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心霊・降霊主義 霊訓 シルバーバーチ 4

1 :名無しさん@3周年:05/03/18 23:25:24 ID:lD/c+gLM
スピリチュアリズム、シルバーバーチ、
霊界、霊的な事に関係した話、
既存宗教、霊能者、霊能力等々です。

神対やラムサは話題に含めません。
ニューエイジも含めて総合的に霊などを語りたいならはこちら。
【1を】神・霊 シルバーバーチ 神対 ラムサ等【読んでね】
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1110981013/

■過去スレッド
1.『★霊界 シルバーバーチ 神との対話など★』
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1069595052/
2.『霊界 シルバーバーチ 2』
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1101910889/
3.『霊界 シルバーバーチ 3 スピリチュア普及活動』
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1109142048/

893 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 01:54:09 ID:A11JOMkw
霊界には人間界に一度も再生した事がない霊=【天使】がいるそうだね。
彼らは再生人生の完了の段階から進化しているそうだが。
そういった霊も居る訳で、じゃぁ何で俺らだけが(?)と疑問を
抱くのもわかるなぁ。。 
なして、苦しい思いしてやっと【天使】と一緒なんだよ(涙

その代わり天使は物質世界を楽しめないんじゃない?
セックスとかした事ない童貞どもだろうw

894 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 01:56:40 ID:LCjxMb8h
やっぱ全然わかんないよ。
魂の向上が目的で、死ぬとそれが唯一の喜びであり目的であるというのなら、
最初から地上を作らなければいいのに。

それでも、神に言われるまでもなく、善は善であり、やっぱり尊いと感じる。
だから自分が生きていく上で、利他的な要素のない人生は恥だと感じる。

だけど、利他的に生きろ、利他愛に邁進しろ、利他愛の実践こそが人生の目的とか言われちゃうと、
あらゆる疑問が沸いて来る。

895 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:03:42 ID:A11JOMkw
疑問を感じている時点でまだ成長していないのでは?
【利他愛こそ全て】という心から感じられるようになる事が大事だと、
そのためにはまずは自分を無くすこと、エゴを減らしていく事だと思う。
そうすると、霊的な部分が表に出てくる。

宇宙だって常に進化しているわけで。進化の過程を神は喜んでいるんでは
ないのかね? 常に進化している。。 
はじめから完璧だと面白いかな? 達成感がないでしょ?w


896 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:11:13 ID:A11JOMkw
今のうちにそうやって疑問を感じて【葛藤】することはすっごく大事だと
思うなぁ。
今変われば、1年後、10年後は全く違う自分がいると思うよ。
いずれは【成長しないといけない宿命】なんですから、損(?)なことは
ないと思います。みんな経験することですし。僕もだいぶ変わりましたよw

気迫っすよ。 

897 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:14:32 ID:LCjxMb8h
>>895
う〜ん・・・・。
自分が成長してないのはもちろんなんだけど。。。

何と言っていいのか、自分が何を聞きたいのかがわからないや。
わからないトコロがわからない。

けど基本的に、利他愛って突き詰めると自分の生命までも脅かす事にならない?

898 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:18:50 ID:A11JOMkw
利他愛を表現した人で イエスさんがいるでしょ?
十字架の刑の人。。 あの形が真の利他愛を表している。
自分を犠牲にすればするほど神聖が表に出てくるそうです。

自分の生命を捨ててまで利他愛(?)、、これがすばらしいみたいだね。
超高級霊がすることなんじゃないんでしょか^^;

899 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:19:05 ID:h3HrsMOK
利他をする事が本当の自分のしたい事ならすればいい。
ただそれに納得できないという事はあなた自身がやりたい事があるのだろう。
無理に人に従う必要はない。自分の中にそれを見つける事だ。

大いに考えるといい。
はじめからする事が決まっているなら何でこんな回りくどい事をするのだろうか。
目的が一つならなぜ考える必要があるのだろうか。
では自分は、ただ考えず決まり切った予定通りの行動をする為に地上に生まれているのか。

答えは出ている。しなければならない事などないのだ。本当の自分真我にきくといい。
単純にすなおにこたえてくれる。

900 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:20:07 ID:A11JOMkw
生命といっても 霊=【生命】だからねw 
肉体は【霊の道具】みたい。 だけど、大切なものですよ、当然。

901 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:31:42 ID:A11JOMkw
スピリチュアリストの基本中の基本は
エゴを根こそぎ無くして行く事、、なんでしょうか。。
欲望やら、見栄やら、その他もろもろ、、
もちろんそうする事で世間からはぐれた状態になったり、考え方が
180度変わったりと、いろいろな苦しい試練があると思うけど
【確実】に変わってきますよ。

エゴこそ諸悪の根源、 まずはそういったことで己の修養から始めてみては?

