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原始佛教 その14

1 :暇人:2005/07/29(金) 07:53:44 ID:soQcjyPT
前スレが容量超過のようですので新スレを立てます。

ここではアーガマ(漢訳阿含經典など)やニカーヤ(パーリ佛典)に説かれている教法や教理
を中心に、様々な議論を重ねていけたらと思います。佛教の原点を闡明できる良スレになる
こと期待して・・・。引き続きよろしくお引き立てのほどを。

 自説の主張に際しては、最低限の論拠や根拠を併せて提示されるようお願い申し上げます。  
原始佛教関連以外の話題は当該スレッドか新たなスレッドを建ててお願いいたします。
スレ違いの妄想デムパ発言には終始默殺・完全無視が吉と思われます。
立論議論に際しては首尾一貫・理路整然を心がけて頂きたく存じます。

過去ログサイト
http://www.geocities.jp/jfcps873/index1.html


311 :名無しさん@3周年:2005/08/06(土) 21:17:10 ID:hTqikneZ
暇人さん、どうしたんですか? 落ち着いてください。
um2DViui さんは丁寧に誠実に対応されてると思いますよ。
この件に関しては、あなたが教わるというポジションにあると思います。
もっと誠実に応対してください。

um2DViuiさん、どうかお気を悪くしないよう。


312 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 00:07:14 ID:evu/bvfh
>>292
お騒がせ致しました。水野『パーリ語辞典』、家捜ししたところ、学会誌の間に挟まれていました。
ちなみに平楽寺書店『仏教思想史−3』と手塚治『火の鳥』と宗教学会とがごっちゃになっていました。(笑

>確認しましたところ[]内は、その語の@分解A由来B梵語系の三パターンが
>あるらしいですね。Bの場合はSkという略号がつくそうですのが、
>A{ abhi-Sam}には、Skが吐いていませんので、@分解かA由来ですね。
Skが吐いていないからそれ以外というのではありません。幾度も申し上げているように、
パーリにはS('s)なる語がありません。P.36では ”abhi√Sam”というのはサンスクリット
に語根を戻して意味を示していると考えるのが適切ですし。水野文法は(も)その姿勢を
貫いています。

部派中期のことは関係ないと仰ったとき、説明するのが面倒だったのですが、水野事典
に説明がありました。まさにその凡例の箇所です。

「ーーー梵語形にはvedic、古典梵語、後世梵語等の区別があり、パーリ語の発生関係からすれば、
これらを区別して示すべきである、、、」

この後世梵語というのが部派中期と被っているのです。勿論パーリに影響を及ぼしていて、
現存の聖典のある部分を構成していることは言うまでもありません。

abhisamayaの@にabhi-samayaがあり、samayaの項を確認すると(P.296-a 下)
abhi√i が付されてあります。

今気づきましたが、版が違うようです。私のは1981年4月30日の第4版発行<二訂反>です。
項目名で合わせればいいですね。


313 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/07(日) 00:08:17 ID:2yJGvkNa
>>302
暇人さん、レスありがとうございます。

<--
>(1)仏教以前の著作のいかなるものにも、今のところなお如来の表現は見い出されては
こなかった

中村元「佛教語大辞典」p1063「如来」の項には、
    当時のインドの一般諸宗教であまねく使われていた呼称である。
    ジャイナ教ではアルダマーガティー語で、修行完成者のことをtathAgayaという
とありますね。どうなんでしょうね。。。
-->

ジャイナ教の教祖マハーヴィーラは、六師外道のひとりで、同時代とみなされ、仏教以前ではないと判断されたのかも?
しかし、逆にジャイナ教における修行完成者(tathAgaya)の由来がはっきりしているのなら、
それはそれでいいのだが、どうなんでしょうね。。。


314 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 02:30:09 ID:b6u2DEqI
古典的論説 Tathagata by Robert Chalmers 1898

ttp://ccbs.ntu.edu.tw/FULLTEXT/JR-ENG/bert.htm

315 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/07(日) 08:30:42 ID:2yJGvkNa
>>314 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 02:30:09 ID:b6u2DEqI
> 古典的論説 Tathagata by Robert Chalmers 1898
>
> ttp://ccbs.ntu.edu.tw/FULLTEXT/JR-ENG/bert.htm
情報、ありがとうございます。web翻訳結果から、適当に抜粋してみます。
日本語にはなってませんが、それでも、私のつたない訳文よりはましかもしれない(?w)

ジャイナ教のtatthagayaとの関係に関しては

<--
(iii) Rhysデービッド(1)およびOldenberg
「ジャイナ教徒のほとんどの教義上の用語がBauddhasのものに立っている、接近している関係を考えれば、
tathagataとtatthagayaがもとは非常に同様の考えを伝えるべきでないと信じるのは難しい。
私たちは、オリジナルのMagadhiからパーリ語およびサンスクリットへ行く長い途中でそれを思う、
用語tathagataかtatthagata(tatraとagata)、「そこに到着した人、つまり で解放。」
非常に容易にtathagatta(それはそれを難解にしていただろう)へ変更を経験したかもしれない、
私たちだった、ジャイナ教徒によって保存されているようなその不変の形式を比較するのには有能でない」
(私たちが不足を無視しても、それは先のものに関する明白なコメントです、
終わりから3番目、1つの、ジャイナ教の用語に、後、不変のオリジナルの保存からここまで、だろう、
それ自体パーリ語tathagataの腐敗か、再び起源において全く別個かもしれない。
上記の解釈を採用することができる前に、証拠は解放された状態を意味するとしてパーリ語で
tatthaの使用を支援するのにまもなく出るために要求するでしょう。)
-->


316 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/07(日) 08:31:20 ID:2yJGvkNa
>>297
> ブッダゴーサは、その点に関してしっかりとした伝承がないことを示しつつ、
> 八とおりの説明を与えているが、彼自身それに疑いをもっている。
に関しては、

<--
(iv) Buddhaghosaは、tathagataの長い議論を行っています
Buddhaghosaによれば、タイトルtathagataは8 interpretations:の余地があります--
1. Tatha agato、そのような流行の中に着いた人、
2. Tatha gato、そのような流行の中で歩いた人、
3. Tathaおよびagato(tatha-lakkhanam agato)、知識のパスによって事態の実際の要点で来た人。
4. Tathaおよびagato(tathadhamme yathavato abhisambuddho)、真実を勝ち取った人。
5. Tathaおよびagato(ここで言い換えはtathadassitaya tathagatoです)、真実を識別した人。
6. Tathaおよびagato(ここでagato=agadoおよび言い換えはtathavaditaya tathagatoです)、真実を宣言する人。
7. Tatha gato(tathakaritaya tathagato)、彼、誰の言葉、また行為合意(ゲート=pavatto)。
8. Tathaおよびagata[どこで、agata=agada「医薬」]、その医薬が全く有力な偉大な内科医。
-->
<--
(i) 単語tathagataの後の部分については、Buddhaghosaの空想的なgada、agadaおよびagada提案が安全に捨てられるかもしれません。
-->

ちなみに、磯部隆氏は、
<--
1112 ポーサーラさんがたずねた、
「過去のことがらを説示し、悩み動揺することなく、疑惑を断ち、一切の事物を究めつくした(師)に
-->
の、「過去のことがらを説示し(過去を告げ)」に注目し、次のように述べている。
<--
すなわち、「過去を告げ」という言葉は、悟りにいたるまでの彼自身の歩みを語ったことを指すのではなかろうか。
それゆえに彼は、教団の人々に「かくのごとく来し者」と呼ばれたのではあるまいか
-->


317 :*:2005/08/07(日) 08:37:16 ID:u7rxD4Zc
>>177 それは精神的意味ではなく、ネットで人格の統合を失い複数の人格者として書き込む者という意味です。
理由は、このミラースレッド(笑)に書きましたので、
気になったら参照してください。見る程のものではありません。

石飛先生のご本は、文献学に現代論理学を持ち込んで大成功したものだと思います。
徹底的に文章形式にこだわって分析検討した結果、あのような大発見というか、
釈尊の説法形式、つまりブッダ論理学が抽出できたのだと思います。

まず現代論理学の不備、因果関係が説けないことを明かし、
翻って有名な「諸行無常」と「これあるときかれあり...」の此縁性から因果の論理を導き出し、
P*Q と記号化する。そしてこの 此縁性・因果の論理を仏教の根本原理とする。

そして西洋論理にこの因果の論理がないのは、存在論の問題であることを明かす。
有を前提に展開する西洋哲学には、有から無へ変化する、無常・空の存在論がないから、
因果を説くことができず、P*Q を述べることができなかった。

そこで>>257 >>259 >>260
 この縁起法頌がなぜ衝撃的な思想であるかは上と繋がるのです。
 すべてを無常・空と正しく捉えるから因果関係がつかめる。
 それ以前もそれ以後も仏教以外の思想は、常に何かを実体視して、
 それを基点にして説き起こされる存在論だから、因果関係がつかめないと。
 (『中論』の空だからこそ縁起するや、色即是空空即是色も同じことを言ってる)

 釈尊の沈黙も神秘でもなんでもなく、徹底的に論理的なものであることが
 明らかにされています。
 
どうも巧くまとめることが、できませんが、とりあえずこんなとこで
ただいくつか疑問点があります、上の無常を「有から無へ変化する」というのは間違いだと思います。
時間がないので、今回はこの辺で。

318 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 09:14:22 ID:b6u2DEqI
>>315

INBUDSのtathāgata検索結果
ttp://www.inbuds.net/search/namazu.cgi?key=tath%5c%3d%7ba%7dgata&max=20&result=short

「サンジャヤ説のtathāgata考」とかがあるからジャイナ教だけじゃなかったのかもですね。

如来死後はどうなんでしょうね。仏教の経論は膨大で三伝あって、いまはまだ比較研究段階みたいでもある。
南伝やチベット伝の僧侶たちには科学的研究者がまだ少ないし。100年前の古典的論説が古くならないです。

319 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 09:24:45 ID:b6u2DEqI
あるレビュー 『ブッダ論理学 五つの難問』
ttp://hblo.bblog.jp/entry/210004/

