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☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート12

1 :名無しさん@3周年:2005/04/28(木) 23:53:31 ID:+P3RV3tx
仏教に関するよろず質問スレッドです。
知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。

主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。

初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。

無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。


2 :名無しさん@3周年:2005/04/28(木) 23:54:57 ID:+P3RV3tx
【前スレ・過去ログ】

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート11
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1111851089/l50
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート10
  http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108386648/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート9
  http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1095473070/
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート2
  http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1095178011/
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート1
  http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1081319012/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート8
  http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1081319012/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート7
  http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1065591663/l50
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート6(現時点では通常のブラウザで読む事は出来ません)
  http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1050218446/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート5(現時点では通常のブラウザで読む事は出来ません)
  http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1036925661/
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート4
  http://life.2ch.net/psy/kako/1024/10246/1024639879.html
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート3
  http://life.2ch.net/psy/kako/1021/10217/1021726200.html
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート2
  http://life.2ch.net/psy/kako/1017/10173/1017343179.html
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆
  http://life.2ch.net/psy/kako/1011/10118/1011866969.html
☆ 神道・仏教 @ 質問箱 ☆
  http://life.2ch.net/psy/kako/988/988650860.html


3 :名無しさん@3周年:2005/04/29(金) 01:45:34 ID:BC/c46RR
■ 削除依頼の入口
  http://qb.2ch.net/saku/
■ 削除ガイドライン
  http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide
■ 削除依頼の注意
  http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_request

4 :名無しさん@3周年:2005/04/29(金) 01:47:08 ID:BC/c46RR
公安調査庁 仏教は大丈夫ですか
平成16年版「内外情勢の回顧と展望」http://www.moj.go.jp/PRESS/031224-1/031224-1.html
平成15年版「内外情勢の回顧と展望」http://www.moj.go.jp/PRESS/021225-1/021225-1-1.html
平成14年版「内外情勢の回顧と展望」全文http://www.moj.go.jp/PRESS/011201-1/011201-1-1.html
平成13年版「内外情勢の回顧と展望」全文http://www.moj.go.jp/PRESS/001225-1/001225-1-1.html
平成12年版「内外情勢の回顧と展望」要旨http://www.moj.go.jp/PRESS/991225-1.html

5 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/29(金) 13:17:47 ID:Rvyp4DrV
仏性とは何たるや?
前スレからの継続です。

仏は平等ですから、つまり仏も鬼畜もなんら差異はない。
平等というのはこういう意味です。
差異がなくば”仏”の意味もなくなる。
これを般若では「仏智」と言うてます。

仏智は、善悪も生死もひとつです。
差別がありませんから、これを無差別相ともいいます。
分別しませんまんから無分別ともいいます。

般若は二相ありまして、「生きるための智慧」とは、
無分別の分別という智慧です。

心の病などで苦しんでる御仁あらば、是非とも般若にて調うてくだされまし。
今の時代だからこそ般若は最有効です。
般若は金が掛かりません。

金が掛かる宗教はロクなもんはない。
ロハにて調うてくだされまし。


6 :弟子:2005/04/29(金) 20:41:19 ID:tOkdsFfp
お師匠さま、仏教は平等ではありません。

平等だとか、勝れているとか、あるいは劣っているという思いを離れたところにあります。

恐恐

7 :フレッド:2005/04/29(金) 22:05:57 ID:Irh4cRhb
つまり、それが差違がない。ということなんですよ。
お弟子さん。

しかしながら,仏や鬼畜に差違がないということは
確かなこととしては言えないのですよ。
お弟子さん。

お弟子さんに確かめられないようなことを述べて
お弟子さんの心を撹乱しようとする師匠もいるの
で、気をつけて学んでくださいね。


8 :弟子:2005/04/29(金) 23:50:34 ID:sRkhPef6
>>7
ご指導、ありがとう御座います。

>しかしながら,仏や鬼畜に差違がないということは
>確かなこととしては言えないのですよ。

わが師は、語りえないことを、平気で語ります。
同じで無いものを、平気で、一如であるなどと申します。

大乗の毒にやられてしまったのでしょうか? 恐恐謹言

9 :名無しさん@3周年:2005/04/30(土) 00:37:12 ID:7riZgIpE
ここは素人さんに対する窓口じゃなかったのか?w

なに小難しいこと喋ってんだよ
別スレ立てるべきじゃないのか?

ちらっと前スレ遡及したが
袴谷や松本も、実際に講義受けたのか?
直接会話したか?
おいらは半分同意半分反対だが・・・

個人的には片山一良のアプローチや奈良康明のスタンスが
妥当かと感じる

10 :名無しさん@3周年:2005/04/30(土) 01:21:13 ID:OUiwMG1k
>>9
別スレ立てるまでもありません。
原始仏教スレへ移動しましょう。
電波男と楽しい仲間達とともに戯れてください。

あ、机は来ないでくださいね。
知性の必要な場にはそれなりの雰囲気というものがありますから。


11 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/30(土) 07:07:37 ID:G3y44heB
>>8
>同じで無いものを、平気で、一如であるなどと申します。

「同じでない」と、貴殿の頭が構成してる。
さも実体があるが如しに「同じない」と分別してる。

>大乗の毒にやられてしまったのでしょうか? 

よくよく考えたらいいかと思いますよ。
毒にやられちまったのは誰なのか?

12 :フレッド:2005/04/30(土) 07:27:00 ID:rcT+hdxS
机さんの語ることも難しいけど、原始仏教も難しい
んですよね。
だけど、論理といふ理の足掛りはある。

机さんの場合は・・・、何の足掛りもない・・・。
あるとすれば、同じ人間としてだけ、かな?

そうだ、机さんとは仏教の話をするのはよそう。
人生の、人生の話なら或は語り合えるかもしれなん。

だけど、机さんは仏教が好きだから、人生の話など
今更って感じなんだろうな・・・。

13 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/30(土) 07:40:46 ID:G3y44heB
>>12
>机さんの場合は・・・、何の足掛りもない・・・。

仏とか鬼畜というのは、人の妄想でしかない。
世界はただアタリマエにあるだけ。
仏とか鬼畜はない。

話を難しくしてるのは人間である。

>だけど、机さんは仏教が好きだから、人生の話など
>今更って感じなんだろうな・・・。

そんなことはありません。
般若は「生活の智慧」ですから。
他になんもない。
それだけのことです。
難しいことはなんもない。


14 :弟子:2005/04/30(土) 09:12:25 ID:nqaXmMsy
お師匠様

>世界はただアタリマエにあるだけ。
ここは、不肖の弟子にもわかります。
善も悪も人間の分別です。

>仏とか鬼畜というのは、人の妄想でしかない。
ここが、わからないのですが、
鬼畜は、評価であって、妄想であるとしても、
たとえば、「人の体に、包丁を刺す」という行為も
仏の行為でしょうか? 
仏は、「人の体に、包丁を刺す」という行為はなさらないのでは?

お師匠様
どうか慈悲をたれて、不肖のわたくしめにも、わかるように
お諭しくださいませ。
                      弟子 拝

15 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/30(土) 09:30:37 ID:G3y44heB
>仏は、「人の体に、包丁を刺す」という行為はなさらないのでは?

刺すことがその時の善であったなら、刺すこともあるでしょうね。
善悪も立場によって違ってきますが。

至上善というのもありませんし、また至上悪というのもない。

その象徴的な意味あいである、仏も鬼畜もない。


16 :名無しさん@3周年:2005/04/30(土) 12:41:11 ID:pborxw1s
確かに刃物を身体に入れるという行為が、時には善であり、時には悪であり、また善とも悪とも判断付け難い場合もある。
医者が手術でメスで身体を切開するのも、人の身体を刃物で刺す行為には違いない。善か?悪か?
手術が失敗して患者が死んだ場合も、それを人殺し、悪であると非難できるのか。
その場合、医者が全力を尽くしてやむなき場合と、怠慢でミスをした場合どうなのか。


17 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/04/30(土) 13:33:24 ID:ZuyD/gUy
>>16
わからんけど頑張ってればいずれ報われるんじゃないの?
悪いことしたらちゃんと反省すればいーんだし。
>>15
先生、おはよぅございます。
ところで般若の修行ってどんなことするんですか!??
もし、知ってたら教えてください!
お願いします!

・・・ちなみに正宗の在家の修行ももし誰かに聞かれたら答えます。
(リアは別に、ネット上では今のところ聞かれたことない^^;)


18 :名無しさん@3周年:2005/04/30(土) 13:37:25 ID:lJbGrULX
練習です。無視してください

19 :弟子:2005/04/30(土) 13:50:36 ID:nqaXmMsy
お師匠様

あの、、   仏性とは妄想である


、、  これで、よろしいのですね?

               恐恐

20 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/30(土) 16:13:10 ID:G3y44heB
>>16
本来は善悪はない(空)にしても、人が生活していくためには善悪も便宜上において必要である(色)。
しかしながら、善悪は主観によって全く違いますから、いうなればファジーなもんです。
善悪は仮説であって、社会通念上における論理性を構築したにすぎない。
>>17
>ところで般若の修行ってどんなことするんですか!??

基本的には、静中の禅(坐禅)、動中の禅(作務)ですが、南宗(頓修)はこれに拘ることはないす。
日常生活が修行です。ご飯食べるのも修行。これを「無修行の修行」と言ったりする。





21 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/04/30(土) 16:18:55 ID:G3y44heB
>>19
人の欲望や希望が作り出す概念です。
しかし、それが悪いことではない。
むしろ世俗において生きるには妄想も大事である。


22 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 10:49:26 ID:742Iq4zD
お釈迦様はどちらにも偏らない中道が
よいと仰ったんですよね。
という事は教団を作ったり分派したりするのは
その時点で偏りが出てしまうと思うのですが
諸宗派・諸教団はお釈迦様の言う事にそむいて
いるということになりませんか?。

23 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 12:27:34 ID:EVfuWD1a
>>22 「どちらにも偏らない」という言葉面だけで理解されてるようですね。
たとえば戒律についてブッダは、自分が亡くなった後は細かい戒律は必要に応じて削除していいと、遺言しました。
どれを削除するかは自分達で決めろということでしょうね。
そうすると、今まで通りすべての戒律を残すグループもいれば、削除するグループも現れて当然です。どちらかのグループがブッダに背いているとは言えません。

24 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 14:51:07 ID:742Iq4zD
>>23
> たとえば戒律についてブッダは、自分が亡くなった後は細かい戒律は必要に応じて削除していいと、遺言しました。
> どれを削除するかは自分達で決めろということでしょうね。

ここまではいいんですが、

> そうすると、今まで通りすべての戒律を残すグループもいれば、削除するグループも現れて当然です。

これは納得できないです。なぜグループ化するのか。何もグループ化せずにみんなで話し合って
どの戒律を残す残さないの話をすればよかったものを。結集で教えを確認しあったのならそれは
出来たであろうと思うんですが。


25 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 15:08:52 ID:9oG4h0UF
最澄を村雨
空海を正宗
と良く喩えられますが、

この二人が出る前の日本の仏教界ってどのように今と違っていたのですか?

26 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 15:29:46 ID:Vkv/tnet
>>25
んな喩え初耳だぞ。

27 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 18:10:52 ID:EVfuWD1a
>>24 話しあっても、考え方の違いを埋められなかったのでしょうね。
最初は全員がお釈迦様の直弟子だったから考え方にさほど差はなかったでしょうけど。世代が進めば、差が大きくなるのもわかります。

28 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 18:15:09 ID:742Iq4zD
>>27
ということはお釈迦様は今ごろあの世で
「あちゃー」って思ってるんですかね。

29 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/05/02(月) 21:37:16 ID:uu5AyMlP
奈良時代の日本仏教の僧侶は官職で、今の国家公務員のような感じだったようです。
奈良の大寺院では国の命令で仏教教理の研究と、鎮護国家や五穀豊穣、疫病退散等
の祈祷をしていたようです。中には行基のように社会事業をしてた僧もいますね。

30 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 22:08:59 ID:MzquNOZM
>>28
釈尊は、あの世にはいないし、後悔したりはしない。

31 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 22:45:28 ID:ny67bA+1
>>29
平安時代の僧侶も官職ですけどね。

32 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 22:49:08 ID:H14w2DWL
>これは納得できないです。なぜグループ化するのか。何もグループ化せずにみんなで話し合って
>どの戒律を残す残さないの話をすればよかったものを。結集で教えを確認しあったのならそれは
>出来たであろうと思うんですが。

戒律というのは、出家者の出来具合に応じて必要であったり必要でなかったりでしょう
から、一律というのでは反って支障をきたすでしょう。グループに分かれても当然だと
思います。一律全体主義は、仏教を形式化・固定化させてしまいます。


33 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 22:54:24 ID:P8YkpBAq
>>27
受け留め方の差異もさりながら、地域差も大きなポイントであろう
例えば沖縄と北海道ではその生活の仕方に大きな差があるだろうが
そうした差異に付随して、当然価値観も変わってこよう
併せて「教(経)」「律」の解釈や運用の仕方も変わってこよう

また、現地人の受けとり方もそれぞれであろう
中国へ入った仏教がいかに変容したか・・・・(^^;)

34 :名無しさん@3周年:2005/05/02(月) 23:08:54 ID:P8YkpBAq
あと、翻訳の際のズレとか・・・

てかまぁ、存命中でも異論がなかったなんてことないだろうしな・・・(´ー`)y━~~

35 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 17:36:30 ID:SUmhaAyP
これは俺の勝手な推測だが、実は釈迦は説法とかが
極端に少なかったのかもしれない。経典は形としては
「私は(釈迦から)こう聞いた」ということにしてあるが
ほとんどが弟子や後の信者たちの釈迦が言いたかった
のはおそらくこうであったであろうという解釈や推測
をまとめたものじゃなかろうか。だからこそこれだけ
分派してしまったのであろう。これは仏教に限らず
宗派が多い宗教はそういうことなのかもしれない。


36 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 18:15:25 ID:m7+344V5
私はこう聞いた
とは書いてあっても
釈尊はこう語った
とは書いてない。
仮に私は釈尊が語ったのをこう聞いた
の意味であっても
やはり聞いたこと全部が書かれているとは限らない。
聞き間違いもあるかもしれない。
弟子たちが語られた言葉の意味をどの程度理解していたか
という疑問も残る。

ということで経典をもとに
それだけで仏教を語るのは無理。
昔からよく言われるように
自分で悟らなければ釈尊の真意など分からんよ。

それを言葉をもてあそんで経典を紐解けば
釈尊の真意に迫れると思っている連中がいる。
そのような恥知らずな連中の言うことにだまされてはいけない。


37 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 20:09:25 ID:ivicQcwL
これまたイタイのが出て来たな・・・ ;´ー`)y━~~

38 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 22:52:08 ID:m7+344V5
「法を見ざる者は、われを見ざるなり」

               by釈尊

39 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 23:06:01 ID:ivicQcwL
ID一緒かw
なぜ矛盾した発言をする(´ー`)y━~~

40 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 23:08:11 ID:m7+344V5
クレタ人はうそつき
とクレタ人が言ったからさ(´ー`)y━~~


41 :名無しさん@3周年:2005/05/03(火) 23:10:28 ID:ivicQcwL
なるほど(´ー`)y━~~

42 :名無しさん@3周年:2005/05/04(水) 01:30:01 ID:dhJpqxau
色々なお経が存在するというだけでは宗派は分かれませんよね。
たくさんのお経の中でどれが一番大切なのかを決めようとすると、意見が分かれて宗派になる。

43 :名無しさん@3周年:2005/05/04(水) 01:51:36 ID:KmaVir8O
実際は実践面での意見の相違がいろいろは宗派を生んだみたいだな。

理論面だけなら共存できても実生活上での行動が違うと共同生活が難しくなるからな。

釈迦はあくまで象徴的存在じゃないかな。仏教でいわれているところの基本的は発想は自分で考えたんだろうけど、弟子達のアイデアも多いはず。

必ずしも釈迦が言ったことだけが仏教の真髄ではないだろう。

ただ、長い年月を経て良いアイデア、悪いアイデアが入り混じってるから、自分でよく考える必要があるということだろう。

44 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/04(水) 09:27:17 ID:qlOc8bfw
人が最初に感受する刺激というたら、母親の心臓の音。
これがいわゆるリズムの原点である。
楽器でいえば太鼓の単調なリズム。
素朴ではあるけど、非常に奥行きがある。
そういった素朴なグループもあるかとおもえば・・・

題目は流暢な三拍子。
これはリズム的に、確かに元気が出る。
元気の出るグループもある。

人それぞれ、
自分の好きなグループに参加したら宜しいかと思ふ。
あとは自己責任だけど。

45 :名無しさん@3周年:2005/05/04(水) 15:29:25 ID:bW/wJ+zF
CNN  性的スキャンダルで引責の米枢機卿 抗議の中で法王追悼ミサ
☆ ○ 神道 @ 質問箱 ○ ☆
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088081440/246-248

御存知ですか

46 :名無しさん@3周年:2005/05/04(水) 17:47:21 ID:CH1tqrjh
なかなかお目にかかれない
すがすがしく誠実な意見だ・・>>43  。・゚・(ノД`)・゚・。

GJ!! (ゝ_ )b

47 :アンギラス:2005/05/04(水) 23:38:41 ID:+z4GL52d
仏教が発達したという以前に、釈尊の仏教が何を説いたかわからなければ、
発達したも、外道化したかも、わからんだろうに。

48 :名無しさん@3周年:2005/05/04(水) 23:46:58 ID:CH1tqrjh
>>47


49 :アンギラス:2005/05/05(木) 17:40:23 ID:yCLw9GKY
「人を救う」という菩薩の発想は、増上慢なんだよ。

50 :マジレス一つw:2005/05/05(木) 18:23:12 ID:XuGA9St7
>>49
その「増上慢」の指し示す所はどういうものですか?
仏教(釈尊)を否定しての発言ですか?肯定しての発言ですか?



51 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/05(木) 18:54:44 ID:4HSaR/29
われを忘れ、万法を得、万法に通じるなば、もはや人を救うこともあるまい。

救うのではなく慈悲である。

仏は平等であり、そこになんら欠けたものはない。
ならば救うこともない。

52 :名無しさん@3周年:2005/05/05(木) 19:13:41 ID:tOE5frlO
>「人を救う」という菩薩の発想は、増上慢なんだよ。


マジレスしておくと他人を救うというのは方便な。
金剛般若経では他人を救ったから
功徳があると考えるのは間違いだとはっきり書かれている。

53 :アンギラス:2005/05/05(木) 20:32:47 ID:yCLw9GKY
>>50
釈尊を肯定しての発言です。
釈尊の教えは、四諦・八正道、これが基本です。究極です。

>>51
>われを忘れ、万法を得、万法に通じるなば、もはや人を救うこともあるまい。
意味不明です。

>救うのではなく慈悲である。
これは同意です。

>仏は平等であり、そこになんら欠けたものはない。
>ならば救うこともない。
これは意味不明です。

>>52
金剛般若経では、間違いだといっているのではなく
功徳は無い、といっているのでは?

それに金剛般若経は釈尊の仏教で無いと思う。

54 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/05(木) 20:53:47 ID:4HSaR/29
>>53
自他不二ですから、「救う⇔救われる」の分別はないかとおもいます。

今の現在が真実ですから、「救う⇔救われる」の結果論は未知数かとおもいます。

55 :名無しさん@3周年:2005/05/05(木) 21:01:42 ID:tOE5frlO
>>53
>金剛般若経では、間違いだといっているのではなく
>功徳は無い、といっているのでは?

功徳がない、なら
あると考えるのは間違いと思うが。。。。

>それに金剛般若経は釈尊の仏教で無いと思う。

大乗の菩薩行として他人を救うという
「菩薩の発想は、増上慢」と書いたのだろう?

それに対してそもそもそのような
大乗の捕らえ方が間違っている、と示しただけ。
釈尊の仏教と大乗は矛盾も対立もしない。
するという人は大乗を正しくし理解していないだけ。

56 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 05:06:19 ID:6kMAxnGc
質問。仏教徒なのに神社で神様に祈るって行為は仏教的にはあまりよくないことなんですか?

57 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/06(金) 06:23:00 ID:fg8ij+ZW
>>56
仏教は中道ですから対立がないのです。
したがって神様に祈ろうが、神様を無視しようが自由です。
そこに宗教的ドグマが介在することは全くありません。

58 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 07:50:48 ID:t3Od6jVz
>>56
仏教的には
「あなたは、神を見たのか?」と問う


59 :独り言 ◆ZZW30U26jo :2005/05/06(金) 07:57:21 ID:sF+TjIzQ
微妙ですね。否認されている行為ではあるでしょうが(お祈り)、だからと
いって禁止ということではないと思います。
お祈りすることによって、(その行為者が)安心できるのであれば、黙認
(勝手にしさらせ)ってとこではないでしょうか?

Libraさんの資料勝手に拝借
ttp://page.freett.com/Libra0000/028.htm
ttp://page.freett.com/Libra0000/038.htm


60 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 11:13:32 ID:6kMAxnGc
じゃあ神仏習合ってことで神社への参拝はOKって事でいい?

61 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 11:20:26 ID:CoS9TxSi
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62 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 11:28:31 ID:EgFmDtC5
>>44
> 題目は流暢な三拍子。
> これはリズム的に、確かに元気が出る。
> 元気の出るグループもある。

細かい事言うと題目を三拍子で唱えるところと
二拍子で唱えるところがある。
二拍子はよく軍歌とか行進曲にあるリズムだね。
だからあの宗教団体はそういう曲が好きなんだろう。

63 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/06(金) 12:04:37 ID:fg8ij+ZW
>>62
>二拍子で唱えるところがある。

なるほど、二拍子にもなりますね。

木魚というのは、あれは心臓のリズムと同じ。
やはり気が休まるのだろう。

マイコンではないとおもうけど、それなりの工夫はしてある。
読経も同じ。
ナントナク気が休まるよぉな感じがする。
先人の智慧か・・。



64 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 12:28:14 ID:RWHe4KSj
>>60 OKです。
ただし創価学会の場合は、神社参拝も他宗派の仏壇も禁止です。

65 :名無しさん@3周年:2005/05/06(金) 21:27:31 ID:t3Od6jVz
題目も念仏も、お勧めできない。


66 :名無しさん@3周年:2005/05/07(土) 12:26:27 ID:kBZMSRGv
第二品の gata(已去) agata(未去) gamyamana(去時) 括弧内は漢訳です
これらは単体では厳密にはどう読むべきでしょうか?
例えばgataの場合「すでに去られた」という受動的なのか、
「すでに去った」という能動的なのか、
また、すでに去られた/去った、“ところ”か“もの”か
“こと”か“状態”か“世路”か、是等ではないのか。
どうでしょう?

67 :名無しさん@3周年:2005/05/07(土) 12:27:45 ID:kBZMSRGv
『中論頌』の第二品です。

68 :名無しさん@3周年:2005/05/08(日) 09:04:01 ID:6oyA5IRL
>>66-67
原始仏教 その11
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1112182864/l50

↑ここで、再度質問してくだされ。大先生方がお答えくださるでしょう。

69 :かんきち:2005/05/08(日) 10:25:02 ID:uBtJ6Ehg
コピペ大先生wWw

70 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/08(日) 14:51:09 ID:DYtdIvOn
>>66
>例えばgataの場合「すでに去られた」という受動的なのか、
>「すでに去った」という能動的なのか、

・「すでに去られた」が、去られたわけじゃない。
・「すでに去った」が、去ったわけじゃない。
と続けば、結局は中論は意味否定をしていることになりますね。

つまり、意味否定はそのまま勝義を言うておるわけです。
これが第一義かとおもうのですが、どうでしょ?





71 :匿 名:2005/05/15(日) 11:17:16 ID:iUzHwRp+

『スッタニパータ』第3章その第10経コーカーリヤには「嘘の報いとして落ちる地獄のありさま」が詳しく説かれる。

諸々の修行僧らよ。昨夜サハー世界の王である梵天が、夜半を過ぎた頃に、麗しい容色を示して、
ジェータ林を隈なく照らして、わたくしのいるところに来た。それからわたくしに敬礼して傍らに立った。
そうしてサハー世界の主である梵天は、わたくしに告げていった。
『尊いお方さま。修行僧修行僧コーカーリヤは、サーリプッタとモッガラーナとに対して敵意をいだいていたので、
死んでから紅蓮地獄に生まれました』と。

そうですが
釈迦がそんな邪言していたとは。
実在論を否定した唯識論者であった、実在としての地獄は説かなかったと私は思っていたのですが。



72 :名無しさん@3周年:2005/05/15(日) 11:31:39 ID:JVsgvpCg
匿 名 さん
『スッタニパータ』にパータに、それが書かれていたからといって、
それが釈尊の直説とは限らない。
匿 名 さん
だれかが、わたしは「このように聞いた」といっても、それを直ちに
信じてはいけないし、ただちに否定してもいけない。
匿 名 さん
法にてらし、則にてらし、自分で判断しなさい。
匿 名 さん
それが釈尊の教えです。
匿 名 さん


73 :アンギラス:2005/05/16(月) 23:41:14 ID:FxzNIee7
修行として大事なのは、瞑想だと思う。
ただし、瞑想は、危険な面もあるので、
ちゃんとした人に教わった方がよい。

74 :名無しさん@3周年:2005/05/17(火) 11:47:10 ID:9a6W6Dv5
一昨日放送されたNHKスペシャルで鳩摩羅什が翻訳した
仏典の中に自分の思想も盛り込んだと言ってましたが、
例えば代表的な仏典で法華経あたりではど部分が
それにあてはまるんでしょうか?。

75 :名無しさん@3周年:2005/05/17(火) 11:48:27 ID:MJ+wp/zK
>>74
十如是

76 :超絶ドしろうと:2005/05/17(火) 17:37:58 ID:4HZvaGpO
56-60あたりで出たレスで、ちょっと思い出したんですけど、
お寺さんに行くと、けっこうお宮さんを見かけますよね敷地内に。
どして?不思議でしかたないんです。


77 :名無しさん@3周年:2005/05/17(火) 17:54:14 ID:k6G95j6O
>>76
明治以前の神仏習合時代の名残です。
奈良時代から既に神仏習合信仰が起こっていたと考えられています。
神道の神は未だ煩悩を脱却していないが為に苦しんでおり、仏教による
修行を必要とした、と古人は考えたらしい。

更に平安時代には空海のもたらした真言密教によってその理論背景が固
められます。

そこにおいて、日本の神祇は仏が衆生を救済する為に現れたと考える本
地垂迹説は長く日本の宗教観において有力だったのです。

寺院の境内にある鎮守社というのは、仏教守護の為、そのお寺を守っても
らう為に勧請されたといいます。

78 :g:2005/05/18(水) 16:46:23 ID:QAXRr1n7
ホームレスにご飯を食べさせているのはキリスト教だけです。

 勉強とは本を読むばかりではなく経験を積む事も大事だと思イマツ。
良い所は見習いましょう。

79 :名無しさん@3周年:2005/05/18(水) 17:12:14 ID:d0mK+eI8
>>78
君の知らん所でホームレスにご飯を食べさすぼんさんもいるかもわからんぞw

80 :名無しさん@3周年:2005/05/18(水) 20:20:43 ID:kVKoZa27
よくわからないんだけど
俺 というか俺の家族
仏さんを貰った と言う事らしいんだが 
なんなんでしょうか?

母いわく
俺とかの魂はもう輪廻転生せずに
死んだら仏の道へ行く ということらしいんだけど、、、。

81 :独り言 ◆ZZW30U26jo :2005/05/19(木) 09:16:36 ID:NnhvZRF8
>>80
よく判りませんが、怪しげなカルト教団に入信しちゃったのでは?


82 :80:2005/05/19(木) 13:38:12 ID:2e7ZQT/J
>>81
レスどうもです、、、。

なんかそういうのでもないんですよね〜、、、。
お金払ったわけでもないですし、、、。
浄土真宗って事でしたし、、、。

で家にあった宗教関係の本を手当たりしだい読んでみて
これの事かな〜と思ったのが かくし念仏 とか言うのなんですが

ん〜 よくわからん、、、。

83 :名無しさん@3周年:2005/05/19(木) 22:03:46 ID:KJEQ9tef
ちょと、ちょっと
死ぬくらいの苦行をすれば
精神的に強くなれますか?
やった人います?
不動の心を得た人います?

84 :名無しさん@3周年:2005/05/20(金) 12:00:51 ID:I4+FTzk9
何のための苦行か。
そこがわかっていなきゃ
どんなに苦しんでも意味が無い。
確かに苦しむことで見えてくるものがあるが
そこから学ぶことが大事で苦行自体は実は二義的。

ということで仏教では苦行でもなく放逸でもなく中道を薦めている。


85 :アンギラス:2005/05/21(土) 09:34:07 ID:5+ZKMpbK
浄土真宗、、ですか。

浄土真宗の若い坊さんのホームページでは、
魂が存在するかどうかについて、問題にしていましたよ。

そもそも、仏教で説く無我の教えからすれば、
魂のような存在は無いということになりますね。

86 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/21(土) 09:53:12 ID:GDqQCcAz
>浄土真宗の若い坊さんのホームページでは、
>魂が存在するかどうかについて、問題にしていましたよ。

その若い坊さんは、どこかのボンボンなんでしょうね。
四方印における「一切皆苦」がありますが、
ボンボンは「一切皆苦」など全く無縁なんでしょう。

彼女と遊ぶは、美味いもんは鱈腹たべるは、人生をおもしろ可笑しく生きているんでしょうね。
だから問題になる。

人間、苦というのが骨身に沁みれば魂など考える余裕もない。


87 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/21(土) 09:54:34 ID:GDqQCcAz
×  四方印
○  四法印

88 :アンギラス:2005/05/21(土) 16:37:09 ID:5+ZKMpbK
浄土真宗の若い坊さんのホームページ...

やっとかめ で検索してくだされ。

>「一切皆苦」など全く無縁なんでしょう。

一切皆苦と無縁の衆生は、ありえません。

一切皆苦=一切行苦 

すべては、おもいどおりにならない=苦しみ、という意味です。

89 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/21(土) 18:58:30 ID:GDqQCcAz
>>88
「信じたてまつらんとも、また、すてんとも、面々の御―なり」→歎異抄より抜粋。

つまり、
魂があろうとなかろうと、一切の思慮分別の計らいを捨て、阿弥陀に帰依するが真宗の本分なり。
坊主は、先ずは親鸞に学ぶべし。

こんなことをHPで晒すなど、真宗の恥かとおもうが・・・
如何に?


90 :フレッド:2005/05/21(土) 20:41:08 ID:vYKLc9hz
一切皆苦と無縁の人というのはいないだろうけど、
その辺の感覚が麻痺している人は大勢いると思う。

だけど人生は、全て思い通りにならないわけじゃない。
勿論、全て思い通りになるわけでもない。

誕生は思い通りにならないが、死は思い通りになる。
実際に、死を選択する人々もいる。


91 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/22(日) 07:56:44 ID:lt9lvsg6
>>90
>実際に、死を選択する人々もいる。

死を選択する人がいれば、また病で明日をも知れぬ人もいる。
私はある縁をもちまして、病にて死んで逝く人と何人も遭遇しました。
命の儚さというもんを感じたもんです。
よって私は仏教に関心をもち始めたのです。

この縁がなくば仏教は必要はないですし、
四苦八苦というのがなくば、仏教は害毒でしかない。

良薬も使い方によったら毒薬にもなる。
死後の行く末を案じるほど馬鹿馬鹿しいことはない。


92 :フレッド:2005/05/22(日) 09:22:06 ID:ExztRjVQ
>>91
>また病で明日をも知れぬ人もいる。
そこには本当の苦悩があるのでしょうね。
生きたいのに、生きられない。

生きたいのに、生きられない。
この人達は、いったいどうするのでしょうか。
この人達には、もう幸福に満ちた人生への道
は、絶たれたのでしょうか。

ここで、神や仏にすがる人々もいるでしょう。
魂や輪廻転生に期待をかける人々もいるでしょう。
何にも縁らず心の平安を感じる人もいるでしょう。

今際の際に、来世に転生すると信じている人に、
馬鹿馬鹿しいなんて私には言えない。
誰であれ、できれば安らかにいきをひきとってほしい。


93 :名無しさん@3周年:2005/05/22(日) 10:03:26 ID:XvkEm6qb
>>85 中国では古来、「たましい」を魂魄(コンパク)と言うそうです。魂(コン)は精神を司る陽気の神霊で、魄(ハク)は肉体を司る陰気の神霊。
人が死ぬと、魂は天に帰って神になり、魄は地に帰って鬼になるという。仏教が中国的に理解されてくると、魂魄が輪廻の主体と考えられたようです。


94 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/22(日) 10:10:41 ID:lt9lvsg6
>>92
花は咲いても、やがては枯れて朽ち果てます。
人の一生も、病や老いによって朽ち果てます。

仏教は、「やがて朽ち果てるもんはどうにもならん、諦めなさい」。←諦観
と言うておるんですね。←一切皆苦

人間というもんは、業が深くて切羽詰まらないと眼が開かんのです。
この切羽詰ったとこが禅でいう「悟り」というもんです。

「生きる」ということや「死ぬ」ってことがひとつとなり、
もはやこれに迷うこともない。



95 :名無しさん@3周年:2005/05/22(日) 10:20:16 ID:XvkEm6qb
魄は、まぁ物質そのもののことと考えれば理解できます。死体は煙になったり土に還ったりしますから。
では精神をつかさどる魂とは?
これは情報のことではないでしょうか。情報というのは、情報を認識する者がいてはじめて成立します。認識する者がいなければ、無い。
たとえば、京都の北野天満宮に祀られてある天神さんが、菅原道真のことであるという情報を知っている者にとっては、道真は天神に輪廻したと言えます。
情報を知らない人には輪廻も無いことになる。


96 :名無しさん@3周年:2005/05/22(日) 14:34:23 ID:aMqd20O/
道真が天神に輪廻?
そんなばかな輪廻は無い

97 :名無しさん@3周年:2005/05/22(日) 15:17:24 ID:XvkEm6qb
>>96 同一の存在として関連付けて理解されるという意味で、輪廻だと思います。


98 :アンギラス:2005/05/22(日) 21:00:10 ID:J8WEpPMy
>>97
それは、単なる妄想でしかない。
いろいろな輪廻の思想があるが、きみのはでたらめだ。

99 :名無しさん@3周年:2005/05/22(日) 21:28:51 ID:8bDf+nAb
>>89
>こんなことをHPで晒すなど、真宗の恥かとおもうが・・・
>如何に?

同意。浄土真宗には、仏教の持つ深みが感じられない。まるでキリスト教。
駅に大きな広告をだして、「ユング」の講座などを宣伝しているのも、どうかと
思うね。



100 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/22(日) 22:05:17 ID:lt9lvsg6
>>99
つまり、本山が僧侶を育てられなくなってきてるんだね。
伝統宗派はドンドンと形骸化していき、
やがて親鸞の法灯も消えて逝くんだろうね。

>、「ユング」の講座などを宣伝しているのも、どうかと
思うね。

集合意識かな?
唯識論とか?
あまり関係ない講座かとおもうが。

というか、そんな講座をやったら・・・かえって迷うかとおもう。
そういうのを一切捨てねばならんだろうね。
dでも概念かとおもうよ。
ユングは、たしか神秘主義者。
親鸞との接点はマルッキシなし。

101 :フレッド:2005/05/23(月) 19:47:23 ID:sWdZfTU5
>>94
>やがて朽ち果てるもんはどうにもならん、

・・と、言われて「ハイそうですか」と納得できる人
なんていないでしょうけどね。
確かにどうにもならんけど、苦しいもんは苦しいし、
悲しいもんは悲しいから。
まあ四苦八苦しながらある時、吹っ切れる事はある。

私の場合は、生きることと死ぬことがひとつになる
という感覚は湧いてこないですけどね。
心を縛っていたものが解け落ちてていく感じです。
すると、曰く言い難い安らぎにも満たされてきます。

でも親しい人との死別は、いつも辛いものであること
に変わりはありませんけど・・・。

机さんは、辛くはないのですか?


102 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/24(火) 19:41:46 ID:xTA0R7zU
>>101
>机さんは、辛くはないのですか?

そうですね。
例えばこれから、100年とか200年とか生きねばならんとしたら、
かえってその方が辛いですね。

老いはどうにも避け難い。
ある程度老いぼれれば、その先は静かに息をひきとりたいです。

今はそんなに老いぼれではないですから、ガン箱に逝くには少々の余裕がほしいですけど(^^ゞ
老いて・・・それから死ぬのは、いちばん理にかなっているかとおもいます。

>でも親しい人との死別は、いつも辛いものであること
>に変わりはありませんけど・・・。

人生途中の死別なら、たしかに辛いものがあるかもしれませんね。

で、貴殿はこの世に未練がありますか?
人生において、やり残したことがありますか?
何歳まで逝きたいと願望してるのですか?


103 :名無しさん@3周年:2005/05/24(火) 20:42:02 ID:v2/iCT+T
論理性が強い日本仏典ってなんでしたっけ?

104 :アンギラス:2005/05/24(火) 21:49:21 ID:zLWLz47Y
>>103
正法眼蔵

105 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 21:13:57 ID:5TR/vC1T
四諦は間違いなんですけど、
この事実知ってる人は、仏教系の宗教は出来ませんよね。
まぁ、間違いだけど伝統だからしゃーないな。って考えで
お布施するのは、仏教の教えに従って不可ですよね。

ところで、何故、四諦の間違いに2000年も誰も気付かないの?

106 :ハルカ ◆0tZOcyVq86 :2005/05/25(水) 21:38:26 ID:6I6eOYGm
>>105
『四諦』の何処がどう間違いなんだ?
具体的な指摘を要求する。

コテもトリも無いし、単発IDだから『煽り』だと思うがねwww

107 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 21:49:19 ID:5TR/vC1T
>>106
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%AB%A6
に従って言えば、

1、人生は苦であるという真理と、
2、その苦の原因は人生の無常と人間の執着にあるという真理と、
3、この苦を滅した境地が悟りであるという真理と、
4、その悟りに到達する方法は八正道であるという真理である

1、人生は苦楽で有る。が真理
2、その苦楽の原因は森羅万象の無常と人間の執着に有る。が真理。
3、この苦楽を理解した境地が悟りである。が真理。
4、この悟りに到達する方法は、宗教を捨て去り、妄言卑語非難に惑わされない事。という真理。

おいら生まれたときから、滅諦で物考えてたんだけど、
宗教や馬鹿文系教育によって迷わされてた。この前気が付いて(大悟して)、偉いビックリしたよー。

人間の50%は悟って生まれてきて、残りの50%(主に宗教家になる奴とか
その信者)によって惑わされ、迷わされるのが、今の世の中なんだよ。

とわいえ、この辺はそれこそ、不立文字だから、仏教を信じてる=迷ってるんだよ。
可哀想に・・・・

108 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 21:54:42 ID:5TR/vC1T
お釈迦様って生まれた瞬間に7歩歩いて、天上天下唯我独尊って言ったんでしょ。

殆どの人は生まれたときは悟ってるのに、お釈迦様は生まれた瞬間迷ったんだから、
可哀想だよねー。出家したくもなるわーって思う。

109 :ハルカ ◆0tZOcyVq86 :2005/05/25(水) 22:00:15 ID:6I6eOYGm
>>106
そもそも、そのwikiの記述が不完全だし…

> 1、人生は苦楽で有る。が真理
四諦における【苦】とは、人間が情動的に受ける『苦の感情』に非ず。
この時点で、先ず『苦楽有り』は【迷い】でしかない。

> 2、その苦楽の原因は森羅万象の無常と人間の執着に有る。が真理。
この【苦】は、飽く迄も『人生』に対して言っているので…
対象を『森羅万象』に拡大する時点で、単なる詭弁でしかない。

> 3、この苦楽を理解した境地が悟りである。が真理。
『情動的苦楽の理解』であるならば、通常に生きていれば良い。
それは【悟り】ではなく、単なる『生存スキルの習熟』でしかない。

> 4、この悟りに到達する方法は、宗教を捨て去り、妄言卑語非難に惑わされない事。という真理。
(爆笑+嘲笑)
そんなものは『プラグマティズム哲学』であり『唯物論』であるだけ。

110 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:06:13 ID:bz1DMTcU
                |
                |
                |
                |
     /V\        ,J
    /◎;;;,;,,,,ヽ
 _ ム::::(;;゚Д゚)::| ジー
ヽツ.(ノ::::::::::.:::::.:..|)
  ヾソ:::::::::::::::::.:ノ
   ` ー U'"U'

111 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:06:40 ID:bz1DMTcU
age

112 :ハルカ ◆0tZOcyVq86 :2005/05/25(水) 22:08:49 ID:6I6eOYGm
>>110
食え!
食いつけ!!www

113 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:15:11 ID:5TR/vC1T
>>109
ふふふ、そう来ると思った。
お釈迦様って、未だに迷ってるなぁー。可哀想。

天上天下唯我独尊なんて言わなきゃ、本当に成仏出来たんだろうに、
凄いよ、2600年も迷いつづけてるんだから、そして迷いがますます
大きくなってるんだから・・・

可哀想・・・

数百年に一回、こーゆう可哀想な人が現れるんだねぇ・・・

不立文字を見出してるのに、迷うために使っちゃ駄目だよー。
って言っても分からないんだろうねー.可哀想。


114 :ハルカ ◆0tZOcyVq86 :2005/05/25(水) 22:19:24 ID:6I6eOYGm
>>113
はいはい。
凄いねーwww
偉いねーwww
良く解ったねーwww


…満足かね?www
『功利主義』や『唯物論』とか学んで来いや。
本当に小学生レベル。

115 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:22:05 ID:bz1DMTcU
>>113
      | Hit!
      |
   ぱくっ|
     /V\
    /◎;;;,;,,,,ヽ
 _ ム::::(,,゚Д゚)::|   < 質問スレでそういう煽りはよくないと思う・・・
ヽツ.(ノ:::::::::.:::::.:..|)
  ヾソ:::::::::::::::::.:ノ
   ` ー U'"U'

116 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:22:27 ID:5TR/vC1T
>>114
そう言ってるじゃん。小学生の殆ど(教団の歴史に配慮して50%って言ったけど)
は、悟ってるし、大悟してるよ、宗教家さえ居なきゃ、今生を涅槃として過ごせるのに・・・
悟後の修行が出来ないんだよねー。宗教に惑わされちゃう。

お釈迦様が迷ったお陰で、巻き込まれる人多すぎ。

これもまた、世の理なんだろうけどねぇー。

可哀想過ぎるよー。

117 :名無しさん@3周年:2005/05/25(水) 22:24:11 ID:5TR/vC1T
>>115
お布施渡さない方が、法理に合うよねって質問してるのに、
聞くからだよ。迷ってる人たち、可哀想だし迷惑だと思うけど、
居るんだもんしょーがない。

118 :名無しさん@3周年:2005/05/26(木) 00:05:50 ID:VHh9hHG1
輪袈裟について質問です。
プロのお坊さんなんかで、輪袈裟だと思うんですが、ほんとに輪っかのやつ
(首にかけて、ちんぽのあたりまである輪っか)はあんまり売っているの見ないのですけど、
一般人が使ってもよいのでしょうか。
よく土産物屋で売っている、端っこに房のついているやつじゃなくて、ほんとの輪っかだけの
やつです。名称はやっぱり輪袈裟でよいのでしょうか。普通の仏具屋さんで購入できますか?
かっこいいと思います。


119 :名無しさん@3周年:2005/05/26(木) 00:08:32 ID:V9FmAYgr
>>118
信者じゃなければOKです。
信者だと不味いです。

信者に殴られるものファッションだし、袈裟に騙され布施するのも
宗教が原因です。
#坊さんが真に坊さんなら、格好で騙されない。


好きにすれば良いんです。信教の自由です。

120 :名無しさん@3周年:2005/05/26(木) 15:14:23 ID:FgfdRJTt
在家出家というか入信を表明するにはどうすればいいんですかね?
俺個人的には臨済宗あたりに信徒として入信したいんだけど。

ただ自分の実家の菩提寺は天台宗だかで自分がそっちに入ると
問題があるんではないかと思うんですけど。俺個人的には別に
その墓に入ろうという気はさらさらなくてお骨を近くの川に流して
もらいたいとも考えているんで。でも自分の親や親類の分まで
全部そうしたいと思っているわけじゃないんですけど。

ただ自分は胸を張って俺は仏教徒だといいたいだけなんですけど。
あ、すいません。でも完全な出家まではいろんな事情から考えて
いません。どうか信徒の方々お知恵をください。

121 :フレッド:2005/05/27(金) 20:29:01 ID:7MRP6VPQ
>>102
>人生途上の死別なら、たしかに辛いものがあるかも
>しれませんね。

んーっ!!経験あるんでしょ???
「かもしれません」なんて感じではありませんですね。

人生に未練、ありまーす。w
遣り残したこと、ありまーす。w
いつまで生きられるか、それはわからん。
でもやはり、理にかなった老衰が望ましいですよね。

机さんは、生きていることが嬉しくないの?
辛いことって、過ぎてみるとそれが人生の輝きに
なってたってことも結構多いのかもね。
大切な人と死別すると、間違いなく人生が変わる。
お釈迦様だって、母親との死別がなかったらどう
なっていたことやら。

122 :仏教信者12歳:2005/05/27(金) 20:41:04 ID:kE5bDwB0
みなさーん☆
どなたか真如苑の信者がいましたらお話しましょう〜(*・ω・*)

123 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/05/27(金) 21:01:50 ID:MrizJxkI
>>121
>んーっ!!経験あるんでしょ???
>「かもしれません」なんて感じではありませんですね。

私の場合は、生き別れといのが多いです。
私の前を、いろんな人間が通り過ぎていった。

>大切な人と死別すると、間違いなく人生が変わる。

そうですか。
じゃあ、その人は貴殿にとって大切な友達だったのですね?
異性ですか?
いやいや、そんな不粋なことは聞かんでおきましょうね(^^ゞ

私の場合は、随分古い話になりますが、ある女性とセクスして、
セクスし終わったら、なんか吹っ切れまして「もうこの世には未練はない」。
と、おもいました。
それが、まあ、私にとっての人生の転換期だったのでしょうね。

>机さんは、生きていることが嬉しくないの?

いや、そんなことはないです。
この世で、ある程度のしたいことはやってきたので、そんなにこの世には未練はないです。



124 :霊体について:2005/05/28(土) 01:19:25 ID:hzFvvgna
霊体について、その存在形態によって様々に分類できるかと思います。例えば、思念に
よって空間にその映像が焼き付けれる現象があります。空間がまるでフィルムのような
感光媒体になっており、思念による何らかのエネルギーの作用によって映像が立体的
に残像し、カメラなどに収められることがあります。また感受性の高い人によって気配を
感じたり、映像そのものが見える場合もあります。思念エネルギーそのものは解明され
ておりませんが、そのように認知される限り、存在を否定する根拠を提示するのは困難
になるでしょう。この場合、思念による残像にプラスして、心作用がそのなかで継承継続
されている場合もあり、悲しみであれば、知らない人がそこを通過することによって突然
悲しい気持ちになったりすることがあります。このような思念エネルギーを霊体だと言い
切る霊能者もいますが、そこには霊体というべき人格を認めるわけにおはいきません。
双方向対話が成立しないのですから。霊現象の一部分であるのでしょう。

125 :名無しさん@3周年:2005/05/29(日) 08:43:03 ID:FY/StV31
教えてください
「金剛経」という経典の英訳本があると聞いたのですが
そのタイトルをどなたかご存知ですか?

126 :アンギラス:2005/05/29(日) 09:09:03 ID:Z44/g+UJ
金剛経 Diamond Sutra

127 :名無しさん@3周年:2005/05/29(日) 09:16:37 ID:FY/StV31
>>126
ありがとうございました!

128 :名無しさん@3周年:2005/05/29(日) 10:52:45 ID:PGkgSy96
西遼国をのっとったクチュルクは(モンゴルによるウイグル吸収時点で)仏教徒ですか?
それともネストリウス派キリスト教徒ですか?
彼はナイマン族なのでキリスト教徒っだったのは確かなのですが。

129 :名無しさん@3周年:2005/05/29(日) 17:03:24 ID:QTMFe9Bb
>もっと勉強されてから書き込みされては如何ですか?