902 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:35:08 ID:LCjxMb8h
>>899
やりたい事、あるのに上手くいかないんです。
しかしそれが元で、色々と考えるようになりました。
>>900
今ちょっとわかりました。
そういえばシルバーバーチは、肉体に宿る心と、霊体に宿る心があるって言ってましたね。
「利他愛を実践する事で訪れるかもしれない死」に対する恐怖というのは、肉体に宿った心が感じているものかもしれない。
完全に肉体の心から開放されていたから、イエスはあんな決断が出来たのかもしれない。
そう考えると、一本筋が通ってますね。
利他愛の実践は、恐怖する事ではないという事かぁ・・。

もしかしてどっかの霊訓に書いてあったかもしれないけど(汗

903 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:47:20 ID:LCjxMb8h
しつこくてごめん。
>>899
自分真我って、どうしたらわかりますかね?

904 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 02:52:45 ID:h3HrsMOK
本当の自分が分からないのに、なぜ利他愛をするのがいいと思うんですか?
本当の自分がしたいことが分からないのに、なぜ利他愛を目標にするんですか?
本当の自分の目的が見えていないのに、なぜ成長する必要があると思うのですか?

本当の自分を知り目覚めたならば、そしてその本当の自分の目的が人を助ける事ならば、
それをするといい。本当の自分を知らないのに、ただ『いい事だからこの通りにしろ』と言われて
従っていても何の意味もない。神は、魂は従属など求めてはいない。

今の自分の思考を知れば、殆んどすべてが他者の思考によって形成されていると分かります。
それが他人にそうだと言われているから、それに向かって進まなければいけないのだと。
すなおに見つめてください。そうすればそこに何があるのか見えてきます。
自分の経験に根ざさない他人の経験や伝聞はむなしいのです。
そんなものは真理でも何でもありません。共感できないものに従って楽しいのですか。

自分にとって本当の自分とは何か考えてください。自分の経験で感じた事を元に。

905 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:02:00 ID:hq1kTGTa
>>904
厳しいなぁ。。。

清張する必要があるとも、利他愛を目標にするとも言ってませんよ。
ただ何となく、自己愛からの目的に向かって進んでは挫折してきた日々の中で、
ある日利他的愛にふれ、自分は、目的自体が既に間違っていたのだろうかと思い始めたワケですよ。

>自分にとって本当の自分とは何か考えてください。自分の経験で感じた事を元に。
これが難しくてよくわからないから、どうしたらいいのかを聞きたかったんだけどな。
ちなみに>>904さんは、何らかの宗教を信仰しているのですか?




906 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:04:09 ID:A11JOMkw
>>904 さんは神対支持者っぽいですね^^;


907 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:08:58 ID:h3HrsMOK
>>903
さあ?…直感や閃きとかでしょうか。
自分を見つめていれば、いずれその存在を感じるようになるでしょう。
感覚の事を言うのは難しいですし、私が言ったから実感できるというものでもないです。
優しい感じというか見守ってくれると感じる事はないですか?
自分の中の神さまというか魂というか。そのままの自分を受け入れてくれる自分。
どうしたら分かるか…自らを受け入れ自ら近づく事でしょうか。何ともうまくいえませんね。

908 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:12:22 ID:A11JOMkw
>シルバーバーチは、肉体に宿る心と、霊体に宿る心
この説明は心の道場さんで詳しく説明されていましたけど
簡単に言えば
肉体の心=本能=利己的指向性=自己愛
霊体の心=霊の意思(本当の自分)=利他的指向性=利他愛
で、人間は【肉体の心】と【霊体の心のごく一部】←ここポイント
が合わさった【心】で成り立っている。
人間である時【本能の心】と【霊体の心】が葛藤するそうです。
それを 霊肉の戦いと言う。 

自分の心と言ってもそういうメカニズムがあるわけで
【本能の心】に犯されている【心】を自分といっていたら間違いなわけです。

909 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:20:48 ID:A11JOMkw
自分の心を見つめる、、そのままの自分を受け入れる、、
【本能の心】に犯されている【自分の心】を見つめているだけでは
【進歩】がないですよね。
単なる現状報告に過ぎないわけ。