「マニカナ」、時々みています。著者は現代論理学は知らないみたい。古典論理学の知識も疑問。

320 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 09:48:49 ID:9zFownKf
>>319
私もそのような気がします。現代論理学といいながら、語っているのは真理表などに基づく欠点とか
形式論理の記号化と命題論理の入口のような気がします。沈黙という回答も立川武氏などが無記
を結論付けておられるし、空に関して、空集合に基づく現代論理学による記号だけの論争もwebに
存在します。

石飛氏は多値論理学を知らないのでは?別にその書を酷評するわけでもなく、入門者にとっては
良書なのかも知れないが、317の評価は笑ってしまうというか、危ない信者さんを想起してしまいます。
西洋論理学(正確ではないが)に因果関係を示すものが無いというのはあまりにも無知です。
時間論にしてもおそらく現代論理学の現場を知らないのでしょう。世間の評価は
http://hblo.bblog.jp/entry/210004/
が一般的でしょうね。

321 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 10:38:18 ID:b6u2DEqI
現代思想の中で仏教の「縁起」に似ているといわれる「ブーツストラップ仮説」
ttp://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/Booth.htm

あらゆる名前が与えられる現象が縁起しているのか、それらを整理した若干の現象が縁起しているのか。
有部は100個ほどに整理した。それらが恒常不変の実体ならば、変化ということが説明できない。龍樹の
批判は当時としては正しいけれども、その結果、あらゆる名前が与えられる現象を施設とし、いかなる現象
にも自性がないと云って、現象の整理という科学的思考を阻害したに過ぎないのではなかろうか。

ブーツストラップ仮説も若干の基本現象の間には縁起が成り立っているという意味である。わたしのおもう
には龍樹的に解釈された「縁起」は、A=非A、いかなる言辞にも真偽の差がないという、論理の否定に
過ぎない。彼の白馬非馬の詭弁は、釈尊の「縁起」観の正しい解釈や発展とはいえないのはでなかろうか。

322 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:05:04 ID:9zFownKf
>>321
>わたしのおもう
>には龍樹的に解釈された「縁起」は、A=非A、いかなる言辞にも真偽の差がないという、論理の否定に
>過ぎない。彼の白馬非馬の詭弁は、釈尊の「縁起」観の正しい解釈や発展とはいえないのはでなかろうか。

これは誤解だと思う。この記号化自体不適切であって、もう少し読み込むべきだと思う。
鈴木大拙などの「即非の論理」などは現代仏教学では相手にされていないらしい。
普遍論争をヒントに「A=非A」の間違い指摘している。

そのスレッドを探したけど見つからない。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1114473272/l50
が中心らしいけど、板のなかで散らばっている。

原始仏教 その11
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1112182864/l50
とかあるようです。


323 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:09:31 ID:3podVxaa
で、ここでのよくわけのわかんない議論は仏教本来のものとなんか関係在るの?

324 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:12:07 ID:TtookNlw
関係ないです。我々は人間界のことなど斟酌していません。

325 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:14:27 ID:TtookNlw
しいていえば、自己満足の世界ですよ。でも、それでストレス解消には
なるんです。

326 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/07(日) 11:19:22 ID:2yJGvkNa
>>323 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:09:31 ID:3podVxaa
> で、ここでのよくわけのわかんない議論は仏教本来のものとなんか関係在るの?

「仏教本来のものと凡てが関係在る」とは、ID:3podVxaaよ、これは一つの極端である。
「仏教本来のものと凡てが関係無い」というのも、これは第二の極端である。
ID:3podVxaaよ、如来はこれらの二つの極端に近づかずして、中によりて法を説くのである。

327 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:22:27 ID:3podVxaa
>>325
それだけわかってりゃたいしたもんだ。

328 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:23:20 ID:3podVxaa
>>326
凡てがとか云ってないし。
妄想系なのか。

329 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/07(日) 11:32:16 ID:2yJGvkNa
GIGO:Garbage In, Garbage Out.

330 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 12:27:33 ID:9zFownKf
暇人さんはどうしたのでしょうか?

いつもなら怒涛の書き込みがあるのですが今回は慎重ですね。
このパーリ語のやり取りは非常に興味深いものがあります。

水野弘元『パーリ語辞典』をめぐるやり取りのあたりからぐいっと
引き込まれました。みどころ、おさえどころなど評論してしまったら
議論に影響しますし、無粋ですから申しません。議論が終了した
時に解説いたしましょう。暇人さんのお相手の寛容さが続いたらの
話ですが。私なら切れています。


331 :暇人:2005/08/07(日) 12:48:44 ID:r5/cUpSo
>>303-304
>水野、Geigerの文法
「水野・Geigerの推定派」とのことですが、水野さん自身はそれでも、「辞典」のはしがき
で、今日現存するパーリ辞書の中で最も詳細かつ研究者必須の辞書として、PTS定番の
「T. W. Rhys Davids and William Stede, The Pali-English Dictionary」を挙げられてます。
更に徹底したものとして「「Margaret Cone, A Dictinary of Pali, part I」ですね。
Aの項はTにありますから当該話題に関しては充分ですね。
「A Dictinary of Pali」が完成したら、「The Pali-English Dictionary」は過去の遺物かも
ですからね。

現代に於いては、これら二つの辞書を無視して、abhisamayaの語義を精密に探れない
でしょう。参考になるにならないにせよ チェックすべきでしょうね。
"THE PALI TEXT SOCIETY'S  PALI-ENGLISH DICTIONARY"は、
PTSの初学者用の小事典だそうです。PTS定番には「The」があり著者も違います。
あなたの>>304のPTSは、初学者用の小事典をお持ちだとのことでしたので、
てっきりウェブPTSも小事典からかと思ってしまいました。
ウッブPTSに「T. W. Rhys Davids and William Stede, The Pali-English Dictionary」をデータ化との記述を見つけられませんでした。どなたか何かご存知でしょうか。


332 :暇人:2005/08/07(日) 12:49:18 ID:r5/cUpSo
アンデルセンも小事典ですね。歴史的価値はあるがCHILDERSは古い。
(水野さんは価値あると言われるが)
やはり「A Dictinary of Pali, part I」は必須かもですね。

ちなみに水野弘元著作集Up145 「証悟について 5現観」
「現観の原語はabhisamayaといい、それはabhisam-iから成り、動詞としてはabhisameti
であり名詞としてはabhisamayaとなる。PTSの『パーリ辞書』によれば、この語の意味
は「完全に理解すること」「洞見」「了解」「実解」「明らかな理解」「徹見」等となっており、
エジャートンの『仏教梵語辞典』でも大体同じい。」と書かれてますね。
と、まずパーリ辞典を抑え、仏教梵語辞典をちらりと参照ですね。

漢訳語の語源を探る時も漢和辞典で語義を探りますが、中英辞典だけ語義はOKとならん
でしょう。パーリもパーリ語辞典を調べる。サンスクリットは参照程度に留める。
勿論、梵本経典があるなら話は別です。水野さんは、ダンマパダにパーリ本、梵本、漢訳、
プラークリットがあるのに注目して偈文の一部を比較推定されています。
そして推論可能性として三説ありうるとして
@原型はプラークリット法句経が一番近い。一方でパーリ本、他方で梵語盆になった
Aパーリ形が原型に近く、プラークリット本を経て梵本になった。
B梵語系が原初的で、プラークリット、パーリ形へと変化した。
水野さんはBはあり得ぬとされ、@Aは決定できないが、
言語的にはパーリがプラークリットより古層であるのでAの立場に立つと言われています。
(水野弘元著作選集Tp61-65参照)

仏教梵語とパーリのどちらが古いかは決定しがたく パーリから仏教梵語そして梵語にな
ったことという説もありうるぐらいです。
ですのでパーリ語辞典は重要だと私は思います。


333 :暇人:2005/08/07(日) 12:50:08 ID:r5/cUpSo
>>310
>part.1では a - kh までしか収録していません
ならば、abhisamayaはあるので 充分役立ちますね。

>どのような辞書を使ってabhisamayaを見ていくか
ですからお手持ちの辞書を確認しております。「最新の辞書」云々ではなく、
初学者用や小事典あるいは信頼度の不明確なweb辞書より、
「信頼度の高い辞書」が嬉しいです。 なにか変でしょうか。
>>280で高らかに『知的良識』を謳われておられました。
「出典や用例、他の辞書などの根拠」は一つで多いほうがよいでしょう。
その中から根拠薄いやつは参照程度に留めたらよいのですからね。

>英語の件です
専ら英語の辞書だけをご使用のご様子。そして質問に対し英語辞書の引用を提示されてい
るのですから日本語訳は当然 お示しくださるのが筋ではないかと。
当方日本語しかわかりかねますので、英語だけ示されても正確に意味は取れない上に、
無駄な時間がかかりすぎます。時間かけた上に誤読して惑う。迷惑なだけです。
日本語訳をお示し頂けますと、それを元にみんなで、思索を深め、
こういう訳がよいのではという意見が出て、更に有意義なものとなるかもです。
どうぞよろしくお願い致します。


334 :暇人:2005/08/07(日) 12:51:09 ID:sve7N9lN
以下付録
>>311 
まあまあまあ ( ^-^)_旦~~
キミがおちつけ^^
勿論教わっている部分も多いのだが、新興宗教ではあるまいし、
一方的な 「教える→教わる」関係ではなく、私が素人とはいえ相互でしょう。
その程度は読み取って下され。それと。。以下略。
>>330
はじまったね(笑) 待たせて悪かったね(笑)

>>312
>P.36では ”abhi√Sam”というのはサンスクリット に語根を戻して意味を示している

版が違うので頁数はあわないみたいですね。”abhi√Sam”って???? √+大文字???
ちなみ私の版ではp41Aabhi-Sam(Sは、sの真上に{’}です) 早島表記はabhi+√sam
これは了解しました。>>299の私の推測「@分解A由来は、梵語に遡る分解や由来を
記しておられるのかもですね」ということですね。

>samayaの項
abhi√iって????
当方の版には、@[〃 saM-i] 会 集会 C[Sam-aya]断滅 とあります。

>>277
abhisamaya(水野) @{ abhi-samaya} 現観 領解 理論的理解A{ abhi-Sam} 止滅 止息
abhisameta(水野){ abhi-sam-√i} 現観する 領解する


335 :暇人:2005/08/07(日) 12:53:43 ID:sve7N9lN
>>330
>私なら切れています

カルシウムを摂ろうね。運動しようね。

んで なんで切れるん?
私が「へへぇぇ」と相手にひれ伏さないからかね?