>十分破綻していますよ。 ご存知なかったので?




さすがw



130 :名無しさん@3周年:2005/05/29(日) 17:05:01 ID:QTMFe9Bb


>もっと勉強されてから書き込みされては如何ですか?

>十分破綻していますよ。 ご存知なかったので?




さすがw



131 :アンギラス ◆tsQRBnY96M :2005/05/30(月) 19:49:00 ID:LFd5Z9nU
>>130
ここは質問をするところですので、意味不明の書き込みは、ご遠慮願います。

132 :名無しさん@3周年:2005/05/30(月) 20:24:59 ID:NlayLTc9
意味不明なのは理解が足りないからでしょう。

133 :ネオ ◆XRhOafI0.w :2005/05/30(月) 23:09:17 ID:pyPZx8et
>>132
それではご説明願います。

134 :名無しさん@3周年:2005/05/30(月) 23:34:55 ID:JszEr8ne
ですから無知ならば もっと勉強されてから書き込みされては如何ですか?
知的好奇心を満たし、それをひけらかす態度ですので私は。



135 :ネオ ◆XRhOafI0.w :2005/05/30(月) 23:45:39 ID:pyPZx8et
???

136 :名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 22:16:16 ID:87Fr3M8u
>>132
それは違います。
あなたは、状況を把握する能力が足りません。

>>134
質問の意図を、そもそも理解されていないようですね。
相手に原因を求めるのではなく、自分自信の説明能力が不足している
という事実に気が付きなさい。

そもそも>>129 の引用は、どこから持ってきたのですか?
それが、書いていないのは不親切です。

137 :名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 22:50:11 ID:gnivd42V
>という事実に気が付きなさい。
命令口調は仏教ではないと知るべし。基本である。

138 :名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 22:54:34 ID:dC6OW84Q
>118
  仏具屋さんで購入出来ます。が、在家ならば房の付いた袈裟(「半袈裟−はんげさ」
 と言います)またはそれより少し長めの袈裟(「長袈裟−ながげさ」と言います)が無難です。
  「格好いいから」掛けると言うのであれば、本来の「袈裟」の持つ意味からかけ離れています。
 「チンポのあたりまで〜」の下品な表現は好ましく有りませんか?
  仏具屋さんに相談されるのが一番の近道です。

139 :名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 23:49:08 ID:JmITNCWM
最近仏教に興味を持ち始めたんですが、おすすめできる本など教えて下さい。

140 :名無しさん@3周年:2005/05/31(火) 23:57:59 ID:JmITNCWM
ageます

141 :独り言 ◆ZZW30U26jo :2005/06/01(水) 00:07:05 ID:OmT71w2n
>>139
最近興味を持ち始めた、ということでしたら、やはり入門書から入るのがよいかと
思います。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004301033/qid=1117551882/sr=1-9/ref=sr_1_10_9/250-2821830-7930655
まずはこの辺からでどうでしょうか?

或はいきなり
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393106024/qid=1117551972/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/250-2821830-7930655
これでもいいかもしれませんが。

142 :名無しさん@3周年:2005/06/01(水) 00:13:35 ID:gp5G/wYb
>>141
ご丁寧にありがとうございました。

143 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/06/04(土) 18:30:35 ID:hlbjEYE8
中村・三枝両先生の共著で『バウッダ』と言う本が小学館から出ています。
初心者には良いと思います。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094600809/qid=1117877347/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/250-3832679-9661014

144 :名無しさん@3周年:2005/06/05(日) 10:22:06 ID:eZINN+hf
>>45

マルクスと,キリスト教プロテスタントのティリヒ  御存じですか
☆ ○ 神道 @ 質問箱 ○ ☆
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088081440/355

145 :フレッド:2005/06/05(日) 14:12:28 ID:ReMS8MZA
>>123
レス遅くなっちゃったけど

>ある女性とセクスして

きっと素晴らしいひとだったんでしょうね。
でも、それだけで吹っ切れるとは・・・。
普通だったら、その後の事に心が向いていくだろう
と思うのだけどなあ。

そう言えば机さんは御病気を縁に仏教に関心を持って
いかれたそうですが、それ以前は興味はなかったんで
すか?

146 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/05(日) 14:57:43 ID:d47utfz0
>>145
>普通だったら、その後の事に心が向いていくだろう
>と思うのだけどなあ。

セナが、ある目的意識を持っていて、それが徐々に達成感になっていくようなもんです。
ある程度にいけば、人生は吹っ切れる。
(これも人それぞれだろうけど)

>それ以前は興味はなかったんで
>すか?

ビョ―キ以前は、日常の雑用に追われて宗教にはあまり関心はなかったです。

任侠道を極道といいますけど、仏教も極道と同じで道を極めるわけですね。
非常に両者は似てますね。
最近はそんなことを考えるようになりました。

今東光も、織田無道も極道そのものだった印象があります。
私も極道になるんでせうか?

いやはや、不粋でした(^^ゞ






147 :名無しさん@3周年:2005/06/05(日) 15:33:05 ID:2E/40KNS
「世界経綸太道心経済」ってご存じの方いますか?


148 :147:2005/06/05(日) 15:45:39 ID:2E/40KNS
すみません。
「世界経綸太道心経」です。




149 :名無しさん@3周年:2005/06/05(日) 17:16:59 ID:VwMDem21
KK公式HP http://www.kofuku-no-kagaku.or.jp/

<無駄を排せ>

現代人の病は、 欲望の過大さにある。

あふれかえる物。 限りない金銭欲。 過暖、過冷。
机の上の乱雑書類の山。
冷蔵庫には、 腐らせるほどの食料。
高カロリー、高脂肪、過肥満。 酒の飲みすぎ。 お茶、コーヒー、ジュース。
ごみ箱にはペット・ボトルの山。
そしてコンビにでは、 年中、何でも物が買える。

もう、いいではないか。
もっとシンプルに生きてみよう。

買いすぎるな。 持ちすぎるな。 貯めすぎるな。

あなたの体も、 高カロリーと、 水分過多で苦しんでいる。
あなたの仕事も、 無駄のことの山。 過剰ストレス生産工場だ。

無駄を排せ。 シンプルに生きよ。 溜め込み過ぎるな。
スマートであれ。


150 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/05(日) 17:36:49 ID:d47utfz0
>>149
何処のHPかと思ったら、大川のHPですね(ニガワラ

>現代人の病は、 欲望の過大さにある。

これ↑は隆法自身の私生活を暴露しているようなもんです。
今は不景気ですから、一般的には質素な生活が大勢かとおもいます。

かくいう私も生活は質素ですが、
趣味とかに少々の金を使うくらいです。

大川は、信者に質素な生活を強いて、残った金を巻き上げる魂胆です。
頭のいい人にかかったら、ケツの毛までむしり取られます。
それが世の中というもんですから、あまり人のいうことは信用すべきではない。

老婆心ながら・・・

151 :菅ちゃん ◆bu.JfPj2vI :2005/06/05(日) 21:19:14 ID:zinfKl+V
法華三部経で無量経義、妙法蓮華経、観普賢菩薩行法経を扱う宗派はどちらでしょうか?
ほかには法華経十巻とも呼ばれるそうなんですがご存知のかたは、回答いただけませんでしょうか。
よろしくお願いします。

http://c-au.2ch.net/test/-/kyoto/i

152 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 09:01:20 ID:HC5mTLRC
立正佼成会


153 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 10:28:57 ID:jod0mNTH
>大川は、信者に質素な生活を強いて、残った金を巻き上げる魂胆です。
はあ。でもたぶんそれ、世のカルトの常套手段ですよ。大川さんもでしたか。

彼の色即是空の解釈、凄かったすよw


154 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/06(月) 12:35:50 ID:FnI/K14o
>彼の色即是空の解釈、凄かったすよw

「大川隆法」「色即是空」で検索かけたら、隆法はdでもなことを言うてますね。
あんなことで信者は騙されてしまうのでしょうか?

大川は
【この世は仮の世界であり、あの世が本物の世界である】
と言うてます。

ならば「あの世」というのは色であり。→現象
それは空(理)にほかならない。
つまり、「あの世⇔この世」の分別こそ色であり、
空にこの分別はない。

分別に迷うているのは、大川自身である。


155 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 13:44:59 ID:LKQ2Eoxa

そうそうそれそれ。でも
>分別に迷うているのは、大川自身である。
これは違うでしょう。彼は騙しの道を迷わず進んでいますよ。w

あと机さんに聞きたいですが
仏教は哲学だと思うんですが。「輪廻」も方便としてのもので、筏の喩えに在るように、
彼岸への道しるべ的なもの(捨て去るべきもの)かと。

あと「上座部が寺に篭った」というのは否事実なんですか?



156 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/06(月) 14:33:28 ID:FnI/K14o
>彼岸への道しるべ的なもの(捨て去るべきもの)かと。

彼岸への道しるべであるし、
また「彼岸」というのも、便宜上においての概念で、
実際は彼岸があるわけではない。

>仏教は哲学だと思うんですが。

ようは仏教というのは、あまり宗教色がないのがわかってくるかと思ふ。
仏教は「無の哲学」とか言ったりするけど、
私はそんな感じがします。

>あと「上座部が寺に篭った」というのは否事実なんですか?

寺に篭っちゃうのをヒキコモリと言いますから、
ヒッキ‐じゃご飯は食べられないですね。
だから、下山して托鉢しなければならない。

俗世と縁を切るには、非常に難しいかと思ふ。


157 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 15:10:10 ID:iTJCVSxU
しかし仏教が完全な哲学であるならば、
「悟り」なんてこともない。

境地が同じならば、死後の世界や輪廻を信じても
信じなくても、関係ないんじゃないかな。

158 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 15:36:17 ID:Pfzg6JUP
えっだから 「悟り」は「理を知ること」だから哲学的でしょ。

>信じなくても、関係ないんじゃないかな。
はそのとおりでしょ。 信じるのが「信仰」 。



159 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 16:00:24 ID:PfJsCE/5
仏教哲学というのはある。しかし、仏教というのは哲学外のものも含む。もっと幅が広い。
仏教=哲学と捉らえると間違える。
哲学⊂仏教

160 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 17:07:34 ID:5eT3lm3O
>>159
哲学に宗教的要素を付け加えたのが仏教じゃないの?。
私の理解では釈迦は自分の思想を広めようとしたけど
一般の人たちには難しかったので以前からすでにある
宗教を利用してその要素を付け加える事により理解させよう
としたのではないかと。

161 :名無しさん@3周年:2005/06/06(月) 17:41:57 ID:q5mNFSIS
当時は、今のように宗教とか哲学とかという枠組みは存在しなかったと思われ・・
(対応する語句とかもないんじゃないの?)

強いて言えば、思想は哲学であり同時に宗教でもあった
思想は宗教であり同時に哲学でもあったと・・

162 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/06(月) 17:51:46 ID:FnI/K14o
>>157
>しかし仏教が完全な哲学であるならば、
>「悟り」なんてこともない。

例えば、四文字熟語にすれば、普通に解釈したら矛盾性がでてくる。
「生死一如」にしても、それだけでは理解しがたいのが一般的かと思う。
しかしながら仏教ではこれはアタリマエ。
なんてことはないことでも衆生は迷う。ってことかとおもう。
つまりは、哲学というても非常にレベルは高いもんなんだろうね。

>境地が同じならば、死後の世界や輪廻を信じても
>信じなくても、関係ないんじゃないかな。

そういうことなんだろうね。
つまり仏教では、死後や輪廻は意味をもたなくなる。
このことに関しては仏教とは素晴らしい哲学かとおもう。



163 :フレッド:2005/06/06(月) 21:28:17 ID:8nf6oE+D
>>146
>それが徐々に達成感になっていくようなもんです。
そうですか。イマイチわからないですけど。。。

だけど、仏道は極道じゃないだろうと思うんだけどなあ。
確かにこの道一筋の人生は、ある種の達観には通じても。
(まあ、レベルはいろいろあるけどね)
どこまで行っても達することはない究極を目指すから、
その精神はどこまでも有に留まるろうとするだろうし。
まあ空とか、無とかに思いが向く暇がなかろうかと。
(無意識でなってたとしてもだよ)

私は極道の後に仏道が開けるのでは、と思います。
やりたい放題の放蕩息子が、最後に頭を丸める。
最後にというのは、他にどうすることもできない
からですね。

さて、般若心経について少し質問していいですか?

164 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/06(月) 22:15:05 ID:FnI/K14o
>>163
では、武士道はどうでしょ?
生涯をその道に掛けるのは、どの道も同じかとおもいます。
任侠道というのは、ただ世間的に背徳な感じがあるだけですね。

>さて、般若心経について少し質問していいですか?

ええ、どうぞ。
私は寝ますけど、明日はロムります。



165 :名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 00:36:03 ID:rjO5a8xu
仏教は哲学だけじゃないでしょう。
修行により、身体が、脳が、真理に気付く体質になってゆく。机の上で本だけ読んでても、実践がなければただの哲学であって仏教じゃない。

166 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/07(火) 07:09:11 ID:V460fp1o
>>165
実践というのは、脳の思考回路を変える手段かとおもいます。
そうすれば、メクラが目明きになる。

ある修行僧が、なかなか見性しなくて、いやになって自殺しようとしたら
急に目がパチクリと開いたそうです。

まあ、ここにおいての実践というのは自殺になるわけですが。
ある程度、脳がパニックおこした方が手段としてはいいかと思ふ。
つまり、我の破壊ですね。



167 :名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 12:18:22 ID:rjO5a8xu
>>166 ヒラメキで思いだしたのですが、歳とると脳細胞減りますから記憶力が衰えますよね。しかし、創造力・ヒラメキは、むしろ優れてくるそうです。
なぜかというと、脳細胞が減ってくるのを神経回路が補おうとして、今までつながっていなかった回路同士もつながるから。
そうすると、今まで関係なかった分野の知識から、アイデアを引っ張りだしてくるようになる。
もしかしたら、オヤジになると駄洒落を言うようになるのも、このためかもしれませんね。

168 :名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 12:24:43 ID:rjO5a8xu
今どきは、若い人でも知識をコンピュータで引っ張り出せるし、体力と美貌では年寄りは若者に勝てない。
しかし、ヒラメキ(智慧?)の面では、高齢者にも活躍の場があるのではないでしょうか。
ただし、経験ゆえの固定観念やタブーを破る力が必要かもしれませんが。

169 :名無しさん@3周年:2005/06/07(火) 17:55:47 ID:zk5m4OpF
机さんみなさんありがとうございます。

>つまり仏教では、死後や輪廻は意味をもたなくなる。 哲学⊂仏教
ですね。

>ある修行僧が、なかなか見性しなくて、
>いやになって自殺しようとしたら 急に目がパチクリと開いたそうです。
たしかそれ一休さんでしたよね。

>実践がなければただの哲学であって仏教じゃない。
出家しなくとも日常で行えますよね、仏教は。 正しく考え正しく見る。。。
カルトは「実践」の名のもとに集金勧誘させますので 「そんな実践モドキ」に気を付けましょう。


170 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/07(火) 19:02:51 ID:V460fp1o
>>167
>もしかしたら、オヤジになると駄洒落を言うようになるのも、このためかもしれませんね。

なるほど。
わたしも「鰻問答」とか言われちゃうことがありますが、たぶん思考回路がずれてるのかとおもいます。
ずれてた方がいいわけですね。
真っ当に直球くらうよりは、ずれてた方がいいわけです。
>>169
>>つまり仏教では、死後や輪廻は意味をもたなくなる。 哲学⊂仏教
>ですね。

死後や輪廻だけではなく、あらゆるものが意味がなくなる。
じゃあ、意味があるのはなんだろう?
ということで、「今ある自分」という究極まで逝ったのが禅かとおもう。
つまり即今即所です。






171 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 06:44:08 ID:bnI1h45V
たびたび仏教が宗教じゃなくて哲学という主張がなされているようなので一言。

仏教はもともと、
人の心のありようを解明していくことで苦からの解脱を説いているわけですが、
この「心のありよう」は生理学的基盤があり、
人の認識のありよう、あるいは情動や知性も、
そのような生理的基盤(身体)と無縁ではありません。
単なる思想、哲学ではなく、
その基盤となる(生理的、身体的基盤をもつ)思惟の構造そのものへの
実際的洞察がなければ仏教ではありません。


172 :フレッド:2005/06/08(水) 07:19:35 ID:DG3ZwKur
>>164
「道」が人生よりも価値を持ってしまうとすると
私などは疑問が出てきちゃいますけどね。
どんな道にしろ、人生の中で始めて歩めるのだし。
仏道にも、人生以上の価値は与えられません。

私の場合だと、武士道とか任侠道を生きてみようと
考えたことがないので、なんとも言えないです。
私は、他の方法で感動を得ています。
やはり人間、適当な感動を得られないと生きている
実感も薄れていくみたいですからね。

さて、般若心経の「色即是空、空即是色」とは、何
のことを言っているのでしょうか?




173 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/08(水) 08:22:44 ID:QLgvL4Ud
>>172
色というのは、ありとあらゆるものを色といいます。

言語、言葉、五蘊、味、色彩、石、花、心、音、時空・・・エトセトラなんでも色。
色でないもんは、ないわけです。

空とは、色と”ならしめる”という意味で、便宜上の言語で、
空そのものには意味はない。
これが色即是空。→色は空なり。

空とは色そのもの。→空即是色

ということは、ありとあらゆるものが意味がなくなってくる。
これを「無」というような言い方をする。→勝義諦

だけど、これじゃ世間を生きてはいけませんから、
人は意味を持たせるのも大事です。→これを世俗諦(世俗の智慧)
いわゆる空即是色の部分です。

174 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 10:48:06 ID:Wv7tZ7WM
ところで、降三世明王はシヴァ神とその妻パールヴァティを踏みつけにしているけど、
それってヒンズー教の冒涜にはならないのかな〜?

175 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 12:38:02 ID:urRbiq2U
色即是空
何をしょーもないことにこだわってんの。しんどくないかい?

空即是色
でも、好きでこだわって好きで苦労してるんだから、いいんじゃないの?

176 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 13:17:45 ID:+lRzUKkk
>>174

降三世明王
ttp://butuzou.net/02info-b/kouzannze.html

ここの説明が分かりやすい?

177 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/08(水) 13:39:25 ID:QLgvL4Ud
>>175
まあ、そういうことですね。

ある仏教関係スレッドでは、議論が白熱している。
どうでもいいことまで人間というのは考えるもんです。

   <人間は考える葦である>
                byパスカル



178 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 14:05:38 ID:Wv7tZ7WM
>>176
インド人が知ったら、<<ガクガク>>

179 :フレッド:2005/06/08(水) 19:55:09 ID:Ca+9jG0J
>>173
ありがとうございます。
もう少し疑問にお答えくだされば有り難いです。

つまりは、全ての現象を差して「色」と呼ぶのですね。
でも、空は色そのもの→空即是色。
だとすると、空と色という二概念を用いる必要はない
のではないかとも思います。
便宣上の言語である「空」を用いて、空は色そのもの
と説明するのはなにゆえでしょうか?

やっぱお経というのも、理解して自分の人生に応用し
たり、重ね合わせて使わないと虚しいですからね。

180 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/08(水) 21:03:34 ID:QLgvL4Ud
>>179
>便宣上の言語である「空」を用いて、空は色そのもの
>と説明するのはなにゆえでしょうか?

例えば、
煩悩というのがあるから菩提(悟り)というのを目指すわけですね。
世の中には、煩悩というのを感じない人もいるわけです。
煩悩を感じなければ、なにも菩提は必要ないわけです。

煩悩と菩提というのは相反してますが、
相反するから、煩悩と菩提の意味が明確になります。→この相反する二辺を色という。

しかしながら、煩悩という概念がなくなれば、同時に菩提という概念も用がなくなるわけです。
つまり、人は二辺を作るだし二辺を対立することにより迷うわけです。
本来はこの二辺はないわけです。→これを空
二辺がなくば、煩悩も菩提も意味が喪失します。

意味がない(空)であるが、煩悩⇔菩提という意味をもたせる(色)
これを「空は色そのもの」。というわけです。

空は無差別相とも言います。
差別はないけど、あえて人は「煩悩⇔菩提」という差別して生活します。
この人の営みを色(差別相)と言います。

空(無差別相)、色(差別相)、このふたつは同時にあります。
同時にあってふたつとも仏教においては大事です。
これを、色即是空、空即是色というように言うわけです。




181 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 23:21:52 ID:fiSYloua
171さんにたぶん同意ですが どっちかというと哲学の要素が多い気がします。
ま分類は宗教で構いませんが一般宗教とは明確に違います。

182 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 00:03:58 ID:UyzXz1OW

206 :名無しさん@3周年:2005/06/08(水) 23:12:47 ID:KTbyePv1

>仏教と苑との経典の違いってどんなものが
ああそれはたしかに勉強しないと分からないよね。元から知っている人ならすぐおかしいと気付くわけだが。
まず仏典そのものがかな〜り増広(加え増すこと)と改変がされていて偽経も多い。
そんな亜仏教の中から集金に使える部分のみを拾い出して集積させると ハイパー密教真如苑となる。

たとえば護摩法要の意義としてはその見た目の派手さから「集客」にもってこい。
「霊能」は人を操るのにもってこい。
さて本題「仏教と苑との違い」だが、まず霊能やら霊界やらお力やらを「実在の物」として認識する
様態は仏教ではない。
不変の永遠なる実在という宗教論を否定するのが仏教。諸法無我。
であるから「真如苑が無いと生きていけない」という「執着」も明らかに仏教的でない。
本来自律的なものなのだ。 「死後云々する」のも明確に仏教でない。現世の教えですから。

もはや「いろんな仏教」が世界中に在るのですが
最低「三法印」が揃えば仏教と言える、と言われますが真如苑はこれらが揃うどころか
1つも備えてはおりません。



183 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 01:59:58 ID:KALSFd5E
>ま分類は宗教で構いませんが一般宗教とは明確に違います

ここは仏教スレだから他の宗教知らなくても無理はないけど
他の宗教も同じだよ。
特にイスラムなんかは哲学的側面に限り
仏教に勝るとも劣らない。
同意する人は少ないだろうけどね。

184 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 05:32:50 ID:vjG1xsSN

そうですか。
ムハンマドは 「山を動かすと言い動かないと自分らが近付けばいい」と歩き出したそうですね。
笑止。
自らを最終預言者笑 と祭り上げる一神教であり「信仰」主体の教えかと思いますが。
反して仏教は理論的で 崇拝・信仰を排する趣が強いと感じるのですが。
以降は別スレにて。
☆キリスト教、イスラム教、仏教の相違点☆ http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1098804721/



185 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 06:55:07 ID:KALSFd5E
ムハンマドはどうでもいいが、
イスラムの名のもとに優れた哲学者が輩出されてきたのは動かしがたい事実。
ギリシャ哲学直系で、キリスト教スコラ神学に与えた影響は甚大なものがある。
一部の研究者にしか知られていないが
ナーガルジュナに匹敵するような思想家もいる。

勉強不足と偏見というのは恐ろしいね。


186 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 10:45:31 ID:HviFo6MG
仏教がこの先生きのこるには

187 :質問:2005/06/09(木) 20:45:33 ID:51cuVg/6
自分と自然そして宇宙の一体感を求める仏教ってなかったですか?
自分は宇宙の一部であり、自分もまた宇宙だ、みたいな。
そして自分を客観的に見つめる。

こんな宗派はありませんでしたか。ご存知の方がいたら教えてください。

188 :フレッド:2005/06/09(木) 21:37:35 ID:/kWrYz4G
>>180
>この相反する二辺を色という。

ということは、人が二辺を頭の中で作り出している?
こういうことでしょうか?

「色」は全て、人間の空想上の産物に過ぎない。
よって、そんなものは空しいものだ。

こういうことを色即是空は言っているのでしょうか。

だけど、森羅万象全て人間の空想の産物だとは言えません
よね。
人間には生れから、男女の違いはありますし。
もともと、何の違いもない無差別相(空)なんて言う方が、
はるかに現実離れしていませんか?
空こそ、人間の空想の産物ではないでしょうか?

つまり感覚は空ではなく、感覚は感覚。
あるとき感覚は生じ、あるとき感覚は滅する。
そのような性質の感覚は、永遠の本質ではない。
この説明の方が、はるかにあたりまえという気がします。

感覚は空であり、空は感覚であり云々。
なにゆえにこのような表現になるのでしょう?


189 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 21:45:30 ID:z+VlMQZB
>>188

「色即是空」(知覚できるこの世界は、人間の感覚に過ぎないから、本当には実在
しないのかも知れない。)

「空即是色」(しかし、仮に空であっても、その現実の世界だけが、人間が生きるべき
世界なのだ。)

190 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/09(木) 22:01:52 ID:TkmCnBzk
>>188
>感覚は空であり、空は感覚であり云々。
>なにゆえにこのような表現になるのでしょう?

感覚とは、識別するから感覚と成り得る。
寒いとか暑い、痛いとか心地よい、美味しいとか不味い。
いうなばらば二辺こそが感覚そのもの。
感覚、五蘊は色。というのは、この分別ありて成立つから色と言います。

>感覚は空であり、空は感覚であり云々。

一寸の間違いもないですね。
感覚(色)は空である。→色即是空

>人間には生れから、男女の違いはありますし。
>もともと、何の違いもない無差別相(空)なんて言う方が、
>はるかに現実離れしていませんか?

一如の法門が、そんなに簡単には理解はできないですよ。
しかしながら、こんな簡単な法はない。とも言えるわけです。

何故、理解できないか?と言うと、メクラだからです。
眼が開けばこんなアタリマエのことは他にない。

まあ、じっくりと月夜を眺めながら一句でも作ったら如何ですか?
そのうち眼がパチクリと開きます。

ではこれにて寝ます。


191 :名無しさん@3周年:2005/06/09(木) 23:23:38 ID:yEkkpv52

>185勉強不足と偏見というのは恐ろしいね。
たぶんこれは「喧嘩を売っている」?。 ならば見当違い。
自分に自信があるのなら黙っていなさい。

>イスラムの名のもとに優れた哲学者が輩出されてきたのは動かしがたい事実。
>ギリシャ哲学直系で、キリスト教スコラ神学に与えた影響は甚大なものがある。
>一部の研究者にしか知られていないが
>ナーガルジュナに匹敵するような思想家もいる。
ならばどのように優れているのか。どれだけ甚大なのか。それを述べずに
議論を続けることは不可能。 ここは議論の場。

>ムハンマドはどうでもいいが、
それ抜きにイスラム教を語ることが出来得るのだろうか。



192 :名無しさん@3周年:2005/06/10(金) 00:59:55 ID:6NdPTYtN
>>187 真言密教など、どうでしょうか。
まぁ縁起説を説く仏教ですから、どこの宗派でもそのような要素はあるかもしれませんね。
ただ、梵我一如のような思想に陥ると、仏教でなくなるおそれはあるかも。

193 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/10(金) 06:43:45 ID:cldgnYSw
>>188
昨晩は、夜空を見上げて一句できましたか?
たぶん空は雲っていて月は出ていなかったかとおもう。
月は出ていなくても夜空でありますし、
夜でなくても空(そら)でありますし、
空は地という相対があるから意をなしているだけです。

つまり世界は相対にあらずして、人の認識が相対しているに過ぎません。
沢庵は「花は紅 柳は緑」という言い方をしましたが、
いうなれば色(いろ)にすぎないわけです。
しかしながらこれも世俗の言い方でして、色もまた分別です。
この分別を廃していきますと、言語表記は無理になります。
何故かと言いますと、言語そのものが相対により意をなすためです。

その言語を越えますと、いわゆる差別のない相対のない空(くう)となります。
そうはいっても、これは観念で解釈するものではないことでして、
これを「関(せき)を越す」というような言い方をします。

まあ、それはさておき、一応は空(くう)について説明しました。
言っておきますが、これは簡単な説明です。
そのてんを了解ねがいます。






194 :フレッド:2005/06/11(土) 06:52:14 ID:12xhOcMG
机さん
いやいや、簡単な説明でも十分難しいです。
般若心経というのが、つまりそういう性質のお経かもね。
空は観念、概念で理解できるものではない。
だから、適切な言語化も当然できない。
無理なものを、般若経は言語表記しているのではないの?

その結果、語り手と聞き手の間では「蒟蒻問答」のよう
な対話の様相も呈してしまうし、独りで読んでいても、
わかったような、わからんような、何か釈然としない
気持ちになってきてしまうのだと思う。

まあ、「わかる」「わからない」という二つの思いの
狭間で、迷ってしまうのもある意味あたりまえです。

この「あたりまえ」という言葉も多様に応用できますね。
便利と言えば便利だが、困ると言えば困る。

さて、般若経をどうしようかな。。。
いろいろ尋ねようとしたのですが、グーの音も出なくな
てしまいましたよ・・・。









195 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/11(土) 07:40:28 ID:4gVZTo/e
>>194
「花は紅 柳は緑」というのを、
「女は紅 男は緑」というふうに置き換えてもいいかとおもう。

女は女でしかない。
男は男でいかない。→これを空というならば、

女でも美人はいるし、ブスもいて、男とするとどれを食べたらいいか迷ってしまう。
食いたくても女が拒否することもあるし、
ますます迷ってしまう。→これを二項対立の色といいます。

つまり、女としての差別はありませんけど→空(無差別相)
美醜の差別は人が識別する→色(差別相)

このようになります。
いやはや、なんてことはないことでも、人は眼が閉じていては見えんのですよ。
なんかの拍子に眼が開くこもある。
まあ、ここが哲学云々では片付けられないとこでしょうね。
哲学で言うたら認識論ということになるんでせうか?

196 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/11(土) 07:42:47 ID:4gVZTo/e
×  男は男でいかない
○  男は男でしかない

197 :アンギラス:2005/06/11(土) 08:16:17 ID:EDQIPRJK
ここは、議論をするところではありません。
質問するか、回答するところです。
議論するよーなテーマは、別スレで
やってくださいね。

198 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/11(土) 08:22:10 ID:4gVZTo/e
>>197
ここは質問スレッドだから、質問→回答以外の書き込みは別スレで お願いいます。

199 :暇人:2005/06/11(土) 08:35:02 ID:wmCXdcWo
>>151
>法華三部経を扱う宗派

法華は、天台や日蓮・法華宗で重視しますね。

>法華十巻

法華三部経と言う場合、無量経義が一巻、妙法蓮華経は八巻。
観普賢菩薩行法経は一巻。併せて、三部十巻ですので、
法華経三部経を三部十巻と言ったり、略して法華経十巻と呼んだり
するみたいです

200 :名無しさん@3周年:2005/06/11(土) 15:49:36 ID:rIp4mLWm
つまり異論反論は認められません。このスレでは。

201 :フレッド:2005/06/11(土) 20:31:55 ID:4jcAq5mF
>>195
男にとって、性欲というのもこれ厄介なものですよね。
若い男にとって「やれる」「やれない」の二辺は大変な
課題として迫ってくる。
やれない。となると、これは途方もない負担を負う。
この状態の男に、空など説いてもなんら説得力はない。
いたしたならば、忽ちおとなしくなるが・・・。
まあ、暫らくすると今度は、あの女がいい、この女じゃ
ダメだと、煩悩が燃え出すのですが。。。

だが、どうしてもできないとなったらどうでしょう?
押しても得られない。引いても得られない。何もしない
でも勿論得られない。
このように困り果てた男に相談されたら、机さんならば
どのように助言するでしょうか?

202 :ありがとう宗教:2005/06/11(土) 20:54:20 ID:qv04e02P
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。

203 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/11(土) 21:12:47 ID:4gVZTo/e
>>201
>だが、どうしてもできないとなったらどうでしょう?

「どうしてもできない」っていうのは、ある目的をもちまして、
心はその目的に向くわけですね。
つまり、心は”ここ”にあらずして心は遠くに逝っちゃってる。

こういった心のありかたを、私は”日常性”というような言い方をしちょるんです。
つまり凡人は、常にこの”日常性”というベクトルを無意識にもちます。
こういった心のありようを、仏道はだんだん分かってきます。
つまり仏道とは、己自身を知ることでもあります。

禅というのは、いわゆるこの日常性の切断でもあります。
心は過去に向かうものでもなく、また未来に向くものでもありません。
このことが感得されるようになりますと、メクラが少しずつ目明きになってくるんです。
こころ動ぜずして今ここにあるならば、それが涅槃寂静。
こんなことが段々と分かってきます。

さすれば、
>押しても得られない。引いても得られない。何もしない
>でも勿論得られない。

こういう心の霧というのも、ッパっと消え去るこ必定なり。
これを禅では、即今即所と言います。


204 :名無しさん@3周年:2005/06/11(土) 23:06:43 ID:y5KxcNef
>>144

■性的虐待隠ぺい 引責の枢機卿が復活
東京新聞 2005/04/13     御存じですか
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088081440/370

205 :名無しさん@3周年:2005/06/11(土) 23:13:41 ID:xGrfy5r+
仏教的に見た「子供」とは何か?
教えてください。

206 :名無しさん@3周年:2005/06/11(土) 23:18:41 ID:y5KxcNef
>>45
マルクスと,キリスト教プロテスタントのティリヒ  御存じですか
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088081440/359
>>204

207 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/12(日) 06:31:35 ID:JrMNI446
>>205
「子供」というのは、人間関係によっても言い方が変わってきます。
兄であったり弟であったり、姉であったり妹であったり。
これはいわゆる分別の智慧→色です。

空は主客の相対がありませんで、いわゆる「子供」といふ意もなくなります。


208 :フレッド:2005/06/12(日) 10:55:06 ID:P3TyOgJe
>>203
なるほど。
ならば、机さんの言うことには何の意味もない。
同じように、私の言うことにも何の意味もない。
ただただ全く空しいことである。→色即是空。

ここに誰でも帰結できますね?

だけど空即是色となりますと、人それぞれ異なる
見解に達することがあり得るわけですよね?
色がいろいろであるように。

例えば、ここに刀があったとしましょう。
刀と言えば、鋼でできているものですが、中には
プラスチックで出来たオモチャもあれば、木刀と
いうものもあります。
これら全ては、空に帰結します。

すると、刀は空だからこれを持って人を切断しよう
という見解も空即是色として成立しましょう。
つまり、聖者になろうが極道になろうが本質的な意味は
持たないからです。
それなら机さんが放蕩者を目指そうとするのも肯けます。


209 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/12(日) 11:30:31 ID:JrMNI446
>>208
>すると、刀は空だからこれを持って人を切断しよう
>という見解も空即是色として成立しましょう。

空即是色について書き込みます。
空というのは勝義諦ではありますが、この勝義では世間では通用しません。
ですから「空から色へ」というふうに空即是色があるのです。
つまり、勝義諦(空)より〜世俗諦(色)

この「色」というのは、世間で生き抜く智慧のことですね。
そういう意味で空即是色は非常に大事なところです。

空性と慈悲というのは、車の両輪のようなものです。
ですから空即是色においても、おのずと慈悲という意味が込められてます。
空は「仏の智慧」という言いかたがあります。いわゆる仏智(ぶっち)ですね。

空即是色の「色」は、この仏智においての分別の智慧のことです。

>それなら机さんが放蕩者を目指そうとするのも肯けます。

仏道修行者というのは放蕩者でもあるわけですね。
カミさんに「そんなことせんで、もっと金を稼ぐ方が大事!」
と言われれば、色(世俗諦)では、それが真理かもしれません?

世俗諦においては、世間との絡みにおける智慧のことです。
やはり中道。
ほどほどが宜しいかとおもいます。




210 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/12(日) 11:50:56 ID:JrMNI446
>>208
>ただただ全く空しいことである。→色即是空。

空というのは「空しい」ということではないですね。
哲学の範疇でしたら虚無。ってことで片付けられてしまうとこですね。

虚無とは全く正反対です。
「無」というような言い方をしますが、この「無」は二項における無ではないです。
言語表記で「無」としてるだけで、
これは自らが感得せねばならんところです。

211 :フレッド:2005/06/12(日) 17:09:45 ID:R1lFMlPw
机さん
>仏道修行者というのは放蕩者でもあるわけですね。
ここは修行者にとっては、ちょっとイタイとこかもねw
世俗的価値観(お金や権力を得ること)からすると、
確かに何の役にも立たないと言われてしまいます。

まあ持論ですが、ゴータマの教えにおいては世間からも
修行者達の間からも立派な人と言われる人を目指せ。
と、こういうことなのだろうと思います。
オームの教えなどは、世俗を全く見下していますね。
世俗も、全く相手にしませんでした。

だけど放蕩者と書いたのは、あまり悪口を言いたくは
ないからね。
織田無道に憧れているというのは、ちょっと・・・。

そう言えば今日、一人の天才がその道にピリオドを
打ったようですね。
若干二十歳で、統一世界ヘビー級タイトルを取った
マイク・タイソンです。

212 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/12(日) 18:03:23 ID:JrMNI446
>>211
>織田無道に憧れているというのは、ちょっと・・・。

無道に憬れてるわけじゃありません。
極道というのも仏道というのも、やはり底辺には人間の弱さがあるかとおもいます。
道を極めることもなく、ただリベラルに生きていけばそれで良かったですが、
やはり私が仏道の道を選択したのは、なにかに依存したい心の顕れだったのでしょうね。

しかしながら今おもうには、仏道とは依存ではなく独立・自由の道だった。
かように思うておるしだいです。

道元が「仏道とは、己の前にあるのではなく、足跡が後ろに残るだけ」。
というような言いかたをしましたが、なにやらそれが薄ら分かったような気がします。

>そう言えば今日、一人の天才がその道にピリオドを
打ったようですね。

そうですね。
私は、ヤフーのニュースで知りました。
栄枯衰退ですね。

213 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/06/12(日) 19:56:29 ID:L4F6frRw
>>187
真言密教の他に中国の華厳思想も「一即一切、一切即一、一即多、多即一」
なんて考えますね。仏教本来の思想と言えるかどうかあやしいですけど。

214 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/06/12(日) 20:04:47 ID:L4F6frRw
>>205
初期の仏教では
出家者に対しては「妻子や親族」は執着の対象として見なされますね。
在家者に対しては「妻子や親族」を愛し護る事が説かれていますね。

215 :フレッド:2005/06/12(日) 21:43:40 ID:Pw24Mzb+
>>212
>無道に憧れているわけではありません。
これは大変な誤解があったようですね。申し訳ありません。

人間の弱さ・・・。これはとても胸に響きます。
私は、人間は決してメクラであるとは思っていません。
ただ、欲望に目が眩んで、怒りに我を忘れて、怖れに目を
閉じて、暴挙、愚行に流されてしまう性質が潜んでいるの
だろうと思っています。
だけどそれでもある時、ふっと我に返る時もあるのも確か。
だからゴータマは、よく気をつけろ。確りと目覚めていろ。
物事の道理をよく洞察しろ。
と、このようなことを語っていたんだろうと思います。
出世間というのも、何かと騒々しく心を刺激する縁に触れ
ないようにする智慧なのでしょうね。

今日も空を見上げても月は見えませんが、ある時私が夜空
を見上げた時の、忘れられない光景があります。
それは圧倒的な迫力で迫ってくる星空でした。
それはもう、眺める対象などとしてではなく、圧倒的な存在
感となって迫ってくるものでした。
一句纏めたいのですが、なかなか巧い具合にいかんです。

216 :希美 ◆55nynIr58w :2005/06/13(月) 02:08:01 ID:D/BMpB96
新しくスレ立てしました。
よろしくお願いします。
なお完全な目録スレにしたいため、会話議論禁止でお願いします。

◎心と宗教板♪図書目録♪1冊目◎
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1118542927/

217 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/13(月) 04:04:33 ID:US0u+FmT
>>215
貴方が友達を亡くされたように、私も複数人の「死」というのを何度も遭遇しました。
今日語っていた友であっても、明日はもう死んで逝くのです。
いわゆる生と死の狭間にいますと、改めて「生の儚さ」ってのが骨身に沁みてきます。
そんな精神状態の時に、「生死一如」という四文字熟語に遭遇しまして、
私は急速に仏教に傾倒していったのです。

「生の儚さ」ってのが仏縁の切っ掛けではありますが、
空即是色とありますように、やはり最終的には世俗で生き抜くことが仏道の本義であると、
私はおもってます。
(一休宗純の遺偈は、私はそういうふうに受け止めています。)
それだけです。
仏教というのはそれ以外はなんもないです。

>それはもう、眺める対象などとしてではなく、圧倒的な存在
>感となって迫ってくるものでした。

古代ギリシャの哲人も、釈尊も夜空を見上げながら思惟したのでしょうね。
たまに夜空を見上げながら、
古代を偲ぶのもいいかと思ふ。



218 :名無しさん@3周年:2005/06/13(月) 18:34:07 ID:BA/DsY05
本門佛立宗ってなんですか?

219 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/13(月) 19:14:22 ID:US0u+FmT
>>218
日蓮系の分派のようです。

「種まき」をするとご利益が頂けるそうです。

種まき。ってのは精子を蒔くんじゃないですよ。
わかっているかとはおもいますが。

220 :フレッド:2005/06/13(月) 21:26:15 ID:8J3Y+9Fe
>>217
そうでしたか。いろいろお話を伺えてよかったです。
色即是空、空即是色、少しはなるほどと思えるよう
にもなりました。
やはり、「親しんでわかる」というのもありますね。

>>212で、仏道とは、独立、自由の道だった。
と、ありますが、どうなんでしょうね。
仏教徒になりどこかの部派、宗派に属すると、そこの
権威構造にガッチリと組み込まれざるを得ません。
私はあまりお寺には行かない。


221 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/14(火) 06:48:24 ID:fhuxPLIU
>>220
>仏教徒になりどこかの部派、宗派に属すると、そこの
>権威構造にガッチリと組み込まれざるを得ません。

慧能以降は南岳→馬祖と法灯は受け繋がるわけですが、
馬祖あたりでは南宗禅の特徴がよく出ている。
そのためか、馬祖以降は弟子がいくつも分派していったですね。
まあ、つまりは一宗一派を呈して逝ったわけです。

その脈絡のひとつひとつが、曹洞宗とか臨済宗ですから、
本来ならばもっと南禅のいいところを受け継いでもらいたかったですね。
集団が大きくなると、やはり北禅の漸修漸悟に近くなるような気がします。

素人が独学で禅をやると危険である。などと吹聴する輩がいますが。
あれはウソです。
おおいに独学で禅を学んで頂きたいかとおもいます。
(お寺に参禅するのもいいですけど)

>やはり、「親しんでわかる」というのもありますね。

そうですね。
仏教ですから、あまり欲をかかないで、色即是空、空即是色と
あと三法印(または四法印)で充分である。
と、かように納得するのが宜しいかとおもいます。



222 :名無しさん@3周年:2005/06/14(火) 17:48:47 ID:aaW3aAmB
>>221 独学でやってて、魔境が見えたりしても、危険はないのでしょうか?

223 :名無しさん@3周年:2005/06/14(火) 18:36:34 ID:vTs741GC
>>222
ケンシロウが海を渡ってくるよ

ラオウでなくて残念だったなw

224 :名無しさん@3周年:2005/06/14(火) 20:56:48 ID:p/GUpj2n
>>>222
危険ですよ。
机先生のレスは、まあ、聞き流す程度に。

225 :名無しさん@3周年:2005/06/14(火) 21:36:03 ID:ZjdVMINn
>>202
またあのウザイ偽善宗教か!
まだ気味悪いハガキの無差別押し付けやってんのか?
 失せろ!

226 :フレッド:2005/06/14(火) 22:12:16 ID:o2LUbXcw
>>221
以前中国旅行をした時思ったのですが、禅宗が非常に
多いんですね。お寺の雰囲気も日本と大分違いました。

私は、禅というのは仏教修道の一分野だと思ってます。
「それだけ」というのは、正直、少し心配がある。

>あまり欲張らないで、
これは禿銅です。これこそ教義を憶えるだけではどう
にもならない、生の現実そのものですね。

227 :名無しさん@3周年:2005/06/14(火) 22:35:25 ID:/nLAIj61
イノランって言う過激派ありますか?

228 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/15(水) 07:12:28 ID:4JbL+xmH
>>222
>独学でやってて、魔境が見えたりしても、危険はないのでしょうか?

魔境に打ち勝つことを修行というわけですね。

宮本武蔵が勝負を掛けるときは、神仏には一切頼らなかったらしいです。
自分の問題は、自分自身でしか解決はできません。
そこに甘えなどがあっては「自分で解決したことにはならない」。
禅は自力ですから。

魔境に打ち勝ってこそ、眼が開くかとおもいます。

229 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/15(水) 07:19:21 ID:4JbL+xmH
>>226
>私は、禅というのは仏教修道の一分野だと思ってます。
>「それだけ」というのは、正直、少し心配がある。

「無」というのは、全てを包含してしまいますから、
そこに「こと足りぬ」ということがないわけです。

>以前中国旅行をした時思ったのですが、禅宗が非常に
>多いんですね。お寺の雰囲気も日本と大分違いました。

中国にはもともと、陰陽思想というのがありましたからね。
禅を受け入れやすい土壌であったかとおもいます。
陰陽思想と仏教は違いますけが・・。

例えば、茶道の「道」という文化は中国にはありませんけど。
日本の茶道は、もともとは陰陽思想が骨格をなしていたわけです。
利休がこれを禅とうまく調和させまして、茶禅一味の文化へと発展させた。
利休の功績というのはこういうところにあるかとおもいます。
茶禅一味はまた、剣禅一如と同じく空文化です。
いやはや武士は、剣に茶道にと皆さまが空文化にドップリと浸かって逝ったわけです。



230 :フレッド:2005/06/15(水) 07:46:55 ID:1KGNWb3t
魔境とは、そもそも人間の心が生み出す妄想です
から、禅をやろうがやるまいが、人間は日常的に
それと関らずに生きてはいけないでしょうね。

勿論、それなりの心構えは必要です。
生きることが安全であると言うのも妄想ですし、
ある種の魔境とも言えないでしょうか?

231 :フレッド:2005/06/15(水) 21:25:13 ID:A9owT8LV
>>229
>「無」というのは、全てを包含していますから、
>そこに「こと足りぬ」ということがないわけです。

そうですね。私もそう思います。
だけど、坐禅や瞑想に夢中になるがあまり、現実を
生きるということを忘れる傾向もあるようですよ。

一口に禅と言っても、様々な意味合いがありますね。
仏教は、生きていることが既に危険を孕んでいると
教えてるのではないだろうか。→無常の教え。

武士の生き方というのは、あまり好きではないです。
どうしても血の匂いが漂ってくるからです。



232 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/16(木) 16:55:41 ID:Vrb5H76Z
>>231
>仏教は、生きていることが既に危険を孕んでいると
>教えてるのではないだろうか。→無常の教え。

1990年代なかばころから、日本の企業は年功序列制度から”成果主義”へと変革をしていきますね。
その頃を起点にしまして鬱とかの精神疾患が急速に増加していきます。
このことは貴殿も即刻承知かとはおもいますが。

現実を生きるのも、これは大変なことですね。
(特に企業戦士たちは)
”禅的な生き方”などと言うている場合じゃないですね(汗
つまり、のんびり生きることも出来ぬのですから。

皮肉にもこれが、勝組みといわれる人に鬱は多いようです。
責任におけるプレッシャーでしょうね。

>武士の生き方というのは、あまり好きではないです。
>どうしても血の匂いが漂ってくるからです

私は外科手術をやったことがありますが、
切ったところは四六時中いたいですね。
戦国時代というのは、手当てもままならぬゆえ、刀傷は相当痛いかとおもう。

武士に禅が流行ったのは、そういう恐怖心を和らげる意味において、
禅の思想は有効だったのかとおもう。





233 :名無しさん@3周年:2005/06/16(木) 21:23:43 ID:ZxBbIeav
顕正会は仏教ですか?