その自分に酔いしれているだけでしょう。
「わぁ、僕ってこんなに【真っ黒な心】なんだぁw すばらしい、すばらしい」
と言っているだけになってしまいますねw。



910 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:31:41 ID:A11JOMkw
スピリチュアリストの基本、エゴを抑えるということは
【本能の心】を押さえ【霊の心】を優位にさせる
霊主肉従の状態を優先させるということです。
あえて言えば、【霊主肉従の自分】が本当の自分なわけです。

逆に、エゴを抑える努力もせず【肉主霊従の自分】を本当の自分
と思い込んでいたら大きな間違いなわけですw

ですから、エゴを抑えるということが基本になっています。

【肉主霊従の自分】←この自分を見つめても意味がないわけw
【本能の自分】は消滅してしまいますから、、、
まったく、無駄な時間ということです。消える自分をずっと見つめているだけ。

911 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:37:28 ID:hq1kTGTa
今一生懸命頭を絞ってh3HrsMOKさんとA11JOMkwさんに長文レス書いてたんですが、
長すぎたらしく書き込みが出来なかった・・・orz

ちょっとアタマが苦しくなってきました。
すみません、もう寝ます。
レスをありがとうございました。
しっかり考えて受け止めます。
ごめんなさい、おやすみなさい。

912 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 03:52:49 ID:kG4UZhSb
>>904
>>今の自分の思考を知れば、殆んどすべてが他者の思考によって形成されていると分かります。
>>
>>自分にとって本当の自分とは何か考えてください。自分の経験で感じた事を元に。

奇しくもご自分でおっしゃっていらっしゃいますが、「いいと思う」事は、考えて分かることではなく、感じる事なんですよね。
思考を使って生み出す物ではなく、直感的に分かっている事なんです。
既にずっと以前から当たり前の様に知っていることって、それぞれの人の中に、あると思います。

>>本当の自分が分からないのに、なぜ利他愛をするのがいいと思うんですか?
>>本当の自分がしたいことが分からないのに、なぜ利他愛を目標にするんですか?
>>本当の自分の目的が見えていないのに、なぜ成長する必要があると思うのですか?
ですから、この答えは「だって、そうなんだもん」でしょうね。
「それがそうだと、当たり前の様に既に知っているから」

913 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 04:06:35 ID:h3HrsMOK
>>905
厳しいですか…。愛の実感。これに尽きるのかも。
実感のない事を実感するように説明するのは難しいです。

欲望や執着があるのが小我。それを離れた自由自在な心が大我。
どちらも自我ではあります。いわば精神や魂でしょうか。
大我に到るまでは色んな困難はあるでしょう。皆魂が見守ってくれてる事を忘れているのです。
他人(や自分)からの愛によって、それを実感し経験したとき、魂の愛が感じられます。
今までの自分がもう嫌だと思ったらなら、経験によって見い出された新しい自分に向けて進めばいいのです。
私が言ったのは見い出してもいない状態でただ無意識に盲従するのは無意味だと言ったのです。

霊といっても現世を去れば肉体を捨て幽体を纏います。基本的に身体はあるのです。
身体と精神と魂はすべてで一体です。あえて言えば魂にあたるものが真我でしょうか。
身体と精神が魂の意志に反し勝手気ままな事をするのはあります。だけれども
だからといって魂が命令したり従わせたりする事はありません。見守り続けているのです。
本当の自分(魂)から自分への愛の実感は重要な事です。

自我の執着を抑えるのでは抵抗するのと大差ありません。避けているのと同じです。
避け続けても何も変わりません。避けるのは意識して見ようとしない事です。
抑えようとするのは、いつまでもその事に思いをとめ封じようと意識し続ける事になります。
ちゃんと見つめる事です。そして自分にふさわしくないと本気で思えば拘る事はなくなります。
本心で決意するのですから。一皮剥ける事、つまりは執着を手放すのです。

>>911
こちらこそありがとう、せっかく考えたのに残念ですね。私も長々と考えて返事が遅れてしまいました。

914 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 05:21:22 ID:h3HrsMOK
>>912
自分で考えた思考はわずかだという事です。
私も含め大勢の人は、他人の考えや経験に無意識に従っています。
だからこそ考えて見つめる必要があるのです。今の自分を。

