09 ID:Prmtt+cX
http://homepage2.nifty.com/nonsect/

788 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 03:37:20 ID:rz9XPp/o
親鸞会の講師は200名です。
職員やビデオ講師などを含めると、300〜400名くらいでしょうか。
親鸞会は、いろいろな宗教団体の中でも、実質の会員一人当たりの財施額は相当多い、
創価学会などと比較しても相当に多いほうです。会員は1万人程度。その中でもアク
ティブな人は6000人程度ですから。
一部の幹部講師をのぞく講師や職員の給与水準が非常に低い事、一般の会員の財施額
が極めて高い事によって、支えられています。
オウムが無理な布施に走り、最終的に暴走したのは、あまりに出家者を募るあまり、一
般の信者からの布施が少なくなり、無茶な方向に走らざるを得なかった、という分析を
する人もいます。
親鸞会の会員は減少傾向にありますが、こうした講師部員や職員の数は今も増えていま
す。さらに、また新しい建物を建てようとの計画もあります。その上将来必ず直面する
「現会長の交代」という懸念要素もあります。
普通の会社なら新規雇用や設備投資を制限するなどしますが、親鸞会は真実の教えを説
く自分たちの組織が拡大しない訳が無い、という思い込みによって動いていますので、
軌道修正は難しいでしょう。そのような事を進言する勇気のある人はもはやいないでしょう。
最近資料を眺めていたら、昭和42年の機関誌に、5年後の昭和47年に会員3万人を目指す、
という目標がのっていました。30年以上経った今でも、3万人の会員どころか1万人の参詣者
すら達成出来ていません。
私は親鸞会がオウムのようになって欲しくはありません。彼らが自分たちの本当の姿を直視出
来るようになるのはいつの事でしょうか。

789 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 04:44:23 ID:obe9ey5p
何故こんな事になるのですか。

自分を見失ったからですか。

新鸞聖人さんは確かにごもっともな事をおっしゃっています。
個々を忘れたからこんなアホォな会になったりするのですか。

790 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 08:55:00 ID:rz9XPp/o
>789
>何故こんな事になるのですか。

顕正新聞の喧伝は、大日本帝国ニュース
親鸞会の発表は、大本営発表
実態は、貧困にあえぐ北朝鮮
一部の幹部は、共産党幹部のような搾取をおこない
これまでの数多くの幹部の経営判断ミスは、会長先生のみ心

こんなことを繰り返した着たからです。

791 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 09:03:48 ID:rz9XPp/o
ブラジルのご法話など、参詣者の多数が職員、講師、学院生だったことを
おもいだします。
なぜ、あのような若い講師や職員が海外の聴聞に全部参詣できたのか、
会員は度重なる財施で青息吐息、とても海外参詣などおぼつかない人も
相当いたのに、です

以前の建立財施のように、実態はすべて人件費(講師、職員の給与)に
なっている、という事実にもむなしいものがありましたが(会の会計
報告では、建立の額と人件費がほぼ同額でしたよね)昨今のように
松林、座布団、ご法礼の増額、など本当に仏法を伝えるために使われて
いるのだろうか、という疑問さえ残る財施も、一抹の空しさを感じます

と書くと、ネット対策員から「それは布施ではない」とすぐに
書き込みがありそうですがね


792 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 09:20:12 ID:o0Sd+lZW
浅川さん

親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有りますか?
これからも親鸞会で聴聞を続けたいなら今すぐ書き込みをやめなさい。
バレないと思っているのですか?

793 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 09:38:05 ID:rz9XPp/o
>792
OH田さんこそ未来の学徒のために、まんがをもっとしっかりと
描いてください

794 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 10:53:11 ID:+ORp6dr4
>>773
俺も辞めた口だが、後ろ2,3行は明らかに自業自得。
本人の問題のほうがでかいと思われw

795 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 11:40:55 ID:YfBPF00B
http://www.nagoya-hoyu.net/gomonto.html
名古屋

796 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 13:13:09 ID:gFGxYAY6
>>792
> 親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有りますか?

 もし如来、威神を加せずは、まさに何をもってか達せん。
 しかるに礼拝はただこれ恭敬にして、必ずしも帰命ならず。

 名号を本尊として礼拝するのは、真実の仏法とは思えませんが。

797 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 13:49:01 ID:kHCSHX12
>>796
答えになってない
親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有るのかと聞いてる

798 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 14:07:27 ID:jIDHfd5Z
>>797
>親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有るのかと聞いてる

会員だろ?
「真実」「真実の仏法」という語を濫りに振りかざすのはやめたほうがいい。
親鸞会も所詮は、絶対の幸福とかいう、一念の体験至上主義である。
そんな体験至上主義の仏教も宗教も、幾多も存在する。
ただ、きみらが井戸の中のなんとやらで、無知なだけだ。

自身の体験が真実である、と一様に確信している人々は掃いて捨てるほどいる。

その場合、君らの反論はおそらく「二種深信の有無」に言及することと思う。
しかし、「二種深信の有無」にせよ、自己申告制であり、客観的な評価は不可能。
親鸞会でも、一念の体験を自己申告した人々の多くがすでに会を辞めている。

真実の仏法を分別するための真実の一念の体験を第三者が評価することが
絶対に不可能である以上は、親鸞会で説かれている仏法が真実であるかどうか、
他で説かれている仏法が真実であるかどうか、について分別する方法もまた存在しない。

君は親鸞会が真実の仏法を説いてると思っているのだろうけど、私はそう思っていない。
親鸞会以外でも真実の仏法を説いていると宣言しているところはいくらでもある。
私は、親鸞会にせよ、所詮は「ワンオブゼム」としか思っていない。

君が知ろうとしないし、偏見や色眼鏡で心が覆われているために
ありのままが見えなくなっているだけだ、と思っている。

799 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 14:26:47 ID:kHCSHX12
>>798
>親鸞会も所詮は、絶対の幸福とかいう、一念の体験至上主義である。

ここまで読んで親鸞会の教えを全く理解してないのが良く解った

800 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 15:05:26 ID:jIDHfd5Z
>>799

君が「親鸞会で教えられている体験」のみを真実といわれているがゆえに
信じ込んでいるだけに過ぎず、他の信仰体験については、知りもしないくせに
真実でないと盲目的に判断しているに過ぎないことが良く解った

801 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 15:10:23 ID:5y8bWLYn
>>799VS>>800

@-Bの議論(>>720-721)。不毛。

この議論を無視しましょう。

802 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 15:11:36 ID:5y8bWLYn
>>801
@-Aでした。スマソ

803 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 15:46:17 ID:jIDHfd5Z
>>801
親鸞会の教義が間違い、とはいえない。
親鸞会の教義が真実だ、ともいえない。

親鸞会が真実の仏法を説いている、とはいえない。
親鸞会が真実の仏法を説いていない、ともいえない。

親鸞会以外で真実の仏法を聞けない、とはいえない。
親鸞会で真実の仏法を聞けない、ともいえない。

「真実でないことを証明できないから、真実」というのは必ずしも言えない。
「真実と証明できないから、真実でない」というのも、必ずしも言えない。 

804 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 16:10:44 ID:Ce61i6mv
”汝自身を知れ”というのがいつの世も金言なのは、我々にとって
最も不可解なのが、他ならぬ我々自身であるからです。
18世紀フランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーもまた、自己
をさがし続けた一人でした。
誕生と同時に母親と死別、父親は幼い息子を親戚に預けたまま蒸発、
以後ルソーは、ほとんど学校にも通わず、各地を転々として生きて
ゆきます。
一躍有名になったのは、1750年に出版した『学問・芸術論』に
よって。「文明の進歩は人間を幸福にしたか」というアカデミーの
懸賞論文に、科学の進歩こそ人間を幸福な自然状態から堕落させた
と主張し、見事に当選したのです。


805 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 16:18:42 ID:5VqUylzR
生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば
   弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける


806 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 16:19:17 ID:5VqUylzR
『智度論』にのたまはく 如来は無上法皇なり
   菩薩は法臣としたまひて 尊重すべきは世尊なり


807 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 16:20:53 ID:5VqUylzR
一切菩薩ののたまはく われら因地にありしとき
   無量劫をへめぐりて 万善諸行を修せしかど


808 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 16:22:45 ID:Ce61i6mv
「自然へ還れ」という有名な言葉に象徴されるように、ルソーは、
人間が本来もつ自由、無垢、美徳などを取りもどし、自然状態に近
づくことを提唱しました。
人間の自由と平等を論じた「社会契約論」は、そうした彼の人間観
がよく表れています。
フランス革命はその理想とは裏腹に、人間の欲望とエゴが交錯し、
果てはナポレオンの独裁を許してしまう。自由、平等、博愛…
しかし、彼の思想の影響を強く受けたフランス革命は、どうだった
でしょうか。
”自由、平等、博愛”という高邁な理想とは裏はらに、ルイ16世
を処刑し、旧体制を崩壊させると、人間の欲望とエゴがムキ出しに
なりました。
幸福な自然状態どころか、無秩序と混乱がくり返された果てに、
ナポレオンの独裁を招来するのです。


809 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:18:22 ID:ntjesrqz
    |┃三     ∩___∩       
    |┃      | ノ      ヽ
    |┃ ≡   /  ●   ● |  <先生!どうして人を殺してはいけないんですか!?
____.|ミ\___|    ( _●_)  ミ  
    |┃=___    |∪|   \  
    |┃ ≡   )   ヽノ   人 \ ガラッ

810 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:21:36 ID:gFGxYAY6
>>797
>親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有るのかと聞いてる

 親鸞の仏法が真実かどうかは知らんが、仮に親鸞の教えが正しいとすれば、
親鸞会よりは、2ちゃんねるの渡海難の方が、本当のことを言っているんじゃない
か。
 親鸞の仏法は間違っていると仮定すれば、親鸞会の説は、正しいと言うことに
なるのかも知れんがな。
 


811 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:25:03 ID:oDz90ptq
>>810
>親鸞会よりは、2ちゃんねるの渡海難の方が、本当のことを言っているんじゃないか。

おい、おいwww

812 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:27:14 ID:gFGxYAY6
追伸
>>797は、いままでのところ、渡海難と高森会長と、どっちが親鸞の教説に忠実だと思う?
渡海難は、高森会長をいろいろ批判しているが、外れてたことがあったか?