336 :暇人:2005/08/07(日) 12:58:01 ID:sve7N9lN
>>332
>パーリから仏教梵語そして梵語になったことという説

この説が正しいかどうか疑問。むしろ私は支持しないが こういう立場も
あり水野さんはたたれている。
なお これは語源の話ではなく、経典の使用言語の話ではあるが

337 :暇人:2005/08/07(日) 13:03:18 ID:sve7N9lN
それと申し遅れましたが、
チルダースのAbhisamayo のご紹介ありがとうございました。

Penetration, comprehension, clear understanding [ abhi + samaya ].
からしますと、
PTSは、チルダーズ踏襲の域を出てませんね。
やはりPTS チルダーズを踏まえた水野パーリ辞書を超えてませんですね。



338 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 13:34:23 ID:9zFownKf
>>331
http://www015.upp.so-net.ne.jp/sanskrit/dic2.htm を読んだんだろ?

>"THE PALI TEXT SOCIETY'S  PALI-ENGLISH DICTIONARY"は、
>PTSの初学者用の小事典だそうです。PTS定番には「The」があり著者も違います。
>あなたの>>304のPTSは、初学者用の小事典をお持ちだとのことでしたので、
>てっきりウェブPTSも小事典からかと思ってしまいました。
"THE PALI TEXT SOCIETY'S  PALI-ENGLISH DICTIONARY"が小事典?知らんぞ。まじで、俺は無知だ。
ソースを示せ。T. W. Rhys Davids と William Stedeの辞書じゃないと意味無いじゃん。
これを買わせない大学は無いと思う。本人が言ってるのだから小事典のほうじゃないんだろ。
そういう下らん突っ込みするから「切れる」という言葉を使ったんだ。

>ウッブPTSに「T. W. Rhys Davids and William Stede, The Pali-English Dictionary」をデータ化との記述を見つけられませんでした。
http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/(これあんたが貼り付けてたよ)

339 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 13:35:01 ID:9zFownKf
コンビニ翻訳:
1 Pali Text Society, London. パーリ語テキスト社会、ロンドン。
2 The Pali Text Society's Pali-English dictionary. パーリ語テキスト協会のパーリ語 - 英語の辞書。
3 Chipstead, 1921-1925. Chipstead 、1921-1925。
4 The "Additions and Corrections" included with The Pali Text Society's Pali-English dictionary have been applied to the data when this text was converted into a database.
このテキストがデータベースに変換されたとき、パーリ語テキスト協会のパーリ語 - 英語の辞書で含まれている「付加と訂正」はデータに適用されました。
5 The Pali Text Society's Pali-English dictionary has many accented characters.
パーリ語テキスト協会のパーリ語 - 英語の辞書は多くのアクセントを置かれた文字を持っています。
6 In order to display these uncommon roman characters with diacritics a Unicode font must be installed. diacritics
でこれらの一般的でない roman 文字を示すために、ユニコードフォントが設置されなくてはなりません。
7 Information and instructions are available on the Font Display page.
インフォメーションとインストラクションは Font ディスプレイページに利用可能です。
8 This dictionary is funded in part by the U. S. Department of Education.
この辞書は一部U.S.教育省によって資金を供給されます。

340 :暇人:2005/08/07(日) 13:37:30 ID:sve7N9lN
>>320
>沈黙という回答も立川武氏などが無記を結論付けておられるし

立川武氏って誰? 国立民族学博物館の立川武蔵のマチガイ?
第三文明社刊の「空の構造」か何かのことか?
ってことは、創価か 元創価系なわけかな。



341 :暇人:2005/08/07(日) 13:49:38 ID:sve7N9lN
>>338
まあまあまあ ( ^-^)_旦~~ 落ち着け

そこに「T. W. Rhys Davids and William Stede」ってないじゃん
ちなみにPTSの「The Pali-English Dictionary」は、1921-35
ウッブは1921-1925
少しづけているのだって。
それと彼の紹介のには「The」ない上に、
「パーリ専門やパーリ言語学者から見るとお笑いだとは思います」と
されている。
「T. W. Rhys Davids and William Stede」の「The Pali-English Dictionary」を
笑う奴はおらん。
落ちついて眺めてなされ。

342 :暇人:2005/08/07(日) 13:56:04 ID:sve7N9lN
>>339
翻訳ありがとうね。

ちなみに
彼のはA.P.Buddhadatta Mahathera  だとおもうよ


343 :暇人:2005/08/07(日) 16:00:07 ID:sve7N9lN
>>319
>著者は現代論理学は知らないみたい。
>古典論理学の知識も疑問。

私は大昔に某先生から論理学を習ったが 
初歩だし、ヤクザな生徒だったから、
現代論理学も古代論理学もなんのことかさっぱりだが、
(説明されても たぶん頭痛がする)

>「マニカナ」、時々みています。
ttp://homepage1.nifty.com/manikana/love!ryuju/ryu3-1.html

論理云々はともかく、マニカナの個々の文章は楽しいね
ここの「龍樹!君は悪いヤツ」なんて とてもユーモアがあり愉快だ。

このスレッドも そんなユーモア溢れる楽しいページになるといいのだが。




344 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 16:40:48 ID:9zFownKf
>>340
>立川武氏って誰? 国立民族学博物館の立川武蔵のマチガイ?
>第三文明社刊の「空の構造」か何かのことか?
>ってことは、創価か 元創価系なわけかな。

武蔵のまちがいだ。で、あんたの理屈では三枝氏、横山氏、森三木三郎氏、平川彰、菅野 博史、上田義文その他
たくさんは創価学会になるのか?あんた、ひょっとして私のこと電波と勘違いしてる?面白いね。立川武蔵氏につい
てはweb検索で確認しただけだろ?本当の関心事や専門はタントラだって知ってる?立川流を復興させる人というニックネームもある。

>ちなみにPTSの「The Pali-English Dictionary」は、1921-35
>ウッブは1921-1925
http://www015.upp.so-net.ne.jp/sanskrit/dic2.htm
>2.T. W. Rhys Davids and William Stede, The Pali-English Dictionary, London, Pali Text Society, 1921-25
> 最もスタンダードかつ手頃な(本文733ページ)辞典。梵語におけるMonierと同じく,仏教学者でこれをもって
>ない人は少ない。だが下記5の辞典が完成したあかつきにはその歴史的使命を終えるであろう。
http://userwww.sfsu.edu/~rone/Buddhism/Buddhism/BuddhistDict/BD%20Ref%20Bibliog.htm
>Rhys Davids, T.W., and Stede, W., eds. Pali Text Society's Pali-English Dictionary. London, 1921-25.
ふうーん。じゃ、これは間違いなのか?それとも25と35は同じなのか?洋書タイトルの表示に慣れてないとか?
ちなみに上のは ”Pali Text Society's Pali-English Dictionary” by Rhys Davids, T.W., and Stede, W., eds. London, 1921-25.
というのが解りやすいだろ。止めがこれ http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/pts.pdf どだ?信用の無いweb辞書だろ?(w

>彼のはA.P.Buddhadatta Mahathera  だとおもうよ
オックスフォードのコンサイスか?直接話していてそれほどの読解力か?

345 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 16:41:21 ID:9zFownKf
>>スタンダードな「T. W. Rhys Davids and William Stede, The Pali-English Dictionary」か
>なんか勘違いされているようですが、これが私が提示したPTSの辞書ですよ。
て本人が言ってる。オックスフォードがPTSか?彼が言っている「お笑い」とは謙遜のことだと
思わないのか?あんたを基準にして考えるな。素人の粋がりに対して粘り強く辛抱強く怒り
を見せずに対応しているじゃないか。お前や私とちがって。ちなみに、あんたのは素人がみても
理屈が通らない「お笑い」になっている。一つの例として、文法と辞書とを完全に勘違いしている
ところ。で、あんたの彼に対するコメントには何の誠実さも感じない。第一何も読解していない
じゃないか。かれの示したチルダースのdamma-abhisamayaの項目を見るとかなり詳細だし、
abhisamayaの項目もダンマパダの番号があるじゃないか。これでガンダリーダルマパダに戻れる。
水野辞書を買えとかあんたかなり傲慢だよ。無宗ださんは当初あまり気に食わなかったけど、
あんたよりよほど誠実で自分を解っていて努力をし吸収しようとしている。あんたはもう終わってる。

346 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 19:58:35 ID:9zFownKf
暇人さんへ。
別スレで遊ばないでもどっといで。

>彼が言っている「お笑い」とは謙遜のこと
彼はパーリの読み手ではあっても、パーリやプラークリット印欧語の言語学者ではない
から謙遜してそう言ったのだと思う。例えばよく知られているところでは東北大の後藤敏文
先生とかを想定されたのだろう。

あんたの彼に対するコメントはお笑いの穴ぼこだらけだ。性格の優しい彼がどうあんたを
導くのか見ものだな。一つだけ言っとくけど、英語の件はどう考えても失礼。あんたみたいに
偉そうに言うのなら普通は英語ぐらいは標準にしておけ。コンビニ翻訳でもいい。

347 :暇人:2005/08/07(日) 20:36:43 ID:ecqBwod8
>>344
>武蔵のまちがいだ。
いやキミのカキコの私への絡みぶりが創価か元創価ぽい。

1921-1925 が正解なんだね。私の情報が間違ってたのか
色々調べてくれてありがとう。
で、なんであそこのページにT. W. Rhys Davids and William Stedeが
ないの? 不思議だね。

>>>なんか勘違いされているようですが、これが私が提示したPTSの辞書ですよ
と言われて、最初に言ってたweb辞書って これだよと言われてるでしょ。
んで書籍は使わず、もっぱらWEB辞書使っていると
じゃあ手元の三つとは別じゃん 普通に読んだらさ。
しかも「The」がない。
んで、更にチルダーズとこれを最高の二つって 書かれているでしょう。
これは途中見つけられた水野パーリ辞典の記述ですね。

まあまあ 落ちつけ ( ^-^)_旦~~

>偉そうに言うのなら普通は英語ぐらいは標準

意味不明だ(笑)
私の認識では最初に失礼な絡み「知的誠実」云々したのは彼。
それに対して 私なりに誠実に答えているつもりだが。
キミからすると私はもう終っているのか(爆)
では、しばらくキミが彼と対話して、『見本』を見せてくれ。
最後に私が解説するから(笑)


348 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 21:02:58 ID:U+lHIVHi
渦中の人間は数人だろ?
個人的にチャットかなんかでこじんまりとやってくれ。

いいかげんウザイ。
ここはゼミなのか?いや、閉鎖的な原始仏教サークルか?