そして本当の自分、在りたい自分を自分の経験や考えから見い出し、それに向けて進むのです。
本当の自分が分かり切っていて確信し人を助けるなら申し文ないですね。それでいいと思います。
だけれども彼はそれに向かう意志がもてないといった。
つまり別の事が本当の自分ではないかと考えてる訳です。

それが他人の考えに従っているだけなのか、本当の自分の考えなのかはっきり意識しなければ、
確信をもって「だって、そうだから」とは言えないでしょう?
現に違和感を感じそれを疑問に思った訳ですから。

自分の経験で善い事、悪い事は出てきます。それが他人の思考に従った結果なのか
意識して考える事は重要です。無意識なままでは恐らく知る事すらないでしょう。
そして結果、苦しむのです。そこで意識して知るのです。本当の自分にならなければ救われない事が。
本当の自分になった結果が助ける事なら問題はないですが、自分を見い出していない人に
助ける事がいい事だから(それはあなたにとってのいい)そのまま従うように勧めるのは
罪な事ではありませんか?

つまりそう勧める事自体が、既に従属している者が他人にも従属するように求める図になる訳です。
本当の自分が分かってる人は、それが他人の本当の自分とは違う事を知っています。
同じく本当の自分が分からなければ望むものにはなれない事を知っています。
これを知らず考えずする事自体が何も分かっていない事を表しているのです。
これでは悪循環するだけなのです。

915 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 07:34:24 ID:UnsimpQE
バイトバーチ君は、因果律をまるで整数のポイント取得のように、考えてるね。
それも、善因善果を、すべて自分で意識できるものだと考えている。

自分がある行為を善だと確実に把握できるのか。
それが様々な経路で、網目のように
様々な結果を織り成して行くことに気づいていない。

我執に振り回され、自分が見えないと、良いと信じて行ったことが、思いがけない
結果を招くこともある。

つまりは、主観的な動機、主観的な善意だけでは、迷いの世界に落ちてしまう。

霊的成長をしたいということが、ある意味エゴ。
そこには、自分というワクでしか見えていない、愚かさがある。
これを無明というのだそうだ。

因果律が、一直線であると、単純に考えているからだ。

この世には自分だけが存在するのではない。
カキコひとつ、様々な波紋を巻き起こす。その波紋は、一直線ではない。

複合的な視線をもたなければ、それはいつかファシズムの温床になる。
ドグマ、全体主義。
むずかしいものだね。

無意識、潜在意識、マナ識、アラヤ識といった語句を調べて、深く考えてみるといい。

君は、10人ひとがいたら、自分はその10分の1に過ぎないんだということに気づいてない。

916 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 07:44:42 ID:UnsimpQE
シルバーバーチは、動機を重んじるあまり、善意だと思い込んでやったことの
過失に対する責任にほとんど言及していない。
これは、一部のニューエイジと同様の落ち度なのだ。

ある結果を予見し、これに対して責任をおう力量も必要なのだ。
結果を予見できるためには、それなりの能力も必要だし、外界との接触で、
物事の現実的な読みができる能力も必要だ。

スピリチュアリズムにせよ、ニューエイジにせよ、単なる評論家で終ること
がありうるのもこれによる。

現実の社会でつまづいたり、泣いたり笑ったりが、物事をおおく教えてくれる。
つまり、スピリチュアリズムであろうと、宗教であろうと、偉大なる仮説であり
つづけるのだ。
検証を忘れたら、いつかそれは全体主義の素材となるよ。

917 :912:2005/05/09(月) 10:29:28 ID:6SfYmq/6
>>914
>>そして本当の自分、在りたい自分を自分の経験や考えから見い出し、それに向けて進むのです。

というのが、理解できません。
経験や考えから、在りたい自分を見出すというのは、エゴのしわざではないでしょうか?
エゴは常に、在りたい自分、他人からこうみられたい自分、理想の自分を作り出します。
そんなものが無くても、自分は自分であるのでは、ないでしょうか?
ですから、「在りたい自分」を見出す必要は無いと思うのですが。
見出すものは、「在りたい自分」ではなく「在る自分」ではないのですか?
「在る自分」があるときには、思考や経験は一切関係なくなりませんか?
そして、確信を持って、「だって、そうだから」となりませんか?