234 :名無しさん@3周年:2005/06/16(木) 22:52:18 ID:EjFlfWZU
>>233
顕正会は、日蓮正宗富士大石寺の信徒団体。
つまりS会とは犬猿の仲。

235 :フレッド:2005/06/16(木) 23:37:36 ID:tP2eiY5P
>>232
机さんの言うことの意を、巧く汲み取るのは難しいね。
禅にしろ、武士道にしろ。。。
こういう時代だからこそ、頓悟というのが求められて
いるのかも知れませんが。

だけど禅問答というと、一般的に意味不明の問答だし、
公案なども普通に筋道を立てて考えるものでもないん
だろうし。
でも、だからって何の筋も通っていないわけじゃない
ですよね?


236 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/17(金) 07:31:08 ID:NU5OKePy
>>235
>でも、だからって何の筋も通っていないわけじゃない
>ですよね?

筋は通ってませんね。
何ゆえか?それは問い自体が無効になるからです。

例えば、「空間とは何ぞや?」ってお題があるとすると、
空間というのは己も空間なわけです。
したがって空間という”対立”ができないのです。
できなくば答えようがないですね。
いわゆる自己矛盾というのは避けて通れないわけです。

何処かのスレで、常見と断見を熱く論議しちょるようですが、
ケツロンは出ません。
何ゆえか?それは自己矛盾してるからです。

禅というのは、こういう無明(メクラ)に光明を与えるものです。



237 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/17(金) 07:42:18 ID:NU5OKePy
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1117079851/l50
原始佛教  その12

238 :フレッド:2005/06/17(金) 20:51:33 ID:3IpUHTDT
>>236
ええっ!!(ガーン
何の筋道も通っていない??

じゃ、じゃあじゃあ、公案てのは出鱈目に返答すれば
みな様が見性しておると認可を出すのですか?

さて、心は鏡台の如しであるか、本来無一物であるか?

私は、相反するものは補い合って中となるのかと思い
ます。一辺倒という言葉があるように。
空性と慈悲というのは、私だと、智と慈になります。
漸悟も頓悟もそのようであれば理想的なのでしょうね。
まあ、理想を語るのは簡単ですが。。。

それはさて置き、色即是空は了解できつつあります。
ゴータマ・ブッダの、
「何も存在しない。と思うことによって激流を渡れ」
と、オーバーラップしますね。
ここではゴータマ・ブッダの智慧と、般若の智慧は違わ
ないね。やれやれ、首が繋がった思いです。

では、私は暫らく欠席します。ありがとうございました。

239 :名無しさん@3周年:2005/06/17(金) 23:08:46 ID:EygomUjy
>>238 どんな不条理な質問されても、動揺せずにデタラメな回答をするのは、難しいと思います。
何を答えるかより、何があっても動揺しないことを試されてるんじゃない?

240 :名無しさん@3周年:2005/06/17(金) 23:47:30 ID:yTO9Ortp
初心者から質問です。
人が亡くなってから四十九日までは
魂がこの世にいるというようなことを聞いたことがあるのですが
これはお釈迦様が言ったことなのですか?
初七日や三回忌とかの決まりごとも。

241 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/06/18(土) 01:55:19 ID:ApTrCUhP
>>240
文献的に釈尊が何を言ったか確定することは今の所不可能ですが、
四十九日や中陰参り、年忌法要等は釈尊の言葉ではありません。
原始経典と呼ばれる古い経典類の中には上記のような思想は全く説かれておりません。
仏教はむしろ魂のような考え方に対しては批判的ですね。
ところが部派仏教になると中有の思想が説かれ出します。
また四十九日や年忌法要は中国思想の影響があるようです。

242 :名無しさん@3周年:2005/06/18(土) 02:47:05 ID:5zc0TmF7
>>241
ありがとうございました。
チベット仏教などは輪廻転生を説いているようですが
(テレビで見ました)、釈迦はそういうことは
言ってないのですね。

でも、魂がしばらくこの世にいるというのは
思い当たる節が全く無くもないというか…
(思い違い、思い込みといえるレベルですが)。
なので、なぜそういうことが分かったのかと
思ったもので。

オカルト板みたいなことを、スミマセン。


243 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/18(土) 06:37:48 ID:LjzMg2e9
>>238
>じゃ、じゃあじゃあ、公案てのは出鱈目に返答すれば
>みな様が見性しておると認可を出すのですか?

「出鱈目」というのも極論ですが・・
例えば”隻手の音声”という公案があります。
このお題に論理性の整合性において答えればようとせば、
「んなもの聞こえるわっきゃない!」ってことになります。

つまり問題はこの「論理性」にあるわけでして、
公案というのは、つまりはこの論理性の破壊を目的にしているもんです。
「論理性構築以前の主客未分化」というような言い方もあります。
私が言うている、仏教は”知ることではない”というのも、
こういった考えが底辺にあるからです。
”知”は論理性の構築というベクトルをもちます。
いうならば禅とは、
このベクトルの切断なわけです。


244 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/06/18(土) 06:44:46 ID:LjzMg2e9
(つづき)
>では、私は暫らく欠席します。ありがとうございました。

いえいえ、こちらこそありがとうございました。

最近は、炉リコンが増えてますね。
幼児嗜好というのは炉リコンじゃなくて、なんとか?ってジャンルがあるらしい。
彼らの心の深層とはなにか?
それらについて、私は少々調べてみたいかと思ってます。

#、、またご縁がありましたら、板にてお逢いしましょう。




245 :暇人:2005/06/18(土) 07:45:00 ID:+7f9g/zW
>>240

「盂蘭盆経」によりますと、
釈迦の十大弟子の一人目連が餓鬼道に落ちた母の苦しみを除くために
行ったことを初めとして、祖先の霊を供養する儀式がはじまったと
されます。
ところでこの経典には梵本が発見されていず、経典の核はインドでできたが
中国で増広して成立したと推定されています。

49日の根拠は何かといいますと、仏教に中有(中陰)という概念があります。
これは意識を持つ生き物が死後から次の生を受けるまでの時期のことです。
この中有の期間が49日という説が支持され、人の死後七日ごとに経典読誦し
七回目の七日の49日を満中陰とする習慣が生まれたのですね。
中有そのものはインド仏教の概念ですが・・・

以下は現代の一宗派の見解を紹介します。
http://www7.ocn.ne.jp/~kokubo/regain.htm#SS1

ご参考にどうぞ


246 :名無しさん@3周年:2005/06/18(土) 12:52:10 ID:DBcoE/jk
偽経すね。

247 :名無しさん@3周年:2005/06/18(土) 16:14:35 ID:UNQ+1pfk
>>242
釈尊もインドの空気のようなものである輪廻思想を前提にしてますが
「死んでみないとわからないことを議論するのは時間の無駄」というスタンスです

248 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/06/18(土) 23:54:58 ID:ApTrCUhP
>>242
いわゆるインド仏教と言っても原始仏教、部派仏教、初期大乗仏教、中期大乗仏教
後期大乗仏教、密教、等々色々ありますし、その中でそれぞれ色々な思想が説かれて
おります。ただ240さんのご質問が四十九日や中陰・年忌法要がお釈迦様の言葉か
どうかと言う質問でしたのでそれはお釈迦様(ゴータマ・シッダルタ)の言葉では
ないと答えました。チベット仏教は土着のボン教、インド大乗仏教、密教思想の影響
によって、チベット死者の書に見られる輪廻転生思想などが強いのだと思います。

四十九日や年忌法要などは釈尊の教えかどうかよりも、遺族が大切な人の死を
受け入れるようになれる為の期間と思えば良いでしょう。その間に坊主に読経して
もらって、生死の意味を聞いてみるのも心が落ち着く一つの方法かもしれません。
ですが、坊主を呼んで法要しなければならない必要も全くありませんよ。
年忌法要は親戚縁者が集まって故人を偲びつつ現況報告しながら食事する機会ですね。
できればそういう法事の機会を通して、わが身の無常を知り、真の安らぎとなるような
生き方を模索して頂ければ、亡き人も良い仏縁であったと思えるのではないでしょうか。


249 :ニセ本尊を糾弾する会:2005/06/19(日) 14:55:52 ID:D4p8lzBh
>>234
大石寺は顕正会を信徒と認めてはいません。

250 :名無しさん@3周年:2005/06/20(月) 14:21:03 ID:eZMPunqd
昔、モッくん主演の「ファンシィダンス」って坊さんの映画がありましたが
あれは何宗の僧侶の話なんですか?

251 :暇人:2005/06/20(月) 15:55:58 ID:wP1fW6Ru
>>250

禅宗ぽかったね

252 :名無しさん@3周年:2005/06/20(月) 19:09:16 ID:iqQz4v88
臨済宗じゃないかな

253 :240,242:2005/06/20(月) 23:15:04 ID:41r285co
>>245-248
お答え、ありがとうございました。
仏教で、輪廻転生を認めているのか否かについては
解釈が分かれるようですが、
いわゆる霊魂についての考え方は
インドの土着の思想から来ているわけですね。
日にちの根拠もそちらのほうから。



254 :名無しさん@3周年:2005/06/22(水) 00:11:11 ID:AtibStA6

>仏教で、輪廻転生を認めているのか否かについては
まこれまで散々繰り返されてきた問いですが、
荒く言うと 仏教は「現世で事象の在りのままを」知り、 欲が在るから苦が生まれる
という簡素な真理を説いたもの。 信じるとか祈るとかは仏教的でない。


ではなぜ日本仏教は「祈り、現世でなく死後への供養を」説くのか。
「盂蘭盆経」などの概念がいつの間にか付け加えられたのです。 ラマ教もその類です。

宗教=祈るもの ならば、それは「人の需要」に応えるかたちで生まれたものかと思いますが、
釈迦仏教はそれとは隔たっていますね。
しかし大乗・密教などに至れば、=宗教 と言えるかと感じますが。

で終了で良いでしょうか。w 間違いがあれば添削してください。



255 :名無しさん@3周年:2005/06/22(水) 00:54:06 ID:9tMrTp1R
ご冥福をお祈りします、とか
はたまた成仏しますように、などと言ったりするときは
天国のような所を思い浮かべて、そこへ行きますように
という気持ちがあるわけだけれど、
これは仏教的ではないんですね。
「袖すりあうも他生の縁」も輪廻転生を否定しているとすれば、
むしろインド的(?)。

日本人の死生観は本当は全然仏教的ではなかったりするんですね。

256 :名無しさん@3周年:2005/06/22(水) 01:03:06 ID:v2nE4BXf
>>255 成仏は、仏に成りますようにってことだけど。

257 :255:2005/06/22(水) 01:09:54 ID:9tMrTp1R
255は254さんの4行目までだけ読んで
書いてしまいまいた。
失礼しました。

258 :名無しさん@3周年:2005/06/24(金) 22:49:57 ID:GhbwwuHr
日本人の死生観は
土着の自然/祖先崇拝をベースに儒仏道をミックス
そこに西洋のキリスト教と合理主義をトッピングして完成
すごい代物だ

259 :名無しさん@3周年:2005/06/27(月) 22:50:14 ID:qe0Jt9vj
浄土の釈迦はインドのが本物で日本の釈迦はインドの釈迦に認められて浄土にいる
そして法華経は三部に分かれているが「起承転結」の「起承転」と考えると良い
「結」は釈迦の場合は「ブッダになった」となる
つまり経典を参考に個々で自分なりに「結」を出す生き方が良いのでは?自分なりに納得出来る生き方です
だって釈迦はブッダになろうと産まれてきた訳じゃない
これじゃいけないと思って覚ったら結果ブッダになっただけ
仏教徒だから菩薩や如来になれる訳じゃない
誰もが産まれながらに持っている愛(仏の心)を如何に成長させる事が出来るかだと思います
これが多宝如来の言ってる「釈迦は正しい」って事なのでは?


260 :名無しさん@3周年:2005/06/29(水) 09:59:09 ID:G6V7vnRT
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4876885273/qid=1120006481/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-6326932-1480339

神秘の法―次元の壁を超えて
大川 隆法 (著)


> 「常識」がひっくり返るのに1時間もかからなかった…すごい, 2005/01/15
> レビュアー: パンセ (プロフィールを見る)   岐阜県 Japan
>まえがきにあるように、学校もマスコミも「本当のこと」は教えてくれませんでした。
>そしてあとがきにあるように、もう「もとの自分」には戻れません。

>心を何重にも縛り付けていた迷妄の鉄のクサリが
>ジャランジャラン音を立ててひきちぎられていくのを感じています。

>霊界の真実がほんとうのところどうなのか、私には見えません。
>でもこの本に書かれていることは、不思議だけれど違和感がありません。
>だれの魂の奥にもある、真実の声が、この本からは魂に響いてきます。

>読む人を「幸福な人」に変えてしまう魔法のような本です。

>高度な科学が具体化され、それに応じてものすごいストレスの蔓延するわたしたち現代人にとって、
>この本は、人生を生ききるために不可欠な「ルールブック」かもしれません。
>この本を読んだ人とそうでない人との違いは、すぐにわかるくらいの影響力があると思います。

>第1章にあるように「人は思いによって天使にも悪魔にもなれる」そうですが、
>それこそ本当の「勝ち組」と「負け組」ではないでしょうか。

261 :名無しさん@3周年:2005/06/29(水) 10:59:37 ID:BGQZxtLJ
67:06/27(月) 01:00 U+elWlXh
質問よろしいですか?

原始仏教と呼ばれる最古層の経典で、
アウトカーストは言及されていますか?

バラモンがどうとかって話はいくらでも出てきますが、
自分達の事に触れられていたら、
アンベードカルの信徒達も増えそうなものだと思いました。

262 :名無しさん@3周年:2005/06/29(水) 15:19:03 ID:5uvvh66I
関連スレッドです。

宗教勧誘の断りかた 2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1102051337/l50


263 :暇人:2005/06/30(木) 06:28:30 ID:GJahGlJS
>>261

四分律などに出てきますね。

それと釈尊が脇の下から生まれたと言う伝承は何故かと言うと
カースト制文脈で出た話です。
「バラモンは口から生まれ、クシャトリアは脇の下から生まれる・・・」

現代では釈迦族はカースト制を採用してない部族であったという説が
有力ですが、初期の頃から釈尊は武士階級出身というカースト制支持
の伝承が生まれたようですね。

264 :名無しさん@3周年:2005/06/30(木) 07:16:11 ID:G6zou2l7
>>263
どうも。
自分でも少し調べたところによると、
仏陀は周りの反対を押し切り、
不可触民を出家させていたりもしたみたいですね。
ありがとうございました。

265 :名無しさん@3周年:2005/07/01(金) 23:15:15 ID:q8O9gWfp
答えるのが難しい質問かもしれませんが、
悟るとどうなるんですか?

266 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 00:02:43 ID:gmpIvSMd
>>265
冷暖自知。自分で確かめてごらん。

267 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 00:30:28 ID:3tf6jMHq
>>265
ものごとを論理的に判断できるようになり、問題があれば、
その原因や条件を見抜く洞察力がつきます。

そうなるための考え方を簡潔に説明することは、一応
できますが、聞かれない限りは、こちらから言うことは
ありません。

押し付けても伝わらないものですから。

268 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/02(土) 13:00:48 ID:FxXPVsjM
>>260
大川の、般若心経解説は出鱈目です。

霊界というものがある。とするならば、それは心経では「色」ということになる。
色も、
色即是空となりますから、ようは「一切皆空」でありまして、
霊界も現世も分別がありません。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1114473272/l50
もし分からんかったら、ここのスレで解説します。

269 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:23:21 ID:8GUUO7C8
物事にこだわらないようにするにはどうすればよいのでしょうか。

270 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:27:25 ID:3tf6jMHq
「何」についてこだわっているのか。
「何故」こだわっているのか。
漠然とした思いを具体的にしてみてはどうでしょうか?
神に書き出してみると、わかりやすいと思いますよ。

271 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:27:51 ID:3tf6jMHq
神に ×
紙に ○

272 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:30:22 ID:zVHStqKC
>>269 こだわらないようになりたいと思うだけでも尊いことですね。

273 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:35:12 ID:8GUUO7C8
>>270さん、はじめまして。
一くくりにすれば、マイナスな出来事に拘っているようです。
良いことは殆ど覚えてないのに、傷ついた事にとらわれているような気がします。
現代的にいえば、トラウマという感じでしょうか。
目標は嫌な事も受け入れられるようになり、愛せるようになったら・・・と思います。
自分の心が広ければ・・・

どうすれば広く温かな心を持てるのでしょうか


274 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:39:24 ID:3tf6jMHq
>>273
わたしも未熟者なので、アドバイスをできる程の者じゃありませんが
あなたの悩みは美しい悩みだと思いますよ。
前向きだからこそ、後ろ向きな考えや感情が気になってしまうのかも
しれませんね。

275 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:47:03 ID:3tf6jMHq
>>273
仏教的な考え方からいくと、悩みや苦しみを乗り越えるための考え方と
して「四諦(したい)」と呼ばれる考え方があります。

四諦とは、
1)苦・・・具体的に何が苦痛なのか
2)苦の生起・・・何事にも原因があるから結果があるので、苦痛にも
          原因があります。その原因と苦痛の相関関係は、ど
          のようなものでしょうか。具体的に列挙してみるとよい
          と思います。
3)苦の滅尽・・・苦痛に原因があるなら、その原因を取り除くか、あるい
          は、原因に対する「自分の態度」「自分の見方」を変える
          ことによって、おのずと結果(苦痛)も変わってくるはず
          です。
4)苦の滅尽の方法・・・苦痛を生んでいる原因や条件を、多角的にいろん
               な角度から見てみると、意外な気づきがあるかも
               しれません。

276 :名無しさん@3周年:2005/07/02(土) 17:47:59 ID:8GUUO7C8
>>272さん、はじめまして。温かくありがたいお言葉に感謝致します。

>>274さん、はい。
人を憎むような自分を直したいと思っています。
前を向くために、自分の心を解剖していったら、
憎しみを掘り当ててしまいました。
でも憎しみは寂しさや悲しみから変わったものだと思います。
寂しさや悲しみは、
受け入れて欲しい、愛して欲しいというものから生まれたものだと思います。
愛されたいというものは欲望の一つだと知りました。
拘らず、欲望を手放す方法がわかりません。
私を傷つけた人を許す愛を手に入れるにはどうすればよいのでしょうか。

277 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/02(土) 18:49:26 ID:FxXPVsjM
>>276
>拘らず、欲望を手放す方法がわかりません。

森羅万象すでに滅尽されど、心は留まってしまうのです。
つまり記憶として残存するゆえ、
2500年の仏教の歴史は、この記憶という永遠のテーマへの問いかけひとつです。

般若心経は、この記憶とは何たるや?
ってことを解き明かした空思想が書かれております。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1114473272/l50
先ずは、般若心経から入門するのが宜しかろうにおもふ。

278 :名無しさん@3周年:2005/07/04(月) 00:28:02 ID:nhT3Ztu2
質問いたします。
禅宗で男性に送られる最高位は法印大和尚位とお聞きしました。
では、女性に送られる最高位は何ですか?

279 :名無しさん@3周年:2005/07/04(月) 02:59:04 ID:qAnHI/Dd
法印大和尚?
聞いたことないw

280 :名無しさん@3周年:2005/07/07(木) 14:02:49 ID:oYiBAxRn
338 名前: マキシマス藤井 投稿日: 2005/07/07(木) 13:05:55 ID:0RnN/6Zc
【サンフランシスコ支部では、4月に市内で開催された日本文化を紹介する「桜祭り」に出展。仏法真理が、大きな反響を呼んでいます。】

(サンフランシスコ市在住)柳田淳子さん

 桜祭りでは、幸福の科学の海外経典の紹介や、月刊『アー・ユー・ハッピー?』を使った実践チャート「あなたの守護霊ってどんな人?」を企画。
連日、大勢の人がブースを訪れ、「もっと詳しいことが知りたい」という問い合わせが殺到しました。
 その後、5月に開催した一般向けセミナーには十数名が初参加。カトリック教徒のグレッグさんは、転生輪廻や死後の世界の真実を知り、
「長年の疑問が解けた。僕もこの信仰を持ちたい」と三帰誓願を決意されました。「仏法真理を求める心は万国共通だ!」と改めて確信しました。
 主の教えを待ち望む人たちのために、これからも伝道に励んでいきます!


281 :名無しさん@3周年:2005/07/07(木) 19:41:40 ID:vcdBmn2L
ジャンヌ掲示板から記念カキコ。
http://hpcgi1.nifty.com/you/bbs/wforum.cgi?mode=allread&no=3468&page=0


282 :名無しさん@3周年:2005/07/08(金) 13:57:51 ID:2P/az3J0
実家が天台宗の寺の檀家で、ゆくゆくは親も自分もそこの墓に入る事に
なると思うんですが、せっかくなので自分の入る墓の事くらいは
知っておこうと思いました。

天台宗について、分かりやすい本ありますか?
ちなみに宗教知識はゼロに近いので、初歩中の初歩を希望します。

283 :暇人:2005/07/09(土) 09:14:56 ID:zuXTO5iq
キミが聞いたことないと言って ないとは限らん。
http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q294R200.HTM

>>282
天台宗に疎く よく知りませんが、検索してみますと
藤井 正雄さんが 良いかもしれません
大正大学名誉教授で宗教儀礼の専門家です。
「うちのお寺は天台宗 わが家の宗教を知るシリーズ」

ただ彼は天台の人ではないので、天台仏教青年連盟編の
「天台宗のしきたりと心得―日常勤行の作法がよくわかる」もよいかも。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4262149382/qid=1120867190/br=1-9/ref=br_lf_b_8/249-1590079-1129965


284 :名無しさん@3周年:2005/07/10(日) 11:51:55 ID:r840UAMD
毒矢のたとえというのは結局何が言いたかったのでしょうか?






285 :名無しさん@3周年:2005/07/10(日) 13:04:04 ID:H9IN1qmw
”馬鹿は考えるだけ時間の無駄だ。ただ俺の言うとおりにしてればいいのだ”
てことじゃないでしょうかね。
釈迦が最善と思う教え方をしてるのだから黙って従えと。
何で問いに答えてやらなかったのだろうか?と思いますけどね。
釈迦は釈迦の流儀で教えるのが最善だと考えたのでしょう。
逆に言えばそこまでの質問に答えてしまうとその人達を導ける自信がなかったのだと思います。
これは釈迦の力量というより、弟子に問題があったのだと思いますけど、
それでそういうそっけない言い方になったのだと思います。
馬鹿な人は高い教えを理解できず、どうせ曲がって受け取られるのが落ちなので
語らないほうがましなのです。実際釈迦のやったような方法が一番速く悟りに近づけたと思いますが、
知りたいことを教えてもらえず、味気ない修行のみになってしまうので段々教えに興味を示さなくなります
それもどうかと思うので、今の仏教の廃れ具合を見たら釈迦ももう少し
教えを語って、現代人になら注意深く、誤解を生まぬように真実を説いて聞かせれば
もう少し深いところまで、直接言葉で急速に悟らせることもある程度できたものと思いますけどね。

286 :名無しさん@3周年:2005/07/10(日) 13:28:24 ID:NniupAx/

>毒矢のたとえというのは結局何が言いたかったのでしょうか?
釈迦の出家の目的は、「苦を滅する」ことです。
つまりここで言う、毒矢を抜くことです。
「世界が常住か」「死後はどうなるのか」などは「分からないこと」であり
またそれを知ったところで「苦を滅する」ことには繋がらない。

苦を滅するには?
原因があって結果がある。 煩悩があるから苦が生まれる。 煩悩を消せば苦が滅する。
あたりまえの理屈だ。しかしそれを説いたのは偉業だろう。



287 :名無しさん@3周年:2005/07/10(日) 13:34:30 ID:F4VU6EGO

>285俺の言うとおりにしてればいいのだ黙って従え
逆ですね仏教は。

>馬鹿な人は高い教えを理解できず、どうせ曲がって受け取られるのが落ち
じつはわかり易いよ。 しかも「悪用」されないように歯止めを打っておいたにも関わらず
営利詐欺師が仏教を改変した。それが大乗仏教。(すべてではないが)



288 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 10:41:53 ID:GKDJ062+
というわけで285
おまえは逝ってよしだw


289 :282:2005/07/11(月) 12:49:09 ID:vQ7vRaiK
>>283
ありがとうございます。とても分かりやすそうですね。
特に「うちのお寺は天台宗」のシリーズは雑学ムック本テイストで
普通に楽しめそうです。

両方とも取り寄せてみたいと思います。

290 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 17:01:46 ID:VQvAdHHY
287
心を白紙にして素直に師に従わないと得るものはないと思うよ
>じつはわかり易いよ
釈迦のは全然解りやすい解説じゃないだろ
ただ師に任せるというスタンスだ
288
それだけか?

291 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 18:12:38 ID:GywS6o/F
>285俺の言うとおりにしてればいいのだ黙って従え
従えと、釈迦が言ったのか? どこで。

みなその説法に納得して勝手についていったのだろ。


292 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 18:20:48 ID:mzd2BC6b
哲学的な妄想は瞑想の邪魔になりますから、妄想するなと言ったのでしょう。

293 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 18:49:02 ID:VQvAdHHY
291
従うなら従えばいい、従わないなら従わなくていい。そんなの当たり前だろ。
いちいちうるさい。

294 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 18:59:25 ID:5rTL2L4H
というわけで285
おまえは逝ってよしだw

295 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 19:03:18 ID:VQvAdHHY
294は仏教徒にあらず

296 :名無しさん@3周年:2005/07/11(月) 19:18:00 ID:VQvAdHHY
292
釈迦のほうが哲学的だけどね

297 :名無しさん@3周年:2005/07/12(火) 10:47:27 ID:yU/akoRY
>哲学的な妄想は瞑想の邪魔になりますから、妄想するなと言ったのでしょう。
妄想は非哲学的ですから、妄想するなと言ったのでしょう。 瞑想しましょう。

というわけで285
はスルーして下さい。


298 :名無しさん@3周年:2005/07/12(火) 19:43:17 ID:j2oDcghK
>>297
瞑想は瞑想だろ。哲学とか関係ない。
逝っていいぞ。

299 :名無しさん@3周年:2005/07/12(火) 21:08:29 ID:shYhg/hy
お坊さんがお経あげに家にくるのって14日ですよね?
盆の入り(13日)じゃないですよね?

300 :ジャンヌよりコピペ:2005/07/12(火) 23:32:53 ID:ITo+TVfv
>285のパロ(本音?)
馬鹿は考えるだけ時間の無駄だ。ただ先生の言うとおりにしてればいいのだ” てことじゃないでしょうかね。
高森先生が最善の教え方をしておられるのだから黙って従えと。
「名著といわれた『顕正』を最近は回収しているそうですが本当なのですか?」とか
「親鸞会は以前は顕正新聞でもしていた、『宿善を積む』という表現を最近になって
やめさせた理由は?」という質問になぜ答えてやらなかったのだろうか?と思いますけどね。
親鸞会は高森先生の流儀で教えるのが最善だと考えたのでしょう。
逆に言えばそこまでの質問に答えてしまうとその法謗の哀れな人達を導ける自信がなかったのだと思います。
これは高森先生の力量というより、質問した哀れな会員に問題があったのだと思いますけど、
それでそういうそっけない言い方になったのだと思います。
われわれは馬鹿な凡夫であって、善知識が常に説ききっておられる高い教えを理解できず、
どうせ曲がって受け取られるのが落ちなので、 たとえ善知識の仰せで腑に落ちないところが
あっても、あれこれと詮索しないほうがましなのです。あれこれと疑い詮索することは師を謗る
恐ろしい法謗罪であります。実際高森先生のご教示方法が一番速く絶対の幸福に近づけるのですが、
知りたいことを教えてもらえないとか、聴聞やお勤めを味気ないとか、またあの話か、とかと
自分の計らいで判断しようとすることは地獄堕ちの法謗の大罪を犯すことになります
大罪を犯し続けるのもどうかと思うので、今の本願寺の廃れ具合を見たら心ある僧侶たちも
葬式法事の副業にうつつを抜かさずにもう少し教えを語って、現代人になら注意深く、
誤解を生まぬように真実を説いて聞かせれば もう少し深いところまで、
直接光に向かわせることもある程度できたものと思いますけどね。

301 :名無しさん@3周年:2005/07/12(火) 23:49:16 ID:29cNaTyf
今、ティム・オブライエンの本読んでいるんですが、
ベトナムの坊さんが両手で洗う仕種をしたが誰もその意味が解らなかったと書いてあります。
仏教において、両手で洗う仕種ってのは何を意味しているのでしょうか?

302 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 10:41:51 ID:AXHEqBVe
質問いいですか?
「世界仏教サミット」てなんですか?
今年の11月に開かれるらしいのですが、知ってる方、教えてください。

303 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 14:09:22 ID:gW0bn+rT
中村元や前田専学や平川彰や宮元啓一などの本を読んだのですが、
本によっては相手のことを否定したりすることがあります。
今、仏教界で有力で一番正しいと思われる主張をしてるのは誰ですか?

304 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 15:49:25 ID:YdbB8XkB
「無宗教からの『歎異抄』読解」(阿満利麿著、ちくま新書)を読んだが、
この著者は一体何だね。「無宗教からの」などと言って中立を装いながら、
実は浄土真宗に完全にマインドコントロールされたカルト信者ではないか。

「阿弥陀仏」などという一神教そこのけの神を作り上げ、道徳的要素は一切
排除し、ひたすらに「念仏のみの自分だけの救い」を追い求める。父母を
含めて、「他者へのまなざし」は皆無。人間に、根拠の皆無な罪悪感を植え付
け、阿弥陀仏を信じるだけで救われる、という完全なマッチポンプ。「自見の
覚悟(自分だけの思い上がり)」を非難しながら、完全に自分だけの思い上が
り。

釈迦がこんなことを何時どこで教えたか。浄土真宗は、仏教の持つ深みはセロ。
完全なカルトである。一向一揆で社会の秩序を乱し、弾圧されたのは、あまり
にも当然。日蓮宗も、その一神教的要素から、浄土真宗と同様、仏教からは
ほど遠いカルトであろう。

305 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 16:09:42 ID:51FlaEDD
そうだね。
そもそも大乗自体、今で言う新興宗教じゃないか。
何年も経てば、伝統仏教かい?  ではいずれ大川も、伝統的僧侶と認められるって?

馬鹿は死ぬまで馬鹿なのかい? カルトの食い物・日本人さんたちよ。w

306 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 21:37:22 ID:bdurOitv
深すぎて簡単には理解できない仏教の中で、死ぬ直前にはじめて仏教を知った人でも救われる教えが、阿弥陀仏信仰です。浅くて易しいのが特徴なのです。

307 :北から北 ◆yZOsqsWCpk :2005/07/13(水) 21:47:54 ID:2GNZdO5y
お地蔵様と閻魔大王は同一人物だって〜!?

308 :名無しさん@3周年:2005/07/13(水) 22:30:58 ID:/oY9+Szy
少しスレ違いかもしれませんが、
ここなら知ってる方がいつかもと思いましたので…質問させてください。

「地獄と極楽」という薄っぺらい冊子のようなマンガの詳細が知りたいのですが、
何かわかる方がいらっしゃれば、教えてください。
もしかしたら題名は違うかもしれません…でも、地獄という名前は入っていたと思います。
私が6歳ぐらいのときに読んだ本なので表紙や作者などはまったく覚えていません。
覚えているのは、それが子供向けのマンガであることと、
登場人物がカワイイ顔だったり恐ろしい顔だったり険しい顔だったりコロコロ変わることと、
登場人物(地獄にいる)がみんな髪の毛が生えていないことと、
祖母がどこかのお寺??で買ってきてくれたものだということ、、それぐらいです。
これだけの情報だと、検索にもなかなかひっかかりません。
どこで手に入るものなのか、今も手に入るものなのか、知っている方おられましたら教えてください。
お願いします。

309 :暇人:2005/07/13(水) 22:49:24 ID:K692+cur
>>304

(笑)
読んでみそ(笑)
http://www.icho.gr.jp/shararin/interview/index.html

310 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 06:59:08 ID:HnTgafuJ
>>304
阿弥陀信仰というのは、簡単に言うたら「阿弥陀仏を通して内証する」ことです。

禅宗は「内省」と言いますが、
意味とすれば「内証」も「内省」も同じことです。
>>306さんが言うとおりですが、
>浅くて易しいのが特徴なのです。
浅くて易しいですが、ほんとうのとこは実は深いです。

【となふれば 我も仏もなかりけり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏】
これは、一遍上人の句ですが、ここに全く作為は感じられません。
禅師の境涯と同じですね。

>我も仏もなかりけり
というのは、禅においては「我と仏の二見を離れる」と言います。

我も仏もなくなったとこで、阿弥陀仏の意味が分かってきます。
これを禅においては「気づき」という。





311 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 07:02:21 ID:HnTgafuJ
(追記)
阿弥陀信仰と、日蓮宗の板曼荼羅信仰とは全く別です。

ここのとこをゴッチャにしない方がいいかとおもう。




312 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 08:44:13 ID:Q/edmNvB
>机龍之介
どこがどう違うのか詳細お話しください。
日蓮宗は板曼荼羅なんか拝みませんから、その点も踏まえてどうぞ!

313 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 09:25:12 ID:Au7M1S9b
>>303
テーラヴァーダについて
 水野弘元 訳『清浄道論』南伝大蔵経62、63、64

大乗について
 瓜生津隆真 訳「勧戒王頌」『龍樹論集』中公文庫

学者の書いた概説
 水野弘元『仏教要語の基礎知識』

以上で十分だと思いますが、よりツッコミたい場合、

オルデンブルグ『仏陀』大雄閣, 1928
K. R. Norman, A philological approach to Buddhism :
the Bukkyo Dendo Kyokai lectures 1994 ,
London : School of Oriental & African Studies,
University of London, 1997
 平川彰『インド仏教史』
 梶山雄一『仏教における存在と知識 』紀伊国屋書, 1983
 Erich Frauwallner, Die Philosophie des Buddhismus
Berlin : Akademie-Verlag, 1958.

といったとこだろうか? 

学者として水野弘元先生が最高権威と考えていいと思います。

314 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 10:19:24 ID:HnTgafuJ
>>312
>どこがどう違うのか詳細お話しください。

大事なのは、作為があるか?作為がないか?
を考えればよきこと。
これにて調ふべし。

>日蓮宗は板曼荼羅なんか拝みませんから、その点も踏まえてどうぞ!

本来は板曼荼羅が御本尊です。
家庭に配置する本尊も、本尊には間違いないですが。

315 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 10:32:38 ID:596ZQnQ4
>>314
作為は「極楽浄土へ行く」ことです。対して、
日蓮宗では只一心に唱えればそのまま仏なのです。

私は机龍之介に作為を感じます。


316 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 10:43:57 ID:HnTgafuJ
>作為は「極楽浄土へ行く」ことです。

「浄土へ行く」ということにおいて、作為を放棄するわけです。

>日蓮宗では只一心に唱えればそのまま仏なのです。

いやいや、そんままの仏にあらず。
仏にご利益をオネダリしますから、これは作為と言わずなんと言うか?

真宗はご利益信仰でなく、凡人たるが故に阿弥陀如来に全てをお任せします。
なんの功徳もない。
このことを知ることこそ肝要なり。

317 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 12:25:00 ID:hzQ9tcQ5
> 「浄土へ行く」ということにおいて、作為を放棄するわけです。
「動物でなく人間に生まれる」という作為を持ってしまい、妄想から煩悩に溺れた団体があります。


> 仏にご利益をオネダリしますから、
仏にご利益にねだるのでなく、
自分自身が仏になったらねだる必要性ごと消えるのです
ご利益があったか無かったかではないのですが、
それこそ最大のご利益であり身魂の浄化といえます

318 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 12:40:03 ID:HnTgafuJ
>>317
じつは「西方浄土」というのは方便でして、
娑婆即寂光浄土です。

>自分自身が仏になったらねだる必要性ごと消えるのです

仏というのも、じつは方便です。
凡夫は仏という言葉がないと彼岸に逝くには至難なわけです。
彼岸に逝けば、仏も凡夫もないわけです。

>それこそ最大のご利益であり身魂の浄化といえます

ご利益も浄化もないわけです。
そのままに調えば宜しいのです。

そのままに調うのは、阿弥陀如来にすがって・・・知るわけです。
いつか阿弥陀様から離れるときがあります。
これが「悟り」というものです。


319 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 12:53:27 ID:hzQ9tcQ5
> 仏というのも、じつは方便です
オリジナルの教義なら他でやってください

> ご利益も浄化もないわけです。
苦がない人にはご利益も浄化もないですが、
現実に苦であふれてるわけです。
妄想に縋っていては苦を増やすことにしかならない。そんな人々を放っておくのも罪だと思う。

320 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 13:19:25 ID:HnTgafuJ
>>319
>オリジナルの教義なら他でやってください

私は、>>304の書き込みのお答えとして
>> 仏というのも、じつは方便です
こういうことを書いたわけです。

なんでも、かんでもカルトにしてしまうのは簡単ですが。
仏教というのは、一概に理解できるものではありません。

>現実に苦であふれてるわけです。

ならば、阿弥陀如来におすがりするのが宜しかろう。かとおもう。




321 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 13:26:49 ID:hzQ9tcQ5
要するに、一時的な救われた気分ではどうしようもないということです。
浄土に往生できる道理もなく時間を浪費し、はっきり言って仏から見たら賊と一緒です。
仏の世界をあらわすのにおいて、阿弥陀だとか西方浄土だとか方便を登場させる必要がどこにある。
きちんと否定しておかないと変なものが既成事実としてまかり通って法を葬ってしまいそうだ。

322 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 13:34:33 ID:HnTgafuJ
>>321
>仏の世界をあらわすのにおいて、阿弥陀だとか西方浄土だとか方便を登場させる必要がどこにある。
>きちんと否定しておかないと変なものが既成事実としてまかり通って法を葬ってしまいそうだ。

だから凡夫には、無闇に勝義諦は語れないわけです。
そのための阿弥陀如来という仏に手綱を引いてもらうのです。

凡夫に勝義諦を語ちてもチンプンカンプンです。

まぁ、彼岸まで逝きなされば全ては納得がいくもの。
そのように調うてくだされまし。


323 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 13:44:45 ID:hzQ9tcQ5
>>322
どこがどう勝義諦なわけ?全然違うけど。

324 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 13:47:36 ID:PnzGH8aR
閻魔大王が地蔵菩薩であるということですが、
国常立之命がお地蔵さんであるとの、
深見先生の説はどうなるのでしょうか?

325 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 13:52:56 ID:HnTgafuJ
>>323
仏というのは、対象として「ある」ものではないですね。
対象化できなくば、これにて仏という意味もなくなります。

阿弥陀如来という対象化する仏において、この仏(空性)を知ることこそ
浄土門の悟りに他ならない。

    【となふれば 我も仏もなかりけり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏】



326 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 13:55:35 ID:HnTgafuJ
>>324
深見先生は、あまり知らないです。

電波先生なら、少しは知ってますが(板においてだけ)。

327 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 13:59:17 ID:jhJG2hrL

【となふれば 我も仏もなかりけり 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経】

328 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 14:25:21 ID:hzQ9tcQ5
>>325
「仏はない」と言ってるの?

そこから出発して阿弥陀をこさえたのだったら、結果、仏を無くしてしまうでしょう
それではどうやっても悟れないよね



329 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 14:38:53 ID:HnTgafuJ
>>328
仏というのは、こさえたり無くしてしまうもんではないですね。

仏というのは、対象として「ある」ものではないです。


330 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 15:27:03 ID:hzQ9tcQ5
>>329
ないんですか?

331 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 15:57:33 ID:+hZVU/ZQ
阿弥陀仏・極楽浄土はある。

332 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 16:22:52 ID:HnTgafuJ
>>330
ないですね。

あるなら、私が吟味してみようかとおもいます。

333 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 16:37:38 ID:BFU78+sS
仏教における不浄概念と神道における三不浄の異同について分かりやすく教えてください。

334 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 17:13:20 ID:hzQ9tcQ5
>>332

貴方は仏教に向いてないようです。

335 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 17:32:36 ID:HnTgafuJ
>>334
彼岸まで行きませんと、チンプンカンプンなのです。



336 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 17:37:38 ID:HnTgafuJ
>>333
不垢不浄であり、全く分別なきが仏教なり。

337 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 17:45:39 ID:hzQ9tcQ5
>>335
彼岸に行けるかどうかより行く意志があるかどうか。
いい加減なところで妥協したりせずに、
わけのわからん言葉で自分をごまかさないこと。できますか?

338 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/14(木) 18:06:49 ID:HnTgafuJ
>>337
仏教は、智慧を完成することが苦集滅道でもあります。

>わけのわからん言葉で自分をごまかさないこと。できますか?

私は誤魔化してません。

で、貴殿は何が納得いかんですか?

ここに書いてみなされまし。



339 :名無しさん@3周年:2005/07/14(木) 18:14:52 ID:KwZVEl//
ばかにレス番が飛ぶと思ったら机先生か(w
あぼ〜んしてたの忘れてたよ。
禅スレで相手にされなくなったんで、こんなとこでオイタか?
いい年なんだから出処進退くらい考えなさいな(w

340 :303:2005/07/15(金) 07:34:42 ID:wA3a7/MI
>>313
ありがとうございます。参考になりました。

341 :名無しさん@3周年:2005/07/15(金) 15:43:22 ID:SwCFt698
>>336
これ、般若心経にあるけど、実際どうなんだろ。
うちの墓、日蓮宗の寺にあるけど、可愛がっていたペットが死んだとき
一緒のお墓にいれてやりたい って言ったら、動物は不浄ですから との
理由により丁重に断られた経験があるよ。
ちゅうか、歴史を冷静にさかのぼれば、差別戒名等、社会問題になった
ことから見ても不浄概念の存在はあきらかなんだが。

342 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/15(金) 18:15:31 ID:lQTnOvEC
>>341
明治時代の神仏分離令以前は、神仏合祠でしたから、仏教でも神道の不浄概念は取り入れたかとおもう。
神道は、「淨・不淨」は教義においては重要ですからね。

しかしながら仏教の空思想においては「淨・不浄」の分別概念は、無明を因する。
と、いうような考えです。
勝義諦においては、「淨・不浄」の差別はまったくない平等一枚です。

良寛が、客の足を鍋で洗ってもてなして、
その鍋で夕飯のご馳走を作って、客に食べさした。
って、話が残ってますけど、
差別がない。というのは、いうならば糞も味噌も平等ということになりますね。
しかしながら、糞と味噌が同じでは世間で生きていくには困難です。
そのために「世俗で生きるための智慧」ってものも同時にあるわけです。

これを般若心経においては、空即是色というふうに記してあるんですね。




343 :名無しさん@3周年:2005/07/15(金) 20:22:12 ID:SwCFt698
>>342
フムフム、そうなんだ。
勉強になった。 ありがとー。

344 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/15(金) 20:37:59 ID:xJ5RmX1Q
ああ・・・。

仏教は歴史を重ねる度に、どうみても仏陀自身の教えが勝手な解釈をされている。


345 :名無しさん@3周年:2005/07/15(金) 20:57:07 ID:4S2xWTJn
善とはご本願
悪とは疑心

これOK?

346 :けちゃっぷ:2005/07/16(土) 01:50:13 ID:YNeyks6+
悪とは、自分で自分を苦しめる原因をつくること。善とは、悪を止めること。

347 :名無しさん@3周年:2005/07/16(土) 03:59:16 ID:RlKI21AM
勝義諦を言葉で語ろうとすると、
机師のようにミソクソな解釈になってしまうので注意ね。



348 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/16(土) 08:30:56 ID:MxdFim4Y
>>345
>善とはご本願

一辺は本願にあらず。

>悪とは疑心

大疑のもとに大悟あり。
疑なくば、悟りもなし。

349 :暇人:2005/07/16(土) 08:58:25 ID:2GYU2SdB
>>344 :蓮華

>仏教は歴史を重ねる度に、
>どうみても仏陀自身の教えが勝手な解釈をされている

むしろキミがブッダの教えを知らんでしょ。


350 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 09:26:44 ID:7IQf5WRU
>>349
あらら、鯛(机さん)を釣ろうと思ったら、海老(暇人さん)を釣っちゃったw

まあいいや。

>むしろキミがブッダの教えを知らんでしょ。
根拠を出して下さい。

それとも私が一つ質問をしてもいいですか?

351 :暇人:2005/07/16(土) 10:44:25 ID:2GYU2SdB
>>350

@「史的釈尊自身の教え」は、そもそも直接は何も残ってません。
弟子が見た「ブッダの教え」を様々な形で伝承してきたのですね。
様々に伝承されているので初期から伝承の中に矛盾があります。
A言わば客観的には2500年の伝言ゲームですので 傍観者的には
本来の仏教から段々ズレていくように見えるかもですが、
主体的な信仰としては、まさしく「ブッダの教え」を
「今 わたしが ここで」生きているわけです。

例えばパウロは、歴史的実在としてのイエスに会ってませんが
客観的には「幻覚」でイエスにあったのだが、
パウロの主体的信仰つまり活き活きとした「信仰的生きざま」からすると
まさしく「イエスに会った」のですね。
パウロはイエスにも会ってないだから直弟子ではない。
使徒ではないと当時のエルサレム教会から疑問視されましたが、
現代のキリスト者で疑問視する人はいないですね。

大事なのは、「仏教を生きているかどうか」でしょ。
パウロに「お前はキリストをしらん」と論難した人は 
くだらん言いがかりをつけていただけと私は思います

352 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 10:54:05 ID:EToeMPF+
>>351
あなたに質問しますがよろしいですか?

353 :暇人:2005/07/16(土) 11:00:46 ID:2GYU2SdB
海老(暇人さん)を釣っちゃった←とふざけた上に
「根拠を出して下さい。 それとも」と言われてたですね

私は 自分の発言の根拠を問われ
私なりの根拠を回答しています
それを無視しての>>352
無礼だと 私は思います。

354 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 11:20:53 ID:EToeMPF+
>>353
おっと。
なら『キリスト教自治を考えるスレ』での、
あなたの無礼(勝手な解釈・勝手な勘違い)は謝らなくとも許されると?
あのとき、まず私はヒドク言い過ぎました。と謝りましたが、あなたの返答どころかお詫びは一切ありません。
実際そのような無礼な人を海老と例えたのです。(根拠があります)

そしてこの件も私からまず謝ります。あなたの言い分ごもっとも。
まず無礼を詫びます。すいません。

そして私の根拠を提示します。

有力な説で仏陀の教えは『縁起の法』・『八正道』・『聖諦』で尽きています。
とあります。

355 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 11:29:05 ID:EToeMPF+
>>353
この2つの件に関して言いますが、あなたは知識を養うとき、

自分を正当化するため知識を養うのか?

それとも、自分の心や人間性の成長をさせるため知識を養うのか?
どっちですか?

もし自分の心や人間性の成長のためなら、あなたから無礼を詫びるのが筋ではないでしょうか?

356 :暇人:2005/07/16(土) 11:43:49 ID:2GYU2SdB
>『キリスト教自治を考えるスレ』でのあなたの無礼

ごめん。それ何の話かわからん。今スレッド見たがないですね。
前スレのはなし?