813 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:29:35 ID:e+g52H/k
>>808
 ルソーから何を引き出すかは後世の問題。英国流の議会制民主主義には
批判的で、人民の一般意思を重んじた以上、それを体現した(と称する)
独裁制はある種必然。

814 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:30:21 ID:ntjesrqz



     ∩___∩
    / ノ `──''ヽ やっぱ人間性じゃね?
    /      /   |         ∩___∩
   /      (・)   |       /       ヽ  
__|        ヽ(_●       | ●   ●   |  俺たちは偏差値じゃ計れねーんだよ 
   \        |Д|       | ( _●_)     ミ  
     彡'-,,,,___ヽノ   ,,-''"彡  |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/      ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""
    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___

815 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:42:49 ID:ntjesrqz


   ∩___∩
    / ノ `──''ヽ  平仮名でもいいの?
    /      /   |         ∩___∩
   /      (・)   |       /       ヽ  
__|        ヽ(_●       | ●   ●   | 試験、名前書けたら単位来るってよ
   \        |Д|       | ( _●_)     ミ  
     彡'-,,,,___ヽノ   ,,-''"彡  |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/      ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""
    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___

816 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:46:41 ID:ntjesrqz


     ∩___∩
    / ノ `──''ヽ  おいおいあいつ真面目に勉強しちゃってるぞwwwwww
    /      /   |         ∩___∩
   /      (・)   |       /       ヽ  何のために大学来てんだよなwwwwwwwwww
__|        ヽ(_●       | ●   ●   |
   \        |Д|       | ( _●_)     ミ
     彡'-,,,,___ヽノ   ,,-''"彡  |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/      ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""
    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___

817 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:56:22 ID:Ce61i6mv
ルソーはまた教育論『エミール』を著し、「父親の義務を果たすこ
とのできないものは、父親になる資格もない」と言いながら、自分
の5人の子供たちは、生まれるとすぐ育児院に放りこんで、厄介払
いをしています。
これほどの言行不一致も、古今に珍しいのではないでしょうか。
人間を美化しすぎたルソーは、最後の10年間、半狂人となって
死んでゆきます。
知るとのみ思いながらに何よりも 知られぬものは己なりけり



818 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 17:59:17 ID:6BOx5+WH
渡海が自演してるな。

819 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 18:25:42 ID:jIDHfd5Z
>>814-816

あーあ、O田さん、大学での学業をバカにしちゃったらだめですよ。
大学は元来、学業を深めたい人が勉強するためのところです。

親が、汗水流して苦労して得た金を出しているのは、
親のすねかじり身分が布教活動したり宗教法人に献金するのを助けるためじゃないんだから。

820 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 18:56:16 ID:gFGxYAY6
>>818
>渡海が自演してるな。

 渡海が2ちゃんねるで言っていることは間違いで、T森会長の言っていることが正しいと、あなたに言えますか。

821 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 19:16:26 ID:oDz90ptq
>>820
T森会長の言っていることは間違いで、渡海が2ちゃんねるで言っていることが正しいと、あなたに言えますか。

822 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 19:44:49 ID:GNIEZSmW
>>792
>親鸞会以外で真実の仏法を聞けるところが有りますか?

無いと思ってるなら恐ろしい。
親鸞会などここ40年くらいの団体だろ??
我々が正意であると主張する所など全国にたくさんある。
どこも、我田引水の意を感じるねぇ。

まあどっちにしても我々のような凡夫がどれだけ素晴らしいことを経験
しようが、思い立とうがそれ自体は信ではないからねぇ。

五重の義が成就しなければならぬのであって、たのむ一念の時往生が定まる。
あんまり簡単すぎて誰も信じないから易往無人なんでしょ。

823 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 20:12:21 ID:gFGxYAY6
>>821
> >>820
> T森会長の言っていることは間違いで、渡海が2ちゃんねるで言っていることが正しいと、あなたに言えますか。

 言えるよ。 一例
 「さればこそ、親鸞聖人は、木像を廃して、御名号を本尊とせよと、御教示になったのである」白道燃ゆ。
 親鸞は、肉筆でもって、形像に向かえと言っている。木像を廃せと言った事実は確認できない。

 渡海が2ちゃんねるで言っていることが間違いで、T森会長の言っていることが正しいと貴方が思うことは何?




824 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 20:42:53 ID:YfBPF00B
http://dosanko18.nobody.jp/
どさんこ!

825 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 20:51:40 ID:C0fIfSS0
>>775
s会の書く文章ってイライラするなあと思い直した。
459氏の忍耐がすごいわ。
あれ読んでたらそりゃ会員は増えへんと思った。
会はT森氏一代で終了だね。お疲れさん。

826 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 20:54:15 ID:YfBPF00B
http://f42.aaa.livedoor.jp/〜mikawa/
三河門徒!

827 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 20:55:43 ID:Gbbzq3Fh
>>822
五重の義って久々に聞いて何だったか忘れていたのでググったら
すごいページにたどり着いたw

ttp://www.rennyo.jp/sugoroku.html

828 :浅川進 ◆UTJ5.m0Hws :2006/05/10(水) 20:55:45 ID:FU5dYir0
浅川です。

化けるのを確認する前に終わってしまったので、名前がおかしくなってますが、779は私です。
名前の後にトリップ付けるうまいやり方誰か教えてくださいおねがいします。


>792
バレないと思っているのですか?

仰っている意味がよく分かりません。
私が誰だかは特定できるだけの情報は流してますよ。何がバレないのですか。
わざわざコテハンで書き込みを行っているのですから、その辺をご理解下さい。

829 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 21:17:28 ID:Gbbzq3Fh
親鸞会は方便だよ。
いわば、聖人がお山に篭もられていたときと同じ。
あの時はアレが真実だと思ってお山におられたんでしょ。
方便を方便と分かるときは親鸞会というお山を下りて初めて方便だったと分かる。
夢から醒めないと夢だったとはわからないからね。


830 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 21:38:35 ID:6MOGVD5t
>>812
>渡海難は

渡海難は「真宗で名号というのは南無阿弥陀仏ではなく阿弥陀仏である」と
言っているからこいつが正しい。
ボラ夫は何にも答えないが西本願寺の僧侶だからこっちのほうが正しい。

>親鸞は、肉筆でもって、形像に向かえと言っている。

唯信鈔文意にはそれを「名号」と言われていてもそんなことは関係ない。


.......ってことですな。
なんか反論する気も失せる.............

831 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 21:56:40 ID:W2Egmexb
>>826
太田主任お元気ですか?

832 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 21:58:26 ID:R+fG+ZLs
>>830
>「真宗で名号というのは南無阿弥陀仏ではなく阿弥陀仏である」

?首をひねる?
六字釈を知らんわけじゃあるまいに

しかれば南無の言は帰命なり。
帰の言は、[至なり、]また帰説なり、説の字は、[悦の音なり。]また帰説なり、説の字は、[税の音なり。
悦税二つの音は告なり、述なり、人の意を宣述するなり。]
命の言は、[業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。]
ここをもつて帰命は本願招喚の勅命なり。

南無は帰命、帰命は本願招喚の勅命

「次に欲生といふは、すなはちこれ如来、諸有の群生を招喚したまふの勅命なり。」
十八願の欲生は信楽一心に具する、信楽は如来の回施する名号によって起こる。

「それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。
 この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで功徳の宝を施することを致す。
 ここをもつて如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。」

真宗にとって名号とは仏の衆生を救いたいというはたらき、「阿弥陀仏の招喚の勅命」を意味する
したがって真宗にとって名号とは「南無阿弥陀仏」である

833 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:22:17 ID:RGdEzI++
>>832

昔、ジャンヌに書いてたんですよ。「こいつ」。
あきれたというか、反論する価値ないというか......
書き込みあっても全然読みませんね。
類は友を呼ぶ、といいますが、ここの連中はそんなところです。


834 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:38:00 ID:87m6Nlyz
今度の日曜は母の日ですね。
親鸞会の会員となって、3度目の母の日です。

もうこれ以上、親に嘘はつきたくないので、僕は親鸞会をやめたいと思います。
それが、今まで迷惑をかけ続けた母への最高のプレゼントのような気がします。

1年生の冬、親鸞会に入会したことが分かり、それ以来、富山に行くたびに家族から
反対されて、特に母は猛反対だったけど、講師の人や先輩に相談した結果、
「両親に心配かけないように、親鸞会はやめたことにしておこう」ということになったんだけど、
もうこれ以上、ウソをつくのは正直、つらいです。

長い時間がかかったけど、ようやくやめる決心がつきました。
御法話に来るよう誘われたけど、もう行きません。僕は親鸞会をやめます。

僕の考えは間違っていますか。

835 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:45:07 ID:ufn/JMzF
「命もいらず、名もいらず、官任も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。
此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬ
なり」(西郷隆盛)


836 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:45:31 ID:VO5MX5gk
ttp://csx.jp/~playmate1379/russiancill.mpg

837 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:48:28 ID:ufn/JMzF
「なぜ生きる」が分からねば、「どう生きる」の苦労は無意味になってしまいます。

838 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:51:57 ID:ufn/JMzF
平生、どんなに理想や真理を口にし、知識や教養を山積みしていても、眼前に
迫る後生には何の解答も与えてくれないようです。



839 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 22:59:33 ID:ZE+SKwg0
>>834乙…
会をやめた人間の立場から言わせてもらうと、お前さんの考えは全然間違ってない

辞めた後は視野が広がって、精神的に健康になれると思う お母さんにしっかり親孝行してくれ

840 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:06:53 ID:U/MKgxIp
>>834
親に仏法を伝えるのが最高の親孝行ですよ。
父母恩重経にもそう説かれてあったでしょう。

841 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:07:08 ID:Prmtt+cX
>>838
平生、どんなにs会マンセーしてダミサ勧誘に身をやつして献金山積みにしても、
そんなことを頼みとしていては後生に何の解答も与えられませんよ。

842 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:08:15 ID:IgkdGpnb
>>834
いいでないか?
そもそも真宗は会員にならねば説法聞けんような宗派ではない。
説法に金取るようなこともせんもんだ。

また真宗聞きたくなったら自分の足で探せ。
縁あればよき人に出逢える。

843 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:08:30 ID:4HsAayHd
>>834
ウソつくのがつらいってだけでやめるのはどうかと思うな。
それもやめる大きな理由の1つだけど。
自分自身は会で仏法を聞き続けたいのかどうかが知りたい。
いや、俺も退会者の観点で言うとやめたほうがいいとは思うが、
自分の信じた道は突き進むべきとも思ってる人間なので一応ね。

844 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:10:38 ID:IgkdGpnb
>>840
>親に仏法を伝えるのが最高の親孝行ですよ。

親孝行考える前に成すべき事が真宗にはある。順序が逆だ。

845 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:20:25 ID:4HsAayHd
>>840
俺の母は「お前が生まれてきてくれたことが一番の親孝行だよ」と
電話口で泣きながら言ってくれた。
その一言が重く響いたね。

846 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:24:14 ID:U/MKgxIp
>>845
その大切な母親に仏法を伝えてあげてください。

847 :名無しさん@3周年:2006/05/10(水) 23:35:34 ID:oecz0VEN
>>843
親に嘘をついてまで聞くような真実など無い。

というのも立派に自分の信じた道だと思うぞ。

848 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 00:00:52 ID:KZakpMGM
s会を辞めようが続けようが、それもまた人と人との縁。
つくべきときもあれば離れることもあるのがこの世の習いでしょう。
お念仏のご縁を賜った者なら、
どこにいようと、どんな楽しいときでも、どんな苦しいときでも、
「そんなお前をこそ必ずお浄土に生まれさせ仏道に導き入れるぞ」と誓われた
阿弥陀仏のみ心をよくよく心得ておいて頂きたい。

うまく言えないのがもどかしいけれども、
お念仏は、日常生活のあらゆるシーンに対応する。
どこの組織にいるからとかいないからとかは関係ない。
煩悩の浪、怒りの炎、愚痴の深遠は我々の日常生活そのまま。
そんな自分の心の弱さや惑いに嘆くことが必ずあろう。
そして、それをこそ縁として、白道の先からの呼び声を聞き届けさせて頂こう。
s会では信を獲ることを「人生の目的」というようだけれども、それは取りも直さず
「阿弥陀仏の目的」だ。「私が果たす」のではなく、「私に果たされる」こと。
自分達一人一人に、平等にお慈悲を垂れてくださるのが阿弥陀仏の阿弥陀仏たる所以だ。

思うに>>845の親御さんは既にs会に対して相当の不信感を持っておられるのだろうから、
もし彼がお念仏のお言われを親御さんに伝えるとすれば、
s会の会員としての彼よりも、辞めてもなお「僕はこう思う」と述べる彼のほうが、
より親御さんにとっても不審なく伝わるということもあろう。

849 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 00:21:02 ID:rJOMOqj8
親鸞会の女の子は処女の割合が多いって本当?