「在りたい自分」であるときにこそ、確信が持てない気がします。

918 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:16:32 ID:tQLoBhF8
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1113477529/

ここの依頼主全て書き込み屋っぽい.,
sage進行で無名スレなのに何でここまで毎日依頼主が多いのか理解不能

919 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:37:26 ID:g5q70PJt
>>893
天使の定義にもよりますがこのスレでの定義なら、こうなります。
殆どの魂が失楽した時に失楽しなかったのが、天使。
だから元に戻る修行をする必要が、無い。

>>902
ナイス。その方向で進めてみて。付け加えれば、肉体の心を、他の人の気持ちを
理解するためのセンサーとして活用してみてください。



920 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:38:13 ID:A11JOMkw
霊界に入る前に幽界という浄化世界があるそうですが
そこでは、
 幽界で人間の夢を思う存分実現させ、その夢が本物でなかったこ
 とを悟らせ、自然とそこから抜け出すための意欲を生み出させる。
 
 「これまで地上人生でひたすら求めてきたもの、今まで最も価値ある
 と思ってきたものが、実はすべて空しいものである」との認識ができた
 時、はじめて物質世界の後ろに覆い隠されていた霊的なものに目が向く
 ようになる。                 〜心の道場引用〜

どうしてこのような過程を経ないと霊界へ行き、霊人になれないのか?
人間⇒霊人はちとものの考え方が違うと思いますけど。

地上世界で霊主肉従で生きる事は幽界を通り越し、すでに霊界にいるという
事だと思います。

幽界の存在の必要性はどう思われますか? 

921 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:42:02 ID:A11JOMkw
何が言いたいのかというと
 エゴに浸っている世界は、幽界の世界だという事ですよ。
つまり、その世界は幻に過ぎない。。 エゴは幻を作り出すだけ。
 本当の自分(霊)に気づくことが大切なんですよね。

922 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:54:16 ID:h3HrsMOK
在りたい自分とは真我の欲求によります。それをきくか、きかないかはご自由に。私たちは常に年月日時分秒と自分を

923 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 11:57:02 ID:h3HrsMOK
グハッ!!誤爆った。

924 :名無しさん@3周年:2005/05/09(月) 14:59:46 ID:h3HrsMOK
>>917
在りたい自分とは真我(魂)の欲求によります。それをきくか、きかないかはご自由に。
私たちは常に毎年、毎月、毎週、毎日、毎時、毎分、毎秒…と自分を創り出しています。
それを意識的に選択していくという事は、魂の欲求、本当の自分で在り続ける事になる訳です。
現世的な事は余り魂には興味がないでしょう。死ぬば無くなるようなものを目的に
現世に生まれたがるでしょうか。生きる事への執着は主に身体と精神によってなされます。
魂は欲求をほのめかし、精神は選択肢から選択し、身体は選択を行動するのです。
判断がないと選ぶ事ができない。だからどう決めるか考える。そしてそれになる。
在りたい自分とは魂が望む在り方の事だ。

ただ無意識に在り続ける事は構わない。別に在りたい自分を見い出す必要もない。
ただ在る自分を楽しむのもいいでしょう。全ては循環だ。原因が結果に、結果が原因に。
ずっとそういう在り方で居たいならそういう在り方で居れる。誰も強制はしない。
大事な事が抜けていましたね。もし、より高い在り方を望むなら、それを見い出す必要が
あるという事なのです。ただ在る事と為す事は違います。なさねばなれません。
信じていない事を考え、語り、行動する事はできない。それには知る事も含まれる。
何かを身体で理解して、まるごと確信する。知らない事は経験できない。
経験できない事は知れない。ならば理解も確信もない。知っている事も知らない。

現世的情熱を克服しようとするものは努力するあまりに新たな情熱を生み出している。
現世的情熱は神を知ろうとする情熱に変えればいい。現世的情熱や人間的欲望は克服する
必要はなくそれを理解し、幻想を見極め、為にならない情熱なら遠ざければいい。
情熱は思いを経験に変える。情熱は本当の自分を表現したいと思い立たせるもの。

925 :917:2005/05/09(月) 18:33:25 ID:ba2h9n1p
>>924
つまり、924さんにとっては、自分は完全な存在では無いと認識しているという事なのでしょうか?
在りたい自分になるために行動するということは、今は在りたい自分では無いという事ですよね?