>返答どころか・・・
申し訳ない。キミの発言を読んでない可能性あります。
あるいは覚えてない。


357 :暇人:2005/07/16(土) 11:44:14 ID:2GYU2SdB
>有力な説で仏陀の教えは『縁起の法』・『八正道』・『聖諦』で
>尽きています

うん 有力でしょうね。
ただ釈尊は45年遊行つまり遍歴生活です 色んな地域の様々な人と
コミュニケーションされていたことでしょう。
毎年夏には三ヶ月間 夏安居もされました。
色んなことを話されたでしょう。
仏弟子はとりわけ大事な教説として『縁起の法』・『八正道』・『四諦説』
を伝えてきてますので これは大事な教説の一つでしょう。
でもそれだけでブッダの教えは尽きているとは私は思いませんね。

『縁起の法』『八正道』『四諦説』をもっと突き詰めれば、
「縁起」に尽きるかもですし、
45年 教法を説いて歩いたその生き様こそ、つまり
「共に仏道を歩まん」という生き様に尽きているという
立場もあるでしょうしね

スッタニパータに
「私だけが正しい」 自説だけを「真」とし、他を貶す態度を
諌めている経文があったように思います。


358 :暇人:2005/07/16(土) 11:49:41 ID:2GYU2SdB
『縁起の法』『八正道』『聖諦』に尽きるとあなたが本当の意味で思うならば
あなたが『縁起の法』『八正道』『聖諦』を生きられたら良いだけです。

『縁起の法』『八正道』『聖諦』だけが正しいのだよ。
お前らの仏教は正しい仏教からズレテイルと論難するのは
あなたの言う>>355 「自分の心や人間性の成長」となんの関わりが
あるでしょうか。
一度よくよく 考えられてみてください。

359 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 11:59:30 ID:EToeMPF+
>>356
【†】キリスト教スレの自治を考たい(3)【†】 の、
781のあなたの文と、812・814の私の文のことです。

それを見てから私がこのスレに書いた354・355の文を見てから、
対応して下さい。

そうしたら、
>あなたの言う>>355 「自分の心や人間性の成長」となんの関わりが
>あるでしょうか。
>一度よくよく 考えられてみてください。
このような対応・態度はないはずですが・・・。

改めて返答を御待ちしております。

360 :暇人:2005/07/16(土) 12:21:39 ID:2GYU2SdB
>>359
まず一点キリスト自治スレ781の「我、宗派こそが真理と言い張ったり」の
発言相手とあなたが同一ハンドルというのを見落としたことを詫びます。
失礼しました。
キリスト自治スレ812 814のあなたの発言も眼に入ってませんでした。
併せてお詫びします。ごめんなさい。

>あぁ 宗派の分裂って醜いね・・・。(仏教も・・・)

キリスト教=教派 仏教=宗派です。
私は「我、宗派こそが真理と言い張ったり」の「宗派」をもって
仏教のことを言われていると読んだのだと思います。

なお>>358は、>>344に対する正直な意見で取り下げる気は
ございません。


361 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 12:55:42 ID:EToeMPF+
>>360
いえいえ。
私の気持ちも察してくれればそれでいいのです。

>なお>>358は、>>344に対する正直な意見で取り下げる気は
>ございません。
私は正直な意見を取り下げてもらう気はありません。
そして私の根拠も提示しました。

そしてできれば私が書いた355の質問にも答え、
あなたの立場を明確にしてくれないでしょうか?




362 :暇人:2005/07/16(土) 13:00:47 ID:2GYU2SdB
知識は 私の場合 なんのために というより・・・

例えば恋愛。 誰かを愛するのは何かのためではなく
気づいたら 愛していた。 愛している自分がいた。
そんな感じではないでしょうか。

「何かに突き動かされ 気づいたら 学んでいる私がいる。」

回答になっているかどうかは別として
私の返事とさせて頂きます。

363 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 13:41:03 ID:EToeMPF+
>>362
それではこれでお互いフェアーということでよろしいでしょうか?

そして改めて質問してよろしいでしょうか?

364 :暇人:2005/07/16(土) 13:53:16 ID:2GYU2SdB
どぞ なんなりと

私でわかることであれば お答えします

365 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 14:33:43 ID:EToeMPF+
>>364
簡単な質問ですよ。
そして質問なので決して反論をいたしません。

あなたは仏教徒なんですか?

そうであっても、違っても、あなたは仏典・経典を読んだことはありますか?

また一つ失礼ながら、仏陀のことであなたの知識を試してもよろしいでしょうか?



366 :暇人:2005/07/16(土) 14:36:25 ID:2GYU2SdB
>>365

原始仏教スレッド見てきて下さい。



367 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 14:45:55 ID:EToeMPF+
>>366
少し見てきましたが、

>そうであっても、違っても、あなたは仏典・経典を読んだことはありますか?
ここについての答えは何となくわかりましたが、

他はできれば質問に答えてほしいのですが、いけませんか?
いけないのであれば諦めますが・・・。


368 :暇人:2005/07/16(土) 14:49:08 ID:2GYU2SdB
無信仰です。

「仏陀のことであなたの知識を試してもよろしいでしょうか?」
あまり意味のあることとは思えませんが 好きにされてください。

369 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 15:16:06 ID:EToeMPF+
>>368
ではすいません。
失礼ながらいきます。

釈迦(ゴータマ・ブッダ)は、たいていの仏典でどのような名で呼ばれているか知ってますか?
それを書いてください。

また仏陀が最後(亡くなる前)に弟子達に言った(説いた)言葉を知ってますか?

370 :暇人:2005/07/16(土) 15:26:16 ID:2GYU2SdB
@訳者によってちゃうじゃん
世尊もあるし 尊き師 尊い方 かの尊師 拝むにふさわしい人
まったき悟りを開いた人 尊敬されるべき人 正しく悟れる人・・・

A 阿難に「法と自らを拠り所(島・州説と灯明説)にしろ」
 最後の説法でみんなに「教法と戒律を師よせよ」
 死ぬ直前「もろもろの事象は過ぎ去るものである
      怠ることなく 修行を完成しなさい」

キミはどれしっているのかな
でもこれって伝承された釈尊の言葉ね。念のため
この程度でしょ 試すといっても汗
では歯医者いきます

371 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 15:57:45 ID:EToeMPF+
>@訳者によってちゃうじゃん
訳者ではなく、一般的に売られてるのではなく、仏典です。

たいていの仏典では仏陀のことは『世尊 バガヴァット』と呼ばれています。

2は御見事・・・。

>でもこれって伝承された釈尊の言葉ね。
今学説では、上座部に伝わるパーリ語聖典は早くに書かれており、
歴史的信頼がおけるものとされ、仏陀の一生が断片的に記されている。とあります。
ですからこれを信じるしかないのです。

私は中途半端ながらも仏教徒です。

ありがとうございました。では気をつけて。

372 :暇人:2005/07/16(土) 16:45:08 ID:cqe4fdyR
>>371
>今学説では、上座部に伝わるパーリ語聖典は早くに書かれており、
>歴史的信頼がおけるものとされ、仏陀の一生が断片的に記されている

信仰として信じられるのはご自由ですし 悪いことではありません。
しかし「学説」と客観的な事実として提出されるならば 批判せざるえません。
原始佛教前スレッドに
テラワーダ支持者のお坊さんが書かれていた論文を批判したカキコがあります
ご参照ください。
お坊さんの論文も「上座部に伝わるパーリ語聖典」は早いというものでした

http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1117079851/509-512

もしttp://www.j-theravada.net/sakhi/pali_sutta1.htmlを
根拠に「今学説では以下」を言われているのでしたら、
これは真面目に仏教学界に相手に論文ではなく、
南伝支持者向けの宣伝論文ですよ



373 :外道凡夫:2005/07/16(土) 17:22:09 ID:v6AZhlbU
あー!!エライ人キター!!基本的なことでスマンですけど暇人さん及び
蓮華さんに質問です。ワタシ名前の通り凡夫ですんで詳しい知識は乏しい
のですがお釈迦様の「三法印」はガチだと思っとりました。がある日、日蓮
正宗系の論客が大乗の「久遠実仏」を盾に「それは小乗だから下種」とまるで
古臭いタテマエをぬかすなぐらいの勢いで否定しやがりましたが。さて
「仏法は大乗の論理(特に法華経)の前には「三法印」さえ下種とするのか?」
「小乗はいかなる場合に大乗に論理を譲るのか?」が質問です。
教えてエライ人!!お釈迦サマより自分がエライぐらいな態度だったので今でも
むかついとるんです!!

374 :暇人:2005/07/16(土) 17:54:59 ID:cqe4fdyR
373さん 私はエラクないよ。
そこいらの焼き鳥屋でウダウダ言っているアホでエロなオヤジのひとり。
みんな「参学の途にある方々」だから いっしょね

@「三法印」と「四法印」は伝承された大事な教説の一つです。
Aほぼガチですけど 釈尊の直説ではなく 後代の弟子たちが
 教えの根本はこれだと確定したのですね。
B中国に仏教が伝来し 天台宗という宗派ができた時 智さんという
 偉い坊さんが仏教は「諸法実相印」だと言ったのですね。
 「三法印」より天台系は「諸法実相」を重視するようになります。
C日蓮さん 日蓮さんの系譜の日蓮正宗はこの天台の解釈を重視します。
D「小乗」は大乗側の一方的な侮蔑語なので世界仏教者会議で反省し使用自粛
Eそもそも法華は般若経・維摩経が部派仏教ではダメだ。大乗だけがイイと
言ってたの(ギョーカイ語-二乗不作仏)を批判して、どの道でも救われるよ、と
(一乗説)を提唱した経典ですね。
F日蓮さんは確かに部派や阿含と比較して大乗の優を言います。
G下種云々は 日蓮さんに取り一番優れているのが法華なのね。
法華に拠らない成仏はないという立場なんだね。
 んで現代人は大昔(永遠の昔)に釈尊から一度法華の講義を受けたこ
とあるのよ (これが下種)。
H法華以外の教えで解脱できるのはなんでかという この永遠の昔の法華の
 おかげね 
Iんで現代人は同時に永遠の昔の法華講義を忘れていると怒るのね

創価の人は この日蓮さんの個人的な信仰を客観的事実と混同して
他人にまで押し付ける点が 問題だね。


375 :外道凡夫:2005/07/16(土) 18:44:24 ID:v6AZhlbU
>>374
暇人さん、ありがとうございます。でも法華経に書かれてることと日蓮さん
の言っていることは矛盾している気が・・・。ともあれいままでのように
法華経が優れた経典であることが再確認できてよかったです。じゃ
「法華経に書かれてることはOKだが(宗派の人が言う)日蓮さんの説を
信じてるわけじゃないから。」と言えばよいですね。

376 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/16(土) 20:07:30 ID:dLDanJWu
>>372
>信仰として信じられるのはご自由ですし 悪いことではありません。

私は一応言っておきますが、信仰者ではなく、
どちらかといえば、僧(求道者・伝道者)ですよ。(中途半端ですが)
>>373 >>375
私はある意味エライ人だよw(ある意味ね・・・)

暇人さんが説明した通りでいいと思います。

日蓮は・・・。

377 :名無しさん@3周年:2005/07/16(土) 20:10:24 ID:WKt6MVRR
タパスは何ですか

378 :名無しさん@3周年:2005/07/16(土) 21:40:04 ID:116p1pBP
暇人氏、あなた偉いね。知識も正確だが、受け答えが実に清々しい。
がんばってほすい???

タパスは苦行でしょう。もっと知りたければ名著、原実『古典インドの苦行』を。
これはインド学名著中の名著だと思う。また原先生のマハーバーラタ第八巻の解説は泣ける!

379 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/07/17(日) 07:42:48 ID:VKPgIqug
>>375
>法華経が優れた経典であることが再確認できてよかったです

法華経というのは、いうならば虎の巻みたいなものかとおもう。
日蓮宗(日蓮正宗)は、法華経を第一義経典としてますね。
私はそこのところに胡散臭さを感じます。

いきなし村正を持たされたようなもの。
果たしてその力量は?

使い方によっては魔剣にもなる。
使い方次第。


380 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/17(日) 12:43:51 ID:dOOtwbek
>>375
一応日蓮について書いときますね。

日蓮は日蓮宗(法華宗とも)の開祖で、日蓮は善日丸として千葉で生まれました。
そして地方の寺院で出家し、それから比叡山で天台宗を学びました。

日蓮は南無妙法蓮華経というマントラ(呪文)が『法華経』の要約であると称し、
彼の門徒もその呪文を採用しました。

教義の中心は三大秘法、すなわち本尊・題目・戒壇
(それぞれ釈迦の崇拝・『法華経』の驚くべき真理・道徳律の重要性を暗示する)でした。

それから彼は天台の理論から離れて、自分が釈迦在命中の弟子であると考えました。
信者は日蓮を、仏の初期の弟子である上行菩薩の化身と呼びました。

晩年は山梨県の久遠寺に隠棲し、そこに葬られています。


381 :暇人:2005/07/17(日) 16:12:14 ID:pnl2536S
>南無妙法蓮華経というマントラ(呪文)が

南無妙法蓮華経は、「題目」つまり「経典のタイトル」であって
「呪文」を意味する「マントラ」ではないと思う。
日蓮は在の天台末寺に修学し、比叡山に登った天台僧であるが、
天台だけを学んだのではなく 広く南都にも遊学しただろうし、
密教も学んだだろうから、「題目」を「マントラ」視する部分が
あったかもだが、著作で明言してないように思う。
それと仏教本来の「マントラ」は「呪文」というより、「真言」でしょう。

>教義の中心は三大秘法、すなわち本尊・題目・戒壇

これにすべて「本門の」という但し書きが付きます。
「本門」がキーワード。
諸宗は「本尊」に惑っている。釈滅後2500年後の現代にあっての
正しい「本尊」とは、普通の釈尊ではなく、
法華本門の寿量品で明らかにされた「永遠の釈尊」である。
以下同。

>彼は天台の理論から離れて

日蓮さんの意識では彼自身はあくまで天台本来の復古を主張しただけ。
天台の大事は「法華」なのに法華信仰をなおざりにして、
天台に密教とか禅とか浄土が混入している けしからん!純法華に戻れ。

>上行菩薩の化身
これは日蓮さん自身かも。というのは法華信仰を主張して弾圧を受けたの
は 史上 自分が最初。 我が身で法華経文を実証した。私こそが・・・。
歴史は下って、日蓮・法華宗にあって正宗だけが
「日蓮=本門の仏」 他の日蓮・法華宗はあくまで「本仏=釈尊」


382 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/17(日) 17:57:43 ID:e3kjaOsJ
>>381
前にも言いましたが、勝手な解釈はしないほうがいいと思いますよ。

南無妙法蓮華経は、私の見解も本の見解もマントラですよ。

それにマントラは一般的には呪文・まじない・呪詞・祈祷をさしますが、
本当の意味を知ってますか?

>日蓮さんの意識では彼自身はあくまで天台本来の復古を主張しただけ。
>天台の大事は「法華」なのに法華信仰をなおざりにして、
>天台に密教とか禅とか浄土が混入している けしからん!純法華に戻れ。
これは私も同じ見解です。

>これは日蓮さん自身かも。というのは法華信仰を主張して弾圧を受けたの
>は 史上 自分が最初。 我が身で法華経文を実証した。私こそが・・・。
これは私の文と同文ですよ。

383 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/17(日) 18:03:07 ID:e3kjaOsJ
>>381
>それにマントラは一般的には呪文・まじない・呪詞・祈祷をさしますが、
>本当の意味を知ってますか?

本当のマントラの意味を知ってますか?ってことですよ。

384 :暇人:2005/07/17(日) 18:42:55 ID:o9s1yRgm
>南無妙法蓮華経は、私の見解も本の見解もマントラですよ。

著者に問題がありますね。
誰のなんという著作ですか? それはちゃんとした仏教学者ですか?
その著作で 日蓮さん自身が「南無妙法蓮華経をマントラ」として提案した
と書いてありますか?
書いてあるならば、どの日蓮さんの遺文をもって 著者はそう判断されていますか?
たぶん きちんと日蓮さんをその本の著者は読んでない。

他人が自分の判断で 日蓮さんの「南無妙法蓮華経」をマントラと同一視するのと
日蓮さんの遺文に基づいて 話をするのでは 違いがあります。

>勝手な解釈はしないほうがいい

何を根拠に勝手と?
広辞苑→マントラの項 真言
佛教語大辞典→真言の項 @真実のことば 真実を語ることA密教でいう
真実絶対の言葉で仏・菩薩などおよびそれらのはたらきを表示する秘密語
梵語ではmantra
パーリ語辞典→呪 呪文 呪語 呪術 真言 経典 経文 聖典 聖言 ヴェーダ

「呪文」を意味する「マントラ」ではないとは、
「マントラ」には色々な意味があり、「呪 呪文 呪語 呪術」系統より
「真言 経典 経文 聖典 聖言」系統つまり「真実絶対の言葉」系統の
意味であろうということなのだが、

あなたから「本当の意味をしってますか」と言われてもね
未熟な私は内心
誰に向かって言ってるねん と思ってしまうのだが汗


385 :暇人:2005/07/17(日) 18:46:20 ID:o9s1yRgm
>信者は日蓮を、仏の初期の弟子である上行菩薩の化身と呼びました。

蓮華さんは弟子が「上行菩薩の化身」と日蓮を呼んだ。
私の見解は日蓮さん自身が自分を「上行菩薩の化身」と見なした

という差がありますので いっしよではありません

386 :yuki:2005/07/17(日) 20:34:42 ID:BDDdL5kD
宗教に宗派とか関係ないと思う。
女だって結婚すれば旦那の家の宗派になるわけでしょ。
日蓮だろうと真言宗だろうと何だっていいのよ。
だって、昔は子供ができないからって「チ○コ」や「オ○ン○」を神様にしたりした事だってあるわけだしね。
人間平等、死んだら宗派なんて関係ない世界に行くんだからあれだこれだ言ってないでみんな仲良くしましょう。


387 :名無しさん@3周年:2005/07/17(日) 21:04:30 ID:pncy6hq7
馬鹿馬鹿しい質問ですが正念って何ですか?

388 :外道凡夫:2005/07/17(日) 21:51:35 ID:r6jQH0Xa
>>386
なんか386さんのいってることが法華の言いたいことのような気がする。

389 :名無しさん@3周年:2005/07/17(日) 21:52:30 ID:6cD6vTUm
暇人さん、その方と話しても無駄だと思いますよ。土俵がまったく違いますから。



390 :名無しさん@3周年:2005/07/17(日) 22:00:53 ID:r6HyPJoU
>>389
蓮華さんの土俵は、一体何なんでしょうか。得体の知れない方です。

私は、どこかのカルトの人間だと睨んでいますが。

391 :暇人:2005/07/17(日) 22:31:16 ID:hycK6ox3
>>387

使われる文脈や 人によって解釈は様々ですが、例えば
@雑阿含や中阿含では八正道の第七としての正念が説かれます。
正しいおもい 正しい想念 念は念じて忘れないという記憶の意味とか
常に心に留めておくこと あるいは常に思い続けてること
発展しては 邪念を離れて仏道を思い念ずることなど
あるいは整理されて「四念処」を指すとも
A大乗になり維摩経などでは 真実の思いに住すること 現象に捕らわれないで
深く実理を思念することなど
B浄土門では 信心 称名念仏 信楽 疑慮ないことなど

http://www.j-theravada.net/kogi/kogi3.html
これは南伝派のページ

http://61.126.46.250/ronsetsu/hassyoudou/hassyoudou07_i.html
「正念」の現代的解釈 念仏系学校のほむぺ

392 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 12:05:42 ID:8ZUdNm5H
>>384
返答遅れてごめんよ。

>その著作で 日蓮さん自身が「南無妙法蓮華経をマントラ」として提案した
>と書いてありますか?

日蓮は南無妙法蓮華経というマントラ(呪文)が『法華経』の要約であると称し、
彼の門徒もその呪文を採用しました。 こうあります。

あとそもそもマントラは、インドの聖典や、
ある特別な意義を担った人々の発する神秘的な詩歌を言います。





393 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 12:13:59 ID:8ZUdNm5H
>>385
>>信者は日蓮を、仏の初期の弟子である上行菩薩の化身と呼びました。

それから彼は天台の理論から離れて、『自分が釈迦在命中の弟子であると考えました。』
信者は日蓮を、仏の初期の弟子である上行菩薩の化身と呼びました。

『』←ここに注目してもらいたいです。
これは自分が上行菩薩であると考えた。と解釈してください。
これでここに関して私とあなたの文は同文と推測できますが・・・。

ここはあなたが私の文の真意もわからず勝手な解釈をした。と言っているのです。


394 :暇人:2005/07/18(月) 12:24:09 ID:k1iZ87ef
>>392

ご返事サンクスです
時間のある時で良いですよ。

ただその著作は入門レベルとしても最低限の要件を満たしていない
トンデモ本だと思われます。
まともな解説を再読されてください。

よろしければ 著者名 出版社名をお願いします

>『自分が釈迦在命中の弟子であると考えました。』
これだと地湧の菩薩です。うじゃうじゃいるのです。
それと日蓮教義では全員が「釈迦在命中の弟子」です。

上行菩薩とは、リーダー四菩薩の中の最上位の菩薩で
特別な意味を持ちます。
私の誤読というより あなたが日蓮さんの遺文を
知らないだけと思われます

395 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 12:28:07 ID:8ZUdNm5H
>>390
中途半端な仏教徒ながら、
宗教の名を悪用し、宗教の名を汚す『営利団体』と、
少なくとも争う私をカルトの人間か・・・。

おもしろい。


396 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 13:07:14 ID:8ZUdNm5H
>>394
>ご返事サンクスです
>時間のある時で良いですよ。
誠にすまない・そして配慮に感謝。

私は昔ほど議論をすることに熱心じゃないんですよ。
(たぶん、あなたはここの板の当初の私を知らないと思いますが・・・)
(確か最初に会話らしきことをしたのは『キリスト教撲滅』スレだったかな(?))

ここに板に来た当初は明らかに宗教擁護派でした。
しかし私は上に書いたような『営利団体』と争う中である事実を知りました。
その事実は、とても驚愕しました。(私の親しい高僧は知っていたらしいです・・・)

>よろしければ 著者名 出版社名をお願いします
たぶんこの私が読んだ本は売ってる本じゃないと思いますし、
言うとちょっとマズイのです。

それに私はあなたに誤読と言ったことはありませんよ。
私は基本的に礼儀を知っている人には、どれだけ無知であっても批判的な言葉は使いません。
なぜなら、もし全知全能の創造主が存在するなら、あなたも私も他の人間も無知と思いますから・・・。
ですから最も大事なのは、本で学ぶ知識(知る広さ)ではなく、日々の生活での知識(感性・感覚)を養うことだと思います。
本当の知識人は、自分がどれだけ無知か(?)を知っています。 私はそんな知識人に憧れます。
ですので礼儀を知っている人に、批判的な言葉を使わないようにしています。

それを理解してくれた上で言います。
勝手な解釈は本ではなく、私の文の勝手な解釈はやめてほしいと言っているのです。

397 :暇人:2005/07/18(月) 13:29:41 ID:k1iZ87ef
キリスト教自治スレの件も説明しましたが
キリスト教=教派 仏教=宗派です。

一般的に「宗派」とは仏教のことを指すので
あなたの意図はどうあれ、私は仏教と読んだのです。
あえて申し上げますと
貴方の言葉の選択にマチガイがあったのです。

日蓮遺文に基づけば
@『自分が釈迦在命中の弟子であると考えました。』
A「自分を上行菩薩とみなすこと」
には質的な差があります。
@をもってAも含んでいるのが私のカキコした意図だと あなたは主張
されますが、そんな論理は社会で通るとは思いません。

当方は勝手な解釈をしたのではなく「言葉」を一般解釈しているだけです。
むしろあなたが「言葉」に特殊な意味を含有されているのですが、
それは読む方には想像不可能です。
そこのところを再考されて見てください。

なお当方が「日蓮 南無妙法蓮華経 マントラ」で
検索してヒットしたのは
ttp://www.hannya.net/index.htm
という「般若宗」という怪しいページなどですね。



398 :暇人:2005/07/18(月) 13:33:34 ID:k1iZ87ef
ここの代表者は、

私、碧海龍雨は、自分を インドの諸聖者よりも上だ、とは決して申しませ
ん。何故なら、シュリ・チンモイという大聖者から間近に教えを受け、真の
聖者の人間を超えた「すさまじさ」については骨身にしみているからです。
ゆえに、私は、諸聖者に対しては、熱心な帰依者 というスタンスを一生涯、
堅持します。
 ですから、般若宗は仏教宗派ではありますが、宗祖としての私は、丁度、
キリスト教における、『神父や牧師のような位置にある』 とご理解下さい。
ルターが、プロテスタント運動を起こしたのと、同じようなことだとご理解
下されば宜しいかと思います。
 私の霊的レベルについては、当ホームページを御覧の通り、『叡智のヨー
ガの日本第一人者』または『無自性瞑想法の世界的な第一人者』という位置
付けで理解して戴いても結構ではないか、と思っております。
 或いは、トップクラスのカトリック枢機卿レベル、或いは、若き日のヴィ
ヴェーカーナンダのレベル、或いは、若き日の空海や道元のレベル等々と、
お考え戴いても、それほど大過ないのではないか、と考えます。
あとは、碧海龍雨の著作物や対話活動等々をよく調査なさって、ご判断戴け
れば宜しいかと思います。
 ●老師と呼ばれるにはまだ若いので(笑)、どうか、「龍雨長老」 とお
呼び下さい。キリスト教のエルダー的意味で。〕
http://www.hannya.net/profile2.htm

自分の事を 「トップクラスのカトリック枢機卿レベル」とか
「若き日の空海や道元のレベル」と自画自賛してはしゃいでる変人さんですね

399 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 14:02:03 ID:iWdUok/r
>>397 >>398
長文好きだね。

今から寺に用事があるからちょっと失礼。
また夜か明日にでも来ますね。

400 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/18(月) 21:25:53 ID:dB+OqplN
>>397
>キリスト教=教派 仏教=宗派です。
これが必ず正解で、『キリスト教の宗派の分裂』と言うのは必ず間違いなのですか?

もしそうでなければ必ずしも『私に間違いはなかった』ということになりますよ。

つまり、私からしますと『言いがかり』と解釈されても間違ってませんよ。
(私はそう解釈はしませんが・・・ あまりしつこいと・・・ )



401 :暇人:2005/07/19(火) 06:11:23 ID:WFKgD/aV
>>400

いやどう思われても結構ですが、
@キリスト教は教派 仏教は宗派が一般的です
A日蓮の南無妙法蓮華経は「題目」です。 マントラとか呪文ではありません。
Bここにカキコできないその著作は水準以下のトンデモ本です

402 :蓮華 ◆l5AfpJx3FY :2005/07/19(火) 07:48:57 ID:SsL7rp2L
>@キリスト教は教派 仏教は宗派が一般的です これが必ず正解で、
これが必ず正解で、『キリスト教の宗派の分裂』と言うのは必ず間違いなのですか?
一般的かどうかではなく、この質問に『はい』か『いいえ』を含め、明確に答えてね。

>A日蓮の南無妙法蓮華経は「題目」です。 マントラとか呪文ではありません。
もちろん題目ですよ。
しかし、マントラ的呪文要素も含まれてますよ。

>Bここにカキコできないその著作は水準以下のトンデモ本です
書き込めないのは、理由がありまして書くことにより、
私の素性がかなり明らかになるのがイヤなのです。
これは考慮して下さい。







403 :名無しさん@3周年:2005/07/19(火) 12:01:46 ID:TW1rC79n
あの質問です。
うちは浄土真宗です
祖母が毎日、朝と夕食後、仏壇に手を添えるのですが。

九州の田舎なので、祖母は訛って
南無阿弥陀仏ではなく「なんまんだぶつ〜」と言いながら仏壇に手を添えているのですが大丈夫ですか?

404 :名無しさん@3周年:2005/07/19(火) 12:51:33 ID:XvSNgwBe
>>403 ふつうです。

マントラを使った定点観察の瞑想としてとらえるなら、題目でも念仏でも同じです。
口と心にマントラを念じつづけようとする。すると、妄念によって心がマントラ以外のことを想ってしまう(正念がとぎれる)ことに気付きます。
マントラという定点を基準に観察することで、心が定点からズレる妄念に気付きやすくなるトレーニングです。

405 :名無しさん@3周年:2005/07/19(火) 20:13:50 ID:IJ+/4skn
禅の呼吸法についていろいろ調べましたが、種類がいくつかあるようです。
息を吐くときに腹を凹ます方法や膨らます方法、
息を吸うときに腹に力を入れる方法、力を入れない方法があるようですが、
どれがいいのでしょうか?

406 :暇人:2005/07/19(火) 20:57:47 ID:kixdG3Wn
>>403

お東の大阪教区の質疑のページを紹介いたします。
ttp://www.icho.gr.jp/faq/index.htm

ここの「・なぜ「南無阿弥陀仏」と称えるのですか?」とか
「・孫に「何を思ってナムアミダブツと言っているの?」と聞かれた。」
という質疑を読まれて 考えられてみてください。

お西の末寺のページです
ttp://www.nima-cho.ne.jp/~tatsuno/amidasama.htm

「なんまんだぶつ」は方言ではなく 真宗では普通です
早口で更に崩すと「なまんだぶぅ」とかも

407 :名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 21:41:51 ID:lyJYK42n
以前、2ちゃんの人権板で差別戒名とゅぅのがホントにあることを知りました。

仏教にはいろんな宗派があると思いますが、そのょぅな差別戒名を付ける宗派って何処ですか?

408 :暇人:2005/07/21(木) 22:11:00 ID:dRdAU2Qv
>>407

何ゆえに それを知る必要がある?
あるいは どーして しりたい?



409 :名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 22:23:05 ID:lyJYK42n
その宗派が我が家に毎月、経をあげにくる坊さんの寺の宗派なら、それを理由にすぐにでも縁を切るつもりなので(その寺と)…

410 :名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 23:13:27 ID:m+nlW7zD
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1046435379

411 :名無しさん@3周年:2005/07/21(木) 23:36:55 ID:lyJYK42n
410さん、ありがとう。

仏教って、ホントに何で、そんなこと(差別戒名)するんでしょうね…

良かった、あたしはカトで…

412 :名無しさん@3周年:2005/07/22(金) 00:10:06 ID:sdqixEwp
キリスト教徒も、黒人を奴隷にしていた時期がありました。

「仏教が」とか「カトが」ではなく、人間の愚かさが生んだ時代の流れだったのでしょう。

413 :名無しさん@3周年:2005/07/22(金) 00:26:30 ID:80jZ2fof
つか、カトこそ、ユダ、イス、プロを差別した上、拷問したり殺したりしたんですけど。
しかもいまたにこのセム兄弟喧嘩が世界を恐怖に陥れてますね。

414 :暇人:2005/07/22(金) 01:13:10 ID:xvh8SHqV
>良かった、あたしはカトで

あっ そーいうオチね。

これってさ 真面目なテーマだからさ
やっぱ2ちゃん向きではないな

415 :名無しさん@3周年:2005/07/22(金) 16:59:07 ID:lTSoJLDw
http://live14.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1121990605/l50

禅宗を生んだ中国だけのことはある。

416 :名無しさん@3周年:2005/07/25(月) 16:25:07 ID:1qLRnIN1
坊さんが托鉢なんかで手に持って棒で叩く、
フライパンみたいな形してるもの何て言うんだっけ?

417 :名無しさん@3周年:2005/07/25(月) 23:39:19 ID:nlFcDHrE
うんうん。カトリックはすばらしいね。
気に入らない宗教に属する人は殺戮だ!!気持ちいいね。
偽善者をいたぶる偽善者がもっとも多いので、偽善遊びが出来る。
ストレス発散にはいいね。

異端を悉く排除して、人間の知的営みを阻害してきた。
すばらしいね。特権階級が儲かって。

白人至上主義に黄色人種がのっかり、罪深き存在だと自虐的になる。
すばらしいね。ケツなめて。

差別戒名ってさぁ、免罪符と比べればまだ人間であることを自覚してるよ。
噛みに変わって罪を許しますわよ!!お金出してーーーー!!
貧乏人は一生地獄を這いまわりなさい。あんたらは奴隷なんだから!!


カトリクはすばらしい!!紙の名のもと、何でもできるもんな!!

418 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 02:38:05 ID:0AZHFMoD
戒名って、どこから始まったのでしょうか

419 :唯我:2005/07/26(火) 02:40:01 ID:6YCNxKNY
インド

420 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 08:26:17 ID:SczmF/c+
>>417
カトリックは生前戒名。
クリスチャンネームを授けられる。
イエスキリストはインドにて仏教を学んだが、
今の日本仏教よりキリスト教のほうが仏教に近い。

421 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 09:33:29 ID:RAgb4Bka
>イエスキリストはインドにて仏教を学んだが

聖書にはそんな事書いてないよ。うほ。

422 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 10:12:15 ID:a6Xohvkw
>>333
>>336
>>341
>>342

ケガレ意識は、インドのヒンドゥー教の浄穢思想に由来する。
ヒンドゥ教の影響を多分に受けた密教を通じて日本に伝わり、
陰陽道や神道と習合しながら、浄穢観は賤民差別、女性差別、
障害者差別の元凶として、差別を定着させる宗教的地盤を形成。

そのため日本の部落差別とインドのダリットに対する差別は共通点が多い。

との見解もあるようだが?

423 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 10:15:46 ID:a6Xohvkw
伝統的に人間や動物の死と隣り合わせの職業に就いていた部落の人びとは
仏教の「不殺生戒」と相俟って、永続的なケガレ集団と見なされてきた。

わけですよね?

424 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 10:42:40 ID:AjfBcMMu
仏教の浄土思想の穢れ感は、「私」「この世」に向くのが正解。
日本固有の穢れ感と、仏教の穢れ感を曲解したものが合わさって
差別思想を生んだのが日本の差別。

仏教に押しつけて逃げようとしてない?笑

425 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 11:56:06 ID:6YCNxKNY
420 ワロスwww

426 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 12:22:17 ID:h71h988f
イエスは仏教徒だったという学説はあるみたいだね。何年か前に本も出てたし、高校の時歴史の先生も余談で言ってました。


427 :唯我:2005/07/26(火) 12:26:05 ID:6YCNxKNY
くだらねぇ

428 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 19:24:01 ID:TcYMMpIR
イスラエルやアラブ人たちには、仏教の無我・空思想なんて理解できないと解って
いたから、イエスはイエスなりの対機説法をしたとも考えられる。
両者がお互いに無益な戦争だと悟るまでには、尽未来な時空を要するだろう。


429 :暇人:2005/07/26(火) 21:22:19 ID:8OplfRga
>>426

真面目な学説ではなく トモデモ説でしょう。

>>428
仏教の空思想とはまた別だが 
旧約伝道の書 面白いよ
読んでご覧 「空の空 すべては空」とかね



430 :名無しさん@3周年:2005/07/26(火) 22:05:23 ID:SzbqWwAP
関西にある比叡山延暦寺系の専門学校って
どこ?
延暦寺学園高校は分かったんだけど、その先がわからん

431 :名無しさん@3周年:2005/07/27(水) 09:21:02 ID:ZBkDrGCv
トンデモのルーツ

キリストは日本で死んだのか
ttp://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/mondo/m_02/m02_1.html

432 :名無しさん@3周年:2005/07/27(水) 12:50:50 ID:xp/5/3Xg
>>431 それとイエス仏教徒説は別物でしょう?
イエスの若い頃、放浪中に仏教徒と交流があったのかもね。

433 :名無しさん@3周年:2005/07/28(木) 03:33:29 ID:3DgtXlse
トンデモのルーツ

二仏顕現の時代
ttp://www013.upp.so-net.ne.jp/myouho/index.htm

434 :名無しさん@3周年:2005/07/29(金) 23:52:38 ID:Da67S6oE
質問!
十二神将や四天王はよく本とかにのってるが、三十三天についてはあまり ない 何故?

435 :名無しさん@3周年:2005/07/30(土) 00:04:14 ID:pWowL5jg
三十三天は天界の名前で、33の神々を指すのではないから。

436 :名無しさん@3周年:2005/07/30(土) 01:28:23 ID:43PPVmft
帝釈天-黄曽-玉完-何童-平育-拳文-摩夷・・・
やジュウゾウケンガイテン-カンギエンテンとか書いてるの見たことある記憶があるのだけど?

437 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/07/30(土) 01:29:27 ID:PBI9uwag
>>430
天台宗の経営する叡山学院じゃないの?

438 :名無しさん@3周年:2005/07/30(土) 06:24:39 ID:M2buRwgd
>>424
もうちょっとわかりやすくおねがい。

439 :暇人:2005/07/31(日) 14:27:42 ID:gxi8iAp/
>>434

うむぅ 見てる本の傾向に。。

440 :■■■2ちゃんねる超秘密■■■:2005/07/31(日) 18:04:14 ID:d8HSBQX/
■■■2ちゃんねる超秘密■■■

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http://www18.big.or.jp/~ggg/b/bbs/mbbs.cgi?mo=p&fo=inter&tn=0334
http://www18.big.or.jp/~ggg/b/bbs/mbbs.cgi?mo=p&fo=inter&tn=0330
http://www18.big.or.jp/~ggg/b/bbs/mbbs.cgi?mo=p&fo=inter&tn=0331


441 :仏教門前にて:2005/08/05(金) 19:29:06 ID:3RT3Xs4L
少々高価だが国語辞典なら広辞苑!。じゃ、仏教辞典ならこれ!って何でしょ?

442 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/08/05(金) 19:59:54 ID:p3Q+7hCm
>>441
伝統的に評価が高いのは
大蔵出版「織田仏教大辞典」\21000と
世界聖典刊行協会「望月仏教大辞典」全10巻・\157500
ただしこの2冊は出版年代が古い。

最近ので評価が高いのは、
中村元「仏教語大辞典」東京書籍、現在絶版かも。
これの改訂版が「広説仏教語大辞典」全4巻・\71400

法蔵館「新版 仏教学辞典」\5709、春秋社「仏教・インド思想辞典」

経典に関しては
春秋社「仏典解題辞典」
大東出版社「仏書解説大辞典」など

どれか1冊だけと言うなら、中村元の「仏教語大辞典」を古書で購入ですかね?
私は法蔵館「新版 仏教学辞典」と春秋社「仏典解題辞典」も捨て難いですが。
もし購入をお考えなら古書サイトで見つければ割安でしょう。

443 :名無しさん@3周年:2005/08/05(金) 20:06:59 ID:AakcLyCJ
一冊なら織田
場所があるなら望月(全10巻)
一般常識なら岩波で十分


中村元関係はインド方面に重心があるような気も・・・

444 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 05:42:04 ID:/MFwrm8G

ところで悟りとは何なんでしょうね?
宇宙の真理とかね。
釈迦尊の時代はまだ相対性理論も量子力学も大統一場理論もバブル宇宙論も何にもなかった
わけだから知る由もないんだな。あっても理解もできなかったでしょう。
結局最後に残ったものは悟りとしょうする商売だけ?
宗教が残した物は争いと商売だけか?
食あたりね?生理食塩水と抗生物質を取りあえずぶち込んでおけば良かったのにね。

抗生物質が開発されたのは1940年?だったかな?科学の英知だよ。
釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?

仏教に限らず宗教は必要としない。教えが何かの役に立つことは無い。
あえて上げるとすれば商売の道具に過ぎない。
既に千数百年も経過しているものを後生大事にしてること自体が謎!人間も文明も常に進化している。

それを元に商売してる人間もされてる人間も程々にしとけば!趣味の世界だから!w



445 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 05:50:45 ID:1/M/dfvR

ところで悟りとは何なんでしょうね?
宇宙の真理とかね。
釈迦尊の時代はまだ相対性理論も量子力学も大統一場理論もバブル宇宙論も何にもなかった
わけだから知る由もないんだな。あっても理解もできなかったでしょう。
結局最後に残ったものは悟りとしょうする商売だけ?
宗教が残した物は争いと商売だけか?
食あたりね?生理食塩水と抗生物質を取りあえずぶち込んでおけば良かったのにね。

抗生物質が開発されたのは1940年?だったかな?科学の英知だよ。
釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?

仏教に限らず宗教は必要としない。教えが何かの役に立つことは無い。
あえて上げるとすれば商売の道具に過ぎない。
既に千数百年も経過しているものを後生大事にしてること自体が謎!人間も文明も常に進化している。

それを元に商売してる人間もされてる人間も程々にしとけば!趣味の世界だから!w



446 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 07:48:22 ID:u7rxD4Zc
>> 445 石飛道子『ブッダ論理学五つの難問』読んでみて。いかにあなたが偏見にとらわれてるか分かるから。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062583356/qid%3D1123368437/250-7008597-3857860

447 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/07(日) 08:03:17 ID:M9P0S5Gt
>>445
>仏教に限らず宗教は必要としない。教えが何かの役に立つことは無い。

仏教というのは、ある意味「宗教は必要としない」というテーゼです。
宗教というのも狭義にも広義にも解釈されますが。

我見や信仰を捨てるのも仏教です。


448 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 08:07:57 ID:b6u2DEqI
>>441
googleで検索すると、仏教語のいちおうの意味はわかる。また高級な記事もたくさんネットにある。
けれど、基礎的な単語の詳しい意味や、個々の仏典の解題に関する記事が少ない。だから
>>442 ベロさんがあげている
「仏教学辞典」(大項目で主な単語が詳しい)と「仏典解題辞典」 があると便利かなあとおもいます。
それから宗派の用語は各種の大辞典でもわからないです。それぞれの専門の辞典が必要です。

449 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 11:52:21 ID:nnyBitmt
下記は445をコピペした人です。ご迷惑お掛けします。
コピペ元:新興宗教・真如苑 マグナム Vol.43 あたかも利他の如く
ttp://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1119889689/l50
-----------------------------------------------------------
763 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 06:21:56 ID:PSkQvoML
756さんはもう去ってください。
ほんとうにあなたのような方はここには要らんです。
宗教や仏教そのものを否定したいなら 他へどうぞ。

ttp://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1114700011/
にあなたのをコピペしておきましたのでそちらでどうぞ。さようなら。



757-さん。
たぶんあなたのお父さんはこのまま行けば嵌ります。
しかも理系で頑固とのことですから かなり深く嵌るでしょう。

そして宗教で病気が治る場合もあります。プラシーボ効果です。
その希少な事実を教義の正統性と結びつけ広告集客し、治らなくとも払い戻さないのが真如苑。
MCが深くなれば、それでも「感謝して貢ぐ」教団の集金マシーンとなります。
---------------------------------------------------------
>そして宗教で病気が治る場合もあります。プラシーボ効果です。
などと人命にかかわることを平気で書く危険人物だと思われます。

450 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 12:16:40 ID:9zFownKf
暇人さんはどうしたのでしょうか?

いつもなら怒涛の書き込みがあるのですが今回は慎重ですね。
このパーリ語のやり取りは非常に興味深いものがあります。

水野弘元『パーリ語辞典』をめぐるやり取りのあたりからぐいっと
引き込まれました。みどころ、おさえどころなど評論してしまったら
議論に影響しますし、無粋ですから申しません。議論が終了した
時に解説いたしましょう。暇人さんのお相手の寛容さが続いたらの
話ですが。私なら切れています。


451 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 12:32:46 ID:9zFownKf
ごめん。書き込むスレ間違いました。

452 :暇人:2005/08/07(日) 13:13:33 ID:sve7N9lN
>議論が終了した時に解説いたしましょう

偉そうに(笑) また笑わせてくれるのね(笑)

453 :夜中に 中傷の書き込みをするため、眠らないように覚醒剤を使った:2005/08/07(日) 13:33:56 ID:XXm2rPhj
↓こういう事件は仏教的にみるといかがですか?
■■■■衝撃!2chプロ固定覚醒剤で逮捕■■■■
■以下ニュース記事■自宅で覚醒剤を持っていたなどとして覚醒剤取締法違反罪で起訴
され「夜中に 中傷の書き込みをするため、眠らないように覚醒剤を使った」と供述している。
斉藤容疑者の嫌がらせは、息子が同中学に入学した際、茶髪を注意されたことなどが
きっかけ。翌平成15年7月ころから、制止を振り切るなどして校内に入り、 「パトロール」 と
称して落ちているたばこを撮影。区教委に「学校の指導がなってない。 教員をクビにしろ」 などと
直談判や文書で苦情を寄せた。 (中略) 被害の 中学校は相次ぐ嫌がらせで「教育環境が悪い」
とウワサが広まり、今年の新入生は 2年前の約200人から約150人に減ったという。
■以下別記事■息子が茶髪を注意されたのを逆恨み、2年近くも中学校へ嫌がらせや中傷を
繰り 返したフリーカメラマン(2chプロ固定)の男(49)が、窃盗容疑で21日までに 警視庁に
逮捕された。 登校した息子に窓の鍵を開けさせてパソコンを盗み出し、 友人の宇宙機構職員
の 女(40)に個人情報を読み出させてネット公開するなど、 学校攻撃を激化。 このフリー
カメラマンは東京都練馬区関町北の斉藤正則容疑者(49)。共犯の女は 調布市深大寺東町、
宇宙航空研究開発機構職員、小嶋淳子容疑者(40)。 さらに 当時練馬区立中に通っていて
現在は私立高1年の斉藤容疑者の息子(15)も同じ 窃盗容疑で逮捕された。 調べでは、斉藤
容疑者は昨年2月8日午後6時半ころ息子に登校後に窓の鍵を 開けさせたうえで、校舎に
忍び込んで技術科教室から 同校教諭のパソコンなど3点 (計3万1000円相当)を盗んだ。
5月20日にも再度侵入、2階相談室から教職員名簿を盗み出した疑い。さらに 20年来の友人
という小嶋容疑者に、パソコンから個人情報を読み出させた。 斉藤容疑者は、パソコンから
読み出した生徒の成績や教諭の家族構成などの 個人情報を、ネット掲示板「2ちゃんねる」で
公開、誹謗(ひぼう)中傷を書き連ねた という。 調べに「学校を攻撃するために盗んだ。保護者会
で発言しようとしたがさえ ぎられ、 反感を持った」と供述している。


454 :暇人:2005/08/07(日) 14:03:07 ID:sve7N9lN
9zFownKf君 別スレッドで早速 微笑ましいレスをありがとう。

創価などの新興宗教では池田さんやリーダーの指導に反論したり
するのは生意気 不敬 不信仰と教えるのかもだが、
伝統仏教系の大学では、先生たちはむしろ疑問、批判を歓迎された
ですね。そして厳しかった。
「問いの質が答えの質を決める」どこまで掘り下げてモノを問えるか
そこが問われたのだね。
つまり「思索せよ」と。


455 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 15:42:15 ID:5786AgFQ

>釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?
>既に千数百年も経過しているものを後生大事にしてること自体が謎!人間も文明も常に進化している。

わははははははははははははははははははははははははははははは。
こいつ喧嘩売ってんな。
釈迦は偉大な哲学者だよ。w



456 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 19:15:36 ID:5vumeOhB
>>444 苦しみには、必ず心の中に原因がある。心の中の苦しみの原因を消せば、苦しみは消える。

457 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 19:42:53 ID:9zFownKf
>>454
話の内容は分かるんだけど、誰に向かって何のために、何を意図して
言ってるのかまったくわからん。ひょっとして狂ったのか?