349 :暇人:2005/08/07(日) 21:03:27 ID:ecqBwod8
>ひょっとして私のこと電波と勘違いしてる?

なんで電波の名前がそこで 出てくるんだ?
彼は現在 創価なのか? 違うと思うけどねー。

350 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 21:05:14 ID:IvK8sxT+
まず、http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/index.htmlをひらいてから、
About the Dictionaryをくりっくしてみましょうね。そしたらわかるかもしれないよ。
ここはふつうにじのよめるひとのためにつくってあるとおもうけどね。

351 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 21:07:28 ID:9zFownKf
>>347
また笑わせてくれるの?
>いやキミのカキコの私への絡みぶりが創価か元創価ぽい。
その根拠を示せ。

>で、なんであそこのページにT. W. Rhys Davids and William Stedeが
>ないの? 不思議だね。
http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/pts.pdf 
だと言ってるだろ?ぼけてるのか?
http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/
上のほうの〔About the Dictionary〕をクリックしろ。世話を焼かせるな。小学生並だぞ。
>と言われて、最初に言ってたweb辞書って これだよと言われてるでしょ。
>んで書籍は使わず、もっぱらWEB辞書使っていると
>じゃあ手元の三つとは別じゃん 普通に読んだらさ。
ぜんぜん話が通っていない。
>しかも「The」がない
あははははは。webで探してみろ。書物を紹介するときは抜けてしまうのは往々としてある。
>私の認識では最初に失礼な絡み「知的誠実」云々したのは彼。
>それに対して 私なりに誠実に答えているつもりだが。
そんな了見でいたのか?おまえ、思いっきり失礼だぞ。彼が誠実に懇切丁寧に説明している
とは思わないのか?
>キミからすると私はもう終っているのか(爆)
彼とのやり取りを見ていると完全に終わってるね。かれは菩薩心があるのだろうか、あんたに慈悲を垂れている。
>では、しばらくキミが彼と対話して、『見本』を見せてくれ。
彼と対話する必要は無い。研究する上での常識の話だからその辺では共通だから。
>最後に私が解説するから(笑)
パーリを読めないあんたには無理。

352 :暇人:2005/08/07(日) 21:09:15 ID:ecqBwod8
>>348

ごめん意味が取れないのですが、
abhisamayaネタがウザイ?
私と9zFownKfさんのやりとりがウザイ?←これは自粛します 申し訳ない

中々うまくいかないものですが、誰もに開かれた場所が理想ですね。
いづれにせよ 話題があるならば 自由に書かれてください。
よろしく お願いします

353 :暇人:2005/08/07(日) 21:11:23 ID:ecqBwod8
>>350

ありがとう。了解

354 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 21:52:10 ID:b6u2DEqI
最近こういう便利なサイトも出来た。

法華經數位資料庫
ttp://sdp.chibs.edu.tw/

瑜伽師地論資料庫
ttp://ybh.chibs.edu.tw/

日本が一番なんにもないね。

355 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 22:07:25 ID:U+lHIVHi
だから、地味だけど
片山さんの仕事はもっと評価されていいと思うのだが・・・。
存命中に三蔵全てを訳せるかどうか判らないけど、
ビルマ第六結集版が底本ではあるけれども、
けれども、その、仕事の意味合い・重要性に思いを馳せる時・・
完遂したら、南伝大蔵経を超える偉業になるだろう・・・


おいらは学部の授業だけで逃げ出しました・・・ orz

356 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 08:16:57 ID:KprgJLBb
わかったぞ。暇人は

"THE PALI TEXT SOCIETY'S  PALI-ENGLISH DICTIONARY"


PALI TEXT SOCIETY'S "THE PALI-ENGLISH DICTIONARY"
となる中学生英語も知らないんだ。暇人にとっては
"THE PALI TEXT SOCIETY'S  THE PALI-ENGLISH DICTIONARY"
となる英語はOKなんだ。abhisamayaの議論なんてもともと無理だったんだ。

菩薩様もあきれて打つ手がないのかな。絡んできたとか言われた日にゃ
菩薩様でも見捨てるのかな。

357 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 09:56:54 ID:KprgJLBb
>>347
なんか菩薩様がかわいそうになってきたので。

>私の認識では最初に失礼な絡み「知的誠実」云々したのは彼。
なんのことか理解できなかったが、これのことか?

>Aまさか中村元の仏教語大辞典に依拠しているとは知的良識から思いたくありませんが、もしそれを根拠とするのなら
>出典や用例、mAvyU、パーニニ、他の辞書などの根拠を一つでも尋ねられて居ると思うのですがいかなる手段を選んだのでしょうか?

これのどこが絡んでると読めるのだ?被害妄想か?語源を調べるのに中村仏教語大辞典を使うのは
トーシローでもしないことだ。先ず梵・パーリの辞書類だな。そして出典用例、ターム対応、文法と調べる
のが通例だ。素人なら仕方ないが、その後に以下の手続きを暇人なら踏んでいるでしょうねというのが
彼の言葉だ。優しい奴じゃないか。今回、どうみても蟻と象だ。

>それに対して 私なりに誠実に答えているつもりだが。
「水野パーリ語辞典を買え」とかPTS辞書やその増補大改訂を出してきて相手を残念とか
蔑むことか?結局は全部あんたの間違いだったんだが。彼は自称研究者とか一切言ってない
筈だ。それでも英訳を求めるのか?あんたにそんな労力を強いられるいわれは無いと思うよ。
彼の目的はabhisamayaの正しい意味を順序だてて説明してその正しい用法を導き出して
あんたに納得させることだったと思う。一方的にではなく共に一つずつクリアしながらね。
あんたのあの喧嘩のような絡み方では一歩も進まなかったと思うぞ。悪いが、早島先生の
解釈は蓋然判断であり断定ではない。今問題になっているabhisamaya文脈ではそんな読みは
不可能であり、仮に還滅門での解釈だったとしても文意が通らない。あれはただの戯言。

358 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/08(月) 12:52:53 ID:tauN82hQ
>>318
> INBUDSのtath?gata検索結果
> ttp://www.inbuds.net/search/namazu.cgi?key=tath%5c%3d%7ba%7dgata&max=20&result=short
>
> 「サンジャヤ説のtath?gata考」とかがあるからジャイナ教だけじゃなかったのかもですね。
仏教経典以外にもサンジャヤ説が、何かに残っていたのでしょうか?
まあ、そうだとしても、釈尊と同時代とみなせるので、

>(1)仏教以前の著作のいかなるものにも、今のところなお如来の表現は見い出されてはこなかった

を否定する材料ではないように思えます。

> 如来死後はどうなんでしょうね。
普通の人は、目をもっているわけですが、
普通の人を、指すのにわざわざ、「眼ある方」と呼ぶかどうか考えると、
そんなことはないように思います。
やはり、如来は、如来ではないでしょうか?


359 :暇人:2005/08/08(月) 20:41:31 ID:n0i/67Rx
彼は多忙と書かれていたではないか 焦るなって。
まあ人それぞれだから 色んな感想があっていいが(笑)
わたしの側からの見方も書いておこう。(彼には彼の意見があるだろうが)
abhisamayaに@abhi-sam-√i A abhi-√samの二系統があるという
私の情報に対して、sの語幹が√sに変化することはあり得ないという文法原則から、
Aabhi-√samの根拠を問われた。つまりこれは文法的な根拠がなく、あり得ないのでは、と。

ところが私の側は、既に、水野ぱーり語辞典を根拠に
samaya(水野)< saM-I 会 集会/時 時期 適時/宗 宗義/ <Sam-aya 断滅
abhisamaya(水野) @{ abhi-samaya} 現観 領解 理論的理解A{ abhi-Sam} 止滅 止息
及び、早島さんの「この語をabhi-√samより成ると解せば、苦などの止滅の意となる」を
引用提示していたわけですね。
早島さんだけの見解ではなく水野さんの見解でもあるのですね。
ここで問題になるのは、文法原則を無視したabhi-√samがなぜ成立しているか
ということですね。


360 :暇人:2005/08/08(月) 20:42:49 ID:n0i/67Rx
チルダーズ、webPTSという二大パーリ辞典には@abhi-sam-√iしかない。
梵語定番webモニエルにも@abhi-sam-√iしかない。たぶん仏梵辞典にもそうなのだろう。
だから私の側としては、現行PTSより詳細との評判の「A Critical Pali Dictionary」の
確認を促したのですね。そこにもないと仮定して、考えられるのは、
@早島・水野の abhi-√samは、マチガイ。 あるいは穏当に表現して「推論」
Aabhi-√samは文法的にマチガイだが漢訳者が、abhi-√samの意味に解釈し「止滅/断滅」
という訳した。早島・水野はその事実を踏まえ、abhi-√samを追加したが西洋学者はこの事実を知らない。
Bその他、他の事情がある。

恐らく早島・水野のマチガイという可能性はごく低いので、AかBでしょう。
ただ厳密に言えば、雑阿含 巻語105経に、水野さんがabhi-√sam系の根拠とされる
mAna-abhisamaya(慢の止滅)とおぼしき漢訳がある。「若於慢無間等觀。衆苦不生」
つまり漢訳者は、「若し慢において無間等し、觀ずれば。衆苦は生ぜず」と訳しており、
止滅でも意味は通るし、明瞭な理解でも意味が通らなくはない。
とするとBなのであろうか。しかし例えばこれのパーリ原文が、
「もしmAna-abhisamayaならば、苦しみは生まれない」ならば、
慢の止滅説にも理はあるかも。あるいは別の箇所なのだろうか。


361 :(*):2005/08/08(月) 20:56:42 ID:gkXbPPYr
参考にして。水野先生の説は、ニルクタでしょうね。民間語源学といわれる。
それも解釈の一つだから、尊重しなくてはいけないでしょうが、

A dictionary of the Pali language / by Robert Caesar Childers.London : Trubner, 1909.
624 p. ; (4vo)

ABHISAMAYO, Penetration, comprehension, clear understanding [abhi+samaya].
Dh. 134 See dhammAbhisamayo.