私は既に在りたい自分であるので、行動するのは、もっとゲーム的な感覚です。
色々遊んでみよう。
色々経験してみよう。
そんな感じです。

926 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 05:45:06 ID:OKDiJRZJ
そうですね。ハッキリしたようです。私は理性でもって普通に理解していたのでしょう。
もっと自然に理解すればよかったんですね。自分でも言ってるように感じる事が重要だと。

過去の経験や思考から前の体験と同じ行動をするのが無意識の反応で、
これは理性の働きであって、魂の働きではないのですね。
魂は今の経験だけをもとに自分を創り出す…。気づかせてくれてありがとう。
魂の探求は理性の外にあると。つまり何が最善か考えても答えは出ない。
最善を考えるのではなく、自分らしいと感じる事をする。感覚の内に戻る事。

過去の自分を再現するのではなく、今のあるがままの自分を創り出す事。
本当の自分を感じると言う事は、感情に従い大切にする事。これが魂の声…。
最も愛情ある行いの動機となる感情。過去の真実をもとに理性で反応すれば再現になる。
今の真実をもとに創り出せば新しい自分ができる。こう在りたいと思う自分を創り出す。
過去の体験は真実の指標にはならないんですね。今現在である事が大切。

本当の自分が分かっていないのは私でしたね。言動を慎みます。長々と失礼しました。

927 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 07:20:56 ID:vDklnW+M
「ちょっとお待ちください。私はそのスピリチュアリズム運動とやらには
関心はありません。〜〜〜
 〜〜名称はどうでもよろしい。スピリチュアリスト、神智学会員、バラ
十字会員、こうしたものはただのラベルにすぎません。肝心なことは、各
自がその能力に応じて精一杯、真理の普及に努力することです」

 古代霊シルバーバーチ新たなる啓示
 スピリチュアリズム珠玉の名編/その2 186頁より

 真理とは「何か」という探求と検証も大切なことかもしれませんね。
 私見ですが。

928 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 07:31:18 ID:vDklnW+M
 上記の本の訳者あとがきで、近藤千雄氏は、UFOのことを、いろいろ述べて
います。自明のこととして。
 また、あるヒーリング団体の講演会にも講師として参加しているとある。
 でも、ここは責任者が逮捕され、比較的若くなくなっている。
 どうして、近藤氏とあろうものが、こういったものにかかわるのかな、と
かなりの衝撃を受けた。UFOについても。

 霊界の一大プロジェクトということを皮肉やからかいで否定する気はないが
、スピリチュアリズムの展開というのは、何か、こう「残念だなぁ」と思うこと
が多い。

 心の道場のニューズレターの内容についても、政治的無関心でも一向にかまわない
スピリチュアリズムの実践ができていればよい、という旨の記述がある。

 違うと思う。スピリチュアリズム「的」世界観をもったら、様々なことが
大事になるはずで、関心領域の限定を容認するかのような意見が、真に霊的
なものか、非常に疑わしい。

 シルバーバーチの記述は、あれほど感動的なのに、周辺はアレッ?と思わせる
ことが多いのは何故なんだろう。

929 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 07:45:42 ID:vDklnW+M
結局、一大プロジェクトという、近代スピリチュアリズムに限定的な霊界
ムーブメントがある訳ではなく、この宇宙というか神というか、ぜんたいは、
常に、さまざまのものを包摂しながら、大局的には、成長、発展する方向に
ある、ということではないかと思うが・・・・。

時期がくるこない、ではなく、至らないものにも良さはあるのだから、
その良さを伸ばして成長させて行くそういった指向をもったものこそ、と思う。
破邪顕正といい、破邪をあまりに先にたてるとき、ものすごい対立が生まれ
ともだおれになることもある。

スピリチュアリズムの一部や、ヒーリング伝授の一部には、こういったことを
けしかけている「存在」があるのかな、とよく思ったものだ。

そもそも、霊的優位性をネタに論じあい、戦いあうことの愚かさよ。
低級霊、高級霊、という安易な表現には、ほんとうに困ったものだ。

930 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 09:02:55 ID:eMyjKrw9
確かに近藤氏の言動に?がつくことありますよね。
シルバーバーチ記念サイキックフォーラム21が消滅した件についても釈明が無いらしいですし。
ホワイトイーグルの翻訳をした方はあの有様ですし。
正直言って、霊界のプロジェクトに日本は加わっていないのかなといった気がします。残念ながら。

931 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 09:43:27 ID:UAloirGt
霊界に入る前に幽界という浄化世界があるそうですが
そこでは、
 幽界で人間の夢を思う存分実現させ、その夢が本物でなかったこ
 とを悟らせ、自然とそこから抜け出すための意欲を生み出させる。
 
 「これまで地上人生でひたすら求めてきたもの、今まで最も価値ある
 と思ってきたものが、実はすべて空しいものである」との認識ができた
 時、はじめて物質世界の後ろに覆い隠されていた霊的なものに目が向く
 ようになる。                 〜心の道場引用〜

どうしてこのような過程を経ないと霊界へ行き、霊人になれないのか?
人間⇒霊人はちとものの考え方が違うと思いますけど。

地上世界で霊主肉従で生きる事は幽界を通り越し、すでに霊界にいるという
事だと思います。

幽界の存在の必要性はどう思われますか? 