850 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 00:21:44 ID:rJOMOqj8
あ、学友部の話ね。

851 :843&845:2006/05/11(木) 00:24:43 ID:e3ojYLCU
>>847
そうだね。ただ834本人の意思が知りたい。

>>846>>848
やだね。もう会をやめて何年もたってるっつーの。
自分が聞く気ないのに何で親に伝えなきゃならんのだ。
やめた理由は親の反対だけじゃないし。

852 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/11(木) 00:46:44 ID:g2IVvlIw
>>830
 お呼び出しかい?(苦笑)。
 12時で仕事が終わったんで今書きます。ROMはしています。誤解だけは解いておきたい。
 830の言っていることは、他人には意味不明だろう。

 「真宗で名号というのは南無阿弥陀仏ではなく阿弥陀仏である」。渡海難はそんな馬鹿なこと
を言っていたヤツだ。名号は南無阿弥陀仏であるのは当たり前だろう。渡海難は、真宗のそんな
常識も知らんやつだ。反論するのも馬鹿馬鹿しいほどだ。だから、高森さんの言っていることの
方が正しい。>>830の話は、謎かけのような文だな(苦笑)

 830の議論は、ジャンヌでのカキコが原因だという。ジャンヌで書いたのは、2003年か
2004年頃だ。830は、二年も三年も、ずっと抱き続けてはらわたを煮え繰り返してきてい
るということか?。書いた本人の僕はすっかり忘れていたよ。>>830は相当な粘着質だな(w)


 名号とは何かというのは、実は簡単な問題ではない。
 阿弥陀仏はどういう願を建てたのか。親鸞の理解では次の内容だ。
 「悲願のこころは、たといわれ仏をえたらんに、十方世界無量の諸仏、ことごとく咨嗟してわ
が名を称せずは、仏にならじと」(一念多念文意)


853 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/11(木) 00:48:06 ID:g2IVvlIw
 観無量寿経ではどう書いてあるか。
「下品下生というは、 〜 かくのごときの愚人、命終の時に臨みて、善知識の、種種に安慰し
て、ために妙法を説き、教えて念仏せしむるに遇わん。この人、苦に逼められて念仏するに遑あ
らず。善友告げて言わく、「汝もし念ずるに能わずは、無量寿仏と称すべし」と。かくのごとく
心を至して、声をして絶えざらしめて、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。仏名を称する
がゆえに、念念の中において八十億劫の生死の罪を除く。

 善知識は、無量寿仏と称すべしと勧める。南無がついてないのだ。つまり、本来、阿弥陀仏は
「阿弥陀仏」と称える者を救うと誓っている。つまり、仏の側では、我が名(名号)を称すると
は、「阿弥陀仏」と称えよということだ。しかし、それを称える側で、悪人は南無阿弥陀仏と称
える。ここに非常に深い意味がある。
 先生の側では、自分を「先生」と呼びなさいと教える。生徒の側ではそれに感嘆詞がついて
「ああ先生」と発する。南無が機で阿弥陀仏が法、機法一体の南無阿弥陀仏という概念がここに
ある。
 仏は、阿弥陀仏と称えよと教えている。南無阿弥陀仏と称えよではないんだ。しかし、称える
側ではそこに南無がつく。

 ジャンヌで書いたものと議論の内容がほぼ同じものを、記録の中から拾ってきました。多分、
これが近いと思う。なお、この件について質問のある人は、内容を掲示板に書いておいて下さい。
ただし、当分、回答は不能です。

854 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/11(木) 00:49:08 ID:g2IVvlIw
名前:渡海 難  ◆Fe19/y1.mI [sage] 投稿日:2005/07/29
>>802
 のたまわく、南无の字は、聖人の御流儀にかぎりて、あそばしけり。南無阿弥陀仏を泥にて
うつさせられて、御座敷にかけさせられて、仰せられけるは、不可思議光仏・無碍光仏も、こ
の南無阿弥陀仏をほめたもう徳号なり。しかれば、南無阿弥陀仏を本とすべしと、おおせそう
ろうなり。

 このように仰った。阿弥陀仏にさらに南无を付け、「南無阿弥陀仏」という名号を飾るというの
は、親鸞聖人後の人々から始まる考え方である、と。外では普通、「阿弥陀仏」を飾る。飾る阿
弥陀仏には南無がつかない。しかし、親鸞聖人後の人々から、南無を付け、「南無阿弥陀仏」
を飾るようになった。これは大変珍しい。蓮如上人は、そのように仰って南無阿弥陀仏を金泥
で書写され、それを御座敷にお掛けになった。
 本尊を、阿弥陀仏としないで、なぜ「南無阿弥陀仏」とするのか。阿弥陀仏というのは、「南無
阿弥陀仏」を称賛している名乗りである。阿弥陀仏はなぜ出現したのか。「南無阿弥陀仏が一
番大事なんだぞ」ということを教えるため、阿弥陀仏は、阿弥陀仏という名をもって出現された。
阿弥陀仏は、阿弥陀仏という名をもって「南無阿弥陀仏が一番大事なんだぞ」と教えてくれてい
る。阿弥陀仏が尊いのではない。「南無阿弥陀仏」が尊い。そういう意味で、親鸞聖人から始
まる考えでは、「南無阿弥陀仏」を飾るのである。
 本尊は木っ端がいいか、紙っぺらがいいか。そんなことは本質じゃない。阿弥陀仏が尊いの
ではない。「南無阿弥陀仏」が尊い。蓮如はそれを分かって欲しかった。人々がそのように認識
できれば、飾り物は名号でも、絵像でも、木造でも、いいだろう。本質じゃない。

 「南無阿弥陀仏」を本尊とするという意味と、阿弥陀仏を本尊とするという考えの意味の違いを
吟味しないで、機械的に名号を本尊としながら、二十願の念仏を称えることなく、心では勝手に
阿弥陀仏にすがろうとしていれば、名号本尊が泣くというものだ。

855 :浅川進& ◆e39L.5V5a2 :2006/05/11(木) 00:49:11 ID:OCNcjChM
>>834

浅川です。会員ですが、ほかの会員さんとは視点が大きくずれている
ところがありますので、会員の意見としては採らないでください。

私が正しいとか間違っているとか言う立場にはありません。
ただ、今まで親鸞会で仏法を求めてこられていたと思いますから、
なぜ今まで求めてきたのか、なぜやめたいのかをよく整理されたら
いいと思います。
文面を読むと、ウソをつきたくないからやめる、ということですが
ウソをつかなければ親鸞会で求めていく、ということなのか、
あるいはとにかく親鸞会から離れたいのか。

手前の話で恐縮ですが、私は三年生の時親に言いました。
下宿に大きな仏壇(1.4m)をお迎えしていて、それも親に見せました。
大反対されましたが、今は「勝手にすれば」という状態まで回復しました。

後ろめたい思いや隠し事をしなければ求められないというのは大変残念なことです。
ただ、今までの学生会員の多くはそのような状態だったように思います。
後ろめたい思いをせずとも求めていくことは可能だと思いますが、いったんこじれてしまったら、修復に大変な労力と神経を使うのも事実です。

どちらにせよ、親御さんなどへの感謝の心は持ち続けていていただきたいと思います。

856 :& ◆ATf83ZwHgk :2006/05/11(木) 00:51:55 ID:OCNcjChM
orz
なぜかトリップがうまくいかないので、トリップしばらくやめます。
779=828=855=浅川です。

857 :渡海 難  ◆Fe19/y1.mI :2006/05/11(木) 00:58:56 ID:g2IVvlIw
>>821
>T森会長の言っていることは間違いで、渡海が2ちゃんねるで言っていることが正しいと、あなたに言えますか。

 僕からも質問。
 T森会長の言っていることが正しくて、渡海が言っていることが正しくないと821さんが思えたことは何でしたか?


858 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 01:07:44 ID:KZakpMGM
>>851
すまない。見間違えた。>>848>>834へのレスということで。
ただ、私から言えることは
「s会をやめて何年たった」ということも、阿弥陀仏の本願力を妨げるようなことにはなり得ない。
それだけです。因みに私はs会会員ではありません。
このスレで嫌われている(?)本願寺派の者でもないです。
知り合いに退会者の人がいて、その人からも阿弥陀仏の本願について教わったことはありますが。

859 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 01:09:34 ID:HUnt65EQ
>>857
言っていることが正しくないというより
言ってることが訳わからん

860 :843&845&851:2006/05/11(木) 01:50:27 ID:e3ojYLCU
>文面を読むと、ウソをつきたくないからやめる、ということですが
>ウソをつかなければ親鸞会で求めていく、ということなのか、
>あるいはとにかく親鸞会から離れたいのか。

>>834
そうそう、俺もそれが聞きたいのよ。

861 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 02:31:27 ID:beI4CwZG
>>852
>このように仰った。阿弥陀仏にさらに南无を付け、「南無阿弥陀仏」という名号を飾るというの
>は、親鸞聖人後の人々から始まる考え方である、と。

うへぇ
古文を読み間違えているぞ
  蓮如聞書
 (24)一、のたまはく、「南无」の字は聖人(親鸞)の御流義にかぎりてあそばしけり。
 「南无阿弥陀仏」を泥にて写させられて、御座敷に掛けさせられて仰せられけるは、
  不可思議光仏、無碍光仏もこの南無阿弥陀仏をほめたまふ徳号なり、しかれば南無阿
  弥陀仏を本とすべしと仰せられ候ふなり。

「聖人(親鸞)御流義にかぎりてあそばしけり」
これは親鸞聖人に限るやり方であるって意味だよ
何が親鸞聖人の独自の流儀なのか?
それは「無」の字を親鸞聖人は「无」と書かれているってこと。
この「无」の字は親鸞聖人以外使われていないって書いてあるんだ。

註釈版聖典の説明
「南无親鸞聖人は南無の「無」の字は古字の「旡」を用いられた。」

ちなみに手持ちの別資料には
『史料集成二』 9.『第八祖御物語空善聞書』
(80)
  一言く、南無の無の字は聖人の御流の儀にかきりてあそはしけり。
  南無阿弥陀仏をていにてうつさせられて、御座敷にかけさせられてのたまひけるは、
  不可思議光仏無碍光仏も、この南無阿弥陀仏をほめたまふ得号なり、
  しかれは南無阿弥陀仏を本とすへしと仰候き。

デジタル版なんで無の字が普通になっているけど、「無の字は」は「无の字は」なのね

862 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 02:36:52 ID:beI4CwZG
>>854
 教行信証
しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。
称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。
正業はすなはちこれ念仏なり。
念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。
南無阿弥陀仏はすなはちこれ正念なりと、知るべしと。

聞いた話では、大昔、浄土宗の方から真宗の本尊に南無がついているのは変だという疑問が呈せられたらしい。
しかし親鸞聖人は>>832に引文したように、南無を阿弥陀仏が衆生を招喚するはたらきを示すものであると見られた。
阿弥陀仏はただ仏としてあるのではなく、名号で衆生に呼びかけていると。
真宗に於いては回向の主体が阿弥陀仏であるのと同じく、六字釈義でいわれるように南無の体もまた阿弥陀仏なのである。
(衆生の欲生=帰命もまた、阿弥陀仏から与えられたものなのである)

それと
弁述名体鈔(存覚)真聖全5
 高祖親鸞聖人御在生のとき、末代の門弟等、安置のためにさだめおかるる本尊あまたあり、
 いわゆる六字の名号、不可思議光如来、無碍光如来、無碍光仏等なり。
 梵漢ことなれども、みな弥陀一仏の尊号なり。
 (中略)
 つぎに南無阿弥陀仏の名号は、まさしき所帰の行体なり。
 これをもて、もとも中尊に安ぜらる(スエタテマツルトイフナリ)べしといへども、

存覚上人によると、親鸞聖人は南無阿弥陀仏の六字名号を本尊にしていたらしい
(不可思議光如来に南無がついていないことに今回気がついたが、聖人のころはついていなかったんだろうか?)