ABHISAMETI, To penetrate, comprehend, gain a full knowledge of [abhi+sam+A+i].
Ger. abhisamecca(Khud. 15). AbhisametAvI,
one whi has gained a full knowledge of the truth(PAt. 75).

DHAMMABHISAMAYO, Comprehension of the truth [dharma+abhi+samaya].
This term means the attainment by an unconverted man of one of the four paths.
caturAsItiyA pANasahassAnaM dhammAbhisamayo ahosi,
the conversion of eighty-four thousand beings took place(Dh.130).
B.Lot. 432; E. Mon. 292; Mah. 3, 73; Dh. 144, 350; Kamm. 28.


B.Lot.: ビュルヌフ、法華経仏訳、1852
Dh.: ファウスベル、ダンマパダ、1855
E. Mon.: ハーデイ、Eastern Monachism、1860
Kamm.: スピーゲル、カンマヴァーキャ、1841
Khud.[Kh.]: チルダース、クッダカパタ、1869
Mah.: ターナー、マハーヴァンサ、1837
PAt.: ミナエフ、別解脱戒経、1869

362 :  :2005/08/08(月) 21:32:58 ID:KprgJLBb
暇人さん。もう少し読み込んでみたら?

サンスクリット語根合成    サンスクリット       パーリ
abhi√Sam       abhisamaya         abhisamaya
abhi-saM√i       abhi(S)amaya        abhisamaya

つまり、2系統のいずれもパーリではabhisamayaになるが、サンスクリットでは2系統それぞれに
違う語になる。サンスクリットでは文法的に明らかに違うものを同一上で扱えない。サンスクリット
を無視してパーリだけの世界で見れば2つは同じ音だから混同することになる。

水野辞書ではその音から同じ項目で記述しているだけで、2つは違う概念。現観のabhisamaya
については@で記述してあるので(現観=abhi√Sam)は水野説であるとはいえない。
早島先生も「説」まで昇華しているわけではない。「だろう」だ。第2の系統は煩悩の滅状態であり、
明らかに別文脈。煩悩の滅はニローダ。

363 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 22:24:37 ID:K5l6CQKR
こりゃ仏陀が見たら間違いなくお叱りになりそうなスレだな

364 :暇人:2005/08/08(月) 22:27:51 ID:n0i/67Rx
>>362

日本語を勉強されてください。
「現観」に二系統あると言っていると書いてません。
abhisamayaに二系統とあると書いているのですね。

(現観=abhi√Sam)は水野説←こんなことは書いていない。キミの脳内妄想
煩悩の滅はニローダ←これとabhi√Samとどういう関連があるのだね。

人のカキコミ(A)を、脳内妄想で(B)と把握し、(B)批判を展開されてもね。。
(以下略)

>>361
>水野先生の説は、ニルクタでしょうね。民間語源学といわれる

ニルクタである根拠は? 水野さんが著作で言及されたりされます?


365 :暇人:2005/08/08(月) 22:33:19 ID:n0i/67Rx
>>363

なるほど では ブッダがみられたら お褒めになられる
スレッドを キミが 作って 善き手本を見せてくだされ。

366 :太刀山型の土俵入り:2005/08/08(月) 22:35:28 ID:G52MRI9m
オナニーに励めるお経募集

367 :(*):2005/08/08(月) 23:06:11 ID:gkXbPPYr
>>358
水野 弘元「tathAgata(如来)の意義用法」『印度学仏教学研究』, 9(5-1) 1957
に明らかですよ。ジャイナだけでなく、マハーバーラタ等にも出てくることが書かれている。
無記説で用いられる tathAgata は「生死輪廻を脱した完全者」と論証されています。
先行研究を広く参照し、広汎な用例を精査した見事な論文です。さすが水野先生!

立川さんの主要な研究対象がタントラと言ってる方が、いるがまったく誤認でしょう。
タントラについてはまさに「タントラとは何か」という津田真一先生の論文で、
立川さんがいかにタントラについて理解してないか、周到に論証してますよ。
これについて立川さんも誤りを認めて修正論文を書いてます(岩波講座東洋思想チベット仏教)
立川さんの専門は中観ですよ。これは自分で書いてたし、ギーブルが英訳してますね。
しかしながら、中観もいただけない。あの何でもエリアーデの聖/俗で切る方法はもとより、
自分の神秘体験によるバイアスが、かなり歪んだものにしていると思う。
無記については、丹治先生を読むべきでしょう。しかしそれよりも石飛さんが優れている!
ほんとうに仏教研究が変わるのは当然として、西洋哲学をも揺るがすとおもう。
スピヴァックにつづいて、より本命は石飛さんだろう。英語の本が出るのが楽しみ。

立川さんの業績は、翻訳にあると思う。アマル、エリアーデ、トゥケン等、
読みやすく明解。それとカタログやマンダラ、写本の出版ね。
清弁の写本の出版が一番、学会に貢献されたのではないでしょうか?

確かに該博な方だとは思うけど。

同じインゴールズの弟子の原先生こそがタントラの専門家でしょう。
原先生の論文は言葉も美しく詩を感じさせるものがある、もちろん内容がいいのは言うまでもない。
仏教タントラは津田先生と古・羽田野先生で決まり。


368 :(*):2005/08/08(月) 23:15:37 ID:gkXbPPYr
>>364 根拠はヴィヤーカラナ(語源分析・文法学)つまりパーニニです。
それについては中谷先生も、現代言語学者も一致して認めますよ。
当然、水野先生もお認めになると思います。
これは多少、語学をやったものの常識ですよ。
今回は、残念ながら、電波氏が珍しく正論だと思います。

暇人さんは、原始仏典の中から根拠を示せというのでしょうが....
何故、今回暇人さんは、そんなに厳しいことをするのか、理解できません。


369 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/09(火) 06:46:24 ID:6wLGzNmQ
>>367 :(*):2005/08/08(月) 23:06:11 ID:gkXbPPYr
> 水野 弘元「tathAgata(如来)の意義用法」『印度学仏教学研究』, 9(5-1) 1957
> に明らかですよ。ジャイナだけでなく、マハーバーラタ等にも出てくることが書かれている。
レスありがとうございます。

http://forum.nifty.com/fworld/indonesia/candi/candi050.htm
> ◆マハーバーラタについて
> 古代インドの叙事詩(サンスクリット語)で成立時期は紀元前400年〜紀元後200年ころとされています。
>(長い間にわたって、次々とお話が追加されていったらしい)
とあります。
仏教において如来という言葉が使用された以降に成文化したものではないでしょうか?

> 水野 弘元「tathAgata(如来)の意義用法」『印度学仏教学研究』, 9(5-1) 1957
において、
tathAgata(如来)の由来に関しては
何か言及されていなかったでしょうか?


370 :暇人:2005/08/09(火) 07:18:51 ID:YwpdBx/P
>>368
>原始仏典の中から根拠を示せというのでしょうが....
>何故、そんなに厳しいことをするのか、理解できません

例えば>>309で「Dh.134 See Dhamma-abhisamayo (Dh はダンマパダ) 」
と紹介されてましたが、私がDh.134 を検索すると
ttp://www.j-theravada.net/5-howa55.html

Sace neresi atta^nam - kamso uphato ytha^,
Esa patto'si nibba^nam - sa^rambho te na vijjati.(Dh. 134)
こわれた鐘のように声を荒らげないならば、あなたは安らぎに達している。
あなたはもはや、怒りののしることがないからである。 (Dh. 134)

ttp://sugano.web.infoseek.co.jp/butu/sinri-0.htm
134 こわれた鐘のように、声をあらげないならば、汝は安らぎに達している。
汝はもはや怒り罵ることがないからである。

ダンマパダ134句には、Dhamma-abhisamayo は見当たりません。
Dh.134 See Dhamma-abhisamayo ←これはどこのことかわかりません。



371 :(*):2005/08/09(火) 09:00:14 ID:Zdw/k4H2
>>369
> 仏教において如来という言葉が使用された以降に成文化したものではないでしょうか?
いわゆる苦行者文学と言われるもので、仏教以前にそういった苦行者の言葉が流行していて
それが初期仏教・ジャイナ古経、マハーバーラタ等に保存されたと考えるのが現在一般的
だと思います。それについては原始仏教研究を変えた
   荒牧典俊『仏教及びサーンキヤ・ヨーガに共通の源流に関する研究』1983-1984
を参照してください。

> tathAgata(如来)の由来に関しては
> 何か言及されていなかったでしょうか?