何が言いたいのかというと
 エゴに浸っている世界は、幽界の世界だという事ですよ。
つまり、その世界は幻に過ぎない。。 エゴは幻を作り出すだけ。
 本当の自分(霊)に気づくことが大切なんですよねぇ?



932 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 10:03:06 ID:T34+9Acv
>>930
全世界がプロジェクトに参加しています。ただ、以前の方法では弊害の方が
多かったために、今は違った方法を採用しているだけなのです。
今の方法は、実社会のそこら中に転がっています。
このスレにも、もちろん別スレにも。

933 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 10:21:38 ID:UAloirGt
霊界のプロジェクト、スピリチュアリズムは少しずつ前進している
と思いますけど、、そんな、急激な変化は起こらないと思います。
人間は霊の道具、人間は完璧ではないですからしかたない
しかし、方法はどうであれ少しずつ 霊的真理 は定着していくと思います。


934 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 10:36:36 ID:UAloirGt
>>930
一個人の言動で霊界まで否定してもしかたがないでしょう。
近藤氏とて完璧ではない、エゴを生み出す人間なのですから。
私達が基準とするのは 霊的真理 それだけだと思います。
少しずつ、時期の来た人から。。 そう、焦らなくてもいいと思います。

すでにこの2ちゃんねるでもプロジェクトの一端が始まっているかもしれませんよ?

935 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 10:42:51 ID:3/+KyJG4
「霊界のプロジェクト」という特定できるものはないと思うけどね。
各種の宗教団体にも、国にも、背後霊団に相当するものがあり、それぞれが
それぞれの思惑で、動いてるんじゃないのかな。
カトリックにはカトリックの霊団があると思うしね。
それぞれのカルマ、因果律の上にのって。
壮大なるカルマのほぐし、こそ宇宙全体の霊的進化だと思うけど。
スピリチュアリズムにも、なんらかのものはあるだろうけど、これはローカル
ぽいよ。

一個人の言動、とは限定できないだろう?
さまざまな地上的な動きが、奇妙な方向へ行きがちだという、いくつもの事例が
ある。あまりにも多くのケースがある。がっかりするぐらいだ。

936 :名無しさん@3周年:2005/05/10(火) 10:46:27 ID:54KjZd7p
>>933
見方によっては、確かに急激な変化でした。例えるなら、
長い間一方に傾いていたモノの反対方向に一時的に強い圧力を加え、
その反動で、全体のバランスを取ろうとした、
こんな所でしょうか。

その、過去の一時的な強い圧力から、いまだ抜けきれない人達がいます。
それについては的を射た考察が多々あるので、私は控えましょう。





937 :名無しさん@3周年:2005/05/11(水) 07:57:40 ID:6+gNPWqY
>>934

何をさして「霊的真理」というのかは、むずかしいよ。
「これが真理だ」と言い切れるのには、それ相応の根拠が必要。

で、「より真理に近いもの」しか我々には認識できない。
厳密に言えば、相対的にしか認識・表現できない我々の世界では、
「相対的に置き換えた、とりあえずの絶対」を思い描くにとどまる。
そこにあるのは、「似姿」だという認識が重要。
常に検証が必要で、これを忘れひとり歩きさせるとドグマになる。

このあたりを踏まえたうえで、誤差を最小にして判じていかねばならない。
エゴや執着が、この誤差を増大させる可能性がある。
(シルバーバーチならシルバーバーチ本文を先に読むべし。何も分からなくとも
自分の心の深いところに問いつつ読むべし。入門書は時に害になる。解説も害になる
ことがある)

不都合な情報、例えば、シルバーバーチの矛盾点やスピリチュアリズム団体の問題点
から目をそらしたい、という思いが根底にあるかぎり、真理から遠ざかることになる。
イヤなことつらいこともしっかり見なければならない。
近藤氏への批判については、単純に本人のエゴとするのは浅薄だと思う。
本人に悪意なくとも、そのようにそれていったとすれば、何故なのか、
自分なりに考えてみるということが必要だ。