それよりも、別スレであんたのお笑いを指摘しておいたのでコメントしろよ。
もし25が35に見えるのなら眼科へ行くことを勧めるよ。

458 :暇人:2005/08/07(日) 20:53:22 ID:ecqBwod8
9zFownKf君

確かに老眼で 最近乱視もでだしたのだが、
医者によると めがねするほどではないとの事だ

キミは創価か元創価ではないのかね。
キミの無内容に他人を見下したカキコミぶりを読むにつけ
創価ぽいなぁと感じていたのだが、
どういう経路を辿って仏教に関心を持ち、
どういうとこで仏教を学んできたのだね
悪い見本の一つとして 関心があるなぁ
そのへんを 教えてくれると とても嬉しいな
どうぞ よろしく


459 :暇人:2005/08/07(日) 21:24:07 ID:ecqBwod8
9zFownKf君

あちらでキミとしゃべっていると怒られそうなので、
ひとまずはお礼とお詫びを。
http://dsal.uchicago.edu/dictionaries/pali/pts.pdf

これあのサイトの「About the Dictionary」だったのだね。
見落としていた。ごめん。
私の疑念はキミのおかげで解消した。ありがと。
これって日本で言えば、「望月」「織田」がWEB化されているのか
すごいね。まあ英語のわからん 私には検索の仕方すら よく
わからんので うまく使えないのだが。
ともかくも ありがとう。


460 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 21:38:35 ID:9zFownKf
>>459
そう素直に謝れたら喧嘩口調遊びできないじゃないか。(w

うん。あれは偉業だよ。モニエルの梵英事典も含めて。
日本人オーバードクターも沢山借り出されたから彼もボランティアしたのかもね。
校正作業が出版書物よりも時間と労力が掛かったらしい。
日本では版元がweb化を許さないだろうね。セコイから。望月では個人の著作権は
消えているが、他の何か知らんが権利があるらしい。

検索の方法はweb翻訳にかけて読めば大体見当つくと思う。検索後もwebコンビニ
翻訳かければ意味が取れる。

私は創価学会じゃないよ。ひそうひぞくの次男のごく潰しだ。でもないか、自活してるから。

461 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 22:20:51 ID:p03Rkslk
おはつです。よろしくお願いします。

仏教では肉食、アルコールが禁止されていますよね。
みなさんは、会社、学校等の飲み会にどう対処なさっていますか?
信教上の理由で欠席するとか、出席するが肉を食べない、酒を飲まないとか。

ひとりだと一般的な答えとはならないのでなるべく多くの方から意見を聞きたいです。
失礼だとは思いますが、よろしくお願いします。

462 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 22:33:59 ID:b6u2DEqI
仏教では肉食を禁じてはいません。酒を飲まないのは五戒の一つですが。
日本には日常生活でどちらも禁止する宗派は存在しません。

463 :461:2005/08/07(日) 22:43:18 ID:p03Rkslk
>>462
失礼しました。
では、酒の話だけでもう一度、質問しなおします。

464 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 22:52:50 ID:b6u2DEqI
各宗派とも僧侶の本山などでの特別な修行期間以外にはいかなる禁止規定もありません。
在家に五戒授与をおこなう宗派もありません。それは死後のことです。

http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1123103830/l50

465 :461:2005/08/07(日) 22:58:31 ID:p03Rkslk
>>464
だから日本で禁酒に関しての話が出ないんですね。
在家は在家。なにやってもいいと。。。
そういう考えなわけですね。

じゃあ、日本の坊さんは酒を飲みまくりなわけだ。orz

466 :暇人:2005/08/07(日) 23:04:06 ID:ecqBwod8
>>463

末法無戒と言われた親鸞さんに親しんでいますので、
戒律にさして意味を見出せませんが、
私は酒を基本的に呑みません。

先日の勤め先の飲み会も うまく運転手を買って出て
酒をのまずに済みました。
「運転ありますからぁ」というと「代行頼めばいいじゃん」と
突っ込まれましたが(笑)、そこはそれ なんとか許して頂きました。
とはいえ、年数回は つきあいますです。

戒律を厳しく厳守すると言われる南伝でも こういう情報があります
ttp://www5a.biglobe.ne.jp/~asia-mt/southeastasia/southeastasia.htm
ここの五戒の項
5 酒を飲んではいけない (在家者に限り 多少のたしなみとして容認)

たしなむ程度は容認とのこと。
普通に生きてますと、つきあいも大切です。
ガチガチで「遊び」がないブレーキは危険です。
バランス感覚が大事かもですね。

467 :461:2005/08/07(日) 23:18:37 ID:p03Rkslk
>>466
貴重な情報をありがとうございます。
自分はどこの宗派に属しているというわけではないのですが、
仏教の考えに深く共鳴した部分がありまして。

このまま放蕩に酒を飲み続けていいのかと疑問を思ったわけです。
で、仏教者が日本の飲み会社会の中でどう立ち回っているのかを
お聞きしたかった。信教を理由に酒を飲みたくないのは事実だしなあ。
信教の自由うんたらを口に出したら出したで引かれるでしょうし。。。

多少のたしなみとしでも、ある一線での区切りは必要。
たとえ相手を不快にさせようとも酒を断ることが必要だと思っています。
ただ、その理由として、仏教のことを口に出していいのか。
これが一番重要なわけです。

468 :名無しさん@3周年:2005/08/07(日) 23:25:03 ID:U+lHIVHi
真面目な方ですねw

それには、仏教のぶの字しか知らない人にも
きちんと解説できるだけの、日本(歴史的推移も含めて)・古代インド・東南アジアの仏教についての知識を
身につけておくことですね。
そして、何より大切なのは、自分が、自分としてあるために選択している生き方であることに
胸を張れるかどうか・・ ここに懸かっていると思います。

469 :461:2005/08/07(日) 23:37:44 ID:p03Rkslk
>>468

禿同、禿同です。特に下の文は胸に染みました。

>そして、何より大切なのは、自分が、自分としてあるために選択している生き方であることに
>胸を張れるかどうか・・ ここに懸かっていると思います。

自分の考えを言葉、行為に表す。正言、正業ですね。
この過程で他所から悪く言われたり、悪く思われようと、これ修行ですよね。
そもそも仏教における修行とはそんなものだったのだと思います。

とかく日本の社会は、空気を読むという名の協調主義が採られていますが、
自分の意見を主張するときには主張しなければいけません。
世の法よりも仏法に従うべきなのが仏教者。
原点から間違っていた気がします。

皆々様方、今夜はどうもありがとうございました。



470 :暇人:2005/08/08(月) 00:02:47 ID:ecqBwod8
余計なお世話なのだが、(不愉快にしたら ごめん)
老爺心?から 二言三言。

私が勤めだした頃は、一次会終ったら先輩から、今からソープに行くぞと
誘われたりした。驚愕して断ったものだが怪訝な顔された。
社内セクハラも盛んだった。今ではありえない光景が見られた。
酒の強要もまだあった。
今はその頃に比べると しつこく酒を勧める風潮は弱まってきていると
私は思う。

釈尊は極端を諌めた。
真面目すぎるのも極端かもです。
かといって放逸なのも極端ですね。
世法も大事だし、仏法も大事。
どちらが大事と比べられるものではないと思う。
しかも在家という生き様を選択されているのですから、
殊更 世間と摩擦を作らず、うまくやって下さい。
釈尊は在家には 自分の持ち場で 自分の仕事に
自分の全力を注げと 言われるのではないかと思う。
仏法を第一にしたラフスタイルを送りたいならば
むしろ出家しなさいと 言われるかもですね
よくよく思索されてください。

471 :ベロ ◆eOod7XM/js :2005/08/08(月) 00:31:44 ID:s6Wjk4Nl
461さん、
>このまま放蕩に酒を飲み続けていいのかと疑問を思ったわけです。
仏教徒なら、このまま放蕩に飲み続けて良い訳はありませんね。

>多少のたしなみとしでも、ある一線での区切りは必要。
その通りですね。

あなたが飲みたい時に飲み、飲みたくない時には飲まない、それで良いと思います。
付き合いであっても飲みたくない時に飲まされる酒は美味しくないでしょうしね。
ま、仏教で酒を飲む事が戒められるのは、酒を飲む事自体が悪なのではなく、
酒を飲む事によって、自他が他の4つの戒、殺生、盗み、妄語、邪淫、を犯し
やすく、あるいはそれらに巻き込まれやすくなるからだと習いました。
付き合いの宴会ではウーロン茶等のソフトドリンクを飲めば良いでしょう。

472 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 00:48:31 ID:AFaaplb9
飲酒のタブーと宗教

ttp://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/nomubekika.html

473 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 00:52:01 ID:Cn/kWlKI
坊さんはよく飲むぞ〜。不飲酒戒も遠い世界の話しといった感じだな。

474 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/08(月) 07:30:21 ID:CPnXIWDQ
>>469
私は付き合いで、いろいろな坊さんとは話をします(リアルで)。
坊さんは、ある程度は酒を飲めた方がいいかとはおもう。
これも世俗との付き合い(仕事)のうちですから。
そういうことは、坊さんの方が悟ってます。

「私はウイスキーのストレートが好きだ」。
「一晩で瓶の半分くらいは飲む」。とか豪語した坊さんがいましたが、
この坊主は、話していて面白かったです。

田舎い逝きますと、田園(田んぼ)にポツン・ポツンと墓が分散してるんです。
昔は土葬であったらしく、遺体を墓に埋葬すると、水はけの悪い土地で遺体は直ぐに腐乱するらしい。
その直ぐ近くで米を作っていたわけです。
遺体は、生活と非常に密着していたわけです。

これも日本文化の特徴かとおもう。
ちなみに、韓国の墓は生活圏からは遠く離れたところが普通らしい。

酒を飲んで、坊主といろいろ話すのもおもしろい。
仏教の話は御法度だけどね(^。^)

475 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/08(月) 07:35:15 ID:CPnXIWDQ
あと、おもしろいのは、
職業坊主が、学会員から折伏受けてたのがいた。

坊主(非日蓮系)は、いろいろ聞いてたけど、
まあ、これも仕事のうちなんだね。

476 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 12:49:09 ID:QuJSeX1R
>>475 酒癖悪い人や、酔っ払って失敗した経験のある人にとっては、なぜ酒が禁止なのかよくわかります。
普段智慧ある人でも、酔うと壊れてしまうからね。
そう気付いてから、付き合い以外では飲まなくなりました。でも、余計酒に弱くなったかも。

477 :名無しさん@3周年:2005/08/08(月) 22:42:11 ID:AFaaplb9
仏教についての最も初歩的な知識

ttp://www.bell.jp/pancho/hyper-history/siron_shotokutaisi/database/cover1.htm

478 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 10:11:01 ID:smoYwKca

ところで悟りとは何なんでしょうね?
宇宙の真理とかね。
釈迦尊の時代はまだ相対性理論も量子力学も大統一場理論もバブル宇宙論も何にもなかった
わけだから知る由もないんだな。あっても理解もできなかったでしょう。
結局最後に残ったものは悟りとしょうする商売だけ?
宗教が残した物は争いと商売だけか?
食あたりね?生理食塩水と抗生物質を取りあえずぶち込んでおけば良かったのにね。

抗生物質が開発されたのは1940年?だったかな?科学の英知だよ。
釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?

仏教に限らず宗教は必要としない。教えが何かの役に立つことは無い。
あえて上げるとすれば商売の道具に過ぎない。
既に千数百年も経過しているものを後生大事にしてること自体が謎!人間も文明も常に進化している。

それを元に商売してる人間もされてる人間も程々にしとけば!趣味の世界だから!w



479 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 10:13:24 ID:smoYwKca
霊能猫

480 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 10:21:57 ID:dITaziNq
お酒飲むと本音や本性が出るからと、自分は飲まないで
人に飲ませてしゃべらせたり、観察する人が居ますよね。
執拗に飲ませようとするのに、自分は飲まないから気味が悪い。


481 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 12:17:41 ID:KafOE4YB
>>480 自分が飲まないのなら人に強要すべきではありませんね。ただ、気を遣って勧めている場合もあります。
飲めない自分に遠慮して飲んでないのだったら悪いなぁと思って。

482 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 12:28:44 ID:KafOE4YB
>>478 悟りは、知識じゃないと思いますよ。反射神経とかに近い、体得するものではないでしょうか。あるいは脳内分泌物や脳波のバランスが良くなるのかも。
ムカつくとストレスの原因になり体に悪い。そう頭(知識)でわかってても、反射的にムカついてしまう。
それを修行によって、ムカつくという反射を減らしていく。または結果的に減る。
悟った人は、究極のオトナになるのでしょう。
コドモは、小さなことでも怒ったり泣いたり、心が安定していません。
それに比べて人生経験を積んだお年寄りは、円満穏やかで、小さなトラブルには動じない。

483 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 12:34:35 ID:KafOE4YB
お釈迦様の弟子の中には、説法を聞いても理解できなかったけれど、ひたすら掃除しているうちに悟った方もいました。
やはり悟りとは、知識じゃなく体得するものでしょう。言葉で説かれた教えは、あくまでヒントです。月を差し示す指は決して月そのものではない。

484 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 12:49:09 ID:KafOE4YB
僕が子供の頃夢中になっていた少年マンガには、普段温和な主人公が残虐な悪役にキレるパターンが多かった。
キレたとたんに眠っていたパワーが解放されて、形勢逆転して敵を倒す。
しかし現実では、格闘技や陸上競技を見ていても、感情が高ぶって体が硬くなると実力が発揮できないことが多い。
むしろ何があっても普段通り冷静でいることが、本当の心の強さです。
かけ声をかけた時や火事場のくそ力みたいに、筋肉が壊れないための筋力制御を、一時的に脳が忘れて、力を発揮することはありますが。

485 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 17:10:28 ID:QdQ84p1x
478は逝ってよしですから。
>釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?
w。
科学では仏教の目的を達することは出来ない。
それを知る前にああだこうだ言うから 逝ってよしなのだw


486 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 17:47:15 ID:nlTI4X+X
おれ・・悟ったけど話聞く?!

487 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 21:40:05 ID:gBctNc+p
お盆が終わった後に、お供えものを川や海に流した方がいいのでしょうか?先祖にもってかえってもらうために

488 :名無しさん@3周年:2005/08/12(金) 23:57:49 ID:pgLs9zTl
>>486
おれで良かったら聞いてやるぞ。

489 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 01:28:28 ID:u9yuWbgW
>>485
科学は仏教の目的を達するためにあるのではない。人間の英知の結晶だよ。
人間の知的好奇心を追求する上では科学と宗教とでは方法論が異なる。
それでも科学の方がはるかに人間に役立っていることは間違いない。

>それを知る前にああだこうだ言うから 逝ってよしなのだw
こういう馬鹿げた事をいっているから低脳だと言われるんだよ!



490 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 01:30:50 ID:5mwjtTlJ
(´・ω・`)単純ヘルペスウイルスHF10すごいがな

491 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 01:31:22 ID:5mwjtTlJ
(´・ω・`)誤爆やがな。すまんがな

492 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 01:57:27 ID:u9yuWbgW
>>490
何故にここで??誤爆ね。
まあいいけどHF10か?そろそろ出てくる頃かな?期待してますよ。
仏教より人間に必要なもの。と言うよりどの宗派の方でも使用可能ですw
もち無宗教の人もOK

493 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 10:27:53 ID:qOh+Obgo
>>489 科学は善でも悪でもない技術。科学を悪用しないために仏教が必要。

494 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 10:53:32 ID:u9yuWbgW
>>493
それは違う。技術は科学の一部である。善悪を判断するのは仏教ではないし仏教にそんな能力は無い。
そのような傲慢な考え方は非常に危険だ。

495 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 11:01:07 ID:qOh+Obgo
>494 じゃあカッコつきの「善」としておきましょう。仏教的な「善」のために科学を使うことも可能だし、逆に悪用することもできる。まったくジャンルのちがう科学と仏教を、わざわざ対立させることはない。
「善」は、自分や他人の苦しみの原因を取りのぞく方向性のことでしょう。だから修行の代名詞でもある。


496 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 11:16:10 ID:u9yuWbgW
>>495
>まったくジャンルのちがう科学と仏教を、わざわざ対立させることはない。
それはそのとおりなんだけど。科学者としてみると過去の宗教による弾圧が
あったように哲学や精神論は敵みたなところがあるわけなんだ。
あくまで現実の論証をコツコツ積み重ねるだけかな。

497 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 11:30:47 ID:eYzbqxpl

>善悪を判断するのは仏教ではないし仏教にそんな能力は無い。
は?
仏教の目的さえ知らずに「そんな能力は無い」って?頭がおかしいね。

こやつは「科学マンセー」であり
>釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?
だそうだ。

>それでも科学の方がはるかに人間に役立っていることは間違いない。
あそ。w
ちなみに科学と仏教の目的は一緒だよ。ただし方法論が違う。
科学の発展とともに自殺者が増えているのは皮肉な事実だなあ。仏教はその点解決しているが。w







ま「霊能猫」の戯言ですから皆さんスルーで。



498 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 12:18:48 ID:u9yuWbgW
>>497
はいはい。またそのような馬鹿げたことを言い出して・・・・。
大体だよ猫にゃんをここのスレに引っ張り込んだのは真如苑信者とその批判者連中
なんだよ。早い話が猫が手に負えなくなってしまったんだね。
だから人様に迷惑をかけないで真如苑スレで遊んでいなさい。

>科学の発展とともに自殺者が増えているのは皮肉な事実だなあ。仏教はその点解決しているが。w
こういう馬鹿なことを書かないように地球人口が増加するともに確率は高くなるし統計データも
科学文明水準が上がって調査できるようになっただけ。世界人口比から見れば仏教徒は少ない方
だと思うのだけど。このようなウソを言ってるから真如苑スレでも馬鹿扱いされるんだよ。

>ちなみに科学と仏教の目的は一緒だよ。ただし方法論が違う。
何が一緒なのか説明してみたら?多分同じじゃないと思うけどね。

まあとにかく、ここでスレ荒らしをしないように!!!




499 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 12:38:23 ID:1iaCxcwW
というわけで「霊能猫」がお騒がせしました。

とにかく仏教を否定するなら知ってからにせよ。という簡単な理屈です。w

500 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 12:42:06 ID:1iaCxcwW
>このようなウソ
それを統計的に提示せよw

真如苑スレでも馬鹿扱いされる「霊能猫」でした。


>早い話が猫が手に負えなくなってしまったんだね。
早いかどうかは知らないが、論理破綻は逝って良し。



501 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 13:02:23 ID:u9yuWbgW
>>499
>>500
はいはい。真如苑スレ関係者は狂った発言をここのスレでしないようにね。迷惑かけるから!
とにかくレスは真如苑馬鹿スレでするから!!

502 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 14:59:40 ID:Egq5vuoL
501が迷惑なのだが。

503 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 15:08:45 ID:u9yuWbgW
>>502
真如苑スレ関係者は書き込みしないように!!こちらのスレまで迷惑かけることないだろ!!

504 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 15:39:10 ID:2S238jMI
あなたが。

505 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 16:38:30 ID:u4K86SQA
酒を飲む=細胞を殺す
ということはこれは不殺生戒にあたる?
真面目に考えてしまったんですが。

506 :名無しさん@3周年:2005/08/13(土) 22:36:21 ID:qOh+Obgo
>>505 実際に生きてるのは1個1個の細胞達だしね。「私」は、細胞達のグループが、自分達を守るために創りだした、監視ソフトなんじゃなかろうか。

507 :名無しさん@3周年:2005/08/14(日) 22:40:24 ID:lpu4nu67

503ははやく真如スレに帰れば? 仏教興味ないんだろが。

>釈迦尊ね?1500年以上前のレベルだからね。役に立つものがあるのかどうか?

508 :名無しさん@3周年:2005/08/14(日) 23:57:25 ID:V4Eds6m/
初心者です。    なぜ線香をあげるのでしょうか?     ふと思ったんですが…教えて下さい。

509 :名無しさん@3周年:2005/08/14(日) 23:59:36 ID:TFJ1wU1+
>>508
ガンダルヴァは香りを食するからです。

510 :名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 00:13:40 ID:9KFI7CFb
>>508
最初の頃はハシシを焚いてトリップしてたんだよ
線香はその名残。


511 :フレッド:2005/08/15(月) 08:43:27 ID:BQE2kJqP
>>508
昔の比丘達の生活は、清潔とは言い難かった。
そんな比丘達が集まってくると、そこにどんな匂いが漂うか?

だから線香を焚くようにしたと聞いたことがある。

512 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/15(月) 14:07:37 ID:e4Fi4ahN
>>508
死体は腐乱しやすいから、死臭を消すために香を炊いた。

513 :名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 14:26:09 ID:+ZXsa7K8
神道の方でも質問したのですが、交通安全、商売繁盛、学業成就といった「お守り」は

「複数」つけてもいいのですか?

514 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/15(月) 16:51:37 ID:e4Fi4ahN
>>513
禅宗の場合は、お守りは付けても(複数でも)、付けなくても一切関係ありません。
自由です。

日蓮正宗の場合は、御本尊以外は全て廃棄処分。
これ↑は特殊です。

仏教全体からしたら、お守りは単数でも複数でも関係ないかとおもう。


515 :名無しさん@3周年:2005/08/15(月) 17:22:10 ID:1/XexrKv
どうもありがとうございました。

神道のお守りと合わせてもいいのでしょうか?

516 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/15(月) 18:03:49 ID:e4Fi4ahN
>>515
これが良くて、あれが悪い。とかの分別こそが、そもそもの「迷い」。となります。

良い。とか、悪い。とかの相対から離れた・・・

つまり、仏教とは相対のない「一如の法門」です。
よって、
>神道のお守りと合わせてもいいのでしょうか?

なんら、さしつかいありません。

517 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 10:09:44 ID:3grjYtjt
末法思想ってそもそもいつ誰が考えついたものですか?。
仏教の解説書(と言ってもそんなにたくさんは読んでませんが)
には最初からあるような書き方していて詳しく書いてあるのには
まだあたってません。原始仏教からあったんでしょうか?。

518 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 11:44:33 ID:WA9FnZFj
現代の宗派別の葬式様式の違いが載っている本を探しています
あまり深入りしたものでなくていいのですが、そういった本はありますか?

519 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 12:06:15 ID:Qm+P+D3m
仏式葬儀の事典
ttp://www.sogi.co.jp/sub/kenkyu/book12.htm

宗派別の葬儀の概観については、↑の中の

藤井正雄編『仏教儀礼辞典』 東京堂出版、1977

が良いでしょう。唱える経文もすべて分かります。

520 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 12:19:01 ID:WA9FnZFj
>>519
ありがとうございます
助かりました

521 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 12:24:33 ID:Qm+P+D3m
>>517
当時を「法滅」の時ととらえる法滅思想はどの時代にもあります。正法千年、像法五百年などの
系統的な「末法」思想は、西域と呼ばれる地方で6世紀頃に成立したようです。「大集経」などの
経典があり、ゾロアスター教あるいはミトラ教の影響があるとされます。

522 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 12:41:12 ID:3grjYtjt
>>521
ありがとうございます。
といってもいまいちよくわかりにくいです。「法滅」という
考え方はなぜおこったんでしょうかね。まあこれは他の
宗教の終末思想にも言えるんですが。


523 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 17:50:20 ID:3aQanwS4
>>522 法滅は、お釈迦様の教えが滅びることです。
たぶん、その時代・その地域のの坊さんや仏教徒が堕落するのを見たり、仏教の弾圧に遇って、「このままじゃ仏教ヤバいなぁ」と焦った人が噂しはじめたのでは?

524 :名無しさん@3周年:2005/08/18(木) 18:37:06 ID:Qm+P+D3m
>>522
仏教など宗教に限ったことでもなく、一般の学問やそのほかの分野でも、このままでは
衰退してしまうという危機感があって革新が起こる。だから真剣な人たちにはいつでも
法滅と感じられるのだと思う。千年後とか五百年後というのも、将来のことをいうのでは
なくて、お釈迦様の入滅から数えて今がその時という意味だから。人間の努力と無関係
に予定されている終末思想とは違うようだ。7世紀に入るとイスラームが勃興してインド
はその後、大変になる。しかも仏教はインドのマイナーな宗教で、最終的には滅亡して
しまう。その時期に中国やチベットに布教した人たちにはすごい危機感があっただろう。
末法思想にはそういう事情も関係があるとおもう。

525 :美しい般若心経:2005/08/18(木) 21:51:40 ID:qnkzH5Bv
初めまして,hannnyaと申す者です。
仏教の経典。論。など知らない人間です、お経も,知っているの般若心経だけです。
般若心経を勉強しているなかで気づいた事が有ります。般若心経は整った美しい姿をしている点です。般若心経の解説書は世間にごまんとあふれ、何千字、何万字と費やして余計に解らなくしているのが多いですね。

私のホームページを見て頂きたいのですが、般若心経274文字だけで
般若心経を語る、いや、般若心経が自身で語る姿です。

30秒〜1分で解りますのでご多忙と思いますが是非御訪問をお願いします。

http://tokyo.cool.ne.jp/hannnya

526 :名無しさん@3周年:2005/08/19(金) 10:08:21 ID:pckMFWcH
>>342
仏教における不浄概念は、特に大乗系においてはたしかに存在しないように見受けられる。
しかし、ヒンドゥーから密教に受け継がれた中にはそういうものが見受けられる。
神道から取り入れたと言うより、密教から受け継がれたものだろう。

527 :名無しさん@3周年:2005/08/19(金) 10:13:38 ID:739dfCMc
>仏教解体講座
グループの説明:6年前、現代思想家であり弁護士の山根二郎が書き下ろした大著「仏教解体」は
、初めての本格的かつ根底から仏教という闇のの本質を解明したことで、衝撃を与えたが、
いまその衝撃波は静かに世界に波及しつつある。 日本が近代国家として再脱皮するには、
どうしてもこの色即是空の呪縛から自由にならなければならないが、日本社会の現実は
さらに閉ざされてゆくばかりではないか。 眼から鱗を落とした志ある人だけでいい、ここに集え。深く思考し、行動せよ。
・投稿用アドレス
bukyou-kaitai@yahoogroups.jp



528 :名無しさん@3周年:2005/08/20(土) 09:37:05 ID:W4MRxqjG
>>517
あなたが、原始仏教を、いつまでとしているかわかりませんが、
末法思想の最初は、阿含経に見ることができます。
阿南が、女性の出家を願い出たとき、はじめ釈尊は渋ったといいます。
「女性が出家しなければ、正法は1000年は語り継がれるだろう、
しかし、女性が出家したために、500年しか持たないだろう」と。

529 :暇人:2005/08/20(土) 17:54:30 ID:k1HxWdWm
末法思想の起源については山田龍城博士の論稿が一般に通説になってます。
山田さんは、起源を大乗経典の『大集経』に求められています。
6Cインドにエフタル民族が侵入し、仏教を激しく迫害したことが、
『大集経』などの訳経に影響を与え、6Cに中国で正像末の三時思想が生まれ
流行したのではないかとのことです。
中国で末法思想を初めて明確に述べたものは南岳慧思の「立誓願文」の
「正法五百年 像法千年 末法万年」説とされています。(結城・川勝)

>>528の説は、増壱阿含や律にある説です。
これは末法思想というより より厳密には「正法五百年」説の最初と推定
されています。
正法滅尽説は、他にも雑阿含の「正法が続かない理由を四念処修行を欠く
からだ」という説や増壱阿含の「仏陀の言説を認めない人々が増えるから」
などもあります。


530 :通りがかりの仏教徒:2005/08/21(日) 15:19:59 ID:azlm0QR+
仏教って、妻帯禁止だったんですか?だとしたら、人類は、居なくなってしまうのではないですか?
と思うが、どうなのでしょうか?

531 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 15:23:03 ID:XHHP1Ehw
>>530
所詮、完璧な宗教なんてないんだよ。

532 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 15:28:21 ID:FBHBIUV7
人間界は苦に満ちた世界ですからね
三界(欲界・色界・無色界)のなかでも、一番粗大な欲界です。

533 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 15:48:13 ID:ik+DVpFZ
>>530
カトリックの司祭や修道士も独身だよ。産業革命以前は農業時代で資産は領地。
領地は長男が相続するから、次男、三男は出家してちょうどよかった。また寺院
や教会が今日の教育と福祉部門をほとんど担当していた。

534 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 16:09:18 ID:XHHP1Ehw
帰俗するのは自由でないか。

535 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 16:22:39 ID:I8/9vzya
>>529
誰もそんなこと聞いてないって。
おまえ、ひょっとしてネットでしか発言できない無職暇人なのか?
こんなもの発言といわんがな。書物の抜き出しだけだしね。

536 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 17:09:22 ID:fGkx+hHz
いや、暇人という方の発言、充分に参考になりますよ。
論証できないあやふやな意見を主張もそれはそれでいいですが、
これこれの氏はこう述べらているんだということを紹介してくださるだけでも、有り難いです。
本当に自説を証明するなんぞ、ネットの掲示板でできるもんじゃありませんからね。

537 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 17:17:03 ID:ik+DVpFZ
>>534
長兄が夭折した場合には還俗して家を相続した。真宗は別。
社会的には俗人だから明治に各派の門跡は華族に列した。

538 :名無しさん@3周年:2005/08/21(日) 22:55:38 ID:CYxpEarR
>>536
秀同。
無意味な批判はいちゃもんみたいでみぐるすい。

539 :名無しさん@3周年:2005/08/23(火) 11:04:14 ID:ngslBRzf
日蓮宗って現世での救いを求めたんですか?それとも極楽往生を求めたんですか?
教えてエロイ人

540 :名無しさん@3周年:2005/08/23(火) 11:34:54 ID:Pz2SzGjV
>>539
現世,来世で仏の境地になる修行をしていくのだと思う

541 :名無しさん@3周年:2005/08/23(火) 21:42:23 ID:QBmTxMeG
真言宗や日蓮宗は即身成仏。
真宗も往生即成仏だから同じ。

542 :名無しさん@3周年:2005/08/24(水) 20:18:13 ID:N7T6qlA5
人はなぜ、欲のある自分が、嫌になるのでしょうか?

543 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 00:58:54 ID:ou0kQ8BW
あなたの場合はどうなのですか?
わたしの場合、無垢な自分でいたいという欲があるので、欲のある
自分が嫌だと感じていました。

544 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 02:44:02 ID:E2+wC1+m
仏教をあまり知りません質問です。
仏間とは、特別な場所なのでしょうか?仏間に意味はありますか?

545 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 08:45:04 ID:E2+wC1+m
質問age

546 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/25(木) 09:04:50 ID:7UD5iam6
>>544
仏間の意味。

仏壇のある部屋のことを仏間といいます。

547 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 10:33:28 ID:/nF9veKB
>543
そのとおりです 私も、無垢な自分になりたい
ある教えに、強欲は克服しなさいとありました

さすれば、多少の欲は、あってもよいのでしょうか…

成長欲求のように、欲が人を成長させるのでしょうか
欲は、忌み嫌うものでは、ないのでしょうか

548 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 11:06:45 ID:biFIxXev
欲があって、それが満たされなければ苦になります。
自己の努力で満たすことができない、
あるいは、不正な手段でしか得ることの出来ない欲は放棄すべきです。
仏教では、そうした欲が、無智からきていると教えます。

無垢な人は、時として、無垢でない自分や他人を許せないことで苦しみます。
こだわりを捨て、ほどほどに生きることが大事かと思います。

549 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 11:40:53 ID:/nF9veKB
>548
なるほど‥
大変納得がいきました
胸のつかえがとれました
有難うございました
m(__)m

550 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 12:12:10 ID:PLEuTsKz
>>548
では出世に興味の無いサラリーマンはどうなんでしょう?

551 :けちゃっぷ:2005/08/25(木) 12:38:56 ID:ZMWj//vu
>>550 原因があれば結果がある。企業に勤めるかぎり、企業の利益のために努力する責任があります。本人は出世したくなくても。
自分でサラリーマンの道を選んだのに、「オレ別に出世したくないからこんな仕事したくないよ」と愚痴をこぼすなら、原因と結果の因果関係を理解していないことになります。

552 :けちゃっぷ:2005/08/25(木) 12:46:23 ID:ZMWj//vu
単純な話ですが、無智な人が愚痴をこぼすのです。


553 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 12:52:30 ID:ZMWj//vu
>>544 凶悪犯は、仏壇のない家庭で育った率が平均より高いらしいです。
仏壇に拝める人は、そこにいない亡くなった人の気持ちを想像する力があります。
そういう人は、生きている他人の気持ちも想像できるのではないでしょうか。

554 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 12:53:59 ID:PLEuTsKz
>>551
なるほどね。なにも仕事がしたくないってわけじゃないんだよね。
出世する事による会社内の軋轢とか派閥争いとかが嫌いなわけで。
ただ単に会社の利益じゃなく出世の為の仕事はしたくない。
でも出世しなきゃできない(やらせてもらえない)仕事もあるからなあ。

555 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 15:06:57 ID:i4keyp9E
>凶悪犯は、仏壇のない家庭で育った率が平均より高いらしいです。

宅間 守 のように、常に仏壇の鎮座する風景の中で育ったケースも
あるみたいです。


556 :名無しさん@3周年:2005/08/25(木) 15:20:39 ID:lofElb2+


557 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 05:25:57 ID:aWPG4bSG
すみません、お聞かせ下さい。
前から考えてましたが、555氏の書き込みで質問しようと思いました。
法華経にはお釈迦様から見て「一切衆生は悉く我が子なり」という記述
がありますが、宅間や麻原のようなどうしようもないようなタマもやはり
仏の子ということになるのでしょうか?

558 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 05:38:59 ID:gZ3IfCoy
「夫れ仏に両説あり。一には摂、二には折。安楽行に不称長短といふ如きは是れ摂の義なり。
大経に刀杖を執持し、乃至、首を斬るといふは、是れ折の義なり。与奪途を殊にすと雖も、
倶に利益せしむ」(摩訶止観第10下 )

559 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 07:04:01 ID:3W9mqT5v
↓ここで現代語訳

560 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 07:07:19 ID:jzXLgTRk
笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば

561 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 21:01:15 ID:zOURZubV
>>557
不勉強なもんで法華経には詳しくはないのですが、「一切衆生は悉く我が子なり」と
聞いて、涅槃経の「一切衆生悉有仏性」が思い浮びました。涅槃経の「一切衆生悉有
仏性」は有名ですが、一闡提は除かれる、と付け加えられています。この一闡提とは、
菩提心を持たないもの、仏法に対する信頼、帰依の心がないもの、すなわち、成仏の
因縁を欠いたもの、という意味です。ですから、どんな不信心なものでも、また極悪
人でも、深く慙愧懺悔の念を起こし、仏法に帰依して仏道を行じるようになれば、仏
性は顕現するでしょう。一闡提とか極悪人といっても、永遠に一闡提とか極悪人なの
ではなく、不定です。何かのきっかけで仏縁に遭遇することもあり、宅間や麻原にし
ても、例外ではないでしょう。
ですが、仏性とは、あくまでも仏となる・可・能・性・ですし、それは抽象的な理仏
性です。実践を積んだり体感しなくても、理解することはできます。実践を積んでこ
の身に体現していくのが行仏性(事仏性)です。


562 :名無しさん@3周年:2005/08/26(金) 21:41:08 ID:uV/qFImV
悪人になりたくて悪人になった人はいないし、自分の力だけで善人になった人もいない。


563 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/08/28(日) 10:16:35 ID:UQL40Nwr
>>557
>宅間や麻原のようなどうしようもないようなタマもやはり
>仏の子ということになるのでしょうか?

「仏」というのは、衆生が彼岸に至るまでの舟と考えたらいいかとおもいます。
舟は彼岸に着いたらいらなくなります。

「仏」になにも執着することはないです。
意味があるのは世俗においてのみです。


564 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 13:38:51 ID:yw4DGofi
原始仏典=劣化した仏説
大乗仏典=捏造されたヒンズーもどき

ですか?

565 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 14:30:09 ID:RJ8POAqw
>>557
法華経はすべてを肯定するのです。善人だ悪人だは凡人の判断であり、仏の基準ではありません

566 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 15:15:44 ID:ciETLont
法華経には女は男に成らねば悟れないと書いてありますね。

567 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 17:20:53 ID:r5ArPpjQ
法華経ってあれでも仏教なの?ぷ

568 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 18:07:43 ID:d9NrroCe
>>567 ブッダの教えではないけれど、仏教が生んだものですからね。

569 :名無しさん@3周年:2005/08/28(日) 23:20:20 ID:5g0TXCTv
私の実家は浄土真宗、結婚した家は真言宗です。
夫の家族はよい意味で信仰心が篤く、私も月参りにご一緒させていただいてます。
が、個人的には、真言宗より浄土真宗のほうが自分の肌には合うなあ〜と思ってます。
まあどちらにしてもありがたい仏の教えではあるのですが。

で。
@お墓にお参りする場合、婚家では真言、実家では浄土真宗のルールに従えばいいのでしょうか?
それともその人の信仰するほうでしょうか?
Aお寺でお札とかもらったりしますが、宗派の違うものは一緒にしないほうがいいのでしょうか?
B自分自身の宗派は婚家に合わせるものでしょうか?どちらもというのは変なんでしょうかね…

どちらの家も他の宗派を知らない(親戚以外のお葬式でも、たまたま他宗派のものに出たこともない)ので、何とも分かりません。


570 :暇人:2005/08/29(月) 07:42:17 ID:O3cRrLhS
>>569

@婚家・実家それぞれのルールに従うのもよいですし、
 摩擦にならない範囲で自分のスタイルを変えないのもよいと思います。
A真宗ではお札はないですが、真言宗からは頂いたりしますね。
 どうすべきか。悩むところですが、私は頂いたお札を捨てるわけにも
 いかず 別所に安置してますね。
下記アドレスは、大谷派ホムペ「お守りを持たない理由」
 http://www.tomo-net.or.jp/sermon/leaflet/01.html
B難しい問題ですね。日本では婚家の風にあわせるのがスタンダードと
 思われていますが、江戸期の仏教の資料にあたりますと、婚家の宗では
 なく実家の真宗を信仰しつづけた例が散見されています。
 信仰の自由が実はあったのですね。ただだからといって自分だけ好きに
 というのもあれです。摩擦が起きないように家族の理解があってこそ
 かもしれません。
 ご参考に東海教区仏教青年連盟ホムペの「複数の宗派の仏壇を安置してもよいか?」
 のアドレスをご紹介します。少しずれますがご参考にされてください。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/03_04_09.html

571 :名無しさん@3周年:2005/08/29(月) 11:19:17 ID:CqUy8RX2
○お坊さんと出会う掲示板○
http://z-z.jp/?obousan
よかったらご活用ください(^^

572 :名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 00:16:40 ID:jcWy7zMI
すいません質問させてください
日本最大の仏教系の宗教法人って
どの団体ですか?

573 :名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 00:23:52 ID:a3g23kWj
創価学会

574 :572:2005/09/01(木) 00:28:46 ID:jcWy7zMI
>>573
お早いお答え有難うございます

575 :名無しさん@3周年:2005/09/01(木) 10:47:55 ID:XlrQV+vs
>>572
平成7年12月31日現在文化庁統計
ttp://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r3-01.htm

平成12年度文化庁統計
ttp://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r3-1.htm

576 :名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 09:57:00 ID:9T8GfdXs
質問
日本の仏教の中で、国際的に布教(こういう言い方が適切かどうか
わかりませんが)されている宗派は、主にどこですか?
一応、浄土真宗本願寺派はかなり国際的に活動しているのは
知っていますが。

577 :名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 17:46:04 ID:eSUBRbf/
最も危険な思想の仏教系宗教団体は?

578 :名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 19:44:37 ID:yXwfHSlQ
>>576
こういうフォーラムがあります。
ttp://directory.e-sangha.com/
>>577
アーレフ、顕正会、妙観講、親鸞会

579 :名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 19:58:21 ID:BhS2Gfdt
>>4
公安調査庁
平成17年「内外情勢の回顧と展望」
御存知ですか
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1102498325/762

580 :名無しさん@3周年:2005/09/04(日) 20:05:18 ID:BhS2Gfdt
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1102498325/772

581 :名無しさん@3周年:2005/09/05(月) 00:24:41 ID:SDogcu/2
>>577
578も言ってるけど、アーレフ(麻原教)と顕正会

582 :名無しさん@3周年:2005/09/05(月) 06:35:41 ID:11qCxYUT
層化モナー。

583 :名無しさん@3周年:2005/09/05(月) 12:58:03 ID:i4Wko/nr
浄土宗もカナダで五重相伝やったり、ハワイに開教したり、ヨーロッパに行ってる僧侶もいます。ささやかながらですけど。

584 :名無しさん@3周年:2005/09/07(水) 19:34:08 ID:5rYf70D0
突然失礼します。
仏教が絡んでる戦争って一向一揆以外に何があるんですか?
宗派同士の争いなど…。
マジレスおねがいします。


585 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 00:43:33 ID:Ocj01Cy4
>>584
蘇我氏と物部氏の争い

586 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 01:18:07 ID:ciHwUMji
>>585
それは仏教徒側から攻撃を仕掛けた事件だっけ?

587 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 16:58:06 ID:rlquLY1j
今度先祖の墓参りに行くことになったのですが、
日程の都合上、日取りや時間帯を代えることが出来ません。
昼間に行くのですが雨が降ってしまった場合は
なにか特別な墓参りの方式はあるのでしょうか?
真言宗か浄土真宗の流れを汲んでいる、お坊さんは管理をしていないお墓だそうなのですが、
わけあって初めてお参りに行く先祖で、どうも勝手がわかりません。
曖昧な質問ですみません。

588 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 18:14:50 ID:Z2JNYGzJ
雨の日は燐が燃えやすいといわれています
鬼火とか狐火にも関係するかしないかは定かではありませんが

589 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/08(木) 18:21:20 ID:woNeQ6IK
ブラフマンってなに?

590 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 20:42:23 ID:E/osrkIS
つまらない質問ですがお願いします。寝る時に枕(頭)をどちら向きにした方が良い/悪いってありますか?

591 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 20:45:06 ID:jYVe7jBG
浅薄アホ知識で、宗教・道徳について一席ブってる奴がいます。ほとんど虫の息ですが、とどめを刺してやってください。
http://totomail.jp/bbs/test/ir.cgi/love6/1125628085/-10

592 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 21:29:56 ID:6zL8CRuu
>>590 頭を北に足を南にし、右脇を下・顔を西に向けるといいですよ。「頭北面西」といいます。健康にはいい。頭寒足熱で、心臓に重りがかからないから。
でも、お釈迦様が亡くなる時も頭北面西で、それにならって死人もそのように寝かすことから、日本では縁起が悪いと言われています。

593 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 21:34:03 ID:INgSU3ke
妊婦さんは逆の
左脇を下がいいらしい。
腰骨の所の静脈か動脈かどっちかを圧迫せずにすむから。

お釈迦さんは、消化・胃腸のために右脇を下にするらしい。

594 :名無しさん@3周年:2005/09/08(木) 22:06:01 ID:ciHwUMji
>>590
大きな地震で家具が倒れた場合などでも、無傷でいられる方向に頭を向けて
寝るようにして下さい。

595 :590:2005/09/09(金) 13:04:14 ID:4elXPzjf
返答有り難うございました。ちなみに今北東方向に頭を向けて寝ているのですが、これ鬼門っと言われる方向のようなのです。これは問題無いのでしょうか?

596 :名無しさん@3周年:2005/09/09(金) 16:10:35 ID:DaM8B1V4
>>595
陰陽道などに影響された仏教諸派では鬼門を用いることもありますね。
また、風水の本家などでは北東は鬼門ではなく生門と呼ばれています。

気にすればキリがありませんが、一説によれば、
北東には文殊菩薩の仏国土があるとされますので、
かえって頭がよくなるかもしれませんよw


597 :名無しさん@3周年:2005/09/09(金) 19:50:43 ID:lshrAnIW
>>589
ブラフマン―古ウパニシャッドの中心命題―最高原理。ブラフマン(brahman)は
非人格の中性名詞。

梵天   ―初期仏教。梵天=ブラフマー(burahma)は男性名詞。


598 ::2005/09/09(金) 21:02:37 ID:Wn3p4UJC
 家の墓のある寺が、真言宗豊山派なのですが、仏壇での供養で「鉦」の鳴らし方が
分かりません。1回では縁起が悪いという人もいるし、檀信徒勤行という冊子には、
初めと終わりだけ2回鳴らして、途中の各お経の間には1回と書いてあるし、普通に
ロウソクと線香を点けた後で、何回鳴らせばよいのでしょうか?
 無知な質問ですみません。お教え下さい。

599 :名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 00:11:00 ID:3+dogoKL
すみません、「ipod nano」が発売になって物欲がひどいのですが、
どうやって抑えることができますか。仏教はどうやって自分を押さえつけるのですか?

600 :名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 00:11:55 ID:en8eAG5g
必要なら普通に買って活用すれば?

601 :名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 00:43:04 ID:hF7bi63W
五感を楽しませる道具を買うのは修行の妨げになるから
やめなさい。

602 :名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 00:52:22 ID:en8eAG5g
飲み食いも一切やめなさい。

603 :フレッド:2005/09/10(土) 07:29:59 ID:TpVMv/4r
仏教に、そんな効力は期待できません。

自分の経済力の範疇で、欲しいモノを購入するに
なにも憚ることはない。


604 :590:2005/09/10(土) 10:47:28 ID:hEZF27N0
>>596
レスありがとうございました。

605 :名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 11:18:55 ID:4V61Ht2F
>>599 買いたいという欲は、数秒で過ぎ去る信号です。ただし、思い出したらまた信号がやってきます。
思い出す度に忘れればいいのです。
買いたいという欲の信号に気付いたら、口で「なむあみだぶつ」ととなえながら同時に心で「往生するぞ」と念じてみてください。
欲の信号が中断されるはずです。念仏を続けているうちは、欲を停止させておくことができます。
あとは、どこで念仏を続けるか止めるか、自分で判断して選択してください。
口と心の同時念仏を続けている間は、異性の裸を見ても欲情しないことが可能なはずです。しかし、それでは恋人に失礼なので、自分でわざと念仏を中断するなら、まぁそれもいい。
ただ欲に使われるのではなく、念仏を使って欲を操るようにしましょう。普段は念仏を心がけて生活し、欲に身をまかせたい時は、わざと念仏しないようにすればよい。

606 : 名無しさん@3周年:2005/09/10(土) 11:26:26 ID:hsCYN9aw
>仏教はどうやって自分を押さえつけるのですか?

押さえつけるというよりも、「削ぎ落としていく」でしょう。
抑圧なら、政治的にも社会的にもできることです。
仏教は内面からの解放であり、苦の原因である欲望を制御する
ことによって、苦からの解放を実現させていきます。
ある具体的な欲望が達成されても、そこで満足できずに次々と
新たなる欲望が執着を原動力として生じてまいります。
この欲望や執着のメカニズムを智慧の眼で洞察していくのが
仏教です。智慧や洞察は、感官の刺激に振り回されて常に外界
に関心事が向かう心の不自由さに、自然と気付きを与えてくれ
るでしょう。



607 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 20:08:46 ID:roGADC7C
>>599です。
そんなに必要ないってわかっているのにほしくなってしまうのはやっぱり人間だからですかね・・・
でも、みなさんの教えのおかげで我慢できそうです。このことに限らず無駄な欲を制御できるように
していきたいと思います。ありがとうございました。

608 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 01:40:54 ID:GoXcDbqA
まっとうな人間の生き方としてどうなの、それ。

609 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 08:39:31 ID:EPW1Xspv
>>607
☆私なりの節約法裏技☆2技目
ttp://money4.2ch.net/test/read.cgi/kechi2/1099654457/l50

610 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 08:59:13 ID:kkf66wLw
質問です。
手首に数珠のブレスレッド(?)を付けてる人が職場に増えてきたのですが、
特定の宗派だと思ってよいのでしょうか?
それとも、ただのファッションなのでしょうか?


611 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 09:54:11 ID:psD1Ml7Z

ただのファッションですw

612 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 10:32:38 ID:kkf66wLw
そうですか。。。
何人かから、「長男なら先祖を大切に。家に仏壇を置きなさい。
病気を治したり奇跡を起こせる人を紹介しようか」等
言われていたもので・・・

613 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 17:24:59 ID:jX2zCAxT
わざとらしいレスは好かんのです

614 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 18:23:36 ID:ozCItNIU
>>584
織田信長対本願寺顕如の戦争は10年に及んだ。死者数十万。原爆以上。
しかし宗教対宗教の戦争ではない。宗教統制側対宗教の戦争。
日本の宗教対宗教の戦争で最大なのは天文法華の乱。京都市街の2/3
以上が全焼。応仁の乱以上、京都史上最大の被害である。

天文法華の乱
ttp://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/htmlsheet/toshi15.html

615 :名無しさん@3周年:2005/09/12(月) 18:38:22 ID:y6Hdr716
さきほど、しつこい勧誘の人が来ました。宗教団体名は言わず
「大日蓮法…」なんとやらとかいう一冊の本を渡そうとし
こちらが断ると尚も食い下がってきました。

どこの宗教団体でしょうか?


616 :615ですが:2005/09/12(月) 19:21:22 ID:y6Hdr716
顕正会だと分かりました。
一応、警察には連絡しておきました。

617 :けちゃっぷ:2005/09/12(月) 21:31:29 ID:KVsjq/0S
>>616 なぜ警察に?ただの勧誘だけなら、問題ないのでは?


618 :615ですが:2005/09/13(火) 14:54:16 ID:CRpr300R
なぜなら、あまりのしつこさにこちらもキレて押し問答になった挙句
無理やり体を押して追い返してしまったからです。
後で何をされるか分からないという怖さから通報しました。

警察は「まあ、今のところ断っただけでの被害は無いので大丈夫だと
思う」との事で、とりあえずこちらの住所・名前等を聞いて電話を
切りました。


619 :東宮 ◆hXtoguu1Lo :2005/09/14(水) 08:17:20 ID:zt8aRtp6
質問ですが、答えていただければうれしゅうございます。

「佛教」とはどのような意味でございましょうか?