863 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:21:15 ID:nl8Rju2I






    俺がいない間に、また、木像本尊でも良いじゃんとかいう話になってるの?







864 :親鸞聖人:2006/05/11(木) 04:22:32 ID:KTnJ9YjJ
↑くたばれ馬鹿

865 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:22:42 ID:nl8Rju2I
阿弥陀仏を本尊にするのやめろって。
名号だろ、本尊は。
信心獲得さえすればわかるはず。

866 :親鸞聖人:2006/05/11(木) 04:23:38 ID:KTnJ9YjJ
↑てめぇはしてねぇだろば馬鹿

867 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:24:24 ID:nl8Rju2I
と、親鸞聖人からお叱りを受けますた。

868 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:34:53 ID:SLXKUsZT
親に反対されて、すぐやめるやつって何考えてるの?
初めから、やる気無いだけだろ。

親なんて適当なこといっときゃいいんだよ。
親の威厳で、丸い地球が四角くなるわけじゃないし、
親の力で、物事の道理が変わるわけじゃない。
ましてや、親が反対したら、仏法が間違ってることになるのかよ。

俺が親鸞会会員じゃなかった頃、親に反対されたけど、
そんなんで、決心が揺らぐかよ、普通。

869 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:38:30 ID:SLXKUsZT
どんなに、あがめても、親も人間だから、理解できないことはある。

870 :親鸞聖人:2006/05/11(木) 04:39:49 ID:KTnJ9YjJ
↑てめぇにも脱会するまともな人間の気持ちはわかんねぇようだな。

871 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:41:05 ID:SLXKUsZT
しっかし、親鸞会は学生だけの会なのか?
なんか、学生の間だけに通じる話が多いような気がする。

872 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:44:31 ID:IhihPdxb
俺なんて、まだましなほうだよ。
永源寺に行ってみろよ。
本来、仏法を求めるってああいうことなのかと感心させられるよ。

親に反対されたので、永源寺やめます、なんていう奴一人もいないと思う。

873 :親鸞聖人:2006/05/11(木) 04:49:30 ID:KTnJ9YjJ
そりゃぁ自分で選んだ道だろうからな。
騙されて入会したんとはわけがちがうわ。

874 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 04:50:56 ID:IhihPdxb
ゴメ、永平寺のことな。

だまされて入会したと思ってるなら、だまされて入っただけなのでやめますでいいだろ。
親は関係ない。

875 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 05:01:32 ID:IhihPdxb
おまえら、むやみやたらと友人とか親を勧誘するなよ。
世の中いろんな考え持った人がいるんだから。
よくよく、慎重になるべき。

876 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 06:33:11 ID:MxXDyGzb
信心詐称、身分詐称の通行人は流れがs会不利の時に登場する。

通行人のカキコは、スレ無駄遣いと
流れをぶち切って、煙に巻くのが目的。

通行人はアラシですから無視しましょう。

877 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 08:39:59 ID:B0dZCtsT
渡海 難がどんなに言い訳しようが
読む価値ない。
名号は「南無阿弥陀物」であって「阿弥陀仏」ではない。

都合が悪くなったら「粘着」ね。
消えてください。 

878 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 08:43:22 ID:B0dZCtsT
訂正「南無阿弥陀仏」

879 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 08:55:53 ID:1YwsiB99
違いがワカラン

880 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 10:07:34 ID:rj8SQNyr
>>829
ああ、俺まさにそれだ。
だから、親鸞会を全否定する気にはならん。
間違ってはいるんだけど、きっかけとしてはよいからね。w

881 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 10:14:25 ID:rj8SQNyr
通行人ってよく出てくるけど、なんでこんなところよく通行してるの?
ここが通勤路?

882 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 10:46:05 ID:AOL0QA1l
通行人は自称「非s会員」
永平寺がスゴイというなら曹洞宗に改宗したら?
っていうかs会に入ってないんだから改宗というより
入信か?w

883 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 11:21:59 ID:hOIURVcr
ある日釈尊が、お弟子たちを連れて湖畔を通りかかられた時、
大勢の農民(カシ・バラモン)が仕事を終えて食事にかかって
いました。
釈尊は彼らの前に、鉄鉢を持って黙然として立たれました。
すると仲間の頭らしい一人の農夫が、釈尊をからかうように
言いました。
「よく、あなたたちは来なさるね。どうです、そんなに大勢
の働き盛りの若者たちを連れて、ブラブラ乞食したり、わけ
の判らぬ説法などして歩かないで、ひとつ自分で田畑を耕し
て、米や野菜を生産したらどうです。私らは難しいことは言
わないが、自分で働いて、自分でちゃんと喰っていますよ」



884 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 11:36:30 ID:gMeAO9R0
>>880
へぇ〜
それでどんな「真実」に入ったの?
アンチカルト真宗ですか?

885 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 11:48:14 ID:OcqHZMtj
>>880
全否定してる奴ってどのくらいいるんだろう?
俺も全否定はしないんだが。



昔所属していたと明かしても恥ずかしくない組織になってほしいとは思う。

886 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 12:20:01 ID:hOIURVcr
釈尊は、従容として答えられた。
「私もまた、田畑を耕し、種を蒔き、実りを刈りとって
いる労働者です」
「ではあなたは、何処に田畑を持ち、何処に牛を持ち、
何処に種を蒔いていられるのか」
反問する農夫に対して、
「私は、忍辱(忍耐)という牛と、精進(努力)という
鋤を持って、一切の人々の心田を耕して、絶対の幸福に
なる種を蒔いている」
釈尊は、毅然として喝破された。



887 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 12:27:05 ID:IhihPdxb
親鸞会が方便なら、真実はどこにあるの?
言っとくけど、君らは、親鸞会しか知らないからそんなこといってるんだよ。

888 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 12:29:04 ID:IhihPdxb
私は、自称非会員じゃないですから。
会員だと何回言わせるんだよ。


889 :通行人 ◆02GH.fBfT6 :2006/05/11(木) 12:33:00 ID:IhihPdxb
元は、*****に入っていたことになるんかな。

俺は、高森先生こそ、真の本願寺の先生だと思ってる。
内心、本願寺の中にも高森先生を尊敬している人が多い。

890 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 12:39:50 ID:P+/UzJTN
http://www.a103.net/ori/2006/system/show/circle/kikaku.cgi?k_id=422
こんなのみつけました。
もちろん東大での浄土真宗親鸞会のダミーサークル(偽装サークル)
ですよね。

あと、ttp://inochi.jpn.org/hitoiki/S01.htm
のような、親鸞会系のHPで、
「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは『仏教』です。」
(アインシュタイン)
などとでてきますが、私には、このアインシュタイン曰く、とする
根拠・出典を見出すことができません。
そこで、ひょっとして都合のいいウソとか捏造ではないかと思い始めているところです。

どなたかご存知の人はこの根拠・出典を教えてくださいませんか?
全集なら載ってますか?
出典がハッキリすれば、お詫びしますので。

891 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 12:47:22 ID:asQQBUau
>>890
検索してみた。これかな。

http://home.uchicago.edu/~jniimi/buddcogsci/paper.html

If ever there is any religion that would cope with modern
scientific needs it would be Buddhism.

Albert Einstein, from writings as quoted in the Zen Mountain
Monastery newsletter (1989)

とあるけれど、この出展はなんなのかよく分からん。

892 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 12:49:36 ID:P+/UzJTN
>>889
>俺は、高森先生こそ、真の本願寺の先生だと思ってる。

通行人は定期的に現れて高森賛美しては、また消える。
通行人が高森の自作自演キャラだったなら、面白いな。

>内心、本願寺の中にも高森先生を尊敬している人が多い。

信じがたい説だけど、どこをどう調査して「多い」になるのか述べてみなさい。

例の「これが獲信か」事件以前は、高森は○華会では、
共通の伊藤師匠門下として親近感があり、尊敬されていたという書き込みは以前あった。

そこで通行人にきいてみたいのだが・・・

どうして高森は「これが獲信か」において
卑怯にも名指しせず、非売品扱いで、内部のみ配布扱いで、
○華会の印象を悪くする意図が見え見えで○華会とは異なる土蔵秘事の話も交えつつ、
○華会を誹謗中傷したのでしょうか。
どうしてこれまでの法戦のようなやりかたで堂々と論戦できないのでしょうか。

893 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 12:53:46 ID:P+/UzJTN
>>891
早速ありがとう。
おそらく推測するに、禅宗総本山の新聞かなんかでしょうね。

一応根拠らしきものは存在するようなので、

>そこで、ひょっとして都合のいいウソとか捏造ではないかと思い始めているところです。

は取り下げつつ、お詫びしておきます。

894 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 13:18:07 ID:gMeAO9R0
>>892
そこまで無理矢理華○会の話に持っていこうとするところからして、
華○会の方でしょうか。

895 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 13:55:29 ID:1YwsiB99
↑そんなやつおらんw

そういえば創価学会の人も

「正宗」の坊主も内心池田先生を尊敬しているとのダ!

と言っていたのでワロタ

896 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 14:06:18 ID:P+/UzJTN
>>894
>華○会の方でしょうか。

もちろん私は華○会関係者ではありません。

無理やりっていうけどさ・・・
あなたは、「これが獲信か」のパンフを読んだことありますか?