由来については先行研究を紹介されています。それよりも上で述べたことがその答えになると思います。
つまり tathAgata ということばは苦行者文学で流行した言葉であると。
で、意味としては「生死輪廻を脱した完全者」「解脱者」として使われたとなります。

そういえば水野先生の論文のなかでトレンクナーが無記説の tathAgata を「有情」と
解釈することについて「これは誤った転用であって、正しいとは言い難い」と
はっきり述べております。これで電波氏の説は完全に崩れましたね。

372 :(*):2005/08/09(火) 09:02:52 ID:Zdw/k4H2
>>370
手元の電子テキストとヒニュバー&ノーマン本でダンマパダを見てみましたが、
abhisamaya という言葉すらありません。
このマックス・ミュラーの該当箇所もないようです。
http://www.sacred-texts.com/bud/sbe10/sbe1012.htm
この東方聖書の訳は、1855年出版のファウスベル本に依っていると書かれているので、
チルダース辞典の誤りかもしれませんね。

caturAsItiyA pANasahassAnaM dhammAbhisamayo ahosi
は、ミリンダパンハーに確認できました。PTS 351, SL303

その他用例が確認できたのはマハーヴァンサですね。

辞書の出典が誤っているといのは問題ですが、
それは abhisamaya の語義とは関係ないことでしょう。

暇人さんは、原語解釈から早急に手を引かれるのが賢明だと思いますよ。

373 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 09:24:53 ID:BMk6V1OD
>>364
>日本語を勉強されてください。
>「現観」に二系統あると言っていると書いてません。
>abhisamayaに二系統とあると書いているのですね。

それは禁反言に反してるよ。あんたの主張自体動いている。それならニ系統とはいえない。
語源も意味も違う別語だ。今、abhisamaya(現観)の話をしている。そのなかでニ系統を
言い出して>>279のように

>偉そうに原意を云々するならば、せめて
>元々のabhi-sam-√i系のほか
>雑阿含にも特徴的に見られるabhi-√sam系の
>二系統あることぐらい 情報収集して欲しいものだ
こんな発言は無関係(別語だから)になる。論点をずらして(同音異義、例えば性格と性格)
拡張(abhi√Samの話は当初から関連性は無い)している。

>偉そうに原意を云々するならば、せめて
このようなあんたの発言が自分の首を絞めているという自覚は無いのか?それを糊塗するために

>人のカキコミ(A)を、脳内妄想で(B)と把握し、(B)批判を展開されてもね。。
>(以下略)
と、またもやすり替えている。あんたは不誠実だよ。これはそのままあんたに返るんだ。その典型が「自性」

374 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 09:37:58 ID:BMk6V1OD
>>372
>暇人さんは、原語解釈から早急に手を引かれるのが賢明だと思いますよ。

それは親切なようで、実は暇人さんにとっては為にならないのでは?
これを切っ掛けに原典を読むようになればこれ以上のことはありません。
ヴィヤーカラナがいかに大切かを実感できると思います。

暇人さん。もし原典を読みたいと思い立ったのなら、パーリからじゃなく、サンスクリット
から挑戦しましょう。暇人さんはお見かけしたところ、関西人ですか?それなら、教えて
くれるところが多いと思いますよ。○条センターだけはお勧めできませんが。webでも
サンスクリットヲタクが入門講座を開いています。独習するのならいいかもね。それと、
英語を厭わないで下さいね。

375 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 09:47:45 ID:BMk6V1OD
>>367
>立川さんの主要な研究対象がタントラと言ってる方が、いるがまったく誤認でしょう。

タントラの研究者として評価しているのではなく、ご本人がタントラが一番の関心事で主要な研究
対象としているが、中観研究者というのが現実。だから変なニックネームがついたのだと思います。
タントラ研究についてはご自身の限界を認識されていると思うのです。

>しかしそれよりも石飛さんが優れている!
>ほんとうに仏教研究が変わるのは当然として、西洋哲学をも揺るがすとおもう。

そこまで言いますか?現代論理学の現場ではかなり酷評ですが、読まずに評価できないですね。
どこが優れいるか、よろしければ少しだけでも述べてください。

376 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 10:07:49 ID:RPfDtu0b
Webにはいろいろ便利なサイトがあって、今はサンスクリットの勉強も楽です。

全語釈・梵文阿弥陀経
ttp://www.yamadera.info/sanskrit/sanskrit-index.htm

機能が豊富・The Sanskrit Heritage Dictionary
ttp://sanskrit.inria.fr/DICO/index.html

いろいろと参照している中に、英語と漢語の読解力も向上するとおもいます。

377 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 10:51:34 ID:BMk6V1OD
暇人さんへ。
>>人のカキコミ(A)を、脳内妄想で(B)と把握し、(B)批判を展開されてもね。。
>>(以下略)
>と、またもやすり替えている。あんたは不誠実だよ。これはそのままあんたに返るんだ。その典型が「自性」
詳しい説明があんたには必要なようだ。自性について、電波とのやり取りから以下のように代入できる。

【人のカキコミ(A)を】
竜樹の著作を説明しているHPを読み解くことに関して
    電波: 「自性の多義性に注意」
【脳内妄想で(B)と把握し】
    暇人: 「自性の多義性を唯識の三性説だ」と脳内妄想して断定
【(B)批判を展開されてもね。。 】
    暇人: 「唯識で竜樹を見れない」

そして色々指摘があっても「多義性は無い、竜樹の自性批判は有部のみに向いている」
というのが段々変化して行き、誰かが「有自性論者」の概念を持ち出してくる」とまた主張
が変化する。主張が変わるときは間違いを認め、それを表明するだけの知的誠実(暇人のカチンと来る言葉)
さが必要だね。でも、「竜樹自身が有部以外のニヤーヤなどと明言していない」と迷言する。
さすがに、これは調べれば簡単に間違いに気づいたのか次は
「電波の自性の多義性を言うときに、ニヤーヤなどと説明しなかったじゃないか、言ったのは本質と偶有属性・・・」
と反論。しかし、暇人さんが「三性説だ」と言った過誤は取り消せない。でも、これは実はニヤーヤの自性としての
プラマーナの説明ね。

電波と暇人のやり取りを見物していると、面白いのだがいい加減にしろといいたい。
電波の水野発言に関しては完全な間違いだ。これは本人も自覚しているとおもう。末節ではなく
本論の無記説は水野先生が最終結論ではないと思う。暇人のような雑音を排除して無宗ださん
のような知的誠実さのある人とお話すればいい。

378 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 12:34:45 ID:xGM2RHyQ
近親擁護派の巣窟です。馴れ合いも酷い。
近親反対派の人はここで思いっきり議論して下さい!!
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1123427022/

379 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 16:13:41 ID:TDzwz9qh
原語やインド学、仏教学について、研究経験のあるものが暇人さんのような人と
同じ土俵で語ること自体が間違っている。追求していくと「素人だから」と逃げる
のではただの徒労に終わっている。

無駄なことは止めましょう。「水野辞書を買いなさい」と言う人とまともな議論が
成立するわけがありません。もっと自分を大切にしましょう。暇人さんをいじって
遊んでいるのですか?それは良くない。本人にしては必死なのですから。

380 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 17:16:22 ID:GLdnLEzM
暇人さんと遊んであげていると言う人(人々?)がせめてコテハンを名乗っていただければと思う。
罵倒されようがコテハン続けるだけ暇人さんと無宗ださんはエライよ。
名無しで書き込むのは専門家を自称しながらボロを突っ込まれるとまずいからかと疑うが。

381 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 17:32:11 ID:BMk6V1OD
>>380
>暇人さんと遊んであげていると言う人(人々?)がせめてコテハンを名乗っていただければと思う。
だれが?そんな失礼なこと一人称でいってるのでしょうか?コテで名乗らなくてもIDがあります。

>罵倒されようがコテハン続けるだけ暇人さんと無宗ださんはエライよ。
今、だれが無宗ださんを罵倒しているのでしょうか?私は評価していますよ。

>名無しで書き込むのは専門家を自称しながらボロを突っ込まれるとまずいからかと疑うが。
知識が深い人は確実にいますけど、ななしで専門家を自称している人がいますか?
もしボロがあるのなら、遠慮なしに突っ込んでくださいね。

382 :暇人:2005/08/09(火) 20:31:07 ID:6ewDuHHi
>>372
>辞書の出典が誤っている
チルダーズの記述が誤っているのか、Dhがダンパダという理解が間違っているか
他の事情があるのか。私たちの確認ミスか。今のところ不明。事実は
Abhisamayaを私はダンマパダ134句に、あなたダンパダ全体に見つけられなかった。

> abhisamaya の語義
語義の話は既に私が出した>>359-360で止まっていますよ。
これを深めるレスは今のところない。
「原語解釈から早急に手を引かれるのが賢明」とのことですが、意味不明ですね。

> dhammAbhisamayo
ミリンダパンハーの例示ありがとうございます。
語義とは無関係にdhammAbhisamayoがabhisamayaのニカーヤに出た最初の形態で
最初期の最高証悟(中華)の根拠テキストかもですので、abhisamaya探求には重要です。


383 :暇人:2005/08/09(火) 20:31:38 ID:6ewDuHHi
>>373-374 377
まあまあ 落ち着け( ^-^)_旦~~

それならニ系統といえない←君からすると言えないのだろう。だが私はそう思わない。
語源も意味も違う←だからabhisamayaは二系統なのね。
今、abhisamaya(現観)の話をしている←そうか私はabhisamaya二系統の話をしている。
キミと私は別話題だな。キミの脳内暇人と対話してくれ。この程度の絡みはウザイ。

>サンスクリットから挑戦しましょう
今のところ挑戦する気はないね。

「多義性は無い、竜樹の自性批判は有部のみに向いている」←キミの脳内妄想 
「竜樹自身が有部以外のニヤーヤなどと明言していない」←意味不明
「三性説だ」と言った過誤←なんで過誤だね。
これは実はニヤーヤの自性としての プラマーナの説明ね←意味不明
面白いのだがいい加減にしろといいたい←キミの脳内妄想は面白いが ウザイ。

■Abhisamayaネタは、元々は、「四禅を超えた現観」を電波さんが修習されていて
「現観」を「神秘体験」視された上で高次な瞑想と位置づけられていたが、
そういう「現観」は原始仏教にないという話。
最近の語根話題のテーマは、二系統の話。サンスクリットでは別の語だよ、だそうだが
パーリでは一緒の語。だから二系統。
■自性ネタをなんでキミが蒸し返したいのか意味不明。
もしかして、江島『中観思想の展開』を読んだから 遊びたいわけ?