どなたかさまの回答をお待ちしておりますm(_ _)m

620 :名無しさん@3周年:2005/09/14(水) 12:52:23 ID:3sUpt/eU
>619
仏教の旧字体です。

621 :名無しさん@3周年:2005/09/15(木) 04:44:52 ID:hOG4w6kp
仏教かどうかわからないんですが質問です
私の友人が、朝晩、富士山に向かってお経を読む
といったわけのわからない宗教に参加しているらしいのですが
これはどういった団体なのでしょうか?
本人に聞いてもハッキリしないし、聞き出せた情報もこれだけで、調べようがありません
もし、団体名などしってる方いらっしゃいましたら教えてください
ちなみに横浜周辺の子です
情報すくなく、携帯からで読みにくかったらスイマセン

622 :暇人:2005/09/15(木) 07:01:46 ID:w3/k4y1E
>>619

一般に二解釈を聞いております。

一つに「仏の教え」
この立場の根拠は、多くの経典の最初は「如是我聞」(私はこう聞いた)に
なっており、弟子が「仏の教え」を「聞いた」その「聞」が「経典」であり
「仏教」であるという『信』の立場の解釈です。

二つに「仏になるための教え」
この立場は解脱こそが仏教の本質であるという『行』(実践)の立場の
解釈です


623 :220:2005/09/16(金) 09:10:52 ID:rikaz8/L
仏陀の教えはとても万人向けとは思えません。
仏陀は弟子たちに教えを民衆に広めるように言っていたのでしょうか?

624 :暇人:2005/09/17(土) 02:44:10 ID:KYVlF35J
>仏陀の教えはとても万人向けとは思えません

どの「教え」をもって万人向きではないと考えられてます?

>教えを民衆に広めるように

定型の仏伝に『梵天勧請』というのがあり、
まさしく「民衆は仏智を理解できないだろうから布教しないでおこう」と
いう考えを克服し、釈尊は教えを広める決意したといことになっています。



625 :220:2005/09/17(土) 04:41:52 ID:aCDQFMBs
>>624
> どの「教え」をもって万人向きではないと考えられてます?
>>622の「仏の教え」の中には判り易いものもあると思いますが、
「色即是空」などは、とても理解し易いとは思えません。
「仏になるための教え」では、
一般のサラリーマンで「土日に修行を積んで悟りを開きました」という人が居るのでしょうか?

> 釈尊は教えを広める決意したといことになっています。
仏陀は弟子たちに自分を信仰するなと言っていたと聞いたのですが、
とても仏陀の意志とは思えません。

626 :東宮 ◆hXtoguu1Lo :2005/09/17(土) 04:43:45 ID:1Eyv0izz
>>622

暇人さん
詳しい回答をまことにありがとうございます。
嬉しいです。

>>622
>>623
私は民衆に向けて説かれたものが日蓮の法華経と浄土宗と、古義真言宗のお坊さんから伺いました。
日蓮の法華経についてはそう思いますが、釈迦の教え(釈迦の法華経)を日蓮は破しゃくしてますからね。
ある意味日蓮は大謗法者??と、私は思いますが、、、。

627 :暇人:2005/09/18(日) 03:54:21 ID:FjhXTYuU
>>625
色即是空は難解ですね。
漢訳なので難しいのかも、ということで人気なのが梵本の日本語訳の
岩波文庫の「般若心経・金剛般若経」ですね。
「色即是空」の箇所は、「物質現象は実体がない」と訳されてます。

>一般のサラリーマン

仏教も2500年の歴史があり、「悟り」についての考え方も一つではないと
思いますが、史実の釈尊あるいは初期仏教は、悟りを開きたければ、
まず出家しなさい ではないでしょうか。

>自分を信仰するな

教法と自分を拠り所にして励め と云ったと伝承されてますね。
無闇に他人の言葉を鵜呑みせずに 自分で確認し 思索し 納得し
自分の道を黙々と歩もうということでは?
 

628 :暇人:2005/09/18(日) 04:07:00 ID:FjhXTYuU
>>626
真言宗には昏いので、そのお坊さんの真意はわかりかねますが、
成道後の釈尊は伝承では45年遊行されたわけです。
ヤサとその家族や友人をはじめ多くの民衆に仏道を教えた。
出家修行するグループとそれを支える在家たちがいたのではと思います。

>釈迦の教え(釈迦の法華経)を日蓮は破折

これは誤解だと思われます。
日蓮さんは「法華」の一字一句が「仏」なんだと魂で語られています。
深く法華を尊敬されていたと思います。
「釈尊はもういらない」と言うのは「正宗・創価系」の教義だと思われます。

629 :220:2005/09/18(日) 04:43:20 ID:WV38ihV0
>>627
> 色即是空は難解ですね。
哲学的です。
> 悟りを開きたければ、まず出家しなさいではないでしょうか。
であれば、一般人にはムリでしょう。
> 教法と自分を拠り所にして励め と云ったと伝承されてますね。
自灯明・法灯明ですね。

>>626-627
> 私は民衆に向けて説かれたものが日蓮の法華経と浄土宗と、古義真言宗のお坊さんから伺いました。
仏陀の教えを宗教用語を使わずに言い表すとどうなるのでしょう?

630 :名無しさん@3周年:2005/09/18(日) 06:35:29 ID:ZrnAEMNA
すみません。
スレ違かもしれませんが、私は小さい頃、親の宗教に入っていたようで、
その宗教がどこの宗教か未だに分からないのですが、親は教えてくれません。
どなたか知ってる方居たら教えてください。

*ご飯を炊いたら、「御本尊様」なる仏壇(先祖のではないらしい)に「なんみょうほうれんげきょう×3」と言ってお供え。
*たまにきんきらきんの色の寺に連れて行かれて、お坊さんの念仏を聞いた後、乾燥梅昆布もらう。
*母が毎日30分くらい念仏を唱える。
*当時取ってる新聞は赤旗。その他、今は離婚後.母が共産、父が公明支持らしいです

631 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/18(日) 06:45:16 ID:08SR4Q8i
>> 悟りを開きたければ、まず出家しなさいではないでしょうか。
>であれば、一般人にはムリでしょう。

そんなことはありません。
色即是空、般若は娑婆に生きるための智慧です。
娑婆こそが寂光浄土です。

大乗は民衆に開かれた教えです。
出家することはない。
>>627
>「色即是空」の箇所は、「物質現象は実体がない」と訳されてます。

そんなことは書かれてませんね。
実体がないわけではない、実体があるわけではない。
と書かれています。



632 :220:2005/09/18(日) 07:42:13 ID:WV38ihV0
>>631
> そんなことはありません。
↓のような実例はありますか?
> 一般のサラリーマンで「土日に修行を積んで悟りを開きました」という人が居るのでしょうか?

> 実体がないわけではない、実体があるわけではない。
この教えを小さな子供に理解させるとしたら、どのように言えばよいのでしょう?

633 :けちゃっぷ:2005/09/18(日) 09:12:24 ID:ylk+GJQx
>>632 色即是空を説くのは、物質や五感からの情報に執着させないためです。執着は苦悩の原因になるので。具体的実践としては、ぎゃーてーぎゃーてーを唱えるのです。
子供に説く場合は、転んで泣いている時に、「痛いの痛いの飛んでけ〜」とおまじないをすることです。
よほどのケガでないかぎり、泣き続けなければならないほどの痛みは無いのです。しかし子供が泣き続けるのはなぜか?
数秒前に過ぎ去ったはずの、転んだ瞬間のショックに、まだ執着して引きずっているからです。
その執着を断ってやれば、子供は泣き止みます。子供の場合には、おまじないでもいいし、いないないばぁとかでもいいのです。


634 :フレッド:2005/09/18(日) 09:19:22 ID:6XXf59p3
実体がある。実体がない。
こういうことは、小さな子供に教えるというよりも、その
子供から教わったほうがいいのではないかな???


635 :けちゃっぷ:2005/09/18(日) 09:29:02 ID:ylk+GJQx
>>634 一理あるかも。
幼児は絵が下手です。しかし、ある時から、大人の真似をして記号化するのを憶える。
ネコの実物を視て描くのではなく、誰かが描いたネコの絵を真似るようになってしまう。
星を☆(五芒星)として描くのとかもそれ。
記号を憶えると、視たものが自分の知っている記号のうちのどれにあてはまるかを判断して、知っている記号を使って表現しようとしてしまう。
こんぺいとうみたいな星なんで実在しないのに、「星を描いて」と言われると、実体のないこんぺいとう星を想い浮かべてしまいます。
その「星」は、空である。

636 :けちゃっぷ:2005/09/18(日) 09:33:00 ID:ylk+GJQx
最近は、アニメのセル画ような記号かされてはっきりくっきり色分けされた絵本もよく売ってまが、教育現場では、抽象的で子供が想像する幅のあるような絵本のほうが良いそうです。


637 :名無しさん@3周年:2005/09/18(日) 09:57:53 ID:oRr6PsuK ?
御釈迦様の教えは、認識論であって、信仰ではありません。
弟子達に様々な喩えで、認識のレベルアップをして、存在の自覚を
促した教えです。頭で考える事では無く、心で得心することです。
始めに無常、無我の存在を認識し、何が残るかを悟ることから、、、、

638 :220:2005/09/18(日) 11:01:52 ID:WV38ihV0
>>633
「痛いと思うから痛いだけで、痛くないと思えば痛くなくなるよ」
「目の前にある美味しそうなケーキも、無いと思えば欲しくなくなるよ」
と言うことですね。
子供に説明すると痩せ我慢的な精神論のように聞こえてしまいますね・・・

思案して自分なりにシックリ来る解釈を見つけました!
色=煩悩
空=空想 or 妄想
色即是空 → 色はこれ空なり → 煩悩とは空想
空即是色 → 空はこれ色なり → 空想とは煩悩

639 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/18(日) 12:09:51 ID:08SR4Q8i
>>637
>御釈迦様の教えは、認識論であって、信仰ではありません。

認識論でもあるわけですね。
それだけじゃないけど。
>>638
例えば「路傍の石」って本のタイトルがあるけど、
路傍の石などはないわけです。
路傍は路傍であり、石は石である。
つまりそこに意味連関は必要はない、ものごとの本質?をいうたのが空です。

640 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/18(日) 12:21:49 ID:08SR4Q8i
>>632
>> 一般のサラリーマンで「土日に修行を積んで悟りを開きました」という人が居るのでしょうか?

「修行を積んで悟りを開く」という教えは、日本の禅宗にはないです。
つまり日本の禅宗は、南宗禅で頓修頓悟です。

「修行を積む」という考えは北宗禅があります。
現在、北禅は僅かに少林寺拳法とかで、その名前が継承されているくらいです。



641 :名無しさん@3周年:2005/09/18(日) 12:34:59 ID:ylk+GJQx
>>638 「色即是空空即是色」のあとに、「受・想・行・識も又是の如し」とあります。
「○即是空空即是○」の○に、色とおなじように受・想・行・識もあてはまります。
つまり、五薀がすべて空想であり、空想以外に五薀はないということでしょう。
この世の現実はすべて空想だよ、でも空想以外にこの世の現実なんてないんだよ。


642 :名無しさん@3周年:2005/09/18(日) 12:41:39 ID:ylk+GJQx
>>638 まぁ、凡人は、まず「有る」と思ったあとの「無いと思えば」で止まってしまうので、やせ我慢になるのでしょうね。
はじめから「有る」と思わないならば、わざわざ「無いと思えば」と意識する必要がないんですが。
「ケーキは無いケーキは無い」と念じてる人は、結局ケーキを忘れていません。一度ケーキを認識したあとに、ケーキのことをすっかり忘れるのは、難しいですね。

643 :220:2005/09/18(日) 16:00:16 ID:WV38ihV0
>>639
> 路傍の石などはないわけです。 路傍は路傍であり、石は石である。
> つまりそこに意味連関は必要はない、ものごとの本質?をいうたのが空です。
その説明だとピンと来ません・・・
路傍に石は落ちてないのか?
石は路傍に落ちていたものではないのか?
と思ってしまいます。
>>640
べつに仏教的な言葉の厳密な意味を聞いているワケではないです。
修行という言葉が不適切であれば別の言葉でいいです。
仏陀の教えには悟りを開くと言った類のものは無いのでしょうか?
>>641
> 「色即是空空即是色」のあとに、「受・想・行・識も又是の如し」とあります。 (ry
五薀ですか・・・
「想蘊=煩悩」だったかな?
色蘊は「形あるもの」「目に見えるもの」などと説明されてますね・・・
「形あるものは全て空想である」だとあまりにも非現実的ですが、
「目に映るものだけが事実であるとは限らない」であれば納得できますね。
>>642
> はじめから「有る」と思わないならば、
五薀すべてを無としたら、この世に何が残るのでしょう?

644 :東宮 ◆hXtoguu1Lo :2005/09/18(日) 17:34:48 ID:sPg53NYN
>>627すいませんが、私は確かに創価ですが学んでるのは釈迦の法華経であって日蓮の法華経ではありません。
お勤めも14の年から行ってませんし、自分を拝んでません。
御書が大嫌いなものですから、御書は学ばなくていいです。
日蓮大聖人が嫌いですから。

>>631
机龍之介◆8Z1PfzdK1.さん
回答ありがとうございます。
黙ってみていましたが、なかなか難しいですね。

645 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/18(日) 17:53:56 ID:08SR4Q8i
>>643
>路傍の石などはないわけです。
>路傍は路傍であり、石は石である。

路傍というのが自分であり、石というのが自分である。
それはつまり自分を決定つけてる(縁起という)に他ならない。

つまり、存在というのが自分から離れてあるのではなく、
それは関係性において存在が生じるのです。
関係性ですから、その縁なくば滅します。
この理を空といいます。



646 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/18(日) 19:16:50 ID:08SR4Q8i
>>643
>仏陀の教えには悟りを開くと言った類のものは無いのでしょうか?

釈尊は、菩提樹の下で瞑想して悟ったわけですから、
仏教の本義は、悟りにあるかとおもいます。
悟りというのは特別なことではなくて、真面目(本来)の自分になる。
という意味です。

これを「解脱」といいます。

解脱しますと、人が考える事がら殆どが「迷い」であることに気づきます。
つまり「迷い」とは、自らが作りだす心の所作に他なりません。



647 :220:2005/09/18(日) 21:49:49 ID:WV38ihV0
五薀(さんずい)?五蘊(いと)?
ヒット件数で見ると一般的に多く使用されているのは五薀ですが、
Wikipediaや広辞苑には五蘊で書かれています。
どちらが正しいのでしょう?

>>645
スイマセン、宗教哲学的でピンと来ません・・・
>>646
瞑想で解脱することは一般人でも可能ということですか?
一度、解脱者になると元のようには戻らないのでしょうか?

何が迷いで何が迷いで無いかは解脱者でないと判りませんね。
解脱者がそれらの事例を紹介したサイトは無いのでしょうか?
もしあれば解脱してない多くの人々の参考になると思います。

648 :けちゃっぷ:2005/09/18(日) 22:26:17 ID:ylk+GJQx
>>643 空とは、有でもなく無でもなく、しかも有であり無であることだそうです。
ですから、五薀が無だったら何が残るかというのは、問い自体が正しいのかどうか、よくわからないのですが…。
まぁあえて言うなら、残るのは、ニルヴァーナ(涅槃)です。



649 :暇人:2005/09/19(月) 10:12:01 ID:I7fD67j+
五蘊が正しいです。私の変換には「五蘊」しかないです。


先に「五蘊無我」とあり、
その説明の最初が「色即是空」ですので
五蘊は無我である。つま色蘊は空であり・・・と言い換えて説明
しているわけですね


650 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/19(月) 17:11:38 ID:oSWZs15A
>>647
>瞑想で解脱することは一般人でも可能ということですか?

一般人でも可能ですね。
薪売りが、金剛般若経を聴いただけで悟ることもあるし、
また、僧堂で一生修行しても駄目な人間もいます。
これが頓修頓悟の特徴です。

>一度、解脱者になると元のようには戻らないのでしょうか?

解脱しますと、頭の配線が切れてしまいますから、元に戻すには配線を繋げればよい。
この、繋げるのは非常に難しい。

>解脱者がそれらの事例を紹介したサイトは無いのでしょうか?

サイトはあまり知りません。
禅の論書は他宗に比較して甚大な量です。
つまり、坊主は必死に論書を書きますが、いかんせん現観というのは言語化できません。
(禅ではこれを不立文字という)
よって>>537のように、得心とか感得する以外に手だてはないのです。
参考仏典としては般若心経とか、龍樹の中論はいいかとおもいます。

651 :名無しさん@3周年:2005/09/19(月) 17:23:35 ID:h5z1qkwG
先祖供養をする場合、宗派の違う人たちを一緒にしてお経を上げてもいいのでしょうか?

652 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/19(月) 17:43:15 ID:oSWZs15A
>>651
まったく問題はありません。

この間、法事の際に般若心経を唱えてる坊主と話してきました。
宗派は高野山真言宗らしい。
心経のあとは理趣経を唱えていたらしい。

坊主は「あなたは何宗ですか?」って聞いてきたから、
「私は中国禅です」って言うた。
そしたら坊主は私のことを非常に関心をもったようで、いろいろと話し込みました。


653 :220:2005/09/21(水) 02:49:30 ID:sM/zp6Ys
>>648
> 空とは、有でもなく無でもなく、しかも有であり無であることだそうです。
考え方しだいで、有にも無にもなるって感じですかね・・・
> まぁあえて言うなら、残るのは、ニルヴァーナ(涅槃)です。
涅槃を広辞苑で引くと「煩悩を断じて絶対自由となった状態。仏教における理想の境地。」と書かれてますが、
具体的には良く判りませんね・・・
>>649
やはり辞書と言ったところですねw
>>650
> サイトはあまり知りません。
知っているサイトでいいので教えてください。
解脱が世の人々に役立つものであるのなら、
日常生活における実例を紹介しないのは非常に勿体無いことです。

654 :220:2005/09/21(水) 02:51:10 ID:sM/zp6Ys
仏教(仏陀の教え)に共感が持てる点は、
神に頼らず、神から真理を押し付けられるのではなく、
「自らの力で真理を見つけ出せ」とするところです。
しかし、それが仏教が敬遠される原因でもあると思うのですが・・・
あと、仏教的な用語が多すぎて一般人にはとても理解し辛いです。
仏陀が弟子達に教えを説いていた時には、
それらの用語も存在しないので、日常的な会話で説明していたはずです。

655 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 07:49:06 ID:vqkHNzQR
>>654
>「自らの力で真理を見つけ出せ」とするところです。

仏教では「真理」いう言葉が頻繁に出てきます。
では真理とは何でしょう?
例えば、「薔薇は紅い」というのは真理とは言わないですね。
じゃあ真実と言えばいいのか?
真実ってのもどうかな?
実際は「薔薇が紅い」と、人が識別しているに過ぎない。
たまたま「紅い」という言語を当てはめたに過ぎない。

このように、人が認識したり思惟したりすることを究極的に洞察していったものが
仏教の本義です。
四諦も意味とすれば、限りなく自己への洞察です。

     (つづく)

656 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 08:04:21 ID:vqkHNzQR
>> 空とは、有でもなく無でもなく、しかも有であり無であることだそうです。
>考え方しだいで、有にも無にもなるって感じですかね・・・

そういう意味とは違います。

つまり空とは、言語認識と離れた「ありのまま」というふうに理解したらいいかとおもいます。
真理でもなく、真実でもなく、識別でもなく・・・
なんでも「・・・でなく」となりますと、これを「無」というような言い方をします。
この「無」というのは二項における無とは意味が違います。
肯定的な意味があります。
しかしながら意味となりますと、またそこに矛盾もできてきます。

言語で空を説明する難しさは、この二項対立にあります。
この二項に依らない「ありのまま」を空といいます。



657 :220:2005/09/21(水) 10:10:41 ID:sM/zp6Ys
>>655
> 例えば、「薔薇は紅い」というのは真理とは言わないですね。
真理で良いと思います、「薔薇は黄色い」も真理。
>>656
> つまり空とは、言語認識と離れた「ありのまま」というふうに理解したらいいかとおもいます。
煩悩はありのままで良いってことでしょうか?
実例として示せないものは何だか信用できません。

658 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 11:07:16 ID:vqkHNzQR
>>657
>真理で良いと思います、「薔薇は黄色い」も真理。

色盲の方は、「薔薇は紅い」とおもわないかもしれませんね。

>実例として示せないものは何だか信用できません。

疑なくば信はありません。


659 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 11:43:10 ID:srCKqrmG
バラは黄色いの白いのもあるよ。

660 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 11:56:41 ID:vqkHNzQR
>>659
そのとおりです。

今日は、いいお天気ですね。

661 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 12:49:04 ID:RXeyaivs
ロサンゼルスは雨です

662 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/21(水) 14:23:58 ID:Q4Sq9qGt
>>660
せんせい久しぶりです
>>661
ロスから書き込みできるの?

663 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 15:37:52 ID:U0D7Sfxx
2ちゃんねるはアメリカに置かれている。
アメリカのサーバーにアクセスして見ている。
西村さんはアメリカ留学中に2ちゃんねるを作った。

664 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 16:37:38 ID:uN86B1+2
ゆんさんか。ずいぶん久しぶりにそのコテみたな・・・
まだ顕正会続けてるの?

665 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 17:18:23 ID:UhuZaFNw
なんで釈迦は自分で聖典(文書)を書き残さなかったのか。
また、何で当時の弟子や信者たちは釈迦の言葉をメモしなかったのか。
おかげで大乗仏教徒や罵廃教徒は釈迦を意図的に歪め、
原始仏典にも釈迦のそのままの言葉は残っていないという。

当時のインドにも文字はあったというのに・・・

666 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 17:43:51 ID:vqkHNzQR
>>662
ひさしぶりですね。

この間、法事のとき真言坊主と話してきて、
「心経の次のお経は何という経典ですか?」
と、問うたところ、それは理趣経だという答え。
私は一瞬、返す言葉がみつかず
「おお、なんと深い教典を・・・」とか言って呆気にとられてしまった。

法事の席でね、理趣経とは・・・
やはりそこは真言宗ですね。

そういう訳で、すこし理趣経について今調べてところです。
死んで逝っちゃった人へ理趣経は・・・
その意味するところは・・・
なんて考えてみましたけど、まあ、ようするにそんなに深い意味はないんでしょう?
なんでもお経をあげれば、遺族は意味などどうでもいいんだろうから。


667 :乃杏 ◆noaw746W1Q :2005/09/21(水) 17:51:43 ID:u1dPLbXY
机龍之介◆8Z1PfzdK1.さんへ質問です。
ご回答いただければ嬉しゅうございます。

机龍之介◆8Z1PfzdK1.さんはどうして先生と呼ばれてるのですか?

返事お待ちしております。
よろしくですm(_ _)m

668 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 18:11:39 ID:mYv9rOzo
中国人の友人で正法っていうのに入ってるみたいなんですけど、詳しい方いますか?
へんてこなこと言ってます。
先祖は、猿じゃない、50メートルの巨人だって。経典に書いてあるとかいってます。
将来、人類は背が縮み、寿命も40年ほどになるっていってます。これも経典にかいてあるそうです。
ちなみに毎月5千円ほどお布施をだしてるそうです。
誰か詳しい事教えて下さい。


669 :暇人:2005/09/21(水) 18:45:21 ID:MkO/ZSG3
>>668
>寿命も40年ほど

「正法」という団体についてはしりませんが
法滅尽経という大乗経典に
「四十頭白 男子婬劮精盡夭命。或壽六十」
四十歳にして頭が白くなり、男性は淫乱の為、精が尽き夭折する。
長生きしても60歳」とはありますね

670 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/21(水) 18:54:47 ID:vqkHNzQR
>>667
私は妖刀の試し切りでも、容赦なく女人でもなんでバッサバッサと切りますから、
そのころは、ニヒリストというふうに言われてました。
以後、十津川の戦いにおいて私の眼をやられてしまいしまして、
つまり盲目となってから、
剣先を喉元に食い込ませる流儀を見出し、
「まるで眼が見えるようだ」て、衆人たちは驚いてました。
そのころから「先生」って言われるようになったのです。

私のパクリで、眠狭四郎という剣客がいますが、
あの男は美男子だけで、剣の方はまだまだです。

私は顔はそんなによくないです^_^;

671 :668:2005/09/21(水) 19:05:36 ID:mYv9rOzo
>>669
ありがとうございます。
また何かあったら教えて下さい。

672 :乃杏 ◆noaw746W1Q :2005/09/21(水) 19:52:05 ID:u1dPLbXY
>>670

そうなんですか。
でも目は勿論見えてるわけですよね?

ところで、机龍之介さんはあほだらにさんと仲が悪うみたいに私には感じましたが?
仲悪いんでしょうか?


673 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/21(水) 20:29:38 ID:Q4Sq9qGt
>>666んと、、、なるほど!
あほだらさんもお世話になたよw
またわかんないことあったらおしえてください^^

あと顕正会は3年も前にやめたよん
法華講員よ☆☆


674 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/09/21(水) 20:31:04 ID:Q4Sq9qGt
>>670
男はハートだしょ?

675 :220:2005/09/21(水) 20:49:31 ID:sM/zp6Ys
>>658
> 色盲の方は、「薔薇は紅い」とおもわないかもしれませんね。
それでは「薔薇に色は無い」が真理と言えるでしょうか?

676 :乃杏 ◆noaw746W1Q :2005/09/21(水) 20:58:12 ID:u1dPLbXY
>>675
盲目の人も色は肌で分かるそうです。
でも赤にはたくさんの種類がありますね?
なのでバーチャルなんです。
自分の捉え方、感じ方なので自分と他人を間に挟むからこそ「空」です。

677 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 21:15:47 ID:TSVj47ue
>>675
紅い、白い、黄色い等、色(いろ)は、
薔薇(花)を成立せしめる重要な要素・性質、薔薇(花)を薔薇(花)たらしめる法(ダルマ)の一つではあろう。
しかしながらそれは、
それがなければ薔薇(花)がありえない、或いはそれさえあれば薔薇(花)が存在しうるというような
根源的なものでもない。 (これを無自性と言うのだろうが)
複数ある成立の為の要素・性質の一つを記述したに過ぎない文ではなかろうか。
「薔薇に色は無い」は、そのように見る(受け止める)という姿勢に過ぎないのではないか。
だから、この場で言う(仏教的意味の)真理ではないであろう。
少なくとも、(原始)仏教では、このレベルの記述に対して真理とは言わない。
仏教における真理は、縁起、四諦、涅槃、につきるのでは?
強いて言うならば、>>657の前半の通りと見ることも可能でしょう。
かなり禅的ですけどねw

678 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 21:38:14 ID:7UTb6rzA
ガラスのコップが今 ここに存在している。(色)
こなごなになるまでハンマーで叩き壊す。 (空)

コップの存在は無くなったが コップの形を構成していた物質が
この世から消えてしまったわけではない。 (色即是空)

ほんの一万年前には そのコップは 存在していないが
将来、コップを構成するための物質は そのときすでにこの世に
存在していた。             (空即是色)

 そして いつの日か こなごなに砕けたガラスは それぞれ
別の何かの 物体を構成する一部分として 生まれ変わるのだ。
                     (輪廻転生)

679 :乃杏 ◆noaw746W1Q :2005/09/21(水) 21:40:20 ID:u1dPLbXY
そうですね、文章をよく読んでませんでした。
失敗しました。
すいませんm(_ _)m

680 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 21:44:39 ID:TSVj47ue
>>678
どこの新興宗教?

681 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 22:03:00 ID:zptV1W14
こんばんは。質問なんですが
「出世本懐の経典」には、仏の身となる(浄土へ行ける)仏法が書いてあると聞いたのですが、本当でしょうか。

682 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 22:09:19 ID:7UTb6rzA

釈迦は 今で言う無神論者ですよね?

 宗教否定論者でしょ? もし、彼が現在にタイムスリップしたら
自分が教祖に祭り上げられていることに 驚愕するでしょうね。

683 :独り言 ◆ZZW30U26jo :2005/09/21(水) 22:52:29 ID:lChOcFeo
「無神論者」「宗教」の定義付けがちと難しいですが・・・

・神々がいようがいまいが、私達にゃ関わりのない事だ。
・祭祀や供養はやりたきゃ勝手にやればいい。但しうちんとこじゃ扱わないよ。

大体こんな感じだったのではないかと想像されますね。


>自分が教祖に祭り上げられていることに 驚愕するでしょうね。
そうかもしれませんし、或いはそうなる可能性も生前に予測できていたかも
しれません。本人じゃないと判り得ない事ですが。
まぁ仮に予測できていたとしても、「死んだ後の事まで責任持てるか。
手の届かない世界のことなんぞ知った話じゃない」ぐらいは言いそうな気もします。


684 :名無しさん@3周年:2005/09/21(水) 23:17:44 ID:TSVj47ue
貴方のレスは多くないので解りませんでしたが(私も2ch歴浅いですしねw)、
あなたとなら、近いスタンスで話ができそうですね(^^;)

まだ暫くは、ROMと混ぜっ返ししかできませんがw
>>683は、私も似たようなことを、昔も今も考えております。
葬式仏教という現実の行動と乖離しないよう苦労しますがw
(言葉はもっと丁寧に且つ突き放す形をとらないような自分のスタンスにできれば良いのですけどね orz)


|_・) ノシ


|彡サッ

685 :220:2005/09/21(水) 23:23:06 ID:sM/zp6Ys
>>677
「色だけが薔薇の構成要素ですか?」と聞かれればNOと答えますが、
「色は薔薇の構成要素ですか?」と聞かれればYESと答えます。
人の世の真理を説くものが宗教の真理でしょうから、
薔薇の色が人の生き死にに影響するものでは無いとしても人の世に含まれるものでしょう。
>>678
形あるものは何時かは壊れる的な感じですか?
>>682
「神=宗教」なの?

686 :けちゃっぷ:2005/09/22(木) 06:53:30 ID:z16ulr90
>>682 「宗教(むねとするおしえ)」とは、もともと仏教のことを差す言葉だったんですが。

687 :ゆんゆん:2005/09/22(木) 11:18:46 ID:nVpG30Vl
>「宗教(むねとするおしえ)」

え〜と、、、じゃぁ仏教以外の教えはなんていえばいいの?

688 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/22(木) 12:22:01 ID:vhqAYFAH
>>672
>そうなんですか。
>でも目は勿論見えてるわけですよね?

美人と、ソレナリの人の分別が、かろじてできるくらいです^_^;


>ところで、机龍之介さんはあほだらにさんと仲が悪うみたいに私には感じましたが?
>仲悪いんでしょうか?

仲は悪くありません。

愛の対極にあるのは、憎しみなのか?
そうではなくて、対極にあるのは無関心です。
現代社会の病巣の根源は、私はこの”無関心”ということに尽きるかとおもいます。

ひとりの人間として、私は関心があるからこそアホダラ氏に絡んだのです。
けっして仲が悪いわけではないのです。
じゃあ、アホ氏を尊敬してるのか?
って問うのであれば、それは尊敬まではしてません。
人間として、
ただ、関わってるに過ぎない。
これを一期一会というんです。



689 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/22(木) 12:31:53 ID:vhqAYFAH
>>675
>それでは「薔薇に色は無い」が真理と言えるでしょうか?

主観的に真理とおもうても、はたして普遍なる真理があるのか?
って、根源的に尽きとめるのが仏教です。

ようするに、真理というのは世俗的な言い方です。
初めに真理ありき。
ではなくて「真理とは何ぞや?」が、仏教の本義です。

690 :yun ◆1o8EKXq9IU :2005/09/22(木) 19:14:50 ID:nVpG30Vl
それはなんですか?真理

691 :名無しさん@3周年:2005/09/22(木) 19:30:41 ID:z16ulr90
>>687 他に適当な日本語がなかったから、「宗教」という仏教用語が使われちゃったんですね。
「神」とかも、日本のカミ様や中国・インドから仏教を通して伝わった神や天と、キリスト教の創造主は、別のものですよね。
でも、聖書を訳するとき、なにか意図があったのかもしれませんが、「神」という日本語を使われてしまいました。

692 :名無しさん@3周年:2005/09/22(木) 20:14:08 ID:I1D+SZQO
>>579-580
ドイツ連邦共和国
外務省
フランクフルト学派 マルクス主義  御存じですか
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1102498325/755

693 :名無しさん@3周年:2005/09/22(木) 20:45:06 ID:rjsHN3nP

ブッダは、現在のことばで言えば 哲学者?

 アナキスト?   ニヒリスト?



694 :220:2005/09/23(金) 00:32:54 ID:gxIrSCyH
>>689
解脱しない限り真理は見つけられないとのことでしょうか・・・

695 :220:2005/09/23(金) 00:38:54 ID:gxIrSCyH
五蘊
色=物質および肉体
受=感受作用
想=表象作用
行=意志・記憶など
識=認識作用・意識

色即是空=色とは現象界の物質的存在。そこには固定的実体がなく空であるということ。
空即是色=固定的実体がなく、空であることによってはじめて現象界の万物が成り立つということ。
空=もろもろの事物は縁起によって成り立っており、固定的実体がないということ。
縁起=一切の事物は固定的な実体をもたず、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているということ。
因縁=直接的原因(因)と間接的条件(縁)。または、それから結果(果)が生じること。縁起。

↑のように広辞苑で意味を掘り下げて行っても似通った説明ばかりで、あまり要点が掴めません。
空に縁起の説明を含めると
「もろもろの事物は、さまざまな原因や条件が寄り集まって成り立っており、固定的な実体がないということ。」
となります。
そして「実体がない」ではなく「固定的な実体がない」と言っています。
「原因や条件とは何か?」というところまでは触れられていませんが、
原因や条件が変わると「固定的にならない」言い換えると「変化する」です。
自分なりに思案して解釈するところ、空とは
「人の見方や時間の流れなどにより実体は常に変化するということ」
ではないかと思います。
簡単な言葉に変えると
「移ろい行く存在である」(空しい?)
でしょうか?
色即是空は「物質とは移ろい行く存在である」
空即是色は「移ろい行く存在として物質がある」
と解釈しました。
誤認があれば御教授ください。

696 :名無しさん@3周年:2005/09/23(金) 00:42:13 ID:u5VuVo+Q
>>693
カウンセラーじゃない?

697 :220:2005/09/23(金) 01:10:49 ID:gxIrSCyH
>>693
心理学者+哲学者かな?

698 :フレッド:2005/09/23(金) 07:28:11 ID:Ivv37JUL
やはり、「仏教」となるとブッダはゴータマ一人
に限られてしまうみたいですね。

もっと様々なブッダがいるのではないかとおもう。

699 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 08:24:29 ID:0oWmvkRp
>>695
>そして「実体がない」ではなく「固定的な実体がない」と言っています。

「固定的な実体がない」というは、自性としてはない。という意味ですね。
つまり簡単に言えば、個々として実体はないが、
縁起によりて実体として生起するが、生起はまた生滅のことであり、
実体有ということでもないし、実体無ということにもならない。
いわゆる中道。ということになります。
中道、これを空といいます。

>色即是空は「物質とは移ろい行く存在である」
>空即是色は「移ろい行く存在として物質がある」

そういうことではないです。
広辞苑は「色」のことを”現象界の物質的存在”というふうに書いてありますが、
”物質的存在”って限定してしまうとこかそもそも間違いです。
色は、もっと広義に解釈すべきです。
物質的存在も精神的存在も全てが色です。→色心不二
色とならしめる理(ことわり)を空といふ。簡単に言えば。



700 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 08:28:47 ID:0oWmvkRp
>>690>>694
解脱しますと、
真理とか、真理じゃないとかの迷いがなくなります。
よって真理という概念は無効になります。

簡単にいうたら、解脱しますと既成概念が崩壊します。

しかしながら、「真理」というのは世俗の会話には有効です。
空においては無効です。


701 :名無しさん@3周年:2005/09/23(金) 09:05:29 ID:zVRs6SYk
>>695
横レスですが、それで十分正しいと思いますよ。

702 :素人:2005/09/23(金) 09:55:08 ID:fRvQx3Q3
私も>>695でよいと思います。

703 :名無しさん@3周年:2005/09/23(金) 10:30:38 ID:ikhPCclS
>>699 色の中に受想行識が含まれるとしたら、心経で
「色即是空空即是色」
の次に、わざわざ
「受想行識もまたかくの如し」
と、重複する説明がなされてあるのは、なぜですか?


704 :暇人:2005/09/23(金) 10:46:16 ID:AdkxAX3s
五蘊無我とまずあります。
五蘊(つまり色受想行識)は無我ですよと。
次に無我とはどういことかの説明が
「色即是空空即是色」と最初の色蘊で展開されます。
ついで「受想行識もまたかくの如し」 という流れになります


705 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 11:32:48 ID:0oWmvkRp
>>703
心経は、丁寧に念をおして記してあるのです。

つまり「受想行識」は心作用です。
心作用という現象(色)も空ですよ。と念をおしてる訳です。
ここは心経を解釈する場合、非常に大事なところです。

つまり、色とは物質現象というよりも、心も含む”あらゆる現象”というふうに解されたらいいかとおもう。


706 :名無しさん@3周年:2005/09/23(金) 12:25:06 ID:csmHOOtU
http://www5.ocn.ne.jp/~ono13/page3.html
>「般若心経」は全面的に空に特化して教えを説いているが、釈尊の菩提樹下の瞑想の中の成道は、
>快楽主義と苦行主義の両極端を否定した中道によってなされたという。
>故に極端なこの空への傾斜は中道を大切にする根本仏教の立場とは相容れない。


707 :220:2005/09/23(金) 14:00:03 ID:gxIrSCyH
>>701-702
人の解釈というものは分かれるものですね・・・
>>699
「自性=実感がある実体」という意味ですか?
実感がなくても実体がないことにはなりません。
「空=中道」とするのであれば、実体の有無はどのように判断できるのでしょう?
>>700
> 真理とか、真理じゃないとかの迷いがなくなります。
> よって真理という概念は無効になります。
> 簡単にいうたら、解脱しますと既成概念が崩壊します。
それで一般的な日常生活が送れるのでしょうか?
解脱者は暇な時には何を考えているのでしょうか?
解脱者は考えても悩むことは無いのでしょうか?

708 :素人:2005/09/23(金) 14:30:33 ID:fRvQx3Q3
向こうは名無しだったが
こちらにも一言。

ヴェーサーリーは美しい。

709 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 14:30:38 ID:0oWmvkRp
>>707
>「自性=実感がある実体」という意味ですか?

自性とは、なにも依存しないで”単独において”成立するもの。
というふうに考えたらいいかとおもいます。
例えば、
>「空=中道」とするのであれば、実体の有無はどのように判断できるのでしょう?
このようなお題の場合、
自分というのは他人という関係性(縁)において、自分があり他人が分別できます。
つまり、自分とは他人という関係性にいてのみ成立します。
自分という単独において、自分はありませんし、
また他人も、他人という単独いおいて他人はありません。
自分と他人は、いうならば関係性(縁)において成立しますから、
このことを、無自性だが関係性にいて自他がある。
ということになる。

            (つづく)



710 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 14:42:51 ID:0oWmvkRp
つまり、自他は相互依存において自他があり、また自他を分別することができる。
相互依存において成立することを、縁において生起する。
というような言い方をします。
この生起というのは「実体の有無」という考えかたと違います。
ここが非常に仏教の難解なとこです。
縁ありて生起するが、そのまま生滅するのです。簡単にいえば。
(詳しくは後で述べるが・・・)

簡単に言いますと、空とは中道であり「実体の有無」というような二項(有無)
には、そもそもそぐわないのです。
仏教は、一如の法門ですから。


711 :220:2005/09/23(金) 15:31:13 ID:gxIrSCyH
>>709
自性の意味は↓から引用しました。
http://www.nurs.or.jp/~academy/rpg/b1.htm
> 自性とは、なにも依存しないで”単独において”成立するもの。
縁起に関係しないのでしょうか?
無性とは何でしょう?
> つまり、自分とは他人という関係性にいてのみ成立します。
他人が居なくなってしまったら自分は自分で無くなるのでしょうか?

712 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 19:13:17 ID:0oWmvkRp
>>711
>縁起に関係しないのでしょうか?

縁起といのは、つまり”縁に依りて生起する”って意味ですから、
自性ならば、縁に依らなくても、そのままで生滅はしないですね。
生滅しなくて、そのまま実体としてあるのが自性ということです。

>無性とは何でしょう?

一般的には”自性ではない”ということで「無自性」というような言い方をします。
無性というのは初めて聞きました。

>他人が居なくなってしまったら自分は自分で無くなるのでしょうか?

他人がいなければ、自分という自覚はないですね。
自分というのは、他人という相対によって自分としての自覚になる。
また、相対によって成立つわけですから、自他は不二です。
自とか、他という一辺だけでは言語の意味もなくなります。
自分は他人という相対があってこそ、その意味も解釈できる。
つまり自他不二という一如の法門こそが仏教の本義です。



713 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/23(金) 19:20:37 ID:0oWmvkRp
>>706
>>故に極端なこの空への傾斜は中道を大切にする根本仏教の立場とは相容れない。

”空への傾斜”というのは、意味がわからないですね。
空というのは、二項に傾斜しない中道のことです。

714 :1/4:2005/09/23(金) 23:32:33 ID:fRvQx3Q3
【用語解説試案】

五蘊=人間。(実存的に捉えれば、私という存在。) → 広義の色で考えれば、一切の存在。
色=物質および肉体 → 「五蘊に於いてのみの狭義の色であれば、(この私の)肉体のみを指す」という見方もあり。
   ちなみに、色(rupa)の語源は「壊れるもの、変化するもの」。
受=感受作用。
想=表象作用。(印象、イメージとも。)
行=意思及び受想識以外の心作用。→(十二支)縁起や、諸行無常で言われる行とは違う。(原語は同じだけどねw)
   〔作意(注意)・(和合としての)触・思(意思)・定(精神統一)・念(忘れないこと)・慧(知的作用)・etc.〕
識=認識作用・意識。或いは(六識の総体という見方をすれば)認識主体との解釈もありうる。

715 :2/4:2005/09/23(金) 23:33:04 ID:fRvQx3Q3

(六)根=眼・耳・鼻・舌・身・意。各種感覚器官、及びその能力。後者に重点が置かれることが多いかも。
      意根は、脳及び脳のはたらきと受け止めることも可能かもしれない。
      (意識との差異や関連については略w。手に余る(^^;) )
(六)境=色・声・香・味・触・法。上記の各根が捉えうる、それぞれの対象。(ややこしくなるので現代的分類分析は略w)
      必要な補足だけすると、ここでの「色」は物質或いは色(いろ)・形・明るさ。視覚的に知覚できる対象。
      触は、身体(皮膚)で知覚する対象のこと。或いは前四つ以外の外的対象。
      法は、思想・概念とか、およそ人の意識が認知するような(抽象的存在としての)対象をいう。
      (ダルマ(理法)という語が用いられていることから、もともとは
       「理法等真理・本質を認知・認識するのは意識である」という考えから導かれた用法であろう。
       ちなみに、認識対象の法を、勝義において「おしえ・縁起・四諦」とする場合あり。)
(六)識=眼・耳・鼻・舌・身・意。根と境の和合により成立した(生じた)それぞれの認識。
      ひっくるめて(五蘊の)識というも可。根境それぞれに合わせて分別すれば六種になる。(雑だなw)
      少し具体性を持たせれば「これこれはこのようである」とはっきり知覚認識し分別されたもの。
      (ちなみに、これら六識も法境として意識の対象となりうる。但、意識を認識する意識を、哲学的に無限遡及はさせない。
       →縁起としての時間的流れからすれば一度で十分であろうし、刹那的な存在と捉えれば解決する?
       以下略wってかお手上げ(^^;) )

716 :3/4:2005/09/23(金) 23:33:39 ID:fRvQx3Q3

五蘊十二処十八界=五蘊は上記。十二処は、根と境。十八界は、根・境・識。
             仏教に於いての一切の存在を一言で述べたもの。(→厳密に吟味すると少々不整合な部分も?)

縁起=一切の存在は固定的な実体をもたず、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているということ。
     故に、全ては無常であると言われる。
     (ちなみに無常を解する場合に、ネガティヴに虚しいというのでなく
      「単に移ろいゆくということ。そしてそれは、向上の可能性をも含む」と見るべきであろう。)
因縁=直接的原因(因)と間接的条件(縁)。または、それから結果(果)が生じること。縁起。
空=本来は「空性」というべき。もろもろの存在は縁起によって成り立っており、固定的実体がないということ。

ここでいう「実体」は、
不変で、他の影響を受けず、種々の存在にとっての根源であり(種々の存在はこれによって存在しうる)、
種々の存在に対しては影響を与え、物質的なものでなく(→通常感覚知覚できるものでなく)、
あるものを、あるものたらしめる唯一の要素(他の要素は重要でない!)と見做されるもの。
また、それのみで存在しうる(縁起するものでない)。術語では、「自性」と言われる。
この意味の実体を否定することは、個物や対象そのものの存在を否定するものではない。


【補】
色即是空=色は、空なる性質を持っている。(縁起するものである) → 空そのものではない。
空即是色=空なる性質を持つものは、すなわち色である。
        当然、受想行識についても同様に見る。
        「色」の部分だけを取り出して、さらに「空」を「無・無い」とするからトンデモ解釈が生まれてくるw。

717 :4/4:2005/09/23(金) 23:35:22 ID:fRvQx3Q3

>>695さんのレスがあまりに綺麗だったので、拝借しました。
記述の殆どは、水野弘元「仏教用語の基礎知識」に依っています。
ただ、某スレのように「読んどけ!」とかリンクが貼られるだけでは不十分かとも思いますし、
各種板各種スレでの仏教関連のレスを見る度に、テンプレというか
会話のベースとしてこんなようなものがあった方がよいかと思い、僭越ながら試作してみました。
くどい言い回しや、まだまだ固い術語の使用もあり、結局難解な言葉の羅列wという粗雑な仕上がりになりました。
慙愧の念に耐えつつ諸賢の添削・改定を願いあげます。

718 :名無しさん@3周年:2005/09/24(土) 15:34:16 ID:FO2KTbbz
>>692
ドイツ連邦共和国
外務省
ドイツの実情
哲学
60年代初頭から、ドイツでは「フランクフルト学派」の影響が強くなってゆく。
ドイツでこの学派を代表する哲学者テオドール・W・アドルノとマックス・ホルクハイマーは、ユダヤ系でマルクス主義の流れを汲んでいたためナチス時代にドイツを離れている。
ヴァルター・ベンヤミン、ヘルベルト・マルクーゼ、エルンスト・ブロッホらも同じ運命をたどった。
彼らの思想は60年代末の学生運動に大きな影響を及ぼした。
この「批判理論」は、ドイツ実存主義に端を発する保守的・非政治的流れに対しても、また現実を所与のものとして認める実証主義の傾向に対しても、同様に鉾先を向けた。
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1097379425/274

719 :名無しさん@3周年:2005/09/24(土) 22:41:36 ID:SuEjnLdg
>>717
乙カレ。

720 :名無しさん@3周年:2005/09/24(土) 22:46:18 ID:ssJ2/pRl
>>719
 どうもw (^^;)ゞ

721 :アンギラス ◆pRCHc/55Ac :2005/09/25(日) 09:30:12 ID:7870kgLg
一闡提(成仏できない者)は無性であるといいます。


722 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/25(日) 14:56:20 ID:IwT1dz5n
>>721
成仏できない人はいないですね。
嶺南の猿も成仏しました。

本来仏なら、成仏せんでも・・・そのままで仏なり。

723 :名無しさん@3周年:2005/09/25(日) 15:18:55 ID:IEh757Ha
一闡提はカーストのなまえ

724 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/25(日) 18:26:53 ID:IwT1dz5n
成仏できない者と、成仏できる者というふうに、
覚者は極に辺しないのであります。

725 :名無しさん@3周年:2005/09/26(月) 18:13:33 ID:xC+LJ1yZ
>>724 いちど覚った者は、今までの分別・識が智慧になると聞きました。
分別を一度は無くさないと悟れないかもしれないが、悟ったあとに分別がないままだと、教えを説くことができないのでは?

726 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/26(月) 18:27:42 ID:SYFElXDx
>>725
>悟ったあとに分別がないままだと、教えを説くことができないのでは?