あなたのような捉え方は、共産主義者や巨大宗教団体のやり方だよ。
その態度じたい、スピリチュアリズム以前の遺物なのだ。
真のスピリチュアリズムには、常に古いパラダイムをかなぐり捨てる勇気がいると思う。


938 :名無しさん@3周年:2005/05/11(水) 12:31:57 ID:JGOSk1ok

神秘の風
http://www5e.biglobe.ne.jp/~shinbi7/
神秘の風BBS
http://0bbs.jp/taiyou777/

939 :名無しさん@3周年:2005/05/11(水) 13:46:06 ID:hzwhW+9R
奈良で小林薫と言う36歳のオッサンが小学1年生の女の子を誘拐して殺した事件があった。

小林は生まれつき片目が弱視でほとんど見えなくて、そのことと家庭のことで小学生低学年からいじめにあい
万引きを強要されたり、金を脅し取られたり、あげくに小学生のころから新聞配達をした金までいじめっ子に渡していたそうだ。
どうも、親からも虐待されていたらしくて父親になぐられたりしたらしい。
小学生から新聞配達をしていたのはいじめっ子に金を渡すためばかりじゃなくて家に居たくなかったからだそうだ。
さらに10歳のときに母親が死んだらしい。子供のときから大きな苦しみ、悲しみを経験してきたわけだ。
スピリチュアリズム的に考えると、小林の魂はそのような悲惨な家庭・いじめ被害にあう環境に生まれる因果律の元に、
その家庭を選んで生まれて来たことになる。そして自由意思を悪用して犯罪を犯したと。

被害にあった少女の魂も、あらかじめ、誘拐されて殺される因果律の元、その少女の肉体を選んで生まれて来たと。
被害少女の両親の魂も、あらかじめ、自分の子供が誘拐され殺される運命にあう、親としてこれ以上無いであろう
悲惨な経験をすることをわかった上で、その肉体を選んで生まれて来たと。このようになる。

小林をいじめてた連中は自由意思を乱用していじめをやってたと。
小林へのいじめを見て見ぬ振りしていた連中は、するべき親切をしなかったと。
小林の父親も自由意思を乱用して子供を虐待(あくまでもらしいだが)していたと。

スピリチュアリズムを知らない人間はこう説明されても、まず、納得は出来ないだろう。

940 :939:2005/05/11(水) 14:06:21 ID:hzwhW+9R
バーチによれば、大きな悲しみ苦しみの経験を経て、人間の魂は霊性を目覚めさせると言う。

小林は、子供のころから大きな悲しみ苦しみを経験していたのに、なぜ霊性を目覚めさせなかったのだろう。
被害少女の両親は、この悲惨な体験で、霊性を目覚めさせることになるのだろうか。

941 :939:2005/05/11(水) 14:19:04 ID:hzwhW+9R
知り合いに公立中学校教師をやっている者がいるのだが、
仮にいじめが発生しても現実にはほとんど発覚しないらしい。

いじめられっ子は、家庭で虐待されたりして学校でも孤独で、自分の意思や主張をはっきり出来ない子が多い。
いじめっ子も家庭環境が複雑な子が多いが、群れていじめるため強気だそうだ。
さらに、いじめを知っても教師や学校に報告する子はほとんどいないらしい、
その教師曰く「報告してくる子は100人に1人いればいいほう」だそうだ。

バーチによれば、霊性を高めるということは他人のためになることをする、ということだが、
すでに中学生の時点で、他人のためになることをする子はほとんどいない現実がここにある。

942 :939:2005/05/11(水) 14:45:30 ID:hzwhW+9R
地球は本当に霊のトレーニングセンターの役割を果たしているのだろうか?

普通の人間には霊感なんか無いんだから、死後生や因果律なんて分からなくて当たり前だし、
そうなると、動物的本能、すなわち獣性で生きていくのが普通の行き方になってしまうしね。
もちろん、それが良い生き方とは思わないけど。
自分も、多少、霊体験があるから、霊が存在することは確信してるけど、
それでも前世が分かるわけでなし、何か、過去、自分が受けてきた理不尽な事がいまいち納得出来ないんだよね。
それが因果律で、生まれる前から分かってて生まれて来たと言われてもね・・・
このへんは、ほとんど宗教的な信じ込みで乗り切るしかないんだろうね。

鬱で長々と愚痴ってすまん

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