384 :暇人:2005/08/09(火) 20:36:37 ID:6ewDuHHi
>>379
研究経験ねぇ あるなら、もちと 素人に
わかりやすく説明してもらいたいものだ。
ユーモアあれば なおよし。


385 :名無しさん@3周年:2005/08/09(火) 22:44:59 ID:BMk6V1OD
>>383
あんた、折角庇ってやろうと思ったけど、完全に終わってるよ。
どうして同音異義語がニ系統なんだ?それは別語というんだよ。
自性についても醜いよまったく。

ではごきげんよう。屁理屈遠吠え君。

386 :名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 08:18:05 ID:OQXGZd3K
研究者は大学教員であれば学生に対しては指導する。
だか、素人相手とは言えないな。学生は努力しないと
単位がもらえない。

研究者は決して素人相手にしているわけではない。
どんな研究分野でもそんな説明義務はない。また
そんな心がけをしていたら自滅する。

素人にわかりやすく説明する人もいるが、教育や
啓蒙などの別分野を担う人だな。

素人だと逃げるのは頂けない。踏み込んでいる分野
には英語が必要なのに訳せと強要する。英語が使え
ないのなら努力して読み解くか、それが出来ないのな
ら議論するな。

>ユーモアあれば なおよし。

こんな傲慢な人間を見たことがない。

387 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/10(水) 09:02:31 ID:T0xAGQcs
 すべての人の意見はそれぞれの立場や経験に基づいて正しく、
 怒りは、自分の体の外には存在しない、つまり、自分の中にある。

 怒りを感じたら、口を開く前に1〜10まで数えよ。
 ひどく怒りを感じた時は、100までだ(トーマス ジェファーソン)。
----------

だそうです。

人は己の尺度でしか、物事を測ることができない。
ちなみに、私は、暇人さんから、特記するような不快感を受けた記憶は無い。
----------

掲示板には誰もがそれぞれの立場で投稿する権利を有すると考える。

誰も、投稿したり、レスを返す義務はない。
だからといって、
人を誹謗中傷する権利を持つ人もいない。

知識不足は、知識不足として素直に認める積もりでいるが、
それを理由に人間性を否定することは、私的には許しがたい。
知識不足を表明することと、知識不足を理由に逃げることは、異なる。
----------

戯言ですけどねw。


388 :名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 09:16:46 ID:OQXGZd3K
【せいかく】
       @性格
       A正確

これは別語。ニ系統と言うのであれば、

【性格】
       @性格
       A正確

となる。これが間違いであるのは明白である。
「性格を論ずるのに正確も調べて情報収集しておくべきである」
というのが暇人さんの論法。

英語辞書の引き方もろくに出来なかったと憶測してしまう。

これ以上、暇人さんを教育してやるいわれはない。
あとは勝手にほざいてろ。

389 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/10(水) 12:52:42 ID:T0xAGQcs
>>371 :(*):2005/08/09(火) 09:00:14 ID:Zdw/k4H2

> > 仏教において如来という言葉が使用された以降に成文化したものではないでしょうか?
> いわゆる苦行者文学と言われるもので、仏教以前にそういった苦行者の言葉が流行していて
> それが初期仏教・ジャイナ古経、マハーバーラタ等に保存されたと考えるのが現在一般的
> だと思います。それについては原始仏教研究を変えた
>    荒牧典俊『仏教及びサーンキヤ・ヨーガに共通の源流に関する研究』1983-1984
> を参照してください。

レスありがとうございました。
つまり、tathAgata(如来)と呼ばれた最初の人物が釈尊である可能性は低い。
したがって、tathAgataの由来を調べても、釈尊の言動等をストレートに反映した結果とは考え難い。
ということですね。
情報ありがとうございました。

> 苦行者文学
> 荒牧典俊『仏教及びサーンキヤ・ヨーガに共通の源流に関する研究』1983-1984
に関しては、一応アンテナを伸ばしておきたいと思います。


390 :名無しさん@3周年:2005/08/10(水) 15:32:38 ID:OQXGZd3K
>>367
>これについて立川さんも誤りを認めて修正論文を書いてます(岩波講座東洋思想チベット仏教)
市販本にまで誤りを認め、修正論文を発表した研究者はそれほど多くないと思います。
ちょっと変な正確(笑)の中に潜む謙虚さ。尊敬してしまいます。研究者としては保留ですが。

391 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 10:46:11 ID:rmWYwiQI
このスレッドに対する感想の一例です。
>今のところ暇人さんの
>スレはabhisamayaの語源解釈についてかなり込み入った話になってますんで、
>あちらは専門家?が素人の暇人さんを教育するスレになってるようで、
@ abhisamayaの語源解釈についてかなり込み入った話
A 専門家?が素人の暇人さんを教育
というのは間違いないでしょう。暇人さんは悪あがきしていましたが、さすがに
無理筋との自覚があるようで書き込みが無い状態です。正等覚への直接導入
が縁起現観(四諦現観もある)であることに異議をとなえる人がいるのなら教えて
欲しいものです。「わかった相応」などの揶揄がありますが、縁起現観での文脈
では「わかった」も苦しいですが間違いではありません。それ以外で「わかった」を
使っている場面があれば指摘してください。
正等覚への直接導入過程にある現観が四禅や滅尽定を超えたものである、という
のはここから簡単に論理帰結されます。
>「多義性は無い、竜樹の自性批判は有部のみに向いている」←キミの脳内妄想 
>「竜樹自身が有部以外のニヤーヤなどと明言していない」←意味不明
>「三性説だ」と言った過誤←なんで過誤だね。
>これは実はニヤーヤの自性としての プラマーナの説明ね←意味不明
この遠吠えに釘をさすのには彼自身の以下の言葉があります。
>「仏教外の有自性論者も含む」と私には読めん。
>キミの頭脳は私に理解できん。
暇人の脳味噌は虚栄心しかないようです。自己正当化の権化です。
さぁ、次は暇人の番です。どうぞ、ご登場を。屁理屈はいらんぞ。


392 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 11:00:19 ID:XuJg+S2d
しかし、なぜ今ごろ原始仏教をやっているのだろうか?進化とご都合主義によってある現在の仏教にあきたのかな。仏教原理主義と呼べるのは彼のダイバダッタだと思うがな。

393 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 11:17:53 ID:rmWYwiQI
>>392
現在の仏教は原型を留めていないばかりか、魔の巣窟になっているからです。

394 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 11:22:12 ID:XuJg+S2d
仏教500年節って知ってる?今は仏教が起こってから2000年以上たっている。

395 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/11(木) 12:55:28 ID:RV0X0WDf
>>391
> 正等覚への直接導入
> が縁起現観(四諦現観もある)であることに異議をとなえる人がいるのなら教えて
> 欲しいものです。

ちょっとはっきりさせて欲しいのですが
(1)縁起現観(四諦現観もある)は、「正等覚」なのでしょうか?
それとも
(2)縁起現観(四諦現観もある)は、「正等覚への直接導入」なのでしょうか?

> 「わかった相応」などの揶揄がありますが、縁起現観での文脈
> では「わかった」も苦しいですが間違いではありません。それ以外で「わかった」を
> 使っている場面があれば指摘してください。
指摘ではなく、質問なのですが

http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/ku02.html
に引用されている、
(サンユッタ・ニカーヤ 12:10 増谷文雄訳)
には、
>>258 に 書いたように、
○わかる/ ○わかる/ ●さとる
○わかる/ ○わかる/ ●さとる
と6箇所に、現観と記述されていると思うのですがそれはよろしいでしょうか?

その場合、6箇所すべてが、縁起現観なのでしょうか?
それとも、
「○わかる」に対応する4箇所が縁起現観、「●さとる」に対応する2箇所が正覚なのでしょうか?


396 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 14:43:28 ID:rmWYwiQI
>>395

>ちょっとはっきりさせて欲しいのですが
>(1)縁起現観(四諦現観もある)は、「正等覚」なのでしょうか?
>それとも
>(2)縁起現観(四諦現観もある)は、「正等覚への直接導入」なのでしょうか?
なにをはっきりさせるのかよく理解できません。思想遍歴も、苦行も、再度瞑想の復習も終わり、
菩提樹下で苦の来因を思索したときに現観が生じ、留めなくそのありさまを目の当たりにしました。
そして正等覚を得ました。

@正等覚の内容が現観だと言う人もいます。
A最終ステップとして現観が生じ、直後の結果として正等覚を得たという人もいます。

どちらの解釈であっても、本質的な差異を私は見出せません。

>指摘ではなく、質問なのですが
これについては申し訳ありません。

>(サンユッタ・ニカーヤ 12:10 増谷文雄訳)
パーリ原典を当たっているのですが、上記の出典箇所には見当たらず、探しています。
原典を調べて示さないと正確なお答えができませんしね。

397 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 15:18:20 ID:So8XKtd1









   働 け



398 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 15:22:18 ID:tAGtZEQE
>>397

禿同

399 :無宗だ ◆4eP.G3wMrs :2005/08/11(木) 17:50:01 ID:RV0X0WDf
>>396 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 14:43:28 ID:rmWYwiQI
> @正等覚の内容が現観だと言う人もいます。
> A最終ステップとして現観が生じ、直後の結果として正等覚を得たという人もいます。
>
> どちらの解釈であっても、本質的な差異を私は見出せません。
レスありがとうございます。

前スレで、ベロさんが紹介してくれたURLをみると、
<--
10 名前:ベロ ◆eOod7XM/js :2005/07/10(日) 02:15:20 ID:1RoCXClR
一応簡単に「現観」をググッて見ましたが、
http://www.geocities.jp/bukkyoucouncelling/fl-rinbutu2/shoki-rin2/genkan-gensi.htm
上記のサイトに現観に関して平川先生の解説が紹介されいます。
もし「原始仏教では現観は説かない」などと主張すればまさにトンデモですね。
-->

>  平川彰氏が「法と縁起」で論じている「現観」は以上である。
> このように、「現観」は、現代、心の病気などで、苦悩する人々に実際実施されており、治癒効果をあげている。
>  これは一刹那に、4つの作用があるという。道元の「修証一等」に通じるものがある。
> 現代、我々が行う坐禅(苦悩する人たちに指導している臨床仏教カウンセリングの手法)にも通じるものがある。
> これと同様のことを、やさしい言葉で指導して、実行させている。見性体験前であるから、苦悩する人でもできるものである。

との記述があるのですが、ここの現観は「正等覚」にはほど遠いように思えます.
縁起現観(四諦現観もある)にも、「正等覚」に直接関係するものとしないものがあると考えて良いのでしょうか?