あれを読んだら、誰がどう読んだって、s会に中傷されているのは
高森が若いときにいた、浄土真宗華○会のことでしょ?
高森は華○会で「化城をこえて」(だったっけ)という本も出していたらしい。

それともあれは、他の団体のことだ、というのなら、伏字でもいいから
挙げていただきましょうか。

挙げられるわけないよね。
今度、内容についても、詳しく書きこんでやるから楽しみに待ってな。

897 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 14:08:56 ID:P+/UzJTN
>>892
○華会って間違えてら。
こんなのが華○会のわけないだろ。訂正します。

ごめんね、○光会のみなさん間違えてちゃって。

898 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 14:13:55 ID:P+/UzJTN
ところで廃師自立の恩知らずとは誰のことなんだろうね。

師匠のつくった会を卑怯なやりかたで謗って、
自分を信心決定まで導いた、恩師の葬式にも顔を出さなかったんだってさ。
こんな輩が会員に
「師主知識の恩徳は〜骨を砕きても謝すべし」
なんて一緒に歌わせてるんだから
どういう神経なのか、疑っちゃうね。

899 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 14:31:11 ID:tEM8TD8H
>>898 十方衆生は名誉欲から離れきれない煩悩具足の凡夫だという身業説法かもしれませんね
親鸞会の有り様を、中の絵が動く掛軸にすると、「二河白道の譬」や「人間の実相」とかよりも
凄味のきいた代物になりそうだな

余談だが、♪おーれーはジャイアーン しーんらーんかーい
という替え歌を歌いたくなった

900 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 15:10:21 ID:P+/UzJTN
>>899
>十方衆生は名誉欲から離れきれない煩悩具足の凡夫だという身業説法かもしれませんね

うぬぬ、深いな〜
おぬし、只者じゃねえな?

>親鸞会の有り様を、中の絵が動く掛軸にすると、「二河白道の譬」や「人間の実相」とかよりも
凄味のきいた代物になりそうだな

激ワロス

901 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 15:12:47 ID:gMeAO9R0
>>896
はあ?
尊敬してる人が多いだのって話から随分無理矢理持っていこうとしてるねえってことですよ。
だから、かなり偏った人なんだろうな、当事者かな、と思われるのです。

902 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 15:36:19 ID:SeB43bpQ
>>890
間違いなくダミサ。2年くらい前のサークル紹介文では「わいわい楽しく・真面目に語るサークル」とかぼかしてたはず。
それに比べればマシかも知れんが、宗教団体を隠してることに変わりないか。
あと、2年くらい前は年間活動費用が「30万」だったのに、今年は「0」になってるのは如何にw

903 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 16:15:49 ID:MxXDyGzb
>>901

○光会以外にはどこが批判されていたのかをあげられない、
ということで決着だな。

904 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 17:44:27 ID:gMeAO9R0
>>903
アンチって日本語苦手なんですかね?

905 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 17:52:30 ID:a6R3+Ve3
とにかく親鸞会は嘘勧誘やめろや

親鸞会の言い分聞くのはそれからだ



906 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:24:51 ID:gMeAO9R0
別に言い分はないですよ。
アンチは日本語が苦手なんですね。以上。

907 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:29:59 ID:86AQwTG+
>>905
誰もおまいに言い分を聞いて欲しいとはゆってない

908 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:39:12 ID:a6R3+Ve3
>>906
ほう、君は親鸞会関係者だったか。
言い分もないようだから、早く虚言癖を直すよう努力してもらおうか。

>>907
じゃあ、アンチでひとくくりにするのはやめろよw


909 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:46:39 ID:gMeAO9R0
>>908
日本語をまともに使えない連中の言うことを、
まともに聞く人はいないと思いますよ。

910 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:52:09 ID:Br3+B0ef
恩愛はなはだたちがたく 生死はなはだつきがたし
    念仏三昧行じてぞ 罪障を滅し度脱せし


911 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:52:48 ID:Br3+B0ef
釈迦の教法おほけれど 天親菩薩はねんごろに
    煩悩成就のわれらには 弥陀の弘誓をすすめしむ


912 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:53:21 ID:Br3+B0ef
安養浄土の荘厳は 唯仏与仏の知見なり
    究竟せること虚空にして 広大にして辺際なし


913 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 18:56:17 ID:a6R3+Ve3
>>909
無暗なレッテル付けはやめましょうね。

親鸞会関係者ですよね、あなた。
あなたのようなのがいる限り、親鸞会をとてもいいふうに
受け取ることはできませんね。




914 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 19:13:29 ID:gMeAO9R0
>>903
反論がないなら、やっぱりそうなのかなあと思われますよ、普通。
あなたの反応もそれを裏付けるものでしたし。
まともな人たちだとはとても受け取れませんね。

915 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 19:24:00 ID:1YwsiB99
ヤフーの知恵袋に親鸞会に関する質問が上がってたよ

916 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 20:23:30 ID:gMeAO9R0
上は>>913の間違いでした。

917 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 20:25:46 ID:R6ZHpQox
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50
これが次スレか

918 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 20:58:17 ID:hOIURVcr
一切の人々の盤根錯節した心の荒野を開拓し、絶対の幸福の華を
咲かせることは、並大抵のことではありません。
畑を耕している時、小さな石のように思えたから、無造作に掘り
かけると、畑一面の石であることに驚くように、仏法の聞いて実
践して行くと、少し聞けばすぐに何とかなれるように思ってかか
りますが、実地体験すると、聞けば聞くほど、求めれば求めるほ
ど、強情我慢の自力の大盤石に驚かされるのです。



919 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 21:26:03 ID:sziQwU9F
2ch用語は2chでのみ使え。
日常で使うと馬鹿なキモヲタに思われる。
そういう奴がいるから2chがどんどん評判悪くなんだよ。

920 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 21:36:57 ID:vww5aksW
>>877
あんたも誤読しとるよ
彼の主張は

「「南无」の字は聖人(親鸞)の御流義にかぎりてあそばしけり。」
親鸞聖人以前には、阿弥陀仏の名号本尊に南无の文字をつけていなかった
しかし、親鸞聖人は六字釈により阿弥陀仏の名号本尊に南无を付け、
南无阿弥陀仏の名号本尊を依用した

というもの
でも、蓮如聞書は南无の字が無ではなく「无」であるという文でね
たぶん彼の読み間違い

ただ、法然上人や浄土宗各宗に、「阿弥陀仏」の四字名号本尊が出てくれば
彼の主張は正しいことになる。
私は「阿弥陀仏」の四字名号本尊について寡聞にして知らない。

921 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 21:38:54 ID:vww5aksW
>>865
改邪鈔
いまの真宗においては、もつぱら自力をすてて他力に帰するをもつて宗の極致とするうへに、
三業のなかには口業をもつて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念帰命の一念おこれば、
身業礼拝のために、渇仰のあまり、瞻仰のために絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す。
しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し仰崇せんがために、三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、
これまたつねのことなり。


存覚さんは絵像・木像本尊も安置するのはつねのことだってさ

922 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 22:29:48 ID:szMfIxz4
         |┃三     ∩___∩       
        |┃      | ノ      ヽ
        |┃ ≡   /  ●   ● |  <先生!どうして人を殺してはいけないんですか!?
    ____.|ミ\___|    ( _●_)  ミ  
        |┃=___    |∪|   \  
        |┃ ≡   )   ヽノ   人 \ ガラッ



923 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 22:30:47 ID:szMfIxz4
     http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50
    これが次スレ



924 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 22:31:04 ID:bIxlFzv7
次スレが立っているようです
ttp://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1147353970/l50


925 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 22:43:39 ID:szMfIxz4
         |┃三     ∩___∩       
        |┃      | ノ      ヽ
        |┃ ≡   /  ●   ● |  <先生!どうして人を殺してはいけないんですか!?
    ____.|ミ\___|    ( _●_)  ミ  
        |┃=___    |∪|   \  
        |┃ ≡   )   ヽノ   人 \ ガラッ


926 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:09:41 ID:HIWYw2Q5
人生の旅のなかば、正しい道を見失い、私は暗い森をさまよった(ダンテ『神曲』)

927 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:10:44 ID:HIWYw2Q5
「鎌倉(時代)というのは、一人の親鸞を生んだだけでも偉大だった」(司馬遼太郎)


928 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:15:10 ID:HIWYw2Q5
人はなぜ生きるのか。

929 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:26:50 ID:eQqJhKHp
生まれたからだろう、

930 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:31:23 ID:g2IVvlIw
>>920
 無がいいか、无がいいかなんていう、重箱議論じゃないよ。 こっちも読んでね。

286 名前:渡海 難  ◆Fe19/y1.mI [] 投稿日:2006/02/14(火) 20:03:07 ID:iTjZxv9w
>>281
>「南無」を書かなくてもいいような気がするのだが、、、 

 のたまわく、「「南无」の字は、聖人の御流儀に限りて、遊ばしけり。」南無阿弥陀仏を泥にて
写させられて、御座敷に掛けさせられて、仰せられけるは、「不可思議光仏・無碍光仏も、この
南無阿弥陀仏を誉めたもう徳号なり。しかれば、南無阿弥陀仏を本とすべし」と、仰せ候なり。

 蓮如上人は次のように仰った。「南无の字は親鸞聖人を敬慕する人々だけが使っているんで
すよ」、と。「南無阿弥陀仏」という文字を、金泥で書写されると、その文字を御座敷にお掛けに
なった。その時次のようなことを言われた。
 親鸞聖人を知らない人々は、「阿弥陀仏」と書いたり、「不可思議光仏」「無碍光仏」などと書い
たりしてこれを仏間に掛ける。しかし、親鸞聖人を敬慕する人々だけは、「南無阿弥陀仏」とい
う文字を書いてこれを仏間に掛ける。

 「不可思議光仏」も「無碍光仏」も、その本質は、南無阿弥陀仏は尊いのだということを教え
てくれている名号に過ぎない。「不可思議光仏」が尊いのではなく、「無碍光仏」が尊いのでも
ない。尊いのは「南無阿弥陀仏」である。だからこそ、我々は名号を「南無阿弥陀仏」と書き、
これを仏間に掛けてきた。
 善導大師は立派な方だった。法然上人も立派な方だった。善導大師や法然上人は、なぜ立派
だったのか。それは、「南無阿弥陀仏」は尊いんだぞと教えて下さった方だから立派な方だった
のだ。「不可思議光仏」も「無碍光仏」も尊い。それは、「南無阿弥陀仏」は尊いんだぞと教え
てくれている名号だから尊い。
 お釈迦様が尊いのも、善導大師が立派なのも、法然上人が偉大なのも、元は「南無阿弥陀仏」
が尊いことによる。だからこそ、我々は、全ての価値観の根元である「南無阿弥陀仏」を本尊に
する。
 蓮如上人は、そのように仰った。

931 :名無しさん@3周年:2006/05/11(木) 23:48:53 ID:/lN/D1np
s会はよくもこれだけ学生達をだまし続けてきて、「嘘勧誘」じゃない
と開き直れるよな。

932 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 00:05:07 ID:gX6rX0S0
嘘は嘘でも、ただの嘘ではない

933 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 00:07:52 ID:AnXSwgJz
組織まことと信じさせるためだ。

934 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 00:22:17 ID:PtEaEU6X
>>930
いい悪いじゃないよ
親鸞聖人は「無」を「无」を使っていたという話し
実際、親鸞聖人の六字名号真筆は「无」になっている
ttp://www.e-butsudanya.co.jp/kakejiku/k2012-zoom.html