無分別(勝義)から〜分別(世俗)していきます。
これを【無分別の分別】という言い方をします。
無分別(空)
分別(色)で、
これ即ち、空即是色です。
つまり、色即是空→空即是色となり、いわゆる般若は世俗に生きる為の智慧、
というのが解せるかとおもう。

彼岸まで逝き、そして帰ってきて般若は完成するわけです。

世俗では、世俗に通用する会話をしますが、
頭の中身は勝義です。

727 :名無しさん@3周年:2005/09/27(火) 00:19:02 ID:rWTBeorE
人生50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。

728 :名無しさん@3周年:2005/09/27(火) 00:25:37 ID:om35EXSl
特盛りですなw

729 :名無しさん@3周年:2005/09/27(火) 00:41:48 ID:rWTBeorE
幸若舞「敦盛」ですよ。





と、マジレス。

730 :名無しさん@3周年:2005/09/28(水) 01:18:35 ID:h/0VCTQc
age

731 :飛神:2005/09/28(水) 05:53:20 ID:HZ30vNMa
実際仏教は頭だけで理解できるものではないとおもうのですが実生活において仏教はどのような実践を心がければいいのか机さんなら 信解 という仏様の言葉の意味をどう解釈されてますか?また煩悩即菩提ってしってますか?

732 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/09/28(水) 09:24:41 ID:3v84BKvf
>>731
>また煩悩即菩提ってしってますか?

煩悩という一辺では意味は持たないですね。
菩提という、もうひとつの一辺があってこそ
煩悩(迷い)が意味をもち、かつ菩提(悟り)というのが意味をもってくる。

つまり、煩悩と菩提は相対することにおいて双方が意味をもつ。
煩悩がありて菩提があり、
煩悩がなきて菩提もあらず。
煩悩と菩提はひとつです。これすなわち煩悩即菩提なり。→一如

世界は相対してあらず。
相対は是すなわち迷いの因なる。
これをありありと現観するを、いうに信解なるや。
かように拝します。

733 :アンギラス ◆pRCHc/55Ac :2005/09/30(金) 23:18:31 ID:ak94mm6V
信解 って、本当に、仏様の言葉でしょうか?

わたしは違うのではないかと感じます。

734 :全ての宗教に走るクズで大バカどもに告ぐ:2005/09/30(金) 23:20:13 ID:wrlkqtdL
皆さんに聞きたい事が有る
全ての宗教で、本当に悩んでいる人とか困っている人が救われるんでしょうか?
僕が思うに全ての宗教と新興宗教も含む宗教で人が救われるようには、到底思えないんですが。
宗教に走る人はばかげていると僕は思います。
本当に宗教で救われていると言うのなら
救われている証拠と救われていると言う証明を見せて欲しい物です。
ほんと宗教に走る人って大バカのクズどもですね。
カルト教で人は救われません全ての宗教は仏教神道カトリック
アーレフ幸福の科学
創価学会校正会霊友会手かざし系統宗教を含めて
全部の宗教もカルト教だ
皆さんそう思いませんか?

735 :名無しさん@3周年:2005/10/01(土) 00:36:12 ID:gk2FwAiz
観自在菩薩
行深般若波羅密多時
照見五蘊皆空
度一切苦厄


736 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/01(土) 07:14:33 ID:rejZChvV
>>734
>全ての宗教で、本当に悩んでいる人とか困っている人が救われるんでしょうか?
>僕が思うに全ての宗教と新興宗教も含む宗教で人が救われるようには、到底思えないんですが。

貴殿は勘違いしておるようです。
仏教とは、こういった勘違いに気づくわけです。

”救う”とか”救われる”とかの二項にはそぐわない。
仏教の本義とはこれなり。


737 :名無しさん@3周年:2005/10/01(土) 07:37:04 ID:gsjfGi5/
>>734は煽りだろw スルースルー
名前欄からしてベタな煽りじゃないか(^^;)

あ、けど、質問スレだからあまり極端な書き込みは諫めておいた方がいいのかな?

738 :フレッド:2005/10/01(土) 07:41:59 ID:UzqtS+6N
>>734
>救われるんでしょうか?

救われますね。
別に、宗教などに走らなくても救われる。

宗教だけ特別と考えるのはオカシイよね。





739 :名無しさん@3周年:2005/10/01(土) 09:46:55 ID:Tyj3R4Fo
>>734
あなた自身が幸福ならばそれで問題ないでしょう。
でも、スレを読んだ限りでは不平不満がたまっておられるようですね。
周囲の人間がみんな愚劣にみえて仕方がないんでしょう。
他人を信用したり、他人から信用されることもないようです。
あなたのことを誰もわかってくれない。
それでも幸福ならば、なにも問題ありませんよ。
違いますか?

740 :名無しさん@3周年:2005/10/01(土) 15:16:26 ID:rYpyD8wy
そもそも 救いの基準が人によって違いがあるだろう

741 :名無しさん@3周年:2005/10/01(土) 15:59:05 ID:uk5lVI+L
な ん で 某 仏 教 指 導 者 は 釈 迦 の 人 格 を 歪 め て 一 神 教 の 預 言 者
と す る バ ハ イ 教 徒 を 前 に し て へ ら へ ら で き る の か 。


742 :名無しさん@3周年:2005/10/02(日) 13:37:24 ID:Y2jlwbNr
>>741
馴れ合いがしたくて異教徒に魂を売ったから。

743 :名無しさん@3周年:2005/10/02(日) 13:44:48 ID:gQ9P7c/x
な ん で 某 仏 教 指 導 者 は 釈 迦 の 人 格 を 歪 め て 一 神 教 の 預 言 者
と す る キ リ ス ト 教 徒 を 前 に し て へ ら へ ら で き る の か 。



744 :学生さんには名前がない:2005/10/02(日) 17:52:57 ID:Z0O3urLj
大学の講義で仏教をとっているのですが、
『解明顕智成悲十明論』(李通玄撰)
の内容が、大まかにしか把握出来ませんOTL
レポート課題が
「宗教、宗教心とは真実、真実心、真実を求める心のことであるが、
具体的にはいかなることか、『解迷顕智成悲十明論』(李通玄撰)中の言葉を使って論ぜよ。」
となっており、全くのお手上げ状態です
どなたか詳しい方、何かアドバイスいただけませんか?

745 :名無しさん@3周年:2005/10/02(日) 20:35:05 ID:cOqdaJ0O
アビダンマ講義シリーズ第一弾「物質の分析」
ブッダの実践心理学

A・スマナサーラ/藤本晃

定価 3,465円・10月下旬発売予定

http://www.samgha.co.jp/


746 :暇人:2005/10/02(日) 20:41:57 ID:Ant/o9Ri
解迷顯智成悲十明論って初耳ですが検索すると
http://cbeta.twbbs.org/result/normal/T45/1888_001.htm
ありますね。こんな難解な講義 よくとられてますね。

大まかに把握できれば上出来でしょう。
白文読めない私がちらちらと一読したところでは
十二縁生が重要タームになってますね
最初に「夫十二縁生者。是一切衆生逐妄迷真」とありますから。
ついで「以迷十二有支名一切衆生。悟十二有支即是佛」と
十二縁起に迷うのが衆生で、十二縁起を悟るのが仏ですね。

続いて「十二縁生」を止觀(瞑想)するのに十明(十段階)が説かれている
ようですね。
で最後に「二乘觀十二有支。空煩惱。總滅智慧。大慈大悲亦滅。」
「菩薩觀之 (略) 教化衆生不滅諸行(略) 常恒不捨一切衆生」ですから
二乗の十二有支についての観(瞑想)は、「滅」という閉じた瞑想だが
菩薩つまり大乗の瞑想は、衆生を教化しつづけ永遠にすべての衆生を
すてないという実践ととかれていますね。
これは第九明で「一切諸佛皆有大願。云誓度一切衆生盡方自解脱」とあり
自分の救いを求めていたのがいつの間にか転換されて、皆が救われるのが
私の救いだとなった段階ですね。
宗教心=真実心というのは もしかするとこういう予想外の転換があるのだ
というのが もしかするとレポートのポイントの一つかもですね
講義を思い出し、先生が何を言われていたか、そのポイントに沿って
纏められてください




747 :744:2005/10/02(日) 21:10:41 ID:echwliNZ
>>746
マジレスありがとうございます!!何とか完成しそうです...__φ(・ω・` )
ちなみに、そんな難しい講義ではありませんよ…都内の中堅私立大の、選択講義ですからw
白文を部分部分だけ編者自らが解説するスタイルで、あくまで「概説」ですから…
少々仏教に興味が湧きましたけどね(・∀・)

748 :名無しさん@3周年:2005/10/02(日) 21:13:39 ID:QZ1onU/K
>>747
どんな先生なんだろw

マイナーかどうか知らんが、少なくともメジャーな論書ではないと思われるが・・・(^^;)

749 :744:2005/10/02(日) 22:03:16 ID:echwliNZ
>>748
どうも華厳宗が専門のようです
李通玄で検索かけると、著作が出てくる人w
K島T山氏(ぁ
ひたすら『解明顕智成悲十明論』をマンセーし、田辺祥二氏とも親しいw
中・韓・西欧文化の批判を講義中になさるかなり、
毎回寺の住職のような格好で講義に来られる、かなり(・∀・)イイ!!客員教授w

750 :744:2005/10/02(日) 22:04:50 ID:echwliNZ
>>749
『解迷顕智成悲十明論』ですた…OTL

751 :名無しさん@3周年:2005/10/02(日) 22:20:01 ID:QZ1onU/K
>>749
なるほどw
てか、住職じゃん(^^;)

検索に上がってきた内容を見ると結構やり手みたいだね。


頑張ってね(^^)v

752 :名無しさん@3周年:2005/10/04(火) 13:19:27 ID:pY7Y+Tmd
質問があります。
法華経・観音経・阿弥陀経・般若心経、色々な経典があるようですが、一番大本となるものはどれになるのですか?教えて下さい。
よろしくお願い致します。

753 :名無しさん@3周年:2005/10/04(火) 17:49:54 ID:5rRupL8H
>>752 いちばん大もとは、ブッダ(お釈迦様)の説いた、スッタニパータやダンマパダなどです。
そのメインテーマは四諦説という教えであり、あらゆり仏教はこの四諦説の応用です。
そういう私は念仏信者ですが。

754 :752:2005/10/04(火) 21:31:41 ID:pY7Y+Tmd
>753さん
詳細な回答ありがとうございました。ちなみに、752の四つの経典の内で一番古いものは、どれになるのでしょうか?
どなたかよろしく教えて下さいm(_ _)m

755 :フレッド:2005/10/05(水) 07:21:43 ID:IaxNVqVg
一番古い仏教の経典と言われているのは、
スッタニパータですが、その中でも後半の四章、五章
あたりが最も古いというのが一般的です。

756 :暇人:2005/10/05(水) 07:36:16 ID:wVDCoIAf
752の中では法華経と阿弥陀経が初期大乗経典で古い。
観音経は、法華経中の一章が独立した経典。
法華経の成立推定では観音経は比較的新しい成立。
般若経の中は初期大乗でも古い成立だが、般若心経は、
般若経典群では新しい成立。中期大乗時代かも

757 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/05(水) 09:13:46 ID:eIi4FtCV
752さん

古い経典といわれる、例えばスッタニパータをただ普通に読んだとしても、
あまり意味は分かりません。
やはりなにかのバックボ―ンがありませんと解釈は困難です。

例えばですが、電車の中で物を落として観測するのと・・・
電車から離れて物の落下を観測するのとでは、えらい違いです。
なにが違うのか?ってのは、いわゆる視座が違ってくるのです。
前者をニュートンとすれば、後者はアインシュタインになる。

>>753がいうように、四諦というのも重要です。
しかし、これも視座が違うと還滅します。

古い経典とか、新しい経典とか拘るよりも・・・
先ずは般若経典がベースになるのがいいかとおもう。
そこから、スッタニパータとかを読むと意味が分かります。

758 :752:2005/10/05(水) 11:39:10 ID:3wdFx7lU
>755さん
四と五ですね?スッタニパータまで、僕の仏教に対する興味はたどり着かないと思いますが、頭の片隅にとどめておきます。
>756さん
般若心経にもいろんな種類(分派の様な物?)があるんですか?面白いですね。仏教は色々派生しまくりですね!
>757さん
いや、一番古いものが基本になるんじゃないかなぁ?と、漠然と思ってそっから読んでみようと思ったんですが、そういう話ではないようで…。

とにかく皆様、レスありがとうございましたm(_ _)m

759 :名無しさん@3周年:2005/10/05(水) 12:37:16 ID:Kd+t1elL
>>757 そこで般若心経をベースにする根拠は何でしょうか?
他のお経をベースに考えることもできるし、
逆にスッタニパータを基準に般若心経を読むのも可能なはずですから。

760 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/05(水) 13:53:06 ID:eIi4FtCV
>>759
1 蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、
怒りが起こったのを制する修行者(比丘)は、この世とかの世とをともに捨て去る。
蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
_____________________________________________________________
これは、スッタニパータの第一章、冒頭の文章ですが・・
>この世とかの世とをともに捨て去る。
という意味はどういう意味なのか?
勿論、観念的に”捨て去る”という意味じゃないですね。
人間というのは業ってものがありますから、そんなに簡単に捨て去ることはできない。
”捨て去る”というテーマひとつにしても、
釈尊滅後、修行者たちは問い続けてきたわけです。

つまり、スッタニパータは「お題」なわけで、凡人にはなかなか解釈は困難です。
お題を解く”虎の巻”が般若心経になるかとおもいます。
>>758
>漠然と思ってそっから読んでみようと思ったんですが、そういう話ではないようで…。

おそれいります。

761 :名無しさん@3周年:2005/10/05(水) 18:53:55 ID:8cdFwQqG
>>760
心経こそ、お題じゃないか。
しかもスッタ・ニパータより難解と来たもんだw

762 :フレッド:2005/10/05(水) 21:20:48 ID:mjrBEaM2
あっ、「752の中で一番古い…」でしたね。
失礼致しました。







763 :744:2005/10/05(水) 23:22:33 ID:rldHnShh
無事レポート提出出来ますた!!
大変お世話になりましたOTL

764 :名無しさん@3周年:2005/10/06(木) 00:10:55 ID:fPIQmGdB
般若心経はお題ではございません。難解でもございません。

765 :フレッド:2005/10/06(木) 20:57:08 ID:FS9bT+Jx
スッタ・ニパータは、訳すると「経の集まり」ですから、
雑然としていて、般若心経のように一つの纏まった経典
として読み通すと、釈然としないものにもなりますね。

ただ古いから…、という意味からではなく、四章と五章
からは、ゴータマ・ブッダその人の説法に近いものを汲
み取ることができるだろうと思います。


766 :名無しさん@3周年:2005/10/11(火) 00:32:02 ID:oUlZuGdu
age

767 :名無しさん@3周年:2005/10/11(火) 21:46:16 ID:qrBLl8WU
自己言及のパラドックス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
どう思われますか

768 :名無しさん@3周年:2005/10/11(火) 22:16:17 ID:+ksV6TnA
>>767
仏教も論理的整合性を求めれば求めるほど矛盾が生じるということでしょうか。
たとえば、部派と大乗、出家と在家、唯識と中観、自力と他力などです。

769 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/12(水) 10:17:49 ID:5IQk3SYH
>>767
「仏教は一如の法門」という言い方にしても、論理的には矛盾性はあります。
しかしながら言いようがないので、あえてそういう言い方をしますが。

例えば「〇〇ではない」というような言い方(否定)をして、
そこから肯定的な意味あいを汲んでいくのもひとつの方法です。
これは不立文字といって、昔から禅においての手法です。

極端に言いますと、言語を発した段階において矛盾は生じるわけです。
まぁ、自己矛盾こそがまた菩提でもありますが。
これを何というかと言いますと、煩悩即菩提なんて逝ったりします。
つまり相反するがゆえにまた、そこに涅槃もあるわけです。

泥沼から白蓮が咲くように、相矛盾ありてまた諸遊楽なのであります。
これを娑婆即寂光浄土なんていうたりします。

770 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 14:17:37 ID:Eydy+Wzu
六道輪廻とは、初期仏典から登場する、釈迦の教えなんでしょうか?
もしそうなら、なんという仏典に、どういう文言で載っているんでしょう?

それとも原始仏教の教えではなく、大乗系の教えなんでしょうか?

771 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 16:16:21 ID:VtAhWr8G
詳しくは知らないが輪廻の思想はインドの特徴
仏教以外のものにもある
六道とつくと別だろうけど

772 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 16:32:36 ID:svHNK9as
輪廻と聞けば即転生思想と直結させる馬鹿珍どもが、ここまで仏教を
無茶苦茶にしてきた、と抜かしてみる・・・・

773 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 18:18:19 ID:johhRmdS
>>768の方,
>>769の方,
有難う御座います。

悪魔の証明
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E8%A8%BC%E6%98%8E
につきましても,御意見は同じと考えて宜しいでしょうか。


弁証法
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%A8%BC%E6%B3%95

唯物論者に,弁証法を使われる故,考えをまとめておければと思い,質問します。

774 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/12(水) 19:56:05 ID:5IQk3SYH
>>773
弁証法というのは、対立するが故に正邪という分別がおこります。
仏教では、この分別こそが迷いと捉えます。
対立以前の主客未分化。
これを”空”とかいうたりします。

簡単にいいますと、例えば「真理」という概念にしても、弁証法的に導きだされたものではないのです。
そうであるが故に「真(まこと)」という極なる理もないことになる。
理というものもないことになる。
そうしますと、言語そのものにも否定していかねばならない。
最終的には、弁証法どころか”否定”しか残らなくなるわけです。
(ここがゆうに自己矛盾となる)

しかしながらこの”否定”というのは、二元論法における否定というのと意味あいが違うのです。
ここから肯定的な機微というのを捉えていくわけです。
仏教における「一如」とは、こういう意味です。
もっと言えば、「一にあらず・二にあらず」なんです。
既成概念で捉えるものでもない。




775 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 22:35:01 ID:VtAhWr8G
>>772
おまいのこと?w

776 :名無しさん@3周年:2005/10/12(水) 23:10:44 ID:cc75/NB8
>>772
輪廻が即転生思想にならないと思う理由を
輪廻と転生思想についておまいなりの定義付けをした上で答えよ

777 :名無しさん@3周年:2005/10/13(木) 09:23:35 ID:uU+leoiJ
>>773
釈尊は、死後のことや霊魂の存在非存在などを説かないわけですが、
否定も証明もできないことには論及しないという一貫した姿勢がうかがえます。
釈尊死後の神格化の過程では、そのため逆にいろいろな矛盾が発生してきます。

弁証法は、仏教ではたとえば縁起の法が有名ですね。
実際の説法では比喩や背理法などが多く使われたようです。

778 :けちゃっぷ:2005/10/13(木) 12:23:58 ID:P7O10lsz
>>777 善人が天に生まれることについては、説かれていますよ。

779 :名無しさん@3周年:2005/10/13(木) 12:48:24 ID:uU+leoiJ
>>778
在家の信者の場合ですね。

780 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/13(木) 12:54:54 ID:ynacis6a
(774のつづき)
では、
>ここから肯定的な機微というのを捉えていくわけです。

肯定的とはどういう意味なのか?
自己矛盾を越え(透過)していきますと、ある論理性に突きあたります。
この論理性は世俗には全く通用はしませんけど、
非常に論理的です。
これが禅において「気づき」といわれるものです。

簡単にいいましたら、「コペルニクス的転換」のことですね。
前者が世俗の論理ならば、後者は勝義の論理ということになる。
般若心経ではこれを、色即是空などと記してあります。
色は世俗の論理でありますし、
また、空は勝義の論理。
ということになります。

781 :名無しさん@3周年:2005/10/13(木) 14:35:45 ID:dxVaN0GU
>>780
「勝義の論理」って何だよw

782 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/13(木) 18:59:07 ID:ynacis6a
>>781
その問い自体が無効になることに他ならない。

783 :名無しさん@3周年:2005/10/14(金) 00:10:35 ID:FkcvPRcT
>>774>>780の方,
>>777の方,
有難う御座います。

もし宜しければ,お勧めの著書など教えていただけますよう御願い致します。



784 :名無しさん@3周年:2005/10/14(金) 01:35:12 ID:GNMVuVtR
>>783
それより、実生活で良師との邂逅を目指すことを薦めます。
心から願って努力すれば、それが因となって仏縁を呼び、必ず良師との出会いがあります。
これが、まあ弁証法です。
チョット気障ですが(w

785 :名無しさん@3周年:2005/10/14(金) 22:11:51 ID:4nFP4suH
もう去年の本ですが、特別、お勧めなのは、

「ブッダが考えたこと」宮元啓一著 春秋社

786 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/15(土) 13:11:44 ID:WGIxKr8h
>>783
マルクスは貧乏人でしたので、矛盾性を世界に見出したのです。
矛盾は是正すればいいわけですし、是正して・・また矛盾があれば是正していく。
これをいうに弁証法なるや。

釈尊は貧乏人じゃなかったわけです。
ですから矛盾性を自己に見出したわけです。→四諦
疑なくば信はありません。
疑と信はワンセットです。こういうことを釈尊は考えたわけです。
ですから、疑を己に向けることこそが第一義かとおもいます。

>もし宜しければ,お勧めの著書など教えていただけますよう御願い致します。

龍樹の中論はいいかとおもいます。
仏教を哲学という観点から考察するにはいい。
しかし、仏教は哲学だけじゃないですが・・・

787 :フレッド:2005/10/16(日) 09:02:35 ID:Nj2xhAzJ
そういえば、龍樹には著作があるんでしたね。
しかし中論は難しいですね。
私も中論に馴染もうと手を出しましたが、どの本に
するかさえかなり難儀しました。

参考までに、私の選んだ中論を紹介します。

著者 龍樹   

訳  西嶋和夫   

出版社 金沢文庫

値段  \1900


788 :名無しさん@3周年:2005/10/17(月) 20:47:59 ID:8nk6eOlX
数珠のブレスレットをいつもしている人って何かの宗教ですのよね?
物が数珠だけに仏教系だと思うんだけど、なんだろう?草加?

789 :yun ◆80A335Xyc6 :2005/10/18(火) 08:04:55 ID:XzQIfCMC
なんでか知らんが友達も持っててしかも息子(1歳児)にプレゼントしてくれたよ。
そいつは家がキリスト。お守り感覚じゃないのかな??


790 :名無しさん@3周年:2005/10/18(火) 10:43:07 ID:Omj5Sc5+
>>788
単なるファッションでなければ、
ベストグループ・衣川晃弘の関係かな?
カルトというよりオカルトですね。

791 :名無しさん@3周年:2005/10/18(火) 11:09:52 ID:0j7RhEBP
>789,790
レス、どうも。
お守りとかファッションだったら
あんまり深い意味はないのかもしれないですね。
本人にきけばいいんですけど、なんか勧誘とか説教されたらこわいんで。

792 :名無しさん@3周年:2005/10/19(水) 00:35:21 ID:IAFm+Z8k
失礼します。
私はある神経症で悩んでいる者なのですが、
孔子の言う「70にして心の欲する所に従って矩をこえず」の心持ちになりたいです。
仏教で、このような教えはあるのでしょうか?
もしあるのでしたら、教えて下さい。

793 :名無しさん@3周年:2005/10/19(水) 04:30:02 ID:FPEKNdIf
概出だったらスマソ

かな〜り昔、確かNHKで、若者向けの、
仏教(仏像?)入門のような番組があったのだが。

須弥山やら阿修羅像やらを、神話のような感じで
噛み砕いてコミカルに解説、子どもながらに分かり
やすかったとと記憶しているのですが、番組名や
出演者はさっぱり忘れてもた

どなたかご存じないだろうか

794 :名無しさん@3周年:2005/10/20(木) 02:51:12 ID:pf4QZVLJ
age

795 :名無しさん@3周年:2005/10/20(木) 04:11:42 ID:jgaG25Qr
ソロンってなんですか?

796 :名無しさん@3周年:2005/10/20(木) 07:20:02 ID:uxxCx5uY
>784
良師っていうのは、至る所にいますよね。
ありがたいことです。

797 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/20(木) 11:30:59 ID:VfeXW2D6
>>792
難しいお題ですよね。

仏教というのは、菩薩道とかいいますけど、
菩薩道というのは”矩をこえず”ということでもないわけです。
では菩薩道というのは何か?
って、いうたら、これは「自分らしい生き方」というていいかとおもいます。

じゃあ、「自分らしい生き方」ってのは何か?
まぁ、これが”矩をこえず”になるわけです。

これを心経においては、「色即是空 空即是色」と書いてあります。

>仏教で、このような教えはあるのでしょうか?

般若心経がよろしいようです。


798 :名無しさん@3周年:2005/10/20(木) 18:55:57 ID:LJT8xesR
>>794
自分らしい生き方=矩をこえず=色即是空 空即是色

ですか?何となくだけど理解できたような気がします。
私は神経症を患って精神科に通ったのですが治らず、途方に暮れていたところ
森田療法という禅宗の要素を含んだ治療に出会いました。
治療と言っても、ただ森田正馬氏の本を読んだだけですが。
その本に書いてあった「あるがまま」という言葉に救われました。
それまでの私は症状に執着して、いたずらに症状を意識してしまっていましたが、
「あるがまま」の心境で過ごしてみると、心が穏やかになってきました。
しかし、それも束の間で今度は、あるがままの境地になることに執着してしまいました。
この執着は未だに断てませんが、本題である神経症は少しずつですが改善されつつあります。
何事にも執着することなく、主観と客観さえも重なり合う境地にあこがれます。
たまたま仏教板を拝見してみたら、 それに近いかも?と思い、質問してみました。
般若心経、難しそうだけど読んでみます。ありがとうございました。


799 :名無しさん@3周年:2005/10/20(木) 23:35:14 ID:6YcCpAoj
般若心経って要は、一元論ではなかったっけ?

800 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 06:49:36 ID:h9LMiuot
>>799
「一元論とか、二元論とか、そういう枠組みで世界を考える必要はない」。
と、そのように心経には書かれてます。→不一不二
じゃぁ、それを何と言うべきや?
これを「無」というような言い方をします。

この「無」というのは、二項(有無)における一辺の無とは意味が違います。
二項に依らない。という意味の「無」です。

つまり、心経は「あまり難しく考えるな!」。って書いてあります。
覚者というのは、えてして世俗では愚鈍です。


801 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 14:09:13 ID:Loq5gzSY
>「一元論とか、二元論とか、そういう枠組みで世界を考える必要はない」。
>と、そのように心経には書かれてます。→不一不二
その部分を転記してください。

>じゃぁ、それを何と言うべきや?
>これを「無」というような言い方をします
どこに書いてありますか?

802 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 14:32:17 ID:c4SgsFeV
読売新聞の連載で尼さんが九州から東京まで托鉢しながら行脚するっていうのがあったけど、
そのとき教義上の理由でお寺が泊めてくれなかったってことが何度もあったね。
坊さんが野宿するのって当たり前なのか?
(低レベルな質問でスマン)

803 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 16:20:08 ID:h9LMiuot
>>801
>その部分を転記してください。

「色即是空 空即是色」ですね。

>どこに書いてありますか?

「色即是空 空即是色」。←ここに書いてあります。

>>802
>そのとき教義上の理由でお寺が泊めてくれなかったってことが何度もあったね。

教義上の理由。ということはないです。
ようするに、「仏教」と「お寺」というのは”別もの”と考えたらいいかとおもう。
なにも関連付けて考える必要は全くないです。

804 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 17:02:34 ID:xFpeEyum
>>803
で、空教、おっと失礼。禅宗のあんたに聞きたいんだが、
あんた達の悟りで何が変わるんだい?
現世では、凡夫のように善悪に囚われ、苦しむことなく、
獣のように善悪に囚われない自由な境地をえて、死ねば皆仏ってか(苦笑)

で、おまえは死ねばどうなる?空に帰り(この表現は馬鹿馬鹿しいんだが)
再び迷いの生存を繰り返さないとでも思っているのかい?

805 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 17:33:40 ID:h9LMiuot
>>804
>で、おまえは死ねばどうなる?

死ねばどうかるか?ってことを、考えないようになります。
ということは、つまり禅というのは”死にきる”ようなものです。
生とか死というのが、そもそも迷いであると、そのように気づくようになります。

あぁ、なんと私は些細なことに迷っていたのか。と、
そのような心境になります。

>再び迷いの生存を繰り返さないとでも思っているのかい?

こういうことに関しては、全く愚鈍になります。
こういうことが、迷いに他ならないことを明確に解ってきます。
これを開眼とか、そういう言いかたをします。
つまり、眼が開く。ということは明智ということになります。

これを解脱、とか言うたりします。

806 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 17:50:44 ID:PGVK2sm7
>>804
やっぱり書いてなかったww

807 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 17:53:08 ID:PGVK2sm7
失敗

>>803の御仁へのレスです

808 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 17:59:01 ID:h9LMiuot
>やっぱり書いてなかったww

無明ですと、見えないのです。

眼が開くと、ちゃんと書いてあるのがわかります。

809 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 18:09:15 ID:3SlbJlP2
>>792さんへ
仏教の経典の中で、「阿含経典」というのがあります。
この経典の日本語訳を読んでみたらいかがでしょうか?

「阿含経」ということで日本の「阿含宗」と関連付けられ、
かなり嫌がれそうですが、私は
  http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1127440862/
「阿含宗による阿含経の多くの人々への、伝達の成果」スレの1です。

私自身、792さんに納得してもらえそうな文が書けないので、
増谷文雄氏著
阿含経典による・仏教の根本聖典 価格: ¥2,940 (税込)
を私は勧めます。

書店に有ったら読んでみてください。
まあ、参考にしてください。

810 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 18:21:10 ID:xFpeEyum
>>805
何も答えになっとらんな。
だから、あんたは涅槃に行けるのか、否かと、問うているんだよ。
と聞いても答えは、「そういうことを考えること自体が迷い」なんて、煙に巻かれて
終わりだろう。禅宗のものとはまともに話が出来ない。
彼らは答えないし、答えられない。さすが永い年月をかけ、極限までごまかしのテクニック
を磨いてきた宗派だけのことはある。そう、彼らは「空」。教えも「空」
何も実になるものがないよ。空っぽなんだよ。

そして無明の中にいる彼らは、再び迷いの生存を繰り返す。

811 :フレッド:2005/10/21(金) 18:30:52 ID:FSvDWoK6
>>802
中国の修行僧は、今でも歩いてチベットなどへ巡礼する。
勿論、野宿は当たり前のこととして。

あの広大な中国大陸を、僅かな持ち物だけで一人で歩き
渡るのだそうですよ。

812 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 18:33:19 ID:xFpeEyum
昔ある番組で、ストーカーに司会者が問うた。
「つきまといとかして、あなたはいいかもしれないっけど、相手が嫌がっていたらどうするの?」
ストーカー氏。
「いや、彼女が僕を嫌がるなんてことは、ありえませんから大丈夫です」
司会者。
「だからもし、相手が嫌がっていたらどうするの?」
実際、被害にあっている女性は、どうしたらややめてもらえるのか、相談に来ている。
ストーカー氏
「いや、だから彼女が嫌がるなんてことはありえません」

こういうやりとりがしばらく続いた。

司会者はついブチ切れて、
「俺は、相手が嫌がっていたらどないすんのんじゃと聞いとんのじゃ!!!!」
といって、殴りかかりそうになっていた。

ストーカー氏は聞かれた事に答えない。まるで、禅問答だろう(苦笑)
禅宗のものとは、まともな会話が出来ない。禅問答は下らない。

813 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 19:07:04 ID:MkslV/0r
>>804 「おまえ」や「わたし」自体が空であり、幻であり錯覚なのではないでしょうか。
うるう年ではないのに、うるう年だと勘違いして、「2月29日のご予定は?」と尋ねるようなものです。
しかし、問われた方も2月29日があると思いこんでいたら、「お寺に行きます」等と予定を語ることもできます。


814 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 19:32:10 ID:O9s/bKWK
釈迦の経典のいいとこ取りをした宗派って
仏教と言えるのですか?


815 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 19:47:13 ID:RZvnOy84
>>814
それは他人が言ったり・決める事ではなく、
貴方自身がどういうふうに思って、
決める事です。

816 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 20:06:56 ID:O9s/bKWK
釈迦の経典を全て受け入れてこそ仏教だと思うんです。
真宗で言えば、自力の教えは受け入れない。
という事は釈迦の自力の教えの部分は受け入れない事になるけど
これって釈迦を否定し仏教を否定することにならないの?

釈迦の経典の中身のいいとこ取りをした教団が
仏教と名乗る事が許せないんだよね。
一部分だけでも釈迦を否定してるくせにさ・・

817 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 20:22:59 ID:h9LMiuot
>>812
>禅宗のものとは、まともな会話が出来ない。禅問答は下らない。

おそれいります。

で、私は「ゼロの発見」というのを思い出すのですよ。
数字の「負の概念」というのは、遥か古来からあったらしいが、
ゼロという概念は、それから相当な年月を要して人類は発見したらしい。

ゼロなんてのは、今おもえばなんてことはない。
なんてことはないもんでも、これを”気づいた人”は偉かった。

まぁ、般若心経もいうならば”なんてことはない”ことが書かれておるんです。
しかしながら、どうもこういうことは世俗においてはチンプンカンプンなのです。

般若心経というのは、つまりは「ゼロの発見」の、よぉなもの。
と、そのように捉えて頂いたら宜しいかと思います。


818 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 20:33:34 ID:tp9soZku
>>>809
ありがとうございます。ぜひ読んでみたいと思います。

それと私は涅槃という状態は、絶対にあると思います。
でも本当の意味で悩んでいない人は、涅槃の状態にはなれないのかも知れません。
というのも、諦めるためには何か深い悩みを持っていなければ、
そもそも諦める必要がないはずです。
私はある神経症を数年間悩んでいるのですが、その間にいたずらに症状に執着し、
主観が自分の中心となってしまいました。
しかし悩み苦しむ中で、主観と客観の垣根をなくして、あるがままに生きる状態こそが
人間の本来の姿であることを悟りました。
涅槃という状態を理解するためには、徹底的に自分を疑ってみて選択肢を全て試みて
そして選択肢すらなく、そもそも疑うこともしなくなった時に初めて会得できると思います。
仏教に関しては無知ですが、たぶんそういうことだと思います。


819 :815:2005/10/21(金) 20:37:24 ID:7b9NneRI
>>816
>釈迦の経典の中身のいいとこ取りをした教団が
>仏教と名乗る事が許せないんだよね。
>一部分だけでも釈迦を否定してるくせにさ・・
具体的に「何々宗のどこどこの部分」って書き込みしないと、
読んでいる人にはわからないよ。
貴方自身はわかっている部分でも、実際に文章にしてカキコしないと、人には伝わらないよ。
(私、真宗の人間ではないので、真宗のことについては書けません。ごめんなさい。)
(他の宗のことついても書けないでしょう。立派な格好に見せたりしてごめんなさい。)
(でも、他人に、自分が思っている事は、はっきり文章にしてあらわさないと、)
(人には伝わらない、という事を、伝えたいです。)

820 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/21(金) 20:56:33 ID:h9LMiuot
>>810
>だから、あんたは涅槃に行けるのか、否かと、問うているんだよ。

お答えします。

涅槃というのは、行くもんじゃないし、また来るもんじゃないですね。
般若心経には、そいうことが書かれています。

そもそもが、行くとか来るとか、そういことがないわけです。

龍樹は「行くものは行かず、来るものは来ず」と、言うてます。
涅槃とは「今ここにあるではないか」。
こういうことが解ってくるのです。
これを般若(智慧)とか言うたりします。

821 :フレッド:2005/10/21(金) 21:33:03 ID:2LKMXAXt
>>816
釈迦の教えというのは、本当のところ、今となっては
もう誰にもわからないのが仏教界の実情でしょう。

形だけは経典に残っているけど、それでさえ古層まで
遡っても、本当の釈迦の言説がどれであったのか?
そしてその釈迦の真意はどの辺にあったのか?

このことについて大変な議論がずーっと続いているわけ
です。決着がつかないまま議論が続いている。

そんな議論をしている暇があったら、世に出て人々に心
の安らぎを説こうとして、大乗運動が起こったのかも。

つまり釈迦に拘り過ぎれば、小乗的になり、あまり大乗
的になり過ぎれば釈迦の教えとはかなり違う様相を呈して
しまうのかも知れない。

だけど、仏教の本義は苦悩を解脱して安らいに臥すことや、
智慧の眼を開くことであろうと思う。

822 :809:2005/10/21(金) 21:49:39 ID:fKFsIKuo
792・>>818さんへ
>>809を読んでくださって、ありがとうございます。

「仏教」に関して無知でいなさるなら、
同者・増谷文雄(ますたにふみお)著の
仏陀・その生涯と思想 角川選書18 価格 \1,600 (税込)
の本を読んでみても良いかもしれません。

>>809に挙げた本(大蔵出版社・発行)は、「ゴータマブッダは何を説かれたのか」を集めた本です。

仏陀・その生涯と思想 は、
「ゴータマブッダは何者であったのか、そしてどういう生涯をおくったのか」
を解説した本です。
参考にしてください。

『仏教書』の種類は、本当に沢山ありますから、迷います。自分自身の芯を崩さない様に、がんばってください。

823 :名無しさん@3周年:2005/10/21(金) 23:06:01 ID:LwP7repf
寺の住職は、幽霊とか恐くないんですか?

824 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/10/21(金) 23:24:13 ID:fbYSeinP
机さん。あいも変わらず、空理空論で、皆を迷わしてるようだね。

>>820
>涅槃とは「今ここにあるではないか」。

ほう、なかなかいい事を言う。では「今ここにある」とはどういうことだ。答えてみろ。
おっと失礼。あんたの考えをぜひとも聞かせてもらえませんかね〜。

あとさ、釈迦は真理に至る道はこれしかない。、言い切ってまで、(たしかダンマパタで書かれている)
八正道を説いた。さて、この八正道がなぜ真理に至る道になるのか、
あなたにお答えできるかな。いや、あなたのお考えをお聞かせ願いませんかね〜。

825 :まんじゅう:2005/10/21(金) 23:38:33 ID:aI8RFH3k
ここは勉強になるね。 

826 :799:2005/10/22(土) 00:49:35 ID:QUAM7YN8
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. へ
>>820
>涅槃とは「今ここにあるではないか」。

この境地に達するには、やはり一元的な感覚・見方が必要ではないかと思うのですが・・・
頭ではなくちゃんと体でわかっていますか?



827 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 05:15:47 ID:lp+lSjwH
俺はバームクーヘンを食っているときが涅槃だ。

828 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 07:03:07 ID:mFMnpBjy
>>824
>ほう、なかなかいい事を言う。では「今ここにある」とはどういうことだ。答えてみろ。

今を離れては何もないですし、また自分を離れては何もないのです。
「涅槃をおもう自分」は、今ここにしかない訳です。
そういうことは、チョッと頭の回転を良くすれば解ることです。
何も難しく考えることはない。

>八正道を説いた。さて、この八正道がなぜ真理に至る道になるのか、

八正道というのは、何が正道なのか?っていうのは最初から解るもんじゃないんです。
そういう問いを己に向けていくのが正道なんです。
いうならば、八正道というのは彼岸に到るうえで必要な舟のよぉなものです。
こういうことは心経に書かれています。
よくよく心経を読んでみなされ。




829 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 07:11:48 ID:mFMnpBjy
>>826
>この境地に達するには、やはり一元的な感覚・見方が必要ではないかと思うのですが・・・

花は綺麗で、糞は汚い。とか・・・
そんなことは人が勝手に決めたことです。

世界は、花は花であり、糞は糞でしかない。

つまり、一元とか二元とかは人が勝手に決めたことに過ぎないのです。

ちょっと、頭のネジを締めれば解ることです。
なんてことはない。
そういうことは心経にチャンと書いてあります。

830 :フレッド:2005/10/22(土) 09:54:56 ID:tnOGOmro
三宝印にしろ、八正道にしろ、仏教教団が提唱している
ことであって、釈迦が実際にそういう「形」で説法して
いた。とは断言できないのね。

三宝印も、古くは無常、無我、解脱、といっていた。


831 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 10:13:45 ID:pPGNzoIH
>>823 恐くないです。恐いものなどありません。家族を養う義務さえなければ、いつ死んでもいい。

832 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 10:31:43 ID:yx2zTo6v
>>830
録音テープが残っていたりしない限り、
確かに断言はできないわけだが、
スッタニパータには八正道に関する記述がある。


833 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 10:39:36 ID:yx2zTo6v
>>829
826さんも恐らくはそんな事はわかった上で聞いているわけで。

般若心経を読んでいても、
2ちゃんでコミュニケーションが取れないのは何故だと思いますか?

般若心経に対する自分自身の感情、自分自身を経典と同一化して
悦に入っている部分に対して客観性が持てていない。
そういう事を指摘されているわけでしょ??


834 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 11:12:43 ID:mFMnpBjy
>>833
>悦に入っている部分に対して客観性が持てていない。

いやいや、悦に入っているうちはマダマダ般若の入り口です。
そうじゃなくて、般若というのは世俗にドップリ浸かることですから、
主客はあまり考えなくて宜しいかとおもいます。

>般若心経を読んでいても、
>2ちゃんでコミュニケーションが取れないのは何故だと思いますか?

そのことは、私はちゃと>>780に書いておきました。
よくよく熟読してくださいまし。

835 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 11:16:54 ID:mFMnpBjy
(つづき)
>2ちゃんでコミュニケーションが取れないのは何故だと思いますか?

つまり、世俗の論理と勝義の論理は違いますから、
一緒くたにしてしまいますと、コミュニケーションは困難です。




836 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 13:17:26 ID:pu768oQK
いわゆる「空」のことだけれどもね。
「空」ってなんのこといってるの?
ともかく「空」とはアノことだとすると、アレが
混沌とか多様とかでなくて「空」だと断言できる根拠はなんなのだろうか?
この辺が宗教の宗教たる所以なのかね?

837 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 14:00:44 ID:mFMnpBjy
>混沌とか多様とかでなくて「空」だと断言できる根拠はなんなのだろうか?

いやいや、断言とか根拠、以前を空というわけです。

貴殿が女人を見て、美人か?そうでないか?判断する以前のことです。
なんてことはないもんでも、
人はこういうことに関しては、機械的に判断するものです。

838 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/10/22(土) 14:06:32 ID:/rdPHGXs
>>817
ゼロだの無だのおっしゃるが、
おまえがこのレスを書いた瞬間、瞬間はおまえは確かにいたぞ。
だから>>817の文章が残っている。
そしてこの文章を書いてる俺も、これを読んでる、おまえも、赤の他人も、
今この瞬間、瞬間、たしかにいるぞ。次の瞬間はいるのかどうかはわからんがな。
この瞬間、瞬間は、ゼロか?無なのかい?(苦笑)


839 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/10/22(土) 14:23:44 ID:/rdPHGXs
>>828
>今を離れては何もないですし、また自分を離れては何もないのです。
>「涅槃をおもう自分」は、今ここにしかない訳です。

いまここは、次の瞬間には過去になり、消えている。次の瞬間も、すぐに過去になり消えていく。
今を離れては何もないですしとおっしゃるが、いまここにどうやってとどまるのかい?
涅槃を思ういまここの自分は、ほれ、次の瞬間にはもういない。次の瞬間も涅槃を思っていても、すぐに
この瞬間は過去になり、次の瞬間が来る。そして次の瞬間は何を思っている?
次の瞬間には、突如訪れた災いにより、もう自分自身がいないかもしれない。それ以前に、はじめに涅槃を思った
その瞬間は、もうない。その瞬間に戻ることもできない。
どうやって、その『今』を離れずにいられるんだい?(苦笑)



840 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 15:24:30 ID:z7GSqmb4
>>837
>いやいや、断言とか根拠、以前を空というわけです。
 
言いたいことはだね、貴方が答えてくれた↑このことが既に判断だということですよ。
言語以前、認識以前のなにものかについて
(そんなものが仮に思考(想像意識その他表現は問わないが)可能だとしても)、
それをたとえば「空」だと言ったりすることがそもそも欺瞞ではないのか、ということです。
しかし、こうした欺瞞を行なうことで救われる人がいるならば、
そのことの価値を無闇に否定しようとは思いませんが、しかし、
そのような狂った思想を押し通すことで逆に世の中に迷いや苦しみが生まれていないかどうか
反省しないのが宗教の宗教たる所以なのかね?

841 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 16:08:06 ID:mFMnpBjy
>>840
>言いたいことはだね、貴方が答えてくれた↑このことが既に判断だということですよ。

そういうことは>>769に、既に私は書いております。
【極端に言いますと、言語を発した段階において矛盾は生じるわけです。】
こういうことです。

>そのような狂った思想を押し通すことで逆に世の中に迷いや苦しみが生まれていないかどうか

世の中は、私が案ずることはなく、既に調うておりました。
>>838
>この瞬間、瞬間は、ゼロか?無なのかい?(苦笑)

ゼロというのは、つまり”ひとつの喩え”ですね。
仏教においてはこれを、方便とかいうたりします。




842 :フレッド:2005/10/22(土) 16:12:11 ID:0XjD0daK
スッタニパータというのも、既に仏教教団が祖師を失って
相当の時間が経過した後に編纂されたもの。
名が示す通り、雑多な経の集まりなんですね。
祖師を失って求心力が弱くなった仏教教団が、周りの宗教
思想なども取り込んで思想変換していく様が、よく映し出
されている経典とも言えるようです。

ただ、釈迦の言説に最も近いと言われる、四章、五章にお
ける釈迦の言葉として「諸々の仏陀」というのもある。
この辺から推察すると、釈迦が自らの教えを唯一のもので
あると考えていたわけではない様子も覗える。

843 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 16:17:18 ID:mFMnpBjy
>>839
>どうやって、その『今』を離れずにいられるんだい?(苦笑)

今を離れることはないですね。



844 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:27:07 ID:kJl4k0gf
色=世俗の論理=二元論
空=勝義の論理=一元論  ということですか?

そもそも「空」という概念を言葉に表すことはできない。
ある坊さんは「空とはなんぞや」と聞かれ、ただ沈黙を通したとある。
机龍之介みたくごたくを並べるから欺瞞だと思われてしまうんですよ。

845 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:32:19 ID:pPGNzoIH
「空」とは、「それはあんたの妄想だ」「妄想的である」「むなしい」という意味でしょう。
すべて空だとは、判断されたものはすべて「あんたの妄想だよ気をつけな」ってことです。
混沌とかカオスとか、そういうモノではありません。
無でもありませんし、有でもありません。
無だとか有だとか判断した瞬間に、それは「空(妄想っぽいよ)」ですよね。
だから、空じゃないモノ・コトは、言葉じゃあらわせないのです。
それを「真如」「円成実性」などと仮に言葉にすることはありますが、
言葉にすると妄想(空)になってしまいますね。


846 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:37:53 ID:pPGNzoIH
前は、「真如」のことを「空」と呼ぶのだと勘違いしていました。
でも、むしろ逆で、「空」じゃない状態が「真如」であり、「真如」じゃない状態が「空」ではないでしょうか?
すべての現象から「空なるものごと」を排除しつくして残るのが「真如」ですが、それは言葉には表せませんね。

847 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 16:39:35 ID:mFMnpBjy
>>844
>机龍之介みたくごたくを並べるから欺瞞だと思われてしまうんですよ。

貴殿のように、一元とか二元とか勘違いする輩がいるから、
私はごたくを並べておるのです。

848 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:44:59 ID:pPGNzoIH
色即是空は、
物質だと判断されたことはすべて妄想っぽいよという意味でしょう。
じゃあ妄想以外に物質は有るのかというと、妄想以外に物質は実在しないから、
空即是色なのでしょう。
受・想・行・識も、そう判断した時点で空なる妄想になってしまうし、
妄想以外に確固たる実在としてそれらが存在するわけではない。

849 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 16:49:41 ID:z7GSqmb4
>>841
>世の中は、私が案ずることはなく、既に調うておりました。
これは欺瞞。それも自己欺瞞であろう。
健全なる常識にしたがえば世の中には苦しみがあふれておる。
この苦しみを救うということで存在意義を有するのが仏教ではないのかね?
矛盾したことを言って人々の苦しみを救えると思っているのかね?
そもそも矛盾は苦しみではないとでも思っているのかね?
「息患」と「通理」に欠けたものが仏教だと言えるのかね?