また、釈尊以外にも、現観が生じ、直後の結果として正等覚を得たという人はいるのでしょうか?
そのような人の現観に関して書かれた経典は存在するのでしょうか?


400 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 17:50:55 ID:rmWYwiQI
お待たせしました。二箇所の原典は以下のとおり。

”  pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuM udapAdi. NANaM
  udapAdi. PaNNA udapAdi. VijjA udapAdi. Aloko udapAdi.”

これに対する中村元訳と増谷訳は
中村訳: 「未だかつて聞かれたことのない法に関して、私に眼が生じ、知恵が生じ、明知がしょうじ、光が生じた」(『阿含経典 第一 P.103』)
増谷訳: 「いまだかつて聞いたことのない真理に、私は眼を開き、智を生じ、慧を生じ、悟りを生じ、光明を生ずることが出来た」(『ゴータマブッダP.174』)

とあります。0099_,02,0079b23(10)から始まる『雑阿含経』にも燈明得燒。數増油&M018965;。彼燈明得久住不。
とあり、”abhisamaya”や「正覚」と言う語もありませんが、正覚と解釈するのがよさそうです。その他の4つは
”abhisamaya”でした。

401 :暇人:2005/08/11(木) 17:50:59 ID:8t6yOJXw
>>(サンユッタ・ニカーヤ 12:10 増谷文雄訳)
>パーリ原典を当たっているのですが、上記の出典箇所には見当たらず、探しています。

佐倉さんとこが正確でないのか 増谷さんが悪いのかしらんが
たぶん、ここだね(パーリ このページ一番下の1 1 10Gotamasuttaü以下)
ttp://www.metta.lk/tipitaka/2Sutta-Pitaka/3Samyutta-Nikaya/Samyutta2/12-Abhisamaya-Samyutta/01-Buddhavaggo-p.html

ついでに(英訳12 1 10 (10) Maha Sakyamuni Gotama Ý Gotama the Great Sage of the Sakyas.以下)
ttp://www.metta.lk/tipitaka/2Sutta-Pitaka/3Samyutta-Nikaya/Samyutta2/12-Abhisamaya-Samyutta/01-Buddhavaggo-e.html





402 :暇人:2005/08/11(木) 17:57:43 ID:8t6yOJXw
15. Then I knew, this is the arising, and knowledge, wisdom and light arose to me never heard before

これが英訳の部分だが abhisamayaと無関係な箇所だして どーするのだろうか


403 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 18:08:54 ID:rmWYwiQI
>>399
http://www.geocities.jp/bukkyoucouncelling/fl-rinbutu2/shoki-rin2/genkan-gensi.htm
のページを読んでみました。

あのページは原始仏教をそのまま忠実に研究するという趣旨ではなく、倶舎論での記述や
日本での禅などを手がかりに、カウンセリングを行うというものであるので、別の役目を担って
いると考えるべきでしょう。よく似た例で、ホスピスでの活動を浄土教そのものとして捉える
病院もあると聞いたことがあります。

ですから
>との記述があるのですが、ここの現観は「正等覚」にはほど遠いように思えます.
これは全く関係のないことだと思います。

>また、釈尊以外にも、現観が生じ、直後の結果として正等覚を得たという人はいるのでしょうか?
>そのような人の現観に関して書かれた経典は存在するのでしょうか?

過去七仏などワンサカあります。有名なのがヴィパッシン仏ですね。中村前掲書P.75の註(2)に
『五分律』第15巻(大正蔵、22巻102ページ下ー103ページ上)でも、第四禅を得て、三明に達し
縁起の理を観じて悟ったということになっている。、、、、(あと典拠を4つほど提示する)



404 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 18:19:53 ID:rmWYwiQI
あ、皆様ごめんなさい。当り前のことだから言うのが馬鹿馬鹿しくて黙っておられたのでしょうけど、

>過去七仏などワンサカあります。有名なのがヴィパッシン仏ですね。中村前掲書P.75の註(2)に
>『五分律』第15巻(大正蔵、22巻102ページ下ー103ページ上)でも、第四禅を得て、三明に達し
>縁起の理を観じて悟ったということになっている。、、、、(あと典拠を4つほど提示する)

で言っちゃいました。今気づきました。じゃ最後まで典拠を転載しますね。

 SN,12,65,vol1. 2,p.104 f.
   『雑阿含経』第12巻 (大正蔵、2巻80ページ中ー81ページ上)
  『増一阿含経』第31巻(四)(大正蔵、2巻718ページ上ー下)
  『太子瑞応本起経』(大正蔵、3巻477ページ上))

405 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 18:43:57 ID:rmWYwiQI
蛇足ですが、中村元氏は『四衆経典』やチベット訳「律蔵」などをもとに、十二縁起を観じた
のは悟りを開いてからだということにも当該ページに書かれていますが、わけがわからんとです。

多分「そんなことが書かれている経典もあるじょー」という事なのでしょうが、松本史朗氏がこれにたいして
コテンパンでございます。

406 :名無しさん@3周年:2005/08/11(木) 18:48:18 ID:ssxE6C2J
素朴に、十二支縁起がスタートだとは思えないのだが・・・

407 :暇人:2005/08/11(木) 22:24:19 ID:8t6yOJXw
>>395
>サンユッタ・ニカーヤ 12:10 増谷文雄訳

「abhisamaya」は、当該経典に4回ではなく、22回出ています。
増谷さんは、冗長な訳を避けるために省略されています。上半分の
「abhisamayo」がある 箇所、11箇所を直訳してみましょう。
中学英語も満足にわからず、ぱーり語の基本すらしらないので、
必ずどこかしら 間違っ ていることでしょう。
有縁の方、訂正をよろしくです。

Tassa mayhaü bhikkhave etadahosi: " kimhi nu kho sati jaràmaraõaü hoti? Kimpaccayà jaràmaraõa"
nti.4 Tassa mayhaü bhikkhave, yonisomanasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" jàtiyà kho sati jaràmaraõaü hoti. Jàtipaccayà jaràmaraõa" nti.
比丘たちよ、その時、わたしは、かように考えた。「一体何があるから、老死があるのだろうか。
何に縁って老死はあるのだろうか?」と。比丘たちよ、その時、わたしは根源より思念し、
智慧によってかようにわかった。「実に生があるとき老死がある。生に縁って老死がある」と。
kimhi nu kho 一体どうして   〜sati 〜hoti (これ)あるとき(かれ)ある。
Jaràmaraõaü 老死(Jarà 老い mara 死) Kimpaccayà 何に縁って(Kim 何paccayà 縁)
yonisomanasikàrà 根源より思念(yoniso 母胎から 根源よりmanasikàrà 思念)
pa¤¤àya 慧によって jàti 生 nti 〜と。 Kho 実に


408 :暇人:2005/08/11(木) 22:25:39 ID:8t6yOJXw
Tassa mayhaü bhikkhave etadahosi: " kimhi nu kho sati jàti hoti? Kimpaccayà jàtã"
ti? Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àyà abhisamayo:
" bhave kho sati jàti hoti, bhavapaccayà jàtã" ti.
比丘たちよ、その時、わたしは、かように考えた。「一体何があるから、生があるのだろうか。
何に縁って生はあるのだろうか?」と。比丘たちよ、その時、わたしは根源より思念し、
智慧によってかようにわかった。「有があるとき生がある。有に縁って生がある」と。
bhave 生。
以下 老死→生→有→取→渇愛→受→触→六処→名色→識→行→無明の順に展開される。


409 :暇人:2005/08/11(木) 22:28:43 ID:8t6yOJXw
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: " timhi nu kho sati bhavo hoti? Kimpaccayà bhavo" ti?
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" upàdàne kho sati bhavo hoti, upàdànapaccayà bhavo" ti.
Upàdàne 取
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: `kimhi nu kho sati upàdànaü hoti? Kimpaccayà upàdàna"
nti. Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" taõhàya kho sati upàdànaü hoti. Taõhàpaccayà upàdàna" nti.
Taõhà 渇愛
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: " kimhi nu kho sati taõhà hoti? Kimpaccayà taõhà" ti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" vedanàya kho sati taõhà hoti. Vedanàpaccayà taõhà" ti.
Vedanà 受
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: " kimhi nu kho sati vedanà hoti? Kimpaccayà vedanà" ti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" phasse kho sati vedanà hoti. Phassapaccayà vedanà" ti.
Phassa 触


410 :暇人:2005/08/11(木) 22:31:38 ID:8t6yOJXw
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: " kimhi nu kho sati phasso hoti? Kimpaccayà phasso" ti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" saëàyatane kho sati phasso hoti. Saëàyatanapaccayà phasso" ti.
Saëàyatana 六処
Tassa mayhaü bhikkhave, etadahosi: " kimhi nu kho sati saëàyatanaü hoti? Kimpaccayà saëàyatana" nti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" nàmaråpe kho sati saëàyatanaü hoti. Nàmaråpapaccayà saëàyatana" nti.
Nàmaråpa 名色 (nAma 名 rUpa 色)
Tassa mayhaü bhikkhave etadahosi: " kimhi nu kho sati nàmaråpaü hoti? Kimpaccayà nàmaråpa" nti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" vi¤¤àõe kho sati nàmaråpaü hoti. Vi¤¤àõapaccayà nàmaråpa" nti.
Vi¤¤àõa 識


411 :暇人:2005/08/11(木) 22:32:40 ID:5ePXlR+2
Tassa mayhaü bhikkhave etadahosi: " kimhi nu kho sati vi¤¤àõaü hoti? Kimpaccayà vi¤¤àõa" nti.
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" saïkhàresu kho sati vi¤¤àõaü hoti. Saïkhàrapaccayà vi¤¤àõa" nti.
Saïkhàra  行
Tassa mayhaü bhikkhave etadahosi: " kimhi nu kho sati saïkhàrà honti. Kimpaccayà saïkhàràti?
Tassa mayhaü bhikkhave, yoniso manasikàrà ahu pa¤¤àya abhisamayo:
" avijjàya kho sati saïkhàrà honti. Avijjàpaccayà saïkhàrà" ti.
Avijjà 無明


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