法然上人の六字名号は「無」
ttp://store.yahoo.co.jp/engado/11-19840.html
これが名号本尊として書かれたもののコピーか、どこかに書いたものを拡大して印刷したものかわからない
浄土宗も名号本尊を使っているのだろうか?
ttp://www.kouka.ne.jp/~w1053686/houmotu.htm

親鸞聖人が法然上人から選択集の書写を許された時の描写
 同じき日、空の真影申し預かりて、図画したてまつる。
 同じき二年閏七月下旬第九日、真影の銘は、真筆をもつて
 「南無阿弥陀仏」
 と「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」
 (礼讃)の真文とを書かしめたまふ。

法然上人も南無阿弥陀仏と書かれているし法然上人の門流に四字名号はないと思う。
「親鸞聖人を知らない人々」が四字名号を使ったかは知らない
仮説ではないというなら、証拠を出すべきだろうな
現存する四字名号本尊か四字名号を依用したという文

935 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 00:23:02 ID:PtEaEU6X
×親鸞聖人は「無」を「无」を使っていたという話し

○親鸞聖人は「無」ではなく「无」の字を使っていたという話し

936 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 00:52:21 ID:PtEaEU6X
「四字名号」で検索したら中国のサイトばかりだが一応、引っかかるようだ
四字名号もあったのかもしれない

ただ、蓮如聞書の「「南无」の字は、聖人の御流儀に限りて、遊ばしけり」についていえば
「他宗は四字名号を使うが、親鸞聖人は南無を付けるのが独自の流儀だ」と言う意味ではなく、
「无」の字をつかうことが親鸞聖人独自の書き方であるというということが書かれているとされる

おそらく別系統の蓮如聞書に
(百七十)
一言南光の无の字は聖人の御流義に限てあそはしけり、南无阿弥陀仏を泥にてうつさせられて、
座敷懸られて仰られけるは、不可思議光仏無碍光仏もこの南无阿弥陀仏をほめたまふ徳号なり。
しかれは南无阿弥陀仏を本たまふへしと仰こと候けり。

となっているもの残っているからだと思う

937 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 01:17:11 ID:PtEaEU6X
上のは「蓮如上人御一代聞書」の異本の一つである「蓮如上人御一期記」からの文章ね

938 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 01:35:25 ID:EMG6NeqE
のたまわく、「「南无」の字は、聖人の御流儀にかぎりて、あそば
しけり。」南無阿弥陀仏を泥にてうつさせられて、御座敷にかけさ
せられて、仰せられけるは、「不可思議光仏・無碍光仏も、この南
無阿弥陀仏をほめたもう徳号なり。しかれば、南無阿弥陀仏を本
とすべし」と、おおせそうろうなり。

 仰せられけるは、不可思議光仏・無碍光仏も、この南無阿弥陀
仏をほめたもう徳号なり。

 蓮如上人が仰るには、不可思議光仏・無碍光仏も、「無」はだめで、
「无」を賞賛されている徳号ということです。
  (徳号とは、この場合「不可思議光仏・無碍光仏」)

 こういう意味になるのか?阿弥陀仏は、「無」ではなく「无」がいい
んだと賞賛しているというのは、どういう意味だい。僕は、聞いたこ
とがない。
 南無は、梵語の音写なんだ。有とか無という意味はないんだ。不
可思議光仏は、何で「無」はだめ、「无」がいいというんだい?
 意味が採れないと僕は思うよ。
もう  寝る。明日の仕事ができなくなる。おやすみ。

939 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 01:37:39 ID:Hn2T5eKf
>>871
しっかし、親鸞会は学生だけの会なのか?
なんか、学生の間だけに通じる話が多いような気がする。

たしかに8、9割方は学生部(学友部)の間に生じた問題だと思います。
学生でも単位を揃え終えていたり、就職活動を終えた3、4年生なら
ほぼ問題にはなっていないと思います。
とくに1年生から卒業まで活動していた学生に生じていた問題でしょう。



940 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 01:49:08 ID:PtEaEU6X
>>938
別に「无」がよくて「無」が悪いなんて書いていないけど?
ただ、親鸞聖人は「南無」に「無」の字を使わず、「无」を使った、と言う事実が書かれているだけ
それは、異本の「蓮如上人御一期記」に「南光の无の字は聖人の御流義に限てあそはしけり」とあるから
事実として親鸞聖人の「南無」は「南无」であり、ちょっと特殊なんだよ
そして蓮如聞書も、「南无」が書かれているのは上の文だけで、他の所は概ね「南無」で通されている
蓮如上人の六字名号も、「南無阿弥陀仏」でね。
別に「无」を使うべきなんて、この文でも他の文でも言っちゃいない

その南无について親鸞聖人が六字釈にあるとおり、特別な意味を見いだしていたことは異論がないし、
蓮如上人も別のところで触れている。

(6)一、仰せに、南無といふは帰命なり、帰命といふは弥陀を一念たのみまゐらするこころなり。
 また発願回向といふは、たのむ機にやがて大善・大功徳をあたへたまふなり、その体すなはち南無阿弥陀仏なりと仰せ候ひき。

941 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 02:01:10 ID:Hn2T5eKf
>>875
おまえら、むやみやたらと友人とか親を勧誘するなよ。
世の中いろんな考え持った人がいるんだから。
よくよく、慎重になるべき。

わたしもそのように思います。親の勧誘がうまくいけば経済的な支援が受け易い、
単純に考えて学生全員が親の勧誘に成功すれば、学生会員の倍の会員になると
いったところかがメリットでしょうが、うまくいかなかった場合には仏縁が
絶たれる危険があり、どの学生も親を説得することがいいことであるとは限らないと思います。

またネット上に良い点ばかりが書かれていればいいのですが、批判的なことも書かれて
いるので、それでもという親は余程仏縁のある親に限られるてくると思います。

942 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 02:45:32 ID:PtEaEU6X
本願寺出版社の、御一代記聞書の現代語版持ってきた

一、のたまはく、「南无」の字は聖人(親鸞)の御流義にかぎりてあそばしけり。
「南无阿弥陀仏」を泥にて写させられて、御座敷に掛けさせられて仰せられけるは、
不可思議光仏、無碍光仏もこの南無阿弥陀仏をほめたまふ徳号なり、
しかれば南無阿弥陀仏を本とすべしと仰せられ候ふなり。

「[南無]の[無]の字を書くときには、親鸞聖人の書き方を守って、[无]の字を用いている」と、
蓮如上人は仰せになりました。
そして、「南无阿弥陀仏」を金泥で写させて、それをお座敷にお掛けになり、
「不可思議光仏という名も、無碍光仏という名も、ともにこの南無阿弥陀仏の徳をほめたたえた名である。
 だから、南無阿弥陀仏の名号を根本としなさい」と仰せになりました

うむ、私も微妙に読み間違いをしていたようだ
しかし蓮如上人は「南無阿弥陀仏」の方の真筆六字名号も結構残っているみたいなんだがな。

943 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 08:13:27 ID:wAhfkz1G
>>941
>またネット上に良い点ばかりが書かれていればいいのですが、批判的なことも書かれているので、

自因自果。

944 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 08:19:35 ID:ORK8MA5w
>>896
これが獲信かって分厚い本なの?
読んだことないから読んでみたいな。
親鸞会に注文したら送ってくれるかな?

945 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 08:40:29 ID:rc0l7/Ga
>絵像・木像本尊も安置するのはつねのことだってさ

安置してあれば脇でもなんでも区別無く本尊だ、というのはおかしい。

946 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:15:47 ID:piA86s4o
>>941
>しかし蓮如上人は「南無阿弥陀仏」の方の真筆六字名号も結構残っているみたいなんだがな。

そのとおりで、蓮如作の「南無阿弥陀仏」の方の真筆六字名号もたくさん残っています。

s会は、蓮如上人御一代記聞書(の特に都合のいい部分ばっか)を金科玉条にしているようだけど、
危険なことだとおもいますよ。
御一代記聞書は、蓮如自身の著作じゃなく、「師匠がああいった、こういった」の類の書。
歎異抄と同様に、たとえ弟子に悪意はなくても、弟子の説や教団維持に都合のいい
弟子の「記憶の修正・改ざん・創作」が行われた可能性は否定できないからね。
教学論争するならあくまでも「御文章」を典拠にすべきだろう。

s会でも、近未来に「師匠がああいった、こういった」の類の書ができるんだろうね。
そして朝晩それを拝読しろ、とか強制される会になるんだろうか。
おお、こわ・・・・・


947 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:21:06 ID:EMG6NeqE
>>934

> 親鸞聖人は「無」を「无」を使っていたという話し

 親鸞聖人も「無」は使っているという話
 http://www.c-haus.or.jp/itmuseum/rekisibunkenhp.htm
 http://www.city.joetsu.niigata.jp/itakura/ca/ca_12.php

948 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:22:25 ID:piA86s4o
>>944
薄っぺらい、A4かB4だったかの小冊子ですよ。
たしか20ページくらいだったかな。
非売品だから手に入らないでしょうね。
批判されている対象は、「京都に本拠地を置く浄土真宗本願寺布教使の某グループ」
ですから、まぎれもなく高森氏が所属していて師事・活躍していたこともある
華○会のことでしょう。

いま、検索してみたら、このサイトにはこんなことが書いてありました。
http://shinrankai.mondai.nukenin.jp/naze5.html

平成11年親鸞会は、『これが獲信か』というパンフレットを全会員に徹底しました。
その内容は○光会を名指しせず、「京都に本拠地を置く浄土真宗本願寺布教使の某グループ」
とし、伊藤氏を「I先生」、増井氏を「M先生」と書き、徹底的に非難攻撃しています。

いま検索で見つけましたが、ここの754以下も面白かったですね。
http://life.2ch.net/psy/kako/981/981109702.html

949 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:31:06 ID:piA86s4o
>>947
1つめは素人考えだが、どうもちがうっぽい。
2つ目は画像加工して、明るくしてコントラストをつけてもなお判読困難だが
真筆の可能性はあるのではないかと。

950 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:35:50 ID:uHCjUC4F
「無」でも「无」でもどっちでもいいやん
変なことに拘ってるなおまいら

951 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:42:19 ID:PH7dUSvY
本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき
    功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし


952 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:43:00 ID:PH7dUSvY
如来浄華の聖衆は 正覚のはなより化生して
    衆生の願楽ことごとく すみやかにとく満足す


953 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 09:44:10 ID:PH7dUSvY
天人不動の聖衆は 弘誓の智海より生ず
    心業の功徳清浄にて 虚空のごとく差別なし


954 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 12:23:48 ID:91jCLO5W
哲学とは所与の世界が何らかの原因によって崩壊した後に現れる思考の運動である。哲学的
認識とは知的に世界を再構成することであり、それは失われた自己自身の復元作業である。

この運動の論理的帰結は「無知の知」である。何故なら、世界に属する者が世界を超えることは
できず、自己から派生した精神が自己自身を超えることはできないから。しかし何らかの「否定」
によって出発した精神の運動は止まず、それは積極性なき否定となる。