ところで「空」とはそもそもすべてのものの「自性」の否定を意味するのではないか?
すると「空」という言葉にも「自性」がないわけであろう。
では「空」の立場では、「空」という言葉で何を言いうるのだろうか?
いずれにせよ、狂った思想だと思う。

850 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 16:58:15 ID:mFMnpBjy
>>849
>では「空」の立場では、「空」という言葉で何を言いうるのだろうか?

貴殿のレスの
>この苦しみを救うということで存在意義を有するのが仏教ではないのかね?
こういう考えもなくなります。
”救う”とか”救われる”とか既に分別はなく、慈悲にて調うことになります。



851 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/10/22(土) 16:58:29 ID:/rdPHGXs
言葉遊びはつまらんな。

852 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:00:31 ID:pPGNzoIH
>>849 「空」と言う時には、「空じゃないこと」との対比が生じてしまいますからね。
覚りは言葉では表現できないのでしょう。
名称と形態を滅ぼしつくした状態だなんて、覚ったことのない人には理解できませんからね。


853 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:02:37 ID:z7GSqmb4
>>845
すべての判断が妄想だなんてのはまったく非常識な判断ですな。
つまり、常識的な社会ではまったく役に立たない判断(=欺瞞)であろう。
しかし、こうした欺瞞を行なうことで救われる人がいるならば、
そのことの価値を無闇に否定しようとは思いませんが、しかし、
そのような狂った思想を押し通すことで逆に世の中に迷いや苦しみが生まれていないかどうか
反省しないのが宗教の宗教たる所以なのかね?

854 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/22(土) 17:02:37 ID:mFMnpBjy
>言葉遊びはつまらんな。

まぁ、そうだろうね。
救うとか、救われるとか・・・
そんな我見があるうちは、つまらんかもしれんね。

855 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:03:20 ID:kJl4k0gf
>>847
勘違いしてるのは君じゃないか。

856 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:05:38 ID:wWRJN+Ur
机さんを煽る人も、煽りに乗る机さんも涅槃の状態には至ってないのですか?


857 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:06:55 ID:pPGNzoIH
象を見たことない人に「象」という言葉を教えてその特徴を説明しても、
その人が象を知ることはできませんよね。
でも、その人が牛を見て「これが象かな?」と勘違いしそうな時に、
「これは象じゃないよ」と教えてあげることは、「象」という言葉によって可能になります。
言葉で真如は表現できませんが、
「空だよ」と指摘することで「真如ではない」ことを教えることが可能になります。

858 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:16:30 ID:pPGNzoIH
>>853 とりあえず、欲や怒りや嫉妬や悲しみなどのストレスにつながる感情が起こった時、
その感情の原因となったできごとに関する自分の判断が妄想であり
それに伴う感情も妄想であると気付けば、
感情がおさまりストレスがやわらぎます。
妄想を棚上げして感情との接続をいったん解除してやる。
そのテクニックを知るだけでも、生きるのが楽になります。

859 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:34:08 ID:z7GSqmb4
>>856
「煽る人」と名指されたかもしれないので答えるのだが・・・
涅槃の状態というものは知らないが、とくにイライラしてないよ。

>>857
象の比喩の話はまっとうだが、その話と「空」の話は似て非なるものである。

>>858
それはそのとおりだと思う。そのことについては否定しない。
しかし、自分の判断はかならずしも妄想ではないわけで、たとえば大切な人の死は
大切な人ともう会えないということを意味していて非常に哀しいわけだが、
ここには妄想は何一つない。
この哀しみに858のテクニックは役に立たないね。

860 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:43:25 ID:IFNVY0EV
「あらゆるものごと」には、こだわる必要のあるものはない。
こだわる必要のないものとは、「あらゆるものごと」である。

楽しいとか苦しいとか、どっちでもないとかの一喜一憂にもこだわる必要のあるものはない。
こだわる必要のないものとは楽しいとか苦しいとか、どっちでもないとかの一喜一憂である。





こんな簡単なことなのです。こだわればこだわるほど、そのこだわりは深まり、脱出することが
難しくなります。


861 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:47:11 ID:pPGNzoIH
>>859 そもそも大切な人の細胞は毎日死につづけていたのに、
その時初めて死んだかのように判断するのは妄想です。
大切な人が死んだから哀しいのではなく、
大切な人と別れたくないという欲があるから哀しいわけです。
死んだ人を生き返らせるのはできませんが、
欲を和らげて哀しみを和らげることはできます。
なぜ哀しいのか、その哀しみ理由が妄想なわけですね。
バターが溶けるのも人が死ぬのも同じ自然現象なのに、
人の死は特別だと思い込んでいるから哀しいわけです。
ブッダは自分の死が近づいた時に、
「我が齢は熟した」
とおっしゃいました。
老いることを、衰えというマイナスイメージではなく、成熟というプラスイメージで表現したのは、
別れを哀しむ弟子への配慮もあったのではないでしょうか。

862 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:47:27 ID:vkAivWT+
地獄で東を守る神って存在しますか?

863 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:56:15 ID:pPGNzoIH
>>859 さとりは瞑想によって体験されるものであり、
「空」などの言葉による教えでさとるわけではないでしょう。
言葉は、瞑想等の修行をさせるための道しるべでしょう。

864 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:56:19 ID:IFNVY0EV
>>862
「それは ちんぽ神じゃ!!」

とかいって幻惑させるのが禅家。相手の出方にあわせて屁理屈を考えて
後だしじゃんけんを想定する。それだけ浅いということだ。

865 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 17:59:58 ID:z7GSqmb4
>>861
貴方はおかしな妄想に取り憑かれてるようですが、もう一度言います。
大切な人の死は、大切な人ともう会えないということを意味します。
この判断は正しいのです。
そして、この判断によって哀しむのは自然な人情です。
この哀しみを貴方のような妄想で歪めることは欺瞞でしかありません。
しかし、そうした欺瞞を行なうことで救われる人がいるならば、
そのことの価値を無闇に否定しようとは思いませんが、しかし、
そのような狂った思想を押し通すことで逆に世の中に迷いや苦しみが生まれていないかどうか
反省しないのが宗教の宗教たる所以なのかね?

866 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 18:04:44 ID:vkAivWT+
>>864ごめんなさい、よく意味がわかりません;

867 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 18:06:30 ID:pPGNzoIH
>>865 仏教の空思想が原因でどのような問題が生じているのでしょうか?

868 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 18:16:13 ID:pPGNzoIH
>>865 別れたくないという欲があるから哀しみが生じるのだという、原因と結果の関係は、間違いではないと思います。
その原因と結果を理解した上で、その理解をどう使うかまでは、強制することができませんからぬ。
哀しみは、絶対消せない消してはいけないものではありません。
やり方次第で哀しみも消せるという、選択肢が増えます。

869 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 18:46:26 ID:z7GSqmb4
>>868
別れたくないとかもう一度会いたいという欲があるから哀しみが生じるという関係の理解は
たしかに間違いではないのでしょうが、しかし、自然な人情は小手先のテクニックで
左右できるようなものでないことは、ふつうの人なら誰でも知っていることです。
小手先のテクニックでなんとか出来るような感情は
妄想によって生じたものとか
どこか不自然なものだけだろうと思いますけれどもねぇ。
とはいえ、このテクニックを上手に用いて洗脳すれば、無差別テロに走るような
人の命というものにさえこだわりを持たない類いの人間を作り出せるのかもしれませんね。
>「あらゆるものごと」には、こだわる必要のあるものはない。
>こだわる必要のないものとは、「あらゆるものごと」である。
なんてのは気違いの思想ですよ>>860

870 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 19:04:39 ID:uclVh5rx
釈迦の説いた中道って、究極的には
生(六道輪廻に夢中になる)にも死(涅槃、禅定の至福、もしくは自殺を初めとする無知的輪廻からの逃避)にも囚われるな
ってことだと思うのですが、どうでしょう?

871 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 19:08:32 ID:pPGNzoIH
>>869 空を説くのは、自他の苦悩の原因を消すのが目的です。
空を説くのが目的ではなく、人々の苦悩を消すための手段なわけです。
無差別テロは人々の苦悩を消す手段として有効ではないので、
仏教がテロを行なう必要も意味もありませんよ。

872 :フレッド:2005/10/22(土) 19:16:05 ID:WVTNimjw
>>865
>大切な人の死は、大切な人ともう会えないことを意味します。

それはそうですね。とても重いけど、同意できます。

確かに、原因と結果の法則としては間違いではないだろうが…。
我々人間は生きていて、機械ではないからね。
この生きているということは、原因と結果の縁起だけで説明
しきれるものではないのですね。

確かに死んでしまった人とは、二度と会うことができません。
だけど、その人と共に過ごした経験は、記憶として残る。
悲しいからといって、それを分断して捨ててしまうのは、
それこそあまりにも哀しい。
でも、悲しみに沈んで病気になったりするよりは、分断して
(それが嘘だとしても)心を守る方法もありだと思う。
いつか成長して、大切なことを受け入れられる時がくるまで。

873 :フレッド:2005/10/22(土) 19:57:01 ID:XOS/NkyZ
>>870
そういうことだと私も思います。
あらゆる想定された生存状態に執着して、喜んだり悲しん
だりしていても、それは何の保障もないのですよと。

過去を悔やんでいても過去は変えられない。
未来を待ち望んでも、そうなる保障もない。

今の取り組み方次第で未来は変わる。
今の取り組み方次第で過去に対する認識も変わる。

中道というのは、平常心で判断することでもあろうかと
思います。



874 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 20:09:06 ID:0rA5uMoW
この一連の流れは釣か?w

875 :フレッド:2005/10/22(土) 20:12:01 ID:jT9gBont
>>871
>無差別テロは人々の苦悩を消す有効な手段ではないので、

昔、ある仏教を名乗る新興宗教がポアと称して無差別テロ
に等しいことを引き起こしましたよ。
仏教はニヒリズムに陥り易く、人間は然るべき縁起があれ
ば容易に平常心を忘れて暴挙に出てしまう。

人間ほど恐ろしい生き物はいない。
同時に、人間ほど高貴になれる生き物もいない。

876 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 20:44:00 ID:pPGNzoIH
>>875 ジャーナリストの江川紹子さんが言ってましたが、
オウムは仏教用語をパクってますけれども、その内容は仏教と違いますよ。

877 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 20:56:23 ID:OaLcKGcB
>天台過時無得道

この言葉は日蓮上人のお言葉とお聞きしたのですが、
なんという書物にあるお言葉なのかわかりません。
前後の文脈もわからないため、どういう意味かもわかりません。
どなたかご教示願います。

878 :ニセ本尊:2005/10/22(土) 22:40:25 ID:VCGia4Nb
>>877
観心本尊得意抄
【建治元年十一月二十三日、富木常忍、聖寿】 
http://nakanihon.net/nb/gosyo/kannjinnhonnzonntokuisyou.htm
所詮、在在処処に迹門を捨てよと書て候事は、今我等が読む所の迹門にては候はず。叡山天台宗の過時の迹を破し候なり。
設ひ天台・伝教の如く法のままありとも、今末法に至ては去年の暦の如し。

ということで、日蓮さんの言葉では「天台宗の過時の迹を破し候なり」が正しい。
「過時」とは、過ぎ去った過去(像法時代)のことで、現代(末法時代)には通用しない
という意味です。

879 :カラスの唄 ◆S5WLCcUno2 :2005/10/22(土) 22:45:27 ID:BNOnEF3j
>>854
キリスト教の事をいっているのか?
誰が誰を救ってくれるというんだい?
イエスが救ってくれるのか?神が救ってくれるのか?
おまえ、イエスの教えを知って、ものを言っているのか?
お前にイエスのなにがわかるというのだ?何も知らないじゃないか。

おまえ達は、”いまここ”も語れなければ、
なぜ八正道が真理に至る道なのかも語れない。
おまえ達は、釈迦がなぜ慈悲の心を説いたのかも語れないだろう。
お前達の語れるのはせいぜい「空」だけだ。
「空」に真理を見出そうとするから、おまえ達は空理空論しか語れない。

”いまここ”を語れないものは、命の場所を知らない。おまえ達は自性を知らないのだ。

言葉遊びで悟ったつもりでいるおまえ達は、無明の中にいる。
無明の中にいるおまえ達は、再び迷いの生存を繰り返す。いくらお前達でも、
十二支縁起くらい知ってるだろう。


880 :名無しさん@3周年:2005/10/22(土) 23:02:44 ID:EQDMdcZ8
>>878
ありがとうございました。そのままダイレクトに引用されたものではなかったのですね。

881 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 00:21:42 ID:MPI3Juug
>>879
>1

882 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 00:56:54 ID:6ywx6YrW
カラスの唄はいったい何を知っていると言うんだ?

883 :大僧正:2005/10/23(日) 01:05:16 ID:gNT8GnX0
天国には池があってね、
周りには宝石みたいな石がたくさん転がってる。
そこにいる人達はみんな虫も殺さない優しい人ばかりで、
宝石みたいな石も欲しがらないんだよ。
そして動物とも仲良く暮らしてるんだ。

884 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 01:17:48 ID:Eza49pHo
日蓮正宗系教義は、他の宗派に対して邪宗であると言い切っていますが
他宗のそれに対する反論はどういったものがあるのでしょうか?

あまりに極端すぎて取り合ってられない、なんてものありそうですが。

885 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/23(日) 07:30:10 ID:Mqau9PA0
>>884
>他の宗派に対して邪宗であると言い切っていますが

これが既に迷いです。
先ず、正邪の我見から離れなければなりません。
これを仏智といいます。
>>879
>おまえ達は、釈迦がなぜ慈悲の心を説いたのかも語れないだろう。
>お前達の語れるのはせいぜい「空」だけだ。

慈悲というのは、与えるものでもなく、また得るものでもない。
その差異のない平等一枚を空というのです。


886 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 16:34:04 ID:Eza49pHo
>>885
質問を変えます。

「大乗仏典の中で、法華経こそが最上であり他の経典はそれ以下である。」

法然以下鎌倉仏教の宗祖達は、比叡山で学んだわけですから、当然こう
言った内容は知ってたはずですよね。
それなのに、何故彼らは法華経以外の経典を持って教えを広めていった
のでしょうか?

そして、法華経を信仰する連中達の批判に対してなんと反論していた(今も
している)のでしょうか?
具体的にあれば、それを教えていただきたいです。


887 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/23(日) 17:28:19 ID:Mqau9PA0
>>886
>「大乗仏典の中で、法華経こそが最上であり他の経典はそれ以下である。」

法華経というのは、行者を賛美する内容ですから、賛美されただけじゃ・・・
本来は何の意味か解らないはずです。
(一念三千を法門としているようですが・・)
でも、なんか解った気持ちになるのも人間というものかとおもいます。

>それなのに、何故彼らは法華経以外の経典を持って教えを広めていった
>のでしょうか?

そんなわけで、法華経というのはメーンになるような経典じゃないということを、
宗祖達は知ったのでしょうね。

運動会のようなところでは、応援歌(法華経)としてならいいですが・・・
メーンは子供達が一生懸命に競技するところを観たくて、父兄の方は学校に逝くのですから。
応援歌に心奪われることもなかろうに。




888 :ニセ本尊:2005/10/23(日) 17:30:13 ID:TO6o337I
法然さんは、こういいました。
「出家は自分の修行ができるからいい。法華経のような聖道門で救われることは分かった。」
「しかし、それでは、修行のできない多くの人々はどうなるのか?」
「仏陀はそれらの人々を見捨てたのだろうか?」
そうして一切経を読むこと3回、ついに、誰でも救われる浄土門を発見しました。
こうして、法華経が優れていることは認めつつも、法華経は難信難解として、
念仏を選択しました。

これは、法然さんの錯覚だったのだけどね。

889 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/23(日) 17:31:00 ID:Mqau9PA0
(つづき)

>そして、法華経を信仰する連中達の批判に対してなんと反論していた(今も
>している)のでしょうか?

法華経は信仰するようなものではないですね。
釈尊自身が”信仰から離れなさい”と、こういうことを言うておるのですから。
もちろん般若心経も信仰するような経典ではないし、
浄土門の浄土経だって、信仰するる対象にはなり得ない。

ですから、先ず大事なのは「仏教とは何ぞや?」って、基本のとこから学ばねば
仏道から離れる。

もっとも、仏道という道はないのですが。


890 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 22:12:46 ID:17of+251
>>888
法然の選択はもっともだと思いますよ。

891 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 23:14:33 ID:MA7BvGrg
>>879
慈悲とは心の本性たる法性から無限に発生と消滅を繰り返し、全てに行き渡るエネルギー。


892 :名無しさん@3周年:2005/10/23(日) 23:50:37 ID:i5k/LmD5
煩悩を断ぜずして涅槃に入る
というのは本当でしょうか?
涅槃とは煩悩を断つことではないのしょうか?
真理を教えて下さい

893 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 00:20:17 ID:1lUDONF9
ははははっははは。
そこにあるではないか。

894 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 00:25:07 ID:yCgGdjOb
>>892
禅的なレトリックだよw
あまり深く考えるな(^^;)

強いて言えば、「ほかの誰でもない、この自分自身が、そのまま仏である(仏となれる)」
ということを、誇張した表現にしたまでのことさ。

895 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 00:44:18 ID:yCgGdjOb

ごめん。誤解を招く書き方だなw
質問スレのレスとしてはふさわしくなかったかもしれん。
本覚思想の流れを受けて、禅の世界に於いて特に先鋭化されて用いられる表現
と言った方が良いのかな?

896 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 01:49:22 ID:o/q1HTRF
>>892 煩悩を断ぜずして涅槃はありえないでしょう。
誰でも、怒る要因の無い場面ではある程度心平安なわけです。
しかし、たとえば他人から罵られたり殴られた時でも、なお平安でいられるのが、煩悩を断じた姿ですよね。


897 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 02:02:41 ID:o/q1HTRF
>>886 法然さんは、七箇条制誡の中で、他宗派との論争を禁止していました。
親鸞さん等の弟子はそれに署名しています。
ですから、他宗派と言い争ってはいけません。
宗を立てるというのはそういうことなのですね。
宗派ごとにひとつの宗教として完結しているのですから、サッカーと野球で争うような論争は意味がないわけです。


898 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 02:32:13 ID:UoevA91v
仏教についての質問です。
@仏教徒の子供にとって、一番大切な日は何ですか?
A仏教徒の大人にとって、一番大切な日は何ですか?
お願いします。


899 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 07:06:23 ID:8GD6JClU
>>892
>煩悩を断ぜずして涅槃に入る
>というのは本当でしょうか?

本当です。

>涅槃とは煩悩を断つことではないのしょうか?

煩悩(迷い)と菩提(悟り)は、ワンセットになっております。→煩悩即菩提
煩悩ありて菩提がありますし、煩悩なきて菩提もあり得ません。

つまり、煩悩というワンセットの一辺を断つ。
という想念こそが即ち迷いなわけです。
実は、煩悩もない菩提もない・・なんにもなかった。
というのが本当のことです。
これは般若心経に書かれています。



900 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 07:19:25 ID:8GD6JClU
>>898
>@仏教徒の子供にとって、一番大切な日は何ですか?
>A仏教徒の大人にとって、一番大切な日は何ですか?

一番大切なのは、今ここにいる”縁”です。
貴方の眼の前にいるお方こそ一番大切なお方です。
これを禅では”一期一会”とかいうたりします。

茶道では”和敬静寂”とかいうたりします。

武士道においては、勝負の前に一礼します。
これは、もう再び合えぬかもしれない。
というので、別れの挨拶でもあります。


901 :暇人:2005/10/24(月) 07:30:02 ID:KbCgPKIq
>>897
七箇条制誡とかで他宗との議論を禁止したのは、門下に議論好きがいて
他宗をバッタバッタと斬り捨てたからでしょう。
具体的には比叡山衆徒が念仏停止を訴えて、武装して迫ったからですね。
血の気の多い中世。比叡山衆徒の怒りを鎮めるために作成して門下に署名
さしたのですね。比叡山は一旦退いたが、興福寺により二年後 停止になる
けどね。
日蓮正宗系なんて歴史の中では傍系の日蓮系の中の傍系なので、他宗は
相手にしてなかったでしょう。
日蓮系と浄土系の宗論は何回か行われていますね。
有名なのは信長の安土宗論と江戸初期のもの。(日蓮系は法難と捉えている)
浄土宗信者の家康によって「念仏無間」の経証出せと言われて 出せず
日蓮宗は敗北し、きっかけを作ったお坊さんの一人は刑死したし、
身延の門首は引退したね。家康の側室の一人が日蓮信者でその執り成し
(念仏無間は宗祖の解釈です)で、その程度に済んだのだけどね。



902 :暇人:2005/10/24(月) 07:35:34 ID:KbCgPKIq
浄土真宗と日蓮宗については、覚如の息子存覚が、
『法華は聖道門最高の経典です』
「でも私どもは機根下劣で聖道門は無理です」
「貴方たち優秀の方々は法華で充分でありましょう」
「私たち劣機の者には浄土門が開かれているのです」とかなんとか
この存覚の活躍の後、日蓮系による真宗への攻撃は無くなり
その間に蓮如を得て、日蓮系など問題にならんほど でかくなったので
以後 相手にしてないというのが実情でしょう

903 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 08:28:20 ID:o/q1HTRF
>>899 その迷いの想念を断つことも煩悩を断つことの一部では?

904 :フレッド:2005/10/24(月) 09:04:16 ID:CoEsz8vD
>>876
>オウムは仏教用語をパクってますけれども、その内容は仏教
>と違いますよ。

はい。その違いがわかる人には問題はないのだと思いますが…。
仏教用語の悪用。この正邪を見分けるのは平常心だと思う。
これに専門的な知識や経験が加われば鬼に金棒ですが。

人間の行為を離れての善悪論など語るのはあまり意味がない
と思うけど、行為には善悪は付いてまわります。


905 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 09:40:17 ID:gWD2IcxU
>>903
煩悩もふくめたあらゆる思考や現象は、空である法性から顕現したものだから否定する必要もなく、ほっとけば空に帰ってゆく幻だから
それに囚われることもせず、ただ自然に見守るということです。

執着もせず、否定もしない 心をリラックスさせ自然の状態にとどまる

906 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 10:39:52 ID:sQyOlOjE
>>894
自分自身がそのまま仏である、
ということは煩悩を含めた自分をあるがままに認めるということでしょうか?

>>896
たとえば他人から罵られたり殴られた時でも、なお平安でいられる、
という状況は実際にはありえるのですか?
理不尽に他人からされたのなら、腹が立って穏やかではいられないと思います。

>>899
煩悩もない菩提もない、つまり全てを無くした境地が涅槃ですか?
そこには感情は何もないと思いますが、それでいいと?
私は美しいものを見たら、手に入れたいと思うし、
理不尽なことが起これば、怒鳴り散らしたいと思ってしまいます。
煩悩に執着しないで、煩悩が沸き上がっても軽く流して心が穏やかになる境地が、
涅槃の状態なのですか?

907 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 10:39:57 ID:8GD6JClU
>>903
>その迷いの想念を断つことも煩悩を断つことの一部では?

世俗の論理は、どこまで逝っても結論はでません。
なので彼岸まで逝って、世俗から離れなければならんのです。
これを心経には「色即是空」というふうに書いてあります。

世俗の論理から離れることを、禅では見性とかいうたりします。
見性しますと、世俗の論理と、勝義の論理のニ相の論理を併せ持つようになります。
”迷いの想念を断つ”というのは世俗の論理です。→心経においては「色」です。
”断つ”という一辺が既に意味をもたなくなるのが勝義の論理です。→心経においては「空」です。

色即是空から〜空即是色へ。
つまり、彼岸へ逝って、そして此岸(世俗)にて解釈すれば宜しいわけす。

案ずるにおよばず。
なんてことはなかった訳です。

908 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 10:51:13 ID:sQyOlOjE
そういうことを考えると、知能の低く我が儘に生きている人こそ涅槃なのではないですか?
彼らには煩悩なんてなく、あるがままに生きているはずです。
心は常に流れて一所に留まることなく、自由に生きている。
知能が低いが故に無分別だし、無我であると思います。

909 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 11:07:02 ID:8GD6JClU
>>908
般若とは、そういう簡単なもんじゃないです。
もっと深遠なものがある。

2500年も前にね、こんなことを悟った覚者がいる。
ってのを知っただけでも、
私は、生きててヨカタと思うのです。

910 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 11:22:16 ID:sQyOlOjE
知れば知るほど深いですね、般若心経は。
鈴木大拙が、
「あるがままのある」では草も木も猫も犬もそうである。
「ある」が「ある」でないということがあって、それが「あるがまま」に還るとき、
それが本来の「あるがままのある」である。
「あるがままのある」に対して、ひとたびはそれが強く否定されて
「ある」が「ない」であるということにならなければいけない。

と言っていました。>>908で質問したのもこれと同じでした。
すいません。


911 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 11:27:57 ID:sQyOlOjE
机さんは般若心経を知ってから心が穏やかになりましたか?
私はまだ知ったばかりなので、
その意味を探ることで煩悩がましてしまったような気がします。
たぶん私より年上で般若心経を長年読んでいる机さんにもそういう時期はありましたか?

912 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 11:31:45 ID:b2IzLWMG
法事などで、合掌はどのようにしてますか?
僕は少林寺拳法の合掌をしてますが、おかしですかめ?


913 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 11:50:41 ID:H11APFhw
個人的には、仏教@質問箱と、
禅宗@質問箱、もしくは、般若心経@質問箱と、別けてほしいんだが。

914 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 12:26:03 ID:8GD6JClU
>>910
世俗の価値判断からすと、良寛などが愚鈍ですね。
しかしながら”あるがままの逝き方”を生きた見本という観点ならば、
こんないい見本はないわけです。
>>911
般若心経は、否定的なことが書かれてますね。
これが>>910
>「あるがままのある」に対して、ひとたびはそれが強く否定されて
これであります。
これが
>「ある」が「ない」であるということにならなければいけない。
こういうふうに肯定的になって、そして般若は完成です。
>>912
少林寺拳法は、もともとは達磨大師の流れ(北禅)ですから、おかしくはないかとおもいます。



915 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 12:35:36 ID:8GD6JClU
>>911
>その意味を探ることで煩悩がましてしまったような気がします。
>たぶん私より年上で般若心経を長年読んでいる机さんにもそういう時期はありましたか?

私は「生死一如」という四文字熟語に触れてから、禅に急速に傾倒していきました。
年末に除夜の鐘を聞いたとき、煩悩こそ生きてる証と、
そのように気づきました。
それ以降は、般若において随分救われましたね。


916 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 12:45:56 ID:o/q1HTRF
>906
たとえば他人から罵られたり殴られた時でも、なお平安でいられる、
という状況は実際にはありえるのですか?
理不尽に他人からされたのなら、腹が立って穏やかではいられないと思います。
少なくとも、お釈迦様やその弟子は、他人から何をされても腹が立たないような境地になっていましたよ。
そもそも肉体自体も自分のものだと思わなくなっていたのですから。
殴られて腹が立つのは、自分が殴られたと思うからです。道端の石ころが誰かに蹴られても腹が立たないのは、自分の石じゃないからですよね。
お釈迦様は、憂いと喜びをセットに考えていたようです。
平安の境地では、憂いも喜びもないのです。
人間は、喜び浮かれて失敗することもありますから。
愛人のために会社のお金を横領するのだって、恋愛の喜びに目がくらむからです。

917 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 13:04:57 ID:sQyOlOjE
>>915
ありがとうございます
>>916
>>殴られて腹が立つのは、自分が殴られたと思うからです〜
なるほど。自分はまだ我が強すぎる。他人と自分とを区別しすぎている。
情けない。
いつかは
>>平安の境地では、憂いも喜びもないのです
を味わってみたいです。

918 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 18:13:07 ID:o/q1HTRF
殴られて怒るのもまた人生…ではあるのですが、
そう思うことができた時には怒りはおさまってますよね。
ですから、机さんは言葉の上では煩悩も肯定していますが、
実践の上ではやはり煩悩を消す方向にはたらかせているのだと思いました。

919 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/24(月) 19:06:25 ID:8GD6JClU
>>918
>実践の上ではやはり煩悩を消す方向にはたらかせているのだと思いました。

”消す方向”という意味連関(時系列)が一瞬にして脱落するのですよ。
私は年末にそれがありました。

禅では”大死”とか言いますけど。
つまりは、そこで死にきる訳ですね。
死んでしまいますと、後は何も残らないわけです。
あの世もこの世も捨て去る。→スッタニパータより
というのは、実はこういう意味だったのです。

実に仏教は甚深ですね。

920 :名無しさん@3周年:2005/10/24(月) 23:15:03 ID:o/q1HTRF
>>898 4月8日は、お釈迦さまの誕生日だと伝えられており、「花まつり」と呼ばれます。
12月8日は、お釈迦さまがさとりを開いて仏(真理に目覚めた者)に成った日だと伝えられており、「成道会(じょうどうえ)」といいます。
2月15日は、お釈迦さまが入滅された(亡くなった)日だと伝えられ、「涅槃会(ねはんえ)」といいます。


921 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 00:26:14 ID:AbPP5y1b
このスレは机龍之介が教祖扱いされだしてないか?
おいおい、だまされるなよ。言葉のあやに。

922 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 00:31:44 ID:N/TFIFeK
ほっとけよ。

923 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 04:39:04 ID:gMJ1/lqm
>>900
>>920
ありがとうございました。
よく分かりました。
また何かの時には、よろしくお願いします。

>>920
お盆なども仏教徒にとって大切な日ですか?

924 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 10:05:06 ID:mFCrJRVf
大切な日などありません。
特別な日とそうでない日をもうけるのはでなく
どの一日も一日は一日です

925 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 10:40:58 ID:fGXvSN3y
>>914
> 少林寺拳法は、もともとは達磨大師の流れ(北禅)ですから、おかしくはないかとおもいます。

一般の方々の中で誤解があるとおもいますので訂正しますが
少林寺拳法は日本発祥で達磨大師とはまったく関係ありません。
達磨大師の流れといわれているのは中国発祥の「少林拳」の方です。
もう一度言います「少林寺拳法」と「少林拳」はまったくの別物です。

スレ汚しすんまそん。

926 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/25(火) 11:26:05 ID:Bauw+XMs
>>925
北宗禅、拳禅一如が少林寺拳法なんじゃないですか?
詳しいことは知りませんが。

あなたの方が詳しいでね。

927 :名無しさん@3周年:2005/10/25(火) 13:00:47 ID:AJXOO3kF
少林寺拳法というのは、四国かなんかの拳法道場が考えたもので、
中国の少林寺とは直接関係ない団体らしいです。


928 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 00:55:29 ID:Ry4yOccD
>>913に禿しく同意w




したくなるくらい心経厨・空厨の多いこと・・(^^;)

929 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 02:33:54 ID:vxtM2FW+
ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか

930 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 02:37:28 ID:WagElHbt


931 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/26(水) 06:36:15 ID:RM2o4DpH
>>927
そうでしたか。それは知りませんでした。
>>928
死んだあとは、自分はどうなるんだろうか?
とか、そんな心配ごとでもあるのですか?

932 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 12:19:42 ID:Ry4yOccD
>>931
ばかなw
質問スレでのトンデモ説流行を憂えるだけだよ(´ー`)y━~~

933 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/26(水) 12:56:29 ID:RM2o4DpH
>>932
"心配”に差異はなかろうに。

#、では、今から出かけます。


934 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 16:30:51 ID:Ry4yOccD
>>933
心配事の種類を限定したのはそちらの方だがw

935 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/26(水) 18:35:52 ID:RM2o4DpH
>>934
いやはや、まだ迷うておるようだね。

まさに住する所無くして而も其の心を生ずべし。

こういうことです。

安住なされまし。

936 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 23:05:01 ID:hEA6cvXi
ここの板での言い争いは、ご遠慮願います。

仏教徒らしく、何事にもこだわらないということでお願いします。

937 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 23:06:44 ID:9rk1KxdI
こらこら会社のPC使って、2チャンネルしちゃいかんと言っただろ!

938 :ニセ本尊:2005/10/26(水) 23:12:29 ID:hEA6cvXi
次スレ 立てました。

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート13
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1130335665/l50


939 :名無しさん@3周年:2005/10/26(水) 23:39:34 ID:XCyyciu+
執拗なレス返しは我執が強い証拠です
特定スレに対するスレの主旨に反した執拗な粘着も我執が強い証拠です。
ありのままに己自身を省みるなら、思い当たる節が出て来るでしょう。
痛いところを指摘されて、それを遺恨とするならば、今現在の状況は
これからも変わることなく続くことは容易に想像できます。


940 :ID:Ry4yOccD:2005/10/27(木) 23:08:31 ID:brOYnIf7
>>939
俺のこと?
そんなに執拗だったかなぁ・・・ (´・ω・`)

941 :ニセ本尊:2005/10/28(金) 22:06:19 ID:/x0QI2pU
カルマとは、行為のことである。

悪因悪果説というものがあるが、釈尊が説いた縁起説と
悪因悪果説は、根本のところが異なる。

釈尊は、善悪は説かなかったと考えられる。
単に、ある結果には、原因があって、原因を取り除けば、結果が無くなる、
というようなことを、言いたかったのだと思う。

942 :ニセ本尊:2005/10/29(土) 08:05:48 ID:fiB0DKWe
いわゆる半丸太の板本尊について、論じています。

板漫荼羅偽作論
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1129210383/l50

諸賢のご意見を!


943 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/29(土) 08:51:06 ID:cz3YPpeM
>>942
貴殿は、板曼荼羅の真贋を問うておるのですね?

して、真贋に差異はありますか?

贋物でも拝むなら真にもなる。
いわしでも拝めば仏になる。

なんも作仏に迷うこともなかろうに。

944 :名無しさん@3周年:2005/10/29(土) 15:22:57 ID:S0da/mRp
机さんは、坐禅を毎日されてるんですか?
また、坐る時は連続して何分くらいなさりますか?

945 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2005/10/29(土) 15:40:45 ID:cz3YPpeM
>>944
毎日坐ってるわけではないですね。

>また、坐る時は連続して何分くらいなさりますか?

約10〜15分くらいですね。

946 :名無しさん@3周年:2005/10/29(土) 16:27:21 ID:S0da/mRp
ありがとうございます。それくらいの時間でいいのですね

947 :dragon on a table:2005/10/29(土) 21:36:24 ID:y9fuydD6
それくらいの時間じゃだめだと思う、、、

948 :ニセ本尊:2005/10/29(土) 22:10:27 ID:fiB0DKWe
>>943
善悪は、何を基準にするかによって変わってきます。
真贋は、人によっても異なります。
とくに、仏教徒でないものにとって、本尊の真贋など、関係の無い話です。

しかし、ここで論じていることは、板と日禅授与本尊が、
「同じか否か」であるので、人や信仰に左右される問題を
論じているのではありません。

949 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 01:01:26 ID:BOXXgdAM
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950 :ニセ本尊:2005/10/30(日) 01:40:15 ID:NeaitEQ6
>観音さまとお釈迦さまの関係について、かんたんにおしえてください。

何の関係も無い。
まったく無い。
全然無い。

951 :ニセ本尊:2005/10/30(日) 08:10:48 ID:NeaitEQ6
釈尊は、己こそ己の寄る辺、と教えました。
しかし、その教えに満足しなかったやからが、
観音に救いを求めたのですよ。

952 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 09:58:38 ID:IhCQRokC
釈尊は、弟子たちのあらゆる質問に、無記も含めて明解に答えられた。
観音はその象徴表現です。
たとえば2chで質問して誰かが返答をカキコする。
その答えが納得できれば、その人にとって誰かは観音となる。
人は皆多くの観音に見守られながら生きている。
そのことに気づけば生きるのが楽になる。
それが観音力です。

953 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 10:24:16 ID:NeaitEQ6
>>952
その話は、どこかの経典に載っていますか?

あるいは、それと解釈できる経文がありますか?

なければ、あなたが「そう思っているだけ」ということです。

954 :ニセ本尊:2005/10/30(日) 10:29:36 ID:NeaitEQ6
誰かの質問に、誰かが答える、それが観音力だとしたら、

それは別に、観音力などという名前で呼ぶ必要はありませんね。

己こそ己の寄る辺、と説いたのは、信仰も祈りも否定したといえるでしょう。

観音に対する信仰や、祈りは、釈尊の教えとは程遠いものと感じます。

955 :暇人:2005/10/30(日) 11:41:55 ID:2yjL6Vr9
>釈尊は、己こそ己の寄る辺、と教えました。

んなことは教えてないな。
それに似て非なる教えが「自灯 法灯」だが、
「己と教法を寄る辺」にだな。
その「教法」も後代に発展して、史的釈尊を超えて
「法華寿量品の釈尊」や「観音経の観音信仰」になったのでしょう。
もっと 柔軟性をもたけたほうがいいかも

956 :暇人:2005/10/30(日) 11:51:58 ID:2yjL6Vr9
>>948
仏教徒だって 色々だ。日蓮さんは本尊抄を書き、
釈滅後2500年の現代の我々にとっての本尊とは何かを彼の立場から
探求し、重視されたが その日蓮さんにとっても
「この物理的に現存する この本尊が大事」と言ったのではなく
「南無妙法蓮華経」という題目が本尊と主張されたのだね。
真宗にいたっては 中興蓮如は、「本尊はかけやぶれ」と言っている。
真宗では本尊という「モノ」は「方便法身」にすぎないのだね。
本願寺は門徒の本尊に「方便法身」と裏書する。
法身は「すがた かたち ない」からね

キミは他宗の人が大切にする本尊を「ニセ」と言って何が面白いのだね。
大切なのはモノではなく その背後の法身でしょ。
「本贋争い」はその観点からは どっち(肯定派否定派)も「モノ信仰」であり
仏教から遠く離れている感じがするが

957 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 11:56:50 ID:fuaFtNe4
本尊は仏教(法華経)を理解できない人のための方便

958 :暇人:2005/10/30(日) 12:05:02 ID:2yjL6Vr9
>>953

経典ではないが 真宗の存覚「浄土真要抄」には観音力ではないが
似たような話はあるな。

いわゆる『涅槃経』にいわく
「もろもろの仏・菩薩を善知識となづく。善男子、たとえば船師のよくひと
をわたすがごとし。かるがゆえに大船師となづく。もろもろの仏・菩薩もま
たまたかくのごとし。もろもろの衆生をして生死の大海を度す。この義をも
ってのゆえに善知識となづく」となり。されば真実の善知識は仏・菩薩なる
べしとみえたり。略
善知識は諸仏・菩薩なり。諸仏菩薩の総体は阿弥陀如来なり。
その智恵をつたえ、その法をうけて、直にもあたえ、またしれらんひとに
みちびきて法をきかしめんは、みな善知識なるべし。
しかれば仏法をききて生死をはなるべきみなもとは、ただ善知識なり



959 :暇人:2005/10/30(日) 12:06:18 ID:2yjL6Vr9
>>957

方便とは ウソとか贋ではなくて
「真実に至るための手立て」だね

960 :ニセ本尊:2005/10/30(日) 21:13:13 ID:NeaitEQ6
ちょっと勘違いされているようですが、他宗ではありません。
我が家の宗派です。
別に、ニセものを指摘して面白いわけはないでしょう?
言っていることと事実が異なっている場合は、「違う」というべきです。

信仰の世界は、真贋なぞ論じることはできません。
しかし、物理的な物であれば、真贋は客観的に判断可能です。

961 :暇人:2005/10/30(日) 21:23:42 ID:YY+1UZoy
>>960

勘違いはキミだと思うな。申し訳ないが。
わが家の宗派だけども キミにとっては他人事でしょ。

その宗派の信仰を自分の人生を賭けて 生涯担って行こうとされて
建設的な批判として「贋」云々ではないでしょ。
よくよく 再考されたし

962 :名無しさん@3周年 :2005/10/30(日) 21:29:46 ID:FL9lBLBg
「嘘も方便」という言葉を最初に言い出した奴は誰ですか?

963 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 21:54:20 ID:lcfMVyzb
>>962
空海和尚です。

964 :名無しさん@3周年:2005/10/30(日) 22:12:50 ID:kZZ6lv2I
ずはり聞きます!部落差別に対してどう思われますか?

965 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 00:00:41 ID:A7Ye+F+o
       __
    /三ミミ、y;)ヽ
   /三 ミミ、ソノノ、ヾ、}        
   ,':,' __  `´ __ `Y:}    ずばり聞くわよ!
   }::! { : :`、 ,´: : j !:!      部落ってなんなのよ?
   {:|  `・、 i ! ,・;'  |:}   
  r(   / しヘ、  )j   
  g !  ` !-=‐!´ ,ノg
    \._ヽ _´_ノ ソ
  __,/ ヽー ,/\___
  |.:::::.《  ヽー/  》.::.〈
//.:::.`\      /'.:::.ヽ\


966 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 00:03:59 ID:A7Ye+F+o
ぶ‐らく【部落】

民家が一かたまりになっている所。民家の一群。村や村の一部をなす。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988.

967 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 00:21:03 ID:zvxGehJH
>勘違いはキミだと思うな。申し訳ないが。

勘違いはあなたの方でしょうね。
↓では、具象化された客観材料を提示している訳ですから、
その範囲においては今までの経過を交えて、真贋を問うこ
とは可能です。
高価な美術品などでも、真と贋ははっきりと問われます。

>信仰の世界は、真贋なぞ論じることはできません。
>しかし、物理的な物であれば、真贋は客観的に判断可能です。


968 :暇人:2005/10/31(月) 00:49:11 ID:692p1w3g
キミは本尊の骨董品的価値における「真贋」を問いたいのかね?
なんの意味があるのだね?

それが「贋」であった場合、
「本物」であった場合、
信仰上どう それに違いがあるのかね?

969 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 13:01:15 ID:JGNoqh11
>>963
ウワッ!目を背けたい事実!

970 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 13:39:30 ID:GcQiWBIK
>>969
嘘も方便で使いこなせるようになるには、相当な修行が必要です。
坊主でも詐欺師でも。

971 :一人静:2005/10/31(月) 15:19:08 ID:mkMWjYGy
こんにちは おじゃまします 無我なのに何故輪廻がある 何が輪廻の主体なのか 仏教に対する一大疑問 今だ解決されていない

972 :名無しさん@3周年:2005/10/31(月) 15:37:39 ID:XM2X5jdn
これが解脱です
ttp://users.pandora.be/juulkabas/2%20climbers%20fall%20to%20death%20%5Bwow%20crazy%5D.mpg




973 :ニセ本尊:2005/10/31(月) 21:51:17 ID:TEdrfC55
>>961
すまん。
何をいっているのかさっぱり分からん。

ワシは、ニセモノの宗教が無くなればよいと思っている。

974 :名無しさん@3周年:2005/11/01(火) 00:55:17 ID:F0UGFsGT
>>971 輪廻する中に主体を見ようとすることが間違いであり、それを指摘するのが無我では?
主体なんてないのです。
ろうそくの火は、瞬間瞬間新しい火ですよね?
火の中に主体なんてない。ただ、1秒前の火を因として、新しい火が生まれたというだけです。

975 :ニセ本尊:2005/11/01(火) 07:45:40 ID:XKFZT9RS
>>961
おそらく、あなたが部外者だから
平気で理想を述べていられるので
しょう。
しかし、家の宗教が分裂し、仕事や
結婚までも左右する事態など
あなたには想像もつかない
でしょう。

こんな宗教はなくなったほうが良い。

976 :ニセ本尊:2005/11/01(火) 23:02:08 ID:6x+t4ld5
>その宗派の信仰を自分の人生を賭けて 生涯担って行こうと
いや、まったく下らん考えだ。

977 :暇人:2005/11/02(水) 00:47:52 ID:sBP9mxcV
>>975-976

勿論 部外者だから 当事者のキミの事情はわからんね。
だが キミの批判ポイントはどこなのだろうね。
本尊が本物だったら その宗教は本物だったのかね?
キミの家族は幸せだったのかね?

贋だったから 悪いのかね?

978 :ニセ本尊:2005/11/02(水) 21:33:53 ID:tr6UnoCP
>>977
あなたは、何を知りたいのでしょう?
批判ポイント?
質問の意味が良く分かりません。

指摘しているのは、
宗門は弘安2年の本尊と主張しているが、
実は、弘安3年のものだ、ということです。
これは批判ですか?事実を指摘しているだけでは?

本物だ、ニセ物だ、というのは、どうでもいいことです。
いい、わるいを論じているのではありません。

979 :一人静:2005/11/03(木) 08:11:52 ID:TiMwZ3V7
974 無我で主体がないのら殺人事件の被告の場合 罰せられる当のものは一体ナニモノ?我々は何を罰しているの?

980 :974:2005/11/03(木) 08:31:33 ID:RLq6VlNS
名称と形態の相続を罰しているのでしょう。
10年前に卒業した母校の野球部を応援するのもそうです。
卒業して10年経つから、野球部に知り合いもいないし、監督まで変わってることもある。
それでもチームという相続されている名称と形態を、応援している。
本当は応援する義理などない他人なのに、応援しているのですね。
昔ある国と争って、その国の子孫を憎み続けたりします。ケンカ相手は死んだのに、子孫が憎しみあっている。
それは世の習いですので、慈悲深い人なら、
次の世代に苦悩の種を残さないように行動する。

981 :名無しさん@3周年:2005/11/03(木) 08:39:54 ID:RLq6VlNS
>>979 殺人犯を罰することで恨みを晴らそうとするのは、まちがいですね。
無我・無常だから、殺人犯はもういない。脱け殻へ八つ当りするのと同じです。
恨みの気持ちで罰を与えてはいけません。恨みは捨てねばなりませんから。
犯罪を防ぐために罰があるのでしょう。
犯罪が起こる度に有害物質を散布することにすればよい。
犯罪が1件起きるたびに、人類の滅亡が早まるようにすべきです。
人類全員連帯責任にするのです。

982 :名無しさん@3周年:2005/11/03(木) 09:14:53 ID:UZ0G4DvB
>>979
犯罪者という縁起をこの社会から除外するということでしょ。

983 :暇人:2005/11/03(木) 10:08:29 ID:Q3731/yq
>>978
法華経は釈尊死後500年後に創作されたものだから贋である。
阿含経やパーリも釈尊死後すぐに会議を開いて 釈尊の遺法を
纏めたと伝承されるが大嘘である。数百年の時をかけて 
増広されているから贋である。

という事実の指摘しかたもあるが、私はくだらんと思うな。
それよりも、
法華や阿含から 私はこう学んだという事実の方が尊い。


984 :ニセ本尊:2005/11/03(木) 11:40:21 ID:3H3t3q+v
>>983
それは「事実の指摘」ではなく、「評価」ですよ。

事実の指摘は、それだけで価値があります。

あなたのように、歴史的事実は無視して、解釈を優先するのでは、
問題がおおありだともいますが。

事実を踏まえた上で、解釈するなら、何も問題にはしません。

985 :暇人:2005/11/03(木) 12:06:06 ID:Q3731/yq
>>984

>歴史的事実は無視して

わたしが@「いつ」A「どう」歴史的事実を無視したか 
具体的に説明できます?

>事実の指摘は、それだけで価値があります。

その「価値がある」というのが あなたの言う評価だね。
実に 事実の指摘は それだけでは単なる指摘にすぎない。
「価値がある」という場合、ある特定の「評価基準」があるわけですね。

でだ
法華や阿含や正宗本尊を「ある事実」をもって
「贋」と評価するのも
自分の主体的な信仰体験という「事実」をもって
「本物」と評価するのも
評価の方法論が違うだけで、同じ評価だよ。

986 :名無しさん@3周年:2005/11/03(木) 12:21:13 ID:zwGk0nDE
文献学上の真贋と信仰の体験はあまり関連性がない
一般的に思想というものは考察を重ねるほどに深化するから
新しいものに優れた智慧が含まれている場合がある
となれば歴史が古いというだけで価値があるとか盲目的に信じるのは
あまりにも愚かなことのように思える
いずれにしてもこれ以上はスレ違いの話題だと思うがいかがだろうか

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