信仰とはまさしくこの人間が人間であるが故に抱える自家撞着の切断としてある。信仰とは
哲学的認識の放棄であり、認識された世界の放棄であり、自己自身の放棄である。つまり、
信仰にあるとき、人は見るものから見られるものになり、規定するものから規定されるもの
へと遷移する。人は信仰によって見る主体としては死に、同時に見る主体によって構成された
自己の死という境界もまた消え去るが故に、永遠の生命として生まれ変わる。

この信仰の場から発せられる記述が神学であり、その記述において哲学が援用されてもそれは
あくまでも信仰の周辺としての学に留まる。哲学の役目とは人間知性を「無知の知」に導くことに
あり、あくまでも消極的なものであり、それは神学の婢としてこそ意義を持つ。

955 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 13:07:40 ID:xMxQGbeU

('・ω・`)「アポ」

956 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 13:47:15 ID:fhBIsacu
哲学とはニーチェが語ったように、世界に対する怨念から発するものである。自足した
幸福な世界が何らかの要因で崩壊したとき、哲学的思考が始まるのだ。そして、人間に
とってその究極的な「否定」とは自らの死である。だから、ヘーゲルは人間精神の遍歴の
最初に闘争の中で自らの死を恐れた"奴"を見出し、"奴"を主人公とした物語を語った。

奴の思考とは自らの死の恐怖であり、どこまでもそれを中心に回転する。そして、ヘーゲルの
絶対精神とは自らの死を再び認識し、受け入れた主体である。

それに対して信仰とは何だろうか?信仰するものは自己を乗り越えない。彼は絶対精神
などではない。しかし、所与の世界との直接的且つ肯定的関係は崩れ去っている。彼は
全く別の存在と、所与の世界ではない何ものかとの関係において彼自身となっている。

957 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 13:53:55 ID:KrObizX6

('・ω・`)「アポ」

958 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:05:23 ID:fhBIsacu
信仰とは神との関係であり、神との関係とは永遠との関係です。この世における関係において
死に、神との関係において生きるというのが信仰ということですから、それは永遠の生命なのです。

また、死とは「我」の死であり、「我」は自己自身への関係であり、だからこそ恐怖としてではなく、
認識として「私の死」をそこに見出します。信仰とはその「我」の運動(死に至る病)の停止ですから、
死という境界線もまた消え去るのです。

959 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:14:04 ID:fhBIsacu
信仰の対極にあるのがプラトンのイデア論である。プラトンはソクラテスが開示した空虚に
詰め物をした。以来、哲学とはその詰め物探しとされてきたわけだ。しかし、そういったイデア
的なものを人間が掴み取ることは永久に不可能であり、人間とはまさにイデア的なものを
失ったがために自己なのである。

信仰に入るためには自らの内に空虚を持たなければならない。
 
 「心の貧しきものは幸いなり」

そのとき、啓示は向こうからやってくる。

960 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:17:13 ID:fhBIsacu
今日の我々にとって「真実」とは何でしょうか?プラトン的な、思索の奥底に隠されているイデアでしょうか。
誰もが認めるところの権威でしょうか。違います。現代の我々の「真実」とは、新聞、テレビといったメディアです。
そして、インターネットの大規模な普及でこの新聞時代が変わろうとしています。

ルターは「神の前に唯一人立つ」といいました。これは聖書が翻訳され、誰にでも読める時代の到来を意味してます。
プロテスタントはカソリックと違い多くの宗派に分裂してますが、ある程度共通に見られる特徴として、「聖書主義」が
あります。神父という特別な人間を通さずに、聖書の言葉に直接触れるというのがプロテスタントの基本的姿勢です。

これが聖書の代わりに新聞を読む時代に移行しました。人々は自分自身がどこにいて、なぜそこにいるのか、そして
次にどこへ行くべきか、新聞を読んで判断するのです。不思議なことに、新聞を読む者は自分だけではなく皆が新聞を
読んでいると考えています。何故か皆と認識を共有していると考えるのです。

961 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:29:26 ID:xMxQGbeU

('・ω・`)「あっぽ」

962 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:40:27 ID:fhBIsacu
この、皆がそうであろうと考えることによって成立している何か、これが我々を規定している
ものです。そして、近代的思考とは具体的に誰にも等身大の視点で関わることをしてない
にも関わらず、何かを共有していると錯覚し続けることで成り立ってます。

キルケゴールはこれを「公衆」と呼びました。これは具体的な人間集団を指しません。むしろ
集団を規定する、集団の関係性そのもののあり方を指す言葉です。そして、我々はこの公衆の
言説に引きずられる形で生活を営んでます。

963 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:44:05 ID:fhBIsacu
我々を律する絶対的なものはもはや崩壊し、現実の中にありながら現実を対象化=批判するが、しかしその認識もまた
将来には骨董品となり、批評にさらされるというわけです。

「人間はこの程度のもの」というのは、今では民主制度がある程度発展した社会においては常識となってます。20世紀
には革命があり、人間は自らを自らの手で完全に認識し、律することができるのではないかという空想がありましたが、
それは完全に失敗しました。しかし、一方で近代的人間の誕生以前にあったとされる不動の超越的視点は不在のまま
であり、また新しくそのようなものを持ち出すのは失敗の繰り返しだとされてます。

ニーチェはこのような状況にある人間を「最後の人間」と呼びました。適度に利口で、無理をせず、現状に不満を持つが
そこそこの改善でよしとする、つまりはこれ以上現実というものが根本から変化することはもう無いという考えの人間。
これはまた、「歴史の終わり」でもあります。

964 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:46:14 ID:fhBIsacu
自己を対象化すること、これが認識の運動であり、近代においてはそれを支える超越的支柱が不在のため、
無限に続く循環運動である。そして認識とは既に終わったことの認識であり、本質として追憶である。行為
とは認識ではない。例えばカント哲学の"実践"理性。

ヘーゲルは正当にも「ミネルバの梟は黄昏に飛ぶ」と語った。人々の認識にある世界状況、自己の状況が
はっきりと輪郭を持つとき、その現実は既に通り過ぎている。認識している主体自身は別の場所にいるし、
そうでなければ認識はできない。

だから、ヘーゲルが歴史を語るとき、必然的にそれは歴史の終わりから語ることになる。近代において
歴史は絶えず終わったといわれ続け、今も言われているし、これからも言われるだろう。

それに対して、信仰とはどうだろうか?信仰とは常に行為である。それは認識以前であり、常に前方への
飛躍である。発生してしまったことを知るのではなく、それは"発生する"のだ。だから信仰は常に出発点である。
信仰とは自己自身に立ち戻ることであり、新しく始めることである。だからそれは常に新しいが反復である。

965 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:48:28 ID:fhBIsacu
哲学とは終わりからの記述である。「はじめに終わりあり」これが哲学だ。哲学はそこから遡行した物語を
記述することである。それは映画の編集のようなものだ。撮影の現場では様々な出来事が不意打ちのように
発生し、思いがけない俳優の個性によって物語のニュアンスに変化が出たりするものだ。しかし、撮影後に
編集するときは、全てが必然として捉えられる。編集者は終わりにいる。

信仰は逆に始まりなのである。それは到達点ではなく出発点に戻ることだ。信仰するものは知らない、知らない
ということが何かを心得ている。しかし彼は神との関係を信じているが故に知らないまま出発点に立つことができる。
この絶対的関係が無ければ、彼はすぐさま回れ右をしてしまうだろう。誰が知らないままに第一原因となるだろうか、
誰が知らないままに自己自身であろうとするだろうか。

966 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:50:56 ID:xMxQGbeU

('・ω・`)「てぃめェ!頭悪ぃんじゃゴるラァァ!」

967 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:51:54 ID:fhBIsacu
カント以降なんでしょうか、キリスト教を理性の批判にかけるというのは実際にあったわけです。また、
カント的な理性主義の裏側にはロマン派がいるわけで、実践理性的な命令と、心情的な神との
結合という構図で語られる神学というものもあったわけですね。そういう意味での哲学によって
語られた信仰というものはあった。ヘーゲルなどはロマン派的なものを哲学的理性の側に回収
する哲学を展開したわけです。

しかし、それらは皆人間の側からの、近代的人間の視点に神を回収する作業ですね。それを
「語りえない」領域として語るとしても、あくまでもそれは人間を軸としています。しかし、「信仰」とは
その逆の行為なのです。神を軸とした世界への参入であり、自己が非中心化する体験です。それを
強調したのが、キルケゴールからカールバルトなどの系列でしょう。

968 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 14:55:03 ID:xMxQGbeU

('・ω・`)「あぽん」

969 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:11:39 ID:fhBIsacu
哲学は何のためにあるのか?という問いに対して、哲学とは無意味であるというのが正しい答えです。
しかしこれは、「あなたは何故生きているのか?」という問いに対して、「生きている意味は無い」という
回答と等価という意味で、哲学は無意味なのです。

意味は関係によって生じます。今日、マスメディアはそれを視聴する人間が関係している=社会的
であることを空想されるために機能します。しかしそれはその場限りの、「今日の関係」であることを
皆知っており、当座の「無意味さ」の回避として利用されてます。

例えば、今日保守主義とはこの「その場限り」をやめようという主張です。かつて共同体は普遍的な
意味を構成員に与えていたではないか、皆それを信じていたではないか、そういった現代のような
利口さが蔓延るところでは単なる偏見でしかないもの、それこそが人間を人生を充実させるのだ、と。

しかし、そんな主張とは全く無関係に、全く無視する形で、そして有無を言わせぬ形でそういった
「偏見」さはメディアに乗せられ、相対化され、ウィンドーケースに並ぶ商品と同じ扱いとされて
しまうのです。

970 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:12:58 ID:fhBIsacu
だから、哲学は人生の無意味さを提示しなければならず、それは哲学自身の否定として、自らの
無意味さの開示としての思考でなければならない。

人間が人間自身によって自らに意味をもたらすことの不可能性を開示すること、これが哲学の
役割だ。哲学は無邪気な喜びの顔に泥を塗ることであり、皆を白けさせ、不幸にすることであり、
そして、そういった思考自身もまた意味も無く、しかし必然的に到来するものであることを語るのだ。

哲学はだから到達点を示してはならず、そのようなものがどこにもないことを立証し、何を人間が
行おうとも全ては戯れに終わることを示す。目標を示し、何かよきものが思考の果てにあることを
匂わせ、人を励ますような思考は哲学ではない。

971 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:14:19 ID:fhBIsacu
信仰に至る道は狭い。それはそこを歩く人間一人だけが通れる幅しかない道である。
この道の行き先は見えず、歩む人間もまた知らされてない。ただひたすらこの道を
歩んでいるという事実だけが存在する。

しかし、ふと少し後ろをみると一本だった道が複数になっているのだ。しかも前方は
殺風景だが、その違う道は非常に見通しがよく、楽しげなのである。そちらに道を
変えてみる。すると、何故かしばらくたつと元に戻ってきている。

972 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:17:40 ID:fhBIsacu
信仰への道が何故か一人分の幅しかないというのは重要だ。2人以上の人間皆で信仰に入るなんていうのは
形容矛盾である。しかし、信仰とは無関係な道は広く、そこは多くの人で賑わい、そこにも信仰まがいのものも
ある。そこでは全てが単独ではなく、一般的であり、一般的だからこそ力を持つ。広い通りでは「皆で信じる」という
のが決定的に重要なのだ。

しかし、信仰に至る細い道では全く逆である。一般性はなく(当たり前だ、自己だけなのだから!)隣の人に
噂を確認することもできず、単独の人間が決断しなければならない。一般性は跡形もなく枯れ果てている。

しかし、噂も聞かずに、一般性への照会もせずにどうして信じることができようか?だから、信仰とは啓示であり、
それは向こうからやってくるのだ。それは主体的行為であるが、同時に非主体的である。

973 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:20:11 ID:T8SkZNF/
哲学はその言説によって一般性を枯らすものでなければならない。何も照会できるものが無いことを
開示しなければならない。哲学は、自己自身を忘れるための喧騒から引き戻し、人を単独にし、そこに
おいて人に矛盾を強いるものでなければならない。

974 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:31:52 ID:xMxQGbeU

('・ω・`)「あーほ あーほ」

975 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:51:25 ID:HxR4MNJI
ある時釈尊に、一人の弟子が、
「死人のまわりで有り難い経文を唱えると、死人が善い所へ
生まれ変わるという人がありますが、本当でしょうか」
と、尋ねました。
その時釈尊は、黙って小石を1個拾われて、近くの池の中に
投げられました。
水面に輪を描いて沈んでいった石を指さして、
「あの池のまわりを、石よ浮いてこい、浮いてこいと唱え
ながらまわれば、石は浮いてくるであろうか」
と、釈尊は反問せられました。



976 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 15:52:17 ID:vrFK3VGH

('・ω・`)「あーほ あーほ」

977 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 16:12:02 ID:HxR4MNJI
石は、それ自身の重さで沈んでいったのだ。
人間もまた自業自得によって、死後の果報が定まるのだ。
経文を読んで死人の果報が変わる筈がないではないか。
というのが釈尊の教えであります。
読経や儀式で死者が救われるという迷信は、もともと仏教
にはなかったのです。
それどころか、そのような世間的な迷信を打ち破って、生
きている間に本当の幸福に導くのが仏教の目的なのです。


978 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 16:12:51 ID:TUVqeGPc

('・ω・`)「てぃめェ!頭悪ぃんじゃゴるラァァ!」

979 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 18:11:44 ID:HxR4MNJI
お経は、釈尊が苦しみ悩んでいる生きた人間を幸福にする為に、
説かれた説法を弟子達が後世の人達の為に書き遺したものであり
死人に説法されたものは一つもありません。



980 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 18:32:00 ID:6pyvk4cJ
                      ''';;';';;'';;;,.,    ザッザッザ・・・
                       ''';;';'';';''';;'';;;,.,   ザッザッザ・・・
                        ;;''';;';'';';';;;'';;'';;;
                        ;;'';';';;'';;';'';';';;;'';;'';;;
                        vy;vy;v:yy;vy;v;yv;yv、
  うんこスレと聞いて         λVv vλ v;y v Vv vλv;y λv、
    参りました          λ Λ __ λ_ Λ _ヘ λ λ ヘ__ λ_ヘ λ λ
                 人 人 λ 人  人 人 __λ人  人  人
               人   人 人  人  人  人   人 人  人
            人(__人(_人 ) 人 (人.人__).人___) 人( 人
           (__)__(__)_(__)(__)(__)__) (__)__(__)(__)
           (__)(__(__)___(__)__)(__)(__)__)
          ( ・∀・ ( ・∀( ・∀・ )∀( ・∀・ )・( ・∀・ ) ・∀・ )∀・ )

981 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 18:58:33 ID:KrObizX6
    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
    │ 次スレ誘導して!  |
    |__________|
         ∧∧ ||
         ( ゚д゚) ||
         / づΦ


982 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 19:34:27 ID:QePPgzly
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1147353970/l50
これだっけ?

983 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 19:38:42 ID:QePPgzly
とおもったらこっちだった
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1146622844/l50
AAで荒れてる見たいに見えるけど・・・

984 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:00:12 ID:EMG6NeqE
>>942
 親鸞の真筆本を見たが、南无阿弥陀仏と書いてある例は、見つからなかった。
 ほとんど南無阿弥陀仏と書いている。

 文書類でも、南無阿弥陀仏と書かずに、南无阿弥陀仏と書くように示している文章は無い。

 不可思議光仏・無碍光仏も、「无」を賞賛しているなどと、そんな議論があったなどという話は聞いたこともない。

 無がいいか、无と書くべきかなどは些末な議論。そんな些末な議論を蓮如がするとは思えない。
 弟子がそのような、非本質的な議論を書き残しているとも思えない。

 本願寺出版社の、御一代記聞書の現代語版は、間違いだと僕は思う。

 本願寺出版社には、教学の分かる人がいないんだろうと、僕は思う。

985 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:00:46 ID:2uHGX2Eh
俺個人で言えば、2chにきだして喜怒哀楽の幅が狭くなった。
「しね」とか見ても心が痛まなくなった
熱くなってる人を冷めた目で見るようになった

犯行に走るとかのレベルで悪影響受ける輩は少なくても、俺みたいなヤツは少なくないと思う

些細なようでそれが一番危険な気がする

986 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:00:59 ID:QePPgzly
>>942
 親鸞の真筆本を見たが、南无阿弥陀仏と書いてある例は、見つからなかった。
 ほとんど南無阿弥陀仏と書いている。

 文書類でも、南無阿弥陀仏と書かずに、南无阿弥陀仏と書くように示している文章は無い。

 不可思議光仏・無碍光仏も、「无」を賞賛しているなどと、そんな議論があったなどという話は聞いたこともない。

 無がいいか、无と書くべきかなどは些末な議論。そんな些末な議論を蓮如がするとは思えない。
 弟子がそのような、非本質的な議論を書き残しているとも思えない。

 本願寺出版社の、御一代記聞書の現代語版は、間違いだと僕は思う。

 本願寺出版社には、教学の分かる人がいないんだろうと、僕は思う。

987 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:02:03 ID:QePPgzly
引用ミスorz

988 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:05:35 ID:EMG6NeqE
>>984
 この議論は、僕の方はこれで打ち切りたい。


989 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:09:57 ID:2uHGX2Eh
匿名状態になると人間ってのは大胆になるらしいな
まぁ自分の発言に責任持たなくていいわけだし
そりゃ○○人氏ねとか平気で言えますよ

990 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:16:18 ID:T4CyOp9X
>>947
例外はあるかもしれないけど、たいがい「无」だよ
教行信証の真筆本も「无」になってる

四字名号が一般的だったのを親鸞聖人が六字名号としたと言う仮説が正しいかどうかはわからん
しかし御一代聞書の例の文を、その証拠とするのは不適当であると思う
聞書の例の文中でも「南无」と「南無」が使い分けられているし、異本では「南无の无の字」と書かれているからね

ただ、親鸞聖人が選択集を授けられたとき、同時に写した真影に法然上人自身が
「南無阿弥陀仏」
と書かれていることを考えれば、掛け軸に六字名号を書く様式はあったと考えるべきかもしれない
この点、調べればおもしろそうだ

991 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:19:29 ID:aSq1IVaB
无の字の謂れも知らんのか・・・。

992 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:24:58 ID:2uHGX2Eh
自分も以前現実より2chの方が楽しい、なんて時期があったけど、今思うと
バカみたいとしか思わんよ。
そこまで2chにはまって得た物なんて、2ch語くらいなもの。
今はもうはまりたい人は自由にどうぞという感じ。

993 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:27:58 ID:T4CyOp9X
>>986
>親鸞の真筆本を見たが、南无阿弥陀仏と書いてある例は、見つからなかった。

うそだぁ〜。法蔵館から出ている「親鸞聖人真蹟集成」
http://www.bunkoudo.co.jp/sinran.html
を見たけど、「无」だったよ…それこそ、法然上人が真影に書いた六字名号も「南无阿弥陀仏」だった

名号本尊もここで見られるものは全部「无」
ttp://kokuhou-club.com/premium-selection/000016.html
手紙類もこれの右端は「南无」
ttp://kokuhou-club.com/archives/sinran003.jpg
ttp://kokuhou-club.com/collection/000130.html

聞書の解釈も異本や古文の読みを考えれば、「无」の字について触れた者と考えるのが妥当
間違いは間違いと認めて、違う証拠を探すべきだよ
まだ、親鸞聖人が四字名号を六字名号をポピュラーにしたって説、自体はわかんないんだから

994 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:35:40 ID:T4CyOp9X
>>991
古字は「无」で「無」は新字って話しですな
親鸞聖人が「无」の字をつかった謂われは知らないので拝聴しましょう

ググった結果

浄土真宗の「なもあみだぶつ」ですが、「なも」には根拠があります。
 平安時代のまでの音は「ナム」又は「ナモ」です。
 現在の国語学でわかっていることは、「无」から成立した仮名「ん」を
「ム」とも「モ」とも読ませていたということです。
根拠となる用例は、『源氏物語』には「なも当来導師」、『栄花物語』「鳥の舞」
「なもと拝み奉れば、口は異なれども、声は同じく聞こえて、」、など音が仮名書きされたものがあります。
また、黒川本『色葉字類抄』には「南無 仏法部 ナムモ」、とあります。
平安時代中期では「ナモ」の方が「ナム」より一般的だったようです。
 京都を中心とした機内地方では、この平安時代中期の音が以降も完成された一つの規範として強く残ります。
したがって、「南无阿彌陀仏」は「なもあみだぶつ」で継承されるわけです。
ttp://www.kosaiji.org/bodhi/log/bodhi_5_201-300.htm

995 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:42:36 ID:2uHGX2Eh
あんなに面白かったのに、今では、当時2ちゃんしてた時間を全部
返して欲しいとすら思う…。
長時間やってたわけじゃないけどトータルだと結構な時間になると思うし。

面白くても所詮ヴァーチャルだからね。テレビゲームをした後の虚しさに似てる。

996 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 21:55:49 ID:QePPgzly
絶対の幸福を知らずに終える人生の虚しさほどではありませんがね

997 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 22:02:23 ID:2uHGX2Eh
2chは、好きな世界ではありませんね。
特殊な用語を使い、狭い限られた考え方の人が集まっているように感じます。
私は、基本的に、相手が目の前にいるつもりで書きますし、
そういう普通の言葉を使いたいと思っています。
しかし、そういう系統の人も受け入れますので、
掲示板の書き込みは、流動的なので何とも言えませんが、
男性の2ch派の人が増えますと、普通に書き込みしたい女性の方等は、
裏の掲示板を使ったり、書き込みにくくなってしまうという声を聞きます。
やはり、2chも多様性の一つのあり方かも知れませんが、
普通の言葉で、普通の交わりをするような気持で書き込みが出来るのが
いいなーと、最近感じます。
これからもまた、よろしくお願いします。

998 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 22:04:47 ID:JNUWaG3n
>>997
2chやめたいんじゃないの?

999 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 22:06:46 ID:JNUWaG3n
銀河鉄道999

1000 :名無しさん@3周年:2006/05/12(金) 22:07:57 ID:JNUWaG3n
1000なら俺は信心決定する

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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